日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)僕らの現代センソウ

お盆も終わり、六十六回目の終戦の日も一応の幕を閉じました。
こんにちは。すっかり雑記ばっかりになりつつある長月ですorz
暑さと戦いながら、ホクホク悶々と小説に創作に向き合っている日々ではあるのですが、如
何せん相変わらず世の中はきな臭いですね。
物理的な破壊、武力の戦争だけじゃない。国対国や地域対地域の利権争奪、思想と思想の差
異を認めぬ故の衝突、或いは個人単位でのいざこざ。
六十年余の月日が経過しても、僕達人間は飽きもせずあちこちで“センソウ”を繰り広げ続
けています……。


とはいえ、僕個人がここで嘆いた所で何も変わってはくれないのでしょうね。
「他人を変えようとする奴は危ない奴だ」なんていう発言に触れたりもしましたが、その意
見に関しては個人的には賛同しかねます。
確かに、自分の意向を“押し付ける正義感”であるならば周りの者にとっては危険となるの
でしょう。しかし(少なくとも良好とは言い難い)今を変えていこうという気概を捨て去っ
て傍観者に徹する姿勢は、ある意味で衰退の道に加担しているとも言えると思うのです。

思うに、こうした諍いの背景は色々あれど、そこに共通して横たわっている本質というのは
“人は自分勝手”であるという点だと思うのです。
相手を知らない、或いは知ろうとしない。そこに勝手な解釈──(恐怖などに起因する)偏
見や差別が生じてゆき、結果的に差別する側とされる側(が時に入り混じって交差して)の
溝が深く決定的になってしまう。
無知や不知が、真に手を取り合えた可能性をも殺してしまうのです。
こうなると「相互理解を」という声も届かなくなってしまいます。
人間の認識とは厄介なもので、その後得た情報も「相手憎し」のフィルタを通してしか吸収
されなくなってしまうのですから。
だからこそ、僕は“開かれた情報”が得られる──恣意的に押し付けられる・刷り込まれる
といった危険の少ない筈だったネットツールを上手く使っていきたいと思っていたのです。

ですが──昨今のネット界隈でのトレンド(潮流)を見ていると、それも幻想だったのかな
と思えてきました。
具体的な例はここでは敢えて挙げませんが、例えば誰かが「ヘマ」をした「不謹慎」な言動
をしたとしましょう。するとネット界隈ではその対象を“敵”とした批判が始まります。
それはいいのです。不正やおかしいと思った事を、権力でもない市民が発信できるのがこれ
らツールに持ち味であると言ってもいいのですから。
でも……それが熱を帯びてくると、げんなりとする事態を迎えます。
それは、所謂「擁護派」的な意見が出されるとその発言(とその主の人格すら)までが彼ら
の“敵”として叩かれてしまうというやるせない状況に他なりません。
僕らは一つの方向に強制されることのない自由が欲しかったから、権力の統制を嫌い、この
ツールによる世界を満喫していたのではないのでしょうか?
なのに、こうした状態はまさに「封殺」です。都合の悪い言説は閉じ込めて押し潰してしま
えという不知せしむ暴力と同じです。
“開かれた”論議が可能な場も、これでは結局元の鞘になってしまいはしないでしょうか?
(ただこうした『炎上』過程がある程度記録される分、旧来よりマシかもしれませんが)
武力から言論へ。己の主義主張をマジョリティにすべく潰し合う殲滅戦──。
これもまた、ある意味形を変えた現代の“センソウ”ではないでしょうか。

──そりゃそうだろう? 所詮はツールを変えただけで使っているのは人間なんだから。
諦観や皮肉を込めて、そんな意見も少なくありません。そしてむしろネットというツール自
体を「悪意」がより露出するものだと危険視する人もいるようです。
所詮は、多くの彼らに“正義感”などなく、ただ日々のフラストレーションを発散している
だけに過ぎないのだと。
では……僕らは、何処に“開かれた議論”の場を求めればいいのでしょう? 所詮、議論な
どしても“自分勝手”な者同士なのだから突き詰めれば無意味なのでしょうか?

やるせないです。
一介の物書きとして、文字や言葉の力を駆使する者として、それは僕らという物書きへの否
定でもあります。確かに言葉だけでは、奇麗事を並べた所では、誰も救えない。いや、誰か
を救えればという思いすら高慢なのだと、彼らは哂うのでしょうか……。
諦めたくない。少なくとも、止めてしまえばこれ以上勝手に良くなることはありません。
(仮にあったとしても、それはきっと他の誰かが頑張ってくれたからなのです)
たとえ所詮「慰み」であってもいい。
物書きは言葉の力で誰かの糧になりたい。その誰かがたとえどんなに薄汚れた外道でも。
言葉も力も、暴力で変えてしまっては駄目で。
もっと理性的に平和的に、真心で変えてゆける、良きセカイを希求する事がそんなに哂われ
る事なのでしょうか? 間違っているのでしょうか? そんな願いもまた、誰かにとっては
鬱陶しい“敵”なる言葉なのでしょうか……。

やるせない。
だけどたとえ、結局この手で紡ぐ言の葉に力が宿らなくても……僕は願いたい。
少しでも、これら人々の身を心を削って止まない“センソウ”達がこの世から減っていって
くれんことを──。

スポンサーサイト
  1. 2011/08/16(火) 21:00:00|
  2. 【雑記帳】
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)均すセカイの行く先は | ホーム | (雑記)とある物書の誰得目録>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/55-3b841006
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (144)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (84)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (26)
【企画処】 (324)
週刊三題 (314)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (309)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (23)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (15)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート