日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「恩を売る」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:迷信、恩返し、燃える】


 猥雑に乱立する繁華街の一角、そこに彼女達の店はあった。
 とある雑居ビルの地下階である。その店は灯りも心許ない薄暗さの中にぽつんと佇み、予
め店の存在を聞き及んでいない限りは何も無い空間だと思うだろう。
 その店は特殊だった。そこでは客が「買う」のではなく「売る」のである。
 その店が買い取るのは、恩であった。言い換えれば煩わしい縁、柵(しがらみ)とで言お
うか。時折訪れる客は、自らが抱え重荷となってしまったそれらを売り払う事が出来る。
 必要なものは二つ。
 一つは、客と売り払いたい縁を証明する品物。
 もう一つは、何かしら“五”のつく金銭である──。

 その日の客は、若い少年だった。
 高校生くらいだろうか。薄暗い、黒と金で装飾された狭い店内に、彼は恐る恐るといった
様子で足を踏み入れてくる。
「いらっしゃい」
 そんな彼を出迎えたのは、作務衣を着た一人の青年だった。
 線目の、一見人畜無害そうな青年である。少年が気持ち強張って身じろぎながらもコクリ
と会釈をする。「師匠~、お客さんです~」青年は、紫の暖簾で仕切ってある部屋の奥へと
彼を案内しながら、そう中にいると思しきもう一人の人物に声を掛けていた。
「よく来たわね。ま、こっちに座りなさいな」
「は、はい……」
 奥に座っていたのは、和風のローブを纏った妙齢の女性だった。
 占い師? 僧侶? よく分からない。だが黒い木の網目戸で囲まれたその畳敷きの中心に
は、パチパチと何段にも重ねられた薪に灯る火──護摩が焚かれている。
 暫し背を向ける彼女の後ろに座らされ、少し離れて綺麗に正座してこちらを見ている先程
の作務衣の青年に見つめられ、少年は押し黙っていた。
 ややあって護摩の火を見つめていた彼女が、ゆっくりと向き直って問う。
「……さて。此処を知ってるってことは、君には売りたい恩があるんだろうけど」
「はい。その、友達から受けた恩を……売りたいんです」
 少年が何処か後ろめたく口を開く。ほう? 明確には口には出さなかったが、彼女はそう
妖しくにこやかな微笑を湛えて、彼に続きを促している。
「……俺、彼女がいるんですけど、その子と仲良くなるのにその友達が色々と取り持ってく
れてたんです。感謝してます。彼女との仲も悪くないです。でも最近、そいつがこっそり彼
女にちょっかいを出してるらしいって知って……」
「だから友情より女を取ろう、と」
「……」
 端的に言われ、少年はぎゅっと目を瞑るようにして言葉を詰まらせていた。しかし一方の
彼女は別段責めるでもなく、ただ静かにその事実を口にしただけのようにもみえる。
「分からないでもないですねぇ。そのご友人に取り持って貰った手前、強くは言えない。貴
方自身も、その彼女を独占したいという気持ちが悪い事のように思えてしまう……」
「オッケー。その縁、買い取りましょう。必要なものは持って来てる?」
 コク。少年は鞄から一枚の写真を取り出し、作務衣の青年を経由して彼女に渡した。
 そこにはこの少年と一人の少女、そして件の友人らしいもう一人の少年が互いに肩を寄せ
合い、満面の笑顔で映っている。
「料金は……」
「五がつけば幾らでもいいわ。金額じゃないの。“ご縁”を払うっていう君の行為が必要な
だけだから」
 財布の中を暫く弄り、少年はきゅっと唇を結んで五百円玉を一つ差し出した。
 まいど~。作務衣の青年がそれをやはり線目の笑顔で受け取り、やはりこれも和ローブの
彼女へと手渡す。
「じゃあ、始めるわよ」
 護摩の炉に向き直り、にわかに室内が緊迫した空気に包まれた。
 和ローブの女性が朗々と何か読経のような呪文を唱えている。気のせいか、それまで控え
目だった火の勢いが大きくなり始めている。
「──、──」
 ぺいっ。写真と、五百円玉が順次そんな赤々とした炎の中に投げ入れられた。当然写真は
火の中であっという間に黒い塵となり、五百円玉も高い熱の前にどろりと溶け消えて見えな
くなる。
 少年はその途中で、祈るように待つ途中で、ハッと自身に起こった違和感に気付いた。
 苦しさが解けていくような心地がした。胸元に手を当てて、ぐちゃぐちゃに絡み付いてい
た、何か黒くてよく分からないものが引き剥がされるように蒸発していくのを感じていた。
「……はい、お終い。捨てた分、今あるものを大切にしなさい」
 ぱちん、ぱちん。護摩の前で何度か印を切るように指を弾き、和ローブの彼女は肩越しに
少年に振り返り言った。
「……はい。ありがとうございました」
 その静かな美しさに閉口。
 暫くして我に返り、少年は丁寧に頭を下げつつ店を後にしたのだった。

「かつての恩人と縁を切りたい」
 また別の日。
 その日の客は、そう神妙な面持ちで入って来た、ビシッと上質のスーツに身を包んだ中年
の男性だった。
 曰く、彼はとある会社を経営しているそうで、業績も順調、まさに成功者である。
 しかし困っている事が一つ。それはかつて未だ自分が起業する前の事。食うにも困り進学
を諦め掛けていた時にお金や下宿先を工面してくれた先輩だった。
 そのお蔭で学校に通う事ができ、彼は後年会社社長として大成する。
 だがその頃から後悔が始まったのだ。会社が相応の規模の成長と地位確立を果たした頃、
このかつての先輩が訪ねて来て、金を貸してくれないかと頼んできたのだった。
『実は仕事をクビになっちまってな……。頼む、次の仕事を見つけるまでの間、援助してく
れねぇか?』
 手を合わせ、すっかり白髪が目立つようになってしまった恩人。
 最初こそ、彼は今こそ恩を返す時だ是非もないと幾らかの金を貸したのだという。だが思
えばそれが全ての始まりだったのだ。以来、この老いた先輩は折につけて彼の所へやって来
ては金を無心し、その度に上機嫌で帰って行くようになった。彼は疑い始めた。これで本当
にいいのだろうか……?
 本人には悪いと思ったが、彼はある時この先輩の現在を探ってくるよう部下らに命じた。
そして数日後上がってきた報告に、彼は酷くショックを受ける事になる。
 言ってしまえば利用されていたのだった。次の仕事を見つけるまで──そう請われて貸し
た金は一向に返って来ず、その殆どがパチンコや競馬、酒に費やされていたという。加えて
この恩人だった男は事ある毎に彼の名を出し、あいつは俺が育てたんだと周囲に吹聴してい
たのだった。
『いいじゃねぇか、金ならたんまり稼いでるんだろ? 空っぽになるまで毟ろうとまでは考
えちゃいないさ。……それとも何か? 俺の恩を忘れたとは、言わねぇよなあ……?』
 一しきり事情を話した後、彼は苦虫を噛み潰したように俯いていた。
 仮にも相応の規模の組織を動かすトップである。だが不幸にも彼は上に立つ者として少々
誠実であり過ぎた。一度他人に甘えてしまったという事実が、彼を十数年もの間苦しめ続け
ていたのだった。
「このままではあの人はとことん堕ちていくだろう。かといって私個人の問題で彼の知らぬ
場所まで逃げる訳にはいかない。三五〇〇人の社員達の……生活が掛かっている」
「……クズですねえ」
「あまりはっきり言わないの。でも、そうね。貴方が売り払いたいというのなら、私達が拒
む理由はないわ」
 男性が差し出したのは、その先輩と交わした借金の覚書の一つだった。
 更に積まれたのは一万円札が五枚。作務衣の青年は「ほう」と何処か笑って彼の方を見て
いたが、程なくしてこれら二つの供物は彼女によって護摩の火の中へとくべられる。
「──、──」
 暗く厳粛な空気の中、呪文が紡がれた。何度か宙で印が切られた。
 ぱちん、ぱちん。その度に彼の胸奥にこびり付いていた息苦しさが解け落ちていくような
心地がした。これでいいんだ……。パチパチと燃え続ける火の中、悩める社長は暫くじっと
祈りを捧げていた。
「……はい、お終い。捨てた分、今あるものを大切にしなさい」
「……ありがとう、ございました」
 そして重く吐き出すようにそう述べると、彼は深く深く頭を下げて店を後にして行ったの
だった。

「ここって、本当に縁切りが出来るんだよね?」
 またまた別の日。
 その日の客は、如何にも今時といった感じのさばさばした女子大生だった。店の雰囲気が
明らかに重苦しく異質であるにも拘わらず、その口調には遠慮や敬意というものは全くと言
っていいほど感じられない。
「できますよ。その後の事までは保証しかねますけど」
「安西君。余計な事はいいから、早く連れて来てあげて」
「は~い」
 茶色に染めた長髪、ごちゃごちゃ何やらマスコットがたくさん吊り下げられた鞄に、やけ
に丈の短いミニスカート。
 暖簾の奥から和ローブの彼女がこの弟子を急かした。「ささ、こっちですよ~」何が面白
いのか、彼は興味・不安半々といった様子で辺りを見渡す彼女を促して護摩の炉の前に座ら
せる。
「お~、凄い。何か本格的……」
「それで? 貴方の売りたい縁って、何かしら?」
「あ、うん。それなんだけど」
 ずいっ。この女子大生はやはり砕けた口調で話し始めた。和ローブの彼女も、作務衣の青
年をも、その表面に宿した丁寧さしか見ていない。
「うちの母さんよ。ああ、もうあんな奴母親でも何でもないわ。耐えられないのよ。事ある
毎に私のやりたい事を邪魔してきてさ、文句ばっかり言ってきてさ。二言目には『私はあん
たの母親なんだから』だよ? もうマジむかつく! 私はあんたの持ち物じゃないっての!
だからお姉さん達に、あいつの言う“育ててやった恩”を売りたいの。噂で聞いた通り、必
要な物は持ってきたよ。あいつが私を産んですぐの頃の写真と、お金。五千もあれば充分だ
よね? 用意するの結構大変だったんだから」
 朗々。頼まれてもいないのに彼女はよく喋った。差し出された写真──産まれたばかりの
赤ん坊を抱いて微笑んでいる女性の姿にじっと目を落とし、されど何も言わずに作務衣の青
年は、その苦労したと言う千円札五枚も一緒にこの表情を変えない師匠へと渡す。
「……じゃあ、始めるわね。本当にいいのね?」
「勿論。バッサリ頼みます」
 フッと僅かに口角を吊り上げつつ、和ローブの彼女は護摩の火の中に写真と五千円を投げ
入れた。ぶつぶつと呪文を唱え、印を切り、強くなる炎の前で朗々と祈りを捧げる。
「……」
 当の女子大生は暇そうだった。座敷の上に胡坐を掻き、落ち着かない様子でうろうろと視
線をあちこちに遣ってはすぐに飽きて別のそれへと移ろっている。
「……はい、お終い。捨てた分、今あるものを大切にしなさい」
「分かってるよ~。ありがとね、お姉さん。これで私も一人前のレディーよ、銀幕が私を呼
んでるわ!」
 最早決め台詞となって久しい彼女の言葉に、この女子大生は最後まで砕けた口調だった。
 確かに笑顔だけはアイドル級のそれを振りまき、彼女は嬉々として店を後にしていく。

 ***

「師匠、鍵掛けました」
「オッケー。じゃあ行きましょうか」
 その日は店は早い内に閉店となった。作務衣の青年が戸締りをチェックしている後ろで、
和ローブの彼女は大きな布袋の紐を縛っている。
 ばさっ。中に入っていたのは灰だった。営業中、護摩の中で燃えたもの達である。
 青年に後ろを支えて貰いながら、二人はこの雑居ビルの屋上へと足を運んだ。日は既にと
っぷりと暮れ、街には夜闇に抗うようにネオンの灯りが満ちている。しかしそれでも人は完
全に闇を打ち払う事など出来はせず、彼女らがこの屋上にソリを──首のない真っ黒な馬達
を用意しているさまなど気付く筈もない。
「安西君、準備はいい?」
「はい。いつでもオッケーです」
 確認して、この首なし黒馬と彼女らを乗せたソリは、何の前触れもなく違和感もなくスッ
と空へと駆け上っていった。夜闇の中で必死に輝く街の明かりが見える。その遥か上空を、
二人はソリの後ろ側で先程の布袋の口を緩めながら飛んでいく。
 はらはら。月明かりに照らされて灰が落ちていった。コップに水を注ぐように、微小で細
かい粒子が人々の暮らす地上へと撒かれていく。
 これが不定期な、彼女達の密かな儀式だった。
 売り払われ一度灰になった縁。それがある程度炉の中でいっぱいになってくると、こうし
てまた世へと戻し(すて)に出掛けるのだ。
「……天下を回るのはお金だけじゃない。完全に消えて無くなってしまうものなんて、ない
のにね」
                                      (了)

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  1. 2015/05/24(日) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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