日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔60〕

 時を前後して。
 本物のセラ・ウゲツは、薄暗く狭い中に閉じ込められていた。
 目が覚めた時には既にここに放り込まれていた。出血の痕が痛々しい頭部を中心に、傷だ
らけの身体がじんじんと痛みを訴えてくる。
 更に肌に接触している金属の冷たさ。目線の辺りに細く差し込んで来る明かり。
 おそらく此処は、ロッカーの類なのだろう。
「んんっ、むぐっ……!」
 だがそんな彼の状況を、署内の部下達は知る由もない。ウゲツはその両手足をロープで縛
られており、口も粘着テープで塞がれていたのだから。
 必死にもがく。たとえ拘束されていても、とにかく外に出ようと抗う。
 だがどれだけ身体を揺すってぶつかってみても、目の前の金属板(扉)はびくともしなか
った。手応えからして外側から何かしら重石になる物で塞がれていると思われる。明らかに
自分を外に出さない為の、第三者による細工があるようだった。
(……しくじった。私とした事が……)
 そもそもあの時点で怪しむべきだったのだ。今朝、封印房で署長(ケヴィンさん)自身が
会議に付きっきりになると言っていたのに、ひょっこり顔を出して来るなどおかしいと。
『ウゲツ、ちょっといいか?』
 そう言って自分を一人呼び寄せて来た署長──の姿をした何者か。ジーク皇子らを迎える
準備と警備配置の変更で忙しくなくしていた自分は、思考の多くをそこに奪われたまま彼に
ついて行ってしまった。
『一体どうしたんですか? まさか皇子達に何か──』
 そして通路の一つに入り、作業する皆の視界から外れた次の瞬間、奴はつい皆の様子が気
になり一瞬目を逸らした自分の隙を突いて襲い掛かってきたのである。
 ハッと気付いて目に映ったのは……振り上げられた腕だった。
 だがそれは明らかに普通ではない。手首から上が、重い鎚に変わっていたからだ。
 かわす事すら出来なかった。完全に不意を突かれた。
 数度、繰り返し頭を殴打され、声を漏らすより先にもう片方の手で塞がれる。自分は剣を
抜く暇すらなく一方的にやられてしまったのだった。
 そうして気が付いてみれば……このざまだ。十中八九、あの偽者の仕業だろう。
 侵入者。自分ですら襲われる寸前までそれと気付かなかった変装技の使い手。
 しかし霊海上の孤島であるこのギルニロックへどうやって? やはり出入りする関係者の
誰かに化けて紛れたのだろうか。
 ……いや、今考えるべきはそこじゃない。ケヴィンさん達だ。ジーク皇子達だ。あれから
どれだけ時間が経ったのかは分からない。だが一行が既にこの監獄に到着していれば拙い事
になる。
 賊は巧みに他人に化ける術を持つ。そして今、皇子達を迎えるべき自分はこうして人目の
つかない場所に押し込められてしまっている。
 もし、賊の目的が皇子ならば? あの魔人(メア)ならば……?
 彼らに、危険が迫っている。
 奴が自分の命を取らずにこうして押し込めただけなのは、おそらく事を為した後の流れも
計画に入っているからだ。一時的に今回の案内役たる私に成り代わり、その後全ての責任を
本物(こちら)に負わせようとしているのではないか……?
「──副署長~!」
「何処にいるんですか~!」
(……ッ!?)
 ちょうどそんな時だった。さも壁越しに阻まれるようにぼやっと、ウゲツは遠巻きに自分
を呼ぶ者達の声を聞いた。
 はたしてそれは獄卒達だった。先刻、異変を察知したケヴィンの命を受け、本物のウゲツ
を捜し回る面々の内の一団だったのだ。
 少しずつ遠くなっていく足音と呼び掛けの声。どうやら自分が今いる部屋の前を通り過ぎ
ようとしているらしい。ウゲツは焦った。今しかない。ここで気付かれなければ、また時間
だけが徒に過ぎてしまう。
「んぐぐッ! むぐぐむぐーッ!!(此処だ! 助けてくれッ!)」
 故に、ウゲツは必死になってもがいた。身体の痛みなどどうでもいい。縛られていようが
塞がれていようが知った事か。
 彼は狭いその中で力いっぱい限り暴れた。外にある重石は相変わらず扉を閉ざしたままだ
ったが、ガタンガタンと立った大きな物音は、あわやそのまま通り過ぎようとしていた獄卒
達を寸前で引き留める事に成功する。
「……おい。今、何か聞こえなかったか?」
「えっ?」
「ああ。聞こえた。更衣室か……?」
 獄卒達、その数五人ほど。彼らの何人かが足を止めて振り返り、残りの面子がこれに続い
て通り過ぎようとしていた部屋──獄卒用の更衣室へと近付いていく。
 腰に下げた剣や、担いだ銃に心なし手を。
 彼らは思い切って出入り口の扉を蹴破ったが、中はしんとして誰の姿もない。
 だが目を留めるものがあった。奥のロッカーの前に、幾つもの段ボール箱が積み上げられ
ていたのだ。
 あれは確か……備品の予備が詰められている箱。
 怪しかった。普段あれは、もっと部屋の隅にまとめてられていた筈だが……。
「……副署長?」
「そこに、いるんですか?」
 誰からともなく顔を見合わせ、そうおずおずと呼び掛けてみる。
 するとどうだろう。そうだそうだと激しく自己主張するようにこのロッカーがガタガタと
大きく音を立てて揺れたのである。間違いなかった。また顔を見合わせ、頷き合い、彼らは
慌ててこのロッカー前に飛んでいくと、急いで邪魔になっていた段ボール箱を除けて中に押
し込められたウゲツを助け出す。
「ふ、副署長!」
「ご無事ですか!?」
「こいつは酷い……。おい、誰か医務部に連絡を──」
「……私なら大丈夫だ。それより、署内はどうなっている?」
 ようやく扉が開き、転がるように出て来たウゲツ。その両手足は固くロープで縛られ、口
には粘着テープが貼られている。獄卒達は急ぎ先ずもってそれらの戒めを解き、ボロボロの
彼を見て少なからず狼狽していた。
 だが当のウゲツは、傷付きながらも一度大きく呼吸すると、助けを呼ぼうとする彼らを制
止するように開口一番、そう問うてくる。
「あ、はい」
「そうなんですよ、大変なんです! 少し前に署内に侵入者が──“結社”の魔人(メア)
達が現れたらしくって……」
 そこでウゲツは現状の大よそを聞いた。理解した。
 やはり標的は使徒クロム、及び彼の面会に訪れる皇子達一行だったのだ。
 唯一幸いな点があるとすれば、自分に化けた偽物を皇子らが看破したらしいという事か。
「……署長達は、封印房に向かったんだな?」
「は、はい」
「むっ、無茶ですよ! そんな身体で! 今連絡していますから、先ずは手当てを……」
 故にウゲツは、次の瞬間にはよろよろと立ち上がっていた。
 幸い太刀(えもの)は一緒に放り込まれてある。それを鞘ごと握り取って杖代わりにし、
ふらつく身体に鞭打つと、彼は獄卒達の制止も聞かずに歩き出していく。
「……このまま、おちおち寝てなどいられない……」
 自分の所為。
 何より不意を突かれたまま終わるなど、自身の武人としての誇りが許さなかった。


 Tale-60.咎人達の狂想曲(カプリッツオ)

 ヘイトの身体を貫いた刃から、ぼたぼたと血が滴り落ちる。
 突然の出来事に、ジーク達は目を見開き立ち止まっていた。何よりヘイト本人も口から赤
を垂らしながら血走った目で振り返り、この一撃の主──セシルを睨み付けている。
「セシ、ル……。てめぇ、何、を……??」
「おいおい、そんな眼で見るなよ。全部お前の自業自得だぜ?」
 セシルは平然と哂っていた。その周りを持ち霊──百足女の魔獣・ヒルダがぐねぐねと蠢
きながら同じく冷笑を向けている。
「お前は任務より、自分の感情を優先し過ぎたんだよ」
「貴方は知らないだろうけど、私達は“教主様”から別命を受けているの。もしまた貴方が
私情に走る事を繰り返すようなら“処分”しておけってね」
「……そんな」
 馬鹿なこと。ヘイトは更に二度三度吐血しつつ、絞り出すような声で呟いていた。
 だがセシルとヒルダ、そしてオズ・リュカと戦っていたヘルゼルは表情を変えない。既に
切り捨てた、そんなにべもない冷たさで見下すばかりである。
「ぐぅ……ッ!!」
 だからヘイトは絶望した。怒りが全身を支配した。
 血走った眼が向けようとしてた矛先がクロムから彼らへ。じゅくじゅくと瘴気が血と傷口
を食んでいくのも構わずに、彼は無理やり前のめりになって串刺しから抜け出ると、辺りに
その血を撒き散らしながら苦痛の声を上げる。
「……。ふん」
 そして小さく眉根を上げ、セシルが一歩また一歩と彼を追い始めた。
 振り上げる剣には尚もヘイトの血がべったりと。されどそのまま瘴気と化すオーラで刀身
を包み、追撃の一発を叩き込もうとする。
「ッ──!」
 だがそれをヘイトは寸前の所で回避した。彼は咄嗟に魔流(ストリーム)の錨を部屋左側
の出入口へと射出し、同時に引き寄せる要領で自身をその場から離脱させたのである。
 セシルの瘴気剣が空を切った。そしてガコンッと、ヘイトは左側──東進入路の上枠にぶ
つかってこれを瓦礫にして落しながら、何度も魔流(ストリーム)の錨を鎖フックの要領で
用いこの暗い通路の奥深くへと逃げていく。
「ありゃま。逃げちゃったよ」
「どうするんだ? あいつ捻くれ者だから、逃すと後々面倒だぞ」
「ああ……。ヘルゼル、追ってくれ。こいつらは俺達で殺る」
 言って、セシルはサッと剣を持ち上げた。
 合成獣(キマイラ)の姿のままなヘルゼルは一瞬迷ったようだが、すぐに一旦変化を解い
て本来の鴉系鳥翼族(ウィング・レイス)の姿に戻ると、軽く飛び立ちながら瓦礫を越えて
東通路へと消えていく。既に自分の能力が見破られ、オズという機械(キジン)相手では分
が悪くなっていた事も後押ししたのだろう。
「さて……」
 ゆらり。セシルとヒルダは、改めてジーク達に向き直った。全身のオーラが漂い、石畳の
床が一部また一部と侵されていく。
 ジーク達は逃げようとしてた。クロムを、獄卒達を連れて彼らが仲間割れをしている間に
ぐるりと反対側から、自分達が降りて来た南通路へと逃げ込もうとしていた。
 だがそれもセシルがひゅっと片手を振るい、瘴気が行く手を遮るように広がると足を止め
て後退せざるを得なくなった。
「ちっ……」
 ジークやダンが小さく舌打ちをする。それを見てリュカが、遠隔操作で獄卒達を守らせて
いる騎士団(シュヴァリエル)を動かし、この瘴気と彼らの間に割って入らせた。
「逃がさないよ。クロムもお前達も、皆ここで始末するんだから」
 そしてスッと左手の中指を突き上げ、セシルはヒルダの名を呼ぶ。彼女はニッと嗤い、蠢
きながらぐるぐると彼の周りを回り始めた。彼のオーラと彼女のオーラ、二つの力が急速に
混ざり合って激しく燃える。
 それはあたかも毒々しい濃い緑の炎のようであった。ジーク達が思わず後退り、手で庇を
作った次の瞬間、彼ら二人は一つに──新しい姿に変わっていた。
『……』
 全身の要所を覆う革鎧。その肩や肘当てには鋭く湾曲した爪が備わっており、首周りから
背中にかけて獣の毛を彷彿とさせるモフが広がっている。更にそこからは百足のような無数
の触手が生えており、めいめいが不気味に酸毒の吐息を吐いている。
「なっ──!?」
「まさか、精霊融合……?」
 封印房フロア全体に広がらんとする瘴気。それらからクロムや獄卒達を守ろうと、ジーク
達は険しい表情で間に立って身構える。
 そんな彼らを、ヒルダと合体したセシルはニヤリと哂いながら見つめていた。
 ゆっくりと迫って来る。剣を握り、静かに殺意を湛えるその表情が刀身に映り込む。
『さぁ、覚悟なさい?』
「全ては……我らが大願成就の為に」


 その少年は、代々魔導師を輩出するとある家系の嫡男として生まれた。他にも姉妹はいた
が全員が女性で、必然的に家督は彼が第一に受け継ぐ事になっていた。
 故に、当時当主であった父の期待は特に強かった。彼は文字の読み書きや計算といった基
礎基本は勿論の事、魔導の英才教育を少年の幼い頃から施していったのである。
 故に、少年が物心ついた頃には、日常の大半が勉強で占められていた。
 ……嫌だとは思っていた。歳相応に遊び、眠り、愛されたかったのかもしれない。
 しかし終ぞ父はその想いを知る事はなかった。むしろ勉強から逃げ、サボろうとする息子
を彼はしばしば厳しく叱り、時には折檻する事さえあった。
 それはひとえに焦りである。当時少年は知る由もなかったが、彼ら一族は既に魔導師家系
としての最盛期をとうに過ぎていたのだった。
 今や衰退する一方。後発の、より柔軟に立ち回る個人の魔導師達に追い越されていく。
 父は焦っていた。自分の代で、息子の代でこの家を繁栄させ直せなければ、いずれ有爵位
家としての地位すら失うかもしれない……。
 だが不幸は、そんな父の期待とは対照的に、少年がさほど才能に恵まれてはいなかった事
であろう。
 故に彼の、少年へのスパルタ教育は徐々に激しさを増していった。始めはいい意味でも悪
い意味でも反抗的で子供らしかった少年も、やがて感情を押し込め父の教えに服従するよう
になる。……少なくとも、表向きは。

 その甲斐があったのだろうか。
 やがて成長した少年は見事、都にある魔導学司校(アカデミー)への入学を果たした。
 両親や親類はこれを大いに喜んだ。都との距離の関係上、親元を離れての学生生活になら
ざるを得なかったが、これで我ら一族の断絶は防げると彼らは信じて疑わなかった。
 事実、少年は在学中、がむしゃらに勉学に取り組んでいたようである。
 長年父から植え付けられた強烈な魔導師への執念、自尊心。
 故に少年にとって学生生活とは、他の見習い(たまご)達と交友を育むような温かい場所
ではなかった。むしろ彼らを蹴落とし、自らの優越性を示す為の試練の地であったのだ。
 ……しかし世界は広い。何より少年に刷り込まれた自負と現実の溝は、この時既に修復不
可能なまでに肥大化していた。
 単純な話である。上には上がいたのだ。それも、数え切れないほどに。
 カリキュラムが進むにつれて、少年の成績は目に見えて埋没していった。優越を示す所で
はない。学院や周囲が優秀な学生らを称える中、彼がそこに加わる事はなかった。
 限界が訪れていた。そもそも少年は、そう才能に恵まれていた訳ではなかったのだから。
 加え彼が得意とした分野も一因だったのだろう。
 魔流(ストリーム)力学、及び構築式の演算。それらはどれも本来は基礎中の基本、地味
な分野であり、どれだけ技術を磨いても衆目は花形分野の学徒らに持っていかれてしまう。
逆を言えば多彩さに欠けていたのだ。当代の様々に分化する魔導に少年のキャパシティが追
いつけなかったという面もある。
 かくして少年の心の中には如何ともし難い歪みが生まれた。──いや、隠し切れなくなっ
たと言うべきか。
 打ちのめされた自尊心。何より人生の大半を棒に振るわせた父への、極限にまで膨れ上が
った憎悪。
 彼は酷く恨んだ。怒りに煩わされぬ日は無かった。
 結局父が向ける期待とは保身である。自分という息子(たしゃ)を使い、爵位という巨大
な権力を失ってなるものかとする人間の醜い本性であると少年は確信していた。そしてその
憎しみはやがて父だけでなく、無節操に繁茂する魔導と、それらを持ち上げては落とすを繰
り返す人間──世界そのものへのそれへと変質していく。
 ……いっそ辞めてしまおうか? 少年は魔導書塗れの室内で燻っていた。
 だがそれは自ら“負け”を認めるようなものだ。傷付きながらも肥大する事を止めない彼
の自尊心は、それを許しはしなかった。
 では、どうすれば“勝つ”事が出来る? この数多く在籍する、そして知らぬもっと高み
に居るであろう世の全ての魔導使い達に……。
 少年の勉学はやがてそんな方向へ向かっていく。彼は憎しみで歪んだ心を受け入れ、それ
らを己が糧とする道を選んだのだ。
『……ああ、そうだ』
 そして行き着いた先で得た回答(こたえ)は、やはり邪悪なもの。
 魔流(ストリーム)と構築式、即ち文字化した呪文(ルーン)。それらを組み合わせ、精
神の域から力ある他者に干渉する術。
『簡単じゃないか。奪えばいいんだ』

 学院の関係者、それも優秀とされる者達が次々と行方をくらますようになったのは、それ
から程なくしてからの事だ。
 犯人は少年だった。彼は独自に編み出した、魔流(ストリーム)を利用した洗脳術で生徒
や教員を掌握し、その導力(うつわ)に収まった魔力(マナ)を喰らっていったのだ。すぐ
には身体──自身の導力がついては来なかったが、それでも無理やり押し込んで。
 しかしそれでも、少年は足る事を覚えなかった。もっともっと。彼は力を欲した。
 そしてある日、彼はかねてより温めていた計画を実行に移す。
 一人一人奪って消してでは効率が悪いと考えた。故に洗脳した“餌”全員をその日一挙に
キャンパスの一室に集め、纏めて喰らおうとしたのである。
 結果は……大惨事だった。一挙に吸い上げたエネルギーが空間を押し出し、部屋のあった
棟ごと、いや、学院の敷地丸々を吹き飛ばしてしまったのである。
 現場に残ったのは爆ぜて瓦礫となった元魔導学司校(アカデミー)だった。
 方々で炎上する残骸、立ち上る黒煙。その光景はさも空爆を受けたかのように凄惨を極め
ていたという。
『おーい、誰か~! 誰かいるか~!?』
『生きてるか!? 息のある奴は返事をしろ~ッ!』
 都の一角にあった事もあり、時の政府はすぐさま救助隊を派遣した。焼け焦げる瓦礫の山
と化した学院跡に、シャベルやツルハシを持った隊員らが展開する。
『リュート! 何処にいるんだ、リュートぉ!』
 そして彼らの後からは、事件を聞きつけ飛んで来た保護者達の一団が。
 その中には少年の父の姿もあった。黒煙で汚れ、貴族のいでたちがすっかり損われてしま
っても、彼は他の親達に交じり、必死になって息子の姿を探し回った。
『お、おい! 誰かいるぞ!』
『あれは……生徒、か?』
 そうして彼らが見つけたもの。それは他ならぬ少年の姿だった。
 だがその様子は明らかにおかしい。彼の足元には四散した無数の人間の残骸があり、自身
の纏うオーラからも幾つもの錨──のようなものが鋭く生えて蠢いている。
『リュート? お前、一体……』
 当惑し、しかし息子の生存を目の当たりにして彼を抱き締めようと歩を進めた父。
 だがそれを少年は躊躇なく串刺しにした。自身が作り上げた、魔流(ストリーム)の錨で
全身を粉微塵に貫き、その所業を見て逃げ出す救助隊以下居合わせた者達も全て刺し貫いた
上で喰らったのである。
『……』
 魔力(ちから)が彼に満ちていた。膨大なエネルギーが彼の心身に収まり、力ずくで変質
させた自身という器が静かに轟く。
 怪物になっていた。無理やりに大量の魔力(マナ)を集め、取り込もうと消費したこと。
それ自体がある種魔導と為り、異常な消費を生み、少年の瞳を血色の赤に──魔人(メア)
の身へと変貌させていたのだから。
『どうだ? 糞親父。僕は……強くなったぞ』
 世界を、ひっくり返してやる──。
 そしてその後祖国を出奔し、各地で導力狩りを行うようになった彼を“結社”が見出した
のは、それから数年が経った頃の事である。

「──ぐぅッ! げほっ……」
 魔流(ストリーム)の錨を繰り返しフックのように利用し、ヘイトは猛スピードで東通路
を進んでいた。
 どうやらこちら、あの地下牢の左右は昇降機ではなく階段で接続されているらしい。
 何度か閉ざされた遮断壁も錨でぶち抜き、上へ上へと登った所で、彼はいよいよダメージ
に耐え切れなくなりどうっと石畳の上へと転がり落ちた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! あの野郎……。まさか、僕が粛清される、なんて……」
 荒く息をつきながらうつ伏せから仰向けへ。身体はセシルに貫かれた傷で真っ赤に汚れて
いた。穴の空いた傷口がじくじくと傷む。もし自分が魔人(メア)でなければ、半不死身の
身体でなければ、とうに息絶えていただろう。
「畜生ッ! 何でこんな事に。何で、この僕が……」
 まだ止まらない血を腹から口から吐きながら、ヘイトは激しく床を叩いた。
 完全に不意を突かれた。裏切り者のクロムはともかく、自分がこんな目に遭うなんて想定
すらしていなかった。
『お前は任務より、自分の感情を優先し過ぎたんだよ』
 セシルが放ってきた言葉が蘇る。ヒルダの言っていた、場合によっては自分を始末しろと
いう“教主”からの別命も。

『それに……使徒ヘイト。独断はお前も同じではないか? 今は少しでも多くの兵力を必要
とする局面。その最中に無断で信徒と一軍を動かすのは、褒められたことではない』

 思い出す。そう言えば“教主”はあの時もクロムの裏切りより、自分が独断で信徒を使っ
た事を咎めた。背筋が凍る思いだった。
 あの後、大都(バベルロート)での作戦が終了したのち、自分は何卒と平身低頭して許し
を請うたのだが、その時彼は確かにこうも言ったのだ。

『ならばチャンスをやろう。元使徒クロムが収監されている統務院の牢獄に潜入せよ。他に
セシルとヘルゼルを遣る。両名と連携し、彼と、同じく捕らわれた中下級の構成員らを抹殺
するのだ。クロムは勿論の事、彼らもどれだけ我々組織の情報を吐いたのか分からん。見事
始末してみせろ。……いいな?』

 あの時はただ繰り返し頭を下げて拝承するしかなかった。だが思い返してみれば、あの時
点でもう自分は見限られ始めていたのではないか? そうでなければ、セシル達にわざわざ
始末しろなどと別命を下す筈がない……。
「……切り捨てられた、か」
 ぐっと右腕を握り、試しに魔力(マナ)を込めてみた。
 そして案の定、発動しない。自分たち使徒級に刻まれた闇色の刺青・転送刻印がいつの間
にか効力を失っている。
 ヘイトは改めて自分が“結社”に見限られたのだと知った。この刻印は使徒として認めら
れた者にしか空間転移の力を提供しないのだから。
(くそッ! だが──)
 諦めてはいなかった。ヘイトは傷付いた身体を引き摺り、通路の一角に自身の血で魔法陣
を描き始めた。
 確かにもう“結社”の転移網(ネットワーク)は使えない。だがその仕組み自体はとうに
把握済みだ。仮設ではあるが、この島を中心として座標軸を設定さえすれば、後は同じよう
に理論上空間転移──外へ逃げる事は出来る。
「……よしっ。後は、目標地点の座標を計算して──」
 だがそんな時だった。バサバサと羽ばたく音がしたかと思うと、黒い翼を広げたヘルゼル
が追いついて来たのだった。
「み~つけた。あんまり手を掛けさせないでくれよ。お前も“結社”の一員なら、いざって
時には潔く散るべきだと思うがね?」
「……。ふん……」
 魔法陣を後ろに隠すように、ヘイトは両脚を広げて座るようにしていた。
 後ろ手に片手をつき、すぐにでも即席の転移装置を作動させられるように備え、ぐるぐる
と大急ぎで頭を回転させる。
(敗走なんて癪だが、せめて力を奪っていく事くらいなら出来るか……?)
 しかし相手は勝って知りたる元同胞。向こうの幻術も、こちらの洗脳術も、お互い大抵の
事は知り尽くしている。
 いや、すぐに逃げるべきか? 今は堪えて傷を癒すべきか?
 迎撃できるようオーラは練りながらも、頭の中では先んじて避難先候補の座標計算が始ま
っている。そうとは知らず一方のヘルゼルはその幻術で右腕を巨大な鎌に変化させていた。
それと知らぬ者ならば、あれが自身に触れた瞬間、自らの錯覚によって首を跳ね飛ばされて
しまうだろう。
 黙したままの拮抗。いや、向かい合って互いに相手を見つめる両者。
「──」
 だがその時だった。カツンカツンと、ヘイトの後方から足音が聞こえてきたかと思うと、
はたと一人の男が上階から降りて来たのである。
「? お前は……」
「っ!?」
 見覚えがあるヘルゼル。また新手が来たのかと振り返り、引き攣ったヘイト。
「……」
 睥睨。
 それはボロボロになりながらも単身地下封印房へ向かう途中だった、溢れんばかりの戦意
を纏うウゲツだった。


(……これは、一体どういう状況だ?)
 のたり。まだ癒え切らぬ身体を引き摺りながら、ウゲツは目の前に現れた光景に内心困惑
を隠せなかった。
 二人の人物がいる。
 片方は少年のようで、腹を刺されたのか血で真っ赤に染まりながら床にへたり込んでいる
ように見える。もう片方は鴉の鳥翼族(ウィング・レイス)で、しかもその右腕は巨大な鎌
になっているではないか。
 署長達に合流すべく、先刻の更衣室から最寄の階段で地下に降りている最中だった。
 そこで出くわしたこの二人。一見すれば少年がこの鎌男に襲われているようにも見える。
 だが、そんなウゲツの第一印象は次の瞬間には立ち消えていた。こちらに気付いた二人が
振り向いた時、少年の瞳が血色の赤に染まっていたからである。
 即ち──魔人(メア)。
 助けるべきか? という思考は、一気に警戒の赤信号へと変わる。
 そもそも彼らに見覚えはない。少なくとも署の同僚・部下達ではない筈だ。
 では、やはり侵入者とは彼らの事……? 何よりウゲツの眉間に皺を寄せさせたのは、鴉
の鳥翼族(ウィング・レイス)である。あの武器に変化した腕……自分が襲われた時とよく
似ている。あの時のケヴィンさんの偽物とは、奴ではないのか?
「……“結社”の魔人(メア)達、だな?」
 故に問う。
 返答こそなかったが、彼らがその瞬間こちらを睨み、身構えた時点で間違いはなかった。
「──」
 まだダメージで重い身体の錆を取るように、深く息を吸い込み、吐き出す。歯をぎゅっと
食い縛り、腰の太刀に手を添え大きく抜刀の構えを取る。
 それはほぼ同時だった。ウゲツがその剣を霞む速さで抜き放ったのと、ヘルゼルとヘイト
に向かって斬撃が襲い掛かったのは、殆ど同時の事だったのである。
「ぬわっ!?」
「斬撃が、伸び──!?」
 辛うじてこれをかわした二人。その背後の壁が、ざっくりと斬り落された轟々と瓦礫にな
って崩れていった。咄嗟に自身が描いていた魔法陣を庇うように滑り込んだヘイト、大きく
身体を逸らし、数歩よろめいて引き攣った表情を見せたヘルゼル。
 ウゲツは太刀を軽く払いながら階段を降り切り、この通路を歩み出す。
「《波》だ。オーラをより遠くまで伝え、維持する性質(のうりょく)……。これを応用す
れば、さっきのように包んだ斬撃を自在に撃ち出す事も出来る……」
 全身が、刀身がオーラに包まれていた。
 奴らは侵入者。自分を一度は不意打ちに討ち取った相手。
 普段は温厚なウゲツがその実、本来の戦士の気迫を滾らせている。
「ここで会ったが百年目! お前達二人を、確保する!」
 同じく霞むように、しかし今度は数え切れない程の斬撃を振り、その全てが一斉に二人へ
と襲い掛かった。
 ヘイトは完全に応戦を諦め、通路の物陰に逃げた。ヘルゼルは正面や左右、更に中空から
解けたオーラより降ってくる斬撃の雨霰に呑み込まれ「ぬおぉぉぉ!?」と叫んでいる。
「くっ……! 邪魔をするな! お前の相手をしている暇はないんだよ!」
「知った事か! ケヴィンさん達の為にも、お前らをここで止める!」
 再三。ウゲツの飛ぶ斬撃がヘルゼルを狙った。辺りはすっかり舞い上がった土埃で濛々と
なり、ヘルゼル自身にも少なからず掠った傷が蓄積されていく。
「にゃろう!」
 大鎌にしていた右腕を、ヘルゼルは鎖鎌に変えて伸ばした。
 飛ぶ斬撃らを掻い潜るように、凶刃がウゲツに向かって飛んでいく。それをウゲツは寸前
の所でかわし、お返しとばかりに切り落とそうとしたのだが。
「……!?」
 剣はその右腕をすり抜けて空を切っていた。彼の表情が驚きで歪む。
「ぐっ!」
 そして直後、ぐわんとヘルゼルが振った鎌先がウゲツの正面に飛び込んで来た。
 咄嗟に彼は半身を逸らしてこれをかわそうとする。ザクリと、左腕が通り過ぎていくこの
刃に掠められ切り傷を負った。
(何だ……? 手応えが無かった。なのに、私の側は、怪我……?)
 左上腕を押さえ、弾かれた身体を何とか踏ん張り留めたウゲツ。
 その表情には、つぅっと隠し切れない動揺が浮かんでいる。
(ったく、邪魔するなよ……。だが拙いな。この手の“色装”だと、セシルが……)
 だがそんな時だった。土埃の中、ヘルゼルがそうこのウゲツの力を危険視し始めていたそ
の最中、突然煙幕の向こうで強い光が起こったのである。
「む?」
「あれは……」
 ヘイトだった。彼はこの交戦の混乱に乗じ、死守していた魔法陣を起動。演算した逃走先
へと空間転移を開始したのである。
(力を奪うのは諦めよう。実質二体一でこの怪我な以上、もう無理は効かない……)
 魔法陣と同じ血色の光。気付いたヘルゼルが飛び掛かろうとした時には、一足早くヘイト
はその光に包まれて消えてしまっていた。
 転移魔導の余波でふいっと霧散する土埃。唖然としたヘルゼルとウゲツ、この通路には、
ただヘイトが自身の血で描いた魔法陣だけが残される。
「……こいつは。そうか。あいつ、自前で転移を」
 ウゲツがまだ状況を理解していない間に、ヘルゼルは小さく舌打ちをすると、右腕の変化
を元に戻していた。
「おい──」
 険しい表情(かお)で迫ろうとするウゲツ。
 だがヘルゼルはそんな彼の言葉には耳も貸さず、次の瞬間には自身もまるでヘイトを追う
ように黒い靄と共に空間転移し、その場から姿を消してしまったのだった。
「……。何がどうなってるんだ?」
 暫しぼうっと。ウゲツは剣を手に下げたまま立ち尽くす。
 しかしふるふる。彼はややあって、気を持ち直すように激しく首を左右に振った。
 よくは分からないが、逃げたらしい。
 ケヴィンさん達の方へ行ったのか? それとも──。
「……」
 カチン。一先ず払った太刀を鞘に収めて、じっとウゲツは己を落ち着ける。

 少なくとも此処でじっとしている訳にはいかない。
 急ぎ自分も、封印房へ向かわなければ……。

 そしてそのまま、彼は踵を返すと、再び階下へと続く階段を下り始めた。

「ははは。無駄だ無駄だ! もうお前達に逃げ場はないぞ?」
 ギルニロック最下層・地下封印房。
 そこは今、まさにセシルの瘴気に変じるオーラによって呑まれつつあった。
 左右から回り込むように、東西の進入路を遮るようにして押し寄せる膨れ上がった瘴気の
オーラ。正面からはそれらを纏い、不敵な笑みを浮かべながら近付いて来るセシル本人。
『そんな奴ら、さっさと見捨てておけばいいものを……。本当、馬鹿ね』
 更にヒルダと精霊融合した彼の背や首元のモフから生える幾つもの触手が、仲間や獄卒達
を守ろうとするジークらを追い込んでいた。
 ──近付けば奴の剣にやられる、瘴気に喰われる。
 ──だが距離を取ればその分、自分達はより瘴気に追い遣られる。何よりあの百足のよう
な触手達の餌食になる。益々かわし切れなくなる。
「くっ……」
 対抗できるとすれば、クロムの厳重に硬化した黒鉄色の拳。ダンの炎を纏う技、ジークの
接続(コネクト)状態の剣といった所か。或いはリュカの魔導や、オズのレーザー砲も数え
る事は出来るだろう。
「リュカ姉、オズ!」
「だ、大丈夫。まだ……防げてる」
「デスガ長クハモチマセン。障壁トテ魔力(マナ)、コレダケノ瘴気ニ曝サレレバ……」
 だが今二人には後ろ、獄卒達を守る側に回って貰っている。
 迫り来る瘴気によって、レジーナらが避難させようとしていた獄卒達は、一旦牢の前まで
退かざるを得なくなっていた。
 すると自然、ジーク達の陣形は三層構造になる。
 牢の前には獄卒と、これを瘴気から守る為に障壁を張るリュカとオズ、直接には戦えない
レジーナや、不安げながら健気に戦歌(マーチ)を奏でるマルタなど。そしてこの外側に、
襲ってくるセシル(とヒルダ)から皆を守って戦うジーク以下六人。
 じりじりと迫ってくる瘴気と、猛烈な速さで飛んでくる百足の触手達。
 ジーク達は剣を拳を、斧を槍を、銃撃を矢継ぎ早に叩き込んで正面のセシルの瘴気の衣を
剥がそうとするが、それは全て一瞬にしかならない。次のタイミングには空いたそれを周り
の瘴気がサッと埋めてしまうからだ。
 触手達を、サフレの槍やミアの拳脚、エリウッドの銃撃が必死になって叩き落す。
 そしてその隙を縫うようにしてジーク、ダン、クロムの三人がセシルと激しく鍔迫り合い
を繰り返すのだが──結局程なくして埋め合わせてくる瘴気に退けられ、また一歩、侵され
ていないスペースが消されてしまう。
「……ジリ貧」
「場所が悪いな。能力的に、地の利は完全に奴の側だぞ」
「だよなあ。せめて、あの瘴気を吹き飛ばせりゃあいいんだが……」
「……」
 ジークは仲間達と忌々しくセシルの滾らせる瘴気のオーラを見上げた。その間も刻一刻と
自分達の稼動域は埋められてしまっていく。
(どうする……?)
 皆の言う通りだ。クロムこそ解放する事には成功したが、奴らの魔の手から脱しなければ
意味が無い。
 脱出経路は三つだ。自分達が来た正面──南側通路の先にある昇降機と、左右の連絡路。
 戦いながら獄卒らに訊いた話では、左右、東西の端にあるのは階段だという。これらはど
ちらも南側の昇降機同様、地上に続いているそうだが、緊急時には各階に遮断壁が下りるら
しいので結局は行き止まりになるだろう。そもそも東側はあのガキと鴉野郎が飛んで行った
ので論外だ。
 なので目指すべきは正面南、昇降機なのだが……もうセシルによって場は通せんぼされて
しまっている。それこそ副団長のごちるように、黒藤でこの場を一度吹き飛ばすくらいの事
でもしない限り全員を通し切るのは難しいだろう。
「直接攻撃では駄目だ。遠くから攻めろ! 非物質の遠隔攻撃、それでしか奴の瘴気の衣は
破れん!」
 両腕を黒く硬質化し、クロムが触手をまとめて叩き潰しながら叫んだ。見ればセシルの表
情にサッと影が差している。
(……やって、みるか)
 ジークは肩越しに仲間達の気配を確認した。そして握る二刀を地面に刺し、黒藤にそっと
手を掛けようとする。
「──非物質の、遠隔攻撃だな?」
 だがそんな時だったのだ。ふと緊迫する場にそんな渋い男性の声が響き、次の瞬間ジーク
達の視界の向こうで何者かが大きく空(くう)に裏拳を叩き付けたのである。
『ガッ……!?』
 震動。
 刹那セシルも含め、場の者達全てが、大きく横へ吹き飛ばされるような錯覚に陥った。
 それが衝撃波だと悟ったのは、もう数拍挟んでからの事である。見れば向こう側の人物が
オーラと共に打ち付けた拳、その空間の接触面には激しい波紋が奔り、あの剥がす事すら難
しかったセシルの瘴気の衣がこの横殴りの衝撃によって一挙に剥がれ飛んでいたのである。
「痛たた……」
「な、何だぁ?」
「……。これって、まさか……」
 場に満ちていた大量の瘴気が西通路へと流れて霧散する。セシルだけでなく、ジーク達も
一緒になって煽られ転倒し、何事かと起き上がってこの一撃の主を見遣る。
「失礼。私の“色装”は見ての通り加減があまり効きませんでな。ですがその魔人(メア)
にはどうやら有効な性質のようです」
 はたして、それはケヴィンであった。背後には彼が引き連れて来た、援軍の獄卒らがずら
りと銃を構えて整列している。
「署長!」
「嗚呼。た、助かった……」
「署長? じゃあ、あの牛のオッサンが」
 直前に床に刺した二刀を掴んで何とか踏ん張ったジークを始め、仲間達が起き上がる。迫
っていた瘴気(きょうい)が消し飛んだ事で、戦況は一気に変貌する。
「皇子。貴方の意思、奇しくも監視室から拝見しました。クロムの処遇については今は置い
ておくとして、我々も加勢致します」
 ケヴィンが言う。ジークも少し間を置き、驚きながらも頷いていた。
 そして左右挟撃となった中で、セシルがむくりと起き上がった。精霊融合の姿のまま、片
手で顔を覆ったままふるふると軽く首を横に振っている。
「調子に乗るなよ……獄吏風情が」
『私達の瘴気に、呑まれて死ねッ!』
 だが再び瘴気のオーラを滾らせた彼らを、ケヴィンは再び圧倒してみせた。急激に膨れ上
がるその衣を、空間越しの衝撃波でまた吹き飛ばしたのである。
「同じ手は通じんよ。その撒き散らす害悪、我が《震》の色で塗り替えてやろう」
 瘴気のオーラを吹き飛ばされよろめくセシル。ケヴィンはそこへ更にもう一発正拳突きを
空間に打ち込むと、伝う波紋で彼の動きを一層封じに掛かる。
「皆さん、今です!」
 そして叫ばれたその合図で、ジーク達は「おう!」と一斉に地面を蹴った。
 地面から抜き放った接続(コネクト)状態の錬氣二刀。
 炎のオーラを纏って振り下ろされる戦斧の一発。
 黒く硬化した拳に、少女の蹴り、高速で射出された槍先、鎖で繋がれた機械の右腕。
「ぬぐぅッ!?」
 初めてまともに攻撃が入った。
 だがそれでも、セシルは剣と眼前を覆わせた百足触手達で以って防御し、致命的なダメー
ジまでには至らない。
「……少しは効いたか。この野郎」
「い、今の内です!」
「兵士さん達、急いで向こうへ! あの牛──署長さんと合流しちゃって!」
 ジーク達六人を壁にするように、レジーナ達が牢の前の獄卒達を西側から迂回させ、南側
の進入口前に陣取っていたケヴィンら一隊と合流させた。
 これでいい。最悪の事態は免れよう。一同の切っ先が銃口が、ざらりと顰めっ面のセシル
ただ一人へと向いていく。
「これは……。私の出番は無さそうだな」
「!? 副署長!」
「ご無事だったんですね!」
「……“結社”の魔人(メア)だ。おそらくお前の《波》も有効だろう」
 更に直後、西側通路から今度こそ本物のウゲツが姿をみせた。
 頭には痛々しい出血の痕があり、軍服もすっかりボロボロに痛んでしまっていたが、その
衰えぬ闘志とフッと僅かに浮かべた柔和な笑みは部下達は勿論、ちらと目を遣ったケヴィン
をも安堵させる。
「はい」
「お前、どうしてそこから……。ヘルゼルとヘイトはどうした」
「何の話だ? 確かに途中、魔人(メア)達と会ったが……私には構おうとせず何処かに消
えてしまった。空間転移、だな。そうか。お前は見捨てられたのか」
「……」
 セシルの独白のような問いにウゲツは片眉を上げていたが、ややあってそう彼なりの早合
点を漏らしていた。
 押し黙る。されど対するセシルはそっと目を細め、彼の口にした状況から二人の追跡劇が
この監獄島の外にまで及び始めたと理解したらしかった。
「ふっ……。ふふふふふ」
 すると笑い出す。何処かが壊れたように、プツンと何かが切れたように、次の瞬間セシル
は大声で笑い出していた。
 ジーク達が怪訝にこれを見遣る。改めてじりっと身構えていた。
 クロムも、そんなかつての同胞らの姿を、複雑な様子で見守っている。
「……まさかここまでひっくり返してくるとはな。俺達と相性の悪い“色持ち”がいたのは
計算外だった」
 だが。セシルは吐き捨てるように言った。
 すると突然、彼は百足の触手達をぐるんと伸ばし振り回して三方の進入口の上枠を破壊、
瓦礫の山でそれらを埋めてしまうと、今までにないほど膨大なオーラを練りながら叫んだの
である。
「今回はこのくらいにしておいてやる。だが次会った時こそは……殺す。我々の救済を受け
入れないというのなら、死んでしまえばいい!」
 ちらり。言って彼はクロムを見遣った。
 当て付けなのだろう。当の彼はこの怒りを湛える元同胞を見据えたまま黙っていた。
 言葉はない。だが答えているような気がした。
 私はもう──戻れない。
「……あばよ。精々、残りの人生を楽しむんだな」
 だからそう言い捨てて彼が一人空間転移の中に消えた時、ジーク達はようやく自分達が置
かれた状況に気が付いたのである。
「って……。にゃろう! あいつ、瘴気を丸々置いて行きやがった!」
「拙いぞ。出入口が塞がれちまったら、俺達は──」
 完全にではない。だが大きく積み上がった三方の瓦礫は、セシルが練り上げ、場に残した
大量の瘴気を滞留させるには充分だった。
 必然、それらはゆっくりとジーク達一同を覆い始める。
 最後の最後にセシルはとんでもない置き土産を残していったのだ。このままでは、この場
にいる全員が瘴気に呑まれてジ・エンドである。
「どどどっ、どうしましょう!? このままじゃ私達皆死んじゃいます!」
「瓦礫は!? 一箇所でもいいから瓦礫を吹き飛ばしちゃえば……」
「時間がないな。仮に出来ても、逃げる途中にこっちに流れ込んで来ておしまいだろう」
「いーやぁぁぁ~! 何でこうなるの~!?」
「やっぱ駄目だ~……。俺達は助からないんだぁぁ~……」
「……」
 パニックになる仲間達、或いは獄卒。
 だがそんな中で、一人迷いなく天井を見上げていた人物がいた。他ならぬジークである。
「おい。ここから最短で一番外に近いのって、どの方向だ」
「へっ?」
「外? そう、ですね。あっち……かな?」
 騒ぎ右往左往する彼らを余所に、彼ははたとそんな事を訊いていた。そして獄卒らの何人
かが同じ方向を指差したのを見ると、一旦二刀をしまいながらその方へと歩いていく。
「リュカ姉。もう一回接続(コネクト)を。んでもって俺が合図したら、風で思い切り此処
の空気を外に吐き出してくれ」
「? ジーク、何を──」
「皆、協力してくれ。この地下を……ぶち抜く」
 はぁっ!? 仲間達は勿論、ケヴィン・ウゲツ以下牢獄関係者達が驚いていた。
 だが大量の瘴気はすぐそこまで迫っている。先ずダンが、サフレが、ぽりぽりと髪を掻い
たり嘆息をついたりしてジークの後について歩き始めた。更にオズとミア、そしてクロムが
これに続く。
「ま、考えてる暇はねぇか」
「全く。君は相変わらず滅茶苦茶な事を考えるな……」
 ぼやく仲間達。ミアも「うん。ジークだし」と呟きながらコキコキッと握り拳を鳴らして
準備に入る。
 仕方ないわねといった感じで、リュカが二度目の接続(コネクト)を施した。注視して手
繰り寄せた魔流(ストリーム)を一本、ジークに差し込み、その導力を一時的に跳ね上げさ
せる。
「……いくぜ」
 ざらりと黒藤を抜いて解放、接続(コネクト)状態で強化された主に倣い、より豪奢で巨
大になった鎧武者の使い魔がこの地下空間に所狭しと顕現した。
 サフレが三つ繋の環(トリニティフォース)に槍の魔導具だけを装填し、オズはぐっと左
腕を押さえてその手首から上をスライド、砲門にエネルギーを集中させ始める。クロムは静
かに呪文を唱え、サッと胸の前で印を結んだ。マーフィ父娘は互いに並び、それぞれありっ
たけのオーラを滾らせる。
「ぶっ壊せ、黒藤──」
「一繋ぎの槍(パイルドランス)──」
「石修羅──」「閃滅砲(レーザーカノン)、出力リミット解除。エネルギー充填──」
「三猫」「必殺──」
 そして六人各々の大技が見守る皆の前で膨れ上がった。背後には大量の瘴気、除去してい
る暇もない瓦礫の山。ケヴィンやウゲツも、固唾を呑んで見守る。
「らっ……せいッ!!」
「剛(ギカンツ)!」
「発射!」『破ァッ!』
 轟。それは刹那、おびただしい程の光だった。
 大刀を振るった鎧武者。高速回転しながら射出される巨大な槍にこれまた巨大なレーザー
砲。クロムの右半身を大きく覆って渾身の一撃を叩き込む岩石の巨人に、父娘がそれぞれに
放った牙剥く巨大なオーラの塊。
 目を真ん丸にして驚愕している獄卒達。その間も六人分の必殺技は、猛スピードでこの島
の地下岩盤を粉砕して進んでいく。
『──っ!?』
 そして……開いた。一瞬かはたまた数秒か、ジーク達の渾身の大技らは地下の閉ざされた
空間を打ち破り、文字通り島の外へとごっそり大きな風穴を空けたのである。
「リュカ姉!」
「っ……! 盟約の下、我に示せ──重の風砲(エアブラスト)!」
 ジークが叫んだ。合図だ。リュカは正直この光景に驚きながらも、前後して開始していた
詠唱をぴったりと完成させた。
 轟。掌に展開した白い魔法陣に周囲の空気が、他でもない瘴気と共に集められ、一気にこ
の外に繋がる風穴へと射出されていく。
 びりびりと、リュカの腕が強力な反動で弾き飛ばされそうになった。だが彼女は最後まで
この風の魔導を御し続けた。
 轟々と、渦巻きまるで悲鳴にように吐き出されていく瘴気。
 彼女の風砲は、それを最後の一粒まで吐き出し切る。
『…………』
 そうして、辺りがしんと静かになった。暫し多くの者が茫然とし、やがてゆっくりとこの
地下牢の空間を見遣る。
 瘴気は綺麗さっぱり無くなっていた。ジーク達の一撃と、リュカの天魔導によりその全て
が島の外に霧散していったのだ。風穴から差し込んでくる日の光が眩しい。そうしてようや
く、彼らは自分達が助かったのだと知る。
「や──」
「やったぁ! 成功だぁ!!」
「生きてる……。俺、生きてる……!」
「マジかよ。ほ、本当に大陸(しま)一つに穴空けちまったぞ……」
「は、ははは……。話には聞いていたが、本当にとんでもない方達だな……」
 故に皆狂喜していた。今度こそ生還したのだと獄卒らは互いの生を喜び、或いはジーク達
が目の前で為したものに圧倒される。
 ウゲツも苦笑(わら)うしかなかった。するとポンと、そっと隣に立っていたケヴィンが
彼の肩を叩き、静かに微笑みかけてくれる。
「……あ~、しんど。やっぱ接続(これ)はきついわ……」
「当たり前でしょ。もう、仕方なかったとはいえ無茶苦茶よ……」
 ジーク達一行も同じだった。大きく消耗してばたりとその場に仰向けに倒れ込むジーク。
ややあってその周りにリュカを始め、苦笑したり微笑んだりする仲間達が取り囲む。
「ジーク」
 スッと、そこへ差し伸べる手があった。仲間達に交じり、物静かに自分を見下ろしていた
クロムその人だった。
 仰向けのまま、ジークは彼を見上げる。身体はまだ荒く肩で息をついていた。
 苦しい。だが嫌じゃない。差し出されたそのごつい手も、何だかとても優しく見える。
「……ああ」
 短く。でも不思議と笑えて。
 そしてジークは確かに、がしりとようやくその手を掴んだのである。


 すっかり日が暮れた頃には、署内の混乱も随分と収まってきていた。
 尤もそれでも尚、使徒達の侵入による被害の把握とその事後処理、何より仕方なかったと
はいえ、ジーク達が空けた風穴を塞ぐ仮工事などは現在進行形で進んではいたのだが。

 ケヴィンとウゲツ、そしてジーク達は署内の一角にある会議室に集まっていた。
 四角形に並ぶテーブルを囲み、暫しどちらかも中々切り出せずに妙な沈黙が流れる。
 一度ずずっと茶を啜る音。
 それでもようやく、最初に口を開いたのは、署長・ケヴィンだった。
「……先ずはお侘びと、お礼を申し上げねばなりますまい。此度は我々の警備が至らず、皆
様に多大な迷惑をお掛けしてしまいました。誠に申し訳ございません。……そして有難うご
ざいます。皆様がいなければ、多くの部下達の命が失われるところでした」
「いやいや、気にしないでくれよ。謝らなきゃいけねぇのはむしろ俺の方さ。連中が狙って
くるとは予想してたのに、結局助けられたのはこっちだしさ。……それに、聞いたぜ。俺達
が鴉野郎とやり合ってる時、他の“結社”の囚人達が奴らに殺されてたんだろ? 完全に見
落としだよ。追っ払いこそできてもこれじゃあ引き分け(イーブン)ですらねぇ」
「皇子……」
 テーブルの上で組んだ腕、ギリギリッと握り締めた拳。
 ジークの口調はあくまで淡々としていたが、その端々には強い後悔が滲み出ている。そん
な若き皇子の姿に、ウゲツは哀しく眉を伏せていた。
 それは、自分こそです。皇子──。
 一件落着の後、彼は至急手当を受け、今は頭や左腕に巻かれた包帯や肌のあちこちに貼ら
れた絆創膏がその負傷のほどを物語っている。
「かも、しれませんね。ですがそれは奴らの仕業です。皇子が気に病む事なきよう……」
 されどケヴィンは言った。半分は慰みで、もう半分は自分自身にも言い聞かせる為の事実
であった。
 ああ……。ジークは小さく頷く。だが彼も、同席する仲間達も、それで浮かぬ顔色が晴れ
ることはない。
「……。ともかくこちらの後始末は我々にお任せを。それより本題に入りましょう。改めて
伺います。皇子、魔人(メア)クロムを連れ出すというのは……本気なのですね?」
 まだ柔和な気色を持っていたケヴィンの表情が、次の瞬間ゴツい外見と等しく険しいもの
へと変わった。
 それでもジークはじっと彼を見つめている。コクと小さく、確かに首肯する。
 仲間達も左右や後ろに座り、立ち、心持ちより注意を向けているようにみえた。
 ちなみに当のクロムは──本人に逃走する意思が無いとは明らかなものの──現在別の牢
の中で待機して貰っている。
「本気だ。俺は、あいつをこのまま死なせたくない。折角奴らを裏切ってまで俺達について
くれたんだ。あんまりじゃねぇか。それに……きっと大きな力になってくれる。何せ元幹部
だからな。内情もよく知ってる。俺達はあいつらについて、あまりにも知らな過ぎる」
「……難しい話ですね」
 しかしずいっと眼力を込めて訴えたジークに、ケヴィンは険しい表情を崩さなかった。そ
っと両手を組み、片手を口元に当て、伏し目がちの視線で訥々と紡ぐ。
「部下達から聞いて皆さんもご存知かと思いますが、統務院は彼を“捕まえた”と発表して
います。そして先の戦いの成果として、近く見せしめに公開処刑する予定です。尤もまだ王
達の間で意見調整が終わらず、詳しい日程は未定ですが……」
 仲間達の表情が、明らかに沈んでいた。
 それでもレジーナやサフレ、或いはエリウッドといった、クロムに対し慎重な面々はより
複雑な心境のようだったが──総じて即処刑というやり方には諸手を挙げて賛成とは考えて
いないらしい。
「そもそも我々は監獄の管理者に過ぎません。こちらの一存では、彼を解放する事は難しい
ですね」
「そ、そんな……」
「何とか、ならない?」
「……可能だとすれば、身元引き受けの上の保釈金支払いですかね。どのみち統務院の承認
がなければ無理ですけれど……」
 するとマルタやミアが落胆し、或いは問う言葉に、ウゲツが心なし思い切ったようにそう
答えた。
 ケヴィンが気持ち目を見開いてこの副官を見る。彼もまた以前より勘付いてはいた。

 副署長という身分でありながら、こいつは囚人クロムに“あわれ”を感じている……。

 テロリスト、世界の敵との誹りを免れないと解っていながら獄卒や看守達の悪意に耐え、
ひたすらジーク皇子との対面を待った。その時まで、決して多くを語ろうとしなかった。
 そこにはある種、敵ながら見事なまでに強固な意志と覚悟があったのだろう。故にウゲツ
も、彼をいち武人として何処かで散らせたくないと思うようになっていたのかもしれない。
「ウゲツ、それは」
「……分かっています。ですが、私は信用してもいいと思っています。あれだけ頑なに口を
閉ざしていた彼に語らせたんです。少なくとも彼にとって、皇子達は信頼に値する人間では
ないでしょうか?」
 うむ……。ケヴィンは渋面で静かに唸り、ざりざりと顎髭を擦っていた。
 そしてジーク達は、ウゲツのそんな弁護するような言いに少なからず驚いていたようだ。
互いに顔を見合わせて目を瞬き、この本来クロムを獄に繋ぐべき側の人間──それも副署長
という要職にある筈の彼を見遣る。
「保釈金、か。まぁそれで解決するなら越した事はねぇが……。どうすっかな。俺の手持ち
じゃ絶対に足りないだろうし、団長に──最悪母さんに頭を下げるか……?」
 ぶつぶつ。ジークもまた口元に手を当て呟き始めていた。
 可能性はある。だがそれは可能ではあって、前にも後にも困難を伴う事には変わりない。
「まぁ、まさか力ずくで連れて行くなんて訳にもいかねぇしなあ」
「だがどうする? 何にせよ、その為には統務院を説得しなければならないんだぞ? これ
までの経緯からしても、彼らがそう易々とこちらの要求に応じるとは思えないが……」
 故に仲間達も迷っていた。
 ジークに協力しよう、或いはもっと取れる行動は……? それぞれに少しずつ違う想いが
その胸に脳裏に去来する。
「そうね。だけど先に手を打てば、事を有利に運べるかもしれない」
 するとそんな中、思い切ったようにリュカが言った。
「取引と……情報戦よ」
 その手には、起動させたばかりの自身の携行端末が握られている。

「──どうもお世話になりました」
「我々からも御礼を申し上げます。本当に有難うございました」
 朝方の清峰の町(エバンス)、フィスター武具店前。
 この日アルス達は荷物をまとめ、見送ってくれるカルロらに繰り返して頭を下げて挨拶を
していた。
 彼らと向き合うその背後には、行きと同じ馬車。
 この日アルスは静養日程を終え、一路梟響の街(アウルベルツ)に帰る予定だった。
 故に軒先にはフィデロら一家だけでなく、ルイスを始めアルス出立の話を聞きつけた町の
人々がぞろぞろと集まって来ている。
「いやいや。こちらこそ満足いくおもてなしが出来たかどうか……。ですがまぁ、自分達も
楽しかったですよ。滅多にない経験でもありましたし」
「よければまた、遊びにいらしてくださいね?」
「アルス、エトナ。皆、トモダチ!」
「はは。そうだな」「僕らはこのまま残るけど……。また中期日程で会おう」
「……うんっ」
 いつものローブに薄い襟巻きを加え、アルスはにっこりと微笑んでいた。
 カルロは謙遜、照れているようだが、今回の静養は彼が色々と気を砕いてくればければこ
こまでゆったりと過ごす事は出来なかった。だから文字通りアルスは、リンファやイヨ以下
侍従達は、彼ら一家の配慮に感謝してもし足りない。
(それに……)
 思う。自分は改めて学んだ。皆に元気を分けて貰いながら、心底身に沁みた事がある。
 即ちそれは、自分は数え切れない位たくさんの人達に支えられているということ。理屈の
上では当たり前の事だが、殊そんな思いを新たにしない日はなかった。
 リンファさんやイヨさん、侍従の皆。
 フィデロ君にルイス君、ポフロンにおじさんおばさん達。
 そして毎日そっと自分を包み込んでくれた、この町の豊かな緑と水、空気。
 僕は、たくさんの人達に支えられて生きている。同時に、少しずつたくさんの誰かの力に
なれていると信じたい。そうでなければ、自分はずっと負い目を持たないといけなくなって
しまうから。
 たくさんの人達に支えられて生きている。支えるために此処にいる。
 だから“自分の力だけ”で如何こうしようというのは、結局そんな見えたり見なかったり
するたくさんの人達を蔑ろにする事であり、思い上がりでしかないんだということ──。
「しかし大変でしょうなあ。帰ったら帰ったで、また色々面倒な事が待っているようで」
「……ええ」
 だから何となく、いや間違いなく名残惜しくて。暫くアルスは皆と立ち話をした。
 ゆっくりと朝日がより鮮明に差し込んでくる。言葉はなくとも、何だかじわりと急かされ
ているかのようだった。
 そしてややあってそんな立ち話もフッと途切れると間が空き、いよいよアルス達一行は出
発の時を迎える。
「達者でなー! 元気でなー!」
「お身体を大事に~。応援してますよ、皇子~!」
「また来てくださいね~!」
 一行を乗せ、ガラガラと走り出してく馬車。
 アルスとエトナは、その幌の隙間から半身を出してそんな皆に微笑むと、彼らの姿が見え
なくなるまで手を振り続けた。
「……よかったね、アルス。元気一杯貰えて」
「うん。本当に、来てよかった……」
 そんな彼の鞄に突っ込まれていた今朝の朝刊。そこにはこんな文面が踊っている。

『ジーク皇子とクラン・ブルートバード、元“結社”の魔人(メア)を団員に』

スポンサーサイト
  1. 2015/02/13(金) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)初心の為の思考錯誤 | ホーム | (企画)週刊三題「廃棄街」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/556-310ee402
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (149)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (87)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (340)
週刊三題 (330)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (319)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート