日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔63〕

 周囲の人混みが一層ざわついている。そんな中にアルスは立っていた。
 季節は二巡りし、更に夏も終わろうとする秋の足音。場所は学院(アカデミー)の中央講
義棟ロビー。
 アルスは相棒(エトナ)やシンシア、ルイス、フィデロ、ブレアなどすっかり顔馴染みの
面々と共にその時を待つ。
「……き、緊張するな」
「大丈夫だよ。アルスならきっと受かってるって」
「そ、そうですわ。貴方には肩を並べて貰わないと困ります。ラ、ライバルがいなくなるの
は締まりがありませんもの」
「ふぅん? その割にゃあすっかり丸くなったように思うがなあ」
「そっ……! そんな事は、ありませんわ……」
「はは。何も今に始まった事じゃないッスよ、先生。それだけアルスに人徳があるって証で
さあ」
「そうだね。アルス君も、もう“先輩”な訳だし」
「も、もう。その言い方は止めてよぉ……」
 飄々と平静を保って言う友(ルイス)に、当のアルスが苦笑を漏らした。
 大都消失事件から二年。リオによる兄達への修行が始まってから二年。
 結局アルスはその輪の中に加わる事が出来なかったが、それでも皆に追いつこうと必死に
頑張ってきた。あの日ブレアから示された提案。夢を叶える為に、ひいては大切な人達を守
れるように、アルスは己が魔導に更なる磨きを掛けてきた。
 ルイスにそう呼ばれるのも至極単純な理由である。
 飛び級を果たしたのだ。シンシアと共に優秀な成績を収め、現在は四回生のカリキュラム
を学んでいる。当初の目的であった色装(形質変化)の習得──その権利を大手を振るって
勝ち取った格好だ。
「あはは。ごめんごめん。でも実際、成長したと思うよ。身も心も、ね」
 鷹系の翼を気持ち揺らし、友は微笑(わら)った。その視線に倣うフィデロと共に、彼ら
の瞳には二年の歳月で成長したアルスの姿が映っている。
 多少なりとも伸びた背。基本ぼさぼさだった髪も、今は綺麗に切り整えられ上質のローブ
と共に品の良さを醸し出している。この辺りはシンシアの助力だ。「め、名実共に王子様なの
ですから、もっと身だしなみには気を遣わないと……」そう口実をつけてはアルスを連れ出
しつつも顔を真っ赤にしていた彼女を、二人(と従者達)は毎度ニヤニヤしながら見守って
いたものだ。
「そうだと、いいんだけど……」
 アルスは静かにはにかんでいた。
 線が細く心優しい印象と控え目な性格。
 どれだけ背が伸びても、魔導師としての力をつけても、そんな根っこの部分までは変わっ
ていないらしい。
「……さて。そろそろだな」
 そうしていると、腕時計に目を落としながらブレアが呟いた。見れば周りの学院生達も不
安と期待でそわそわとし、皆一心に同じものを見つめている。
 大型のディスプレイだった。ロビーの受付すぐ上の壁に設置されており、普段は各種連絡
事項を知らせる役目を果たしている。
 ……だが、今日ばかりは違う。魔導学司校(アカデミー)に通う者にとり、最も神経を尖
らせるイベントがすぐそこまで迫って来ている。
 資格試験だ。魔導の最高学府・魔導学司(アカデミア)が認定する魔導師免許。その夏季
分の合否が今日発表される。アルスやシンシアなどまだ若い生徒に加え、祈るように食い入
るようにこのディスプレイを見つめている先輩や付き添いの者達の姿も少なくない。
 先ず、汎用免許(ベースライセンス)だ。
 今回アルスとシンシアが受けたのは、最低限魔導師を名乗れる一階部分。各人がその進路
に沿って組み合わせる専門免許(スキルドライセンス)群はもう少し先の話になる。
 それでも、初めての事だ。緊張しない訳がない。
 時間が間近に迫る。事務職員らがそれぞれの端末を操作し、魔導学司(ほんぶ)が解禁す
る合格者リストのデータを受信し始める。
「それでは、合格者の発表を開始します」
 場に控えていたエマが小型マイクを片手に、そうキィンと反響する声で宣言した。職員ら
がほぼ同時にキーを押し、受付頭上のディスプレイにその一覧が表示される。
『──』
 誰もが息を呑んだ。ずらっと表示された受験者番号の羅列を睨むようにし、自分のそれが
あってくれと願う。
 アルス達も同じだった。にわかに世界がスローモーションになる。
 30445、30446。
 二つの、或いはどちらかの数字があれば──。
「ッ?! あった! あったよ、アルス!」
「連番。私も、アルスも……」
 まるで息が止まっていたような。だがそれはそう長くは続かず、はたと弾けるようにして
世界は動き出す。
 相棒(エトナ)が目敏くアルスの番号を見つけ、黄色い声を上げながら抱きついていた。
シンシアもこのすぐ後に並ぶ自身のそれを確認して震え、人混みの後ろで待機していた従者
三人──ゲドとキース、及びリンファに硬くなって振り向きながらコクと一度大きく頷く。
「うぉっ、しゃあッ!!」
 フィデロが叫んだ。ガッツポーズを取り、隣で佇むルイスとハイタッチを交わす。
 ゲドが「おめでとうございます、シンシア様!」と馬鹿でかい声で返事を寄越していた。
なのでつい恥ずかしくなり「こ、声が大きいですわっ」と諌める主に、キースがやれやれと
苦笑いを零している。同じくリンファも、主の節目に深く安堵しているように見える。
「……やったな。おめっとさん」
 周囲の悲喜こもごも。魔導師を志す者達の雑多な声。
 ぽんとブレアは、そう軽くアルスの肩を叩いた。口調は何時ものようにダウナーだが、細
めた目の頭は何処となく熱くなっているような印象さえある。
「……った」
「うん?」
「本当に、良かった……」
 しかし誰よりも嬉しかったのは、安堵したのは、他ならぬ本人だったのだろう。
 アルスは前髪に表情を隠して震えていた。辛うじて聞き取れた声は、そんな絞りだすよう
に抑え込まれた歓喜のそれで。
「アルス……」
「いやー、良かった良かった! 信じてたぜ、俺は」
「おめでとう、アルス君。あとエイルフィードさんも」
「何ですの、そのおまけみたいな言い方……。そ、それよりも。だ、大丈夫ですの?」
 後ろから抱きついていたエトナがふわっと力を緩め、ブレアが静かに見遣る。友らが肩を
叩き、祝福を述べ、或いは泣き出したその姿を見て動揺し周りを囲む。
「……ええ。大丈夫です。ちょっと、思ってた以上にホッとしちゃって……」
 目にいっぱいの涙を湛え、若干赤くなった瞳。
 アルスはごしごしと袖で涙を拭いながら、それでも彼女達に笑顔でいようと努めた。
 悔し泣きじゃない。嬉しき泣きだ。徐々に仲間達だけでなく、周りの生徒達からも注目さ
れ始めていたが、当の本人は予想以上になだれ込んで来るこの感情に内心困惑気味だった。
(これで、兄さん達に追いつけたのかな……? 迷惑を掛けずに済むのかな……?)
 自分達の合格を示す番号が視線の先に映っている。
 つぅっと頬に涙が伝い、伸びた髪がただでさえ曇る視界を狭くする。
「──」
 感傷。
 暫しアルスは、そっと空(くう)を仰いだのだった。


 Tale-63.モラトリアムが終わる時

「この辺か?」
「いや……。もうちょっと右だな」
「ハロルドさん、レナちゃん。追加の買出し行って来ましたよ」
「あ、お帰りなさ~い」
「ありがとう。とりあえず冷蔵庫に入れておいてくれるかな?」
 アルス合格の報せを聞き、ホーム──酒場『蒼染の鳥』(バー・ブルートバード)はにわ
かに慌しく、そして活気付いていた。
 言わずもがな、彼の合格を祝う宴の準備である。
 団員達は総出で店内の装飾や食材の調達に走り回り、入ってすぐ正面の頭上には『アルス
・シンシア、合格おめでとう!』の横断幕が取り付けられようとしている。
 大きな節目。
 心なしか彼らは皆一様に、それを我が事のように喜んでいる風に見える。
「……これ、間違いなくアルスの奴は恐縮するぞ」
 そう苦笑しながらも、ジークもまたそんな宴の準備に加わっていた。テーブル席を他の団
員達と運び、ぐるりと大きな卓状に並べ替えている。
「だろうなあ。でもまぁ、いいじゃねえの」
「やっとあいつも魔導師を名乗れるようになったんだ。これほどめでたい事はないさ」
「おうよ。こういう時にパーッとやらないでいつやるんだ? うん?」
「……お父さんは毎晩のように飲んでる(やってる)じゃない」
 娘が壁に飾りをつけている足元で脚立を支えてやりながら、ダンが言った。即座にその当
のミアからさらりとツッコミが入っていたが。
 ジークは微笑ましく笑った。一つ、二つ。宴の設営は皆によって順調に進んでいく。
 彼の言い分も分からないではない。何せあれから二年、自分達はずっとリオ(とクロム)
によってひたすら修行の毎日だったのだから。
 見れば、団員達も総じて以前に比べて全身が引き締まっている。幾度となく実戦を繰り返
してきたことで頬や腕に残る傷跡も一つや二つでは済まない。
 実際、ジークもそんな例に漏れなかった。
 修行の結果、身体の奥へ収まった筋肉は以前の比ではないし、右目の下には今でもリオと
の組み手で受けた傷跡がある。上着も尻までの物から腰までの短くより動き易い物に替え、
肩当や手を守る指抜きグローブ、六華をよりスムーズに取り出し収められるよう腰回りに革
のベルト具も新調した。見た目の変化は、そうして少なからぬ仲間達にみられる。
「あら? イヨさんの姿が見えませんけど」
「ああ、ミフネさんなら宿舎の方みたいですよ。皇国(トナン)のシノさんやコーダスさん
達に今日の事を連絡するとかで」
「ふふ。さぞかしホッとなさるでしょうねぇ」
「アルス殿ノ夢、一歩前進デスカラネ」
 今夜の祝賀会には勿論、シノら今までお世話になった人達にも声を掛けてある。
 侍従衆の部屋から通信を飛ばしたイヨは、事の次第を主君らに話し、映像器越しになると
はいえその出席を取り付けていた。にこにこと、二年のリハビリを終えて大分血色もよくな
った夫と共に、シノは玉座の上で花が咲いたように両手を合わせて微笑んでいる。
「……私も、出なければならないだろうか」
「当ったり前じゃん。皆でアルス──とシンシアのお祝いをするんだよ」
「まさか、一応訊くけど……戒律で飲酒はご法度だったりするのかい?」
「そういう訳じゃない。そもそも私はとうの昔に破戒僧だしな」
「あはは。そう言えばそっかー」
「そりゃあ、ダンさんやリンファさんみたいな規格外のザルがいるからハードルが上がるの
は分かるけどね……。でもクロムだって私達の仲間だよ? もう一緒にドンチャンしたって
いいじゃない」
「……。そうか」
 クロムが、以前のようなボロ法衣ではない白黒の修験服に身を包み、そんな皆を何処か遠
巻きに眺めながら言っていた。クレアと並んで脚立の上で飾り付けをするステラがぷくっと
頬を膨らませて言う。シフォンはその緩衝材かのようにクレアの脚立を支えてやりながら冗
談めかして口を挟んだが、それでも彼の真面目さ──負い目のような寡黙さをフォローし切
るには至らない。
 ただ短くそう呟き、黙っていた。
 ちょうどホームを訪れていたリオも、酒場の隅でじっと腕を組んだまま、遠巻きにこの宴
の支度を眺めている。
「──」
 そんな皆を、イセルナは静かに見守っていた。
 並べ直されたたテーブルを絞った布巾で拭ってやりながら、一見いつものように穏やかに
見えて何処か憂いを帯びた微笑を湛えている。
(あれから二年、か……)
 気付けば早いものだ。イセルナは思う。
 ブルートがそっと顕現し、ふよふよと蒼い淡光を散らしながら皆を見ていた。
 アルスの汎用免許(ベースライセンス)取得は、良くも悪くも大きな“区切り”になるの
だと思う。所詮はモラトリアムだ。分かってはいても、修行や冒険者稼業、学業にと其々が
充実した穏やかな日々を送る事が出来た、続いていたのにそれもいよいよ終わるのだなと思
うと内心名残惜しさは否めない。
「……」
 だがすぐにそんな思考は排した。いや、排さなければならない。
 ポンと、ダンがすれ違いざまに肩を叩いてきた。一瞬合う互いの視線。そんな彼の眼には
さもこちらの考えが全てお見通しであるかのような不敵な笑みが零れている。歩いていった
先でグノーシュと何やら話をし始めていた。ふわりと、ブルートが肩に留まってくる。
「やはり惜しいか。今の暮らしが」
「……正直を言うとね。でも、何時までも甘えてはいられないわ。修行の間も世界は奴らと
戦い続けてきたんですもの」
 イセルナは周りの団員達(みな)に気取られぬよう、声を抑えて言った。周りは皆、今夜
の宴を想ってとても幸せそうな表情(かお)をしている。
「私達がリオさんにみっちり鍛えて貰ったのは他でもない、結社(やつら)との決着をつけ
る為よ。この平穏をずっと──広く周りの人達にも続けて貰える為のものなんだもの」
「……そうだな」
 そっと布巾の手を止め、団員達(みな)を見遣る。その中には渦中のジークも一緒だ。
 体制は整いつつある。この二年で変貌した戦いの中へ、自分達は乗り込んでいく。
 もう少しだ。後は頼んでいたクラン専用の飛行艇──新ホームが完成すれば全て整う。
「準備が一区切りしたら、レジーナさん達に顔を出しましょうか」
「そうだな。彼女達も、今宵の宴には誘わねばなるまい」
 クランの長とその持ち霊がそっと話し合っていた。
「──」
 そんな時、ふらっとそれまでの鎮座を解いて、リオが一人酒場を出て行ったことには誰も
気付く事なく。

 リンファの携行端末を借り、合格の旨を兄達に連絡したら、導話の向こうで皆が大はしゃ
ぎしていた。
 おめでとう! よくやった! よぅし、今夜は宴会だ──! 案の定の反応が返ってきた
事もあり、ついアルスは端末に耳を宛がったまま苦笑いを零したものだ。
 今頃は皆で準備をしているのだろうか。イヨさんが本国(トナン)に追って連絡するそう
なので、母さんと父さんも喜んでくれるかなと思う。
「……」
 キャンパス内。講義同士に空き時間あるので、アルスは中庭の一角でじっと魔導書を読み
込みながら時間を潰していた。初秋の風が少し冷たさすら孕んで心地いい。近くの木の傍で
はじっとリンファが背を預け、警護に当たってくれている。
『ああ、勿論行くぜ』
『右に同じく。でも両陛下や伯達か……流石に緊張するかな……』
『普段散々私に毒を吐いておいて、何を今更』
 今夜はシンシアのそれも兼ねている。当然のようにフィデロとルイス、ブレアも誘い、快
諾して貰えた。映像越しとはいえ、現トナン皇夫妻・エイルフィード伯・フォンテイン侯と
本物の貴族が揃う事からルイスは若干畏まっていたようだが。
 まだ今日は午後の分の講義が残っているが、内心頭の中は今夜の祝賀会でいっぱいになり
つつあった。この二年、修行と公務を行ったり来たりで中々気安い会食というのが少なかっ
た事も後押ししていると思う。
 ふふ。思わず緩む頬。
 だいぶ過ごし易くなった秋の気配に任せ、くぅくぅと中空で寝息を立てているエトナ。
 だがしかし……当のアルスはすぐにそんな自身の気の緩みを戒める。ぎゅっと、唇を結ん
でさもわざと、自分達に迫る影を意識しようとする。
 ──この二年。それは即ちモラトリアムだった。リオの話では兄達が特務軍に編入される
までの猶予。それまでに色装をものにさせる、より確かな戦力とする……。
 何も事態は好転していないのだ。自分達は、守られていただけ。
 新聞や導信網(マギネット)でも繰り返し目にしている。大都消失事件(あのひ)以来、
“結社”の攻勢は強まるばかりだ。当初の予測、懸念の通り、各国が所蔵する聖浄器を狙っ
て奴らの軍勢があちこちで「国盗り」を仕掛けてきている。
 中小の国々の中には、既に落ちてしまった所さえある。
 この二年は個人的にとても濃い、充実した日々だったが、そんな尚も続く因縁を見て見ぬ
ふりするほど自分は平和ボケしていないと思いたい。思わなければならない。
(それでも、兄さん達は僕を学院(ここ)に留めるんだろうな……)
 戦地に、死地に向かう。
 きっと兄達は一層激しい戦いに巻き込まれるのだろう。一緒に戦いたい、支えたい。でも
立場や身分がそれを許さない。夢と現実がミチミチとこの身体を引き裂くかのように。
 リオやクロムには、兄達と共には学べなかった。
 でも自分も、飛び級という手段を勝ち取って色装(形質変化)を学ぶ事は出来た。自分の
持つ銘も解ったし、実戦での活用方法もいくつか組み立ててきた。繰り返してきたブレアと
の模擬戦でも、《燃》を加えた煌(オーエン)と互角に渡り合えるようになった。
 懸命に学び続けてきた二年間。
 魔獣と瘴気の研究者になり、少しでも悲劇に見舞われる人々を減らしたい。
 そんな夢を果たす前に、兄達が益々“結社”という巨悪とぶつからんとする現実。
 一体、僕はどんな距離で彼らと関わればいいのだろう──?
「……お昼にしよう」
 懐中時計を取り出し、時刻を確認した。午前の講義がそろそろ終わる。
 悶々とぶり返す思考を一旦振り払うようにアルスは呟き、ふるふると首を振りながら魔導
書を鞄の中にしまった。ぱちとエトナが寝惚け眼で目を覚まし、木陰のリンファもこちらを
見遣ってそっと動き出す。
「……」
 そんな時だった。
 がさりと足音を殺し、現れたのは──黒衣を揺らしこちらを見ているリオで。


 引き続き宴の準備は団員達に任せ、軽く昼食を済ませると、ジークはリュカやオズ、イセ
ルナ、ダンと共に街の郊外へと足を運んでいた。
 降りていくのは広い敷地を段々に掘り込んだ地面。そこには一隻の大型飛行艇がほぼ完成
形の状態で鎮座している。
 その周囲には高々と組み上げられた鉄骨の足場と多数の作業員。
 途中、これまで通い詰めてすっかり顔見知りになった警備兵達からいつものように魔導具
による身体検査を受け、一旦下まで降りると、ジーク達は目的の人物を探してぐるりと辺り
を見渡す。
「レジーナさーん、エリウッドさーん」
「うん? あ、はーい」
 見れば彼女は遥か頭上の足場、機体の底辺りの扉からギコッと顔を出し、分厚いゴーグル
を外しながら笑っていた。
 作業着は使い込まれて油汚れがびっしり。他の技師達も似たようなものだ。
 エリウッドも作業本部らしきテントから会釈をしながら出て来た。何人か部下達も一緒に
なってやって来る。
「こんにちは。すっかり形になりましたね」
「ええ。名付けて飛行艇ルフグラン号──でも、本当にいいんですか? イセルナ号とか、
カートン号とかにしなくて」
「……流石にちょっと恥ずかしいですから。そもそも設計から何からまで、レジーナさんが
手掛けた船でしょう?」
「もうこいつの名前はとうに世界中に広まってるからなあ。有名税は腹いっぱいだとよ」
 呵々。イセルナの横でダンが笑い、ジーク達はレジーナやエリウッド、雇いの人足を含め
たルフグラン・カンパニーの技師ら一同と面会する。
 秋晴れを眩しく見上げた先には、鎮座する巨大な飛行艇・ルフグラン号。
 かつてレジーナがその技術の粋を集めて設計し、温めていた“夢の船”であり、イセルナ
が団長として自身のクランの母船として製造を依頼した一隻である。
「もうお昼は済ませたかもしれませんが……どうぞ。私達からの差し入れです」
「おお。ありがとうございますー。皆、キリのいい所で休憩するよ~!」
 ういッス! 周囲の、足場のあちこちで作業している技師達が快活な返事を重ねた。
 バスケットに入れてリュカが持って来たのは、よく冷えた麦茶入りの水筒が数本とサンド
ウィッチ。降りて来た面々を中心に、どちらもが次々に売れていく。汗を拭い、職人達の気
持ちのいい笑顔が辺りに満ちた。
「うん……美味しい。どうも毎回ありがとうございます。そちらも修行は順調ですか?」
「ああ。俺も、団長達も大体は色装をものに出来たよ。リオも想定以上の仕上がりだって言
ってたし」
 麦茶を一緒になって飲みながらジークが言う。そんな返答にエリウッドも幾分増した微笑
を返していた。お互い、この二年が無駄にはなっていないと信じたいのだ。
「しっかし本当に造っちまうとはなあ。最初聞いた時はそんなの出来るのかって思ったもん
だけど……」
「ふふふ。あたし達の技術力を舐めちゃあいけないよ? 問題は資金だけだったんだ。でも
それもイセルナさんから──統務院から予算が下りるって形で解決したし」
 暫しクレーンなどの大型機材の影でゆったりと涼を取る。ジークが改めてこの常識外れな
自分達の船を見上げて言うと、レジーナは嬉しそうに得意げにほくそ笑んだ。
「何処までも飛んでいける“夢の船”──それは要するに長期航海を可能にする船さ。前に
も話したと思うけど、あたしの設計にはその目的を達成する為に出来うるあらゆるものを詰
め込んである。“町を丸々一個造る”のもその一環さ」
 ルフグラン号の全景は、強力な機関部を収める底部とその上に建つ操縦区、及び背後に広
がる居住スペースに大別される。
 ざっくりと表現すれば鍋蓋のような広い底部の上に、四角い前者と円形のドームな後者が
乗っかっている形。このドームは平時その装甲を剥がすようにスライド、収納され、特注の
強化ガラス越しにコの字型の集合アパートが姿を現す。
「まぁ、流石に濃い霊海の中とか、次元航行中は閉じとかないといけないけどねえ」
 予定ではこの食堂やジム、物資保管庫を併設した住居スペースに膨れ上がった団員達全員
を収める計画だ。イセルナの懸案とレジーナの夢、互いの利害の一致はかくして実際に結実
をみている。
「確か、次元装甲も装備されてるんですっけ?」
「ええ。特務軍の性質上、世界中を飛び回るでしょうし、必須ですから。天上層(うえ)に
も地底層(した)にも、設計上は問題なく行き来できる筈です。まぁ、何処ぞの誰かが凝り
性から要らぬ装備をつけようとして、一時予算がオーバーしそうにはなりましたが」
「うぅ~、いいじゃんか~……。ロマンだよ~、楽しい船旅にしたいじゃんか~……」
 尤も某総責任者の趣味で、途中何度も無駄にクオリティの高い設備やスペックを注ぎ込も
うとしていたらしい。そんな相棒(エリウッド)のしれっとした皮肉に、レジーナがちょっ
と涙目になりながら訴えかけている。
 ロマン……。ちょっとジークは解る気がしたが、静かにイセルナが無言の笑顔を向けてく
るので黙っておく。
 先ずは必要な装備から。こちらの機動力の為とはいえ、下ろした予算をがっつり使い切ら
れた統務院の役人達にはちょっぴり同情する。
「いよいよ、か」
「ええ。私達の船が──新しい拠点(ホーム)が出来るのね……」
「何時頃、完成スルノデスカ?」
「うーん……見ての通りハコ自体はほぼ完成してるんだけどねえ。もう少し内装工事と、肝
心の機関部の駆動テスト、それに航行許可申請とかの諸々の手続きがあるからまだ暫く時間
が掛かっちゃうと思うなあ」
 指立て指折り。レジーナが一つ二つと残る工程を数えながら言った。
 “夢の船”の完成までもう少しだ。調整さえ終われば、いよいよイセルナさんやジーク君
達を乗せて霊海の大海原へと飛び立って行ける。
 ……でも、それは即ち。
 彼らが自分達が、いよいよ特務軍として戦地に赴く事を意味する訳で──。
「そうですか。では引き続きよろしくお願いします」
「頼りにしてるぜ。俺達は俺達で、リオさんから免許皆伝を貰わねぇと」
「……。ええ」
「そういえば。確か今日は、アルス君の合格発表じゃなかったっけ?」
「ええ、そうなんです。今日はその件で、エリウッドさん達も誘おうって来た訳で──」
 休憩がてらルフグラン号の話題をしながら、そうして今日顔を出した本題へと。ジーク達
は彼らに、そのアルスが合格した事と、今夜合格祝いの宴を開く旨を伝えた。
「そりゃあ勿論。行かせて貰うよ」
「うん。戦いには直接参加出来る訳じゃない、裏方だけどね」
「何言ってるんスか。もう俺達、仲間ですよ」
 そして答え、謙遜し、対してジークが笑う。
 仲間、か……。エリウッドが、何よりレジーナがそっと目を細めて照れるような苦笑いを
している。
 確かにオズの修理からフォーザリアの一件、大都消失事件へ駆けつけた事など奇妙な縁で
こうして互いに繋がった自分達だが、改めてそう言って貰えるのはとてもほっこりと嬉しく
て……くすぐったい。
 依頼者と施工者。
 これからの日々は、きっとそんなビジネスを越えた関係になっていくのだろう。
「じゃあ、俺達はこれで」
「祝賀会は二十大刻(ディクロ)からです。お待ちしてますね」
「酒も料理もたんまりと用意させてるからよ、楽しみにしててくれや」
「ええ……」「また今夜~」
 やがて両者は、そう笑い合って手を振って別れていく。一方はホームに戻り、もう一方は
改めてルフグラン号の最終調整に汗を流し始める。
『……』
 再び土の坂を登っていくジーク達。
 甲高く晩夏の下で鳴り響く金属音。
 そんな彼らの様子を、数人の記者が掘り込みの淵から覗き込むように撮っていた。

「──そうか。無事、二人とも合格したか」
 時を前後して。打金の街(エイルヴァロ)の執政館。
 セドは自身の執務室のデスクで書類の山を捌きながら、そう梟響の街(げんち)のゲドと
キースから娘達合格の報告を受けていた。
『はい。これでシンシア様もまた一つ肩の荷が下りる事でしょう』
『そういう意味では感動のシーンだった筈なんですけどねえ。ホーさんってば空気読まない
から。結局お嬢より先に、アルス坊ちゃんの方がくしゃくしゃに泣いちゃって……』
 導話の向こうで笑う、苦笑(わら)う二人。
 セドは容易に想像できてしまったそんな頭の中の光景に思わず口元を緩めながら、くるり
と手の中の万年筆を回して一呼吸を入れた。
 秋の足音、暑さ解けた日が差し込む執務室。ぼうっと浮かぶのは複雑に絡みながらも一言
に収束する感慨ばかりである。
(やれやれ……)
 即ち、そんな苦笑いを混じらせた安堵であった。
 一人の父親として、世に云われる“レノヴィン一派”の筆頭として。今回の汎用免許取得
は間違いなく大きな区切りとなるだろう。じゃじゃ馬な娘も、これで家名を過剰に気負わず
に歩んでくれればいいが……。まさかそんなあの子の焦りを中和してくれたのが、他ならぬ
相棒(コーダス)の息子だというのだから、奇妙な縁というか、何というか。
 あれから二年。
 “剣聖”による色装の修行。アルスの魔導師としての成長。完成間近の専用飛行艇。
 参戦猶予(モラトリアム)が、終わろうとしている。
(……もどかしいな)
 あいつの息子達なら自分にとっても息子のようなものだ。正直を言ってしまえば、この二
年の間に事態が好転してくれないかと何処かで願っていたのは事実だ。
 しかし案の定、そうは問屋が卸さない。世界対“結社”の戦いはむしろ泥沼化の様相すら
呈している。
 二年前の大都消失事件の後、真っ先に狙われたのは、あの時“結社”に屈服してしまった
国々だった。ジーク達の奮戦の甲斐あって、王は戻って来た。だが事件のほとぼりが冷めた
かと思われた頃、各地で“結社”の軍勢がこれらへの「国盗り」を開始したのである。
 一説には、元構成員らの公開処刑がその引き金になったとの声がある。
 だがセドはこの説を支持しない。むしろそんな責め方は敵に利するだけだと思っている。
 十中八九後付けだ。或いはそう言説が持ち上がるよう、結社(やつら)が密かに焚き付け
たか……。そもそも消失事件を起こした時点で、既に奴らは各国の聖浄器を奪い取る算段を
つけていたとみるべきだろう。聖浄器の有無を炙り出すだけでなく、統務院の体力も削がれ
た恰好だった訳だ。
 故に、この二年で戦いは世界各地で激しくなっている。王器──聖浄器を奪う(守る)と
いう旗の下、両者の兵力は天井知らずの競い合いを続けている。
 “結社”はその組織力を活かし、様々な界隈に侵食している事が判ってきた。何よりその
雑兵たるオートマタ兵も多種多彩になり、一体ですら脅威だった黒騎士(ヴェルセーク)も
新型へと進化──その量産体制が出来上がっている。
 これに対抗すべく、正義の剣(カリバー)と正義の盾(イージス)も組織再編を余儀なく
された。前者はサーディス三兄妹による権限と兵力の増強。後者はダグラス・エレンツァの
二名に加え、監獄島(ギルニロック)での“使徒”撃退の功によりケヴィンとウゲツの正副
元署長らが昇格した事で四人の大将──『四陣』の体制が整えられた。
 それでも……戦況は一進一退。否、尚も神出鬼没さという意味で“結社”が勝っている。
 何より人々の不安や不満といった“爆弾”が、各国の政情を不安定化させている。
 火の粉を被りたくない、或いは戦争自体に反対──。何かしら大きなアクシデントが起こ
れば、現在(いま)の薄氷の上の拮抗など容易に破られてしまうだろう。
(これも悪循環って奴かね……)
 なので、つい折に触れて思ってしまう。
 二年間の不参加期間(モラトリアム)。果たしてそれは正しかったのか?
 太刀打ちできない力量ではみすみす死にに行くようなものだったとはいえ、併行して自分
達に出来る事はなかったのだろうか?
 ……尤も、それは詮の無い後悔ではある。
 あの子達をみすみす死なせたくはなかった。何よりどうするかを決めるのは他ならぬ彼ら
自身だ。時は決してあの頃の束の間の安寧には戻らず、実際問題進み続けるしかない。
『伯爵?』
「ん。ああ、すまん」
 そうしていると、はたと導話の向こうのキースが呼び掛け直してきた。セドはすぐにこの
益体のない堂々巡りから思考を戻し、引き続き彼らからの報告を聞く事にする。
『ええとですね。それで今夜はブルートバードの酒場で祝賀会を開くみたいです。俺達や例
の学友コンビもお呼ばれしてましてね……。伯爵にも是非、映像越しでもいいから参加して
欲しいと言われてるんですが』
「今夜か……ちっと厳しいな。見ての通りここ数日仕事が立て込んでる。顔を出す事くらい
なら大丈夫だろうが、一緒に飲み食いってのは暇がねぇかもな」
『然様ですか。ならば顔出しだけでも構いますまい。シンシア様に、祝辞を』
 ああ……。傭兵の割には随分と心篤いこの巨人族(トロル)の男に促されて、セドは少し
照れ臭そうにしながらも承諾していた。更に報告では、シノ・コーダス夫妻も映像越しに参
加するという。お互い親なのだ、出たくもなる。
「サウルさんと、ハルト達は?」
「既にシノ様より打診があったようです。フォンティン侯はセド様と同じく多忙で見送り、
ハルト様とサラ様は里の保守派の眼があるのでクレア殿に任せると……」
「……そっか。一回時間を作って、あいつらのとこにも行っとかないとなあ。積もる話なら
ごまんとあるし……」
 控える執事長(アラドルン)の返答に呟きながら、セドは嘆息をついた。
 かつての仲間達。連絡を取ろうと思えばいつでも取れる。だがこうして歳月が経ち、各々
にしがらみが増えてくると、どうにも物寂しい心地を覚える瞬間というのは避けられない。
「ま、ともかく。今夜は存分に楽しんでくるといいさ」
 ギシ。デスクの椅子を回しながら、セドは受話筒からゲドとキースに告げた。
「まだ“夢”を破っちまうには……早いだろ」

 顕界(ミドガルド)南方、グナビア王国近郊の森。陽は山々の向こうへと移動し、辺りは
すっかり暮れなずんでいる。
 率いる軍勢を一旦待機させたまま、ヒュウガは寡黙に携行端末の画面を観ていた。
 映っているのは何処かの建物──おそらく学院(アカデミー)の施設から出てくるアルス
とその学友と思しき面々だった。
 泣き腫らしたと見える目元ながら、その表情にはとても優しい笑みが咲いている。友人ら
も彼の肩に手を回し、共に笑いながら語らう。字幕にはこの度皇子が、魔導のベースライセ
ンスに合格したとの文言が添えてあった。
 加えて、次に映ったのはだだっ広い空き地。そこは段々に深く掘り込まれており、その中
に完成間近の飛行艇が鎮座している。
 映像はその土の坂道を降りていくジーク達の姿を捉えていた。やがて責任者らしき男女と
硬く握手を交わし、何やら話し込んでいる様子が映し出される。
 共に遠巻きに。皇子達──レノヴィン兄弟の近況を知らせる報道らしい。
(彼らもそろそろ、か……)
 端末を片手に、そうヒュウガは飄々とした笑みを崩さずに思考を過ぎらす。
 この二年、剣聖という抑止力の下で明け暮れていただろう彼らの修行も、そろそろ大詰め
を迎える頃だ。
 “結社”との戦い、討伐戦はこの先間違いなく本格化する。
 彼らがこの対結社特務軍の先鋒として実際に編入されるに至れば、奴らに関わる情勢は否
応なしに変化して事ゆくだろう。
(……もう少しの辛抱だ。俺達だけで踏ん張るのも、もう少し)
 ちょうどそんな時だった。王都へと偵察に遣っていた部下らが戻って来た。
 ガサッと足音がして一同が振り返る。「ヒュウガさん」基本傭兵上がりの彼らは上司を官
職名で呼ぶ事も、仰々しく敬礼をするでもなく、ただ淡々と迅速に成果を報告する。
「サージェ王は既に討ち死にしたようです。現在は王宮付近にて騎士団の残党が“結社”の
軍勢に抵抗中。ですが百もいません、陥落するのは時間の問題かと」
「そうか」
 端末を懐にしまいながら立ち上がる。やれやれ、また一つ落ちたか……。
 ヒュウガはそんな部下の絶望的状況(ほうこく)にも拘わらず顔色一つ変えず、すっくと
立ち上がって軍服を翻す。ガチャリと腰の剣が鳴り、周囲に控えていたグレンやライナ以下
軍勢の面々が不敵な笑みを浮かべて動き出した。
「行こうか。任務を遂行する」

 報告の通り、王都グナビアは最早陥落の一歩手前まで来ていた。
 城下は既に遺体以外に人の気配はなく、激しい交戦を経てそのあちこちが壊れている。
 ヒュウガは弟と妹、部下達を連れ一糸乱れず真っ直ぐに王宮へと向かった。ちょうど半壊
した防衛壁の傍、そこで残党と思しきボロボロの騎士団と遥かに数に勝る“結社”の軍勢ら
が睨み合っている。
「た、隊長」
「このままでは……」
「諦めるな! まだだ、まだやれる。陛下をお守り出来なかったまま、おめおめと死ねるも
のか。たとえ相討ちでも、ここで──」
「騎士道精神って奴かい? 止めておけ。無駄に死人を増やすだけだ。それに、君達程度の
力量じゃ、そのまま呑まれるのがオチだよ」
 じりじりと後退を余儀なくされ、しかしその誇りが敗北を認めさせない。
 だが残党のリーダー格が言い放とうとしたその瞬間、ヒュウガの何処か冷笑すら含む声が
彼らを留めた。
「!? その軍服、まさか正義の剣(イージス)……?」
「援軍が、来たのか?」
「くぅ。何で、何でもっと早く……?!」
「無茶言うなっつーの。こいつらが攻めてる国は片手だけじゃ効かないって事ぐらい知って
るだろ」
「この二年、転戦続きだもんねえ。こき使われるこっちの身にもなってよ。ホント」
 対峙する両者の側面を突くように、ヒュウガら三兄妹率いる正義の剣(イージス)の軍勢
が進んでくる。
 その数およそ一千。
 だが彼らとグナビア残党を合わせても、この場の“結社”達のそれには及ばない。
「ほ、ほう。統務院から直々に援軍が来たか。だがもう遅い。サージェ王率いる本隊は我々
の手で壊滅させた。王器も手に入れた。お前達の、敗北だよ」
 “結社”達のリーダー格は、銃を背負った覆面の男だった。
 左右背後には同じく武装した信徒・信者級の構成員達。更には大小様々なオートマタ兵ら
が既に臨戦態勢で身構え、その中にぽつねんと、三体の黒騎士──右半身をより厳重な装甲
で覆った新型狂化霊装(ヴェルセーク)が立っていた。
「そうだね。そっちの騎士クン達は、もう駄目だ」
「うん? 何を言っている……。味方だろう」
 だからこそ、怪訝に眉根を寄せるこのリーダー格に、ヒュウガは嗤った。ザラリと腰の長
剣を抜きながら、一人二歩三歩と進み出ようとする。
「動くな! こいつらが消し炭になるぞ!? こっちには狂化霊装(ヴェルセーク)が三体
もいるんだぞ!」
「みたいだね。でもそれ、大都でも(まえにも)殺ったし」
 ざわ。人間な方の“結社”達が思わず顔を引き攣らせていた。
 彼らもようやくはっきりと理解したらしい。
 こいつらは、この国を助けに来たんじゃない……。
「……ふ。自惚れるなよ。こいつらは新型だ。以前のプロトタイプとは違う。使徒様により
あらゆる面で強化された新兵器だ。お前らなんぞ──」
『……』
「や、殺れ! ヴェルセーク!」
 歩みを止めない。騎士団残党を助けようともしない。
 みるみる内に焦り、“結社”達のリーダー格はバッと片手を薙いで叫んだ。
 三体の内、二体がそのフルフェイスの──左側が大きなレンズなった眼を、或いはギチチ
と開いた掌に埋まる大きなレンズ球の照準をヒュウガ達に合わせ、眩い光のエネルギーを込
め始める。
「──」
 しかしこの眼から、掌から光線(レーザー)が放たれた瞬間、ヒュウガのすぐ眼前で攻撃
は爆ぜた。寸前、大剣を引っ下げたグレンが飛び込みこれらを一瞬で叩き返したのだ。
 濛。黒煙が上がる。リーダー格達や騎士団残党の面々が宙を仰ぎ、目を凝らす。
 その時だった。この黒煙を破るように何者かが──グレンが大剣を突き出しながら飛び出
し、二体の内左側の一体を、引き続いてライナがこの煙幕に乗じてその《磁》で片腕に集め
て造った巨大な鉄屑のドリルで右側の一体を、それぞれ強化された装甲云々などお構いなし
にぶつけて貫き、背後の兵ごとごっそりと吹き飛ばす。
「…………。は?」
 目の前で起こった事を理解するのに、リーダー格は数秒を要した。騎士団残党らも、文字
通り桁違いの戦闘能力に只々唖然とするばかりだ。
「ま、待て! 無駄だぞ? もうこの国の聖浄器は“教主”様の下へと送られた。もぬけの
殻なんだ! お前達がここを取り戻す意味など、とうに──」
「関係ないね」
 青褪め、慌ててリーダー格が言う。だがぴしゃりと、笑顔で、ヒュウガはこれを遮った。
ごっそりクレーターのように亡骸や残骸が転がる中を戻って来ながら、グレンとライナも興
味がなさそうに小さく嗤っている。
「小国とはいえ国一つを落とされた訳だからさ、統務院(うえ)も深刻に捉えてるんだよ。
そもそも俺達が命じられたのは……お前達の殲滅だからね」
 ぞくり──。“結社”達が悪寒を抱えながら後退っていた。
 統務院直属懲罰軍。
 現行の対結社特務軍の中心を担う正義の剣(カリバー)。
 抜き放った剣にオーラを漂わせ、周囲の赤い水分を蒐めながら、ヒュウガはそう好戦的な
笑みで、得物を抜き放つ部下達と共に、微笑(わら)う。


「それじゃあ、アルスとシンシアの合格を祝って──乾杯!」
『乾杯~っ!』
 日没後、酒場『蒼染の鳥』(バー・ブルートバード)にはジークとアルス、レノヴィン兄
弟に縁ある面々が勢揃いしていた。
 既に陽気に笑っているダンが乾杯の音頭を取る。酒場のあちこちで、皆が手にした樽ジョ
ッキを互いに打ち鳴らして復唱する。
 一纏めにされたテーブルの上にはたんまりとご馳走が並べられていた。今宵の主役である
アルスとシンシアを上座に据え、映像越しに顔を見せたシノやコーダス、セドからの祝いの
メッセージの後、皆は無礼講と言わんばかりに一斉に飲み食いし始める。
「ほれほれ。クロム、お前も」
「飲め飲め。今日は無礼講だぜ」
「うむ……」
「お父さん、グノーシュさん、最初から飛ばし過ぎないで。えっと……アルス、大丈夫? 
ジュースでいい?」
「あ、はい。ありがとうございます」
 向かって右(アルス)側にはダンとグノーシュがクロムの肩を抱き寄せて半ば強引に酒を
注ぎ、寡黙に飲まされるままになっているこの彼を庇うようにミアが窘める。その一方で主
役の、あまり飲めないアルスを気遣ってやる事も忘れない。
(……ミア・マーフィ。何ナチュラルにアルスの世話をしてるんですの?!)
 もきゅもきゅ、もきゅもきゅ。料理を口に運びながら、そんな彼の隣でジェラシーに駆ら
れる、ニヤニヤと中空からエトナ(及びゲド・キース)に生温かく見下ろされているシンシ
アの内心など知る由もなく。
「どうぞ。ジークさん」
「ああ、悪ぃな」
 しっぽり。一方ジークはそんな弟達の横顔を眺めながら、今夜くらいは脇役のまま飲もう
と思う。ジョッキの中が減ってくるのを見計らい、レナがそっとお酌をしてくれる。
 とても穏やかな画だ。そんな何処となくいい感じな二人を、ステラは静かに目を細めなが
ら、もぐもぐと料理を咀嚼しながら見守っている。
「おつかれさん。お互い、これで一先ず安心だな」
「ええ。教官殿もアルス様に多くのご教授、感謝します」
 もう一度右(アルス)側に戻ってダン達の隣には、リンファとブレアが座る。
 守る側と教える側。留学という体が始まってからというもの、毎日のように顔を合わせて
きた二人はそうして互いの労苦をねぎらいながら飲み交わす。
(しかしこの姉ちゃん……ザルか?)
 こっちはほこほこ酒の熱が回ってきているのに、顔色一つ変えやしねえ。
 内心そんな発見、驚きを持ちながら、ブレアは久方ぶりの教え子を誇りに思う。
 レジーナはイセルナと飲んでいた。ルフグラン号の進捗を肴にすっかり酒が回って上機嫌
になっている。
 エリウッドはシフォンと飲んでいた。ゴルガニア空軍時代、古界(パンゲア)の里で暮ら
していた頃の見聞。酒の勢いを借りて互いに少しばかり胸襟を開き、その横でクレアがちび
ちびとジュースを飲みながら聞き耳を立てている。
 サフレやマルタは、会食を挟みつつ横笛と竪琴による演奏を担ってくれた。そもそも食事
の必要がないオズはぱちくりと時折ランプ眼を瞬き、この和気藹々とする皆を眺めている。
「そういやアルス。合格したけど、これから学院はどうなるんだ? ベースライセンス、だ
っけ? 前に話してた記憶が正しけりゃ、やる事はまだ残ってるんだよな?」
「うん。汎用免許(ベースライセンス)はまだ一階部分だよ。これに合格してから、僕らは
それぞれ、自分の進路に合わせた専門免許(スキルドライセンス)を取るんだ。細かい所は
ブレア先生と話し合う事になるけど、これからはその為の講義を集中的に履修する(とる)
事になると思う」
 ほう……。程よく酒が回り、飲めず何となく皆を見守るしかない弟(しゅやく)にジーク
はそう話を振ってやった。
 優しくはにかむその表情(かお)。二年経って背も伸びたが、やっぱこいつは変わらない
なぁと、身内贔屓を差し引いても思う。
『具体的にどの免許を狙ってるんだい?』
「うーん、先ずは『学師(スカラー)』かな。研究者になるには必須だって聞くし。後それ
と『医薬師(ドクター)』も狙ってる。皆を助けられる技術(ちから)が欲しいし、何より
母さんも取った資格だしね」
『アルス……』
 映像越しにコーダスが、そしてシノが少なからずじーんとキていた。二年のリハビリです
っかり血色も戻った夫にそっと背中を擦られて、彼女は感極まりそうな頬にくすっと微笑み
を加える。
「一応、もう魔導師を名乗っても大丈夫だし、本当ならすぐにでも兄さん達の役に立ちたい
んだけどね……」
「気持ちは分かる。でも焦った所で失ってしまっては元も子もないだろう?」
「大丈夫だよ。お前ならきっと専門(スキルド)の方もパパッと取っちまえるさ」
 ルイスとフィデロ、学友の二人がそれぞれにアルスを励ましていた。うん……。つい不安
や静かな焦りを吐露する弟を、ジークは、或いはこんな時も一人壁際で飲んでいるリオは、
苦笑して黙して見守っている。

(──む?)
 宴は進み、酒場の方では相変わらず皆が面白可笑しく飲み明かしている。
 そんな中クロムは一人宴席を抜け出し、酒場の裏口、ホームの運動場前の軒下へとやって
来ていた。
 少し一人になりたい。
 そう思って抜け出して来たのに、そこには既に先客がいた。
「……君もいたのか」
「うん? あ、うん。ちょっと、風に当たりたくて」
「……。そうか」
 軒下から続く渡り廊下の一角に、ちょこんとステラが一人座っていた。クロムが少し溜め
を作ってから声を掛ける。夜闇と夜風を背景に、その白み掛かった銀髪はぼうっと神秘性を
増しているようにも見える。
 何となく、クロムは彼女から二人分ほど距離を空けたままで突っ立った。ステラも彼の接
近に特に何か文句を言う訳でもなく、暫し二人は遠く皆の宴席の声を背景にじっと佇む。
「……宴に疲れたのか?」
「うーん、半分はそうかな。楽しいのは楽しんだけど、ふっと居た堪れなくなる事があるん
だよね。最初の頃に比べればすっかりマシにはなってるんだけど」
 一向に喋る様子もない。クロムは静かに何度か目を瞬き、問うた。
 ステラは苦笑(わら)う。黙したままクロムも片眉を上げた。……魔人(メア)の、忌み
嫌われる者の一人として、分からなくない心理だと思う。
「皆の事は大好きだし、一緒にいて楽しいよ? でも時々ふっと思うの。私はこのまま此処
に居ていいのかなぁって」
「……」
 クロムは黙っていた。返す言葉が無かった訳ではない。
 やはり魔人(メア)なのだ。お互い一度は忌み嫌われる存在となった経験上、今でも何処
かで他人びとと交われる筈がないという意識に囚われている。
「ねぇクロム。ここは……好き?」
「……。ああ」
 ただ静かに頷くしかなかった。脳裏に言葉は溢れたが、多くを語る事自体が憚られた。
 “結社”絡みなど諸々の打算はあれど、仲間として迎え入れられて二年。剣聖(リオ)と
共に彼らの修行に付き合い、寝食を共にしてきた事で正直、自身の無愛想はそう簡単には変
えられないが随分と打ち解けられたと思う。

『生きて生きて生きまくって、何度も死にたくなるくらい後悔させて、最期の最期まで生か
し続ける。それが俺なりの……こいつに背負わせてやれる償いだ!』

 あの時ジーク(かれ)が叫んだ思いの通り、ただ速やかに死ねというよりもこの償い方は
ずっと骨身に沁みる。……こんな仲間がいたのだ。絆があったのだ。なのにかつての自分は
これほどまでに散在する無限の可能性すら、一絡げに壊そうとしていたのだ。
「その様子だとジークの想い、伝わってるみたいだね」
 そこでようやくステラがフッと微笑(わら)った。渡り廊下に腰掛け、脚を投げ出し、こ
ちらを見上げながらとても優しい表情をしている。
「確かにブルートバード(うち)はクランとしては“家族過ぎる”かもしれないけど。でも
だからこそこれだけの仲間が集まった。私も、あの日誰かに始末されずに生きる事ができた
んだ。恥ずかしいけど……私はジークに、皆に救われたんだよ。皆が皆の為に強くなろうと
してきた。リオさんとあんたの修行に今日までついて来れたのも、きっとそんな思いが同じ
だからじゃないかな?」
 にこにこ。微笑(わら)っていた彼女だったが、そこまで語るとふと気持ち表情に影を含
ませた。数拍の沈黙、ぶらぶらと揺らす両脚。しかし笑顔をなくしはしなかった。次の瞬間
再び顔を上げ、彼女は半ば自分に言い聞かせるようにして、語る。
「魔人っての(わたしたち)はどうしても陰気になりがちだからさ、せめて此処に居る普段
は笑っていようよ? レジーナさんも二年前に比べれば大分あんたに対して丸くなってきて
るし、ずっとずっと背負い込んだままじゃ壊れちゃう。綺麗さっぱり忘れろとはまでは言わ
ないけど、囚われたままじゃ進めないよ。その為の……仲間でしょ?」
 じっと足元の彼女を見下ろして、クロムは黙っていた。
 何も言わない。だが否定もしない。
 ただそっと眼を逸らし、静かに瞼を閉じていた。気持ち頷くように小さく俯き、初秋の気
配する夜闇にじっと耳を傾ける。
「──二人ともここにいたのか」
 そんな時だった。ふと後ろから声がしたかと思うと、そこには近くの柱に肘をつけてこち
らを見ているジークの姿があった。
「リオが呼んでるぜ? 何でも俺達に大事な話があるとかで」
 ジークに連れられ、クロムとステラが酒場に戻って来た。宴は既にピークを越えて大部分
が大人しくなっており、テーブルの上の料理や酒もすっかり空のそれが目立つ。
「今回の、アルスの合格がちょうどよい区切りだと思う」
 アルスやシンシアに加え、上座にリオが立っていた。皆が全員集まったのを確認し、彼は
一度ぐるりと何事かとこちらを見ている面々を見渡してから、言う。
「お前達。“地底武闘会(マスコリーダ)”に出てみないか?」

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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