──これから毎週、小説を書こうぜ?
毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。
【今週のお題:水、真、危険】
始まりは、村外れにある小さな森でした。
その日も彼女は母親に用意して貰った鞄を背負い、小さな身体にわくわくを詰め込んで出
掛けていました。おつかいです。森の中にある山菜や茸など、家で食べる食材を摘んでくる
のです。
彼女はまだあどけない幼い少女でしたが、これが初めての事ではありませんでした。
小さな王国の、更にその辺境にある村。
とてものどかで平和な村でした。些かのんびり過ぎるくらいです。頭上をゆるりと覆う木
の葉は日の光を浴びて優しい緑に輝き、時折吹く風は肌を優しく撫でて過ぎ行きます。
「~♪」
少女はこの場所が大好きでした。半分自分の庭のようなものです。
村の皆も親切だけれど、自分を“子供”だとみて時折仲間外れにします。それが少しだけ
彼女には不服でした。
少女は下手くそな鼻歌を鳴らしながら進みます。
さあ、今日はどれくらい採れるかな?
「……?」
そんな時でした。彼女はふと行く手にあるものを見つけます。目を瞬き、少し立ち止まっ
て目を凝らし、しかし好奇心には勝てずにすぐさまてこてこと駆け寄っていきます。
『……』
それはトロトロした液体──のようなものでした。
水溜り? いえ、それにしては不自然で、何より全体的に塊になっているように見える説
明がつきません。
少女は頭に疑問符を浮かべながら屈みます。見ればその半液体のようなものの中には小さ
な球(かく)が埋まっており、まるで息切れしたかのようにゆっくりと苦しそうに上下して
いるではありませんか。
「何だろ、これ……?」
彼女はあまりに知らな過ぎました。この故郷があまりにも長く平和で、何より彼女自身が
幼かったからです。
暫くそのまま観察を続けます。どうやらこれは生き物のようでした。ぐったりと。それは
相変わらず苦しそうに身体(?)を上下させながらじわじわと小さくなっているように見え
ます。
「……かわいそう。お水をあげれば元気になるかな?」
だから彼女は何に囚われる事もなく、ただ不憫に思ったのです。
少女はごそごそと鞄の中に手を伸ばし、小さな木製の筒──水筒を取り出しました。蓋を
開けて口をこの液体のようなものの頭上に近付け、じょばばとこの持って来ていた飲み水を
分けてあげます。
『……。──ッ! ッ!』
するとどうでしょう。液体のようなものは数拍の後みるみる内に元気を取り戻し、むくっ
とその身体を膨らませながら持ち上げました。
少女は「わっ!?」と驚きます。目の前には彼女よりも一回りも大きい半液体(ゲル)状
の生き物が揺らめいていました。
「……大丈夫? 元気になった?」
ぱちくり。また目を瞬き。
彼女は訊ねました。返事を待ちました。すると暫くの沈黙を経て、核を内包したこのゲル
状の生き物はきゅぽんと彼女の正面に目と口を思わせるくぼみを作り、コクとその身体を器
用に折り曲げて頷いたのです。
「よかったあ。ねぇ、あなただぁれ? 私はシャーリーっていうの」
『……』
ですが微笑む彼女に、このゲル状の生き物は答えません。
いえ、答えられないのです。簡素な構造でしかない彼(?)に、言葉を発する能力など本
来備わっていないのですから。
少女はう~んと悩んでいました。
彼はじっとこちらを見て(?)います。ぷるぷると揺れて、トロトロと溶け崩れた身体が
地面に広がり、また繰り返すように盛り上がって身体に戻っていきます。
「そうだ。なら私がつけてあげるね」
またう~んと思案。
そしてややあって、彼女は思いついたように告げるのです。
「……じゃあトロ! とろとろしてるからトロ。……どうかな?」
ぷるん。身体を左右に揺らし、次に前後に。
どうやら気に入ってくれたようでした。彼女もパァッと花が咲いたように笑います。
彼女は知りませんでした。平和過ぎる故郷故に、幼さ故に理解していませんでした。
目の前にいるのはスライム。
魔物の一種です。
それからというもの、少女は毎日のように森へ入って行きました。
鞄の中にお弁当と水筒を忘れずに。その目的は勿論──“友達”になった彼と遊ぶ為。
「トロ~!」
あれ以来、彼女が森で名を呼ぶとこのスライム、もといトロは何処からともなくひょこん
と姿を見せるようになりました。形だけの目や口は変わりませんが、何となく少女を見ると
嬉しそうにしています。
二人は毎日のように出会い、森でたくさん遊びました。
薬草や茸、山菜。元々少女が母から頼まれた品も、トロに訊けば群生している所へと案内
してくれました。ぬちゅぬちゅと身体を動かして森の中を行き、彼女も知らなかったような
場所を幾つも知っていました。
ですが彼はその全てを採らせようとはしません。一度辺り一帯の山菜全てを採ろうとした
彼女の前に立ち塞がり、ふるふると身体を左右に振って止めました。そして振り返り、これ
とこれ、のように群生している一部だけを指します。彼女もすんなり「うん。分かったよ」
と素直でした。元より彼女一人だけでは持ち帰れる量には限界があります。
更にトロは、少女を気遣うことすらしました。
森の中を駆け回り、花を嗅いで楽しむ彼女が木の根に引っ掛かって転んだ時、その膝小僧
にできた擦り傷をにゅるんと、身体から伸ばした触手で包んでやるとゆっくり傷口が塞がり
血も出なくなったのです。
ひんやりと冷たく、気持ちのいいものでした。
ありがとう──。彼女はこの不思議なトモダチに、屈託のない笑顔を向けました。
「いっただきま~す!」
『……』
お昼ご飯も一緒です。鞄から取り出したおにぎりを幸せそうに頬張る彼女の横で、トロは
そっと寄り添うようにぷるぷると揺れていました。
トロも食べる? 時折そう彼女が言い、少し分けてあげたりもしましたが、彼の身体の中
でじゅうじゅうと溶けていくご飯粒を見ているとちょっと気持ち悪いです。それよりも水筒
から水を掛けてやった方が嬉しいようでした。ぷるぷるのつやつやになって元気百倍です。
「よ~し! トロ、遊ぼう? 今日はまだ言っていない東(あっち)の方がいいなあ」
お昼を済ませ、少し休んでから二人はまた遊び始めます。彼女は物言わぬこのトモダチに
そう言って指を差し、コクンと頷いたトロの後についていってまたガサゴソと森の奥へ消え
てゆきます。
「──」
ですがこの時、彼女は気付いていませんでした。
自分達を遠くから眺めていた──驚くように目を見張っていた、一人の猟師の男性に。
「シャーリー、そいつから離れろ!」
数日後の事でした。別れの時は突然やってきます。
いつものようにトロと森で落ち合い、遊び始めていた少女を追うようにして、村の男達が
鬼気迫った表情で二人の前に現れたのでした。
「え? ニコルおじさん、マルスおじさんも。何で……」
「何で、じゃない! いいからすぐにそいつから離れろ! 喰われちまうぞ!」
「……??」
彼女は突然の事に理解が追いつきません。しかし何故か大挙してやって来た村のおじさん
達がとても焦り、何かに怒っているように見えました。
『……』
鍬や竹槍。思い思いに武装した彼らの視線が集中していたのは──トロ。スライム。
彼らは知ってしまったのです。平和なこの村に、外れの森に、魔物が棲み始めたのだと。
更に悪い事にその魔物を魔物と知らず、村の幼子が一緒にいる──拐(かどわ)かされてい
ると。
トロがぷるぷると呑気に揺れることなく、ただじっと立っていました。そんな友を、不可
な敵意を向けてくる大人達から守るように、彼女が前に立ち必死になって庇っています。
「どうしたの、おじさん? トロが何かした? トロは私の友達だよ? 悪い子なんかじゃ
ないよ?」
「トロ……?」
「そのスライムの名前らしい。シャーリーがつけたみたいだ」
「くっ、やっぱり惑わされているんだ。早く助けないと大変な事になるぞ!」
頭に疑問符を浮かべる大人、答える大人、叫ぶ大人。
少女は必死に訴えど、それは彼らにとってはただ敵愾心を刺激するだけでした。
魔物が出た。
ここで駆逐しなければ、いずれこの辺り一帯にも魔物達が棲みつくようになる……。
「先生、お願いします!」
ちょうど、そんな時だったのです。武装した村人達が叫んだ次の瞬間、ぬうっと二人の背
後から大柄な戦士風の男達が現れました。
思わず怯え、振り返ります。三人。その手にはぎらりと大きな剣が握られています。
「っ、トロ、逃げ──」
「ぬんッ!」
一瞬の事でした。少女はトモダチに叫ぼうとしましたが、それと同時にこの男──村が雇
った冒険者達によって剣は振り下ろされていました。
ザン。真っ直ぐに振り下ろされた刃はトロの、スライムの易々と切り裂き、更にその奥に
漂っていた核をも叩き切ってしまいます。
「トロっ!」
『……。シャー……リ、ィ……』
「っ!?」
身体が奥底から熱くなる心地。だけどそれは二種類から成ります。
一つは目の前でトモダチが斬られた、殺されたというショック、幼い器に溢れた激情。
一つは友が、最期の最期で確かに紡ぐ事が出来た──言葉。
「……や、やったか?」
「ああ。ほれ、魔石になった。もう大丈夫だ」
「だがこの一匹だけとは限らないだろう。低級とはいえ数が増えていれば厄介だ」
「あんたらはこのお嬢ちゃんを連れて早く村に帰んな。俺達はもう暫くこの森の中を捜索し
てみる」
真っ二つにされたスライムの身体は、ぐぐっと膨張するように軋んでからまるで風船が弾
けるようにして消し飛びました。一瞬僅かに黒い靄が吐き出て、霧散し、そこにはただ小さ
な薄紫色の欠片だけが残りました。
彼女は呆然としました。くてんとその場に座り込み、ぼろぼろと溢れ出てくる涙を抑える
ことが出来ません。
対照的にホッと安堵した様子の村人達。残る仕事を彼ら冒険者トリオに任せて、大人達は
この絶望を負った少女を気遣うことすらなく引っ張り上げます。
「……さあ。もう大丈夫だ、シャーリー」
「森の魔物はあの冒険者達が退治してくれるさ。それまでは我慢だぞ?」
「シャロンさん達も心配してる。さあ、帰ろう」
それが常識(あたりまえ)でした。
(了)
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- 2015/05/11(月) 18:00:00|
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