日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「厭世病」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:犠牲、高校、嫌】


 放課後、菅谷は一人校舎の屋上にいた。
 階段と物置を兼ねる建屋の軒下。春先に比べると幾分日差しに侵食されて来ているその壁
に背を預け、彼はじっと独り影の中でまどろんでいた。
 野球部の連中だろう。遠く下から荒々しく張り上げた声と、金属バッドの小気味良い打球
の音がする。そうではなくポコポコと皮っぽく鳴っているのはテニス部、拙い音色が重なり
合おうとしているのは吹奏楽部か。
(……。よくやるよ)
 ありふれた部活動の光景だ。しかし菅谷は頑としてその場を動かず、彼らの汗水を流す青
春の一齣に目を向けようとすらしない。
 寧ろ小馬鹿にしている節さえあった。彼という少年はそんな、斜に構えた人間である。
 ふぁ……。小さく欠伸をする。後ろ手に首筋で組んだ腕は建屋の白壁に添えられ、少しず
つながら陰る日に応じた冷えを与えてくれる。
 しかしこうして一人のんびりと、この場所で涼を取る事すらもやがては難しくなってくる
のだろう。本格的な夏が来れば、屋上はそれこそ無慈悲な日差しから逃げられる日陰を持た
なくなる筈だ。
 彼が心身を休められる、数少ない自分だけの場所。
 それらが奪われる。ただそれだけで、菅谷の内心はささくれ立ったように苛立つ。
 なら自宅は──? それは彼にとって無粋な、余計に彼を苛立たせる質問である。
 確かに自室はある。文字通りプライベートな空間だ。だがこの些か多感に過ぎる少年にと
って、最早そこは真に安らげる場所ではなかった。
 両親の、少なくとも母の目がある。
 何か直接に面と向かって言われる訳ではない。だがあそこに居過ぎると、彼は根本的な事
実を自覚し、直視せざるを得ない。
 拒否権を持ちえなかった彼らからの庇護。
 いつまでも縋られる自分への期待、省みられる事のない現在(いま)の姿。
 自覚したのは何時頃だろう……? いや、もう事細かに振り返る必要性すら惜しい。
 ただ確かなのは、ここもあそこも、別に“自分”でなくとも良かったという点に尽きる。

 幼い頃は、無垢だった。否──愚かだったと言っていいのだろう。
 深く考えなかった。知らなかった。ただ父や母の言いつけをしっかりと守り、求められる
優等生(にんげん)を演じ、褒めて貰えればそれで満足だった。
 だけど成長するにつれてやがて悟る。
 別に彼らは自分という個を愛している訳ではないのではないか? ただ数値と既にある枠
に収まった苗(こども)のみを認知する、そんな苗(こども)を所有している事のみを誇っ
ていたのではないか?
 怖くなった。同時に怒りさえ込み上げてきた。
 さて、そうして世界を見ればどうだろう? 確かに大人達は自分達をその思い描く通りに
“整形”する事に拘っていた。はみ出せば怒鳴り、摘まみ上げ、はみ出すその心を執拗に執
拗に切り取っていく。
 ○○な時は××ですよ。
 △△な時は◇◇するものです──求められる枠、姿を教え込まれ、子供達は無邪気に手を
挙げて笑う。刷り込まれる。
 今思えば既に剪定は始まっていた。いつの間にか彼らにそぐわぬ苗(こ)はこっそりと別
の、自分達の目に見えない場所へと隔離され、今でこそ仰々しい名前で分類されてこそいる
ものの、結局「普通でない」の烙印を押される。
 怖かった。笑顔のまま密かに彼らがそんな剪定を行っていると思うと怖かった。
 勉強した。必死になって勉強した。自分がそうならない為に、見捨てられないように優等
生を演じ続けた。何処からが無自覚で、何処からが自覚した先なのかは分からない。ただ今
振り返ってみればそうだったというだけだ。
 だけど心にも無い事は、自他どちらであれ長続きしないらしい。
 中学に上がる頃には自分はすっかりガス欠になってしまっていた。何よりなまじ自我がつ
いてきた分、この世界のどうしようもない悪意ばかりが目に付いてしまう。
 一つは嫉妬だった。まだ優等生であった自分を、同級生──の親御らが密かに疎んでいた
らしいという事実が後々明らかになる。
 一つは高慢だった。そんな余所の親御らの羨望を、母は勝ち誇ったように見下ろしていた
のだ。頭を撫でるその手。しかしそこにはおそらく愛情よりも、より整形された苗が自分の
ものであるというプライドが先に露出する。
 一つは憤怒だった。何時からか、二つ年下の弟と自分は疎遠になっていた。
 どうやら両親は、自分と比べて出来の悪いこの弟を邪険に扱っていたらしい。放任主義と
言えば多少聞こえはよいが、要は欲望を注ぐ苗を一つに絞っていっただけの話である。
 時折、リビングで父や母と怒号を上げて喧嘩する弟が在った。まだ自分にも向けられたそ
の感情を知らぬ頃は、仲裁に入ってみた事もあった。
『兄貴に俺の何が分かる!?』
 殴られた。口の中にじわりと鉄分の味が広がった。
 それみた事かと母が自分を庇い、弟を責めた。
 忘れられない。ぶつける先を見つけられずにいたその憤りの目で呆然とした自分を見下ろ
し、あいつは一人その場を去った。
 以降、記憶にある限り家族が皆で揃って食事や外出をしたという事実はない。まだ母は弟
を悪い子だと陰口を叩いていたし、父は「お前は違うよな?」と暗にあいつの分までを強い
てくる。
 自分は多分、無意識の内に重ねていたのだ。
 優等生である事で弾き出されないようにと願った道化は、結局何人もの他者を狂わせてき
たのだと。
 まさかと思った。だがすぐにいや、違いないと思い直した。
 親が疎んでいたのだ。陰口の一つや二つくらい自分の子供に吹き込んでいただろう。
 友達だと疑う事すらなかった周りの子供達(かれら)が……全て怪しく見えた。
 本当に目の前のこいつは、自分を友達だと思っているのか?
 恨まれている、妬まれているんじゃないか?
 実の弟が荒れていく事すら止められなかった癖に、気付けなかった癖に──。

(……まだ、帰るには早ぇな)
 ぼうっとスマホで時間を確認する。一時間といった所か。もう夕方と言ってもいい頃合な
のに、太陽はまだしつこく自分たち地上の人間に鬱陶しい自己主張を続けている。
 優等生は、辞めた。
 菅谷は自分の犯してきた過ちと、無理をし続けてきた己を労わるべきだという大義名分を
盾にして以前ほど勉学に励む事をしなくなった。
 当然、成績は落ちる。だがもう彼にとって、学校のそれらは単なる数値の寄せ集めに過ぎ
なかった。友達も“作らなければならない”という発想から抜け出る事にした。……という
より、百八十度方向転換したのだ。
 一人でいい。関われば影響される誰かが、影響される自分が増える。
 急に身軽になった気がした。それだけ今まで、自分の存在理由が他者によって拘束されて
いたのだなと知った。
 俯瞰する。あの時からも、今この時も。
 例えばグラウンドで行われている部活動。野球部なり、吹奏楽部なり。
 菅谷は基本的に、強いられ拒否権のないチームプレイなど人を壊す為の檻でしかないと考
えている。
 目標(多くの場合において“勝利”である)に向かって一致団結する──だがその為に果
たしてどれだけの個の心が圧迫され、壊され、そして何より隠蔽されるのだろう?
 達成された彼らの成果を美談として語るケースは多い。だが菅谷などにおいては、その目
的の為に罵倒され続けても各々が“愛”だと受け止めなければならない不文律など、それら
が今日の世界を悪に染めている元凶の少なからずを育む箱庭であるとさえ考える。
 更に換言すれば重ねてしまうのだろう。かつて大人達の虚栄の為に自分を擲ってきた歳月
と経験に。繰り返される目の前の現実に沸々と怒りを覚えて。
 故に『社会に出る前の予行演習』という解釈も、彼は忌み嫌う。
 結局それは追認ではないか。全の為に一を殺す。それが当たり前である事を幼い内から身
体に叩き込む。そんな事を社会総出で許しているから、世に出ても苦行しかない者達でこの
世界は溢れているのではないか? 各々がカネを得る為に、我慢料的な意味合いも兼ねて世
の方々で働き、そこを薄く薄く削り取っていく現状を知りながらも耐えるのではないか?
 果たしてそこに真の意味での生産性などあろうか? 健全であるものか?
 上辺だけの忠誠を取り繕い、皆々が裏では焼け爛れるような毒(えんさ)を吐き出さねば
いられぬようなシステムなど……。
「──」
 しかし同時に、菅谷は解っている。
 実際問題そうして“秩序”に抗った者達の末路は、悲惨だ。
 誰もが革命者な訳などある筈もなく。皆、誰しもがこのセカイの仕組みの上で滑りながら
生きていくしかないのだ。それすら否定した不器用者は──文字通り滑落する他ない。或い
は何処かで折り合いをつけて生きていく事か。だが知恵の実を食べてしまった神話の人間の
如く、一度疑心を抱き斜に構え始めた個がそんなルートにすんなりと軌道修正するのは多大
な困難と苦痛を伴う。
 静かに頭を振って、彼は思い返していた。
 あと半年もすれば自分も大学受験だ。否が応にも進路を決めなければならない。
 優等生である事は棄てた。だが興味のある学問というのはある。
 哲学、社会学、心理学──しかしそれらは往々にして個人的欲求を満たす事は出来るかも
しれないが、金にはならない。どうせ反対されるだろうと両親にもこの辺りの興味は一切話
していない。
 ここでも痛感させられる。
 チームプレイ。それすら出来ない凡人は、何処にも往けない──。

 ……さて。西日が強くなってきた事で手で庇を作り、菅谷はそっと目を細めた。
 自分はどうなるのだろう? 並の頭脳すら求められる方向では惜しみ、体力などそれ以外
はもっと特筆すべきものも無い。何となく進学するのだろうか? 何か夢をみてそこに飛び
込んでみる選択肢は? ……おそらく前者なのだろう。たとえ後者のような何かがあったと
しても、やはりソロプレーの──個人的な興味、自分勝手な欲望が源泉になっていると思わ
れる。人を超越しようと願わず、俗世に塗れる事を厭わない生き方でなければ、基本自分達
はこの世の中には居てはいけないのだから。
『下校時刻になりました。学校に残っている生徒は速やかに帰宅準備をしてください』
 夕暮れのアナウンスが響いた。少し前まで忙しなかった打球や演奏の音はすっかり大人し
くなり、影の増えた諸々の物陰と地面にぱらぱらと人の姿が見える。
 菅谷ものそりと立ち上がった。ぼちぼちここも閉まる。面倒臭いが、この先は自宅の部屋
で耐えるとしよう。
「……」
 鞄を引っ張り上げて担ぎ、建屋の出入口に向かって歩き出す。
 キィとドアノブが引っ張られて扉が開き、眼下に降りていくのは人気の無い階段だ。
 菅谷は歩き出す。今日もまた益体のない思想に心身を奪われながら。
 菅谷は降りてゆく。もう日の差さない薄暗さを、より濃い其処を通って降りてゆく。
 故に少年の往く路(みち)は暗かった。著しく見通しというものに欠けていた。
 少なくともその憑き物(やまい)を落とさねば、きっと迂遠を辿らざるを得ない。
                                      (了)

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  1. 2015/05/17(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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