日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「円結び」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:神様、破壊、観覧車】


 巷の噂なんてものは、得てして話半分以下が実際なのだろう。
 夕暮れのショッピングモール。祐二は連れ立つ買い物客らを遠巻きにしながら、一人ぽつ
ねんと階段傍の柵に背を預けていた。
(畜生……)
 その表情はずんと沈んだ涙目。打ちひしがれた心は少なからずささくれ立っている。
 自分だけが独りのような気がした。目の前を通り過ぎていく人々が、親しげなそれぞれの
横顔が妙に憎たらしく感じられてしまう。
 円乗祐二はつい先刻、振られた。自分では脈ありと思っていた同級生の女子とのデートの
末、悲鳴を上げられながら逃げられてしまったのである。
「……はあ」
 ぐったり。柵に預けた背に脱力感が増す。
 こんな筈じゃなかった。いや、そもそも自分の思い上がりだったのだろうか。
 このショッピングモールの屋上にある観覧車。そこにはある都市伝説がある。ゴンドラが
最頂点に達した時告白すれば、その恋は成就するというものだ。
(まさか乗るよりも前に、嫌われちゃうなんてな……)
 しかし彼女とそれに乗る事は叶わなかった。早めの食事をし、さあいよいよ予定していた
メインイベントだという時、急に彼女は拒むように慌てその場から逃げ去ってしまったのだ
から。
(焦り過ぎたのかなあ……?)
 正直、興奮していたのかもしれない。きゅっと手を取り、迫るように身を乗り出して一緒
に乗ろうと口を開くその直前に、彼女は「ひっ!?」と怯えてしまった。
 掌でそっと顔を覆い、酷く自己嫌悪に陥る。これじゃあケダモノじゃないか。
 こんな筈じゃなかった。
 自分はもっと、彼女の事を大切にしたかったのに……。
「……。どうすっかな」
 うじうじと悩み続けること小一時間。かくして祐二は独りショッピングモールの大通りに
て腐っていたのである。
 彼女には逃げられてしまったのだ。もう此処にいる必要はない。だが、だからと言ってあ
っさりと家に帰っても虚しい──何だか色々と“負けた”気がしてどうにも足が重い。
 ただ時間だけが過ぎていた。
 本来の予定なら、とうに件の観覧車に乗って彼女にちゃんと想いを伝えている頃だ。それ
だけ今回に懸けていただけに、はたと空いてしまった時間の穴は酷く深く大きいように感じ
られてしまう。
「……。一応乗っておくかな」
 だから傷口が痛んでも、祐二は何となくそんな選択をしていた。予定だった事を止めて帰
ってしまっては、どちらにせよ敗北──挫折感は纏わりつくような気がして。

 ゆらり。彼はその場から歩き出し、昇りのエスカレーターに乗って行った。
 それが自身を、摩訶不思議な体験に誘うとは知らずに。

『好きだ。付き合ってくれ』
『うん……愛してる』
 分かっていた。分かっていたさ。祐二はゴンドラに揺られながら項垂れる。
 屋上、夕暮れの観覧車。何となく予定を消化しなければとたった一人でそれに乗り込んだ
彼だったが、ゴンドラが半周もせぬ内にそのヤケクソ気味な行動が如何に愚かであったかを
痛感することになる。
(爆ぜろ……! ぢぐじょう……っ!)
 人間というのは影響され易いもので、この日も観覧車には多くのカップルが乗っていた。
 一個前の男女も然り、二個後ろの若い夫婦も然り。
 並んでしまった以上逃げるに逃げられず、祐二は只々彼らのゴンドラ越しに見えるイチャ
つきっぷりに独り血涙を流すしかない。
「ぢくじょぉぉ~! 何で俺、こんなトコに来たんだよォォ~?!」
 ガシガシと髪を掻き毟り、床にひれ伏してぐちゃぐちゃに入り乱れる感情に悶々とする。
 気持ちその悶えでゴンドラが揺れていた。勿論他のそれに乗る客達が彼の苦悩や事情を推
し量る筈もない。
 やっぱり惨めだった。敗北はれっきとした事実な訳だから。
「くそぅ、何が恋が成就するだよ。嘘っぱちじゃないか……」
 故に祐二は泣いた。誰にともなく恨み節を呟いていた。
「──ごめんなさい」
「ああ、分かりゃいいんだよ。分かりゃ……ん?」
 その刹那、ふと聞こえる筈のない声に謝罪されて。
「な……何だ、お前!?」
「? 結乃(ゆの)が視えるの? お兄さん」
 そこにいたのは、一人の幼い少女だった。
 髪はおかっぱ。人形のように小柄で可愛らしく、現代に珍しく着物に身を包んでいる。
「見えるってそりゃあ……。っていうかお前、いつの間に? このゴンドラには俺一人で乗
った筈だが……」
 最初、祐二は何を言っているのか分からなかった。噛み合わなかった。
 目の前、この狭い密室にはいつの間にかは分からないが確かに、自分ともう一人この和服
幼女がいる。
 祐二は混乱した頭で彼女を指差していた。
 念の為に目を細めて記憶を辿ってみるが見覚えもない、連れ込んだ覚えもない。
 それに何だろう? この少女、妙に淡い光を全身に纏っているような……。
「だって結乃、ずっとここにいるから。ここがおじさん達に壊されて、おっきな建物になる
前からずっといるから」
「え……?」
 思わず目を瞬く。つまりショッピングモールが出来る前、という事だろうか。
 いや、それはおかしい。だってこの辺りの再開発はもう十年近く前から始まっていた筈だ
から。この子の外見と実年齢が一致しない──化け物でもない限り、整合性が合わない。
「……まさか。君、幽霊? さっきからほわほわした光も出てるし……」
「うーん? 分かんない。気付いたらここにいるの。出ていけないの。だからずっと、ここ
に来た人達を見てる。困ってそうなら、助けてあげてる」
 言って、幼女は窓の外、一つ前のゴンドラを指差した。
 相変わらず中では、密室をいい事にカップルがイチャコラしている。爆ぜてしまえ。
「“縁”が出来てる人達の糸を強くするの。そうすれば皆笑顔。結乃も幸せ」
「……」
 そしてにぱっと笑う。まさか……。祐二は正直半信半疑で思った。
「もしかして君なのか? この観覧車で告白すると恋が叶うっていう、噂が立った原因は」
「? コイ? 分かんない。でも他に結乃みたいな子はいないよ? いたら気付くもん」
 目を見張って、しかし間違いないと確信する。
 この子の所為だったのだ。詳しいトリックは分からないが、多分オカルティックな何かを
使っているんだと思う。
 もしこの子が話している通りなら、ご利益は本当だった訳だ。
 何せこうして実際に幽霊──もとい縁結びのロリ神様(仮)が居るのだから。
「……そういや。さっきごめんって言ってたけど」
「あ、うん。お兄さん泣いてたから。また結乃のせいなのかなって思って……。結乃の事、
視えるなんて思わなかったけど」
「そっか。悪ぃな、みっともない所を……。ん? またって何だ? 前にも似たような事が
あったのか?」
 やっぱしっかり目撃して(みられて)いたのか……。
 ばつが悪くなって思わず頬を掻きながら、しかしふと祐二は気付いて訊ねた。
 危うく聞き逃しそうなほどさらりと言っていた。見ればその笑みは気持ち、ふっと影が差
したようにもみえる。
「ううん、そういうじゃないけど……。やって来る皆を笑顔にしてたら、何だかどんどん来
る人が増えちゃって、騒がしくなってきちゃって……」
「……」
 話からして、件の縁結びの事だろう。どうやら本人はあまり深く考えずに良かれと思って
それを続けていたようだ。
 だが人間というのは、自分も含め、正体不明なものであってもご利益やらジンクスやらに
縋ってでも「得」をしたがる生き物である。元々この辺りは古い住宅街だったというから、
さぞこの子にとっては随分と景色も人も変わってしまったと感じられるに違いない。
「……嫌か?」
「ふぇ?」
「寄って集って、お前の縁結びを当てにしてくる奴らが……嫌か?」
 じっと考え込む。そして再び問う。彼女はぱちくりと目を瞬き立ち尽くしていた。
 ゴゥン。ゴンドラがその外周の頂点付近に差し掛かる。西日が強かった。茜色の光が、本
来一人しかいなかったこの密室の中の二人を黙して照らしている。
「……うん。だんだん、皆笑ってくれなくなった。嫌な笑顔(かお)してる人、増えた」
「そっか」
 コクリ。小さく幼女の霊が頷く。それを見て、祐二はある決意をしたのだった。
「なら俺に考えがある。ここに立った噂を、台無しにしちまえばいい」

 要するに、この子は八方美人に(みさかいなく)他人を助け過ぎたのだ。
 繰り返すが、人間は現金な生き物である。たとえそれが科学的根拠のコの字もなくとも、
自分にとって都合がよく心地良いものならばオカルトだって受け入れる。最近の言葉回しで
言えばスピリチュアルか。
 だから逆に言えば、そいつらにとって不利益な事をそれを通じて味わわせてやればいい。
そうすればロリ神(こっち)の都合などろくに考えやしない輩は、潮が引くようにこの観覧
車から興味を失う筈だ。縁結びの噂も霧散する筈だ。ついでにリア充どもも爆発する筈だ。
 ……最後のはさておいて。
 とにかく、祐二は早速翌日からこの幼女の霊──結乃と共に行動を開始した。主に人が集
まる週末を狙い、事前に打ち合わせた通りにコンビネーションを発揮する。

『いいか? 全員が全員の縁を結ぶ必要はねぇんだ。俺も手伝う。いい奴らっぽいのだけお
前が手を出してやれ。乗る前の奴らを俺がざっと見当をつける。俺が右手を挙げたら結んで
やれ。左手を挙げたら結ばず、放っておけ。いいな?』

 観覧車が建てられている屋上、その壁際のベンチに陣取り、祐二は終日この観覧車にやっ
て来る客達を観ていた。彼らが列を作る昇降位置に、結乃がこちらをその都度確認しながら
立っている。祐二と彼女らの位置関係は、ちょうど直線上に結んだ視線の先だ。
(赤くて濃い糸……こいつらはベストカップルだな。何だかお互い初々しい──とぎまぎし
てるし、手助けで)
(青くて細い糸……スルーだな。つーか見た目からして男の方、かなり遊んでるだろ。顔が
いいからっていい気になるなってんだ。彼女(あんた)もこんなキザ男に引っ掛かってるん
じゃねぇよ)
(こっちは……糸すらねぇな。論外か。あ~、こりゃあ完全に男が噂頼みでやって来たクチ
だなあ。ツレの彼女も可哀相に。ああ、おいおい。お前、そんな鼻息荒くしてたらキモがら
れるって……)
 事前に、祐二は結乃から“加護”を貰っていた。
 と言っても単に両瞼をそっと撫でられただけだが──それでも効果はてきめんだった。目
を開けた次の瞬間、彼の視界には無数の「糸」が人々の間に見えていたのだから。
 彼女曰く、これが人と人との縁であるらしい。太く頑丈そうなほど強く、暖色であればあ
るほど良い縁であることを示す。逆に細くて数だけが多く、寒色であればあるほどいわゆる
縁──損得勘定を抜きにした絆とは縁遠い。即ち上辺だけの利害関係であるケースが多いの
だそうだ。
 祐二は最初こそ改めて彼女の、縁結びのロリ神様の凄さに唖然としたが、自分にも見分け
がつけばこっちのもの。後は彼女に足りない「取捨選択」をフォローしてやればよい。
(ユージが右手を挙げた……。この人は、幸せになれる人)
(ユージが左手を挙げた……。この人は、苦しめている人)
 ベンチに座って日向ぼっこする暇学生を装い、祐二は列に並ぶカップルを次々に「査定」
していった。結乃から貰った加護の眼をフルに活用し、良縁の者達にゴーサインを、悪縁の
者達にはブレイクサインを出す。
 結乃はやはり祐二以外の他者には気付かれる事なく、彼の合図に従った。頭を掻いたり伸
びをする仕草に交ぜたその左右の手を、一組一組毎に確認してから、彼らの縁の糸を強めた
り、或いは軽く手刀を入れて断ち切ったりする。
 噂を撲滅するだけなら、それこそ片っ端からやって来るカップル達を破談にすればいい。
 しかしここは彼女の居場所でもある。目的がその平穏なのだから、もし観覧車──ひいて
はこのショッピングモールに人が来なくなって潰されてもしたら逆効果である。故にこうし
て彼らを“選別”するのがベストだったのだ。
 ……尤も、左手を挙げるその時に、祐二自身の私怨が混ざっていたのは否定できないが。
「ま、まさか本当に成功するなんて思わなかった……」
「チッ。あの女、ハズレだったな……」
 悲喜こもごも。それぞれに結末を迎えた人々が観覧車を降り、屋上から去っていく。
 告白に成功して仲睦まじく腕を組む男女がいれば、狼の牙を隠していた事がばれ、散々の
喧嘩をして逃げられてしまうキザ男もいた。
 その場にしろ、その後にしろ。
 結乃曰く、一度縁の糸に変化を起こせば、何も起こらない事は無い筈だという。
 そうして……祐二は週末になればこのショッピングモールを訪れ、彼女と共にこの縁結び
の選別を繰り返した。
 元々良縁であった者達はただそっと喜ぶだけだ。しかし悪縁・無縁を無理に結び付けよう
と企んだ者にとっては面白くない。自然、次第に彼らからこの観覧車の都市伝説に対する否
定の風評が流布される事になる。
 一人二人、十人二十人。噂を聞きつけてやって来るカップルは減っていった。同時に祐二
も平日キャンパスでこの都市伝説を耳にする機会も減っていった。
 全ては計画通りだった。
 その、筈だったのだが……。
「──」
 夕暮れ。この日もまた観覧車は幾組みかの客を乗せ終わり仕事を終える。屋上の人影はす
っかり疎らだった。運行を制御する係員を除けば、すっかり此処は──彼女の棲むこの一帯
はゆっくりと静かになった。
「ユージ?」
 自販機の傍で一人ちびちびと缶コーヒーを飲んでいた祐二の下へ、結乃がとてとてと歩い
て来る。ちょこん。小首を傾げながら覗き込まれる。言いだしっぺとはいえ、何だかんだで
この子とも妙な付き合いの長さが出来てしまったものだ。
「何か、辛そう。悩みでもあるの?」
「……別に。大した事じゃないさ」
 それでも子供は子供。純粋というか、鋭いというか。
 祐二はわざと目を逸らし気味に缶に口をつけている。そこまで顔に出ていたか。あの時も
こうやって焦りが彼女を怯えさせてしまったのだろうかと思う。
 ……虚しかった。この子の為に、とは口では言っても、結局はあの失敗した日とそれにも
拘わらず結ばれていく誰かさん達へと当てつけであったのだと自覚している。
 出来る事なら爆発しろ──誰彼構わず縁の糸を切らせる事もできた筈だ。少なくとも溜飲
は下がったろう。なのに今日の今日まで出来なかった。それはお行儀のよい自身の良心って
奴なのか、それともそんなものすらも自惚れや慰みに使っているだけなのか。
 俺は、何をやっているんだろう。
 どれだけ善いカップルを後押ししても、悪い奴らを仲違いさせても、あの日に自分が犯し
たミスと失ったものは帰って来る訳じゃないのに……。
「……結乃。ここも大分静かになったな」
「うん。とっても。これも全部ユージのおかげだよ、ありがと♪」
 にぱっと。屈託無く彼女が笑う。
 だからこそ祐二は、内心の自責の念が益々強くなっていくのを感じた。
「なあ、結乃」
「? なぁに?」
「もうこのくらいで充分だろ。終わらせよう。次に来た奴を捌いて……終わりにしよう」

 だがしかし、その次が中々来なかった。
 これまで散々縁結びの噂をご破算にさせようさせようとしてきたのが裏目に出た格好だ。
翌週末、祐二は例の如く観覧車の見えるベンチで客を待ったが、一向に自分達以外の人間が
現れる様子はない。
「……ユージ。どうする?」
「どうするって言っても……。まぁ、来ないんならそれでもいいよ。今日で終わりだ」
 しゅん。とうに待つのに飽きて隣に座っていた結乃が、あからさまに気落ちした様子で項
垂れる。祐二は苦笑(わら)った。これでも一度は失敗した身だ。こんな小さな子でも、女
の機微は何度も予習復習してきた心算だ。
「……そうしょげんなよ。ここが静かになっても、遊びには来てやる。昼寝には、ちょうど
いい場所になったからなあ」
 わしゃわしゃ。加護のおかげか触れる事もできるようになったその手で、彼女の頭を多少
雑にでもたっぷり撫でてやる。
 若干頬を赤く染めて、えへへ……と笑顔を取り戻し、結乃はされるがままにされていた。
 俺にも妹がいたらこんな感じだったのかな……? いや、そもそもこいつ死んでるけど。
「──円乗君!」
 そんな時だったのだ。祐二は次の瞬間、とうに諦め、あり得ないと思っていた光景を姿を
目にする事になる。
 一人の同年代──女子大生が階段を上がってきて立っていた。
 田丸巴。あの日祐二が焦って失敗し、逃げられてしまった元・意中の人だ。
「た、田丸。何で……」
「キャンパスで色々訊いて回ったの。そうしたら週末よくここに来てるって。……その、謝
りたくって」
「何言ってんだよ。謝らなきゃいけないのは、俺の方だろ。あんな事して、なのに同じ場所
で……」
 暫くの間、二人はお互い黙り込んでいた。
 居た堪れぬ沈黙が流れる。ゴゥンゴゥンと少し遠巻きで観覧車が定期的に周回するリズム
を刻み、祐二の後ろで結乃が目を瞬きながらこの様子に身を強張らせている。
「……此処に、連れて来るつもりだったんだ?」
 だが、やがて沈黙を破ったのは巴の方だった。辛そうに見つめ合っていた視線を一度ふっ
と外し、空高くそびえる観覧車の方を見遣る。
「知ってるよ。あのてっぺんで告白すると、恋が叶うんだよね? 何故か最近はあれは偽物
の噂だったんだーって話をよく聞くけど」
「……」
「ねぇ、円乗君。私──」
「だから謝るのは俺の方だって。……ごめん! 君のことちゃんと考えずに、暴走して」
 彼女の声を遮るように、祐二は叫んでいた。いや、謝っていた。
 きょとんとしている。そんな彼女の方向に真っ直ぐ並び、ウレタンの床に額を擦り付ける
ようにして土下座をする。
 そうしていなければ、視線をまともに合わせてはいられなかった。
 どうしても思い出してしまう。あの日の失敗を思い出してしまう。
 サークルの仲間、飲み友達。これなら脈有りだと思って誘って、焦って……。
「……円乗君。私、あの日のこと、怒ってないよ?」
「えっ──?」
 故に困惑から、苦笑に変わった彼女の声色を聞いて、祐二は少なからず呆気に取られたか
のようにそっと顔を上げた。
 くすくす。お淑やかな、優しい笑み。自分が好きになった女性(ひと)の好意的な眼差し
がそこにはある。
「円乗君は確かにちょっと焦ったのかもしれないけど……何より逃げた私が悪いんだよ。あ
の日、ああなるかもって、この観覧車に乗るのかなって思って期待してたのに、直前になっ
て勇気が出なくなっちゃって、怖くなって……」
「え。え? それって、どういう。俺ががっついたらから嫌になったんじゃ……?」
「そんなんじゃないよお。私達、同じサークルの仲間じゃない。円乗君、ちょっと荒っぽい
けど誠実な人だって、私知ってるよ?」
 沈黙。見開いた目。そして──パァッと華やぐ表情(かお)。
 そこでようやく祐二は気付いたのだった。失敗は、幸い自分が思っていたほど深刻ではな
かったらしいこと。そして何より、気があったのは何もこちらからだけではなかったこと。
「……待たせてごめんね。その、私で良ければ、観覧車、乗ろ?」
 唖然として。しかし心の中では春が来た! もう一人の自分が紙吹雪を撒いている。
 二人はお互いに顔を赤くして苦笑(わら)っていた。そっと立ち上がり、おずおずと互い
の手を取り合おうとする。
「よかったね、ユージ」
 彼女には見えない結乃がひょこっと、二人の傍で小首を傾げながら笑っていた。
 ちらりとその笑顔を見遣り、更に頬が赤くなる彼に、この幼き縁結びの霊は満面の笑みで
以って言う。
「ちゃ~んと二人の糸、強く強くしておいたよ。次に人が来たら……。約束通りに、ね?」
 祐二と巴。
 二人の身体からは、それぞれ太く赤い糸が互いに向かって延び、その薬指を結んでいた。
                                      (了)

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  1. 2015/04/12(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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