日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブル〔3〕

 その日は特別の始まりで、当たり前になる毎日が始まった日でもありました。
 その日、長く売れ残っていたお隣さんに新しい家族がやって来ました。私は幼馴染のソラ
ちゃんと一緒に、引越しのトラックが横付けされたままのこの新居へと様子を見に行ってい
たのです。
『オーライ、オーライ!』
『この棚は何処へ?』
『そうですね……。リビングの壁際にお願いします』
 忙しなくトラックから荷物を運び出していく業者のおじさん達。
 そんな彼らに時折返事をし、感慨深げにこの戸建てを見上げていたのは、紺のスーツに身
を包んだ女の人でした。
『……』
 綺麗な、いえカッコイイ女性(ひと)だなと思いました。
 びしっと着こなしたスーツの下から主張する身体のライン。それを恥じる事もなく何処か
凛として、覚悟を決めたかのようにして空を仰いでいる姿。
 私達は一度、お互いに顔を見合わせました。そんな新しいお隣さん達にないものに、次の
瞬間には気付いていたからです。
『……あら?』
 女の人がこちらに気付きました。私達を──立っている私の家の軒先を見て、すぐに察し
たようで、とても優しい笑みを向けてくれます。
『貴女達、そこのお家の人? どうも初めまして、佐原です。今日からここに住む事になり
ました。宜しくね?』
『は……はい』
『うん。よろしくね!』
 最初の挨拶。ファーストコンタクト。
 思えばあの頃から私はおどおどしていて、ソラちゃんは物怖じしない子だったっけ。
 私達はお互いに名乗り合います。この女の人──つまり香月おばさまは「そっか~」と言
いながらニコニコと何だか嬉しそうです。
 ……でも、そこにはもう一人を除き、お父さんらしき人の姿はありませんでした。
『へぇ~……おばさん、あいてぃーの人なんだ』
『ええ。だからあまり家には帰れないかもしれないけど……。さぁ、ほら睦月。貴方も挨拶
しなさい』
『……』
 代わりに、居たのは一人の男の子でした。じっとおばさまに、母親の陰に隠れるようにし
て彼はじっとこのやり取りを見ていたのでした。
(むつき……君?)
 背格好は多分私達と同じくらい。だけどこの頃は、活発なソラちゃんよりも彼は小柄だっ
たような気がします。大人しい男の子でした。
 だけど、私の心を捉えて離さなかったのはもっと別の事。
 確かに彼は──むー君からは、悪い子だという直感、悪意を感じませんでした。
 でもその一方で私はざわりと、不安……のような感覚を覚えます。
 何というか、彼は確かに目の前(そこ)にいるのに存在感が薄くて、まるで“世界から取
り残された”まま、そこにいるかのような感じがして……。
『……こんにちは。佐原睦月です』
 ざわわ。あの時は自分でもよく分からなかった胸奥のざわめき。
 それでも彼は目を瞬く事もせず、じっと暫く黙った後、そう短く簡単に言いました。
 よろしく~。ソラちゃんが笑っています。気付いていないのでしょうか? 尤もあの時の
私も、結局この感覚をはっきりと言葉にするだけの知識や経験を持ち合わせていなかったの
ですけど……。
『……。こんにちは』
 返ってきた言葉。それは何だかか細くて、不自然なほどに丁寧でした。
 私達は笑みを繕います。
 そんな中でもずっと、彼は薄く貼り付けたように“微笑(わら)って”いました。


 Episode-3.Girls/少年・佐原睦月

 何時ものように朝支度をし、彼の家にお邪魔して束の間の時間を過ごす。
 何時ものように三人で登校し、席に着いて代わる代わるな先生達の授業を聞く。
 中央列真ん中辺り。海沙はその日も変わらぬ学園生活を送りつつも、時折ちらちらと窓際
で舟を漕いでいる睦月(おさななじみ)の様子を見遣っていた。
 むー君。ソラちゃんと自分と三人、いつも一緒に育ってきた幼馴染の男の子。
 いつもニコニコしていて優しい。詳しい事情は知らないけれど、母子家庭な事もあって料
理を始めとした家事は今や一通りこなせるようになっている。
(……疲れてるのかな?)
 うとうとと頭を揺らし、何度もハッと我に返って瞑りかけた目を開ける。
 だけども数分もしない内にまた睡魔に押し戻され、こっくりこっくりと舟を漕ぐ。
 海沙はちょっと心配だった。まさかこの前の事故と入院が、今も彼に悪影響を与えている
のでは──例えばフラッシュバックして中々寝付けず、結果として居眠りという形で現れて
いるのではないかと考えたからだ。
 幸い、あれだけ大きな火災があったにも拘わらず、彼本人はほぼ無傷だった。一週間ほど
入院していたのもあくまで念の為な検査入院だとの事。
 だがそれはあくまで身体の方であって、もしかしたら精神的なダメージが思いの外、彼を
蝕んでいるのかもしれない。そう思うと落ち着かなくて、心に暗い雨が降る。
(私から訊くのは迷惑かな……? 本当に辛いんだったら、何とかしてあげたいけど……)
 シャーペンを手の中で弄びながら、この幼馴染の少女は密かに、その実正否半々の心配で
気持ち眉根を下げながらそわそわしている。

「──大体の話は班長達から聞いているよ。巻き込んでしまって、すまない」
 スカラベ・アウターの事件が落ち着いた後、睦月は一人冴島が入院している大学病院へと
足を運んでいた。左腕にギブスをし、頭に包帯を巻いた入院着姿の彼が、そう挨拶からの開
口一番、頭を下げる。
「そ、そんな。頭を上げてください。その、僕は……自分の意思で戦うって決めたんです」
『うん。そういう事だから志郎、あんたはちゃんとその怪我を治す事に専念してよね? 癪
だけど、あんたが抜けた分、博士達は忙しくなるんだから』
 パンドラ……。デバイスの中で、この期に及んでも彼に厳しく当たる電脳の少女に、睦月
は嘆息や頭痛を催すような面持ちで呟いていた。
 すみません。彼女に代わって頭を下げ返す。
 だが当の冴島は、このような彼女からの扱いにはもう慣れっこなのようで、ただ睦月を励
ます言葉だけを投げ掛けると微笑みを浮かべたままだった。
「本当はすぐにでも君のサポートに回りたいんだけどね。どうも思った以上にダメージが大
きいみたいで……」
「……」
 苦笑する姿。睦月はこんな状況になっても尚、めげずにいる冴島(かれ)がどうしようも
なく眩しく思えた。
 パンドラの態度に追従する訳ではないが、一方で彼は十中八九母に好意を寄せている、も
しかしたら自分とはややこしい関係になるかもしれない人物なのだ。
 のそりと圧し掛かる後ろめたさ。僕はこの人から“役目”を奪った。
 適合者云々を考えれば、自分が装着者となるのはほぼ唯一の解決策だったのだろう。
 だけども。睦月は繕う苦笑の影で密かに思う。
 この先彼が療養とリハビリを終えて復帰したとして、果たしてその時自分は此処に居られ
るのだろうか? 居続けられるのだろうか……?
「僕の事は心配要らないよ。君は君の役割を果たしてくれ。すぐに……追いつくから」
「……はい」
 戦いへの不安と、それ以上に湧き始める、力を失う事への恐怖。
 香月さ──チーフに宜しくと微笑(わら)う冴島に、睦月はただ小さくなるように首肯す
るしかなくて……。

「では、今日はここまで。各自復習を忘れぬように」
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。腕時計を一瞥し、彫りの深い古典教師が時間き
っちりに切り上げる。
 ざわ、ばたばた。彼が立ち去るのと同時に教科書やノートをしまい込む音が重なり、途端
にクラスに張っていた空気が緩んだ。
「ん~! 終わったぁ! 次が終わればご飯ご飯~♪」
「……もう、ソラちゃんったら」
 ぐぐっと椅子の上で背伸びをして、もう一人の幼馴染が一日の楽しみに胸を躍らせる。
 そんな親友(とも)に海沙は愛おしくも苦笑いを浮かべていた。そんな二人を何時の間に
か、睦月はそっと細めた目のままに見遣っている。
「──睦月」
 故に海沙は気付かなかった。そもそも彼らが身を投じている戦い(それ)を、彼女は知る
由もなかったのだから。
「放課後、司令室(コンソール)に来てくれ」
 こっそりと。
 ざわつく教室の声に紛らすようにして、皆人がそう睦月に囁いていた。

「いっただきま~す!」
 昼休み。宙は幼馴染や友人達と、何時ものように中庭に集まって弁当を広げていた。
 食べる事と遊ぶ事。それは彼女にとって最も大好きな瞬間であり、単調になりがちな毎日
を輝かせてくれる活性剤でもある。
「はい。召し上がれ」
「……いただきます」
 そんな彼女には二人の幼馴染がいる。一人は生まれた時から一緒の親友・海沙。もう一人
は物心つく頃に向かいに引っ越してきた少年・睦月である。
 宙の実家は定食屋なのだが、朝食と昼の弁当は専ら二人に作って貰って久しい。一応自分
でも作れない事はないが、こと料理に関しては二人の方が──店主である父から直接指導を
受けてきた睦月の方がずっと美味いのだ。そもそもに彼女自身の性格ががさつであるが故、
更にそんな関係性に拍車が掛かっているとも言える。
「ん~♪ やっぱ睦月のご飯は美味しいなあ。この時の為に学校に来ているようなもんよ」
「お前は途上国の子供か何かか……」
「ははは。うんうん、いいんだよ。美味しそうに食べてくれると僕も作り甲斐があるしね」
「……睦月さんはいい婿になりそうですね。苦労も多そうですが」
「お、お婿さん……。むー君が、お婿さん……」
 そんな緩く穏やかな三角形に加え、今では睦月と親しい三条電機の御曹司・皆人とその付
き人である國子もこの輪に数えられて久しい。仏頂面でくすりとも笑わず言ってのける國子
の言葉に、ぶつぶつと海沙が何やら一人妄想して頬を赤くしている。
「~♪」
 宙はそんな皆が大好きだった。
 がさつで、ゲームや食い気以外に関してはぐうたらな自分の傍にいつも笑って座っていて
くれる、そんな仲間達(ともら)を誰よりも大切に想っていた。
「あ、宙。そこ、ついてるよ? 海沙」
「はい。ナフキン」
「ありがと。あ、それと」
「うん。お茶のおかわりね」
「うん。もう半分くらいでいいから」
 何気なく、本当に何気なく。睦月(おさななじみ)が自分の口元に付いたソースを指差し
てきて、次の瞬間海沙からナフキンを受け取って拭ってくれる。更にその体勢のまま、肩越
しに告げようとする彼に、海沙(しんゆう)はやはり阿吽の呼吸が如く微笑むと水筒を彼の
分の紙コップへと傾ける。
(……もう誰も突っ込まないんだよね)
 何度も繰り返し、当たり前になってしまった光景。
 もきゅもきゅと口から零れる一口ヒレカツを指で押し込みつつ、宙は思った。
 お似合いだと思う。やはり睦月(おさななじみ)は、海沙との方がお似合いだと思う。
 惜しむらくは当の二人が基本お互い大人しい性格で、何よりお互い自身をセーブしがちな
きらいがあるという点か。
 少なくとも、片方の気持ちは明らかなのだ。
 だから二人を守れるのなら……自分は出来る限りのアシストをしてやりたいと思う。
「そういやさ」
 しかしそうは思えど、実際に口には出さない。
 あくまで美味しい弁当に舌鼓を打ちながら、もきゅもきゅと何時ものマイペースな風で以
って、今日も今日とて雑談を振る。
「この前の強盗犯、捕まったんだってね。自首らしいよ?」
『──』
 だから気付く事は出来なかった。耳にしていたニュースを一つ、何となく話題の取っ掛か
りにしただけで、次の瞬間睦月や皆人、國子がにわかに緊張したなどとはつゆも思わなかっ
たのだ。
「へ、へぇ……」
「自首? あんなにいっぱい強盗をやってたのに?」
「だからなんじゃない? 何でもそいつの部屋から、盗んだ金が丸々見つかったって話らし
いし。隠し切れなくなって自分からって感じなのかなぁ」
 玉子焼きをぱくり。宙は苦笑(わら)っていた。
 睦月が、黙したままの皆人や國子に変わってリアクションする。一方で海沙は親友から聞
かされた内実に素直に驚いていたようで、はぁと安堵と苦笑のため息をつきながら言った。
「欲を掻いたんだね……。でも、これで一安心だよね」
「一応はねー。だけど何も事件ってのはあれだけじゃないし、また何かしら起こるっしょ」
 もきゅ。口の中の料理を飲み込み、宙は言った。
 それは端的な事実であり、また同時に幾分かの諦めを伴った意識の予防線でもある。
「ホント、二人とも気を付けなよ? 何だかどーにもここん所物騒だからさ……」


 そして放課後。睦月は司令室(コンソール)──飛鳥崎地下深くの越境種(アウター)対
策チームの基地に足を伸ばしていた。
 壁いっぱいに備え付けられているのは幾つもの液晶パネル。
 そこには監視カメラが捉える街の各地の様子が、常時リアルタイムで届けられている。
『……Zzz』
 パンドラはそんな室内の一角で、自身が収まるデバイスに配線を繋がれたままうとうとと
舟を漕いでいた。その周りでは香月以下、研究部門の面々が神妙な面持ちで、PC上から出
力される膨大なデータ──新たにインストールされてゆくサポートコンシェル達を見守って
いる。
「ねぇ母さん。これなら別に家のPCに送ってくれてもよかったんじゃ……?」
「セキュリティ上の、用心の為よ。確かに手間は省かれるかもしれないけど、貴方も知って
の通りこの子達は基本的に外部に漏れるべきではないのよ。技術者の私達が言ってしまうの
は皮肉なんだけど、最強のセキュリティっていうのは結局物理的にクローズドである事なの
よね」
 だからこそ直に入れ込んでいる。時折無数の文字列を見、キーボードを叩きながら、香月
はそう苦笑いを漏らしながら言った。
 今日この日睦月が司令室(コンソール)に呼ばれたのは他でもない、サポートコンシェル
の増設作業である。母ら曰く、これからも調整の済んだコンシェル達は順次睦月のデバイス
にインストールしていくのだそうだ。
 尤も元より、睦月もあれからほぼ毎日此処へ通うようになっている。いつアウターが現れ
るか分からない。それに戦力が増強されるのなら願ってもない事だ。
「……」
 故に暫く、睦月はインストール作業が終わるまでぼうっと暇を持て余していた。
 椅子に座った足をゆっくりぶらぶらさせ、その間もリアルタイムに街の様子を映し続ける
モニター群を眺める。放課後という事もあり、その映像の中にはちらほらと学園の制服を着
た少年少女や他校の生徒らしき姿もある。自分がよく行く場所も映っている。
 ……改めてではあるが、こうして“大義”の為に個が密かに詳らかにされているというの
は、何というか申し訳なく感じる。後ろめたく感じる。
「ねぇ、皆人」
「うん?」
「僕達のこと、海沙や宙にバレてないかな?」
「……親父達が行政や警察、マスコミなどに根回しはしている。前にも言ったが、アウター
の存在が表沙汰になれば不利益を被る者は多い。IT立国としての発展にブレーキが掛かる
からな。政府としてもそれは嫌う筈だ」
 暫く黙して、しかし不安になって、睦月は職員らと共に制御卓の前に立つ皆人の背中にそ
う呼び掛けていた。肩越しに親友がこちらを見てくる。数拍を置いて返って来たのは、そん
な迂遠で淡々とした返事だった。
「俺だってあいつらを巻き込みたくはないさ。お前のそれには及ばないかもしれないが、俺
もあいつらは大切な友人だと思っている」
「皆人……」
 そんな時だった。ウゥンと小さく機材の音が鳴り、インストール作業が終了した。
 ぱちりと、デバイスの中のパンドラが半ば寝惚け眼のまま目を覚ました。香月達が彼女に
笑みを向けて「お疲れさま」と言葉を掛けている。繋げられていた配線が外される。
『ふぁ……。? マスター、司令と何を?』
「……ちょっと、ね」
「ふふ。じゃあ睦月、準備して。始めましょう。大切な子達なら……守ってあげなきゃね」
 ぽんぽんと。香月が言ってデバイスを渡してきた。受け取りつつ、睦月も母の言葉にちょ
っと照れ臭くなる。
「うん……。では陰山さん、お願いします」
「はい」
 EXリアナイザを取り出し、セットする。
 そしてそんな彼に応えるように、自身の調律リアナイザを手にした國子が動き出した。

「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
 司令室(コンソール)の隣、深く掘り下げられただだっ広い空間にて二人は対峙する。
 元々は地下貯水槽として造られたそうだ。それを対策チームの旗揚げに併せて特殊な加工
を施し、コンシェル同士の戦いでも壊れ、漏れぬような空間に──訓練用スペースに改装し
たらしい。
 模擬戦とはいえ、当初は國子と戦う事に睦月は戸惑ったが、それもサポートコンシェル達
の動作テストを兼ねていると聞かされれば拒む訳にはいかない。引き金をひいて変身し、頭
上に掲げた銃口から飛び出した白球が彼にパワードスーツの姿を与える。
「……来い。朧丸」
 國子も調律リアナイザの引き金をひき、自身のコンシェル──般若面の侍・朧丸を呼び出
した。そんな様子を、頭上のガラス張りな窓から眺めている皆人達が確認し、言う。
『よし。では始めてくれ』
 シュート。早速EXリアナイザを射撃モードに切り替え、睦月は朧丸に向かって銃撃を放
った。しかし数発の全弾、初撃を全て、朧丸は落ち着いた素早い剣捌きでことごとく叩き落
としてしまう。
「……っ、スラッシュ!」
『WEAPON CHANGE』
 ぐんと地面を蹴って朧丸が迫る。睦月は咄嗟に今度は剣撃モードに切り替え、これと切り
結んだ。
 激しく火花が散る。本来常人では追いつくのも難しい剣戟。
 だからか同じ剣戟でこそあれ、傍目からは明らかに睦月が翻弄されている様子があった。
振り下ろす彼の一撃一撃を、朧丸は的確に受け止め、いなし、その隙を突こうとする。
「正直言いまして、睦月さんは戦いに関して素人です」
 召喚主(くにこ)はそう厳として告げていた。引き金を握ったままの調律リアナイザを片
手に続ける。
「がむしゃらではいけません。力をぶつけるのではなく、いなすのです」
 言ってくれる……。何度も鋭い反撃を受けてふらつく睦月は、中々そんなアドバイス通り
には動けなかった。
 装甲をまた斬られる。火花が散る。皆人の話では自分が装着者になる以前、彼女達リアナ
イザ隊はここで日夜戦闘訓練を積んでいたのだそうだ。
 元々彼女は、皆人の付き人──ボディガードだ。そもそもに地の能力には天と地の如き差
がある。
「無茶を……言わないでください」
『ARMS』
 ふらふら。白兵戦では敵わないと思った。睦月はリアナイザのボタンを押し、早速更新さ
れたコンシェルを使ってみる事にする。
『LAUNCHER THE BEE』
『FREEZE THE DOG』
 左腕に円筒形の射出装置が装着された。更に手には青白い小銃が握られる。
 國子が静かに目を細めた。そして次の瞬間、睦月がこれらを一気に解き放つ。
 多数の蜂型ミサイルだった。
 飛び掛る犬を模した、追尾する冷気弾だった。
 それらが大挙して朧丸へと向かってくる。ほぼ正面全方位からの捕捉を受ける。
「……」
 だが國子は落ち着いていた。刹那、フッと静かに瞼を閉じると、朧丸の瞳がにわかに赤く
光を増した。するとどうだろう。朧丸はこれらが着弾する寸前に姿を──その透明化能力で
姿を消し、標的を見失ったこの蜂型ミサイルと冷気弾をその場で爆発させたのだった。
「なっ──!?」
 それに驚いたのは睦月である。機転というのか。撃ち落すのではなく、こちらの打った手
の誘導性(きも)を逆手に取ってきたのだから。
『──』
 しかしその数秒が致命的だった。朧丸の姿を見失った睦月が辺りを必死に見渡す中、当の
本人はぼうっと密かに彼の背後から迫っていたのである。
「ぎゃはっ?!」
 一閃。再び激しい火花を散らして睦月は吹き飛ばされた。ゴロゴロとコンクリ敷きの地面
を転がる。ゆっくりと握った太刀を下段に添え、朧丸は再び目を瞑ったままの國子を守るよ
うにしてその前に立つ。
「うぅ……」
 勝てる気がしない。睦月は思った。
 だが多分、これでも手加減はしてくれているのだろう。サポートコンシェル達のテストで
あると同時に、これはアウター達との戦いに備えた訓練でもある筈なのだ。
「……っ!」
『ARMS』
『EDGE THE LIZARD』
 倒れ込んだ身体を起こしながら、睦月は更に武装を呼び出していた。中空にデジタル状の
モザイクが起こり、ストンと彼の手の中に一本の曲刀(シミター)が収まる。
「うおぉぉぉーッ!!」
 リアナイザの剣と併せて二刀流。睦月は朧丸に向かって突進していく。
 ジャキリ。目を瞑ったままの國子の前より進み出て、この般若武者は正眼に構え直した太
刀で以ってこれを迎え撃つ。

「……ぜぇ、ぜぇ」
 結果、睦月の惨敗。
 とうとう根負けして、睦月は國子の足元に仰向けになって転がっていた。変身は解かれ、
ただ荒く息を整えながらその右手の中にEXリアナイザが乗っかっている。
「自棄になるには早いですよ。少なくとも今の睦月さんは、そういうスタイルでは無いと思
います」
 一方で國子は呼吸一つ乱さず冷静だ。実際に戦ったのが朧丸だからというのもあるが、そ
う足元に転がる睦月を見つめ、リアナイザを切ってこのコンシェルの召喚を解除しながら静
かにアドバイスを寄越す。
「本当、陰山さんは強いですよね……。というか、こんなに強いなら僕って別に要らないん
じゃ……?」
「そんな事はありませんよ。以前初陣の際にもお話しましたが、私達リアナイザ隊には致命
的な弱点がありますので」
 半分は解っている。だけどつい言いたくなるそんな言葉に、國子はやはり冷静だった。
 弱点。それは。
「確かに私達はアウターに対する攻撃能力を持ちます。ですがそれはあくまでコンシェル達
であって、私達ではない。召喚主である人間が狙われれば、途端にこちらが圧倒的に不利に
なります」
「……人間は、越境種(アウター)には触れられない」
「はい。だからこそ佐原博士ら研究チームは、コンシェルを着るという発想に至りました。
狙われる人間をなくし、且つ戦闘能力を向上させる──突拍子もない発想ですが、事実こう
して睦月さんという適合者が現れた」
 だからこそ、貴方には強くなって貰いたい。控え目に國子は言った。
 睦月は黙り込む。息がまだ荒い。気持ちも理屈も分かるが……果たしてどれだけ自分はそ
の期待に応えられるのだろう?
 司令室(コンソール)から降り、香月らや皆人がこちらに歩いて来ていた。
 母の手にはタオルや水の入ったペットボトル。或いは白衣の面々は実戦データを取る為の
ノートPCを。睦月はのそりと起き上がり、母らを迎えて暫しの休息を取る。
「……陰山さん」
「はい」
「どうすれば、強くなれるんでしょうか?」
 そして水で喉を潤し、じっとペットボトルに視線を落としたままの彼に問われる。
 國子はすぐには答えなかった。じっとそんな横顔を見下ろし、ちらと様子を窺っている皆
人らを確認するようにしてから答える。
「……迷わないこと、でしょうか」
「迷わない……?」
「Aを守る為にBと戦うという事は、Bと敵対するだけでなく、Bにとって大切なCを損わ
せる事でもあります。その事実に対して臆さないこと。戦いに身を投じる以上、そこで彼ら
の存在に躊躇えば結果的にAすら失う事になる」
 睦月の瞳が揺れた。國子の眼はじっと黒く深く不動のように見えた。
「少なくともアウター達は、自分の欲求に忠実でしょうね」
「……」
 だが睦月は迷っていた。思い出していた。
 スラカベ・アウターと戦った時の事、その決着をみた最期(しゅんかん)のこと。

『い……嫌、だ。まだ、死に、たく──』

 ヒビ割れて爆ぜる怪人の身体。
 あの時、確かに彼はそんな言葉(みれん)を口にしていた……。
「──司令、睦月さん!」
 ちょうどそんな時だった。この訓練スペースに繋がる階段から司令室(コンソール)の職
員が一人降りて来て、慌て興奮したように告げたのである。
「大変です、事件です! アウターが出ました!」


(……こいつは、また派手にやらかしたな)
 飛鳥崎西の繁華街。その裏路地の一角に惨劇の跡が残されていた。
 辺りに激しく飛び散った大量の血痕、八つ裂きにされた何人もの死体。順次袋に包まれ運
び出されていく彼らを見送りながら、筧はただ眉を顰めて佇むしかなかった。
「はぁ、はぁ……。兵(ひょう)さんは平気なんですか? 流石ですね……」
「平気なもんか。惨殺(こんなの)に慣れちまうなんざ、人として壊れてるよ」
 路地裏では今も、他の刑事達や鑑識らにより現場検証が進められている。
 久しぶりに凄惨な死体を目の当たりにし、一しきり吐いて来た後輩・由良が気持ちげっそ
りした顔で戻って来た。
 返す視線はぶっきらぼう。だがそれは何時もの事で、言葉以上に彼には今、嘔気とは別の
感情に支配されようとしている。
 義憤だ。こんな惨い殺しをしたのに今も何処かでのうのうとしている犯人への、怒りだ。
「そうですね……。あ、それでさっき軽く近隣住人に訊いてみたんですが、どうやら不良達
が喧嘩をしてたみたいですね」
 えっと。そう由良が、彼の変化に気付いたかのように手帳(メモ)を取り出すと言った。
 ただ凄惨な現場にダメージを受けただけ、タダでは転ばず自分なりに稼いできたらしい。
それを見て筧も、直属の後輩も成長したなと思う反面、今の今まで熱くなってしまっていた
自分を密かに反省する。
「喧嘩──抗争の末にヒートアップして、か」
「おそらくは。仏さん達の身なりもそんな感じでしたし、多分捜査本部も似たような見解に
なると思いますよ」
「……」
 だが筧はふいっと口を噤んでいた。眉根を寄せてもう一度血塗れの現場を見ている。
 兵さん……? 由良は怪訝に呼び掛けていたが、一歩二歩、彼は暫く辺りを確かめるよう
に歩き回る。
「妙だ」
「えっ?」
「確かに喧嘩の弾み──計画的な犯行じゃないだろう。怨恨ならもっと標的と血痕が絞られ
ている筈だし、もっと人目のつき難い奥まった場所を選んだ筈だ」
 由良が目を瞬く。彼の、刑事・筧兵悟(ひょうご)の眼力が光っている。
 はい……。それだけを言いかけて、由良は次の言葉を継げなかった。凄惨な大量殺人。彼
はそこにまだ何かを見出しているというのか。
「だがそれにしたって辺りが壊れ過ぎだし、血も出過ぎだ。本当にこれは“人の手”による
ものなのか? 重機でも持ち出さねぇと、ここまで滅茶苦茶にはなんねぇだろ」
「そう言われれば……そうですね」
 屈んで大量の血痕を観ている筧。そこへ由良もゆっくりと屈んで倣った。
 筧は思う。長年刑事として生きてきた勘が告げているのだ。
(きな臭ぇな。この前の連続強盗事件にしろ何にしろ、どうにもここ最近の飛鳥崎は不可解
な事件が多過ぎる……)
 そんな時だった。にわかに現場が物々しくなり、周りの刑事や鑑識らが強張る気配が伝わ
ってくる。
 同じ刑事の一団だった。
 だが彼らは皆自信──プライドに満ち溢れており、現場の面々はさも目を付けられないよ
うにと言わんばかりに自分の仕事に集中しようとしている。
「ああ、来てたのか。筧警部補」
「……そりゃあこっちの台詞だよ。お前の出張る幕かい? 白鳥」
 ざわっ。現場が明らかに緊迫していた。由良に至っては筧を止めようにも止められず、嫌
な汗を流して戸惑っている。
 白鳥。そう呼ばれた一団のリーダー格がわざわざ筧のすぐ後ろまで来て声を掛けていた。
 筧も筧で、もう慣れっこなのか、肩越しに彼を見るだけでその態度は暗に刺々しい。
 白鳥涼一郎。筧らが所属する飛鳥崎中央署の警視であり、彼より一回り以上も若いが階級
はずっと上のキャリア組である。
 皆がそわそわしているのは其処だった。
 選民意識の高いキャリア刑事と、昔気質で叩き上げのノンキャリ。この二人の馬が合う筈
がない。今回も同様、二人は顔を合わせる度にこうして険悪な空気を振り撒いていた。
「既にメディアがこの事件を報道し始めている。捜査員の増員が決まったんだ。あまり悠長
にしている暇はないぞ? 速やかに星を挙げるんだ」
「……言われなくてもそのつもりだよ」
 組織上、目上。だがそんな事に構わない筧の態度もまた、白鳥にとっては慣れっこのよう
だった。ふんと小さく哂い、部下達を引き連れて再び踵を返す。
「……全く、迷惑ばかり掛けてくれる。どうせ不良(クズ)同士潰し合うなら、もっと隅っ
こでやって貰いたいものだよ」
「っ、お前!」
「止めとけ。由良」
 間違いなく挑発だった。そんな呟きにカッとなった後輩を、筧ははしっと肩を取って制止
する。
「憎むべきは犯された罪だ。闘う相手を間違えるな」
『……』
 あのキャリア刑事には“悪は根絶やしにせねばならない”という信条がある。今漏らした
言葉も、彼にとっては真実なのだろう。
 由良を押さえ、筧は言った。憤るのは分かる。だが同時に、おそらくあの手の人間と自分
達は分かり合う事は出来ないのだろうとも思うのだ。
 振り返る事もせず、白鳥は取り巻き達から事件の状況報告を受けつつ現場の奥へと消えて
いった。再び場が凄惨な跡ながらも落ち着いた空気に戻る。同僚達が方々で少なからず恨み
がましく視線を向けてきていた。
 何で毎度毎度、あんたは事を荒立てるかねぇ──?
 知るか。俺はただあいつが気に食わねぇんだよ──。
「……聞き込み、行くか」
「は、はい」
 逃げる訳じゃない。咎を認める訳じゃない。
 立ち去った白鳥達や、距離を置く同僚達を視界の端に捉えつつ、筧は言う。

「うわあ……凄い人ごみ」
「ネット上でも既に出回り始めていましたからね。予想は出来た事ですが……」
 時を前後して。睦月と國子、リアナイザ隊数名は同じ現場へと来ていた。
 しかし既に事件は大事になっているらしく、辺りには非常線が張られ、その周りに集るよ
うに野次馬達が集まっていた。
「でもこれだと、肝心の調査ができないんじゃ?」
「そうですね。ですが私達はもう目星がついているんです。必ずしも現場(むこう)に踏み
入れなければならない訳ではありませんよ」

 職員に呼ばれてモニターの前に集まった睦月達が見たのは、路地裏の一角を映したその中
で行われた惨殺の一部始終だった。
 辺りが返り血で瞬く間に赤く──映像の解像度からして赤黒く染まっていく現場。次々と
いかにも風体の悪い不良達が逃げ惑っては鋭い鉤爪で切り裂かれ、鎖で絡み取られては串刺
しにされていく。
『酷い……』
 うっぷ。睦月は思わず喉奥から迫る不快感で口に手を当て、俯いていた。その間も凶行は
続き、リアナイザを握った少年が得意げに笑いながら、不良達を惨殺していく人狼のような
怪物──アウターの後をついて行き、画面の外へと消えていく。
『司令。これは』
『ああ、間違いないな。姿形からして“猟犬(ハウンド)”のアウターといった所か』
 凄惨な様子にそっと目を逸らし、皆人が言った。
 苦々しい面持ち。次に彼が何を言おうとしているか予想がついているだけに、睦月ら場の
面々の表情もまた硬い。
『……出動だ。今回は召喚主自身が力に溺れている。一刻も早く片付けないと、また犠牲者
が出るぞ。男の詳細は追って伝える。現場周辺で聞き込みを始めていてくれ』

「行きましょう」
 事前にそう皆人に言われ、自分達も監視カメラの映像から犯人を一度見ていた事もある。
 睦月達は野次馬の中を無理に掻い潜ってゆく事はせず、繁華街の裏路地周辺で情報を集め
ることにしたのだった。
 アウターの力に溺れた者の暴走。おそらくは計画的な犯行ではない。
 まだ事件から半日と経っていない。目撃証言や、あの男を知っている人物がきっと何処か
にいる筈だ。

(何だろう? あの人ごみ……)
 だが一方で二人は知らなかった。ちょうどその頃、現場近くを偶々海沙が通り掛かってい
た事を。
 道向かいの歩道。彼女はプリンタ用のインクを買いに電気街へと向かっていた。その途中
でこの事件現場が作る野次馬の群れを見、何事だろうと遠巻きに目を瞬いている。
(イベントじゃ……ないよね)
 しかし海沙は、わざわざ向こう側へ行く事はしなかった。
 元より今日はひっそり秘密のお出掛けだ。友人や幼馴染達も知らない、自分一人の趣味の
為に今日は出向いていたのだから。
「……?」
 だが気付いてしまったのである。てくてくと歩いて行こうとするその途中、何気なく再び
野次馬達の方へと遣った視線の中に、そこから一緒になって出て行く睦月と國子、二人の姿
を見つけてしまったのである。
(むー君と……陰山さん……?)
 ぐらり。両の瞳が静かに揺れる。
 刹那彼女は、セカイの全てが凍て付くかのような心地に見舞われた。


 時刻は流れ、街に茜色が差し始める。
 事件現場と同じ区画、別の路地裏の一角。
 ドスンッ! その行き止まりに、一人の如何にもといった不良青年が胸倉を掴まれ、追い
詰められようとしていた。
「し、知らねぇよ! 俺は何も関係ねぇよ! は、離してくれぇ!」
「……」
 すっかり戦意を喪失して半泣きに喚いている青年。
 一方で彼に詰め寄っているのは、若干苛立ちで威圧感が割り増しになった國子だった。
 その後ろで、睦月がおろおろと戸惑っている。あれから聞き込みを続けたのだが……この
青年と同様、区内の不良達は皆が口を揃えて証言する事を拒んでいた。
 気持ちは分からないでもない。あんな惨殺をやってのける相手だ、恐れもするだろう。
 だがこのままでは知らぬ存ぜずの人間ばかりになる。なのでこうして痺れを切らした彼女
が今、何十人目かの不良を捕まえて直接身体に訊こうとしている訳なのだが……。
「あの、陰山さん。お、穏便に……」
「……優しいですね、睦月さんは。でも彼らが犯人について知ってるようなのはこれまでの
態度を見る限り明らかです。割らぬなら、割らせなければ」
「それは、そうですけど……」
 さらりと言い返され、顔を見合わせた後再びこの青年を見る。
 ひぃっ!? 彼はすっかり怯えていた。
 彼女の言う通り、被害にあったらしい者達と同類な──不良の類らは、確かに今回の事件
に関して聞き及んでいる所があるように見えてならない。
「あの。話してくれれば悪いようにはしません。教えてくれませんか? ここ最近、貴方の
周りでおかしな変化をした人はいないでしょうか? 例えば……TA(テイムアタック)を
始めたとか」
 ビクン。思い切って訊いてみたものが、思いの外クリーンヒットしていた。
 あまり越境種(アウター)云々の事を他言しないように。だけども一刻も早くあんな暴走
をする犯人を止められるように。
 サァっと青年がみるみる青褪めていくのが分かった。
 何でそれを……? 目を口ほどに物を言うと云う奴か。突如睦月が出してきたキーワード
に彼は激しく動揺しているようだった。
「……やっぱり知ってたじゃないですか」
「はは。えっと、お願いします。その人の事を詳しく──」
「おいおい。困るなあ」
 だがその時だったのである。やっと事件の核心に迫れたと思った次の瞬間、はたと背後か
ら荒々しい第三者の声が投げ付けられた。
「あんたらか。まさかサツ以外にも嗅ぎ回ってる奴がいるなんてな……」
 立っていたのは目つきの悪い一人の少年だった。
 背格好は睦月らとあまり変わらないだろう。或いは少し上くらいか。
 不良風のパンクファッションをしていた事も柄の悪さを後押ししていたのかもしれない。
慌てて振り返った睦月らに、始めから遠慮なく険悪な眼差しを向けている。
「ひっ……!? こ、こいつだ! こいつだよ! こいつ、半月くらい前から急に滅茶苦茶
強くなって、凶暴になって──」
 青年がガタガタと身体を震わせながら叫んでいた。チッと、少年がゴミを見るような眼で
この年上の不良を睨み付けている。
「まぁいい。ちょうど邪魔が入ってムシャクシャしてた所だ」
 そして吐き捨て、ズボンのポケットからリアナイザを取り出した。既にデバイスは内部に
セットされているようだ。青年が怯える中、迷わずこちらに銃口を向け、引き金をひく。
「ヴァ、オォォォォーッ!!」
 そしてそれは、やはりホログラムではなかった。
 現れたのは、人狼を髣髴とさせる茶色っ毛の怪人。
 右腕には大きく鋭い鉤爪が装備されていた。左腕にはジャラリと、地面に垂れるほどの鎖
分銅が下がっている。
「……皆人。こいつ」
『ああ、間違いない。あの映像のアウターだ』
 ひいっ! ひいっ!
 胸倉から手を離されたのをいい事に、青年は真っ先に腰が抜けたほうほうの体でその場か
ら逃げ出そうとしていた。それをバチンと、人狼の怪人──ハウンド・アウターが鎖分銅を
眼前に打ちつけて阻む。
「どうして……あんな惨い事を」
「ん? ああ。お前もネットに上がったのを見たのか」
「邪魔だったからだよ。俺は俺の前に立ちはだかる奴らが許せねぇ。だがこいつを手に入れ
て俺は変わった、力を手に入れた! もう俺に逆らえる奴は誰一人いねぇんだ!」
 ははは! 少年はまさしく暴力(ちから)に、狂気に呑まれているらしかった。
 睦月が前髪に顔を隠し、俯いていた。ハウンドが少年の前に立ち、ザラリと鉤爪に舌を這
わせて睦月達(えもの)の息の根を止める瞬間をイメージしている。
『これ以上犠牲者を出す訳にはいかない。頼むぞ、睦月。國子は他の隊員と合流して召喚主
の方を確保してくれ』
「……うん」
「了解しました」
 インカム越しに皆人から指示が飛ぶ。國子が恐怖のあまり気を失ってしまったこの青年を
引き摺りながら別の路地へと移動していく。
 睦月はゆっくりと懐からEXリアナイザと、デバイスを取り出した。画面の中でパンドラ
も既に臨戦態勢よろしく両拳を握って身構えている。
「……あんたは、自分の意思で殺したんだな。アウターの力を、自分の力だと錯覚して」
 最初は内心まだ迷っていた。スカラベの時の召喚主の事が記憶にあった。
 だが今は躊躇しようとは思わない。あれは──悪だ。自分が倒さなければならない悪だ。
『TRACE』
『READY』
 銃底のボタンを押し、ノズルを空いた掌に押し付ける。
 バチッとエネルギーが弾けて認証をした。ハウンドが少年が、この睦月の行動と取り出し
たそのアイテムを見て驚いている。
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
 銀の、デジタル数字の群れがゆっくりと輪になって高くリアナイザを掲げた睦月の身体を
下っていき、銃口から射出された白い光球がぐるんと旋回しながら彼へと飛びつく。
 一瞬、眩しい光が彼を満たした。
 そこに立っていたのは人間・佐原睦月ではなく、白亜のパワードスーツを纏った彼。
 胸元の茜色の球(コア)が静かに輝いていた。フルフェイスの中に灯るランプ眼が睦月の
目を開くタイミングに合わさるように光り、EXリアナイザを片手に彼を絶叫させながら走
らせる。

「スラッシュ!」
『WEAPON CHANGE』
 叫びながら突っ込んでくる、そのリアナイザからエネルギー状の剣を迫り出して襲い掛か
ってくる睦月を見て、ハウンド達は少し遅れてようやく事態を理解した。
 ガキンッ! 剣と鉤爪、互いの武器がぶつかり激しく火花を散らす。そのまま鍔迫り合い
を維持して駆け出しながら、二人は路地裏の奥へ奥へと入り込んでいく。
「な、何だよ?! 何で人間が、いきなり!?」
「知るか! とにかく逃げろ、すぐに追いつく!」
 汚れた段ボール箱や缶をなぎ倒しながら、二人は剣戟を交える。
 そんな両者の戦いから逃げ惑うように物陰に隠れながら、少年は苛立ちを含んで叫んだ。
 鉤爪が睦月の刃を受け止め、弾き返す。
 言い含められて、彼はその言葉のままに一旦この場から大慌てで退散していく。
「そうか……お前がそうなのか。あいつらが言っていた、俺達の敵……!」
「……」
 だが睦月は応えない。ただ義憤に冴えた意識のまま、再三と剣先を突き出す。
 しかし今度はそれを、ハウンドは鉤爪を斜めに入れて、爪と爪との間に差し込ませたのだ
った。む? 睦月の動きが一瞬止まる。ちょうど自分の剣が、彼の鉤爪の間に挟まった格好
になったからだ。
「ぬおぉぉぉぉーッ!!」
 そのままハウンドは、得物を抜けない睦月を引き摺り、周りの積み荷・ゴミを巻き込みな
がら思いっ切り彼を壁へと叩き付けた。うぐっ……!? 強烈な衝撃と共に睦月を中心とし
てヒビ割れが入り、少なからず謎のパワードスーツは苦悶の様子を浮かべる。
「でいッ!」
 だが続けざまに打ち込んだ左拳は、空を切ってこのコンクリ壁を打ち抜くだけだった。
 寸前、睦月が一旦引き金から指を離して剣撃モードを切ったのだ。そのまま地面を転がり
ながらこれを避け、一度距離を取り直そうとする。
「無駄だ!」
 しかしそんな睦月の手を、今度は左腕から飛ばした鎖分銅が捉えた。
 しまっ──! 叫びかける彼をそのまま力ずく引き寄せ、ぶんっと中空へと放り投げる。
ドラム缶やら何やらのゴミの山に、睦月は吸い込まれるように落ちていった。
 痛てて……。埃の舞うその中から程なくして這い出てきて、ニィっと口角を吊り上げるハ
ウンドと改めて向き直る。
「……だったら。目には目を、歯には歯を……爪には、爪をだ!」
『ARMS』
『HEAT THE TIGER』
 すると睦月はリアナイザのホログラム画面からサポートコンシェルを新たに選択し、引き
金をひいた。次の瞬間、銃口から赤い光球が射出され、途中で二つに分かれ、仕掛けようと
するハウンドをワンツーコンボの体当たりで弾き返しながら、リアナイザを腰のホルダーに
収める睦月の左右の手に取り込まれていく。
「……」
 深呼吸。その両手には新たに手甲が装備されていた。
 くわっと目を開く。するとそんな睦月の意思に呼応するかのように折り畳み式の鉤爪が起
き上がった。更にはじゅうと、爪先には熱を帯びているのか蒸気が上っていた。ハウンドと
じりじりっと間合いを取り合い、そしてほぼ同時に地面を蹴って飛び出す。
 初撃数発。お互いの鉤爪はそれぞれを弾き返した。
 だがそれから次の一手。睦月はハウンドの鉤爪に嵌るように、敢えて狙って片腕の鉤爪を
捻じ込ませていた。
 ギチギチと絡んで動かせない右手。こちらはこの一個だけだ。
 ハッとハウンドが気付いた。しかしもう遅い。次の瞬間には睦月は、空いたもう一方の鉤
爪で彼の胸元を力いっぱい薙ぎ、激しい火花と共にこれを吹き飛ばしたのである。
「ガッ……! アァ……!」
 絡んだ鉤爪を離すまでに一発二発、三発と貰った。
 空いた手から一発。睦月の方から鉤爪を抜き取り、裏拳を打ち込むように一発。更に両手
を揃えて突きを放って一発。
 じゅうじゅうとダメージを受けた胴から蒸気が上っていた。悶絶するほど苦しい。
「……よし。これで、とどめを──」
 吹き飛ばされ、お返しとばかりにゴミの山に吸い込まれ、フラフラと立ち上がる。
 だが一旦両手の鉤爪武装を解除し、腰のリアナイザを抜いて操作しようとした次の瞬間、
ハウンドは逃げ出した。
 ダメージもある。何より予想以上だった。
 ふらつきながらも壁際の出っ張りや詰まれたガラクタを踏み台にして跳び上がり、このア
ウターは方針を転換、一度体勢を立て直す方向へと舵を取り直す。
「くっ……!」
 慌てて睦月は逃げた方向へと飛び出した。そこはもう路地裏を抜けた表通りだ。
 見れば疾走していた。猟犬──犬よろしく四足歩行でアスファルトの地面を高速で駆け抜
け、夕暮れ時の帰宅ラッシュの隙間を縫うようにしてどんどんその姿が遠くなっていく。
「拙い、逃げられる。パンドラ、あいつの走りに追いつけるコンシェルってない?」
『ありますよー。ではこの子のアームズを使ってください』
 言われて、早速ホログラム画面でアクティブになったコンシェルを呼び出した。
 銃口から赤い光球が、やはり途中で二つに分かれて両脚に吸い込まれていった。どうやら
今度は脚系の武装らしい。
『ARMS』
『SPRINT THE CHEETAH』
 見れば両脚にぎゅっと締まるような脛当てが装着されていた。
 更にその見た目はぐるりと横縞に穴──排気口らしきものが備わっており、シュウシュウ
と既に蒸気を上げ始めている。
『じゃあ構えてください。一気に走りますから』
「構える? そんな悠長、なっ──?!」
 だがそれでよかったのだ。パンドラの言葉に突っ込むよりも早く、つい踏み出した片足を
合図とするように刹那、ぎゅんと勝手に両脚が猛烈な速さで動き始めたのだ。
「あばばばばばばば! 何、これ、速、過ぎ……?!」
 その疾走は、道路を走っていた運転手達が何が通ったのかを視認できないほど。
 ただむわっと熱の篭もった空気の移動だけが感じられ、彼らは一様に横目を向けながらも
頭に疑問符を浮かべていた。
『いましたよ! あそこです!』
 それでも追跡には困らないようだ。通りを疾走すること暫し、前方にハウンドの姿を捉え
たのだった。
 ギョッ!? 四足走行、時折正面に来た車に飛び乗ってかわしながらも、肩越しに相手は
追いついて来た事とこの奇怪な走りに驚いている。
「いた、けど。でも、こんな速さ、じゃ、止まれ……」
 しかしここまでだった。何とかギリギリの所で走行する車を避け、車線変更をしていた睦
月だったが、これは拙いと急に道を曲がっていったハウンドに追いすがる事が出来なかった
のである。
 要するに速過ぎて曲がり切れなかったのだった。
 ブレーキという術を持たぬ睦月とパンドラは、そのまま直進して正面の古ビルに突っ込ん
でしまっていた。濛々と大量の土埃や瓦礫を巻き上げ、ぐったりとその中で倒れる。
『睦月、大丈夫か!?』
「……何とかね。でも、あのアウターは見失っちゃったみたいだ……」
『うーん、この子は加速がつき過ぎるんですねえ。今度は予め同カテゴリの子をトレースし
ておいた方がいいかもです……』
 それから騒ぎになる前に急いで土埃を煙幕に退散し、変身を解除した睦月は國子らリアナ
イザ隊と合流した。
 時刻は既に夜になっていた。曰く、青年は無事病院に搬送したという。事件解決の為とは
いえ、彼には申し訳ない事をしたなと思う。
 結局召喚主である少年にも逃げ切られてしまったそうだ。なまじ地の利は向こうにある。
また司令室(コンソール)に戻って監視を続ければ、再び捕捉する事は可能だろうが……。
「今日はここまでですね。一度帰りましょう」
「そうですね。少なくとも顔は割れましたし、後は家なり何なりを張って追い詰めればいい
でしょうから」
『……そう、悠長な事は言っていられないかもしれないがな』
「??」
 インカム越しに、皆人が呟いていた。
 夜の飛鳥崎の片隅で、頭に疑問符を浮かべながら、そう睦月はそんな親友(とも)の声に
耳を澄ませる。
『既にこっちであの召喚主の事は調べ始めているんだが……どうも随分とやらかしているみ
たいでな』

「──はぁ、はぁ、はぁっ!」
 日はすっかり傾いていた。街を照らす光は既に点されたネオンのそれへと変わっている。
 息切れする身体を引き摺りながら、少年は薄暗い路地裏の一角に転がり込んだ。
 乱れる呼吸と苛立ち。
 何もかも自分の思い通りに出来ると信じてしていた彼は、やがて一人路地裏で絶叫する。
「畜生! 何なんだよ、あいつは!? 俺達は最強じゃなかったのかよ!?」
 ダンッ! 握り拳で激しく横の壁を叩き、吐き捨てる。
 話が違うじゃないか。あいつはどんな願いも叶えてやると言った。
 何者も自分を邪魔しない、できない、力が欲しい。力が、欲しい……。
 あいつがこのリアナイザから現れた時、そんな沸々とした願望は間違いなく現実のものに
なったとばかり思っていた。なのに。
「……荒れてるな」
「ッ!? ああ……お前か。大丈夫だったのかよ? あの訳の分かんないコスプレ野郎、ど
うなった?」
「何とか撒いてきた。だが厄介だ。あいつは多分、俺達に対抗できる唯一の“敵”だろう」
 そうしていると物陰からぬっと現れるようにして、ハウンドが合流してきた。
 気配と掛けられた声に気付いて振り返る。隆々とした身体を覆う体毛が、心なしかざっく
りと斬られたように焼け傷を負っているようにも見える。
 チッ……。少年は最早苛立ちを抑えられなかった。右手に収まったリアナイザにぎゅっと
力を込め、忌々しいとその憎しみを露わにする。
「……」
 一方、ハウンドはじっと見ていた。
 少年の改造リアナイザ。自分を召喚したツール。
 その引き金は今ひかれていない。彼は上辺を鷲掴みにした状態で、握っている。
「敵、か。そうだな。何モンかは知らねぇが、次に会ったらぶっ潰す。そのつもりでいろ」
 グッパと握っては開き。
 静かに自身の手、全身の感触を確かめ始めるハウンドを背に、少年は「行くぞ」と一声放
つと歩き始めた。
 惨めに縮こまっているなんて俺のプライドが許さない。
 邪魔な奴は全部消してやる。立ち塞がってくる奴は、皆始末してやる……。
「──ガッ?!」
 だが、次の瞬間だったのである。
 刹那、背後のハウンドが、その鉤爪で少年の身体を刺し貫く。

『アウターが召喚主の人間と行動を共にするのは、彼ら自身が改造リアナイザを動かす為に
必要な生体エネルギーの塊──動く電源だからだ』
『だが、その人間の欲望を介して現実(リアル)に干渉し、実体を確保してしまえばもう彼
らは用済みだ。こと彼のように“人を殺す”なんて影響力の大きな事件を何件も起こしてい
れば、奴の進化はより早まるだろう』
『そうなればもう……奴はリアナイザも召喚主も必要なくなる』

 時を前後して、皆人がインカム越しにそう睦月達に告げる。
 夜の闇に紛れ、少年は使役していた筈の猟犬(アウター)に刺し殺されていた。
「お、前……。何を……?」
「……礼を言うぜ。これでやっと、俺は自由になれる」
 口から血を噴き出し、ゆっくりと少年が振り返る。
 ハウンドは牙を剥き出しにして嗤っていた。ズボリと鉤爪を引き抜き、少年はそのまま力
なく灰色の地面に崩れ落ちる。
「──」
 彼を中心に血だまりが拡がっていった。だがそんな光景を一顧だにせず、ハウンドは屈み
込んでこの少年の手からリアナイザを奪い取り、デバイスを取り出すと、その両方を自身の
身体の中へと文字通りめり込ませる。
 デジタル記号の群れ。触れた部分が変化したその体内へと、本来彼を縛っていたツールは
やがて呑み込まれて彼と一つになる。
 ふぅ……。深く安堵のような深呼吸をつき、ハウンドは立ち上がった。身体は元に戻り、
ただ場には少年の遺体が足元に転がっているばかりだ。
「お前は──もう用済みだ」
 宣言。瞬間、デジタル記号の群れがハウンドの全身を包み、彼を新たな姿に変身させた。
 夜が冷たく溶けていく。
 その姿は、目の前の奪いつくしたこの少年そのものになっていたのだった。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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