日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「コンスタンツ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:悪魔、屋敷、窓】


 目の前に広がる現実(せかい)は、変わらない。
 自分にもっと力があれば、才覚があれば、或いはもっと早く行動する事が出来たら、事態
はもっと良い方向に──可能な限り皆が幸せになれる方向に変われたのだろうか?
 ……夢想する。
 だけども過ぎ去り蓄積した時間は戻る事などなく、ただゆっくりと失望を絶望に塗り替え
てゆくばかりだった。
 ……もっと早く決断していたら。
 そう悔いて、言い訳を繰り返して、今自分は目の前の世界(それ)を壊そうと思う──。

 ***

「では坊ちゃま。失礼致します」
 パルメ家の主治医・ジョージはそう大分白髪に占領された灰色の髪と頭を下げると、そっ
と後退るようにして部屋を辞して行った。
 室内に静寂が戻る。セリオは、そんな孤独にもう幾度目かとも分からぬ嘆息と、一方でや
っと一人になれるという安堵の両方を感じていた。
「……」
 豪華な調度品に彩られた、自分ただ一人の物としては広過ぎる自室(へや)。
 セリオは現在、パルメ伯爵家の唯一の跡取りである。
 しかし彼は物心ついた頃から病弱で、こうして一日の大半をベッドの上で過ごしていた。
 両親は既にない。五年前、二人を乗せた車は突如制御を失い暴走──そのままカーブを曲
がり切れず崖下へと転落してしまった。まだ、十歳の時だった。
 黙したまま、ベッド脇のサイドボードに目を落とす。
 そこにはトレイに乗せられた食事と、コップに入った水、粉薬が置かれていた。
 いつもこうだ。朝・昼・夕、時間が来るとメイド達が食事を運んで来、ある程度時間が経
った頃合を見てジョージが処方した薬を届けに来る。
 今日も食は、あまり進まなかった。
 食べかけのパンや生温くなったスープ、艶の失せ始めたサラダと川魚のソテーが食器の上
で鎮座している。勿体無いとは思った。だが病に蝕まれていく一方である自分には、これら
を嬉々として平らげるだけの体力も気力も最早残されていないと感じる。……何よりもこの
薬だ。ジョージやギュンター達──執事長以下家の者達はきっと良くなる、だからきちんと
飲んでくださいと念を押す。
「……」
 暫くじっとサイドボードの上のこれらを見ていた。
 だがやがて、セリオは軽く水だけを飲み、薬は飲まずにコップの中へ捨てる。
 はあ。ため息ばかりが漏れた。僕の周りにはもう……誰も味方なんていないから。
 今年十六になる子供でも、自分がこの家の中で孤立している事くらいは解る。
 皆、よそよそしいのだ。当主への敬意──のようにはどうしても思えない。寧ろ腫れ物に
触るかのような態度で、なのにそれをひた隠しにしようとしながら自分に接してくる者ばか
りだからだ。
 何より、変わっていっている。
 生まれる前から、物心ついた頃からずっと過ごしている家だ。なのに気付けば、自分と仲
良くなったメイドや料理人などが知らぬ間に辞めてしまっていた……なんて事がこれまで何
度も続いてきたからだ。明らかに“息の掛かって”いない人間をこの家にいさせたくないと
いう意思を感じる。報告では一身上の都合という内容になっているが、おそらく彼らから陰
湿に苛められたりしたのだろう。
(もう……嫌だ)
 形だけの忠誠で頭を下げられて、でもその実彼らに飼われるだけの日々に。
 自分とこの家へ、人々が引き寄せられてはその悪意に侵されて去っていく事に。
 セリオは両親を失った哀しみから失望、そして今や絶望を通り越した諦念すら抱いてしま
っていた。
 本心を言えば、もうこんな暮らしなんて辞めたい。
 だけどそれはきっと周りが許さないだろう。両親が生きていた頃よりは大分落ちぶれたと
はいえ、今でもパルメ家は街一つを治める領主の一族だ。政務を執る者がいなくなれば人々
は困るだろうし、何よりこの屋敷に仕えている多くの者達が一斉に路頭に迷う事になる。
 だから……ずっとそんな願望は自分の胸の中に封じてきた。我がままだと、自分を律して
生きていた。
 でもと思う。部屋の窓から差す静かな日が、今は白ばむように彼の心を削いでいく。
 自分には何もできない。病床の身体は、ろくに外に出歩く事すら出来やしない。
 だけど辞めたい。こんな生殺しを、終わりにしたい。
「……もう、嫌だ」
 大きく動く何かがなければ、この関係性(くらし)が延々と維持され続ける。
 そんな確実性(じじつ)が怖かった。

 フーゴはその日、一大決心をしてこの“仕事”に臨んでいた。
 彼は街の貧民区の住人である。
 故にその茶髪はぼさぼさで汚かった。纏う服も土や油汚れだらけで、今は襤褸同然の薄い
枯茶色のマントを羽織っている。
「……」
 忍び込んだ先は、パルメ伯爵家の屋敷。
 警備の薄い裏庭から錘を付けた縄を引っ掛けてよじ登り、それを回収しつつバルコニーや
樋を足場にして慣れたように外壁を伝っていく。
 生きる為だ。フーゴは、貧民区の人間は食い繋ぐ為に何でもしてきた。
 盗みや暴力なんてものは当たり前。負ければ、隙を見せれば奪われる。ただでさえ貧相な
取り分(パイ)を、皆が文字通り死に物狂いになって取り合うセカイ。
 だから……フーゴは決意した。このままでは、いつまで経っても自分は今の暮らしから抜
け出せやしない。稼いだ分が即座にその日の糧に流れ、余裕など蓄積される筈もない。
 だから意を決して、領主の館に忍び込んだ。
 金はある所にはごまんとあるものだ。そう、無性に腹が立つほどに。
 しかしそれが世の摂理だ。実際あいつらはこんな豪勢な家に住んでいるではないか。
 少しぐらい、奪ったっていいじゃないか。
 周りより抜きん出なければ、この環境(くらし)は延々と繰り返される。
 そんな宿命(じじつ)が憎らしかった。
(……おっと)
 ちょうどそんな時だった。慎重に慎重に屋敷の外壁を伝い、隠れながら入れそうな箇所を
物色していると、ふと壁の向こう側──内部の廊下で何者かが話し込んでいる所に出くわし
た。気付かれないように、そっと窓の際から覗き込んで、聞き耳を立てる。
「──あいつはまだ折れんのか」
 内一人は黒いスーツを纏った、神経質そうな執事風の男で、もう一人は白衣を羽織った、
灰色の髪に随分と白髪が侵食された初老の男だった。
 執事風の男が苛立っている。そんな彼を、初老の白衣男が渋面のまま何とか宥めようとし
ていた。金の刺繍が両端に施された、真っ赤でふかふかの絨毯が廊下一面に敷き詰められて
いる。誰も聞いていないと思っているのだろう。フーゴは期せずして、彼らから重要な告白
を聞く事になる。
「快活な魂という意味ならとっくに壊れとるだろうよ。だがあれは厄介だぞ、ギュンター。
坊ちゃんは“諦めて”しまっておる。ああなった人間に何かをさせるというのは存外に骨が
折れるぞ?」
「たかが遺言を書く事がか? もう両親も兄弟いない、本人も俺達が仕込んだ毒でとうの昔
にボロボロの身体だ。簡単な事じゃないか。ただこの家の財産を、実質的な経営者である俺
に譲る。それだけを書面で確約してさえくれれば……っ」
「それが遅々として進まんからこうなっとるんだろうに。お前は焦り過ぎだと思うがの。確
かに坊ちゃんの身体はああで、無力となった。しかし小さい頃から聡い子だったからのう。
お前を信用しとらんのだろう。もしかしたら毒の事にも薄々勘付いとるかもしれん」
「何っ──?!」
 むんず。ギュンターと呼ばれた黒スーツの男が、そうカッと目を見開いてこの白衣の老夫
の胸倉に掴み掛かった。
 その目は怒りと欲望で血走っている。
 はて……名士の執事ってこんな奴らなのかい? フーゴは静かに片眉を上げ、どうやらこ
の領主一族もその内情は複雑らしいと知る。
「そんな事……。もしバレたら全て終わるぞ! 何でもっと気付かれように混ぜなかったん
だ!?」
「無茶を言うな。儂とて最善を尽くしとるよ。それに儂はあくまで可能性の話をしとる。少
なくとも幼い頃から食事に混ぜてきた毒は効いて、病に臥しとるだろうが。薬で殺す事なら
ば容易に出来る。だが殺さず弱らせるだけ、というのはな……」
「当然だ。遺言も書かせぬままサクッと始末してしまったら元も子も無いだろう。順当に考
えればセリオが死んだ時点で、パルメ家は取り潰しだ。俺達に入ってくる金は無い。あの二
人の時は勝手が違うんだよ」
 二人? 聞き耳を立てて覗きながら、フーゴは疑問符を浮かべた。
 どうやらこいつらが部下のふりをして財産をふんだくろうとしている事は分かった。では
その二人というのは、もしかして……。
「大体、あいつらが悪いんだ。何故俺達に倹約を命じておいて、その余った金を庶民どもに
配るような真似をする? 俺達は奴隷じゃない。その富のお零れに与(あずか)れるから仕
えているんだ。それを勘違いしやがって……。自業自得だろ」
「だから車に細工をさせて殺した、か。尻拭いをするこっちの身にもなってみろ。診断書を
どう誤魔化すか大変だったんだぞ」
「……。それは感謝している」
 黙して、ギュンターはこの老夫──主治医・ジョージの胸倉からそっと手を放した。やれ
やれと彼は着崩した白衣を整えている。
 静かに頭を振り、ギュンターは暫し考えているようだった。
 おそらくはどうやってセリオから財産を手にしつつ、亡き者にするか?
 このまま精神的に追い詰め続けるのか。それともジョージの言うように地道に信頼を勝ち
取ってチャンスを待つべきなのか……。
「……引き続き“飼い殺し”させろ。お前の言うように疑われてしまっているなら、もう違
う手は採れん。最悪無理やりにでも遺言は書かせる。それにもうじき、屋敷の人間も完全に
掌握できる」
「漏れる事なく気兼ねなく、か……。よかろう、致死毒は用意しておく。だが分け前……忘
れるなよ?」
「ああ、分かってる」
 そしてギュンターとジョージはそう密談を済ませると廊下の奥へと歩いて行った。そこへ
彼らの姿が見えなくなったのを念入りに確認し、窓を割ってフーゴが中へと侵入する。
 手には小振りのノミが握られていた。この刃先で二・三度格子と硝子の継ぎ目からひび割
れを入れ、外から鍵を開けたのだ。
「……ふぅん。とっくに“先客”がいた訳か」
 改めて廊下の左右をチェックする。柱や壷の陰などに隠れ、一先ず息を殺す。
(さて、と……)
 ならばなるべく早い内に金目の物を持って行った方が良さそうである。既に手の届く場所
からは抜かれていると考え、狙うべきはこの屋敷の主の部屋か。
(そうと決まれば)
 ササッと。
 フーゴはおそらく一番見晴らしのいい場所にあるであろうそこを目指して、駆け出す。

(此処、かな?)
 果たしてフーゴの読みは正しかった。
 廊下を縫い、階段を上がって屋上階より一つ下。屋敷の正面広場を見下ろせるエリアの中
で二つ、明らかに装飾のランクが高い扉がある。
 間違いないとフーゴは思った。金持ちは自分の一番近くに金庫を置くものだ。早速扉の前
に立って腰の道具入れから針金を取り出し、鍵を開けようとする。
(? 閂(かんぬき)が付いてる。何でまた……)
 しかし逐一そんな疑問を確かめている暇はない。フーゴは周囲の気配に警戒しつつ、慣れ
た手付きで鍵を開けると、滑り込むように室内へと入って行った。……というよりも、外の
鍵を外した時点で扉は開いたのだ。
「──っ、誰?」
 だからフーゴは驚いた。しまったとさえ思った。
 何故ならそこには一人の少年がベッドの上に座っていたからである。
 見るからにいいとこの坊ちゃんのような身なりのよく、線の細い──否、細過ぎる少年が
驚いたようにこちらを見ていた。
「チッ。こうなったら──」
「ま、待って! 君、外の人……だよね?」
 最初、半ば染み付いたように腰の鞘からナイフを抜き、殺そうとした。速やかに口封じを
しようとした。
 なのに当の少年は、セリオは穏やかに訊ねてくるだけだ。
 フーゴはそんな彼の険の無さに思わず虚を突かれ、気勢を削がれ、ゆっくりとナイフを手
に下げてしまう。
「……だったらどうする? 屋敷の人間を呼ぶのか」
「ううん、呼ばない。どうせみんな僕の味方じゃないから」
「……」
 先刻の二人の会話が否応なしに蘇る。両親を奪われ、毒を盛られた御曹司。
 まさか、こいつがそうなのか? だとしたら、その言い草は──。
「お前……気付いてるのか?」
「君こそその反応……何か聞いたね? 盗み聞きかな? そっか。ギュンターもジョージ先
生も、それだけ大胆に打ち合わせできるくらいの環境を整えてきてるんだね」
 はは。セリオは自嘲(わら)っていた。ぱたむと枕に背中を預け、哀しく哀しく静かにそ
っと目を瞑っている。
 フーゴは、完全に殺意を失っていた。
「……お金が欲しいなら、好きなだけ持って行ってよ」
「は?」
「好きなだけ持って行っていいよって。どうせ僕には使うにも何にも出来ないものだから。
でも一つだけ……君に頼みたい事がある。わざわざこの屋敷に“忍び込んでくれた”外の人
だから」
 だから戸惑いのまま、言葉も返せない。
 しかしこのまま屋敷の人間に突き出される、という事はないようだ。眉間に皺を寄せなが
らも視線で続きで促し、フーゴはそっと後ろ手でドアの鍵を内側から閉める。
「……僕の両親は殺された。詳しくは分からないけど、どうやら二人が乗っていた車に細工
がされてあったみたいなんだ。そのまま二人は、壊れてハンドルが効かなくなった車と一緒
に、崖下に落ちて亡くなった」
「……」
「犯人はうちの執事長をやってるギュンター。父さんと母さん、そして一人息子の僕がいな
くなれば、一番この家の財産に近い人間だから。だから僕の食事や薬に、毒を混ぜて弱らせ
た上で、そういう約束の書面を書かせようと企んでる」
「……何で」
「僕も聞いちゃったんだよ。君とは違って、まだ僕の味方をしてくれていたメイドからこっ
そり教えて貰った話なんだけど」
 だが曰くその勇気ある告発をしてくれたメイドも、それから一月も経たぬ内に見なくなっ
てしまったのだという。ギュンターや他の執事達は一身上の都合で退職したと説明したが、
おそらく何かしら──口封じされたのだろう。
「そうじゃねぇよ。そこまで分かってて、何で戦わねえ!? 一応の立場ならお前の方が上
なんじゃねぇのかよ?」
「言ったってもう聞かないよ。それに……見ての通り、僕はもうこんな身体だ。盛られてい
たと気付いた頃にはもう、外出もままならない身体になってしまった」
 だから。もう事を起こすには遅過ぎ、自分は無力だという。
 自嘲(わら)って、セリオは首から下がったペンダントをそっと服の中から取り出した。
 先に付いていたのは掌サイズのロケット。開いた中には件の両親──前当主夫妻らしき男
女と、彼と思しき幼子が抱かれていた。
 更にその裏面を、セリオは剥がして取り払い、中に空いていた空洞から何か紙に包まれて
いる小さな物を取り出すとこれをフーゴに差し出しながら……言った。
「そこの奥、父さんと母さんの寝室にある金庫の鍵と、暗証番号だよ。家にあるお金とかは
大分ギュンター達に盗られちゃってると思うけど、あそこならまだ誰も手を付けられていな
い筈だから」
「……何なんだよ、お前は。泥棒相手に鍵なんざ渡しやがって……。そこまでしてお前が頼
みたい事って、何なんだよ……」
 フーゴは激しくうろたえていた。この小さな黒い鍵と古びた紙切れに手を伸ばすのにも随
分と時間を要し、必死にこの目の前の少年の意図を量りながら、問う。
「手伝って欲しいんだ。金庫の中身は報酬、かな。今この時しかない。やっと現れた、屋敷
の外の人間である君じゃないと駄目なんだ」

『──あ、もしもし。ギュンターはいる? その、便箋とペンを持って来てくれないかな?
大事な……話があるんだ』
 セリオが部屋の電話からそう執事室へと電話を掛けて来た時、ギュンターは内心高笑いが
止まらなかった。
 ちょうどジョージは一般患者の往診に出た直後だった。
 それみた事か。やはりあいつはもう“落ち”かけている!
 最後まで演技は崩さず、しかし逸る気持ちを抑えながら、この執事長の職に就きおおせた
男は一人セリオの部屋へとやって来る。
「ギュンターです。セリオ様、如何なされまし──」
 だがノックをして部屋の中へ入って来たその直後、彼は後頭部に強い衝撃を受けてどうっ
と絨毯の上に倒れ伏した。開け放ったドアの死角。そこに手頃な石像を鈍器代わりに、予め
潜んでいたフーゴが背後から襲い掛かったからだ。
「……思いの外あっさりいけたね」
「同感。だがそう落ち着いて見てる場合じゃねぇだろ。こいつは縛っとくから、早くそっち
も済ましちまえよ」
「うん」
 気絶したギュンターを近くの柱にくっつけ、予備の縄で縛り付けて動けなくする。
 その一方でセリオはよろよろとベッドから起き出し、荒く呼吸をつきながらもこの彼から
便箋とペンをもぎ取ると、窓際のデスクに着いて早速何かを書き始めた。
「……これでよし。じゃあこれを。匿名でもいい、何処か新聞社──できればセンセーショ
ナルな記事を好むような所に持ち込んで欲しいんだ。ギュンター達の所業を、世間に知らし
める」
「ああ。報酬はばっちり貰っていくからな。そのくらいは受けるさ。だがお前はどうするつ
もりだよ? 事が広まったら、お前もこの屋敷もただじゃ済まないぞ?」
 しっかりと封蝋も施し、セリオが毒に蝕まれた身体に静かに鞭打ちながら手紙を差し出し
てきた。
 フーゴも約束通り受け取る。頼みとは、これを外に持ち出し広める事だったのだ。
 そして当然の疑問。再三の問い。だがセリオは、ただフッと力なく微笑(わら)って答え
るのみだった。
「……いいんだよ。僕は色々と遅過ぎたから。後は、次の新しい領主に任せようと思う」
 その手には隠すように握られている。
 ギュンターの懐から奪い取った、ジッポ式のライターが。

 ***

「火事だ~ッ!!」
 この日、昼下がりの街で大規模な火災が起こった。
 場所は街のシンボル、丘の上に建つ領主の館だ。
 人々がその異常に気付き、行動し始める頃には既に遅かった。屋敷は轟々と赤い炎を上げ
て燃え盛り、伯爵家に仕えていた者達はその殆どが命辛々逃げ出し、焼け出されていた。
 ──現当主・セリオ=パルメは遺体で発見された。
 かねてより病床に伏していた事で逃げられなかったのだろう。人々はそう推察し、親子二
代続く不幸を嘆いた。因みに焼け落ちた屋敷跡からは執事長ギュンターの遺体も見つかった
そうだが、何故か生き残った屋敷の者達はまるで口裏を合わせたかのように多くを語らなか
ったという。
「な……何て事だ。坊ちゃん、ギュンター……」
 往診から戻って来た同家の主治医・ジョージはこの事件を目の当たりにして大層驚き、そ
して何故か酷く怯えていたという。
 元から老齢ではあったからか、それから程なく、彼は逃げるように稼業を畳むとこの街を
去ってしまう事になる。
(……畜生。あのボンボン、全部背負い込んで自滅しやがった……)
 そんな中でただ一人、この悲劇の真相を知る者がいた。
 名はフーゴ。貧民区出身の盗賊である。大きな布袋を肩に引っ掛け、彼は半ば呆然として
遠くこの丘の上の炎を仰いでいた。
(……。胸糞悪ぃ)
 しかし当然ながら、彼は表立ってその証言をする事はなかった。
 後日執事長ギュンターらが企てていたパルメ家詐取計画が白日の下に晒され、かつての屋
敷の関係者達が次々と逮捕されていった時も、その頃には既に街から姿を消してしまってい
たという。

 末路。その“欲望”が故に採った行動。

 悪とは一体、誰であるのだろう。
                                      (了)

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  1. 2015/06/08(月) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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