日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「無塵ノ世界」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:砂漠、過酷、主人公】

※今回、盛り過ぎました。15000字半ばあります。
なので読了の際には予めそのつもりでm(_ _;)m



 世界は、終末を迎えているという。
 そんな馬鹿な──。何代も前、それこそ曾爺さんや曾々爺さんの頃にはそれが普通の感覚
だったのだろうと思う。
 だが事実だ。世界は、今こうしている間も滅びの一途を辿っている。
 原因はよく分かっていないらしい。ただ現実に、世界のあちこちが草一つも生えない砂の
大地にどんどん変わっていている。
 加え、自分は実際に見た訳ではないが、何でもその不毛の地の果てには文字通りの“無”
までが広がっているらしい。
 ぽっかりと世界がその部分だけくり抜かれてしまったような、光一つ通さない闇。
 鉄道公社に勤める知り合いが、以前それを目撃した(みた)のだという。
 曰く、一度あそこに入ってしまったら二度と戻れないぞと、本能がガンガン頭の中で警報
を打ち鳴らし続けるような。
 何より今も頭の片隅に、胸奥にこびり付いているのは、その“無”とやらは砂の大地と同
様、それもこの侵食の後を追うように拡がっているらしいという話であった。
 ……本当に、この世界は終わるんだな。そう思う。
 人伝に聞く話やら、自身仕事でその砂に沈んだ大地を横目にする事があったりすると。
 実際、この侵食によって今まで幾つもの国が滅んでいる。人々は未だにこれに対抗する術
を見つけられず、只々まだ侵されいない土地に移り住む──逃げるしかない。
 そうなると、やっぱりこのご時世荒れるものだ。
 何せ食料も土地も限られている。そこにどんどん人が密集していくのだ。秩序が乱れれば
どうしても取り合いになってしまう。
 国が、政府がきちんと機能していればまた違ったのかもしれない。
 だがもうこの時代──国など簡単に滅びるのだという認識が当たり前になってしまった時
代に、はたして彼らの言う事に従順な人間などどれだけいるのだろう。

 自棄。多分そんな感情に近いのかもしれない。
 どうせ全部滅びるんだ。どうせ助けなんて無い。
 だから大抵の奴はこの時代にかこつけ、好き放題に暴れている。

 でも、そんな暴挙すら。
 俺には、酷く虚しいものに思えてならないんだ……。

「──タ、ヘイタ!」
 ぼうっとしていた視界と意識を、彼女の声が揺さ振り起こす。
 ヘイタははっと我に返った。尤もその瞳の力や表情は、普段のそれと同じようにとろんと
していて、見る者の大半は彼を“怠惰”な人間と評するだろう。
 目の前には血に染まった男達が数人転がっている。他ならぬ彼自身が殺したのだ。
 手に握った片刃の剣。そのべっとりと染まった刀身に、ヘイタはやはりぼうっと視線を這
わせて黙していた。
「ちょっと、大丈夫? 無理にそんな事するから……」
「……別に無理じゃない。ほら、依頼の物、回収するぞ」
 そんな彼に声を掛けてくるのは、相棒であり、同じ孤児仲間である少女・カズラだ。
 ヘイタは血だまりの中に感情乏しく屈み込む。奴らの荷物を探る。
 お前らが悪いんだ。こっちも“仕事”なんだよ。
 抵抗するなら──殺るしかないじゃないか。
「まったく……。あんたに誇りってものはないの? ま、何もあんたに限った話じゃないん
だけどさ」
「……」
 首筋辺りで切り揃えられた黒紺の髪、そこにワンポイントで揺れる緑葉の髪飾り。
 自分の後ろで背を預け、カズラは同じようにこの男達が運んでいた荷物を探り始める。肩
にはちょこんと、自身の得物である短槍を引っ掛けて。
(誇り、ねえ)
 よく彼女はそんな言葉を口にする。曰くこんな時代だからこそ、私達人間は守るべきもの
がある筈なんだと。
 言い換えるのなら「尊厳」という奴だろうか。でも彼女には悪いが、そういうものを大事
にしている人間は、今日び凄く少数派だと思う。
 他ならぬ自分達だってそうだ。
 便利屋──報酬次第で何でも引き受ける商売。今回はとある商人からの依頼で、この一団
が手に入れたというある宝玉を持ち帰るという内容だった。だから自分達は事前に、彼らの
行動半径を調べ、この通り掛かる森に隠れて待ち伏せを行った訳だが……。
「あ、これかな?」
 そうしていると、カズラがそれらしい物を見つけた。掌サイズの黒い硝子のような球に何
かよく分からない文様が埋め込まれている。
 見た感じ、そんな高級そうでもない代物だ。こいつらは、たかがこんな硝子球一つに命を
張ったというのか。
「ああ。多分それだと思う。メモの絵と同じだ」
 事前に依頼人から受け取っていたスケッチ紙を見返して、カズラと共に確認する。間違い
ない。それに奴らの荷物からは、他にそれっぽい品は見受けられない。
「それにしても……何であんなに必死になって抵抗したのかな? もしかしてこれって、す
っごいお宝なのかも」
「……知らねぇよ。知る必要もない。俺達は依頼通りに仕事をして、金を受け取る。それで
いいじゃないか」
 カズラがしゅんとしている。それでもヘイタは冷淡を装った。
 汚れた剣を遺体の衣服で拭い、宝玉を手にした彼女を連れてさっさと森を出ようとする。
「んもう。またそうやって……」
 幼馴染(かのじょ)が唇を尖らせながら後をついてきていた。カチャリと、歩く度に髪飾
りが揺れている。
 ヘイタはそれでいいと思っていた。何ぶんこの時代にはお人好し過ぎるこの相棒を、自分
が上手く引っ張ってやらなければと思っていた。

 だから……彼は程なく後悔する事になる。もっと彼女と、何もかも開けっ広げて話してお
くべきだったと叶わぬ願いを抱き続ける事になる。

 この翌朝だった。
 近くの村で宿を取っていたヘイタが見たのは、隣の部屋で血塗れになって沈黙する、何者
かに惨殺されたカズラの姿だったのだから。

 ***

 その日、約束の時間になってもベグニからの連絡は無かった。
 本音を言えばあまり人目につく場所に出歩きたくはなかったのだが、仕方なく彼の商会へ
顔を出して従業員らに居所を問う。
 彼らから話を聞くに、少なくともあいつは引渡し場所へは出掛けたようだ。
 だとすればそちらでトラブルが? 面倒この上ないが、充分にあり得る。だから私は便利
屋などに捜させるのはどうかと言ったのに。
「──何で知らないんだよ! こっちは相棒を殺られたんだぞ!」
「そ、そんな事を言われても知らん! 少なくともうちの者ではないわい。そもそもそっち
が持ってくる約束だったブツを、何でわざわざ襲ってまで回収せねばならん!?」
 仕方なく私は足を運んだ。場所は棄てられたとある集落跡にある、小さな礼拝堂だ。
 そこで私は、また一つ面倒そうな光景を目の当たりにする事になる。
 ベグニがいた。少なくとも“奴ら”に道中殺されたという訳ではなかったらしい。だがそ
の一方で、彼に激しく詰め寄っている──いかにも凡庸な青年の姿もあった。
「おい。一体どうした?」
「あ、な、ナーバルの旦那! そ、それがですね……」
「ああ? 何だよてめぇ。もしかしてこのオッサンの仲間か?」
 私が近付いていくと、助けを求める視線となりふり構わぬような眼差しが向けられた。言
わずもがな後者は青年の方だ。
「仲間、か。少し違うな。依頼主だ。私は彼に、ある物を手に入れるよう頼んでいた」
 青年はそこでピクリと眉間の皺を深くする。腰の剣がその震える身体と一緒にガチリと音
を立てていた。
 ……相棒が殺られたと言っていたな。成程、むしろ“奴ら”に狙われたのは彼の方か。
 別にこの初対面の相手にいきなり攻撃するつもりはないのだが、念の為コートの下に隠し
た拳銃をいつでも取り出せるようにしておく。
「そうか。じゃあ、俺からすれば依頼主の依頼主って訳か。……すまなかったな。だったら
あんたの依頼、ミスっちまったよ」
 するとそれまで感情的だった青年に、幾許の理性が戻って来る。
 いや、理性と表現するには些か彼を過大評価し過ぎか。ただ単にビジネスライク──この
時勢に蔓延るいちタイプとして接してきているだけに過ぎない。
「途中から声は聞こえていた。……盗られたか」
「ああ。あんたの欲しがってた物ってのは……この硝子球だろ? 回収した後、カズラ──
相棒が持ってた。朝、宿で起きたら、あいつが殺されてて……その球も無くなってたんだ」
「……」
 依頼時にベグニから渡されていたのだろう。彼は懐から一枚のスケッチ紙を出して見せな
がら言った。
 ほぼ確定であった。どうやら自分は“奴ら”に先回りされてしまったらしい。
 静かに唇を噛む。同情はしないが、ここで不用意に慰みでも掛ければまた彼の怒りを買う
かもしれない。使えなかった人間など今切ってしまってもいいが、奴らに『鍵』の一つが渡
ってしまった以上、そんな無駄な時間を過ごしている暇はない。
「……どうします? 旦那」
「どうもしないさ。今まで通り残る『鍵』を探す。セプファー、ディゼム、ミュグロス──
誰かしらが持っているのは分かっているんだ。私が持ち主の一人である限り、奴らと接触す
るチャンスはきっとある」
 ベグニの不安と焦燥の混じった眼差しに、私はそう返してやった。
 事実である。それに他の古の民(ヴェテレス)とは違い、私は神には興味がない。
「ベグニ。そいつに金を渡してやれ。報酬の代わりと……手切れ金だ」
「は、はい。旦那がそう言うのなら──」
「待て」
 なのにだ。こちらは早く次の手を打つ準備をしなければならないというのに、この青年は
何を思ったのかずいとこちらに詰め寄って来たのだ。
 まるで再燃したかのような。
 さっきみせていた淡々とした──いや、虚脱した気配が、打って変わってこちらを睨み付
ける殺気に満ち溢れている。
「……何だ。私は急いでいるんだが」
 少し思考して嗚呼と、自分の前言、前々言の軽さを呪う。
 要するに復讐か。奴らの名前を彼の前で出すのは、彼にとっては燃料をくべるようなもの
だったか。
「金はいいから俺も連れて行け。あんた知ってるんだな? カズラを殺した奴を」

 ***

 カズラが死んだ。
 そんな目の前の光景に、事実に頭の中が真っ白になって滅茶苦茶に黒く燃えてしまいそう
になったが、俺は辛うじて約束の通り、依頼人の下に足を運ぶ事が出来た。
 便利屋なりの、誇りって奴だ。あいつがつい昨日まで口酸っぱく言っていたそれが、今の
俺には自分を突き動かす原動力になっていたのだと思う。
 誰がカズラを……。怒りは渦巻いている。
 だが先ずは、依頼が失敗に終わった事をあのオッサンに伝えなくてはならない。
『仲間、か。少し違うな。依頼主だ。私は彼に、ある物を手に入れるよう頼んでいた』
『どうもしないさ。今まで通り残る『鍵』を探す。セプファー、ディゼム、ミュグロス──
誰かしらが持っているのは分かっているんだ。私が持ち主の一人である限り、奴らと接触す
るチャンスはきっとある』
 そこにもう一人現れたのは、金髪の優男だった。
 オッサンの口振りから、その上客か何かだと分かった。名前はナーバルとかいったか。
 奴は確かにそんな事を言っていた。あの「硝子球」が何で「鍵」になるのかは分からない
が、こいつは幾つかあるその一つを持っていて、他のそれを捜していた。そして何より、カ
ズラを殺した犯人に何人か心当たりがある……。
 だから意を決して俺はこの優男に迫った。口実は何でもいい。とにかく、カズラの仇を討
たなければと思った。
『……』
 嫌な眼をしてやがると思った。自分でもよく分からないけど、あの色んなものを諦めてし
まったかのような──だけどそれでも何か、それらを捨ててでもしがみ付く何かを抱き締め
ているような、濁った表面の中に凄みを宿す眼。
『いいだろう』
 暫く俺達は睨み合った後、奴はそう言った。
 コートを翻して再び向き直ると歩き出す。肉壁くらいにはなるだろう──そんな下衆根性
上等な事を呟きながら。

「……それで? 一体これから何処に向かおうってんだ?」
 あの初対面から数日が経った。
 何でもナーバルは、情報収集が要ると言って暫く俺を待機させ続けていた。
 こうしている間もカズラの仇が……。だがそうやって痺れを切らしかけていたある日、奴
は俺の宿まで現れると、ただ行くぞと告げて旅支度のさせたのである。
「“神域”だ。あそこに塔が見えるだろう?」
「シンイキ……?」
 鉄道を乗り継いでどんどん都市の郊外へ。
 おいおい、このままじゃ砂の土地に突っ込んじまうぞ? そう流れる車窓を眺めながら焦
ったものだが、結局俺達が降りたのは端っこも端っこ──砂の大地が間近に迫るとある集落
だった。
 心許ない緑と不毛の地の境界線近くに立ち、背高馬(クヴァ)に水や食料やらの荷物を載
せていたナーバルに訊ねてみると、奴はそう相変わらずつっけんどんに言う。聞いた事のな
い名前だ。俺は奴に顎で示された──砂の大地の遥か向こうへとじっと目を凝らす。
 すると……陽炎のようにぼんやりとだったが、確かに遥か向こうに巨大な石塔らしきもの
が見えたのだ。
「……何だ、ありゃあ?」
「“神域”だと言ってるだろう」
「そうじゃなくて! ……何であんな所に塔が建ってるんだ? 聞いた事ないぞ。大体、砂
の大地ってのは、草一つ生えないような場所だろ」
 だから俺は、思わず口にしていた。そのあり得ない光景に疑問ばかりをぶつけていた。
「……。順を追って話そう。さっさと乗れ」
 なのにナーバルは、何故かじっと眉間に皺を寄せていた。
 ひょいと慣れたように背高馬(クヴァ)に乗り、そう俺に言って来ながらそそくさと砂の
大地へと進もうとする。

「あれは、名前の通り“神”が住んでいる」
 慌てて同じように飛び乗り、その後をテクテクと歩いていくこと暫く。
 ふと奴はそう言った。は──? 俺はそれ以上の単語も出ずにこいつを見ていた。
「何言ってんだお前」
「……分かり易い反応をどうも。だがお前が信じようと信じまいと事実だ。神はいる。まぁ
お前達が想像するものとは大分違うがな」
 相変わらずの嫌な眼。それをついっと横目に遣ってきてから、ナーバルは言った。
 信じるも何も、こんなご時世に神を信仰するような奴なんてよっぽどの馬鹿だぞ……。
 だが語る奴の横顔が余りにも真面目なので、感情を出せないで、俺はただ黙ってその先の
言葉を聞くしかない。
「そもそも、今のこの世界が滅びかけているのは現在の“神”がその資格を失ったせいだ。
詳しくは“神域”へ実際に行ってみないと分からないが、可能性としては奴が失道──この
世界を司るだけの能力を失ったか、或いは誰かに殺されたか」
「殺され……? 神って不死身じゃないのか?」
「お前達が想像しているものとは違うと言っただろう。操る力は確かに強大だ。だが決して
完全無欠の存在じゃない。今までの神は、全て元々この世界に生まれ落ちた者達だからな」
 目を瞬く。こいつの言っている事が何処まで本当なのか分からないが、そんな話は今まで
生きてきて聞いた事がなかった。
 砂の大地が神の死のせい? それに何だ? 今までのって。
 それじゃあまるで、何人も神が交替してきたみたいな言い方じゃないか……。
「話を戻すぞ。この世界は繰り返されている。あの塔──“神域”はこの世界に中心にして
唯一の特異点だ。どれだけ世界中が砂漠化しようと、虚無に呑み込まれようと、あの内部に
いさえすれば決してその被害を受ける事はない」
「ッ!? マジか」
「ああ。そうでなければとっくにこの世界は一面虚無で、私達も存在しない。あれは次代の
神を迎え入れ、次の世界を創造する為の管理棟なんだ。現在の神が力を失った今、私を含め
たこの事実を知っている者達が既に動き出している。“神域”の中枢に至り、我こそが次代
の神となってこの世界を創り直そうとな」
「何だよそれ……。じゃあ何か、俺達はそんなゲームみたいな事の末に生まれたってのか?
こんなクソな世の中も、カズラが殺されたのも、全部──」
「否定はしない。だが私にその殺意を向けられても困るな。私だってお前と同じだ。文句が
あるならこんな創世の仕組みを作った最初の神に言ってくれ」
 尤も、誰もそのような人物を知らないし、とうに滅んだ存在だろうが……。
 あくまで淡々とクヴァを走らせながらナーバルは言った。畜生め。俺はそう言われて矛先
を失い、水筒に口をつけて何度目かの水分補給を行う。
「……でもよ。あんな目立つ塔なら、神が死ぬ前にぶっ潰しに来る奴もいるんじゃねぇか?
実際俺達がこうやって向かっている訳だし」
「そんなザルな訳がなかろう。勿論“神域”は普段常人には見えないし、触れる事すらでき
ない。今だからこそ可能だというだけだ。要である神が死んだ事で、自動的に“神域”自身
が次代の神候補が来るのを待っている。四つの『鍵』を携え塔の扉明け、中枢まで辿り着く
者をな」
「鍵? そういやお前、この前もそんな事言ってたよな。もしかして……」
「そのまさかだ。先日お前達が受けた依頼──お前達が奪い、ベグニに届けられ、私の手に
渡る筈だったあの硝子球が“神域”へと入る為の鍵だったんだ。『混沌の鍵』──他にも、
秩序・再生・破壊と銘のついた鍵がある。『破壊の鍵』は、今俺が持っている」
 すると言って、ナーバルは懐からあの硝子球を取り出してみせてきた。色こそ錆鉄色で違
ってはいたが、中に埋め込まれた文様から大きさまで、それはあの時俺とカズラが手にした
物と全く同じだ。
「本来“神域”に入るにはこの四つの鍵全てを集めなければならない。それが過去何度もこ
の世界で繰り返してきた筈の正攻法だ。だが今回は状況が変わった。急いで塔内に入らない
と取り返しのつかない事になる」
「な、何だよ? それは」
「……侵入した者がいるんだ。ベグニがこまめに斥候を送ってくれていたんだが、何でも塔
が開いた隙を突いてそいつが内部に侵入したらしい」
「え? 四つ球が無いと開かないんじゃなかったのか?」
「それはあくまで“外から入ろうとした”場合だ。中からならその限りではない。“神域”
に暮らすのは何も神だけではないからな。眷属たる聖騎士らに、庶務を司る天使、他にも神
が気に入り招いた女官達などもいる」
「……へえ」
 何だよ、結局ザルじゃん。
「詳しくは分からない。緊急に報告を寄越した直後、その斥候達からの消息が途絶えてしま
ったからな。おそらくは侵入者に気付かれてしまったのだろう。だが問題はそこではない。
彼らからの報告では──そいつは『鍵』の一つを持っていたというのだ」
「……」
 言いながら、ナーバルの顔が険しくなる。
 だが最初、俺はその言葉意味する所をちゃんと理解出来ないでいた。
「それって、拙いのか?」
「……お前は人の話を聞いていたのか? 外から入る為には『鍵』が四つ必要だ。だがこの
侵入者──おそらく私と同じ古の民(ヴェテレス)の誰かは、その鍵を少なくとも一つ持っ
ている。もしそいつが内側から扉を閉めてみろ。鍵はもう絶対に揃わないだろ。そうなれば
まんまと侵入に成功した奴が次代の神になるのはほぼ確定的だ。私達の必死の争奪戦は、全
く意味を成さなかった事になる」
「あ……」
 愚かだった。そりゃあいきなり馬の上でこんな無駄にスケールの大きな話をされて話半分
でいた部分もあったが、ナーバルの最後のワンフレーズが俺を目の前の状況(げんじつ)に
引き戻してくれた。
 必死の争奪戦が無駄になる。
 それはつまり、あの硝子球──『鍵』の為に殺されてしまったカズラが本当に犬死になっ
てしまう事に等しくて……。
「……っ、許せねぇ!」
「分かり易過ぎる思考だが……理解して貰えたようだな。そうだ。私も、これまで『鍵』を
手に入れる、その為に少なからず手を汚してきた他の古の民(ヴェテレス)も奴にコケにさ
れたようなものだ。彼らは今頃怒り心頭でこちらに大挙してきているだろうな。だから無駄
に衝突しない為にも、私達は急がねばならない」
「……」
 どっどっどっ。クヴァの走る音だけが暫し辺りにこだまする。
 俺はそこでふと妙だなと思った。そこは「これ以上、奴に先を越されるものか」とかでは
ないのか? 話を聞いてきた限りこの神争奪戦とやらは、そもそも結構ラフなやり合いが前
提であるように思うのだが。
「だから悪く思うな。そこでお前の仇と出会う可能性はあるが、そこに私が付き合う余裕は
ない。お前が勝手にやっていてくれ。もし残りの『鍵』をそいつが持っていれば、私に渡し
てくれると有り難いが」
「はん。言われなくてもそうするよ。どうせ誰が神になろうが、あんたの話じゃあもう世界
が砂になって無くなっていくのは止められないんだろ? ならぶった斬るさ。最期にカズラ
を殺した奴をぶっ殺して、思い残した事は全部綺麗さっぱり無しにする」
「……そうか」
 どっどっどっどっどっどっ。段々“神域”の塔が目に大きくなってきた。改めてその巨大
さに大きく見上げる。これだけの建造物が、ついこの前まで人目に触れずに存在し続けてい
たというのは、やはり驚きだ。
「……。なあ、一つ訊いていいか?」
「何だ」
「いやな? あんたの話し方を聞いていると、どうもあんた自身はそう神になりたがってる
感じには思えないんだよな。でも塔には入りたい。何でだ? 単に生き残りたいとか、そう
いう理由か?」
「……」
 馬脚が砂の大地を蹴り続ける。ナーバルは暫く黙っていた。俺は答えを待つ。まぁ別に言
いたくないならそれでも良かったが。
「そうだな。私は──」
「待ちなさい、ジン!」
「逃がさんぞ! その罪、万死に値する!」
 だが、ちょうどそんな時だったのだ。
 ビリリと空気をつんざくように、俺達の進む方向とはちょうど直角方向の向こう側から、
何か羽を生やした一団が飛んで来るのに気付いたのは。

 ***

 神は変わられてしまった。だから私は……あの方を殺した。
 見ていられなかった。かつて忠義を尽くすべき方だと信じ、人の身すら捨ててその眷族と
なったのに、今やあの方は世界の政(まつりごと)すら放り出している。
 漫然と贅を尽くし、醜く肥えられた。
 色欲に溺れ、気に入った女を見つけると片っ端から連れて来させた。
 今でも憶えている。ある時、女官──もとい妾として目を付けられた村娘が、我々が代理
として告げた神託に泣きながら拒絶したのだ。
 無理もなかろう。彼女には、既に思いを寄せる男(おのこ)がいた。彼女が連れ去られる
と知って庇い立てたその彼の様子を見ても、二人が相思相愛であるのは明らかだった。
 なのに、神はそれを許さなかった。彼だけではない。自らに逆らったその村を丸ごと、自
らの天雷によって無に還したのである。
 圧倒的だった。まさに神の力だった。
 だが私はその頃から既に思っていたのだ。こんな事はおかしい、天帝としてあの方は道を
失おうとしている。
 何時からか? 切欠は……分からない。
 ただ気付いた時には、堕ちてしまわれていた。贅を尽くし、色を好み、己が気分に任せて
徒に命を蹂躙した。
 それでも私は、私達は聖騎士だ。
 神に仕え、神に服従し、その眷属となった者。逆らえば、彼らの二の轍を踏むなど分かり
切っていたのだ。
 だから……殺した。
 あの方が私の中の蔑みに気付く前に、この大剣で背後から一突きにして殺した。
 何、故だ──? 最期の瞬間、上半身と下半身が裂けていく中であの方は紡いでいた。
 あの頃の、聡明で尊敬すべき神のままでいて欲しかった。そんな、私の我がままが故に殺
めるなど同じく醜いと思っていた。
 でも、その一言でむしろ私は吹っ切れたのかもしれない。あの方は何処まで愚鈍になられ
てしまっていた。自身の堕落に自覚すら持たず、腹心の心証さえも量れぬ狭量さ。
 何処までも、貴方は堕ちてしまった。
 このままでは失道による滅びは時間の問題だろう。だから殺した。かつてはあの大地に生
きた人間として、どうせ全て消えてしまうのなら、少しでも苦しむ時間を少なくするのが私
に残された使命だと言い聞かせた。

 大剣に、神の鮮血がこびつく。私もまた、愚かだった。
 もう二度と、こんな世界など──。

「待ちなさい、ジン!」
「逃がさんぞ! その罪、万死に値する!」
 あの方を殺害した私は、当然の如く追われる身となっていた。主既に亡き“神域”。だが
その正当性を、人の身すら捨てて今まで生きてきた己の存在理由とする他の聖騎士達にとっ
ては、私の行為は彼ら個々人への侮辱にも等しい。
 私は逃げていた。潜伏していた近隣の村人らの迷惑になると、彼らに見つかるとすぐ村外
へと飛んだのだ。辺り一面に広がるのは世界の死滅した部分──終末の砂地ばかりで隠れる
場所も見当たらないが、ちっぽけな私の正義感が自分を敢えてあの村から遠ざけていた。
(……このままでは追いつかれる。せめて、これだけでも……)
 聖鎧の背から生える翼を最大速力で駆動させながら、私は闇を探した。終末の砂地を追う
ように広がる世界の無・虚無の御泥。あそこにこの『秩序の鍵』を投げ込めれば、もう二度
とこんな過ちばかり繰り返される創世にも終止符が打たれると思ったのだが……。
「ぐっ!?」
 だがそんな事を考え、視線を巡らせていると、右肩に鋭い痛みを感じた。追っ手の聖騎士
らの攻撃が少なからず掠ったのだ。
 装甲がひび割れ、光の刃が刺さっている。私は顔を歪めながらそれに手を伸ばすと、血が
噴き出すのも構わず抜き捨てた。
 腐っても聖騎士だ。治癒力など基本的な能力は、常人の比ではない。
「ちっ。直撃は免れたか。流石に手ごわいな」
「味方だと心強かったけど、やっぱりいざ敵になるとね……。もっと大きな魔力を使わない
と動きを止める事は難しいかしら」
「おいおい、粉微塵にまではするなよ? あいつは『秩序の鍵』も持って逃げたんだ。主様
が創世後回収できた唯一の鍵だ。紛失だけは絶対にしてはならん」
 了解。年長のリーダー格に、二人の若い男女が返答していた。
 やはりそっちも気付かれた後だったか。このままあっさりと御泥まで行かせてはくれそう
にないな。
(……ん?)
 ちょうどそんな時だった。こちらに向かって走ってくる二頭の馬がある。
 旅人? いや、違う。こんな場所を好き好んで歩き回る馬鹿はいない。次代の神候補か。
だとすれば何故こちらに向かってくる? まさか、奴らもこの鍵の事を──。
「おーい、あんた! 無事か!」
「その翼を持つ鎧、聖騎士殿とお見受けした。何故貴方達がこんな所におられる? 今、塔
が大変な事になっているのではないのですか!?」
 なのに、内一人の青年は馬鹿正直にも私が複数人に蹂躙されていると解したらしい。
 だが肝心なのはもう一人、金髪の男性だった。駆け出した青年の馬より少し遅れて、そう
我々に思いもよらぬ事を訊ねて来る。
「……? どういうことだ!」
「猪口才な。騙されんぞ。お前、前代民(ヴェテレス)だろう? 私達を謀って新しい神に
なる気だな?」
「前代民(ヴェテレス)? いや、何故奴らがもう此処に? 肝心の『鍵』は少なくとも揃
ってはおらんだろうに」
「ご存じないのか? 私の部下の斥候達が消された。他の同胞が、貴方がたらの塔に侵入し
たという報告を残してだ! ロアーツ──いや、天帝は存命なのですか? 一体何が起こっ
ているというのです?」
 だから追っ手の三人は大層狼狽していた。その実私も、内心どういう事だと思った。
 “神域”に、侵入者? 『鍵』の一つは私が持っているというのに。
 故に……私と三人は、思い当たる節に気付いて青褪める。お互いに顔を見合わせ、この男
の言葉に判断が乱れされる。
「まさか、我々が出撃した時に……?」
「うむ。そうとしか考えられん。ジンの捜索の為に門を開けた時、その隙を突いた何者かが
いたのだ!」
「そ、それが本当だとしたら拙いけど……本当か? あの前代民(ヴェテレス)の嘘じゃな
いだろうな?」
「……」
 追う者と追われる者の構図はここに来て消滅していた。眼下の青年はやはり私を助けよう
としていたのか腰の剣を抜いていたが、三人はそんな事は構わず、ひそひそと相談を始めて
いる。
「分からん。だが事実なら緊急事態だ。こちらの始末が付いていないのに、新しい神が決し
てしまう」
 しかし彼らは、結局金髪の男の言葉を信じる──取り入れる事に決めたようだ。
 無難な判断だろう。どちらにしても、より大きなリスクは回避出来るからだ。何より私に
とっては思わぬ助け舟である。
 若い男女の方が私を見て小さく舌打ちしたが、そのままリーダー格と共に塔へ戻るべく飛
んで行った。じきに他の聖騎士達(そうさくよういん)も呼び戻されるだろう。
「……すまなかったな。助かった」
「あ、いや。俺、よく分かんなかったから。今こいつから聞いた。あんた、聖騎士っていう
だってな。神の兵かあ。……下手したらこっちが死んでたな」
「ああ。知らなかったとはいえ、軽率だよ。まぁ、それはいい。ともかく聖騎士殿、詳しい
事情をお聞かせ願いませんか? 私は古の民(ヴェテレス)、ナーバル・ウィンスター。塔
の侵入者も気になりますが、それよりもロアーツです。終末の砂地が発生しているという事
は、彼に何かあったのでしょう? 聡明で、良く自他を律する賢君であった筈なのに」
「……」
 高度を下げて地面に降りる。青年と、やはりか前代民(ヴェテレス)が私を迎えるとそう
めいめいに言った。
 私は、すぐには答えられなかった。
 嗚呼そうだったな。前代民(ヴェテレス)とてあの堕落っぷりは知らないのだ。塔に暮ら
し続けた一族であれば違うが、こうして遥々砂地を来たという事は創世後の開拓組だろう。
「……違うのだ」
「うん?」「? と、言いますと」
「違うのだ。もうあの方は……あの方ではなくなってしまったのだ。……結論から言おう。
神は死んだ。私が、殺した」

 ***

 これは、途轍もない僥倖だ。
 僕は魔力で作り出した透過装備を少し剥がし、溢れそうな笑いを必死に堪えていた。
 ただ、偵察にやって来たつもりだった。ぼちぼち他の『鍵』の持ち主がうろつき始める頃
だろう。あわよくばそこを狙って、四つ全て集める気でいた。
 なのにどうだ? 状況は全て僕に向いて来ている。何とか開けようとしていた扉を、まさ
か内側から彼らが開いてくれたのだ。
 飛び出していくあの羽甲冑は──聖騎士達か。任務の為に塔を行き来する権限を持つ彼ら
なのだから不自然な所はないが、時期が時期だけに隙と言わざるを得ない。勿論、この僥倖
を僕は最大限に利用する。

「ぐ、あ……」
「おの、れ。この、不届き……者」
 予想通りだった。あれだけ飛び出ていた聖騎士の数からして、内部の兵力は相応に手薄に
なっている筈だと踏んだのだ。
 まぁどちらにせよ、僕の魔力とこの人形兵(ゴーレム)軍団の前では同じ事だが。
「ふん……」
 低級の騎士達と、本来非戦闘員である筈の天使。それらを通りすがるがままに薙ぎ倒し、
僕は進んだ。久しぶりである。“神域”内はその外観からは比べ物にならないほど膨大な空
間とエネルギーを内包していて、そこに暮らし奉仕する者達を軽く抱え込める巨大な都市を
形成している。
 すぐに僕が主に取って代わるのだ、あまり壊し過ぎると面倒だ。
 でもあくまで連中は僕に立ち塞がる。正規の方法ではないなどと言い、まだ認められない
と言い、ただ僕と僕の人形兵(ゴーレム)達に薙ぎ倒される。
 何て温い。今上帝はこの程度の戦力しか持っていなかったのか。
 まぁ無理はない。一旦“神”の座に収まれば、自分に歯向かってくる存在など皆無と言っ
ていいのだもの。
 だけど僕は、前回の創世権争奪に敗れてから、死に物狂いで魔力を鍛えてきた。僕自身だ
けじゃなく、こうして無尽蔵の兵団すら作り出した。全てはこの時のため。神の失道が始ま
ったその時から、僕は今日まで同じ神候補らを千切っては投げ、千切っては投げしてここま
で勝ち上がってきた。
 尤も、肝心の『鍵』は二つまでしか集まらなかったけど。
 再生と、混沌。
 二つ目の方は面倒臭かったな。あの女、一丁前に「渡すわけにはいかない」などとこちら
が下手に出たのにつけ上がって結局自分から手放そうとしなかった。まぁ、だからたっぷり
殺しておいたのだけど。真の価値も知らぬ三下が、触れていいものじゃない。
 ……結局、こうして塔の方から招待されたから犬死にっちゃ犬死にだけどね。
(確か、玉座はこの奥だったな……)
 僕は、新世界の神になる。
 乱れに乱れた、砂と闇に呑まれて消えるこの世界をリセットし、僕らだけの世界を創造し
直すんだ。
 だから……だから待っていてくれよ?
 セリア。
 君と僕の、僕らだけの世界を──。

「待ちやがれ!」
 だがそんな僕を、僕らの楽園を邪魔する者が現れた。正直驚いたよ。
 だって玉座に向かう大回廊の入り口、そこへ入って来た扉の向こうから現れたのは、魔力
の欠片も感じない一般人だったから。
 でも彼は剣を抜いていた。間違いなく害意をもってこちらを見ていた。
 どうやって此処に?
 扉なら、間違いなく内側から閉めた筈だけど……。
「てめぇ。ナーバルの言ってた神候補の一人でいいんだよな?」
「ああ、そうだよ。何だい、あいつ、此処に来てるのか。争奪戦の時はあんまり表に出て来
なかったんだけどな。じゃあ君がこんな所にいるのは、あいつの差し金かい? それだって
僕に届く筈はないんだけど──」
「いや、私だ」
 だから、驚いた。
 遮るようにやや遅れてこの男の横に現れたのは……銀髪の聖騎士だったから。
 嗚呼なるほど。そりゃあ内側に協力者がいれば、開くよね。
「おい、こっちの話は終わってねぇぞ。カズラを殺ったのは……お前か?」
「カズラ? 誰だい、それは? 生憎こっちは此処に来る為に結構戦ってきたからねえ。顔
なんて一々覚えていないよ」
「っざけんな! 俺の相棒だよ! 俺の、この世でただ一人の……家族だったんだ。それを
てめぇらが、あんな硝子球一個の為に……!」
「硝子球……ああ。もしかしてあの時の黒髪女か? 面倒臭かったよ。誇りだ何だと言って
こちらが何を言っても渡さなかったからね」
「だから、殺したのか」
「ああ。だって仕方ないだろう? 僕にはあれが必要だったんだ」
 どうやって聖騎士の協力者のを……? それだけは結局解せなかったが、ようやく僕は彼
がわざわざここまでやって来た理由を理解した。
 詰まる所、復讐か。僕が認めた瞬間、懐から『混沌の鍵』をちらつかせた瞬間、見るから
に殺気が膨らんだしね。
 面倒なネズミだ。
 だから僕は、さっさと魔力をぶち込んでこいつを──。
「ぬんっ!」
「ぐっ……!?」
 なのに、何故だ? 何故この聖騎士はこんな三下を庇う。
「……悪いが、彼をこのまま殺させはしないよ。もう、無意味に命が蹂躙されるのを見たく
ないんだ」
「はは。何かと思えば聖騎士様がそんなひ弱な事を……。そんな騎士ありで神もあり、か」
 放った魔力波をあっさりとその大剣で切り裂き、聖騎士は男の前に立ちはだかっていた。
 言葉では笑う。内心では舌打ちをする。
 こいつ、多分上級の聖騎士だな。畜生、あとちょっとで玉座なのに……。
「……ジンさん」
「仇が見つかってよかったな。だが奴は前代民(ヴェテレス)だ。君一人では勝てない。私
も加勢しよう。つまらぬ、小さな罪滅ぼしなのだろうがな」
「いや……ありがてぇ。止めを、俺に刺させてくれさえすれば」
 大剣を、剣を構えて二人がこちらを睨んで来ていた。一丁前に、僕とぶつかる気だ。
 苛々した。面倒だった。
 もう少しなのに、もう少しで、セリアと。
「……まぁいい。要は玉座に辿り着ければいいんだ。鍵も、その後で捜すなり作り直せば何
て事はない」
 ふふ。哂って、魔力の出力をより強くする。
 あの三下の方はともかく、厄介そうなのはあの聖騎士だ。多めに人形兵(ゴーレム)達を
連れて来ておいてよかった。
「潰して(あそんで)やるよ。どうせ僕らの世界に、邪魔な奴は要らないんだから──」

 ***

(──この魔力、侵入者(はんにん)はミュグロスだったか)
 ナーバルは一人“神域”内を歩いていた。
 かつて見た記憶の通り、その内部は大都市を丸ごと放り投げてもお釣りが来るくらいの巨
大な空間とエネルギーを内包している。
 だが神が死んだせいだろうか。その眩い栄光の輝きも、今はすっかり薄暗くなって茫洋と
した不気味さばかりが増している気がする。
 塔の外で出会った聖騎士・ジン。自分達は彼の協力でこの閉ざされてしまった塔に入る事
が出来た。
 二人とは別れた。彼はヘイタの仇討ちに同行するという。……そこまで罪悪感を背負うの
なら、何故もっと違う結末を選べなかったのか。
 いや……今はよそう。少なくとも、今上帝が死んだ──彼によって殺された事により、よ
うやく自分の願いは叶えられるのだから。
 彼はルーンが刻まれた拳銃を手にしていた。道行く方々に、侵入者だと襲い掛かってきた
聖騎士や天使らがぐったりと昏倒している。
(何処だったか……。長い間見ない内に、内装も色々変わったな)
 コツコツと石畳やカーペットの上を歩く。
 ナーバルは思い出していた。まだ塔の外にいた時、ヘイタに訊ねられた言葉を。

『何でだ? 単に生き残りたいとか、そういう理由か?』

 あの時はジン達の騒ぎで応えそびれたが、今冷静になって思えばそれで良かったと思う。
 単純に恥ずかしいというのもあるが、何より……同じ古の民(ヴェテレス)として、自分
とミュグロス達との落差であいつがその剣をブレさせてしまう事を恐れたのだ。
 恐れ。我ながら可笑しい事を考えるものだ。
 あいつはただの一般人だ。ただ、自分達の世界に少し関わってしまっただけだ。
 古の民(ヴェテレス)──前回の創世時に生き延びた、一周前の世界の人間。その多くは
ミュグロスのように、この次代の神を決めるべき瞬間を待ち侘びながら生きていた。
 だが自分は違う。そんな繰り返しは……もうどうでもよかった。
「……此処か」
 やがてナーバルは見つけて呟いた。女官部屋。そう書かれた札が下がる部屋を見つけて、
彼の表情が嬉々と、一抹の緊張を帯びる。
「ひっ──!?」
「お、お許しください! もう私は……!」
 意を決して、ばたむと扉を開けた。すると中に身を寄せ合っていたらしい女性達が、酷く
震えて口々に叫び始める。
 ……よほどだったのだな。ジンから聞いた、ロアーツの色欲への蕩尽ぶりは。
「あなた……?」
「っ!」
 だが彼にとっては、そんな反応も、そんな思考も瑣末だったのである。
 薄暗い部屋の中で、彼は確かにその声を聞いた。一人の女性が立ち上がっている。
 ナーバルは見た。間違いない。ずっと、ずっと会いたかった──。
「サヤ!」
 次の瞬間だった。彼と彼女、二人は抱き合っていた。どちらからともなく駆け出し、互い
にしっかりと抱きついていた。
 他の女官達が唖然としている。だがそれも暫しの間だけだった。
 何故なら解ったから。自分達にもかつてはいたのだから。
 この二人は──夫婦だったんだと。
「……良かった。無事で、本当に良かった」
「どうして……? どうして、あなたがここに……?」
 涙が流れる。それは二人とも同じ事だった。
 だが夫(ナーバル)が感涙であった一方、妻(かのじょ)の方はまだ驚きが勝っていた。
神に連行されてしまった時点で、もう今生の別れだと諦めていたのだろう。
「決まっているじゃないか」
 滅びと再生を繰り返す世界の中心で。
 優しく、しかし激しく抱き締められるその身体。
「サヤ。君に……会いたかったから」
 そして彼女が問う声に、彼はただ唯一、それだけの理由を言うのである。
                                      (了)

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  1. 2015/03/16(月) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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