日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「Quintuple Boy」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:最強、五秒、幼少期】


 話をしましょう。
 昔々、ある所に一人の男の子が生まれました。
 名前は……そう、コジローと呼ぶ事にしましょう。彼は一家にとって、三番目の子供──
兄と姉に続く末の子でありました。
 この二人は、優秀でした。
 兄は幼い頃から頭の回転が良く、気配りが出来るため多くの人達に好かれ、姉は持って生
まれた美貌で多くの人達を惹き付けていました。
 しかし、コジローにはそのような目立った才能はありません。彼はむしろ人々という群れ
の中に混じり、ひっそりと遠巻きからその賑わいと平和を眺める、どちらかと言うと物静か
な性格をしていました。
 歳が五つほど離れていた事も災いしたのでしょう。コジローと兄姉の関係は、別段どちら
が毛嫌いしていた訳ではなくとも、比較的早い段階から溝が出来ていたようです。
 華やかな人の輪の中にいる兄達を、彼はいつも遠巻きで眺めているのでした。時折そんな
彼に気付いて手招きをする子も中にはいましたが、生来の大人しさが多くの場合、そのチャ
ンスをふいにしてしまいます。
 ──何だか変な子だ。
 ──お兄さんやお姉さんは、あんなに凄いのに。
 やがて周囲の大人達は、そして伝染するように子供達も、ひそひそと彼の事をそう陰で話
すようになりました。輪の外にぽつんといるだけ。ただそれだけのポジションさえも、彼ら
三人が成長するにつれて奪われていくようだったといいます。
『……』
 だから、より遠くに立つようになりました。
 誰にも気付かれず、誰にも咎められない。誰にも邪魔をされない人波の隙間に。
 コジローは好んで佇むようになりました。そして本を開き、柔らかな日差しに撫でられ、
ぼうっとただ自分以外の人々を観察するようになりました。
 静かな時間でした。
 遠くに人が人であるさまが見えていました。
 頁を捲ります。はらり、はらりと活字の群れだけが彼を傍にいる事を許してくれます。
 ──コジロー君って、いっつも一人でいるよね。
 ──ねぇ。誘ってあげないの?
 ──いいんだよ。あいつ全然喋んないし、気も利かねぇし。
 ──ほら、行こうぜ。時間の無駄だよ。
 兄や姉が子供達(みな)の中心にいます。偶にこちらを見遣ってきた眼が、他の誰かに窘
められるようにして逸らされます。
(俺は……兄貴達とは違う)
 コジロー自身も、物心ついた頃にはすっかり諦めていました。
 自分が持っていないもの、兄達が持っているもの。その有無によって、他人があんなにも
豹変するのだという事実。
 羨ましくなかったのか? と問われれば否になります。だけど彼にとって、そこから生ま
れる感情は詮無いものでした。仮に兄や姉に反撃してみた所で、状況は何も変わらないんだ
と達観していた部分がありました。むしろそうなれば皆は二人に肩入れし、今以上に自分は
居場所を失くすだろうと理解していました。
 兄のような明晰な頭脳も無ければ、人々の求める言葉を閃くことも出来ない。
 姉のような整った容姿も無ければ、その維持の為に費やす労力に価値を見出せない。
 ずっと木陰にいました。彼は文字通り日の当たらぬ物陰にそっと寄り添い、来る日も来る
日も兄達を観察して(みて)いたのです。
 風が吹いていました。
 人が話していました。
 木の葉はさわさわと揺られ、小鳥達がすぐ近くの地面を啄ばんでいます。
『……?』
 ですがある時、気付いたのです。
 コジローはその日、自分と周りとの時間の流れ方が違っているらしいとその積み重ねた観
察の末に気付いてしまったのでした。
 彼が頁を一枚捲り、目を通し切る間、彼らの言葉はワンフレーズと完成していません。
 彼がぼんやりと日陰の向こうを眺める時、小鳥や親子連れの動きはやけに緩慢です。
(……何が、どうなってる)
 何度か目を瞬き、彼は試してみる事にしました。
 公園の時計に目を向け、目印に秒針が一旦ゼロになるのを待ちます。
 チク。一つ針が動きます。兄達がゆっくりと口を開けているのが見えます。
 タク。一つ針が動きます。その間に彼は五度、一定間隔で腿に指先を振り下ろしました。
 揺れ動く両の瞳。彼は確信を得て、しかし全くその事に気付いていない兄達や周りの人々
に戸惑いました。伝えるべきか……? 口が開きかけ、思わず腰を浮かそうとしましたが、
結局これが最初で最後で、彼は決して彼らにこの秘密を打ち明ける事はなかったのです。

 “俺は一秒の間に、五秒分動ける”

 それは少年コジローの、秘めたる能力(ちから)が自覚された瞬間でした。


 以降数年、彼はその能力(ちから)の研究に没頭しました。相変わらずその日常は人の輪
の遠く外で静かに腰掛けているだけでしたが、その間も一人ひっそりとこの能力(ちから)
の何故と如何を繰り返し繰り返し検証していたのです。
 その甲斐あってか、彼はある程度その制御方法を確立しました。そしてその際に注意すべ
き幾つかのポイントも発見します。
 一つに、この能力(ちから)は強い目的意識を持たないと発動しないということ。
 例えばグラウンドから飛んで来た野球ボールに、その打音で気付いた時、避けようと意識
しないとこの白球が飛んでくる一部始終がスローモーションに見えないのです。
 なのでコジローは、成長するにつれて一層注意深い人間になりました。周囲からは根暗な
奴だという印象を持たれる事が多かったようですが、それはひとえにこの能力(ちから)を
120%活かす為に必要な態度だったからです。
 二つは、この能力(ちから)がその性質上大きな消耗を伴うということ。
 考えてみれば当然の事でした。何せ他人が「一」動く間に、自分は「五」動くのです。尤
も常に五倍である必要性はないにせよ、それでも多く動けるという事はその分身体が要する
エネルギーも多くなる──能力(ちから)の連発は急激な疲労を招くのです。
 そして何より、これはあくまでより早く動ける・多く知覚できるだけであり、彼自身の身
体能力までもが上昇する訳ではないということ。
 元々物静かで大人しい、デスクワーク的なタイプであったコジローにとり、これは何気に
大きな壁でした。当初夢想していた、物語の中のヒーローのような大立ち回りなどは、自分
には結局無理な話なのだと諦める(りかいする)他なかったからです。
 ……だからでしょう。かねてより持っていた兄や姉に対するコンプレックスは、彼の成長
に緩やかに比例して大きくなっていきました。
 俺は、やっぱり兄貴や姉貴のようにはなれない。
 俺はどれだけ速くなっても、この陰からは出られないんだ──。
 幼少の頃と同じく、目に見えて大喧嘩をしたという訳ではありません。
 しかし長年傷口を抱えてきたその患部は、やがて塞ぎ切れぬほど大きくなって自己主張を
始め、コジローの方から兄達を遠ざけていったのです。
 事件は、そんな多感な頃に起きました。
 彼にとって、それは生涯、忘れられない出来事となります。

『──じゃ、じゃあ今日放課後、お部屋に行ってもいい?』
『ああ。いいよ』
 それは兄がまだ高校生だった頃。コジローはある日、中等部棟と高等部棟を繋ぐ渡り廊下
の一角で、兄が一人の女子生徒とそんな話をしているのを目撃したのでした。
『本当? やった! えへへ……楽しみにしてるね♪』
『……』
 青春のロマンスでした。その日兄は、当時付き合っていた彼女を自宅に呼ぶ約束を取り付
けていたのです。
 これを、コジローは思わず通路の柱に隠れながら聞いていました。
 そしてむくむくと……にわかに沸き上がったある感情と共にとある計画を思い付きます。
 それはちょっとした悪戯でした。日頃の意趣返しでした。
 放課後、兄貴と彼女さんが部屋に来る。もしその時、ベッドの上に兄貴秘蔵のエロ本が整
理されて置かれていたら……? 彼は柱の陰でほくそ笑みました。少なくとも彼女の方は居
た堪れなくなるか、ドン引きするでしょう。これで破局にでもなれば、兄の輝かしい経歴に
は一つ傷がつく事になります。
 まぁ、尤も「エイタロー君も、やっぱり興味あるんだ……」と彼女がより積極的になる可
能性もなきにしもあらずなのですが、そこは若き童貞の思考です。対象が自分ではない分、
作戦が成功した場合のシミュレーションが先行したのでしょう。
(そうと決まれば……)
 コジローは動き出しました。放課後のクラス会が終わるや否や、教室を飛び出し一路自宅
に向かいます。
 兄は彼女を迎えに行くでしょう。或いは待ち合わせるでしょう。そして二人して自宅へと
帰ってくる。事はそれまでに済ませておかねばならない。だが彼には、彼の能力(ちから)
には、それを充分に可能にするだけのポテンシャルがある。
 常人の五倍の速さで自宅に駆け戻ったコジローは、息が切れるのもそこそこに兄の部屋へ
と侵入しました。
 両親は今日も共働きで夜遅くまで帰って来ない。猶予は充分にある。
 確か、兄貴のエロ本の隠し場所は……あった。これを、綺麗に纏めて、ベッドの上へ。
 にしし。流石に破顔してコジローは自室へと戻って行きました。そして自身のベッドの上
に、兄の部屋に一番近い壁際に耳を寄せ、じっと悪戯成功の瞬間を待ちます。
『──』
 ですが悲劇はこの後起きたのでした。彼は、ある大きなミスを犯していたのです。
 家の鍵を……閉め忘れていたのでした。作戦の事ばかりが頭にあって、つい開けた扉に鍵
を閉め直す事を忘れて自室に篭ってしまっていたのです。
 その隙を、運悪く二人組の強盗が見つけてしまいました。彼らは中にコジローがいるのも
知らず、鍵が開けっ放しになっているのをこれ幸いと易々と侵入を果たし、早速家の中を物
色し始めます。
 先に動いたのはコジローでした。何やら物音がする。兄貴か? しかしそれにしては随分
と荒っぽいというか、部屋に来るのに時間が掛かっているような……?
『ッ?!』
『なっ──』
 最悪の組み合わせです。念の為にと階下に降りた彼は、強盗達と鉢合わせしてしまったの
でした。互いに驚き固まる両者。しかし次に反応が早かったのは、この犯罪という場数を踏
んでいる強盗達の方でした。
『ちっ……』
『ぐぁっ!?』
 初手で頚動脈を握り、足を払って床に叩き付ける。コジローは為す術もなくフローリング
の床に押し倒されてしまいました。同時にガタイのいい方の相棒が腕力に物を言わせて両手
両脚を押さえにかかります。能力(ちから)を使う暇もありません。
『おいおい。何でガキがいるんだよお?』
『さぁな。大方部屋にでもいたんだろ……運が悪い。だが、見つかっちまったからには仕方
ねえ。……消すぞ』
 言って細身の方の強盗は慣れたようにサバイバルナイフを取り出し、その刃をコジローに
向けました。必死にもがきます。ですがどれだけ速く動ける能力(ちから)があっても、腕
力や体格差──地の身体能力の違いは歴然で、びくともしません。
『悪ぃな。俺達も必死なんでね』
『今度から鍵は、ちゃんと掛けろよ?』
『っ……! だっ、誰か、助け──』
『コジロー!!』
 そんな時でした。絶体絶命の危機に飛び込んできたのは、他ならぬコジローがつい先刻ま
で陥れようとしていた兄でした。彼は彼女を玄関に残して警察に連絡をさせ、自身は捕らわ
れた弟を救うべく単身突撃してきたのです。
『兄、貴』
『てめぇ、弟に何してやがる!!』
『ちっ……まだいやがったのか。サブ、畳んでずらかるぞ!』
『お、おう』
 それからの事は、コジローもはっきりとは覚えていません。
 窒息しそうなほど圧迫されていた喉元が離され、ぼうっと霞んだ視界の中で、ナイフを握
った強盗達が兄と揉み合う姿だけが映っていました。
(兄、貴──)
 ざくり。
 そして次の瞬間、奪い取ろうとしていたナイフを握る強盗の手が、彼の抵抗に合いながら
も勢い余って、抉りこむようにその首筋へと押し込まれていったのを。


 ほんの些細な悪戯のつもりでした。ちょっとした仕返しのつもりでした。
 こんな筈じゃ……なかったのに。しかしコジローの慟哭も虚しく、これが致命傷となった
兄は翌日病院で息を引き取りました。
 両親が、姉が血相を変えて駆けつけました。泣きじゃくる彼と兄の彼女の、断片的な説明
を聞きながら、皆突然起こったこの悲劇に絶句するしかありません。
 ……言えませんでした。彼は鍵を閉め忘れた落ち度はともかく、この当日、兄を嵌めよう
としていた事など言い出せる訳がありませんでした。
 一家は優秀です。父も母も、普段自分から距離を取っていた姉にからも、貴方は悪くない
と繰り返し慰められました。自分を責めないでと説かれました。
 ですが、それで収まる訳などなかったのです。
 悔い続けました。コジローは自らの浅はかさと罪を悔い続けました。
 兄貴が死んだのは自分の所為だ。自分があんな事を考えなければ、浮付いて家の鍵を閉め
忘れさえしなければ……。
 この事件を機に、彼は豹変します。
 ただでさえ大人しかった性格はより陰気になり、自ら強いるように孤独に身を置き、そし
て何よりあの時の無力を償うかのように、がむしゃらに身体を鍛え──苛め抜きました。
 それから暫くしてからです。少しずつ、街にある噂が立つようになったのは。
 暴力を振るう不良達が騒ぎを起こせば風のように現れこれを殲滅し、子供が車に跳ねられ
そうになれば突風の如くこれを救い出し、夜のコンビニに強盗が現れればいつの間かそこに
居て、犯人を締め上げる……。
 皆がその姿を、何をしたのかをすぐに理解する事はできませんでした。
 それはまさに疾風の如く。誰よりも速く、誰よりも強く、神出鬼没に現れては巷の悪漢ら
を成敗して回る謎の人物……。
 人は彼を英雄“韋駄天”と呼びました。
 或いは彼が現れる所、事件が起きるが故に“暴風(ハリケーン)”と。
 言わずもがな……コジローです。青年になった彼は、家族とも自ら絶縁するように家を飛
び出し、この正義の味方のような浮き草生活を続けていました。
 膨らむ噂も、煙たがる声も知っていました。
 ですが彼は、長らくこの孤独な戦いを止める事はありませんでした。
 彼なりの償いだったのです。自分の所為で兄を死なせてしまった。そこには少なからず、
自分には無いものを持っていた兄(や姉)への嫉妬があった。殺したのはあの強盗達だけど
その実は自分が殺したようなものだ。
 ……どうすれば償えるだろう?
 兄はもう戻らない。分かっている。でも、何か自分に出来る事はないか?
 その、ある種脅迫的に突き動かされた思案の末に生まれたのがこのヒーロー活動でした。
 幼いあの日、見つけたのに活かしきれていなかったこの能力(ちから)。
 一から鍛え上げたこの身体を以ってすれば、今度こそ無力から脱する事ができる。
 少しでも、あの時の罪滅ぼしをしたい……。
 ただその一心で、彼はより多くの人々にとっての英雄たろうとしていたのです。

『もう逃げられんぞ! “暴風(ハリケーン)”!』
 しかし彼のやっている事は、公権力からすれば面白くない事でした。
 彼が名も名乗らぬ正義の味方を続けていたある夜、遂に彼は自身を追跡する警察らに包囲
されていました。場所は建築途中の高層ビル。その高い壁面に、彼は無数のサーチライトを
当てられてじっと眩しそうに立ち尽くしていました。
『約二七〇件の業務上過失傷害、器物損壊、貴様のやっている事は破壊活動そのものだ!』
『お前は完全に包囲されている! 大人しく投降しろォ!』
『……』
 夜風に吹かれ、それでも尚彼は黙っています。眼下には黒山の人だかりと形容するに相応
しい機動隊の群れがあり、更にその外周を自分を見物に来たのか更に多数の野次馬が囲んで
います。
 破壊活動そのもの──彼は一人静かに息をついていました。
 そうかもしれない。結局、俺は壮大な自己満足で皆を巻き込んでいたのだろうか。
 ただ哀しかった。何年も自分を苛めてきたって、何も返せやしない。
 ごめん、兄貴。
 長く長く、彼は壁面に寄り立ったまま沈黙し、やがてそこから降りようとしました。
『──ッ!?』
 ちょうど、そんな時だったのです。
 ゴカンッ! それまで夜風に吹かれていた頭上の巨大な鉄骨が、突然それを支える鋼鉄の
ワイヤーが切れた事によって大きくずり落ちたのでした。
 眼下の人々が官憲・民衆を問わず思わず悲鳴を上げます。ミシミシ……ッ、ワイヤーはみ
るみる内にほつれ千切れていき、遂にその巨体が人々向かって襲い掛かります。
『くっ……!』
 故に、咄嗟でした。彼は──コジローはその瞬間、体力の限界も構わず能力(ちから)を
最大出力で発動していました。
 若干スローで落下していくように見える鉄骨。その落下地点付近にいる人々に向かって、
彼は何度か大きく飛び移って降り立つと、迫る鉄骨の威圧感と闘いながらも彼ら一人一人を
直撃するであろう範囲から突き飛ばしてはそっと横たえさせていったのです。
『──。えっ……?』
 故に、人々には不思議で仕方有りませんでした。
 どう考えても直撃していた、押し潰されて死んだと思った自分が自分達が、轟音を立てて
落ちる鉄骨から何時の間にか大きく外れた場所に転がっている。
 更にそんな自分達を確認して安堵するように、酷く息を荒げた男性が一人、白髪混じりの
ばさついた髪を夜風に揺らされながら立っている……。
『……まさか、お前が』
『す、すげえ! やっぱり噂は本当だったんだ!』
『韋駄天! 韋駄天!』
『英雄、韋駄天!』
『こ、こら! お前達、騒ぐな!』
『“暴風(ハリケーン)”の仲間として逮捕するぞ!? ああ、だから張ってある非常線か
ら入ってくるなーっ!』
『……』
 機動隊員らと野次馬が、にわかに乱闘のような様相を見せ始めていた。
 奴らの陣形が崩れる。コジローは静かにふっと笑い、そして今がチャンスと言わんばかり
に飛び出します。
 鍛え上げた身体と高速の加速力。それらが合わさった尋常ではない跳躍力で、彼は再び夜
の街へと消えていきます。
『あっ。しまった……』
『くそっ! た、隊列を立て直せ! や、奴を──』
 まさかあんなアクシデントが起こるなんて。確かに自分は“暴風”なのかもしれないな。
 だけど、何とか犠牲者を出させずに済んで良かった……。
 コジローこと、正義の味方・韋駄天は思ったのでした。
 英雄になろうとした事が、皆の力になろうとした事が、そもそもの間違いだったのだ。
 英雄になる為に、償い──赦しを得る為に、この能力(ちから)を使うんじゃない。
 そんな願いは頭の外に置いて、ただ奉仕する。この身体が突き動かされるそのままに、こ
の能力(ちから)を振るおう。
 あの時、己を犠牲にしてでも自分を助けようとしてくれた兄のように。
 ただ無心で、目の前の誰かを助けたいと思った刹那の心のままに……。


「──はい。おし、まい」
「え~! ここで終わり~?」
「何か中途半端ー」
「ふふふ。かもしれないけどねぇ。でも本当にお話はこれで終わりなのよ?」
 小さな戸建ての家に、庭があった。そこには古びたロッキングチェアに座った一人の老婆
と、彼女を囲む孫らしき複数の小さな子供達の姿がある。
 老婆は皺くちゃの顔で微笑みながら言った。孫達は嬉々として聞いていた英雄“韋駄天”
の逸話が不意に途切れてしまったことに不満げだったが、それもすぐに彼女の優しい表情と
声色で二の次になってしまう。
「さあ、そろそろお昼でしょう? 手を洗っておいで。お母さん達もそろそろ準備が済んだ
頃だろうしねぇ」
 はーい! 孫達は元気に返事をして、ぱたぱたと家の中へ入っていた。
 帰省中の孫と、この近所の子供達。彼らは決まってあの人の英雄譚を聞きたがる。
「……」
 軒先に残された老婆。彼女は同じく皺くちゃになった手をそっと擦りながら、穏やかなが
らも何処か哀しい笑みでふいっとその視線を落とした。
 ──英雄“韋駄天”こと、我が父コジロー。
 その誰も追いつけない素早さでありとあらゆる災いから人々を救い続けた彼は、齢六十に
も届かない早さで逝った。孫達に聞かせる英雄譚が限られてくるのも、その所為である。
 当然の事だったのだ。一人娘の自分と亡き母にだけは話してくれたその能力(ひみつ)。
よくよく考えれば、彼はこの力に目覚めたその時から、夭折の運命からは逃げられなかった
のかもしれない。
 一秒で、五秒分動ける。
 それは言葉を変えれば彼だけが他人より五倍多く時間を過ごしているという事だ。
 そうなれば必然、老いも加速する。たとえ発動一回一回は些細でも、積み重なればそれは
間違いなく寿命を削るリスクを意味する。
 全盛期を過ぎ、三十を間近に迎えた頃、彼は実はその事に気付いていた。
 年齢に不相応な体力の低下、白くなっていく髪。自分は文字通り生き急ぎ過ぎたのだと。
 だから彼は英雄と持て囃されながらも一度も名乗り出る事はせず、密かに引退し、平凡な
結婚をして彼女という娘をもうけた。そして晩年はかつての自分の真実をこの妻子だけにそ
っと打ち明け……酷く安堵したように逝った。兄貴は赦してくれたかな……? 最期の瞬間
までそんな事を呟きながら。
 ──勿論よ。お父さん。
 私は泣きながらその今際を聞いていたのを、今でもはっきりと覚えている。
 数奇な運命だと思う。持たざることに翻弄されて、しかし違った形で持つ者である事に気
付いてしまい、されど後悔した時には全ては遅く……。
 だから自分は伝えていきたい。それが父の望んだ事ではないかもしれないけれど、英雄と
呼ばれた彼が、ただ単に巷で云うような“正義の味方”ではなかった事をどうにかして残し
ていきたいと思う。
(……お父さん。私も最期まで、心と共に生きるから……)
 ぎいっとロッキングチェアを揺らし、老婆はスッと細めた眼で昼の空を見上げる。
 ゆっくりと静かな風が吹いていた。
 小鳥達が何処か遠くで囀りを交わし、道の向こうから人々の雑多な営みが聞こえる。
                                      (了)


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  1. 2015/04/01(水) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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