日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「テンペスト」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:拗れる、少年、台風】


 世の、彼に対する評価は大きく二分されている。
 一方では社会の歪みに立ち向かう正義の改革者として、或いはただ無闇に既存(いま)に
割って入り、人々を掻き乱すだけの扇動者(アジテーター)として。

 ここでは仮に、Tと呼ぶ事にしよう。彼は商社に勤める父と主婦の母、ごくごく一般的な
家庭に生まれ育った少年だった。
 だがそんな幼少期にこそ、彼のその一生を決定付ける事件が起きたのだ。彼が良くも悪く
も生涯“正義の人”であり続けた──頑ななまでのその理由(げんてん)がそこには在る。
 それは即ち父の、一家の凋落であった。ある時Tの父は自身が勤める商社で行われていた
虚偽会計、裏金作成の悪習を掴み、これらを監督官庁へとリークしたのだった。
 Tが正義の人であり続けた最大の原因、それは他ならぬこの父の影響であろう。
 彼の父は決して器用であったり優秀な人間ではなかったが、人一倍他人の痛みや倫理に敏
感な男であった。
 故に処世術としては、この社会においては、ある意味最悪手であると言っていい。
 だけども黙ったままでいる自分を、Tの父は許さなかった。たとえ組織がこの不正が明る
みになる事で大きな損失を被ろうとも、結果他の社員達が路頭に迷うような事になろうとも
彼は自分を信じた。“正しさ”を信じた。
 だが──結末というのは人に罰ばかりを与えるものなのだろうか。
 Tの父が必死の思いで届けたリークは、握り潰された。
 監督官庁の側に、商社側と通じている官吏がいたのである。幸いそれを見抜いた他の官吏
の手回しによって真実は遅れて世に報じられる事となったが……Tら一家には遅過ぎた。
 裏切り者、偽善者、馬鹿正直。周囲からは容赦のない口撃が向けられた。
 この商社にはいられなくなった。Tの父は元より覚悟の上とはいえ、実際に真実が白日の
下に晒され、最終的に同社が倒産に追い込まれてからのそれは壮絶なものだったと聞く。
 告発者は守られなかった。
 先ずは彼を潰そうと社の重鎮らが彼の存在、“犯人”である噂を社内に流し、組織の面々
たる社員らから孤立させた。下手に“解雇して”は足がつくかもしれない。今に始まった事
ではなく、おそらく他の多くでも採られている計略。自ら“辞職する”ようにもっていく。
 Tや母はその頃から彼の異変に気付いていた。
 日に日にやつれていく父(夫)。しかし問うても「何でもない」と笑みを繕う事を忘れな
かった彼。件の別な官吏による再告発(フォロー)が入ったのは、それから暫く経ってから
の事である。
 父はTと妻に深く深く頭を下げたそうだ。全ては自分の所為だと、考えが甘かったと。
 リークは行われた。しかし同時にその告発者である父の名は守られず、雑誌などを通じて
世に知られてしまうことになる。
 結果、壮絶な反撃が一家を襲った。倒産を余儀なくされ、路頭に迷った少なからぬかつて
の同僚達や取引先の人間から散々に詰られる。加えてこの“正義”を哂い、否定する本来無
関係な輩による嫌がらせもあった。
 収入も断たれた。アパートにはほぼ毎日のように怒声が叩き込まれ、赤い罵倒語の紙が貼
り付けられ、壊される。
 見通しもないまま、一家は遠くへと夜逃げもした。金もない。ただ手元に残った貯金を切
り崩し、何とか暮らしていくだけ。
『──離婚してくれ。これ以上、お前達を巻き込む訳にはいかない』
 でもそんな“逃亡”生活も長くは続く筈もない。ある日すっかりやつれ切った父は二人に
言った。古びた畳の上に頭を押し付けて懇願していた。
『あなたは……どうするの?』
『……けじめをつけようと思う。僕は、下手だったんだから』
 当時幼かったTにはそのやり取りの真意は解らなかった。
 両目に涙を湛え、長い長い逡巡の後に頷く妻。しかし最終的に、二人は緑線の書類に静か
に判を押し合ったという。
 Tは母に引き取られ、苗字も旧姓となり、再び遠くへと引っ越した。
 それから暫くしての事である。メディアや人々がある一つのニュースに湧き上がり、頼ま
れもせずに群がり始めたのは。
 偽善者(こくはつしゃ)──渦中の人、Tの父の自殺に。

 僕は下手だったんだから。父はあの時、そう言って苦笑(わら)った。
 それは決して間違った分析ではないとTは考える。だが実の息子であることを差し引いて
も、Tはこの愚直であった父の愚かと詰り、恨む事をそう長くは続けなかったのである。
 憎む相手が違うではないか。何故、間違ったことを指摘した側が死ななければならぬ?
 決して生涯口にする事はなかったが、Tがその後“正義の人”であり続けた理由はそこに
あった。
 憎しみである。彼は父の遺志を受け継ぐかのように、世の“悪”を憎んだ。その“悪”に
染まり同調して当然とする世界すらも。
 何と虚しいものか。父の自殺と傍に用意してあった“謝罪”の遺書により、一連の事件は
ようやく収束を迎えていた。詰るもの、口撃する者が亡くなり、幾許かが死に追い遣ってし
まった己らの責任を、かつての商社経営陣やグルになっていた官吏へと向けたのである。
 何と虚しいものか。ただ矛先が変わっただけだ。Tは世に潜みながら思った。
 “悪”を人々(かれら)は認めない。自覚する事すらしないのかもしれない。常に“悪”
は自身の外側にあり、常に自分はこれを排斥することで正しいと確認する。
 成長したTは、ある夢を抱いていた。
 それは、父の遺志を受け継ぐこと。正義の人になること。
 だが意図して父の二の轍を踏むまい。それだけは幾度となく学んでいたことだ。父の貫い
た信念は尊敬すべきものだったが、当人もあの日ごちていたように、巧くはなかった。
 法律(ぶき)が要る。処世術(ぼうぐ)が要る。世の“悪”を砕いて進めるような大人に
なる為には、ともかく学ばねばならない。
 ──故にTは猛烈に勉強した。時に友人と交際することはあったが、それも何処かで人間
というものを学ぶ一助であったのだろう。幼少の事件もあり、決して家庭は裕福ではなかっ
た。しかし母はそんな息子の背中を見守り、夫の姿を重ね──半ば諦めたようにそっと、彼
を後押しする事に決めたのだった。
『異議あり! その証言には矛盾があります!』
 かくして、青年となったTはめでたく弁護士となった。
 警察ではない。あれは権力の内側だ。
 政治家でもない。根本を正す為には必要かもしれないが、少なくとも今の自分では到底敵
わない世界だという認識があった。
 そんな選択の末。Tは長らく、さも水を得た魚のように動き回った。
 全ては“悪”をこの世からあぶり出し、裁かせること。かつて父が出来なかったそれを、
息子である自分が一人ではなく十人、十人ではなく百人、百人ではなく千人と次々にこなし
ていく。
 当時の同僚達の証言が残っている。曰くこの頃のTはまさに破竹の勢いだったそうだ。
 徹底的に相手を調べる。法を日夜学び、知り尽くす。
 その上で見出した彼らの“隙”を、Tは一切の容赦なく攻めていった。たとえ誰もが分の
悪い訴訟(しょうぶ)だと言っても、持ち込まれた依頼は全て受ける。それは彼の正義の人
としての信念とも直結していた。
 “悪”を許さない──人を救う。
 言わば彼はその為にあの日々から生き残り、生きる意味としてきたのだ。執念が違った。
正しさを峻別する。彼はそこに、一切の妥協を許さない。

 Tに政界への誘いが来たのは、それから二十年近い月日が流れた頃だった。
 この頃Tは積み重ねてきた実績と、歯に衣着せぬ痛快な物言いからある種のタレント的な
人気を博していた。時折請われ、専門家の一人として報道番組のコメンテーターを務める事
も増えてきた。
 だからこそ思うようになる。これではいけないと。このままでは、メディアというかつて
の敵となぁなぁになり、彼らの内々の正しさに埋もれてしまうと。
 積み上げてきた実績、何より人脈。Tはいよいよ打って出る事に決めた。
 政党の立ち上げ。多くの同志らを──この国に巣食う巨悪らを摘み取り、徒に苦しみ損を
する人々で満ちぬために。
 知名度もあって、Tの政党は初めての選挙にも拘わらず多くの議席を獲得した。
 それは言わずもがな、既存の勢力・権力への不信に他ならない。Tはその辺りの心理、風
向きを熟知していた。よく語って聞かせる──論理も大事だが、人とは最後に各々の感情と
利害によって動くのだと。
 訴えるのは大改革。この国の社会の膿を出し切る為の様々な施策。
 勿論、全て言った通りにいくとは思っていなかった。だが口にしなければ、動かなければ
理想は叶わない。その為には数が要る。より多くの賛同者、強力なスポンサー。民主主義と
は単なる数取りゲームではない。そのプロセスを経て得られる、正当性の争奪戦である。
 Tは仲間達と共に訴えた。
 自分達について来るか、引き続き既得権益(かれら)に搾取されるか。
 白と黒を区切った。曖昧(ファジー)は許さない。彼自身よく知っていたからだ。
 何となく、空気で。そのムラ的秩序を黙認し続ける事が、誠の正しさを損う悪癖を産む。
 内心はそんないつかの憎しみである。だがTは決してその事を、何処かで自覚はせど、表
には出さなかった。
 きっと同じ筈だから。今ある、ただそれだけの理由で漫然と続く“悪(それ)”をこの世
から駆逐する──激しく理想であり、遠くて、しかし決してブレぬ到達点。人々もこの広く
狭い世界の中で窮屈に思っている筈だ。心はそれぞれにある。正しさを強制される──自ら
の思いを圧し潰すことが“正しい”などという正義は、酷く矮小なのだから。
 かくしてTとその同志達の政党は着実に、急速に力を増していく。
 人々の過分な期待もあったのだろう。だがそれでもよかった。
 復讐を何処かで孕んだ正義を。
 T達は、野党第一党にまで登り詰めた。

『T氏の正体! 権力に握り潰された復讐者!』
 しかし、凋落が始まろうとしていた。
 切欠は幾つかある。急速な党の成長を己が優秀さと混同した党員による不祥事の散発、白
黒をつける過ぎるTの気質──人々を分断し、掻き乱す事自体を嫌う保守的な人々の気配。
 何よりも決定的だったのは、かつてのTの出自が再び週刊誌に報道された一件だった。
 当時の某商社に勤めていた父による内部告発とその失敗、その事で火の粉を被った人々に
よる猛反発、そこからの夜逃げ、父の自殺という形で冷めたほとぼり。
 諸誌はまるで水面に小石を投げたように、次々とTの過去を穿り返していった。中には父
を侮辱する内容、政治家・弁護士としてのTとは全く無関係な彼のプライベートまでがその
ジャーナリズムとやらによってあけっぴろげにされる。
 最初こそ、Tは静観を続けていた。逐一こういう手合いに息を荒げては“負け”だという
事は弁護士時代にも嫌になるほど学んでいたものだ。
 だが……やがて堪忍袋の緒が切れた。自分はいい。なのにわざわざ今や昔の苦労が祟って
病に臥せがちな母の事まで調べ上げ、取材と称して何度も自宅に群がる所業だけは、絶対に
許せなかったのだ。
 T側は彼らを相手取り訴訟を起こした。罪状は名誉毀損。過剰な報道を停止するようにと
いう要求だった。案の定、諸誌関係者らは報道の自由を盾に抵抗したが……法的“隙”だら
けの彼らを論破するのは比較的容易い。Tはその元弁護士という能力をフルに活かして彼ら
をこてんぱんに打ち負かした。裁判所も、ほほ全てのT側の言い分を認めた。
 ……しかし、思えばこれが引き金(トリガー)だったのかもしれない。
 確かにTは訴訟に勝った。二度目になる屈辱を、今度はしっかりと正当な手段で以って晴
らした。
 だが巷の人々が持った印象は違った。或いは全く逆だったと言っていいのかもしれない。
『Tさん。やり過ぎだよな……』
『前から思ってたけど、敵に回したら怖そうよね……』
 風向きが変わり始めていた。身内の不祥事にも断固として厳罰を与え、様々な問題に対し
自分達にイエスかノーを強いる。加えてこの訴訟だ。下手な批判をすれば、いつ自分もああ
やって訴えられるかもしれない……。
 人々のTに対する感情は、何時しか「痛快なヒーロー像」から「突け入る隙のない暴君」
へと変わり始めていた。T陣営もそんな巷の変化を、敏感に察知する。
 まさか。始めからこれが目的で……? 今ここにはいない政敵を、Tは深く眉根を寄せな
がら思い浮かべる。

 あの過剰な報道が政権による工作だったのか? 真相は未だもって闇の中だ。
 しかし一つだけ確かなのは、その後Tの政党の所属議員による大きな汚職事件が明るみに
なり、Tや党首脳陣が芋づる式にその責任を問われた──刑事告訴されたことである。
 最後の最後までTは闘い抜いた。実際、汚職事件の中心人物であった議員や党の重鎮らを
もやはり厳しく処分し、法の裁きに頭を垂れろと彼らに厳命したものの、己が首が平穏無事
ではいられなかったのである。
 結果、数年越しの裁判の末にTはその政治生命を絶たれた。
 かつての勢いはすっかり失われ、人々もTを冗長したタレント風情と哂うようになった。
『俺も、父さんの二の舞か……』議員として最後の登院を終えた夜、五十を越えた彼はそう
数少なくなった盟友らとの宴席で静かにごちたという。

 残ったのは、残骸(あらそい)ばかりだ。
 まるで嵐のように彼は現れて人々を掻き乱し、そして静かに消え去った。
 今でもTを懐かしみ、慕う者はいる。だが最早そんな事を口にする事自体が諍いの元だ。

 世の、彼に対する評価は大きく二分されている。
                                      (了)

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  1. 2015/05/03(日) 21:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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