日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「物念の家」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:玩具、時流、罠】


 新島はこの日、妻と娘を連れて実家に足を踏み入れていた。父が病に倒れて以来、この家
の敷居を潜るのはもう随分と久しぶりのような気がする。
「じゃあ、俺は親父達の部屋から手を付けるよ。お前らはキッチン辺りから頼む」
「ええ」「了解~」
 一旦妻子と別れて、この家の最も古い時代の部分へと一人進む。
 そこは古びたカーテンも閉め切られ、畳敷きの和室が三・四つほど連なったかつての我が
家だ。それが兄弟に増えるに従い、それぞれが成長するに従い、今のような増改築を経た姿
になって現在に至る。
「……こことも、本格的にお別れか」
 ぽつり。新島は感慨深く、そして一抹の哀しさと共にごちた。
 狭いながらも、親兄弟と共に肩を寄せ合って暮らした家屋。歳月の経過によってその佇ま
いはすっかり敷地の奥へ奥へと押し遣られてしまった感があるが、こうして立つと当時の記
憶がぽつぽつと灯りを点すように蘇ってくる。

 ──この家に、もう住人はいない。
 母は自分達が独立して程なくした頃に癌で亡くなったし、それからはずっと父が一人で住
み続け、一人では広過ぎるこの家を守り続けた。
 そんな父も、半年ほど前にとうとう逝った。糖尿からの心筋梗塞だった。ぎりぎりまで異
変を自覚出来なかったのは果たして彼にとって幸福だったのか、不幸だったのか……。
 葬儀と四十九日も済み、そうなると問題は財産──この家を如何するかに移っていった。
 自分を含め兄弟は四人。その全員が既に街に出て、独立し、今更こんな田舎に移り住もう
とは思わない。何より仕事というものが各々をあそこへ縛り付ける。
 普通に考えれば、長男である兄貴が継ぐのが筋なのだろう。
 だが兄は自分以上に都会の生活に馴染み、何より兄弟唯一の未婚者だ。仕事はできる人間
なものの、如何せんその馴染み過ぎた性分によって過去金の無心も繰り返しており、姉や妹
も彼に任せようという考えはとうに無い。

『“家”を継がなきゃならないなんて発想自体、もう時代遅れなんだって──』

 兄が電話越しに笑っていたのを思い出す。
 反論しようにも、事実自分達も父がこうなるまでは、いや母が逝った時でさえ、いずれ来
る筈のこの時の事など考えなかった。考える事自体を避けていたと思う。
 故に、兄弟で話し合った末に決めた。兄からも好きにしてくれと委任を取り付け、自分達
が生まれ育ったこの我が家を売り払う事に決めた。
 自分も、姉も、妹も……受け継ぎ、維持管理するだけの余裕がない。特に第二子たる姉が
遠方に嫁いでいる事がその決定を後押しした。
 故に、こうして自分は暇を見つけては実家に戻って来ている。
 姉や妹と交代しつつ、少しずつ、売却に備えて家の中の物を少しでも整理する為に。

「よい、しょっと……」
 何個目かの段ボールが満杯になり、畳の上を滑らせながら部屋の隅に仮置きする。
 新島は頭の片隅でかつての思い出に浸りつつ、しかし遺品整理の手を休める事もせずただ
黙々と主亡き後の室内を片付け続けた。
 テーブルや椅子など、大きな家財道具は後日業者に頼んで運んで貰うとして、当面はあち
こちに収められた小物や衣類をどうにかしなければ。
 要らない物、要る物、或いは家に持って帰ればまだ使えそうな物。
 時折心の中で「ごめんな親父」と詫びを入れながら、彼は大まかに目星をつけつつ、それ
ぞれ用に組み立て開けておいた段ボール箱に詰めていく。
「……こんなもんかな。ん──?」
 そうして一時間・二時間と時計の音と共に作業を終え、両親の部屋だったそこが随分と空
っぽになった頃。
 新島はふと気付いた。何個にもなった満杯の段ボールを寄せていた隣の空き部屋の向こう
に、すっかり埃だらけになった小さめの襖が鎮座しているのを。
「ああ……。そっか……」
 思い出したように呟き、静かに頬を緩める。
 忘れていた。子供部屋(じぶんたちのへや)の事をすっかり忘れていた。
 濡らした雑巾でざっと汚れを拭い、随分とガタが来て久しいこの小さな襖を開ける。
 その先には、二階へと延びる小さくも急な木の階段があった。
「……懐かしいな」
 組み立て前の空段ボールを二・三個小脇に抱え、ギシギシと急勾配の階段を上っていく。
 かつてこの上は自分たち兄弟の部屋だった。確か今は……物置状態になっていた筈だ。
 埃っぽい内部にそっと昼下がりの日が差し込んでいる。新島は階段の途中や廊下、こちら
もやはり閉め切られて久しい窓を開け放って空気を入れ替えながら、数十年ぶりの幼少期の
名残に暫し佇んでいた。
 和室が、二つ連なっている。
 というよりは当時、洋風(フローリング)の建築自体が珍しかった。その例に漏れず我が
家もまた純和風の造りで、二階の自分たち兄弟の部屋もまた襖で仕切られただけの質素なも
のであった。
 手前には自分と兄、男二人。奥には姉と妹、女二人。
 襖によって仕切られてこそいたものの、事実上プライバシーなんてものはなかった。何時
も兄や姉、妹らの気配と眼があり、遊ぶにも勉強するにも、昼寝をするにもいつも一緒だっ
たと記憶している。
 当時はそれでよかった。幼かったし、そこまで神経質になる発想もなかった。
 だが心も成長するのである。次第に自分達は互いに干渉してしまう、プライバシーが筒抜
けな暮らしが窮屈に感じるようになり、それぞれの部屋を持つ事になったのだ。
 思えばこの家が増改築された切欠というのも、そういうニーズの変化が最初であったのか
もしれない。
「親父達、残しておいてくれたんだな……」
 薄暗い部屋の中は、写し絵かと思うくらいあの頃のままだった。
 如何せん全体が小さく感じるが、それは紛れもなく自分が大人になったからだろう。新島
は当時の配置のまま残された学習机やベッド、古い段ボールに詰められた玩具達を、被せて
あった布切れを払って覗き込みながら、しみじみと昔を懐かしんでいた。
 こちらも、カーテンを開ける。差し込む光の中で濛々と埃が浮かんでいる。
 一度、ここも念入りに掃除しないとな……。すっかり物置と化したかつての自室を見渡し
ながら彼は思う。
 窓際の学習机に残る細々とした傷、今では立っているだけで見下ろせてしまう小さな二段
ベッド。兄と自分のこちら側だけなく、姉と妹のあちら側も基本の配置は同じだった筈だ。
 何もかもが懐かしい。
 今までずっとしまわれていたのだろう段ボールの中から玩具の合体ロボを手に取り、思わ
ず頬を緩めながら暫しカチカチと弄くってみていた。
(ああ、懐かしいなあ。これもガキの頃お袋にせっついて買って貰ったんだっけ……)
 当時テレビで放送していた戦隊ヒーロー達が乗り込んでいた巨大ロボ。動物をモチーフに
した五体のそれが合体し、この鎧姿の人型になる。自分は主人公達五人に目を輝かせていた
が、あの頃から兄は六人目──最初は敵役だったキャラがお気に入りだったっけ。
 見つけた、これだ。黒豹型のロボ。こいつだけ単体で人型になるっていう特別扱い。
 でも結局最後は六人分合体して最強形態になるんだよねぇ。結局、その合体に必要なキッ
トは買って貰えずじまいになったのだけど。
 時は流れたものだ。かつて夢中になった特撮やアニメは、現在も多少形を変えつつ伝統の
シリーズ物として受け継がれているものも多い。
 いち男の子としては息子にもその楽しさを……と思ったものだが、生憎妻との間にできた
のは娘。女の子一人。そうなるとやはり一対二で漢のロマンってものは理解され難い。
(……久しぶりに妹(しの)の所に行ってみるかな? いや、あいつの息子ももう中学生だ
っけか? 流石に無理か……)
 少しばかり童心に返り、つい同志を探したくなる。
 新島はそんな自分に静かに苦笑しながら、手に取っていた幾つかの玩具達を段ボール箱の
中にしまった。
 妻や娘には“ガラクタ”扱いされて捨てられてしまうのだろう。だけど情というか、久し
ぶりに手に取った所為で残しておきたくなる。
 そっちだって、人形やおままごとセットなどを積んでるじゃないか。
 大体、今の子は玩具で皆と遊ぼう、外で駆け回ろうという気概に乏しい子が多過ぎる。
 娘達の幼少期には既にその傾向があった。ロボや人形、諸々のお遊戯グッズなど。当時も
ない訳ではなかったが、学校に入る頃にはもう延々とゲーム機に齧りついて、こちらが話し
掛けようとしたら「五月蝿い。邪魔」なんて言われてしょぼくれたものだ。
 外で遊ぶ事もどんどん少なくなった。言って自分も、外で追いかけっこをしたり縄跳びや
竹馬、メンコなどで皆と遊ぶという風景が少しずつ消え始めていた頃の人間ではあったが。
 加えてゲーム機はどんどん小さく持ち運べるものに変わっていく。
 やっと娘も外に出た──と思ったら、結局それをポチポチやりながらじっと学校の友達と
固まっているだけ。中学から高校にかけては、それがスマートフォンの画面になった。
 親としては……心配になる。
 だけど一方で思う。今そう説教したって実際に外で遊べる場所がどんどん無くなってきて
いるのも事実だ。そしてそれは他ならぬ自分達大人が、過剰にリスクを恐れ過ぎた結果だと
しばしば耳にする。
 ──ボールを使って、仮に誰かにぶつかったら危ないから使用禁止。
 ──犬などのペットも、糞の放置やトラブルが面倒だから立ち入り禁止。
 ──遊具で遊んでいて、仮に事故でも起きたら取り返しがつかないから撤去。
 ──そもそも空き地の類が無い。何処もかしこも鎖で禁止線を敷き、高い壁で囲む。
 物理的に居場所を奪っているのだ。そりゃあ子供達も仮想空間(ゲームのせかい)へ移り
住むのが当たり前になるさ。
 普段街で暮らしていると、特にそうした変化は目に付く。
 自分達の頃は、お互いがお互いの傍にいるのが当たり前だった。
 だけど今の子供は、大人達は、隣にいてもそれぞれ別の事をしているし、それぞれ自分の
箱庭(せかい)の中ばかりを見ているような気がする。
 ……爺臭いかな?
 だけど思い返せば、自分達は本当に色んなものを捨ててきたんだなと思う。
(うん……?)
 それが時代の流れなら、仕方ないのか。
 つい感傷的になり、今ここに来ているそもそもの目的──生家(かこ)を売り払う準備を
進めている事を思い出し、新島は独り静かに自嘲めいて笑っていた。
 だが次の瞬間、違和感に気付く。
 暗かったのだ。
 確かに途中、開け放って空気を入れ替えていた廊下の窓が、カーテンごと閉められ直され
ている。
(おかしいな……)
 ギシッ。片眉をついと上げ、彼は部屋を出て近づいて行った。
 ここだけ忘れていたっけ? 記憶違いだったのかと自身を振り返りながら、しかし思い出
に浸りながら見渡していたため、見落としたのだろうと決め付ける。
「聡子、奈緒。いるのか?」
 妻子の名を呼んでみた。或いは向こうの片づけが進んで、こちらへ手伝いに来たのかもし
れない。
 しかし返事はなかった。辺りは昼間にも拘わらず妙にしんとしている。
 おかしいな……。
 ぽりぽりとうなじを掻いて、彼がまた部屋の中へ戻ろうかとした、その瞬間(とき)。

『嘘ツキ……』
『一生大事ニスルッテ、言ッタノニ……』
『捨テル気ナンダ。ヤッパリ僕ラハ皆、ゴミニナルンダ……』
『許サナイ。絶対ニ、許サナイ……』

 ザワザワ。闇の底から搾り出すような、幾つもの子供達の声が聞こえた。
 カタカタ。ぎこちなく錆び付いたような、不気味に振動する物音が重なる。
 途端、背筋に全身に走る悪寒。新島はその場で青白く顔を引き攣らせて固まった。
 何だ? 何だ!?
 もうこの家には、誰もいない筈で──。

「ぎゅァッ?!」
 意を決して振り返ろうとした。だがもう、その時には既に遅かった。
 彼が引き攣った表情(かお)のまま振り返った瞬間、部屋の中から無数の手が伸びてきて
いた。玩具──人ではない、様々な器械のようなそれが彼の顔面を鷲掴みにし、猛烈な勢い
でその中へと引き摺り込む。
 グシャ、メキッ、ブヂ……ッ! 軋み、引き千切るような音が聞こえた。
 しんとしていた。ほんの僅かな時間のこと。悲鳴は一瞬で、ただ一人の人間が二度とこの
部屋から出て来なかった。

 静まり返る子供部屋(ふるいへや)。
 その廊下にじっと、カーテンを開けられた窓から日が注ぐ。
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2015/04/06(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)外に在る悪、内に抱く善 | ホーム | (長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔62〕>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/576-c3587629
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (144)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (84)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (26)
【企画処】 (325)
週刊三題 (315)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (309)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (23)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (15)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート