日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:夏目漱石『それから』

書名:それから
著者:夏目漱石
出版:角川文庫(1953年)
分類:一般文藝/古典

現実(リアル)からは誰も逃れられない。
理想と思索と、そして愛情と。
とある高等遊民の末路に込めた、文豪の想いとは──?


もの凄いお久しぶりです。気付けばざっと七ヶ月以上、此方のカテゴリではご無沙汰になっ
てしまっていましたね。
すっかり自分の創作ばかりに蕩尽していたのですよ……。すみません。
今回は言わずと知れた明治の文豪、夏目漱石の『それから』の読書感想です。大まかな粗筋
は以下の通りです。

時は明治維新から日露戦争を戦い抜いた後の日本。
資産家の次男坊である代助は、優秀な頭脳を持ちながらも職には就かず、父からの仕送りを
拠り所に美的文化的な蒐集や思索に耽る毎日を送っていた。
しかしそんな代助の「高等遊民」な日々も、やがて歳月の経過と周囲の変化(焦り)と共に
変貌を余儀なくされていく。
上京してきた旧友・平岡とその妻・三千代。
代助の今後を憂い、今度こそはと仕掛けられる父肝いりの縁談。
変わりゆく人々のさまを見、思い考え、やがて代助はある人物への想いを──といった内容。

実を言いますと本作は、以前手に取ってチャレンジしたものの、途中で読むのを止めてしま
っていた物語でもあります(読書の間隔がこんなに開いてしまった一因)
何故ならそれは、この物語が「高等遊民」──現代風にぶっちゃけてしまえば「ニート」が
追い詰められていく内容だからです。実際に原文に触れたのは今回が初めてですが、大まか
な流れ自体は方々で耳にし、引用されているのを読んで知っていたのです。
既に雑記では何度か言及していますが、僕は昔身体(主に精神)を壊し、現在も療養という
名のニート生活を送っています。
……だから辛かった。
書かれたのは明治という過去にも拘わらず、僕は妙にこの物語が自分に責めを投げ掛けてく
るように思えて、一度頁を閉じてしまったのでした。

それでも……昨日今日、自身の創作や体調が一段落し、或いは惰性のままに堕落し切って、
はたと読み直そうと気を持ち直しました。朝から夕暮れになるまで一気に読み切ってしまい
ました。
何の因果か、ちょうどその夜に(晩酌で酔いの回った)父から幾度目かの“説教”を受けも
しました。なので久しぶりながら、感想が私情を多く挟むかもしれません。予めご容赦いた
だければと思います。

物語全体の構成は、代助の高等遊民な生活→それを揺るがす許されぬ恋→その想いを通した
が故に自身が高等遊民でいられなくなる、という流れで展開していきます。
殆どネタバレですが、実は平岡が三千代と結婚する以前から、代助は彼女に想いを寄せてい
たのでした。だがその時は友情から平岡を応援するのが徳目だと二人の間を取り持った。
しかし、上京し新生活を始めた夫妻は、やがて徐々にお互いの距離が離れてしまう。
それは慢性的な生活苦であったり、以前三千代が死産を経験し、更にその影響か心臓を患う
ようになった事だったり、平岡が中々職を見つけられなかった事だったり、或いはいざ妥協
の末に見つけられても家庭を顧みなくなっていった事などに起因する。
自身の家族は既に亡く、頼れる者が平岡しかいなくなっていた三千代は心底不安と寂しさを
募らせていた。それに気付いた代助は友の妻──以前に、かつて懇意にしていた女性として
彼女を何かと気遣うようになり……そして未だ自分が(理知で誤魔化し続けていたが)彼女
を愛していること、また彼女の側も彼を恋い慕っていたと知り判明し、遂には平岡を裏切る
事になると分かりながら想いを伝え、そして受け入れられてしまう。

おそらくこの小説は、社会に溶け込めぬ者がそれでも圧倒的な現実(リアル)に手繰り寄せ
られ、呑み込まれ「働くしかない」「この俗世で生きるしかない」状態へと追い詰められて
いく──“落ちていく”さまを、色沙汰に絡ませて描いた物語だと思うのです。
実際、作中で代助は友から妻を寝取った事で彼から絶交を突きつけられ、更にその罪(不倫)
や縁談を断った事を理由に父や一族からも勘当・罵倒される──いよいよ己を高等遊民たら
しめてきた金銭的拠り所を失います。題の『それから』も、追い詰められた彼が職を求めて
自宅を飛び出し、半狂乱するシーンで終わっており、今日巷に溢れるハッピーエンドとは正
に真逆といっていい“リアル”をこちら側に突きつけるのです。

最初心折れ、先日ようやっと手に取り直して「あれ?色沙汰物なの?」と思わせておいて、
やはり最後は僕のような人間には如何せんダメージの大き過ぎる結末。
いや……うん。面白かった事は面白かったですよ? ただ今日びの娯楽消費者には受けない
テーマだろうなぁと。
ねちっこい、嫌らしい。暗部を掘り返す。
本来(旧来からの)在るべきと言えば在るべき性格の小説、物語が実に展開されているなあ
と思った次第です。

俗物に染まる──。作者・漱石は当時の知識人の一人でしたから、たとえ明治という時代に
違いはあっても現在未来における社会が、決して自分のようなタイプの人間には希望溢れる
ものではないと嗅ぎ取っていたのでしょう。又聞きですが、漱石自身、得意の学問「だけ」
に暮らしていられずに教師や新聞社員などを経験しています。
もしかしたら、この物語はある意味で漱石なりの“復讐”だったのかもしれませんね。資本
に囚われたこの社会では、我々は幸せにはなれない。それを物語に叩き込んだのではと。
文庫版の紹介には『分裂と破綻が約束された愛の運命』とありましたが、少なくとも僕にと
ってみれば、この決して好まぬ現実(リアル)に呑み込まれざるを得ない自分達の怨嗟のよ
うに聞こえてしまいます。
……やはり私情が入り過ぎでしょうか? 僕だって、出来る事なら創作の世界で生きたい。
でも現実は金を「稼がなければ何も出来ない」訳で……。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい(←それ『草枕』や)

<長月的評価>
文章:★★★★☆(頁数以上に分量たっぷり。旧い文章だがこれでも当時は斬新な方?)
技巧:★★★☆☆(謎解き要素などは無し。だが映像的な心理描写がとにかく濃い)
物語:★★★★★(リアルに呑まれる厭世家の末路。個人的には胸が痛いくらいに迫られる)

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  1. 2015/01/27(火) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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