日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)平行線なるこの世界で

繰り返した雨日もあり、近所近隣の桜がすっかり葉桜となっています。

個人的には瑞々しい緑を生やして青空に揺れるさまも趣があるもんだと思うのですが、それ
を何となく言ったら、家人に真っ向から否定(咲いてる桜の方が綺麗に決まってるだろ常考)
されたりなど(´・ω・`) 暫くぶりです。こんにちは、長月です。気付けば花粉症も出なくな
っていますし、一見まったりとしているようで季節は着実に流れているんだなあ。

先日、サハラ~の二章をUPしました。これで1エピソード目終了。なろうさんの方で粗筋欄
にも併記してあるように、基本二章で1エピソードの前後編構成として進んでいきます。既
存の拙作らと共に、手に取っていただければ幸いですm(_ _)m

……いやぁ、何とかなりましたね。
月二・週一の三作更新などどうなる事やらと思いましたが、更新後の休養期を含めても一作
の執筆とそれを二週スパンで見ていればある程度余裕をもって臨めそうです。まぁ相変わら
ず三題の方は週末~週明けにかけて毎度ひーこら言っていますが;
更に望み、自身に課し律するとすれば、こなす事自体を目的化し過ぎず“慣れた文章で書く”
ことから外れた鍛錬を意識していきたいものです。
(何だ思ってたよりこなせたじゃん。もう一作ぐらい増やそうかな……? なんて調子乗り
は、どう考えても自分の首を締めるだけですからねぇ。適正規模適正規模……)

創りたいものが多過ぎる、と前回の雑記ではぼやいていましたが、やっぱりそれって大体に
おいて不毛──実際の生産性には乏しい悩みなんでしょうね。贅沢だというか。
形容が上手くできないかもですが、結局は“空を切る”ようなものなんですよね。実際に形
に出来ているもの、力量や持ちうるエネルギーは手元にあるもので手一杯なのに視線だけは
もっともっとと遠く先ばかりを見ている……。そりゃあ『理想』を抱くのは寧ろヒトの魂を
強く燃やし進む力にこそなりますが、ややもすると彼の者を暴走させ歪みを生むものです。
自分自身も、数こそこさえど、さてそれら物語達にそこに生きるキャクラタ達に充分な愛情
を注いできたかと問えば──力強く首肯できない(語る為の駒であった)部分が少なからず
あるように思います。
物書的愉悦(ライターズハイ)。アマに甘んじるままの惚気。
願わくばクールにスマートに、寡黙に創り続けられる男でありたいなぁと。

少しずつ成長して。
それでもって、動くφ(・_・)


「人はわかり合える」は世の理想でありましょうが、それが無理なら
「人は理解できなくとも許しあえる」を目指して(家族や親戚付き合いに多し)これも無理
なら「人は許しあえないが無視しあえる」でお互い自分の幸せを求める方向でひとつ
(ツイッタ上より引用)

「何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ!」とは言うけれど、「何が好きか」さえ他人
を殴る棍棒に変えられる魔術士がネット上には多すぎるので、もういっそ「自分を語るなよ!」
でいいと思います。
(同上)

『そもそも(ネットを通じたやり取りにおいて)相手を理解しようとする頭があるかい?』
(by 主治医)

先日、またげんなりするものを見てしまいました。
何となく居間にいて、母が夕方のニュース番組を見ている時でした。ちょうど原発再稼動の
準備(安全審査)が信用ならんとしてその差し止めを求めていた裁判において、原告が勝訴
したというものでした。
……今日び、あまりこの手の話題を雑記の取っ掛かりにするのはリスキーなんですけどね。
でも僕はそのニュース映像を見ていて何とも胸糞悪い思いがしたものです。
そりゃあ、東日本大震災であんな“津波”事故があったのだから原発が無いに越したことは
ないんでしょうけど、実際問題既に作られてしまっている訳で、無くそうにも即ポイするの
は不可能な訳です。そもそも代替エネルギーと言ったって火力は燃料を燃やしCO2は出る
し、水力はダムが要って村一つ消えるし、エコなエネルギー云々もまだ技術的にも採算的に
も実現するのは難しいそうじゃないですか。ただでさえ、あちこちの発電所が止まって電気
代がバカスカ上がっているっていうのに……。
「勝訴」「司法は生きていた」なんて垂れ幕を、テレビの向こうの原告らは仰々しく掲げて
いました。周りを囲むマスコミに対し、さも“勝利宣言”のような弁護士の無駄に熱の篭っ
た主張が公共の電波に乗る……。
元より僕自身、そう権力ってものに(中身は結局人間なんだから)全幅の信頼を置いている
訳ではないのだけれど、やっぱりああいうのを見ると厭になりますね。ぶっちゃけ胸糞悪い。
ああやってさも、法とか権威を笠に着て自分達のイデオロギーを外へ外へとアピールしよう
という意図が見え透いていると物凄く冷ややかになってしまうのです。
必要ないでしょう? 別に垂れ幕とか囲い込みの勝利宣言とか。だから厭なんだ。ルールと
して決まっているから問題ない──けれど、そういう仕組みをフルに利用してでも自分達の
イデオロギーを世に布教させしまんとする姿は……何度見てもげんなりするのです。きっと
僕の中の原風景がそれを「諍い」と認識させているからなんでしょうけど……好きじゃない
やり方なのは間違いない訳で。

少なくともですね? 僕は何かしらの事象、問題提起がイデオロギー(の対立)になってし
まった時点で『駄目』だと思うんですよ。また引き合いにしますけど、実際フクシマはそう
なってしまったじゃないですか。
「何か知らん人達が叫んでる」「関わったら面倒そう……」
彼ら喧伝家(この場合、反対運動家)の罪は重いと思いますよ? 何せ僕らがきちんと向き
合うべき問題の一つであるのは間違いないのに、彼らがアンチ勢力としてしゃしゃり出て来
てしまったことで人々の“凝視”を奪ってしまったからです。
何となく口にする事も、議論の俎板に乗せる事すらもタブーになってしまった感がある。
イデオロギー化とはそういう邪悪を含むのです。個人的には件の訴訟で『無言でいる人達は
賛成しているのと同じだ』と原告らが言っていたのが「あ~、こりゃアカン」と思った原因
の一つですね。だってこれは即ち“俺達に味方しない奴は敵だ”でしょう? まんま闘争じゃ
ないですか。そんな臨み方をするから、他人が逃げていくんだろうに。その“理想”が悪癖
となって歪むんだろうに……。

……今に始まった事ではないとはいえ、どうにも世の大人達というのはお互いに相容れなさ
過ぎる気がします。切に。政治なり法律なりは素人に毛が生えた程度の自分ですが、そんな
人間でも「もっとやりようがあるだろ」と思うケースは枚挙に暇がありません。
件の反原発、米軍基地の辺野古移設、大阪都構想の騒動 etc──。
思うに、そもそも彼らは相手方と『議論』しようとか『折衝』しようって気がないんだろう
なぁと見えます。手続き上多少避けては通れない部分はあるにしても、基本ああいう手合い
は自分のやりたいこと(○○断行、○○阻止=イデオロギー的な理想像)の実現を先ず第一
にしている気がします。その事で頭の中の大部分が占められているように見えます。

お互い同じ世界に立っているのに、平行線。てんで違うY軸でベクトルで。
そりゃあ拗れますよ。彼らは多分内心「議論」なんてしたくないんでしょうから。自分達の
理想(もくてき)の為には先方など“障害”でしかない。敵だという体で“闘おう”とする。
だから……拗れる。
槍を引っ下げ、親指を下に向けて突っ込んでくる相手に笑顔で話し合おうなんて人間、いる
訳ないじゃないですかいたら大体そういうのはスパイの類ですそりゃ迎撃しますよ。
そうなればアウトです。議論の前に戦闘だ。理想に燃え過ぎ、それを現実にする為の道中の
ステップを軽んじていると言わざるを得ない。暴力的だ。イデオロギーと化した事象とその
周りの人々が疎まれる、それらに言及する言葉を人々から奪っていく根っこがそこにはある。

「語ればきっと誰かが叩きに来る」
「評論家になるな。気取るな」
「自分の仕事を黙々とやっていればいい。叩かれるのは貴方が何かをなしている証だから」
「アンチがたくさんいるのは人気の証拠」
(↑有名税的な。或いは悪質な信者、とも換言できるか)

言わずもがな、既に言論というフィールドは世の人々の冷笑に晒される領域になっていると
思う。どれだけ彼らが「語って」も、語らぬことで一方向だけに社会が流れていく危険性を
孕むと、それらを何度も穿り返して人々の知性に訴えかけるのが自分達の仕事だと胸を張っ
てみても、今日においてよほど“受け”のいい事を言わない限り彼らは大なり小なり冷笑の
対象にしかならない。或いはアジテーター(扇動者)の誹りを受けるばかりだろう。
かくして人々は口を噤む。
何某かの無力感。黙っていればそんな輩、喧伝家らに都合のいい世の中になっていくばかり
なのだとはきっと皆何処かで分かってはいる。
だけど──リスクが大き過ぎる。リターンが少な過ぎる。
ことネット上では。良しにつけ悪しきにつけ猛烈な拡散速度をもつツールが普及した現在、
一つの言質はその人の人生すら破壊する爆弾になりうる。まして議論なんて中々成立しない。
お互いがむしゃくしゃを残すか、似た意見同士でお互いのイデオロギーを舐め合うか、そも
そも説得した所で論破した所でその相手が“改心”する確率は非常に低い。払ったコストに
リターンが乏しいのだ。だから結局「諦める」「遠ざかる」「関わらない」が最良の選択に
なってしまう訳で。なので極力傷付けず不平不満を吐き出すなら、もっとクローズドで寛容
された場所──所謂“居酒屋でごちる”的なものでその都度己の中のもやもやを薄める程度
しかその実無いのだと思っていい。愚痴は心の吐瀉物(ゲロ)。後始末、できますか?

……諍いは、厭いだ。だが改めて、その本質は(ほぼ)決して交わらぬ人々の思想、思いが
軸ごと違うベクトル過ぎることへの失望感なんだなと思う。

個人という人間は、必ずしもクソッタレではない。
だが集団というものは、布教というものは、得てして彼を誰かをクソッタレにしうる。

……でも結局こんな僕の雑感も、同じく僕の厭いな人達を腐す為のものでしかないのかなあ。

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  1. 2015/04/17(金) 22:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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