日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「振子断片詞」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:骸骨、メトロノーム、記憶】


 この世に百パーセントの善人はいないし、百パーセントの悪人もいない。
 きっとどちらも在るのだ。きっとそれらは同じ人間の中に混在しているのだと思う。
 だとすれば、これらは私達の中でどんな姿形をしているのだろう。
 白と黒の絵の具を垂らし、常に流動的に混ざり合う水面だろうか? それとも善と悪、秩
序と混沌を絶えず行き交う振子のようなものだろうか?
 私は断言する。果たしてその答えは後者だった。心とはそんな澄み切った自然ではなく、
もっと無機質でシステマティックな機構として顕現するらしい。
 それは常に左右に揺れている。秩序・保守から混沌・破壊の側へ、混沌・破壊から秩序・
保守の側へと。
 なのにこの揺れ幅や速さは、人によって全くと言っていい程違う。また同じ人間であって
も生きているその時々(ステージ)によっても大きく様相を異ならせている。
 私は観ていた。そこには“錘”が通されている。
 想像してみて欲しい。振子が揺れている。金属質でカチコチと鳴っている。それらは個が
生きている限り、そのエネルギーで動き続け、その振子の芯には幾つもの“錘”が通される
ことでその触れる速さや幅といったものを変える。
 ……思うに、この錘とは“背負ったもの”と言い換えられるのだろう。
 性格、それらを形成してきた過去の記憶。もっと言えば魂を傷付けてきたトラウマ達だと
言っていい。飢えへの恐れ、面子、名誉、家族という重し、何よりも罪の意識。それらが彼
の振子に次々と“錘”を付けさせ、その振れ幅を速く大きなものにしてきた。
 即ち、短い訳だ。
 重い錘が振子の奥深くまで刺さっていればいるほど、その動きは速くなる。
 錘がたくさん纏わりつき振子全体の多くを覆うほど、その幅は大きくなる。
 秩序と保守、混沌と破壊の間を、気付けば彼は何度も何度も短いスパンで往復していた筈
だ。心の中で優勢を保つものが、目まぐるしく変わる。そこへ彼自身の選択が加わり、因果
が完成する。
 ……もし彼が彼として過ごした人生が、運命が、そうして密かに酷く機械的に分岐してい
ったのだとしたら? もし振子の“錘”を遡って触れられるのだとしたら?
 ……助けたい。
 あんな運命を辿っていった彼を、私は助けたい。無かった事にしたかった。

 ***

 彼はごく普通の、しかしちょっとだけ裕福な家庭に生まれた。
 両親はとある小さな会社の役員を務めていた。故に収入は並よりも少しある。その時点で
だけなら間違いなく彼は有利であったのだろう。
 しかし、彼には三つ上の兄がいた。そしてその兄はとても優秀な子供だった。
 初めての子という事もあったのだろう。彼は弟として生まれても、自分は充分に愛されて
いなかったのではないかと私に語っている。兄は優秀だった。幼子の頃ならまだしも、自分
達が生長するにつれ、両親のみせる接し方の違いは子供心ながらに差別・区別というものを
否応なく実感させられたらしい。
 最初は、憧れた。そして目標にしようとした。
 彼は兄ほど優秀ではない。しかし黙々と一つの事に取り組む集中力と、独りであっても無
闇な寂しさを覚えない感覚器を備えていた。
 憧れた。兄さんみたいに、なりたい。
 彼は一生懸命勉強した。兄には及ばなかったけれど、いつも兄について行き、注目される
その才能をみて、彼は一生懸命学び取ろうとした。兄に相応しい弟であろうとした。
 ……だけども、やがて彼は気付いてしまう。
 どれだけ自分が成果を出しても、褒められるのはいつも兄だった。
 どれだけ自分が成果を出しても、兄はいつもそのずっと先に立っていた。
 少年だった彼に、ある疑問が過ぎる。
 本当に自分は、兄さんみたいになれるんだろうか? 兄さんのように、本当に両親に愛し
て貰えるのだろうか?
 没頭するその性格が、徐々に険を帯び始めた。
 独り兄に追いつくべく、両親に皆に認められるべく、机に向き合っていた自分。
 独り兄に追いつくべき、両親に皆に認められるべく、密かに運動場に通い詰めた自分。
 だが誰も知らない。誰も見てくれない。ただ人伝に耳に届くのは、○○君(兄の名だ)は
あんなに明るくて頼り甲斐があるのに、弟の方は何だかパッとしない。地味だなという周り
の大人達の評。なき者として扱う子供達の眼。あ、いたんだ……。気付いてしまった事自体
にばつが悪そうになる、その態度。
 同じにはなれなかった。もがけばもがくほど、自分達が違う存在なのだと突きつけられる
ばかりで。
 やがて彼は放棄するようになった。兄と同じものを得ようとしても、兄にはなれない。気
付くのが遅過ぎた。黙々と独り努力する子よりも、明るく皆の輪の中に入っていくような子
が愛される。
 ズシン、ズシン。彼の振子に錘が突き刺さる。
 それは“罪悪感”と“劣等感”だった。
 ズシン、ズシン。彼の振子に錘が突き刺さる。
 それは“諦め”と“嫉妬”だった。

 故に、彼の少年期から青年期を知る他人(ひとびと)は口を揃えてこう言う。
 ──弟さんは何というか、自由な子よね。
 彼は放棄し、諦めるようになっていた。兄と同じ場所に、同じものを得られないのだと悟
った彼は、それまでの時間を取り戻さんとするかのように“自分”を満喫しようとした。
 模範的な学生なら、兄さんがやっていればいい。
 自分はそうでない学生になろう。自分が自分である、兄や両親に寄り掛からずともそれを
証明し、誰かと繋がることができれば充分だと願ったのだ。
 だが……それはまたしても、当時を振り返る彼に言わせれば失策であったのだという。
 大人達は嘆いた。彼の変貌を“悪”だと断じた。
 ○○君はあんなにも優秀な生徒なのに、何故ああも悪い子になってしまったのか。
 ○○君を見習いたまえ。弟なんだろう? そんな連中とつるんでいないで。成績だって、
入学以来どんどん下がっているじゃないか──。
 不良。そこまではいかなくとも、手の焼ける問題児。
 当時の大人達は彼にそんな評を持っていたようだ。学校とはある意味、工場である。社会
に出てその歯車を回すに適した人材を、ルールと価値観、知識を叩き込む場所だ。逆らわれ
ては困る。嗚呼、また一つ“不良品”が出てしまうではないか……。
 彼の成績は当時、大抵赤点ギリギリを彷徨っていたらしい。
 その度に彼は大人達に注意された。両親にも注意され、呆れられた。
 だがこれだけははっきり覚えているという。その時、兄はいつも生気のない眼で自分を遠
くから見ていたと。
 兄貴──あんたは一体、何を考えてる?
 紛れもない兄弟である筈なのに、気付けば彼らの間には如何ともし難い溝が、暗く広い川
が隔たっていたようだった。そうごちていたのを記憶している。両親の眼が、あの頃よりも
明らかに自分を邪険にするのを感じ取っていた。
 ──いいのよ、○○。あの子はもう好き勝手やってるから。
 ──お前はお前の道を進め、○○。期待してるぞ。
 何度か扉の向こうでそんなやり取りを聞いていた覚えがある。彼はその度、もうあの頃に
は戻れない、進み続けるしかないのだなと自嘲(わら)っていたのだそうだ。
 ズシン、ズシン。彼の振子に錘が突き刺さる。
 それは“決別”で“憎しみ”で、“自尊心”だった。
 彼の振子に触れてみてはっきりと分かる。少なくともこれより以前から錘を外し、取り替
えてみせなければ、私は彼を救うことは出来ないのだと。

 そんな彼が、成長して夢中になったものがある。演劇だ。ふとした切欠で、全くの他人に
なりきり人々の眼を集める事ができるその営みに、彼はのめり込んでいた。
 私が彼と出会ったのも、この頃だ。俺にはこれしかない──そう熱っぽく何度も語ってく
れながら、しかし何処かその瞳の奥はどうしようもなく暗さを孕んでいた気がする。
 ひょんな事から出会った私達は恋に落ち、やがて一緒に暮らすようになった。
 小さなアパートの一室。でも私は幸せを噛み締めていた。
 だけど……今思えばそんな私の存在が、彼を余計に苦しませていたのかもしれない。結果
あんな事にもならなかったのかもしれない。
 彼は役者の卵だった。毎日熱心に稽古をつけて貰い、自らも繰り返し学び、かと思えば夜
なり昼には幾つものバイトを掛け持ちする。
 知っている人も多いと思うが、役者ってものは中々食えない。自由業というか、サラリー
マンではないような腕一本の技術職というのは、全般そんなきらいがあるけれど。
 だから内心、ちょっと負い目はあった。
 私は小さな会社の経理係。彼は不安定な収入の劇団員。
 実際、周りから何度も言われたものだ。あんな男とは別れなよ、苦労するだけだよ。好き
勝手してそっちの道に逸れたんだ、貧乏で当たり前。自己責任だよ──。
 彼の事も知らないで……。私は内心憤りでいっぱいだったが、結局ろくに反論もせず受け
流すいつもの処世術ばかりだった。
 彼に迷惑は掛けられない。彼の収入が不安定なのは事実だから、きっちり私が稼がなくっ
ちゃ……。二人で歩いていくって決めたから、助けられる所は絶対に助けてみせる……。
 でも、それが何処かで彼を苦しめていたのかもしれない。
 彼は時々私に謝った。稼ぎが少なくてごめん、もっといい暮らしをさせてあげればと。
 私はその度努めて微笑(わら)った。貴方が謝る事なんてないの。だって貴方には夢があ
るんでしょう?
 ……残酷な微笑みだったなと思う。ただでさえ彼自身で追い詰めていたその夢(のろい)
に、私は励ますようで拍車を掛けていただけかもしれないんだから。
 ズシン。もしそうならば、彼の振子に錘が突き刺さっていた筈だ。
 それは“守るべき人”──恋人だったり、もしかしたら妻子になっていたかもしれない。
 一般にはそれが一人前だと云う。
 だけど、少なくとも、彼には一層の重荷になっていたに違いないのだ。
 彼は疲弊するようになっていた。頬はやつれ、努めて向ける笑みにも力が無い。
 だから……あんな事が起こってしまった。振子はついに混沌と破壊の側にある時その事件
を迎え、彼に選択を迫った。
 錘を背負い過ぎた振子は中々戻らない。
 ……私の、所為だ。

 詳しい経緯を聞いたのは、実際に事件が起きてから何日も立ってからだ。
 彼の所属していた劇団が、取り潰しになった。
 原因は経営難。弱小のそれには決して珍しい事ではない。……だが、その債権を買い取っ
たのが他ならぬ、実業家として成功した彼の兄だったことが事態を大きく拗らせてしまった
一因だと私は考えている。
 曰く、彼は元グループが抱えるこの不採算な劇団を切り捨てようとしていた。更にそこに
実の弟が加わっていた事も事前に把握した上で、だ。
『──××(彼の名だ)、こんな小さな劇団にいてはいつまで経っても夢など叶わないぞ。
僕と来い。うちにはもっと大きな劇団がある。そこへ入れてやる。お前が望めば、いい役を
得られるよう手を回してやってもいい』
 そんな一言が、決定的な引き金となった。
 彼の兄はごく当たり前にと口にしたのだろう。だがそれは、他ならぬ彼の誇りを真正面か
ら否定し、酷く傷付けるものだった。
 それまでの全てが、彼を“鬼”に変えた。
 決して越えられなかった優れた兄。その呪縛から卒業し、たとえ苦難でも自ら決めた道を
貫こうとしたこの十数年。
 しかしそれを、この兄はにべもなく切り捨てた。まるでくだらないと吐き捨て、再び自分
に兄という名の鎖を結び付けようとする。
 あんたって奴はァ──!! 彼の中の振子が混沌と破壊に振れていた時、彼はその選択を
した。次の瞬間、彼はまるで予想だにしていなかったこの兄に組み付き、その顔が酷く変形
するまで、血塗れになるまで殴り続けた。
 ……こんなモンかよ。俺の人生ってのは。
 返り血を全身に浴びて、涙も枯れ果てぐったりと馬乗りになったままの彼。その姿を発見
し、取り押さえた第一発見者の警備員が、その時彼がそんな言葉を弱々しく吐き出していた
よと話してくれたのを私は今でもはっきりと覚えている。

『ごめん……。やっぱ俺、駄目だった……』
 私の大切な人は、殺人者になった。
 留置所に駆けつけた私に別れ話を告げ、そう彼は静かに自嘲(わら)っていた。
 そんな彼が同所内で首を吊った状態で発見されたのは、それから一週間も経たずしての事
である。

 ***

「──駄目。これでも……変わらない……」
 ぶつぶつと、彼女はその部屋に引き篭もったまま呟き続けていた。
 まるで地下室のよう。その中心には、かつて人間の男性だったらしいものがそっと寝かさ
れている。一体いつ亡くなったのだろう。腐敗が進み、その身体からは異臭と、剥がれ落ち
た肉から迫り出す骨が全身のあちこちに見える。
「変わらない。これでも変わらない。何で? 何で? 何で……??」
 部屋の中はまさに異常であった。この男性の遺体を中心に薄暗い室内は円や曲線で描かれ
た複雑な文様──いわゆる魔法陣が描かれ、その彼から枝分かれして描かれている小円らに
は、骨格を思わせるデザインの機械式振り子がカチカチと、それぞれ不気味な音を立てなが
らバラバラの揺れを刻んでいる。
「何で、何で、何で、何で、何で……?!」
 あああああっ! その一つにじっと手を乗せていたこの女性が、何度目ともならぬ奇声を
上げながら激しく髪を掻き毟っていた。
 長く肩甲骨まではある黒髪。それは今や、何かしらの狂気の末に酷く痛み、ぱらぱらと周
囲に抜け落ちている。
 カチリ。振り子の錘を彼女が一つ取る。或いはそっと、嵌め込む位置をずらす。
 すると他の振り子の動きが変わった。カチカチと、しかし相変わらず統一されない動きで
各々の触れ幅と速さをもって揺れ動く。
「まだよ……。まだ、まだ間に合う。待っててね? すぐ、目覚めさせてあげるから……」
 濁ったような黒い両の瞳。
 掻き立てられるままに、手元に広げた不気味な古書を時折検めながら、彼女はこの骨格を
思わせる振り子達を、その“錘”を何度も何度も弄り続ける。
「嗚呼、もっとよ。もっと、もっと一つになって──」
 カチカチ、カチカチ。秩序と保守、混沌と破壊。
 文字通り個人(ひと)の運命を左右するそれに、独り延々と挑みながら。
                                      (了)

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  1. 2015/04/19(日) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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