日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「皆罪」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:前世、蜘蛛、濡れる】


 ──記憶と現実の落差に、カラダがすぐにでもバラバラに千切れそうになる。

 記憶は憶えている。以前、俺は人間だった。
 だけど肝心の頭の中は、激しいノイズが入ってその最期もあやふやだ。
 俺は何処の誰で、どんな人間と一緒につるんでいたか? 確かなのは自分が人間だった時
の最後の記憶は、ネオンの街中で突っ込んでくる車の灯りに振り向いていた事くらい。
 気付けば産声を上げていた。あまりにちぐはぐで、あまりに小さ過ぎるその身体で。
 気付けば蜘蛛になっていた。人間だった頃の面影はまるでない。
 最初あったのは、大きな毛糸みたいなもので出来たドームだった。そこに俺の兄弟──と
は思いたくないのだが──らしき子蜘蛛がわんさかといて、産声を上げている。
 気持ち悪かった。
 だが恐る恐る改めて自分の手足を見て、顔を触って、明らかに人間とすれば広すぎる視界
を確認して、自分が小さな異形になった事実にぶつかるしかない。
 何故だ? 俺は言葉にならない鳴き声を上げながら、誰にともなく叫んでいた。問うた。
 どうして、俺は死ななければならなかった?
 どうして、俺は人ではなく蟲などになった?
 人間だった頃、気紛れ読んでいたウェブ小説の流行りに「転生物」というのがあったなと
記憶している。その場合、大抵の主人公が果たすのはヒトからヒトへの生まれ変わりだ。
 だが……実際はどうだ? ヒトですらないじゃないか。
 これは、夢なのか。お願いだ夢であってくれ……。
 しかし蜘蛛となった自分は決して醒める事はなかった。只々、子蜘蛛(きょうだい)達の
耳障りな鳴き声ばかりがぎんぎんと耳から身体全体へと反響する。
 輪廻転生、だっけか。
 よくよく考えれば何ら不思議はないのだ。
 先ずこの仮説を立てるには、今事実現実として一度自分は死んで生まれ変わったのだとい
う前提が必要になるが──何も生まれ変わるのは人間にとは限らない。蟲だったり動物だっ
たり、或いは動きすら出来ぬ植物になっていた可能性だってあったのだ。
 ぞわりと、背中に寒気が走る。
 はたして、この生まれ落ちた先は幸運だったのだろうか?
 ヒトではない。だけどもまたヒトに生まれ変わったとして、自分は幸せに次の人生を生き
られたと訊けば多分迷うだろう。少なくともイエスと胸を張っては言えなかった筈だ。
 前世──という表現に、一先ずしておく事にするが──も、はっきり言って他人様に自慢
できるようなご立派なものじゃあなかった。
 平凡に悪ガキで、平凡に勉強が嫌いで、かといって何か突出した特技を持っている訳でも
なく、只々漫然と労働力(コマ)の一ピースとして街に埋没していく生活。
 どちらが良かったのだろう? 或いは、どちらも良くはないのだろうか?
 ギィギィ。周りの奴らが五月蝿い。まだ俺自身は人間の頃の記憶が残っていて、こう思考
というものが出来ているが、そういやあいつらはどうなんだろう……? 中には俺みたいに
生まれる前の記憶に引き裂かれそうになりながら、今この瞬間を苦しみ、そして諦めの境地
に至っているのだろうか。

 手はない。足が二つではなく六本である。
 頭は小さい。異様にでかい六本のそれを心持ちおずおずと見渡すように、俺の視界は酷く
低位置でふらふらしている。
 俺は、蜘蛛だ──。
 そう改めて自覚した瞬間、俺の中で一つ、何か大きなものが崩れていく心地がした。


 もう人間ではないことへの恐れ。
 だがそれはほんの序章に過ぎなかったのだと俺は後悔する。
 引き裂かれていくのだ。風化していくのだ。
 そりゃあ蟲だ。寿命の短さは人間の比ではない。その事を含めても、俺は俺が人間だった
頃の記憶が急速に塵になって消えていく事に暗く寒いほどの恐怖を覚えてならなかった。
 それは即ち、俺が人間だった、そのもう唯一無二の証が消えること。
 そもそも蜘蛛(つぎ)の生になっても憶えている事自体、イレギュラーなのかもしれない
が、実際憶えているのだからしょうがない。
 風化していく。この姿で時間が日々が過ぎていく毎に記憶が失われていく。
 名前は? 性別は? 年齢は? 出身地は? 家族や友人の顔もまるで思い出せない。霞
が掛かったのではなく、文字通り本当にすっぽりごっそりと塵になって抜け落ちていくが分
かるのだ。
 なのに……姿形が蜘蛛としての俺は、一方で必死に蜘蛛としての生存を果たそうとする。
 知識なんてまるでなかった。その心算も心の準備もなかった。なのに蜘蛛というこの身体
は初めから全て覚えている。
 生きろ! 身体が──そう、本能が俺に告げる。
 人間としての記憶と、蜘蛛としての現実の間でバラバラに千切れそうだった。俺はこの毛
糸みたいなドーム(卵嚢というらしい)の中で暫くを過ごした。兄弟達と一緒に、最初の脱
皮をするまでひたすら留まる。
 生きろ! 身体がそう俺にけしかける。
 人間の記憶は、この頃もう八割方失せようとしていた。ただ意識にあるのは俺が「俺」で
あることと、生き残れという身体の側から絶え間なく叩き付けられる指令ばかり。
 卵嚢から飛び出した俺達は、小さな蟲に飛び掛って喰ったりして体力をつけ続けた。
 兄弟達はギィギィと、それでも中々この生まれ落ちた我が家(?)を離れられずにいる。
 だけどある時その均衡は破られた。どこぞの小僧(あほう)が、面白半分に俺達という群
れを小突いて散り散りにさせたのだった。
 ──クモノコヲチラス。
 ぼうっと、そんな断片的な知識が過ぎった気がする。

 喰う。食われないように。喰う。生き残れと俺に俺が言う。
 誰に教わったでもないのに、散り散りになったそのまま、俺は気付けば狩りで食い繋ぐ生
活を続けていた。
 とはいっても弓やら銃やらなどは無い。あるのは尻から吐き出す粘っこい糸と、それを編
んで作る網だけだ。それを草葉の中に張って、ただじっと獲物が来るのを待つ。
『──ッ!? ……?!』
 蝶が一羽、まんまと掛かる。俺は待ち侘びたと言わんばかりに物陰から駆け出し、網目の
上を渡ってこいつの首元に噛み付く。
 がじがじ。ぐちゃ、めぎっ。最初は惨いと自己嫌悪に苛まれていた“食事”の瞬間だが、
時間(さいげつ)が流れる毎に、俺の中からはそんな人間らしい意識も抜け落ちていく。
 貪るように喰った。触覚一つ残さない。久しぶりの飯だ。
 腹が満たされる。この満足感は、どんな生き物であっても同じなのだろう。
 我が網の上で暫し佇む。膨れた腹を擦って、ぼうっと本能ばかりに突き動かされてきた自
分を何とかクールダウンしようと試みる。
 ……俺は、蟲なんだな。六本の足がまるで違和感なくなっていた。
 兄弟達は、今頃何処でどうしているだろう?
 結局ろくに言葉も交わさなかった。各々が生きるのに必死だった。
 何だっけ?
 あの頃はもっと別な事に拘っていて、彼らに構う暇すら持てなかった……。
 ……嗚呼。
 人間。すっかり忘れていた。俺は、昔そういう生物だったらしい。
 何故それをこうしてまた意識できたかというと、その実物が向こうにいるからだ。現在俺
は、とある人間の家の庭先に拠点を構えている。
 他の虫(えさ)が来るのをもっと深い場所で待つのもいいだろう。
 だが切り揃えられ設えられた、餌が来ればすぐに把握できるこの場所は、確率こそあまり
変わらないかもしれないが絶好の狩場だ。実際、他の同族と何度か取り合った事もある。
 暖かな、春先の日和だった。
 庭──人間達がそう呼ぶ、気味悪いほど統一された緑の地面に頭でっかちの人間がきゃっ
きゃっといいながら駆け回り、それを他の男女の大きな人間が、何が面白いのか歓声を掛け
てやりながら見守っている。

 その幼い子供がいた。
 共に駆ける飼い犬がいた。
 頭上では人間が垂らす太い線の上に鳥達が乗ってチクチクと鳴き、庭先には生垣の他にも
奴らの自己満足で植えられた、幾つかの植物達が競うように花を咲かせている。

 ……自分も、かつてはあんな輪の中にいたのだろうか? 分からない。在った筈の記憶は
すっかり塵になって自分の中から消えてしまった。偶にこうしてその人間達を観る事で、俺
は辛うじて思考を捨て去らずに済む事が出来ている。
 ……また人間だったとして、俺は幸せであれただろうか? 勿論、今の俺も幸せかと訊か
れればどうとも答え難い。今の俺は今のこれが普通であり、全てであり、こうして人間なり
他者を意識しない間は、そんな思考すら存在しない。只々生きろ──種を残せ──そう身体
の奥から突き動かしてくる不気味で強圧なエネルギーに従っているだけだ。
 蜘蛛(これ)で、良かったのだろうか? 何があるのだろう?
 多分、何れ俺は死ぬ。それは飢えか、天敵連中らに喰われるか分からないが、漠然と生に
意味を問う事自体無意味なのだろうと決め始めている。
 おそらく人間だった時も。
 今、現在進行形で蜘蛛であるこの時も。
 思い返せば変わらない。只々俺は、流されるまま、誰か知らない何処かの偉い奴の言いな
りになって生きている──生きさせられている。
 だから……こうしてふと寒々と小さな頭の中に幾許の隙間が出来た時、思うのだ。
 あの子供は、大人達は、もしかしたら以前もっと別の存在だったかもしれない。
 あの飼い慣らされた犬も、一つ前の生はもっとちっぽけな生物だったかもしれない。
 ピーチクと鳴いているあの鳥達も、庭先で静かに咲いている花々も、もしかしたら一つ前
二つ前の生は、人間だったのかもしれない。
 何で俺が、私がこんな姿に──。そう呪詛を吐きながら、しかし俺もまたそうであるよう
に、その身体から突き上げられる本能と反比例してかつての記憶はどんどん薄れていき、何
時かは完全に忘れてしまうのだろう。否、そもそも持っている方が稀で、そう失っていた方
がずっと幸せな(と意識する事すら出来ない)のかもしれない。

 ……じっと、六本の足で網目の上に立つ。
 複眼に広がる視界で、この世界を観る。
 嗚呼。何でまた俺なんかは、生きて──。

 ***

「ぶしゃ~!」
 その直後だった。生垣の一角に佇んでいた蜘蛛が、その網ごと放たれた水流によって押し
潰されていた。
 庭への水遣りを、この家の幼子が手伝おうとしたからだった。
 ホースを握るその小さな手。ぎゅっと口先を狭めて、勢いを増した流水の軌跡。
 おー……? ややあってこの男の子は生垣の中のそれに気付き、じたばたと痙攣している
この蟲を不思議そうに覗き込む。
「ああ。水が当たっちゃったのね」
「大丈夫だ。蜘蛛一匹くらいどうでもないさ」
「でもぉ……」
 両親らしき男女がそれぞれそう寄り添って微笑んでいた。
 しかし当の男の子は、心なしかしょんぼりとして、小首を傾げる飼い犬の首周りをもしゃ
もしゃと撫でている。
「わしゃわしゃさん、死んじゃう?」
「わしゃ……? ああ、蜘蛛か」
「ふふ。トモ君は優しいのねぇ。確かに蜘蛛は、朝は殺すなって言うけど……」
 空を仰げば、太陽は頂点を少し過ぎていた。父親は不意に気落ちしたこの息子に少々慌て
たが、母の方は呟きつつ時間帯を確認。問題ないわとこの子の頭を撫でて言い聞かせる。
「さあ、そろそろお昼にしましょう? 今日はトマトのスパゲッティよ」
「ホント? わーい!」
「はは。現金な奴だ。さーて、行こうか」
 親子三人が子供を中心に縁側から家の中へと入っていく。そんな彼らの後を、これも何時
もの事のように、一緒にいた飼い犬がついて行く。
『……』
 じたばた。ずぶ濡れになった蜘蛛が一匹、地面に落ちていた。
 遠くには、まだ口にだらりと水を吐き出したままの青く巨大な長い筒。
 そして六本の足を踏ん張り直し、この蜘蛛は再び立ち上がろうとしていた。

 きっと繰り返す。
 生命とは、何時何処であろうと理不尽で、大よそ逃れる術を持たない。
                                      (了)

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  1. 2015/03/29(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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