日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)その光に、触れるべきでは

移り往く 月の如くに 明日の身は どちらに転ぶ 満ちるか失(う)すか

四週間しかない!とあわあわしていたこの二月も、遂に残り一週間を切りました。
ですが今回の雑記により、月10本ほどの更新記事という(何となく過去の積み重ねでそうな
った)自分スパンは維持できそうです。まぁどの月も、新記事としてUPする形ではない更新
というのは密かにあるのですがね(短歌とか落書きとか)

更にここ数日、厚着を一枚脱ぎたくなるほど温かい瞬間瞬間があります。
炬燵も火力や使用頻度をカットダウン。ハロゲンヒーターもそろそろ出番終了?
気象予報ではまた近い内に寒波が戻って来るそうですが、暦的にもこう寒暖の波を繰り返し
ながらぼちぼち春へと変わっていくのでしょう(´=ω=`)

前回此方で触れた、リアルの立て込み──病身からの復帰も、あれからまた少し動き出して
います。妙な加速度を持ち始めている、というか。
可笑しい話なんですけどね。
元を辿れば自分が相談したからなのに、いざ先方が親身に動いてくださって方々に出向いて
行くぞという状況になってきて、不安がぶり返す(というより場慣れの乏しさ?経験値?)
勿論、向こうの方々も少なからずビジネスとして絡めている中でこちらに応じてくださって
いるので、非礼や怠慢をぶつけ返すような事でもしない限り、そこまで“萎縮”する必要は
ない筈なんですけども……。

これも、今の身の悪癖なのかしら? 長らくの卑下癖とでも言うのか。

己が「恵まれている」と感じた時、ついそんな自分を否定したくなる。其処から逃げ出した
くなる。結果的に応えられないんじゃないか、お前は背負い切れるのかと考えてしまう。

こんなに親切にされてはいけない。優しい眼を向けられてはいけない。
その心を、感涙の類で揺さ振られてはいけない──。


『前に比べて血色が良くなりましたよね』

多分、切欠はそんな一言でした。
昨年末からちょこちょこと顔を出すようになった、月一の寄合(語らい場)。
そこに集まる、広義には僕と同系統の病気を患っている方達の一人から、今回不意にそんな
言葉を投げ掛けられたのですよね。

数秒くらいキョトンとしていたと思います。何せまるで自覚が無かったものですから。
自分で言うのも何ですが、決して綺麗な顔ではない筈です。イケメンでないのは当たり前過
ぎるとして、篭り気味の生活が続いた故に肉のついてきた頬なり、中々どうして消えず寧ろ
面積が増えているんではないかとすら思える目の下の隈なり。
多分そういう造形の話ではなく、言葉通り皮膚の赤みなんだろうとは思うのですが……。

そしてこの言葉が皮切りになったのか否か、今月の寄合は随分その方と僕を囲んで暫し病苦
への向き合い方(?)についての話題が続きます。
微笑っていました。その方も、他の周りの方も。
僕自身この会には新参者であるに違いはなく、これまでの断片的な情報から彼らの抱える病
気の重さは自分の比ではない──というのは何となく分かっていたにも拘わらず。
なのに彼らは微笑っていました。
分かる、分かる。自分もそういう時あるよ。
或いは、こうしてこの場に足を運んでくれた、それ自体が大きな一歩なんだから。
そこまで考え込む事はない。大丈夫、大丈夫──。

口下手も手伝って、あまり向けられる言葉に眼差しに応えられませんでした。ごくりと唾を
呑み、喉まで来た言葉が霧散し、ただ「はあ」とか「そう、ですかね」といったぶっきらぼ
うな返ししか出来ないまま。ただ何となく頷き、彼らが何を思ってそんな事を言ってくるの
だろう?と見返して──「ほら、以前とは違ってちゃんと目を見て話せてる」とか。
……ぐらぐらしました。幾つかの名詞が脳裏を過ぎります。
動揺と、感涙と、そしてそんな心境になっている自分を戒めんと立ち上がる自分でした。
二十数年流されるまま、無計画に無知に生きてきた人生。心身を壊しおそらくかなりの深み
に堕ちていった筈の僕に、こんな“温かみ”が向けられていいのか? と思いました。
言葉が霧散したのも、多分その疑心が為したものなのでしょうね。
ここでにぱっと微笑み返し、幼子のように「ありがとう!」と口にしてしまえば、今までの、
病身に堕ち屈折してきた数年来の“僕”を自ら否定する事と同じだと思えて……怖くなった。

“じゃあ今までの僕は、澱んできた僕は何だったの? 馬鹿みたいじゃない──”

そんな不釣合いなプライド、みたいな自己愛が、こんな時になっても(だからこそ?)僕を
あちら側に触れさせてはくれない。落ち着かせてはくれない。触れるべきではないと自分に
言い聞かせ続けている……。

例えるのなら、差している光に手を伸ばせそうなんだけど、ずっと暗がりの中にいた所為で
そこに慣れ過ぎてしまい、この《光》がどうにも眩しく、結局手を引っ込めてしまう。
過去の雑記でも何度か言及してきましたが、僕の創作や雑感の意欲に長らく火を点けてきた
のは人の世への『憎しさ』です。いや、もっと厳密に詰めれば『厭』という語彙に収斂して
ゆくものか……。
言わばこれらは《闇》の側なんです。きっと僕は少なくない歳月をそちら側に寄り立って、
価値観を組み立て、この世というものを観てきた。
だから、いち創作人という側からも、そう簡単に《光》たるものらそのものに自分が所属し
てしまってはこれまでの思念や作品世界がごっそりひっくり返ってしまうかもしれない──
崩壊してしまうかもしれないとも懸念したのでしょうね。

病苦(に限らず苦しみ全般)を「比べる」事などナンセンスだ、みたいな云いはしばしば聞
きます。それらは全て個々にとって絶対的なもので、相対化してみせるのは結局外面しか見
ていないとか何とか。実際、数年来の主治医からも“原因探し”をするより“今の治療”に
自分を注ぐよう、話をもっていかれる経験が何度もありますし……。

でもねぇ。それでもやっぱり自分は考えてしまうんですよ。
僕より重症な方なんてのは(という言い方は失礼ではないかとは重々承知の上で)たくさん
いる。事実それは手帳の有無、日常への支障などという具体的なチェック項目?で幾らでも
区別出来てしまう訳で。

“原因探し”は、しちゃいますよね。

人生に対して、自分はあまりにも無計画過ぎたのではないか?
社会に対して、自分はあまりにも無頓着過ぎたのではないか?
義務に対して、自分はあまりにも怠け、逃げ過ぎたのではないか?
こうなったのも、結局は自業自得ではないのか? そんな面はある筈だ。
だから彼らに、こう優しくされちゃいけない。そんな資格なんて無い──。

『人は一人じゃ生きられない。人という字は人と人が支えあっている姿だろう?』と某3B
先生役で有名な俳優(何だかんだでこういう国語ネタで尚も食い繋いでいる感がある昨今)
は言う。
『金儲けをしなきゃいけないんだ』『好きな事ばかり出来ると思うな。皆、我慢してる』
或いは最も僕にとっては身近な一人で、苦しんで、荒んで、老いながら色々な焦りに攻めら
れて(世代的にも)高圧的にならざるを得ない我が父は、酒の勢いを借りると言う。

どっちも正しいんだと思う。だけど、どっちも脆く弱い僕には厳し過ぎたのかな……。

──独りじゃ駄目だ。皆で力を合わせてがいいんだ。
ではそれでも独りで頑張ってきた誰かは「正しく」ないのか? 認められないのか?
いつもあんたら世の大人達は、いざ孤独の中その誰かが頑張って、何某かの成果を出しても、
急に沸いて出てこれを掌を返したように褒め称える。まるで“自分達”の成功のように扱っ
て憚らない。自分達という集団の肯定材料に使って使って、飽きるまで使い潰して──時に
また掌を返して散々貶めては──何のケアも無しに次の標的へと群がっていく。
世=人間集団における成功とは、本質的に彼らへの利益に資するものではなければそれと認
定されないのだろうが……納得はいかない。上手く笑みを作りながら個と全の間を渡り歩け
れば生存できるのかもしれないけれど、出来ぬなら決定的に独りである事を覚悟する以外に
道は無いように思われる。
──仕方ないんだ。皆我、慢しているんだ。
それが、処世術。いわゆる「普通」だ。分かるよ親父殿。でも……分かりたくない。こんな
僕でもさ、観てきたんだ。そうやって頼まれもしないのにお互い押し込め合って、諦めて妥
協して。でも百人いれば百通りあるその人間の感情(ワガママ)は一体何処に往くのかな?
まさか綺麗さっぱり消え去る筈はない。ただ蓋をされただけで、その実じっとそれぞれの中
に溜まり続けているんだ。
押さえつけられ、思いのままに在れなかった無尽蔵の『憎しみ』。
それを、僕はこの時代に蔓延る(イデオロギー的な)諍いや無差別じみた害意の源泉だと考
えている。そりゃあ勿論、全部が全部在りのままになれっこはないんだけども。
世の中がおかしくなった? そりゃそうだろう。僕らが世界だ。そして数え切れないほどの
『厭』が見せ付けられる現実(リアル)の末に脱落した人間の一人が……貴方の息子です。

人と関わらなきゃいけないという。願わくば絆で結ばれれば美しい。
確かにそれは眩しいけれど、でも何よりそこまで現実は美しくないと思うから。

根っこは似ている、気がする。
誰か「盟主」たる人間に従って、褒め称えなければならない集団だとしたら? それが出来
ない奴から弾き出されていき、結局やっている事は各々の“営業”ばかりだとしたら?
何か似た境遇の人達が集まって、マジョリティではない自分達を慰み合う。励まし合う。
でもそこにどれだけの意味があるのだろう? 傷を舐め合うだけにならないか? 或いは逆
に“啓発”を拗らせてポジティブ教徒の集まりになってしまいやしないだろうか? 
前者同様、勿論全てがそんな悪癖を持っている訳ではないんだろうけど、もしそうなった時
にそこに自分がいれば……只々辛いだけだ。
だから長い間、僕は積極的に他人(集団)の中へ関わることを避けてきたような気がする。
(それでもしばしば人恋しくなって、近付いて、失敗してを繰り返してきたのだけど)

考え過ぎ、ではあるんでしょうけどね。
その先どうなるかを事細かに考えていたら(誰だって?)足が竦んでしまう。えいやと一歩
踏み出してみてからでも、何とかなるさと。細けぇ事は(ry

……どうにもまだ、《光》には慣れる気がしない。

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  1. 2015/02/25(水) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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