日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「貴女に手向けを」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:綺麗、残り、主従】


 セレーネ夫人が病に倒れた。
 微笑みの似合う、初老の女性である。彼女は今は亡きレイオット伯爵の愛妻であった。
 その報を耳にした時、市中の誰もが訳知り顔で頷いたものだ。
『無理もないな。やはり負担が大き過ぎたんだろう』
『お可哀相に……』
 夫人は元来あまり丈夫な方ではない。にも拘わらず、比較的若い内に夫に先立たれてしま
った事でその重責諸々は一挙に彼女へと圧し掛かってきた。
 領地・領民の管理、社交界での振る舞い、持つ者故に引き寄せてしまう災いの種──様々
なファクターが当初政務に疎かった彼女を振り回した。それでも夫人は頑張った。不慣れな
がらも真面目に、愚痴も漏らさず、最愛の人が遺したこの土地と人々を守っていこうとただ
懸命に働き抜いたのだ。
 その境遇への憐憫、夫人を臥せさせたものへの指弾、或いは彼女亡き後の財産の行方。
 安い同情だ。或いは本来多くの他者が為すには不必要な義憤であり、卑俗な好奇心と言っ
ていいかもしれない。
「──セレーネ様」
 だからこれも、また外野が多くを処断する(かたる)べきではない物語なのだろう。
 衰え、静かに車椅子に佇む彼女の前で深々と頭を下げながら、一人の騎士が請い願う。
「私に暫く、暇(いとま)をくださいませんか?」


 彼の名はハウゼンという。長く伯爵家に仕えてきた騎士で、歳は四十を回っている。伯爵
が逝去して以降、その財を磨り減らす一方な同家に今も残り続けている数少ない忠臣の一人
であった。
『何が騎士よ、金が無いと分かればおさらばなのね!』
『やはりもうルーベルク家はお終いなのかねぇ……』
 故に彼が暇を貰ったと聞いた人々は、少なからず憤慨した。嘆いた。没落中も居残った者
であった分、彼らの感じた失望も大きかったのだろう。
「……」
 だが当の本人はそんな声にも多くを語らなかった。ただ夫人より暇を貰った直後、彼は人
知れず旅に出ていたという。
 その胸には、決して他言する事のない想いを灯して。

『──こんにちは。貴方がハウゼンね? これから宜しく』
 それは彼が初めて夫妻に出会った時の事だった。
 当時、騎士の叙勲を受けたばかりの若きハウゼン青年。彼はその日、これから仕えること
になる主君の妻に……その優しく柔らかな微笑みに、心奪われたのだった。
 解っている。この恋は叶わない。相手は夫のある身だ。何より身分が、歳が違い過ぎる。
 記憶は色褪せない。あの日以来一心に、夫妻とルーベルク家に仕えてきた。それは単なる
忠誠心以上に、一生懸命である事が彼の精一杯のアピールで、この想いを表に出さない為の
紛らわす為の手段でもあったからだ。
 三十年近く。そうしてハウゼンはただひたすら忠節に生きてきた。気付けば今は亡き主君
からも大きな信頼を授かり、一時はその一人娘──マーガレット姫との縁談すら持ち掛けら
れた程だ。
 しかし彼は、深く深く謹んでこれを固辞した。未だ以って、彼は独り身である。
 そんな事、自分が許さなかったからだ。痛いほど自覚して(わかって)いる。自分が想い
を寄せているのは夫人だ。なのにその本心に嘘をつく事はできない。何より、仮に姫との婚
姻に同意したとしてそれは密かに夫人を謀るような真似ではないか……?
 故に結局縁談は白紙となった。当時の執事らがこの主の重用を快く思っていなかった事も
後押しした。現在そのマーガレット姫は、別の爵位家に嫁ぎ、何不自由ない生活を送ってい
るという。
『──ええ、とっても綺麗だったわ。あの一面の花の中で、あの人は私にプロポーズしてく
れたの』
 娘が、夫が去った。残されたものを必死に守ろうとして夫人は病むほどに疲弊した。
 ハウゼンは知っている。一人娘が嫁いだ時、そっと嬉し涙を流していた事を。
 ハウゼンは知っている。最愛の夫が逝った時、人知れず悲涙に暮れていた事を。
 屋敷に残っていた重臣の一人として、医師から聞かされていた。彼女はあまり長くはもた
ないらしい。最善は尽くし食い止めるが、少しずつ衰えていくのは避けられない筈だとも。
 だからこそ、ハウゼンは必死に捜そうとしたのだった。
 かつて、愛すべき人がその夫に求婚された思い出の場所。木春菊(マーガレット)が辺り
一面に咲き誇る広々とした丘。
 しばしば夫人は、その時の思い出をはにかみながら、とても嬉しそうに話してくれた。愛
娘の名前も、他ならぬあの美しい記憶から取ったのだとも。歳を取っても変わる事のない、
その優しく柔らかな笑みで。
 ……だから、見つけようと思った。当の夫人に残された時間はそう多くない。せめてその
時が来るまでにもう一度その場所へ連れて行ってあげたいと思ったのだった。
 しかし彼女本人に詳しい話を聞く訳にはいかなかった。勘付かれる可能性が高かった。屋
敷に残っている、他のメイドや執事なども同じである。

 故に暇を願い出た──旅に出たのだ。
 夫人は何も深く追求はして来ず、ただ静かにその請いに頷いた。ハウゼンは「必ず戻って
来ます」とだけ言い残し、早速寝て起きるだけの自宅に戻り、旅支度を済ませた。
 王国の端から端へ。かつてルーベルク家に仕えた、今は散り散りになってしまった元同僚
達を一人一人訪ねてゆく旅。
 自分の聞き及んだ記憶だけでは目的の場所は特定できない。マーガレットの咲き誇る丘。
 同じような話を、もっと詳しい情報を、誰かが持ってはいないだろうか……?
「セレーネ様がプロポーズされた場所? いや、初耳だな」
「すまんが力にはなれそうにない。私が聞いた事があるのもそのくらいだな」
「わざわざその為に? ご苦労なこったな。知らねぇよ。もう俺はあそこの人間じゃねぇん
だ、出てってくれ」
「というか何で貴方がそこまで? 噂は聞いてるわ。マーガレット様もシュルベン家に嫁い
で長いし、もう誰もいなくなる家なのに……」
 かつての仲間達の反応は様々だった。単純に知らなかった者、更なる話までは記憶にない
者、現在(いま)の生活に汲々とし、かつてのよしみを持ち出される事にすら顔を顰める者
も少なくなかった。
 確率からすれば、古参だった者を中心に訪ねて行けばよかったのだろう。
 だがハウゼンはそれをしなかった。時には自分よりも歳若い、もしかしたら子供ほどの歳
の者にすら頭を下げた。……情報が欲しい。その為には、どんな可能性でもみすみす逃す訳
にはいかなかった。
 この恋は、叶わない。この歳にもなって、灯り続け過ぎだ。
 愛されたまま死んだ人間とは──最強だと思う。
 後悔、憎悪、欲望。苦しく辛い過去が人をその日々の囚われとするように、美しく輝いて
いた記憶もまた、人を在りし日々に繋ぎ止め続けるのだから。
「──嗚呼、憶えとるよ。儂にもよぉ話してくれたのう。ほんに、嬉しそうな顔をして。お
似合いの夫婦じゃった。それが、ああも早く……」
「……ええ」
 何度心が折れそうになったか。何度このまま彼らの一人になってしまおうと思ったか。
 靴が二足三足と磨り減るほど王国内や周辺国を歩き、一軒一軒根気よくかつての同僚達を
訪ねて回った。ただあの場所を、それだけに取り憑かれるようにして頭を下げ続けた。
 そうしてようやく見つけたのだった。王国辺境に隠居していた一人の元騎士から、件の丘
についての詳しい話を聞く事が出来たのである。
「西の国境近くにある、メリモアという町じゃよ。のどかな避暑地でな。別荘区がある森を
抜けた先にある丘が、それはもう見渡す限り一面のマーガレット畑なそうな」
 夫人からだけではない。この老騎士(せんぱい)は、亡き伯爵からもその思い出話を聞い
ていたという。
 思い出すだけで彼も幸せそうな表情を浮かべた。そして一瞬、フッと失われたものらを想
って哀しげに微笑(わら)い、請うハウゼンに詳しい地図を書き記してくれる。
「奥様に宜しくのう。この身体が現役なら、お見舞いに馳せ参じたものなんじゃが……」
「お気持ちだけで充分ですよ。きっとお伝えします。本当に、有難うございます」
 ぺこり。言って深々と頭を下げる。
 夫人から暇を貰ってから、三月目も半ばを過ぎようとしていた。


「──これ、は……」
 急ぎ一度件の現地に赴き、地元の人間にも確認を取ってからハウゼンは長旅の疲れも構わ
ず屋敷に舞い戻った。
 お辞めになったんじゃあ……? 屋敷の者が少なからずそう驚いた様子を見せたが、そん
な遠回しな毒舌を相手にしている場合ではない。夫人を除いた彼らに密かに集まって貰い、
ようやく温めていた計画の全てを話して協力を請う。
 たとえ落ちぶれても出仕する者か。ハウゼンの提案にその殆どが快く賛成してくれた。
 ただ唯一、夫人の体調を心配する執事長だけがすぐその場で頷いてくれなかったのだが。
「あの時の……マーガレット畑……」
 それでも彼を説得し、ハウゼン達は可能な限り早い計画の実行に奔走した。医師とも念入
りに相談し、どうしても長旅になるこの遠出に心を砕いた。
 借り取った馬車に揺られ、数日。ハウゼンに全てを聞かされた夫人を始めとした一行は件
の花畑がある丘へとやって来ていた。メイドが彼女の乗る車椅子を押す。母の思い出の場所
へ──おそらく最後の思い出作りになると、すっかり成長したマーガレットとその夫や子供
達も駆けつけてくれた。
 隣を歩き、ハウゼンはこの数ヶ月でまた一層彼女が痩せ細ったのを見て苦しくなる。
 だがそんな夫人自身は……再び訪れる事の出来たこの場所に、感涙すら浮かべんとする勢
いで瞳を震わせている。
「はい。以前、何度かお話してくださった、旦那様より求婚された場所です。間違いは……
ありませんね?」
「ええ。ええ。ここよ、間違いないわ。嗚呼、何て事かしら……」
 季節はちょうど初夏。目の前には緩やかな丘陵と、その遠くにまで一面咲き誇る白や黄、
ピンクのマーガレット畑が広がっている。
 そっと、ハウゼンが傍から気持ち覗き込むようにして確認をした。それを夫人は振り返る
余裕もなく、只々感動のままにこの景色を目に焼き付けようとしている。
「……よかった。奥様、凄く嬉しそう」
「そのようですね。一時はどうなる事かと思いましたが」
 メイドに執事に。同伴の面々がめいめいに同じくこの風景を眺めている。日は強めに差し
ているが、風が中和してくれている。何よりこの眼前一杯に咲き誇る花々が、そんな思考を
サァッと取り払う。マーガレットやその夫子も、思い思いに母に寄り添ったりご機嫌にこの
中を駆け回ったりしている。
「お母様。よかったわね」
「ええ……とっても。あの人を思い出すわ。顔を赤くして、それでも必死に、私に結婚して
くださいって言ったっけ……」
「お義父上、か。素敵な人ですね」
 酷く安堵したような表情(かお)。そんな夫人の横顔を、ハウゼンは静かに見ていた。
 あそこには、隣には立てない。今はもう、既に娘や婿、孫までがそこにはいるのだから。
「ハウゼン。本当にありがとう。また此処に来れるなんて、思ってもいなかった……」
「……いえ。もう出番も少ない武官に出来ることを、私なりに考えたまでの事です」
 そこからゆっくりとこちらに振り向いてくる。眩しい光景だ。ただ静かに、そう謹んで自
らの労苦は隠し通す。
「……ごめんなさい。貴方には、辛い思いをさせてばっかりね」
「──」
 だから、次にその一言が紡がれた時、ハウゼンは思わず伏しがちな目を見開いていた。
 何の謝罪だ? 彼女はそっと苦笑している。この場所を探し出したことへの労いか、それ
ともまさか、自分の抱いてきた想いに気付いていたのか。
 ぐらぐらと瞳が揺れる。おずっと、ハウゼンは彼女の方へと顔を上げていた。
 何も言わない。ただ夫人は心なし申し訳なさそうに眉を下げつつ、しかし優しく柔らかく
微笑んでいる。
「ハウゼン」
 ふわっと風が吹いた。白、黄、ピンク。慎ましやかで美麗なマーガレット達が揺れる。
「……本当に、ありがとう」
 微笑(わら)っていた。
 あの日心奪われた、かつての微笑みと何一つその本質を損う事なく。
                                      (了)

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  1. 2015/04/26(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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