日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「トウコと夏の日」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:雪、消える、業務用】


 冷蔵庫を開けたら、女が寝ていた。
 康太は何時ものように勤め先の生肉工場の作業着に身を包み、材料をマシンにセットする
べくその扉を開けたのだった。
「……は?」
 最初、何が起こっているのか解らなかった。
 吊るされた肉の中に交じって、女が一人寝ている。
 小柄そうではあるが、多分自分と背格好は同じくらい。髪は青み掛かった銀で、その肌は
雪のように白い。温かそうなマフラーにもぞっと顎を埋めて、すやすやと実に気持ち良さそ
うに寝息を立てていた。
(何で、こんなとこに……?)
 まさか死体!? と思ったが、施設内の駆動音に雑じって小さなが寝息が聞こえてきた時
には一先ず安堵する。
 そりゃあ職業柄、死体(肉)を扱っている訳だが、そういうスプラッタな展開は御免だ。
 だが息をついたのも束の間、康太はハッと我に返ってふるふると首を振る。
 いや、何を安心してんだ。“厄介事”が目の前にあるのは変わらないじゃねーか……。
「どうした志波? 早くしろ?」
「ッ!? は、はい!」
 だから遠巻きに、年配の同僚らがそう声を掛けてきた時、康太は思わずビクンと身体を強
張らせていた。
 バレては……いないらしい。物陰に消えていく、めいめいに作業を続けている彼らをそっ
と確認しつつ、康太はもう一度安堵する。
 さて、どうしたものか。
 とりあえず何時も通り肉だけ取り出して、見なかった事にしよう。うん。そうしよう。
 少なくとも今この場を誰かに見られてしまったら、間違いなく自分が工場に関係者以外の
女を、それも全力で私服の女を連れ込んだと思われて──。
「……んぅ?」
「あ」
 なのに、何とも真実とは小説よりも奇なりと云うべきか。
 康太は全身に過ぎった嫌な予感と共に、この白い女がゆっくりと目を覚ますその瞬間を目
撃してしまう。
 ……結構、可愛かった。
 青み掛かった銀髪に映える青玉色の瞳、おそらく実年齢よりも子供っぽく見えるその邪気
の無い眼差し。
「な、なな……っ!?」
「?」
「何ですか貴方、私に何の用ですか!? はっ、まさか私の寝込みを襲おうと……? 成る
程、これが人間社会におけるウスイ=ホン的展開──」
「襲わないよ!? 俺にそういう趣味ねぇから! って言うか君、寝てたよね? 自分で冷
蔵庫の中で寝てたよね? 大体何の用って、こっちの台詞──」
 だからつい、康太は全力で突っ込んでしまっていたのだった。
 ハッと、今更ながらに妙な理解力を示してポーズを取る彼女に、彼はつい大きな声で否定
して周囲の同僚達に気付かれてしまう。
「志波……?」
「何冷蔵庫の前で話してんだ?」
「おい! ちょっと、五月蠅──って何この娘……」
 わらわらと、皆が集まってきた。それでもって、ばっちり康太とこの彼女が冷蔵庫の中と
外で対峙しているのを目撃する。
「……あ。いや、その……」
 数拍、やはりというべきか同僚達も固まってしまっていたようだ。無理もない。
 だがそこでコホンと、内年配の一人がわざとらしく咳払いをして一言。
「志波。お前の色恋に口を出す気はないがな……。プレイは、時と場所を選べ?」
「違いますよ! っていうか、第一声がそっち?!」


 結局、誰も康太の無実を信じてくれる者はいなかった。
 顔見知りな同僚達からはそれこそ直截的な非難はなかったが、その分異変を聞いてやって
来た工場長やフロアチーフには散々絞られた。
 一先ず、害意はないらしい(衛生的には問題ありまくりだが)ので彼女にはさっさと工場
から出て貰い、皆仕事に戻った。勿論、康太もその一人だった。
『志波。ちゃんと送っていけよ?』
『チーフ機嫌悪かったからなあ。二度目は無いぜ?』
『いや、別に俺のじゃ──』
 なのに同僚達はすっかり勘違いしている。仕事上がり、ロッカールームで工場の玄関で、
皆が皆してそんな言葉を掛けながら帰って行く。
 康太は何とか否定しようとした。なのにその殆どに「大丈夫大丈夫。分かってるから」的
な微笑みを返されるというのは如何したものか。
『あ、来た来た。おーい!』
 更に、何より──その元凶である当の色白女までもが何故か、ちゃっかりと玄関前で自分
の帰りを待つように居座り、手を振ってきたのだった。十中八九、この流れに乗ってしまう
気である。
『……お前なあ』
『えへへ。すみません。でも私、街に来たはいいんですけど、当てがなくて……』
 勿論、康太はさっさと追い払って部屋(アパート)に帰りたかった。
 なのにそんな事を言われる。家出か、或いはお上りさんか。
 すると彼女──冬子(トウコ)と名乗ったこの女はぶんっと頭を下げ、頼み込んで来た。
暫くでいいから置いてくれないかと。
『今日会ったばっかりの男にか……?』
 ため息が出る。迷惑を掛けておいて更にそれを上塗りしようっていうのか。
 しかしだからと言って、突っ撥ねた末に勝手に野垂れ死なれても良心ってものが痛む。
『無防備過ぎだろ。悪い事は言わねえ、交番に行こう。親元に連絡して迎えでも何でも寄越
して貰えば──』
『だ、駄目です! それだけは絶対! わ、私の故郷は遠いので、仮に迎えがあっても日数
が掛かりますし……』
『……そっか』
 だからごく良識的な提案をした筈なのに、彼女からは妙に激しく拒まれた。やはり家出説
が濃厚なのか。家族に連絡するのを躊躇うという事は……。
『仕方ない』
 だからこそ、暫く思案し、康太は折れざるを得なかった。
 これ以上職場の皆には迷惑を掛けられない。このまま解き放ってまた変な所に潜り込まれ
たら、また火の粉を被りかねないしな。
『なら、家に来い。だが一時的だぞ? 親御さんらが来るまでの仮の宿くらいなら、家でも
代わりは出来るだろ』
『! ありがとうございます!』
 ぱあっと明るくなって彼女が笑う。
 嗚呼、面倒な事になっちまったなあ……。頬を掻きながら康太は思う。

「──あ~……極楽、極楽~」
「……」
 あれから三週間以上。結局冬子が故郷に連絡する様子はない。
 何となく嫌な予感はしていたのだが、完全に居付かれてしまっている。
 その週のシフトが終わって部屋に戻って来てみれば、案の定今日も部屋では冬子が冷房を
全開に効かせて部屋でゴロゴロしている。
 お菓子をぽりぽり、テレビを観ながら雑誌を読みながら。……うん、清々しいほどに満喫
してやがる。
「あだっ!?」
 なので康太は憎らしさのまま一発、お仕置きの意味で彼女の頭に拳骨を喰らわせていた。
 のた打ち回って転がる彼女。服装は相変わらずのマフラーと長袖長ズボンだ。
「あだっ、じゃねえよ。何度も冷やし過ぎるなって言ったろーが! 電気代跳ね上がるわ!
ただでさえ毎年のように値上がりしているってーのに」
「でも~、暑いんですよお。焼け死んじゃいます」
「……だったら先ず、その厚着をどうにかした方がいいと思うんだがな」

『えっと、実はですね……。私、雪女なんです!』

 最初、部屋にこいつを連れて来て二人っきりになった開口一番。そう自己紹介してきた時
には頭大丈夫かと思った。
 当然、そんな感想はそっくりそのまま口に出て彼女へ。
 だが本人は、至って真面目に嘘ではないと訴え、改めて「アカン奴と関わってしまった」
と胡散臭い眼で見返す自分にぷくーっと頬を膨らませていたものだ。
 もしそれだけなら信じる訳なく、もっと早々に追い出していただろう。
 あの直後、そんなに信じて貰えないならとその力を使い、彼女に文字通りの凍り付けにさ
せられるまでは……。
 曰く、彼女は人間社会に憧れて街に降りて来たらしい。
 だが本物の雪女──妖怪の類(正式には妖魔と呼ぶのだそうだ)がそう簡単に馴染める筈
もなく、伝手もなく、暑さをしのぐ場所を求めていたらあの大型冷蔵庫に辿り着いていたの
だという。
 確かに、あんなクソ寒い中で平然と寝てるとか常人じゃあり得ないもんな……。
 まだ砕けた氷が身体に残り、慌てて引っ張り出したヒーターで暖める中、自分はそう辻褄
が合う──合ってしまった内容を思い出しながら、このいきなり自分を凍らせてきやがった
雪女という存在を認める他なくて……。

「え? 脱いで欲しいんですか? 康太さんって、意外と──」
「やかましいわ?!」
 なので、結局心の底から強くは出られない。
 それは相手が人間ではないと文字通り体で思い知らされた事もあるが、何より彼女の見た
目は普通の女性である。その髪色や瞳、冷気を操る力など普通じゃない部分もたくさんある
が……可愛らしい女性なのである。
 長いような短いような、気付けばそんなボケとツッコミが嵌った関係。同居人。
 だからこそ何時の間にか、康太が文句を垂れるのは彼女が此処にいる事ではなく、そんな
日々の細々した事ばかりになっていた。
 冬子がほうっと顔を赤く染めてしなを作る。雪女だけに綺麗な色白な分、内心こういう反
応をされるとつい男の性が反応してしまって困る。
「と・に・か・く! 冷房の設定温度をもっと上げる事! 電気を使うのもただじゃないん
だぞ。俺達は、そういう諸々を払う為にも働いてるんだからな」
「……」
 寝転がりから起き上がって座っていた冬子がぱちくりと目を瞬いていた。すると理屈の上
ではそうで、本意ではないがそう語って諭してくる康太を見つめて、彼女は暫くするとはた
と思いついたようかのように言う。
「なら私も働く! それも、人間っぽいことだよね?」
「……は?」

「おはようございまーす!」
「ああ、おはよう」「おはよう、冬子ちゃん」
「──」
 故に翌日、職場に来てみると康太は唖然とする他なかった。
 冬子がいたのである。それも自分達と同じ作業着を着て、さも前から一緒に働いてきた仲
間であるかのように、同僚達と気安く挨拶も交わしながら。
(お、おい! お前一体、何やってんだよ?)
(何って……。昨日も言ったじゃないですか。働いてるんです。どうせなら来た事のある、
康太さんと同じ所の方がいいなあと思って。自分で冷房つけなくても心地いいですし)
(嗚呼、確かな~……って違ぇよ! 昨日の今日で何で皆普通に受け入れてんだ? 実は以
前から上に頼んでたとか、そういうのか?)
(違いますよー。ちょっと、魔力で皆さんに私を関係者と思って貰いました。正直精神干渉
系の魔力ってあまり得意じゃないんですけど……)
 そうじゃない。思わず頭が痛くなった。慌てて康太がむんずと冬子を物陰に引っ張って事
の次第を問い質すと、彼女はそう悪びれた様子もなく答えたのある。
「おいおい、志波~」
「イチャつくなら仕事の後で頼むぜ~?」
「あ、はーい。すみませ~ん」
「……」
 同僚達の何人かが、ニヤニヤとこちらをそんな生温かい眼差しで覗いてくる。
 彼らにそう謝りながら、冬子は持ち場(これも何時の間にか割り振って貰ったらしい)に
戻っていく。去り際、こちらにウィンクしてくる。
 洗脳とは言わないまでも、似たようなものか。何でもアリだな……。内心ドキドキしなが
らも、だが首をふるふると振りながらも、康太はどんどん置き去りに去れていくような状況
に必死について行こうとする。普段の作業に集中しようとする。
「あ、そこはまだ大きくぶつ切りでいいよ。砕くのは機械がやるから」
「はーい」
 中々上手く行かなくて、点々とした末の今の職場。
「す、すみません。何か機械が止まったんですけど……」
「ん? ああ。ここを先ず外さなきゃ駄目だ。セーフティだよ。これで、動く。な?」
「本当だ……ありがとうございます」
 オッサン臭い性格が少なくないけれど、現場の皆は基本いい人達だ。最初こそ肉を捌くと
いう不慣れな仕事だったが、ようやく自分も落ち着けたんだと思った。
「……」
 なのに、突然あいつが現れた。俺の平穏が崩れ始める切欠だった。
 何故此処なんだ? 自分なんだ?
 雪女。そんな訳の分からないものに振り回されて、実際一度は凍らされて。
 色白の、ちょっと頭の緩い美人だ。行く当てもないと言った。
 だから改めて自分が腹立たしい。色香に負けて、良心の呵責に負けて……結局全部、俺が
非日常の割を食っているじゃないか。
「あ~……す、すみません」
「なぁに。いいって事よ」
 元は自分が招いた種とはいえ、今や家ではあいつの所為で気が抜けない。
 なのに更に職場(こっち)にもだと? ふざけるんじゃない。
「慣れない内は仕方ないさ。これから覚えていけばいい」
「困ったら何でも聞きな。教えてやっから」
「はいっ!」
「──ッ」
 故に康太は次の瞬間、ダンッと踏み出し、冬子の手を奪い取っていた。
 黙々と集中していたつもりだったのに、彼女の声はどうしてもやけにはっきりと強く耳に
響いて来てしまう。
 怪訝な、操られた同僚達の視線をお構いなしに、康太は工場の外まで彼女を連れ出した。
 怯える彼女に、その沸々と沸き上がった怒りを隠すことなく、叫ぶ。
「ふざけんなッ!! お前、皆に何やってるのか分かってんのか! 滅茶苦茶だよ、お前が
現れた所為で全部滅茶苦茶だ。……結局里に帰るつもりも更々無かったんじゃねぇか。人の
良心につけこんで、のうのうとしやがって」
「康、太……。ちが──」
「出て行け!! 俺の欲しかったものを、壊すんじゃねえ!」
「……っ」
 壁際に拳をぶつけ、睨み付ける。彼女が何か言おうとしたのも気付かず、迫る。
「……。ごめん、なさい」
 俯いて、冬子は駆け出した。自分を追い込む康太の脇をすり抜けて、そのまま工場の敷地
外へと消えていく。

 つぅっと。伝っていたような気がした。
 向く視線が正反対に交わったその時、康太の視界の隅、宙に一粒の水滴が漂ったかのよう
な気がした。


 ──彼女は、帰って来なかった。
 本人がいなくなり洗脳の呪縛も解けたのだろう。同僚達は彼女の不在に誰一人疑問を抱く
様子もなく、その日康太は残業も含めてみっちりと働いて帰って来た。
 冬子の姿はない。無理もなかろう。妖怪の常識とのギャップに、ショックでも受けたか。
 どうせ腹を空かせたら帰って来るさ……。最初、康太はそう軽く考えていたのだ。
 だが一晩経っても彼女が部屋に戻って来る事はなかった。リビングに彼女が読んでいた雑
誌やスナック菓子の袋、アイスの棒などがごみ箱に詰め込まれている。
 二晩経っても彼女は帰って来なかった。三日経っても、一週間経っても変わらなかった。
 まさかと思った。あいつは“職場から出て行け”ではなく“自分の下から出て行け”と取
ったのではないか?
 ……なら、好都合じゃないか。ふふ。康太は部屋の中でぎこちなく嗤う。
 これでようやく元の平穏な生活に戻れるんだ。小さくも我が城と、比較的心が折れなくて
済む働き口。
 これでいい。これでいいのだ。
 冷気吐き出す色白の美人、雪女なんて、空想の産物なんだ。
「……」
 なのに、何故こうにも薄ら寒く感じるのだろう。今までずっと一人だった。自分の身の丈
に合った暮らし方であった筈だ。
 彼女の残り冷気(が)? 何を馬鹿な。それではまるで、俺は……。
 自分だけの話ではないじゃないか。
 この都会の中で、それぞれが仕切られた個室に寝泊りする、生計を立てる。酷く単調で時
間を只々食い潰すような生き方でも、きっとそれがこの世界の大多数の当たり前で……。
 おかしいじゃないか。
 一人が、こんなにも薄ら寒く感じるなんて。
「……くそっ!」
 だから康太は駆け出した。この奥底で震える感情を、フローリングの床に叩き付けて駆け
出すしかなかった。私服のタンクトップとジーンズ姿で部屋を飛び出す。

 雪女。人間の社会に憧れ、故郷から出て来た女性。
 今は夏。夜とはいえ、このコンクリートジャングルは日が落ちてからも暑い。
 嗚呼、何でこんな事にも気付かなかったのだろう。本人も言っていたじゃないか。
 ただ──暑さをしのぎたかったのだ。人間の社会に憧れても、雪女である彼女にはこの街
の、この時期の環境は辛かったのだ。
 工場(しょくば)の冷蔵庫の中、全開に効かせた部屋の冷房。そこからまた最初の場所に
戻って、人間には寒いくらいの冷気の中で過ごす。
 仕事という名の合法付きで。たとえ方法が正規のものではなくとも、より人間らしく。
 それに、言っていたではないか。
 俺と……同じ所がいいと。

 ──追い出されてしまった。あの人ならきっと、と思っていたんだけど。
 私は妖魔だ。族名を雪女、氷雪と約束の妖魔だ。
 幼い頃からずっと人間の世界に憧れていた。彼らの住む街には、私達が普段知る事も見る
事もない色んなものがたくさんあるのだと聞いていた。
 でも……その夢は中々叶わない。畏怖と怪異が彼らの中で共存していた大昔とは違い、今
の彼らは私達の存在自体をなかった事にしている。空想の中だけの存在だと思っている。
 実際、それは半分当たっていて、半分間違っている。
 人間達がいたから、私達は生まれた。私達がいたから、人間があった。
 だから、お爺ちゃん達以前の世代は人間を恨んでいたり、或いは関わる事を諦めてしまっ
ているけれど、私はそう思いたくない。終わらせたくない。きっと、また一緒に暮らしてい
けると信じたかった。
 他の何人かと同じように、ある時私は里を出た。人間の街に下り、その社会の中で暮らし
ていく為だ。
 個人の憧れもある。人間達の技術やお金──というものを持ち帰って勢力を付け直すなん
ていうちょっと物騒な目的の為に動いている部族もあると聞く。
 だから、じっとしていられなかった。いずれそう遠くない将来、また人間と私達は交わる
時が来る筈。そんな時、こちら側をよく知っている、間を取り持つ人材がいたら、私達はも
っと違った形で彼らと共存できるんじゃないかって。“災い”だけに限らず、互いに関係性
を持つ事が出来るんじゃないかって。
 ……でも、もやもやとそう志ばかり持っても、人間社会では私はあまりに無力で。仲間だ
って(基本的に皆正体を隠しながら暮らしているから)そう簡単には見つからなくて。
 そうして路頭に迷いかけていた。街を当てもなく歩き回った。季節も、仇になった。
 夏は暑い。私たち氷雪の妖魔にとっては一番苦手な季節だ。しかも人間の街は里にいた頃
のそれとは全然違う、異質の暑さをむんむんと放っている。
 冷やっこい所へ──。そうして辿り着いたのがあの大きな冷蔵庫だ。久しぶりに身体に合
う環境を見つける事が出来て、ついうとうと眠ってしまったのだけど……。

 康太。私を見つけてくれた人。
 最初は何だかんだ文句ばっかり言ってたけど、私を部屋に置いてくれた。本人は気付いて
いないみたいだけど、人間の色んなものやことを見せてくれた。
 此処からなら。そう思うようになった。
 彼となら。目標に向かって踏み出せるかもしれないと思った。
 だから康太が、冷房に当たってばかりいないで働けと言った時、動いたんだ。
 人間を知る為に人間らしいこと。働くこと。
 戸籍? というものがそもそも無い私がそれを可能にするには、どうしても魔力で無理を
通してみるしかなくて……。

「──かはっ!」
 叩き付けられる。あれから十日くらい経っただろうか。私は夜の路地裏で、妖魔生命最大
の危機を迎えていた。
「やれやれ……。とんだ肩透かしだ」
 黒いスーツと撫で付けた髪、黒い皮の手袋。
 敵意しか感じ取れない、冷たい眼の人間の男だった。その手には呪文がびっしりと刻み込
まれた太刀が一本握られている。
 退魔師。私たち妖魔を退治する事を生業としてきた人間達。かつてその多くが“災い”の
化身であった私達を「敵」として滅ぼしていく事で、息災が維持される信じた者達。
 彼らとは関わるな──お爺ちゃんやお婆ちゃん、父さん母さんからも口癖のように言われ
てたっけ。
 私達は災いに対する“認識”から生まれたのであって、厳密には災いそのものじゃない。
 だけど、少なくとも大昔、私達とそれはイコールだった。他ならぬ人間達が私達の存在を
認め、信じていたから。
 でも、そんなかつての繋がりが薄れた現在(いま)、私達にそこまでの力はない。つまり
私達を殺したからって災い自体が無くなる訳じゃない……。
「街に、新しく妖魔が降りてきたと報告があったから足を運んできたものの……こんな季節
外れの若造では甲斐が無いな。何を企んでいるのか知らんがさっさと死んで貰おう」
「……」
 太刀を手にゆっくりと退魔師が歩いて来る。呪文の型はうろ覚えだけど、妖魔だから即殺
すなんて言葉を呼吸するように口にする連中──私は知ってる。
(施厳(せごん)宗か……)
 よりにもよって、一番危ない派閥の奴に目を付けられてしまった。今も左肩から胸元に掛
けて、ざっくりあいつに斬られた傷が痛む。
 お前も赤い血なんだな──。その時、そんな事を言われたっけ。
 当たり前じゃない。そりゃあ、中には違う色の部族もいるけどさ……。
(……康太)
 血を流し過ぎたみたいだ。意識がぼうっとしてくる。壁に背を預けた身体が酷く重い。
 喉の奥でそう彼の名前を呼んでいた。親切にしてくれた、あの人の名前を呼んだ。
 ごめんね。もう会えないみたい。
 人間(そっち)のお話じゃあ私達は、貴方達が約束を破った事で出て行っちゃうけど、私
の場合は逆だね……。ごめんね。
 せめて、それだけを……謝って──。
「見つけた!」
 だから、私はにわかにハッと意識が引き戻される──生き返る心地がした。
 聞き慣れた声。切羽詰った荒い息。
 私と、退魔師の男がそれぞれに声のしてきた方向、路地裏の入り口を見ると……康太が立
っていた。じわりと汗に濡れながら、射殺すような眼でこいつを睨んでいた。
「……ほら見ろ。街は怖い所だろう? 暗がりで刀振り回してるような奴は、結構イレギュ
ラーだけどな」
 カツン。こっちに近付いて来る。私は驚いていて……だけど来ちゃ駄目だとふるふると首
を横に振っていた。咄嗟に声が出なかった。
 こいつはただの人間じゃない。康太じゃあ、勝てないよ……。
「……。君は誰かね? 今取り込み中だ。邪魔しないでくれ。人間の掃除は、基本仕事の範
疇ではないのでね」
「そりゃこっちの台詞だ。牛や豚やらの肉は切るが、人肉は専門外だよ」
 訳の分からん事を……。退魔師は呟いていた。だけど私には分かる。今、康太は頭の中が
いっぱいいっぱいだ。きっとこいつ以上に、訳が分からなくなっている。
 でもその歩む足を止める事はない。
 拳を、握り締める。
「冬子を離せよ。いい歳こいたオッサンが、女一人に何やってる」
「……信じられないかもしれないが、彼女は人間ではないよ。人に仇なす魔の者だ。ふむ?
どうやら君は、正式にではないが彼女と“縁”が出来ているようだね……」
 残念だよ──。
 言って、退魔師は切っ先を私から康太に向けていた。
 拙い。妖魔(わたし)を庇ったと、攻撃対象にする気だ。駄目、逃げて! ようやく声が
出た私は、力の限り叫んでいた。
 ごめんなさい……。
 それを伝える以前に、貴方が死んだら──。
「じゃかましぃ!!」
「ぶぇらっ!?」
 なのに、信じられない事が起きていた。
 彼が一撃を入れていたのだ。妖魔すら切り裂く退魔師の剣を、康太は左腕でざっくり切ら
れながらも受け止め、その隙に全身全霊の右ストレートを顔面に打ち込んでいたのだ。
「──ッ!? ……?!」
 な、何て無茶を。
 唖然とした。だけど凄く……嬉しかった。
 思いっ切り殴り飛ばされて、退魔師は口や鼻から血を流してアスファルトに大きく手をつ
いていた。左腕に刺さった刀をぺいっと放り放ち、康太は言う。
「……知ってるよ。雪女、だろ。一回凍らされたしな。だが今はそんな事は関係ねえ。俺は
今、滅茶苦茶頭にキテんだ」
 カツン。数歩歩いて、康太が私の前に立った。
 ふるふると頭を振るこの退魔師から私を庇うように、守るように。
「正気か……。やはり、君も憑かれ者として」
「疲れたら寝てりゃ治る。こちとら身体が資本だからな。……そりゃあ、平穏無事で過ごせ
れば何よりだよ。だけど俺は、自分のせいで誰かが野垂れ死ぬって分かってるのにぐっすり
と眠れるほど、図太い性格はしてねぇんだよ」
「康太……」
 多分、謝ってくれているんだと思う。見た感じ私に向けている訳ではなさそうだけど。
「っ、くぅ……」
 ぼたぼた。左腕から、大量の血が滴っていた。
 退魔師が、打ちつけて血が流れる頭を庇いながら憎々しげにこちらを見ている。
「──出してんじゃねぇよ」
 だけど康太は、右手で傷口をぎゅっと押さえて真っ赤にしながら。
「うちの同居人に、手ぇ出すんじゃねえ!!」
 それでも頭に血が上ったままらしく……言ったのだった。
                                      (了)

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  1. 2015/03/22(日) 21:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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