日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔61〕

 梟響の街(アウルベルツ)の財友館。その日も此処は、少なからぬ利用者達が足を運んで
いた。
 銀行業務から貸し倉庫、貨幣の両替に至るまで。
 人々はめいめいに窓口に並び、自分の番を待っている。
「──そう、焦らなくてもいいんじゃないか?」
 そんな館内の、メインスペースから少し逸れた壁際にリオはいた。
 ずらりと防音仕様の個室が並ぶブース。小銭を入れれば誰でも利用できる、導話器だ。
 彼はその一つに入って陣取り、壁に背を預けるようにして受話筒を頬に押し当てている。
『焦っては……いるかもしれませんね。でも、コーダス本人や家臣団の皆さんとも話し合い
ました。このまま逃げるように黙っている事で被りかねないデメリットを考えれば、早い段
階で打ち明けてしまった方がダメージは最小限に抑えられるだろうと。その点ではこの場に
いる全員が一致している所です』
「それは、そうだが……」
 導話の向こう。その相手は他ならぬシノ──現トナン皇国女皇だった。
 王宮内の夫妻の部屋。そこに設えられた導話器を手繰り、入口で複数の臣下達に不安そう
に見守られながら、彼女は傍らで車椅子に座る夫(コーダス)と共にそう答えている。
 リオはあまり強く食い下がる事が出来ないでいた。彼女は口調こそ穏やかだが、その芯は
存外に強い。既に身内とすり合わせを行っているのなら、もう自分が入り込む余地は無いだ
ろう。
 ──会見を行おうと思っています。彼女から切り出されたのは、そんな決意だった。
 曰く近々、夫・コーダスを人々に紹介しようと考えているとのこと。
 それは即ち彼の今日までの軌跡──彼が魔人(メア)である事と、長らく“結社”に囚わ
れ、黒騎士(ヴェルセーク)として操られていた事実を打ち明ける事でもある。
 リオは勿論これに自身としては難色を示した。デメリットが容易に想像できたからだ。
 魔人(メア)だった。
 確かに今までレノヴィン兄弟の父親たる彼が表舞台に現れなかった説明にはなるだろう。
 しかしそれは人々の嫌悪感・忌避感情を招くには十二分過ぎる。茨の道だ。少なからず彼
女ら夫妻に、ひいては皇家に排斥的な言動を放つ者が出てくる筈だ。
 何より……操られていたとはいえ“結社”の魔人(メア)だったという経緯を、人々がす
んなりと受け入れてくれるかどうか。
「……まったく、親子揃って気の早い。統務院の沙汰が出てからでもよかったろうに」
 尤も、だからと言って奴らを信用している訳でもないのだが。
 リオは参ったなとうなじを擦りながら、何とか自分の中で、もう起こった事は仕方ないと
言い聞かせようとする。

 一度は死んだものだとばかり思っていた、姉の忘れ形見。
 そんな彼女が生きていた。あの日の炎から逃げ延び、自分に救いの手を差し伸べてくれた
仲間の一人と恋に落ち、遠い北の地でひっそりと暮らしていたのだ。
 しかし運命は、彼女達をいつまでも安寧の中に落ち着かせてはくれない。
 彼女が愛したその人は村を守る為に奮戦し、行方知れずに。更に数年後、息子達に襲い掛
かる“結社”の魔の手と、再燃する祖国との因縁。──アズサ皇(あねじゃ)は、彼女達を
決して許さなかった。
 必死に抗う息子達の姿と、国に戻る決意。そうして打ち破ったかつて因縁。
 彼女が背負い込んだものは筆舌に尽くし難いものがあるだろう。それでも必死に、彼女は
祖国の為に尽くしてきた。一度は見捨てるように逃げた、その罪滅ぼしをするかのように。
 だからもう……安堵していいのだと、自分は思う。
 大都消失事件。“結社”の猛攻から王達を救ってみせたジーク達。
 その手土産は、彼女にはどれだけ嬉しかったことか。
 コーダスが、愛する人が戻って来た。尤もその身体は長年の洗脳によってやつれ、未だ車
椅子生活を余儀なくされてはいるが。
 だからまだ……噛み締めていたって、罰は当たらないと思う。むしろそうしていてくれと
すら思うのは、自身の負い目であるのだろうか。
 何故そう急ぐ? 全て打ち明ければ、己の周りが慌しくなるのは目に見えているのに。
 全ては姉達を止められなかった、見てみぬふりをした自分に起因する筈なのに。
 シノ。
 お前はもっと、幸せになっていい──。

『ごめんなさい。叔父さま』
 だから辛かった。諭し返せばお互い虚しいだけだった。
 導話越しにシノの、そんな優しくもトーンの落ちた声色が聞こえる。
 リオは静かに瞼を伏せていた。向こうでコーダスが彼女を励ましている声が聞こえる。小
さく「……ありがとう」と言ったのを聞く。
『お気遣いは有り難く受け取らせていただきます。でも……息子達がああまでしたんです。
なのに自分達はこのまま隠し通すなんて、不義理じゃないですか』
「……」
 導話の向こうでふいっと、控え目に咲くように微笑む姪(かのじょ)の顔が浮かぶようだ
った。リオはその一言に、遂に折れる。やはり自分が差し出る余地はないのだなと思った。
「分かった。お前の思うようにやれ。俺も、出来る限りの事はしよう」
 敢えて茨の道を往くのだな……。リオは内心哀しかったが、口には出さなかった。
 そうだ。何てことはない。今まで通り、身分を捨てた身内として動けばいい。
『はい。……すみません』
「謝るな。お前の、人生だ」
 そうして二言三言やり取りを交わした後、リオは導話を切る。
 ざわわ。にわかに館内のざわめきが耳に障る気がした。戻した受話筒を握っていた手をゆ
っくりと離し、腰の太刀や着物を揺らしながら、彼はこの防音の個室を出る。
(さて……)
 自分の姿を認め、ちらちらと見遣ってくる者達に構うことなく、彼は考えていた。
 彼らのホームに顔を出そう。アルスの静養も終わった事だし、ぼちぼちあれを始めるべき
頃合だ。
 そして思いながら、リオは口元に小さく孤を描いていた。
 だがそれは不敵な笑いではない。むしろ自嘲ばかりを込めたそれである。
 ジークを皇国(トナン)に帰らせる事も出来ず、シノ達が茨の道を往こうとするのも止め
られない。同じだ。かつて二人の姉を救えなかったように、もしかしたら自分は……。
「──」
 静かに哂う。
 彼らを救えないで、何が“剣聖”だ。


 Tale-61.君の闘うべきこの世界(前編)

 ギルニロックから飛行艇を乗り継ぎ、ジーク達は再度帰還の途についていた。アトス領に
入った後は鉄道に乗り、南北を文字通り縦断する。
 自分達がやった事の反響、報い。
 梟響の街(アウルベルツ)に近くなるにつれ、道中こちらを窺うマスコミの群れや見物人
らの姿が多く見られるようになった。
「皇子です! ジーク皇子一行がやって参りました。あの中に渦中の彼もいるのでしょう」
「魔人(メア)反対ー!」
「“結社”の侵入を、許すなーっ!!」
『……』
 駅に迎えに来てくれた鋼車に分乗し、一路ホームを目指す。
 だがジーク達は、そんな道中の人々が必ずしも自分達を歓迎していない事を充分に理解し
ているつもりだった。時折『魔人(メア)反対』の横断幕を掲げた集団がシュプレヒコール
を唱え、車内の一行を暗澹とした気持ちにさせる。

『ジーク・レノヴィンだ。今日は皆に、大事な話がある』
 それはギルニロックでの事件が一段落し、一行がまだ島内に滞在していた頃。
 ジークはリュカの発案で映像機の前に立っていた。
 場所は殺風景な内装で統一された面会室の一つ。
 手前にジークがこちらを見るように、半ば画面の右半分に寄るようにして立ち、更にその
奥のガラス窓の向こうには、囚人服姿のクロムが封印錠を施された状態で座っている。
 それは世界中に向けて発信された、彼からのメッセージだった。
 一度ごくりと息を呑む。
 だが次の瞬間、ジークはクロムの姿を見せつけるようにして、一人語り始めた。
『今、俺は統務院が持ってる監獄に来てる。後ろに見えるだろう? あいつがクロム。この
前の大都の事件で捕まったっていう“結社”の魔人(メア)だ』
 だけど。ジークは言う。それまでクロムは俯き加減だったが、彼が目配せをしてきたのを
見ると、小さくでも確かに頷き返す。
『だけど、その言い方は本当じゃない。こいつは自分の意思で投降したんだ。あの場所で実
際に戦った俺が断言する。俺達が無事に帰って来れたのも、王達が助かったのも、こいつが
土壇場で“結社”を抜けてこちら側についてくれたからなんだ』
 この映像が導信網(マギネット)上に公開されれば大騒ぎになるだろう──。当のジーク
やクロム、そして映像機側でこれを見守っていた仲間達は思っていた。
 だがこの収録現在、室内はむしろ寒気がするほど冷たく静まり返っている。
 びぃんと響く自分の声。
 それを聞きながら、ジークは引き続き統務院の嘘を暴いて、宣言する。
『今回俺達がクロムに会いに来たのは他もでもない。こいつを此処から出す為だ。……考え
てみてもくれ。このままこいつの首を刎ねたって、俺達は“結社”の何も分からねえ。だか
ら迎え入れたいと思うんだ。団長達には話を通してある。クロムを、ブルートバードの一員
にする。これからの──特務軍としての戦いが始まれば、これほど頼りになる戦力は無いと
思うんだ。だってそうだろう? その力は言うまでもねぇし、何より結社(やつら)の内情
をよく知ってる。知らない事で抱く余分な恐怖も、ずっと少なくなると思うんだ』
 脳内予測(シミュレーション)の中で、自分にブーイングが浴びせられるのを聞く。
 だがジークは続けていた。握り締めた手は気付けば二度三度と空を掻き、眉を寄せた表情
は心からの必死さを帯びている。
『確かに、それで今までの罪が消える訳じゃない。でも俺は、こいつに生きていて欲しい。
下手すりゃ大都のあの場で殺されてたかもしれないこいつを、失わせたくないと思ってる。
生きて生きて、生きまくって……死にたくなるくらい後悔させてやる。それでも生かし続け
てやる。……こいつが失わせた命を全部、憶えさせ続けるんだ。それが俺の考える、こいつ
への一番デカい償わせ方だ』
 頼む──。だからジークは映像機に向かって、後日このメッセージを視るであろう世界中
の人々に向けて願った。深々とその頭を下げた。
『クロムと一緒に戦うことを、許してくれ』

 しかし実際の反応はどうだろう? 鋼車内から見渡してみるに、導信網(マギネット)に
流した自分のメッセージは、予想よりもずっと強い反発を招いているように思える。
 好奇の眼、と言ってもいいのだろうか。少なくとも聞こえてくる声色は歓迎するそれでは
なさそうだった。
 シュプレヒコール。魔人(メア)は要らない、ブルートバードは我々を裏切った──時折
耳には、そんな仲間達に飛び火するような誹謗中傷までが届いてくる。
(何も知らないで……。いや、だからああやってメッセージを出したっていうのに……)
 ギリギリ。膝の上で組んだ拳に軋むほどの力が篭る。
 同乗のリュカやサフレ、マルタが各々にじっとこちらの様子を窺っていた。
 忌み嫌われている事は知っている。職業柄、とうに。
 だが、それでも。
 自分達のやった事は“間違い”だというのか……?

『──これは一体どういうつもりだ!?』
 映像(ビジョン)越しに、噴火寸前のウォルター議長の表情(かお)と怒声が響いた。
 先だって導信網(マギネット)上に公開したクロム解放のメッセージ。ケヴィン達にその
発信を行う旨を前もって統務院に伝えて貰った所、案の定四大盟主を始めとした各国の王や
責任者らの少なからずが、怒り心頭といった様子で会議に出席してくれた。
『どうもこうも、伝えた通りですよ。俺達はクロムを仲間にします』
『何を勝手な! 大体イーズナー、セラ。お前達まで一緒になって──』
『そう言われましても。我々はあくまで監視員であって、一存で手続きを拒否する権限など
ありませんし……』
『保釈申請に不備はありません。身請人も保釈金の用意も、提出された書類はしっかりと規
定に沿って作成されています』
『ぬぬ……』
 結局身請人は団長・イセルナが引き受けてくれる事になった。懸案だった保釈金も、事情
を話すと彼女や、シノやセド、サウルなどが快く援助を申し出てくれた事で解決した。
 勿論、ジーク自身も出す。心許ない貯金は一瞬で空っぽだ。
 だがそんな事はさも些事のように、努めて事務的にこの王達に応えるウゲツやケヴィンを
見ていると、申し訳ないながら内心溜飲が下がる思いがする。
 ウォルターら少なからぬ王達は、見るからに歯痒く地団駄を踏んでいるようだった。
 無理もなかろう。ようやく大口の“結社”を捕らえ、大都の一件の“マイナス”を帳消し
に出来そうだったのに、これでは批判の矛先──彼らに襲撃を許してしまった自分達の失策
に対する不満が自分達に向いてしまいかねないのだから。
『魔人(メア)クロムについての経緯は、レヴェンガート長官ら複数筋から同様の報告を受
けている。だがそうなら、せめて事前に私達には話して欲しかったな』
 だがそれでも貫禄という奴なのか。四大盟主筆頭・ハウゼン王は、この時も至極落ち着き
払ったまま玉座の上で両手を組んでいた。
『それは……』
『……すみません』
 出し抜かねばこの多数の王に握り潰される。そう思ったからこその行動とはいえ、いざこ
うも物静かに諭されてしまうと、流石にジーク達も申し訳なくならざるを得ない。
『はは。何、気にすんな。面白いじゃねぇか。まさか俺達に吹っかけてくるなんてよ』
 一方、そう呵々と笑っていたのはファルケン王だった。
 何を呑気な……。他の王達が苦し紛れに睨み返している。だが彼は元よりそんな視線を気
にするような男ではない。
 むしろジーク達は油断ならないと思ったほどだ。吹っかける──つまり自分達がクロム解
放を既成事実化しようとしている事も、おそらく彼は解った上で言っている……。
『し、しかし。本当に奴の解放を許すつもりですか?』
『既に方針は確認したではありませんか! これまでの損害を考えても、あの魔人(メア)
には死んで貰わねば──』
『いいえ。その論理(ロジック)には賛同しかねます。処刑ありきの議論を私は議論とは呼
びませんよ? 彼の処断は、あくまで粛々と法に基づき行われるべきです』
 そして更にサムトリア大統領・ロゼがこれに加わった。慌てて許容を示すハウゼンを止め
に掛かる王達に、彼女はぴしゃりと冷静な一言を放ったのである。
『それに、私もロミリア(ぶか)から報告を受けています。そもそも大都(バベルロート)
を奪還出来たのは、ひとえに彼の助力(ひるがえし)があったからではないですか。そして
そんな彼の頑なだった口を開かせたのは他ならぬジーク皇子。なのに我々組織の意向のみで
処刑を断行してしまっていたら……得られる実利(もの)はどうなっていたでしょう?』
 それは……。他の王達が思わず口を噤んでしまっていた。
 歯痒い。言葉にこそ出さないが、何故どいつもこいつも我々の思い通りにならないのか?
そんな感情が映像(ビジョン)越しに見て取れる。
『無断で彼を連れ出すと、彼は捕らえられたのではなく投降したのだと公言されたのは確か
に性急ではあったでしょうが……実際、保釈手続きに問題はないのです。ならばともあれ、
私達にはその権利行使を妨げない義務があります。もし魔人(メア)クロムが再び人々に手
に掛けるようなことがあれば、その時に今度こそ討ち取ればいい』
『だな。保釈で失うのは精々てめぇらの面子だろ? んなモン、どうでもいいじゃねぇか』
『ッ!』
『貴様──』
 ガタン。他の王達が少なからず、映像(ビジョン)の向こうでいきり立っていた。
『俺もあいつはまだ使えると思うぜ? 奴らとの戦いは益々激しくなる筈だ。その時内情を
知ってる人間がこちら側にいるというのは大きい』
『むぅ』
『それは……』
『──』
 だがそんな中にあっても、同類であろうウォルター議長を始め、残りの四盟主はそれぞれ
に平静を保っている。装っている。
 彼の挑発に一々乗ってはならない、あくまで自分の利益になる状況を作る腹黒さ。毎度皆
を掻き回してくれる彼への呆れを含んだ眼差し。さて如何折り合いをつけようか……。その
為の静かな思案。
 ジーク達は正直、呆気に取られていた。
 王や元首、政治家同士の“話し合い”とは、果たしてかくも嫌らしいものなのか。
『……だがまぁ』
 しかしジークは、次の瞬間そんな感慨に落ちたのを強く後悔する事になる。
 にやり。気付けばファルケンが、こちらを見て何やら不穏な笑みを向けてきていたのだ。
『お前らも身に沁みて解ってるだろ? 実際、大都(バベルロート)の一件で俺達が失った
ものは少なくない。お前はその“酬い”を、どうやって民草に与える?』
『……酬い?』
 ファルケンは笑った。未だそこまでじゃねぇか、という具合に。
 嫌な予感がした。仲間達が互いに顔を見合わせる中、ジークはこの破天王から目を逸らす
事が出来ない。
『クロムの保釈、認めてやるよ。但し条件がある。奴の代わりにそっちにぶち込んである信
徒・信者級の奴らの公開処刑を認めろ』
『ッ!?』
『なっ──!』
 はたしてその予感は直後、的中した。彼はジーク達に、そんな交換条件を提示してきたの
である。
『……身代わりって事か。処刑は必ずしもしなくてもいいんじゃなかったのか』
『俺個人はな。だがお前ら、それで世界中の人間が本気で納得すると思ってんのか?』
『それは……』
『統務院(そしき)としての利をわざわざ手放してもいいと言ってるんだ。そうさな……ざ
っと二百人くらいか。ケヴィン、ウゲツ。今回侵入した奴らがぶち殺しやがった頭数、それ
くらいだったよな?』
『え、ええ』
『そう、ですね。詳しいリストは近日そちらに送付しますが……』
 ダンを始め、仲間達が苦い表情をする。それでもファルケンは構わず、監獄の責任者たる
ケヴィンとウゲツにそう訊ねた。言わずもがな、今回ギルニロックに潜入したセシル達によ
って殺された、収監中の“結社”構成員の数である。
『お、おい。ちょっと待て!』
『何がだよ? ……やっぱここまで解っちゃいなかったか』
 ジークもまた、身を乗り出して遮ろうとした。だが対するファルケンは動じない。むしろ
彼のそんな──おそらく予想済みの反応に、一抹の失望感すら浮かべてこちらを見下ろして
いる。
『いいか? 今回俺達は“結社”の囚人達を殺られた。元より処罰する筈だった、落とし前
をつける為に必要だった連中をだ。状況が悪くなったんだよ。もうちんたら御託を並べて喧
嘩してる場合じゃねえ、何時また今回と同じようなケースが起こされるか分からねえんだ。
さっきも言ったよな? 大都(バベルロート)の一件で民草が被ったダメージに見合うほど
の“酬い”を、お前は一体どうやって与える?』
『……。どうやってって……』
『はっきり言う。クロムはレアケースだ。だがあいつと違って、他の“結社”どもはそんな
簡単に改心しやしねぇよ。それとも何か? お前はあいつらも全部、一人一人改心させて回
ろうってのか? 救えるとでも思ってるのか?』
『……っ』
 ぐうの音も出なかった。ジークはぐらぐらと瞳を揺らし、黙り込む。
 つまりそういう事なのだろう。
 改めて自分は、クロムを、何百人もの「同胞」を犠牲にして救った気になっていたこと。
 どれだけこの彼を死なせたくないという想いが“自分にとって正しく”ても、絶対多数の
他者にとって、それは“正しい”とは限らないのだということ。
『まさか、やっぱり止めますなんて言わねぇよなあ? お前さんらはもう、俺達に無断であ
いつを解き放つって世界に宣言しちまったんだから』
 加えて出し抜くように手を打った事がここに来て重い枷となった。戸惑うジークに、ファ
ルケンはさも追い討ちを掛けるようにそう言ったのだ。
『ジーク……』
 仲間達が居た堪れない様子でその背中を見ていた。
 ウォルター議長以下、処刑を推していた王達がここに来てほくそ笑む。一方のロゼやハウ
ゼンは相変わらずじっと平静を装っていたように見えたが、かといってこちらを擁護してく
れる気配はない。彼の組み立てる論理(ロジック)は、政治と民意という点において、余り
にも俗物的過ぎて──それ故痛烈なまでに“現実”を捉えていたからだ。
『さぁ選べよ。クロム一人の命と、信徒・信者級二百人の命。お前の願いってのは……結局
そういう事なんだからよ』
『……』
 有無を言わさぬファルケンの声。完全にやり返された、勝者からの眼。

 逃げられない。
 故にジーク達は、苦渋のままその条件を受け入れるしかなく──。

「……停めてくれ」
「えっ?」
「おい。ジーク」
「停めてくれ。ちゃんと、話がしたい」
 だからこそジークは、そんな車外からの声量に居た堪れなくなった。
 気付けば現在地は梟響の街(アウルベルツ)に入って暫く。西寄りの南端。
 ぽつりと告げ、戸惑う運転手やサフレ達の制止も聞かず、ジークは思わず緩んだスピード
に乗じて扉を開けると、ひらり外に着地する。
 ざわっ……。沿道に集まっていた人々は驚き、そして気持ち明らかに後退っていた。
「ま、待ちなさい、ジーク!」
「あんの、馬鹿……!」
 自分達を乗せる鋼車の一団がにわかにブレーキを踏み始め、事態に気付いた仲間達がそう
口々に呼び掛け、或いは舌打ちしながら駆け出していく。
「お、皇子?」
「な……何ですか。わ、我々を追い出そうとでも?」
「……」
 魔人(メア)反対の横断幕を掲げた一団がいた。他にもざっと見渡せば、文言に多少差は
あれど、似たような主張でスクラムを組んだ人々の群れが幾つか確認できる。
 身を硬くした彼らに、ジークは最初黙ったままだった。内心、第一声にすべき言葉がすぐ
には見つからなかったのだ。
「そうじゃない。ただ、あんまりデカい声は止めて欲しくてな……。周りの連中が怯えてる
だろ? 警戒する気持ちは分かってる。だから、文句があるなら俺に直接言いに来てくれ。
もう一度何でこうなったか、話せる範囲で説明するから……」
「説、明……?」
「そうじゃない! 俺達はそもそも魔人(あいつ)を街に入れるなって言ってるんだ!」
「そうですよ! 分かってるんですか!? 奴は“結社”の魔人(メア)なんですよ?!」
 ざわっ……。しかし皆の前に降り立ったジークに、人々は詰め寄り出す。
 彼らは半ば怒号に近い不安をぶつけてきていた。
 経緯云々──理屈ではない。仮に改心したとしても、クロムが“結社”の一員、それも幹
部の一人であった事実は変わらない。そんな人間を易々と街に迎えるなど……彼らにとって
はあまりにもリスクが大き過ぎる。
「そうだそうだ! いくら皇子の意向だとしても、これだけは譲れねぇ!」
「もう懲り懲りなんだ! また奴らに狙われるなんて御免なんだよ!」
「私どももです。やっとこの前の襲撃から一段落ついたってのに……これじゃあ商売上がっ
たりだ!」
「俺だってカミさんに逃げられちまったんですよ? こんな危ない所に住んでいられない。
実家に帰らせていただきますって……。畜生ぉぉ~ッ!」
 明確なデモ隊だけでなく、気付けば次第にそうではない人々もまた、ジークを取り囲むよ
うになっていた。
 魔人(メア)への差別感情だけではない。もっと個別の、これまでの“結社”絡みで受け
た損害を、彼らはここぞとばかりにジークに向けて訴えかけては詰め寄ってくる。
「あ、おい! 例の魔人(メア)が顔出したぞ!」
「何!?」
 故に彼らのリミッターは大いに外れていたのだ。
 ダンら仲間達が「戻るんだ、ジーク!」とこの人ごみの中を掻き分けていく中で、これを
心配そうに車内から覗いていたクロムの姿を、彼らが見つけてしまったのである。
「そこに居やがったか!」
「隠れてんじゃねぇ! この街から、出てけぇッ!」
「皇子に何を吹き込んだか知らねぇが、俺達は騙されねぇぞっ!」
 あちこちから石が飛んだ。ガツンガツンと、排斥の声と共に投げ付けられたそれが強固な
鋼車のボディに弾かれては周囲に転がる。
「こ、こら!」
「止めなさい!」
「ッ……。馬鹿野郎! いきなり銃を向ける奴があるか!」
 そして、沿道を警戒していたアトス兵がにわかにいきり立つ。ガチリと担いでいた銃の口
を向け、あわや武力衝突の一歩手前まで事態が進みかける。
 ジークは思わず制止すべく叫んでいた。自分に詰め寄る人々を半ば無意識に押し返すよう
にして身を乗り出す。
 強権だ! 横暴だ! 方々で非難の声が上がった。
 誰が言い出したかは分からない。だが事態が一層混迷してきたのは明らかだった。
 止めろぉ! 皇子達を助けなきゃ……! 次いでそんな詰め寄る人々に対抗する人々が現
れた。事態を傍観していた、しかしその中でも正義感に駆られた人々だ。彼らはこの反対派
と次々に取っ組み合いになり、あちこちでお互いに押し合い圧し合いを繰り広げ始める。
「お、おい、止めろって……止めろ! こんな事、誰も望んじゃ──」
「すみませんな。皇子」
「ッ! あんたは確か……」
「南区の自治会長ですじゃ。すみませんな。若い衆がみっともなく」
「いや、それは……。元はと言えば俺の所為で……」
 市民同士の取っ組み合いが止まらない。守備隊も含め、警備の兵らが慌ててこれを引き剥
がしに掛かっている。
 そんな中で、ジークは一人の老人に呼び止められた。見覚えがある。自治会長の一人だ。
 仲間達がようやく人ごみを縫って合流してくる。一方クロムは、車内で警備兵らにこのま
ま中にと指示を受け、庇われている。
「……また、戦うのでしょう?」
 故に、小さく首を横に振るジークにこの老人は言った。ぽつりと半ば諦めが混じっている
ような声色だった。
「皆、不安なのですよ。何時になったら終わるのかと。平和に、暮らせるのかと」
『……』
 ちょうど、そんな時だったのだ。通りの向こう側──ホームのある方向から見覚えのある
人影らと幾つもの急く足音が聞こえてくる。
 イセルナ以下団員達だった。どうやら事態を知って駆けつけて来てくれたらしい。
「兄さん、大丈夫!?」
「いやはや、無茶をするねえ」
「……あそこにいるのが、クロムさん?」
「みたいだね。ジークのメッセージ映像に映ってたのと同じ人だし」
「皆さん、落ち着いてください! とにかく、一旦お互いに離れて!」
 なまじ冒険者──戦いに秀でた集団である。イセルナ達の登場により、場の混乱は多少な
ながら引き始めた。
 言われるがままに距離を取り直す反対派と擁護派、そして警備兵達。
 だがそれでも、反対派の面々が抱く不安・不満までは消えない。
「イセルナさん! 本気なんですか!?」
「結社ですよ? 魔人(メア)ですよ? いくら俺達の味方になったとは言っても……」
「ただでさえ化け物なんだ。のうのうと生かしておくなんて──」
「……何よ。言わせておけば」
 今度はイセルナに詰め寄る。しかし次にそんな彼らを黙らせたのは──ステラだった。
 明らかに怒気を含んだ声。ステラ……? ジークや他の仲間達が、はたと彼女から不穏な
気配を感じ取る。
「魔人(メア)は、皆死ななきゃいけないの……ッ!?」
 故に次の瞬間、一同は度肝を抜かれた。ステラがスッと片掌で数拍顔を覆うと、その両の
眼が血色の赤に染まっていたからだ。
「ステラ!?」
「え。お、おい」
「ステラちゃん……まさか」
「そうだよ。私も魔人(メア)。昔住んでた村が瘴気に呑まれてね。運が良かったのか悪か
ったのか、私だけがこうして生き残った。そんな時ちょうどジーク達が村にやって来て、私
を助けてくれたの」
『──』
 告白だった。ジークやダンは「馬鹿野郎……」と呟き、親友であるレナやミアはこの友の
起こした決意に制止する事も出来ない。イセルナは肩に顕現したブルートと共にこれをじっ
と見つめ、周りの人々──少なからぬ時を一緒に過ごしてきた街の住民らは驚きの余り完全
に罵倒の言葉を失っている。
「今、私を裏切り者とか思った? だから嫌だったんだよ。イセルナさん達に保護されてか
ら何年かは、ずっと部屋に篭り切りだった。どうせ私の正体を知ったら皆掌を返すんだろう
って。……でも、それじゃあ守れない。折角私を生かしてくれた人達がピンチになっても、
私は何の恩返しも出来ない。だからある時、思い切って出てみたんだ。皆親切だったよね?
ブルートバードのメンバーだって話したら、昔からの友達みたいに接しくれた」
『……』
「厄介払いでしかないじゃない。私は認めないよ。魔人(メア)だから、魔獣だからって一
括りで全部殺していいだなんて理屈、私は認めない。クロムさんを追い出そうってなら、今
ここで私にも石を投げなよ。殺しなよ。……私達にだって、心はあるんだ!」
 くわっ。ステラが宣言する。投石を握っていた人々が少なからず、思わず後退ってそれを
落していた。
 カツン。唖然とする警備兵らをそっと押しのけ、クロムが鋼車から降りてくる。黙して、
この混乱から沈黙に変わった場を見渡している。
 ステラは眉間に皺を寄せたまま暫し凄みを利かせていた。小柄な身体。そしてやがて、彼
女は大きくは“同胞”である彼と、ゆっくりと視線を合わせて対面を果たす。
(……心。シフォンが攫われた時の事を言ってるのか)
 加えそんな最中だった。ジークがこの突然に起こした彼女の告白からかつての一件を思い
出していると、すすっとレナが控え目に皆の前へと進み出ていく。
「あ、あの」
 後ろに友(ステラ)やクロムを。彼女は養父(ハロルド)やイセルナ、クランの皆に伺い
を立てるように視線を向けてから切り出した。
「わ、私からもお願いします。もしかしたらこれからもご迷惑をお掛けするかもしれません
が、迎え入れてくれませんか……? 少なくとも、ステラちゃんが今まで皆さんに危害を加
えた事は無かった筈です。実際魔人(メア)でも、皆さんは一緒に過ごしてきたじゃないで
すか。信じて……みませんか? わ、私も今日が初対面なので詳しい人となりまでは知りま
せんけど、ジークさんが色々無茶をしてでも連れて来た人です。だから、きっと大丈夫だと
思います。“結社”を抜けてでも味方になってくれたんです。信じて……みませんか?」
『……』
 ざわざわ。黙りこくっていた人々が、少しずつ戸惑いの声を取り戻してはお互いの顔を見
合わせていた。じっと頭を下げる彼女に、彼らは当惑する。
「レナちゃん……」
「そりゃあ、ステラちゃんは、悪い子じゃなかったけど……」
「──ったく。これだから平和ボケは」
 そんな最中だった。返答に窮する人々を、さも吐き捨てるように聞き覚えのある声が一蹴
したのは。
 人々が、ジーク達がその声の方向を見遣る。
 蛇尾族(ラミアス)の偉丈夫と、彼を中心とした冒険者の一団。
 冒険者“毒蛇”のバラクと、クラン・サンドゴディマの面々だった。
「お前……」
「な、何だよ。あんたまで魔人(メア)の肩を持とうってのか?」
「別に。だがまぁ、気楽な商売だよなぁと思ってさ? 常識ある庶民様ってのはよ」
「ぬっ」「てめぇ……」
 睥睨。それは明らかに挑発的な言い方だった。
 場に居た人々、特に反対派の者達がにわかに殺気を帯びる。
 だがそれでも所詮は素人、本職であるバラクが向け返すそれには到底及ばない。
「……危ない事は他人に任せて、自分達は遠くから石を投げてればいい。これほど楽な仕事
はねぇなあと思ってさ?」
「ッ! こんの──」
「や、止めとけ!」
「相手はマジモンの冒険者だぞ!? 喧嘩して勝てる訳ないって!」
 一人血気盛んな若者が飛び掛かろうとしたが、同胞や、或いは擁護派の人々がこれを押さ
えに掛かっていた。じたばた。そんな彼らを、バラクはただ淡々と見下ろしている。
(……こいつ、一体何のつもりだ?)
 そんなさまに、仲間達は勿論、ジークは内心で大いに混乱していた。
 まさか、自分達に加勢してくるなんて。
 シフォンの時や、街への襲撃騒ぎでは共闘してきたものの、個人的な印象ではどうにも油
断ならない商売敵だとばかり思っていたのだが……。
「よく考えてもみろ」
 なのに、更にバラクは言う。この場に集まった人々に、まるで諭しつつも突き放すかのよ
うな口調だった。
「“結社”云々を除いたとしても相手は魔人(メア)だ。こいつも反発が来るとは重々承知
してはいただろうよ。なのに許そうと決めた。仲間に迎えようとしてる。ここにいる誰より
も奴らと前線で戦い続けてきたにも拘わらずだ。食い止めようとしたからじゃねぇのか? 
少しでも殺し殺されの、憎しみの連鎖を断ち切ろうと踏ん張ってるからじゃねえのか?」
『……』
「解ってねえのはてめぇらだよ。そんなに石を投げたいなら実際に戦ってからにしろ。腹も
括らねぇで、容易く手前の都合を押し付けんじゃねーよ」
 一蹴。人々はすっかりバラクによってぐうの音も出ずに黙らせれていた。
 大きく一様に項垂れる。
 だがそれは、何故か当のジーク本人も含まれていて……。
「……」
 そしてすれ違いざま、彼は部下達を引き連れながらポンとその肩を叩いてきた。
 しかしジーク達は何も返せなかった。礼の一つも言えなかった。

 ただじっと、呆然と。
 一行はその場で、ただ彼らが立ち去るのを見送るしかなかったのである。


「──……」
 そんな紆余曲折(よりみち)を経て、ジーク達はホームに帰って来た。
 だが肝心のジークは、自室へ荷物を置きに戻ったきり一向に姿を現さない。
 閉じ篭ってしまったのだ。無理もないだろう。予想していた事とはいえ、実際に街の人々
からあれだけの猛反発を浴びてしまったのだから。
「ジーク、どうだった?」
「はい……。暫くはそっとしておいてあげた方がいいと思います」
「そりゃあ凹むわよ。言っちゃえば街の皆に掌を返されたようなものだしね」
 イセルナ以下団員達の大半は酒場にいた。
 一先ずの休憩。だがその殆どは何処か落ち着かずに手持ち無沙汰で、思い思いに席に着い
たままぼんやりとしていたり、壁に背を預けてはじっと眉を潜めている。
 そうしている中で、宿舎の方からアルスとエトナが戻って来た。言わずもがな、ジークの
様子を見て来て貰っていたのだ。
 問われて、二人が返すのは苦笑と、肩を竦めるポーズ。
 やっぱりか……。少なからず嘆息をつき、仲間達の沈んだ声色が室内に霧散する。
「まぁ無理もねぇよなあ。坊さんを助けたいって気持ちは他の誰よりも強かった訳だから」
「ああ。大体、今までがタフ過ぎたんだよ。少しぐらい、休んだっていい」
「そう……ですね。でも、ただ街の皆さんに反対されたからってだけじゃないみたいです」
 なので次にアルスがそう口にした瞬間、少なからぬ団員達が頭に疑問符を浮かべていた。
 あはは。ぽりぽりと頬を掻きながら、彼は少し迷っているようだった。傍らでふよふよと
浮かんでいる翠色の相棒と一度顔を見合わせ、こっそり伝えるといった体で話す。
「暫く兄さんのぼやきを聞いていたんですが、ああも落ち込んでいたのは単に反発が思った
より大きかった事だけじゃなく、ステラさんの正体がバレるような結果になってしまった事
も悔やんでいるからみたいなんです。何より街の皆さんに散々反対されて、クロムさんに石
まで投げ付けられて……。自分の中に“憎しみ”が沸いた事が、よっぽどショックだったみ
たいで……」
『……』
 故に一同は静かに目を見開き、アルスを見ていた。
 実の弟だからこそ打ち明けてくれたのか、それとも単に上手く聞き取れただけなのか。
 普段ぶっきらぼうで荒々しいというイメージがある分、ジークがそんなにも弱っている事
に仲間達は少なからず動揺を禁じ得なかったのだ。
「……やっぱり、ジークさんは優しい人なんですよ」
「そうそう。気に病む事なんてないんだって。私、皆に話したこと、後悔してないよ?」
 そんな中で、最初にそう口を開いたのはレナとステラの二人。
 彼女達は心配そうに眉を伏せながらもそっと胸に手を当て、酷く慈しむように微笑む。或
いは自身があの時為したカミングアウトについて、そうどんと胸を張ってみせる。
「……でも、そもそも私が、あの動画投稿を言い出さなければ──」
「おっと! それ以上はストップだ。先生さん。俺達までナイーブになってどうするよ? 
あいつが折れ掛けてる今こそ、俺達が助けてやんなきゃよ? むしろこれからがスタートの
筈だろ? 済んだ事をあーだこーだ言ってもしゃーねえ。出来る事を、やるだけだ」
「……。そう、ですね」
「当たり前。どのみちボクらがやる事は今も昔も変わらない」
「ははは。……手厳しいな」
「それにね? 私も個人的に興味があったの。自分と同じ魔人(メア)の人が来るって聞い
て、色々お話したかったから」
「……」
 そうして、娘の淡々とした眼差しに別の意味で心折れそうになっているダンを尻目に、更
にステラは微笑(わら)っていた。
 向けられた視線の先──そこには他ならぬ今回の騒動の中心、クロムが立っていた。
 まだ皆に馴染めて、馴染むには早いと距離を置いているのだろう。彼は着古したいつもの
僧服に身を包み、じっと酒場の入口近くで彼女達の様子を眺めている。
「はいはい。ともかく暫くはジークを休ませてあげましょう? アルス君達と……レナちゃ
ん、ステラちゃん辺りで何かあったら対応して。あまり大人数で構っても、あの子には負担
に感じちゃうと思うから」
「は、はいっ」「うん。任せて♪」
「ああ」「ジーク様、早く元気になられるといいんですけど……」
「兄が……お世話になります」
 ぺこり。何処か嬉しそうに拝命する二人を横目に、アルスは兄に代わってそう礼を言って
頭を下げていた。わいわい。それまで沈んでいた場の空気がにわかに和やかになる。
「じゃあ、今日はこれで解散という事で。夜は宴会をするよ。クロム君の歓迎会をしなきゃ
いけないからね。出来れば当番以外で何人か、手伝ってくれると有り難いんだけど……」
「あ、なら俺がやります」
「俺も~」
「うーん……。なら僕らはその間に、クロムさんに此処での生活について教えておこうか」
「だな。まぁ特に変わったことはねぇと思うが……。この酒場と宿舎、あと街の地理もざっ
くり教えといた方がいいか」
「……宜しく頼む」
「はは。そうに硬くなるって。俺みたいに後から入って来た奴もいるし、仲良くしようや」
 ハロルド以下酒場の営業に戻る者達や、シフォンやダン、グノーシュなどクロムにクラン
の案内をしようと相談し始める者達もいた。アルスら四人を囲み、リンファやイヨを始めと
した侍従達は、当面の方針について話し合いを始めている。
 当のクロムは、そんなにわかに和気藹々とした雰囲気に少々戸惑っているようだったが、
そのままダン達に連行されていった。
 サフレやマルタなどは、まだ席で皆を眺めながら一服を続けていた。クレアは尚もジーク
が心配で所在無いリュカやオズを、部屋の片隅でニコニコしながら慰めてやっている。
「……ねぇ、エリ。あたし達、ここに居ていいのかなあ? ギルニロックからの流れで何と
なく一緒に梟響の街(こっち)まで来ちゃったけど……」
「少なくとも歓迎されていない訳ではないと思うよ? いい仲間達じゃないか。ジーク君も
無事に持ち直せばいいんだけど……」
 そしてそんな面々を、レジーナとエリウッドは何となく肩身の狭い思いで観ていた。
 尤もそんな思いであったのは彼女一人であって、相棒たる彼の方はだいぶマイペースなま
まで微笑んでいたのだが……。
「そりゃあね。でも、あたし達って一応、部外者だし──」
「あら。そうでもありませんよ?」
 だがそうして呟いていた二人に声を掛けたのは、他ならぬ団長イセルナだった。
 一抹の気まずさを抱いて縮こまっていたレジーナのすぐ傍らにそっと歩み寄り、彼女は自
分を見返してきた彼らにこう切り出す。
「ルフグラン・カンパニーのレジーナさんと、エリウッドさんですね? ジークやダンから
何度か話は伺っております。……実は折り入って、お二人に相談があるのですが──」

 時を前後して。
 街のとある別の酒場では、ぞろぞろと大挙してやって来た一団の放つ空気によって客達が
迷惑を被っていた。
 先刻の、クロム受け入れに抗議していたグループの一つである。
 彼らはバラクに論破されたことでデモ自体もおじゃんになり、不満たらたらで店内の三分
の一ほどを占領。テーブルに突っ伏したり、苛々と両手を組んで脚を揺すったりと、あから
さまに腐っていた。
(……なあ。何なんだよ、あいつら?)
(あん? 知らねぇの? 今朝皇子に突っ掛かってた連中だろ? まぁ途中で“毒蛇”達に
こてんぱんにされたって話だが……)
 ひそひそ。先客・常連らが彼らとは別側の席でそう話していた。
 主義主張だからというだけではない。単純に、自分達のミクロな居心所を損われる事への
不快感。ややもすれば、彼らへの敵意にもなり得るそれ。
 尤も彼らも、論破された当の面々も、バラクが代弁したあの言葉が切欠でジークが今現在
進行形で落ち込んでいるなどとはつゆも知らない。
『──え~……突然ですが、ここで番組内容を一部変更してお送りします』
 ちょうど、そんな時だった。
 酒場の一角に吊り下げられていた映像器の向こうで、はたとアナウンサーがそう渡された
原稿を読み上げて言ったのである。
 それまでピリピリとしていた店内が、半ば無意識にその一言に釘付けになった。
 また、何か事件でも起こったのか……? 面々がそれぞれの席で画面を見上げている。
『トナン皇国より、緊急の記者会見が始まります』

『こんにちは。トナン皇国女皇、シノ・スメラギです』
 切り替わった画面の向こうには、そう言ってぺこりと頭を下げて挨拶するシノの姿が映し
出されていた。
 おそらく王宮の何処かなのだろう。飾らないようにと映像機の視点は彼女当人に向いてい
るが、その室内から滲み出る高級感は隠せない。
 酒場の、街中の──いや、世界中の人々が目を見開き、互いに顔を見合わせていた。
『……』
 彼女が突然会見を開いたのも気になる。
 だがそれ以上に、人々の視線はそんな彼女の傍らに控えている男性──やつれて青白い、
車椅子の男性に注がれていた。
『今日は、皆さんにとても大事なお話があり、会見を開かせていただきました。……紹介し
ます。彼はコーダス・レノヴィン。かつてこの国の戦火から逃げた私を助けてくれた仲間の
一人で、ジークとアルスの父親で……私の夫です』
 ざわっ! 刹那、映像を見ていた至る所で人々がざわめいた。
 無理もなかろう。二十年という歳月が流れているが、彼らの記憶には未だ残っている。
 “凪剣”のコーダス。
 かつてシノ皇女(当時)を、数多の追っ手から守り抜いた、迎撃無双の青年──。
「夫って……。レノヴィン……。ほ、本当に?」
「つー事は、国王? その紹介ってことか?」
「そういやクーデター騒ぎの後、すっかり音沙汰がなかったが……生きてたんだなあ」
 人々のおぼろげな記憶の中にある静かな微笑は、あの頃のままだ。
 彼の当時の仲間達──エイルフィード侯セドやフォンテイン伯サウル、現レノヴィン兄弟
の侍従長リンファなどはここ数ヶ月度々取り上げられていたが、もしかしなくてもその中心
であった筈のコーダス自身は一度も出て来ていなかった。
 少なからず、人々は戸惑う。
 今まで何処で何をしていたのか? あれだけ息子達が関わったのに、何故表舞台に出て来
なかったのか?
 何故そんなに……やつれてしまったのか?
『私達の馴れ初めは、内乱の折、既にメディア各社が報じている事ですので割愛させていた
だきます。私は亡命先のアトスで、彼と生まれた息子達と一緒に暮らしていました。ですが
ある日、事件が起こったのです』
 スッと、彼女の睫が伏せられるのが分かった。画面の前の人々は目を瞬きながら何だろう
と次の言葉を待つ。
『村に、魔獣の群れがやって来ました。コーダスは自警団の皆さんと一緒に私達を守る為に
戦って──そして、そのまま行方知れずになってしまったのです』
 再び人々はざわついていた。だから、今になって?
 しかし彼らは次の瞬間、複雑な感情を抱く事になる。シノが傍らのコーダスに目配せをし
て小さく頷いていた。ギシ……。車椅子の上で、当のコーダス本人も口を開き始める。
『……群れの主と打ち合った僕は、崖から落ちました。普通なら間違いなくその衝撃で死ん
でいた筈です。なのに僕は生きていた。剣が刺さった魔獣の方は事切れていたのに、僕は多
少の掠り傷や汚れこそあっても、致命傷すらなかったんです』
「……??」
『そして僕は自分の中に起きた変化に気付いてしまいました。主と血塗れになりながら戦っ
ていた僕は──魔人(メア)に為っていたんです』
 言って、コーダスはそっと掌を顔に添えて数拍じっと何か力を込めているようだった。
 そうして再びゆっくりと手を放す。人々は、映像越しに、その両の眼が血色の赤に染まっ
たのを確かに見たのだった。
「そんな……」
「え? じゃあどういう事だ? まさか、皇子達は──」
「馬鹿野郎! 魔獣の類に生殖能力はねぇよ。下手言ったら、首飛ぶぞ……」
『僕は迷いました。魔人(メア)の身になって、村に戻るべきか? シノや子供達にこの事
を伝えるべきか。数日、僕はそのまま山の中を彷徨っていました。そんな時です。何処から
嗅ぎ付けたのか、黒衣のオートマタ達を連れた一団が僕の前に現れたのは』
 故に、人々は絶句した。
 皇子達のように自分は最前線に立っている人間じゃない。だがその特徴なら、嫌という程
耳にした事がある。
『“結社”です。僕は魔人(メア)の身体に目を付けられ、彼らに捕まってしまいました。
それから先、何年もの記憶はとても曖昧なままです。当然でしょう。僕は操られてしまって
いたんですから。黒騎士──奴らが開発を進めていた生体兵器・狂化霊装(ヴェルセーク)
の試作体(プロトタイプ)として、僕はずっと奴らの手駒にされていたんです』
 目を見張り、或いは互いに顔を見合わせ。
 人々は各地でその告白に驚愕していた。黒騎士(ヴェルセーク)。その名前も時折風の噂
で耳にした事があった。
 トナン内乱やフォーザリアの爆破テロ。その犯行に関わっていた者の一人として、その怪
物の名は特に語られている。
『僕は……殺してきた。自分の意思でなかったとはいえ、結社(やつら)に操られて間違い
なくテロの片棒を担がされてきた。……でも、そんな僕を息子達は救ってくれた。この前の
大都(バベルロート)の事件で、あの子達は自分の命も顧みず僕をあの忌々しい鎧から解き
放ってくれたんです』
 本人の口から語られたのは、そんな魔人(メア)化した不運と“結社”に囚われた日々、
そこから文字通り息子達に打ち砕かれて救出されたこれまでの経緯。
 映像を見つめて、人々はようやく合点がいった。長らく彼が表舞台から姿を消していたの
も、あんなにやつれているのも、全て“結社”が彼を拐かしたからなのだと。
 コーダスの言葉はそこで一旦途切れた。じっと、自身の青白く細い手に、悔恨の眼差しで
視線を落している。
『……ですので、息子達は魔人(メア)ではありません。コーダスがこの身体になって、行
方不明になったのは十三年前。息子達が二人とも、生まれた後の事です』
 そして引き継いで、再びシノが語り始めた。先ずはそう言って、映像機の向こうで戸惑っ
ているであろう人々の為に補足を加える。
『そして本来なら、彼も“結社”に関わった魔人(メア)の一人として相応の償いを受ける
べきではないかと思うのです。コーダス自身も、それは認めています』
「えっ」
「でも……」
『なのに、統務院は未だに彼を捕らえには来ません。黒騎士(ヴェルセーク)の存在自体が
公表されてはおらず、尚且つ私の夫という事は自動的にこの国の国皇になるから、という事
なのかもしれませんが』
 人々は戸惑っていた。互いに顔を見合わせ、自嘲めいた彼女を映像器越しに見つめる。
 どういう心算だ? こんな“馬鹿正直”な告白なんてしても、一体何の得になる……?
『にも拘わらずです。その一方で、息子(ジーク)には非難が飛んでいますね? “結社”
の元魔人(メア)・クロムを庇い立てして、尚且つ仲間にしようとしている。おかしいじゃ
ないですか。魔人(メア)ならこちらにもいます。罪は同等か、それ以上になるかもしれま
せん。なのに責められるのは息子達ばかり。公開されたメッセージでも、あの子はあの子な
りに彼への償わせ方を考えて、当人も承諾したというのに』
「……」
 故に、人々は黙りこくってしまった。
 要するに身分の差。ただそれだけで天地ほどに扱いが違う二人の魔人(メア)について、
彼女は自らの不利も構わず、自分達にその矛盾を指摘してきたのである。
『……だから、今回こうして全てを打ち明ける事にしました。どうせ遅かれ早かれ判ること
です。私達ばかりが隠し通して、身を守るなんて……不義理ですから』
 それだけの理由で──? 少なからず、会見を見ていた人々は唖然とする他なかった。
 馬鹿正直だよ……。内心どうしたってそう思う。
 親としての苦悩か。だからといってこんな事を打ち明けて、本当に統務院が貴方の夫を捕
まえに来たらどうするつもりなんだ。
『覚悟なら、出来ています。僕は彼のように保釈された訳じゃない。償いの為にも、僕に出
来る事があるなら何だって協力するつもりです』
『確かに、魔人(メア)の力は強大です。実際その猛威が振るわれてきた事実も、私達は知
っています。でも……改めて考えてみて欲しいのです。彼らの、全体の一部とはいえ、その
力を憎しみを私達に振るってきた理由を、ちゃんと見つめて欲しいのです』
 ぺこり。シノと、コーダスが揃って頭を下げた。
 恐縮する。映像器の前で人々は、その真摯な願いに反撃する術を持てなかった。
『差し出がましいかと思います。でも、種族や出自、肩書きではなく、何をして来たかであ
の子達を見守って欲しいのです』
 切なる願いだった。あまりにも、擲ち過ぎる。
「──」
 酒場、街角。
 そんな会見が世界を駆け巡る最中で、リオは一人静かにその場から踵を返していた。


 剣聖(かれ)がホームに姿を見せたのは、その会見から七日が経った日の朝だった。
「……ジークはいるか?」
 開口一番。何の前触れもなく酒場の方へと現れ、スーッと扉を開けて。
 ようやく店も通常運転に戻り、足を運んでくれていた常連達があんぐりと口を開けて固ま
っていた。カウンターにいたハロルドやウェイター代わりの団員達も、目を丸くしてこの突
然の訪問に驚いている。
「え、ええ」
「部屋にいる筈ですけど……」
「呼んで来てくれ。それと、幹部達も一通り」
 わたわた。ハロルドが二・三度頷いたのを見るや否や、団員達は宿舎に向かって、或いは
街中に向かって駆け出して行った。
 店の中に彼が数歩入る。他の団員が「な、何か飲みますか?」と声を掛けたが、今日は客
じゃないと言って断り、そのままじっと皆が集まるのを待った。
「……よう。相変わらずの神出鬼没ぶりだな」
「そちらこそ手酷くやられたようだな。あれほど今奴らとぶつかればただでは済まないと言
ったろうに。尤も、傷自体は外ではなく内側からのもののようだが」
「……」
 依頼に出ていた仲間達も含め、半刻ほどで皆が集まった。ジークは帰還当初に比べれば随
分と回復しているように見えるが、それでも目に篭った力は満ち切っておらず、宿舎方面か
ら現れるにもレナやアルスの肩を借りていた。
「それで、今日はどのようなご用件でしょう? 団員から伝え聞いた内容からして大事なお
話だと思うのですが」
「ああ。そうなんだがな……。ジークがまだ本調子ではなさそうだ。日を改めてもいいが」
「いや、構わねえ。言ってくれ。部屋で腐ってても何にもならねぇしな。それに大体予想は
ついてる。この前話してた、俺達に足りないもの……だろう?」
 団長(イセルナ)に問われ、しかしジークの様子を見て撤回しようとしたリオだったが、
他ならぬジーク自身がそれを促した。
 スッと目を細め、頷く。ジーク達一同の表情がにわかに緊張を帯びた。
「……今日の昼二大刻(ディクロ)、あの時話をした空き地まで来い。お前達と、特務軍に
加わる者達を連れてな」
 暫しの沈黙。やがてリオはさっと衣を翻すと帰りざま、そんな言葉を残した。
「お前達を、鍛えてやる」

 なので彼自身は文字通り、ジーク達に稽古をつけてやる心算で顔を見せたのだろう。
 だが人の噂というものは厄介なものだ。なまじ彼自身が“剣聖”などと呼ばれる当代最強
の剣士である点もこれに拍車を掛ける。
 要するに……集まり過ぎたのだ。

 あの“剣聖”から、直接教えて貰える!

 何処から漏れたのか──いや、十中八九あの時酒場や近所を通っていた人々から──話に
尾ひれがつき、いざジーク達が約束の空き地へやって来た時には、そのお零れに預かろうと
目論む余所の冒険者達や、更に無関係な野次馬まで集まっている始末。
「……俺は特務軍に加わる者、と言った筈だが」
「分かってるよ。俺だって今ちょうど呆れてるとこだ」
 がやがや。兜の緒を締めて足を運んだというのに、何とも気の抜ける光景だった。
 時間きっちりにやって来たリオが、そう苦情を隠す事なく言う。ジークも、頭をガシガシ
と掻きながらあからさまにため息をついてみせていた。
「駄目ですよー。関係者でない方は帰ってくださーい!」
「特務軍に加わっている、ないし加わる予定の人だけ残ってくださーい!」
 なので、団員達により早急に人払いが行われた。
 ぶー。ケチー。時折そんな緊張感のない反応が返って来たが、一々相手にしていては始ま
らないのでさっさと追い出す事にする。
「……これで揃ったな?」
 そしてリオの前にはジーク達クラン・ブルートバードの面々と、団員選考会や大都の事件
の後にやって来て傘下に入った冒険者達が残った。
 空き地にずらりと並ぶ面々。その一人一人を、彼は品定めするようにゆっくりと見渡す。
「兄さん。本当に平気?」
「大丈夫だ。このままじゃ、駄目だからな。少なくともリオはその原因を知ってる」
「……」
 クランの冒険者という区分けを厳密に適用すれば、そうでない者達も混じってはいるか。
 アルスとエトナ、レナやステラ、リュカにレジーナ、エリウッド、或いはクロム。
「では早速始めよう。先ずはお前達を篩(ふるい)に掛ける」
 まだ先日のダメージを残す兄とそれを心配する弟を無言で一瞥し、リオが動いた。
 篩。面々がその言葉の意味に身を強張らせる。そんな皆に、リオは全員自分の視界に入る
位置に移動しろと命じた。
「──」
 それが終わった、直後だった。突然リオが何も言わずにオーラを練ったかと思うと、次の
瞬間、彼はそれをジーク達に向けて解き放ったのである。
『……ッ!?』
 轟。ジークには、これがとんでもない威圧感のように感じられた。
 重い。そしてこの感触には覚えがある。
 あの時だ。クロムとフォーザリアでやり合った時の彼の一拳一蹴、或いは南方の村でヴァ
ハロと撃ち合った時のとんでもなく重い攻撃力。
 つぅっと嫌な汗が伝うのが分かった。加えて彼(リオ)のこれは重いだけじゃない。
 何というか、刃のような……冷たく鋭い何かが肌の寸前を駆け抜けて行った、ような。
「そこまで。では、合格者を発表する」
 立っていられなかった。ガクッと膝が震え、ジークは思わず両手で必死に足を押さえる。
 見れば周りの少なからずが同じような症状に見舞われてるらしかった。
 寒気を感じ身じろいだ者、それだけでは足らず尻餅をついたり涙目になった者。或いは何
も気付かず、頭に疑問符を浮かべて彼らを見渡している者。
「ジーク、アルス、イセルナ──……そこの二人とその右後ろ、その左から三人目──」
 そうしている間にも、リオは淡々と“合格者”なる者を指名していた。
 どうやらアルスなど厳密にはメンバーでない面子も含め、クランの仲間達は一通り合格し
たようである。だがその一方で、文字通り篩に掛けられ指名されないままの者達も半分近く
存在した。
 ……気の所為だろうか。
 総じてそんな不合格者は、先程の威圧感に気付かなかった者達ばかりのような……?
「おい、ちょっと待て!」
 ちょうどそんな時だった。志願者の一人──いかにも冒険者といった装備の、黒豹の獣人
が、尚も合格者を指差すリオに物言いを突き付けたのである。
「何で俺が不合格なんだ? 納得いかねぇ。適当にやってるんじゃねぇだろうな?」
「そうだそうだ!」
「せめて基準とか、そういうものを知らせとかねぇと不公平だろ!」
「……皆平等だと言った覚えはないぞ。それに基準ならある。俺のオーラを気取れたか気取
れなかったか、それだけだ。気付かなかったお前達に、少なくとも現段階で素質はない」
 何ィ!?
 この黒豹系獣人と、更にその物言いに乗じた人族(ヒューネス)と蛮牙族(ヴァリアー)
の冒険者二人が加わり、彼らはこのリオの発言に反発した。
 おい、リオ……。ジークや仲間達は少し心配になった。
 彼のつっけんどんな言い方は従来からのものではあるが、流石にこの三人の言うようにい
きなり過ぎやしないか?
 ざらり。腰の剣や、肩に背負った長銃などの得物が彼らから抜き放たれる。
 これは拙いと思った。相手が相手なので後れを取る事は先ずないだろうが、特にクランと
して正式に催した場でもないのでこのまま負傷者など出ては色々と面倒になる。
「……。そこまで言うなら、チャンスをやろう」
 あくまで冷淡と。合格者を数えていたリオがはたと手を止めて言う。
「俺に一撃でも入れてみせろ。それが出来れば、特別に枠に入れてやる」
「! 本当か!?」
「よ、よし。やってやろうじゃねえか……」
 ああ。にわかに喜ぶ三人に、リオは短く肯定した。
 だが当代最強の剣士に、そう簡単に一撃など入れられるものなのだろうか……?
「ジーク」
「ん? おわっ!?」
 その直後だったのだ。可哀相に。内心胸の端でそう思っていたジークに、次の瞬間、リオ
はひょいっと自分の腰から鞘ごと太刀を抜くと、これを彼に投げ寄越してきたのである。
「……ちょうどいい実験台だ。よく見ておけ」
「えっ?」
 リオが得物を自ら放り投げた事ですっかり得意になったのだろう。不服の三人はこれを絶
好のチャンスとみて一斉に彼に襲い掛かろうとしていた。
 頭に浮かんだ小さな疑問符。
 だがそれはすぐさま、目の前の彼に迫る危機への警鐘(さけび)へと変わる。
「リオ!」
「叔父さん!」
 しかし、結論から言えばやはり心配など無用だったのだ。
 剣聖仕留めたり! 飛び込む三人が間合いに入り、その三つの得物が大きく振りかざされ
たその瞬間、リオはヴンッとオーラを込めた左腕を薙ぐと、振り向きざまに空裂く斬撃を描
いたのである。
『──』
 その光景に、一同は目を見張った。暫くそれが現実だと信じられなかった。
 切り裂かれていたのだ。ただの手刀。それだけなのに、リオが描いたその軌跡に巻き込ま
れた三人と、ずっと背後にあった大きな廃屋がその引かれた一閃の通りに真っ二つに切り裂
かれていたからだ。
 武器も防具も、まるで意味を成さない。三人はその手刀の斬撃を受け、血飛沫を撒き散ら
しながら白目を剥いて宙を舞っていた。
 どうっ。轟々。一度スローモーションになったかのような世界が元に戻り、彼らが地面に
倒れるのとほぼ同時に後ろの廃屋が崩れ去れる。
 皆、目が飛び出るほど呆然としていた。
 斬った。剣も使わずに、斬った……。ジーク達の理解が及んだのは、何秒も経ってようや
くそんな段階であった。
「……。これが、この先お前達が修めるべき力だ」
 倒れ込んだ、崩壊した不服三人組と廃屋。
 それらを背景にして、リオはそう、一人ゆたりと向き直ると言ったのだった。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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