日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ミナモに揺れて」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:海、プロポーズ、悩み】


「み、水萌(みなも)! お……俺と結婚してくれ!」
 人生の大一番というものがあるのなら、きっとあの時がその一つであったに違いない。
 もう何度目になるか分からないくらい通い詰めた、海辺沿いでのデート。幸人はその場で
長らく同棲している恋人に向けてそう愛を叫んだのだ。
「ふぇっ!?」
 ビクン。小柄なその身体を驚きで震わせて。彼女は暫し、自身に告げられた言葉の意味を
理解できないでいたらしい。
 真ん丸に目を開け、そっと口元に遣った手。そのすらっとした指も肌と同じく透き通るよ
うに綺麗な白で、程よい海風に撫でられる長髪はさらさらと一層その艶やかさを密かに主張
しているように錯覚する。
 そうした彼女と、そうしてぐっと両拳を握りながら叫んだ彼。
 暫く二人は互いを見つめたまま黙っていた。真っ白になってしまった頭から復旧しようと
必死だった。答えが返ってくるのを身が捩れるような想いで待った。
「……っ」
「み、水萌?」
 するとどうだろう。次の瞬間、彼女は泣き出していた。
 ぼろぼろと大粒の涙を零し、くしゃくしゃな顔になりながら嗚咽を上げている。
「ご、ごめん。いきなりだったよな。そうだよな。いくら、俺達の仲でも──」
「いえ。そうじゃないです」
 ぐすん。だがそんな彼女に──女の涙に狼狽し始めた彼に、この麗しの恋人は言う。
「だって、嬉しくて。私なんかを選んでくれるなんて……」
「……。じゃ、じゃあ?」
 目を見開く幸人。コクリと彼女は小さく頷く。涙こそまだぼろぼろと流れて止まらなかっ
たが、その表情はこれ以上ないというほど至福の笑みで満ちている。
「はい。私でよければ、喜んで」
 今度は幸人がそんな笑顔になる番だった。パァッと、不安こもごもの表情が彼女の返事に
よってにわかに明るくなる。
 そっか。ありがとう、ありがとう……!
 彼は何度も頷きながら言う。半ば無意識に彼女の手を取り、ぶんぶんと礼を込めて握手を
し、彼女はその頬を真っ赤に赤らめて溢れ続ける涙を拭っている。

 とある愛が成就した瞬間だった。
 だがもう一つ。ここに更に言及すべき情報を加えるとすれば。
 ──彼女の両耳は“魚のひれ”のような形をしていた。


 今から百年ほど前の事である。世界は突如、未曾有の天変地異に見舞われた。
 空が割れ、山々と緑が迫り出してきた。
 海が膨れ、幾つもの島が出現した。
 人々は驚愕し、慄いた。中には世界の終末だと叫ぶ者もいたという。
 だが……結論から言えばそれは終末でも滅びでもなく。
 言わば世界の再誕だったのだ。意を決して探索に乗り込んだ各国の軍隊が見たのは──人
であり人でない、この不思議な大地の原住民らの姿だったのである。
 形容するならば、亜人。おとぎ話に出てくるような人と動物が組み合わさったような人々
の姿だったのである。
 幸い、言葉は程なくして通じた。彼らの中の知力に優れた部族が急ごしらえでこちら側の
言葉を翻訳しては仲立ちしてくれたのだ。
 曰く、自分達も混乱している。突然世界が割れて、空間の狭間に突き刺さったと。
 世界の終末──異星よりの侵略者、などという物騒なものではなかったのである。むしろ
この亜人な彼らもまた、この不可思議な大事件の被害者だと言ってもよかった。
 敵ではない。
 それが解りさえすれば後は政治の出番だった。人間達はこの亜人達と次第に、公の仕組み
を作りながら交流を深めていくことになる。
 人間達(かれら)は目をつけた。この降って湧いた新しい土地の可能性を。
 亜人達(かれら)には興味深かった。このニンゲンという者達が振るう科学技術が。
 今でも厳重に審査はある。だがこうして両者は、互いの世界を行き来しつつ、この不可思
議な現象の中でも生き続ける道を模索してきたのだった。
 後世、文字通りこの一連の天変地異は《開闢(かいびゃく)》と呼ばれるようになった。
 更に亜人達にも“幻種”という正式な呼び名が付けられ、その詳しい情報が市民の間にも
広く知られるようになる。

 獣の耳や尻尾を持ち、身体能力に優れた「朱の民」。
 蟲を思わせる六本の腕を持ち、手先が器用な「翠の民」。
 背中に空駆ける翼を持ち、幻種きっての文化水準を誇る「金の民」。
 そして水辺に暮らし、魚のひれのような耳や鱗を持ち知力に優れる「蒼の民」。

 彼らの多くは《開闢》後も住んでいた場所を離れず、自給自足の暮らしを続けていた。
 だが同じくその少なからずが、人間によってもたらされた便利製品なりインフラで家族や
一族を喜ばせてあげようとこちら側にやって来る──出稼ぎにやって来て、暮らしている。
 彼女もその一人だったのだ。
 「蒼の民」の女性。いわゆる人魚。
 幸人の恋人・水萌はそんな幻種の一人なのだ──。

「なんでい。そんな渋い表情(かお)して」
 会社のデスクに幸人が突っ伏していると、傍を通り掛かった同僚の石動がそう言って軽く
肩を叩いてきた。
 むくり。片頬をくっつけていた視線を幸人は彼に向ける。
 その目の下には心なしか隈が出来ていて、如何にも疲れているさまが窺える。
「……今何時だ?」
「十二時半。昼休みだ。寝てたのか?」
「ああ。ちょっと、休んでた」
 ガシガシと髪を掻きながら、幸人は身を起こした。ギシギシと座る事務椅子が揺れ、首元
からスーツが随分と乱れてしまっている。
「皆、出て行ったんだな」
「昼休みだっつってんだろ。ていうか何でお前は一人なんだよ? 愛しの彼女のお弁当とか
はねぇのか?」
「鞄の中に……。それより水萌、元気そうだったか?」
「ああ。いつも通りニコニコしてたぜ? 課の女達と飯食いに行くとこを見たが……」
 曰く石動は近くの丼物屋でさっさと昼を済ませてきたらしい。
 友の報告に幸人は「そうか」と短く言い、また黙り込んでしまった。
 左手は弁当が入っているらしい鞄に伸びている。が、どうにもそこまで手に取るまでの気
力すら萎えてしまっているようだ。
「一体どうしたってんだよ? お前、最近様子変だぞ」
「……。他の皆にはまだ言わないでくれよ」
「? ああ」
「……俺、水萌にプロポーズした」
「何ぃ!?」
 ガタン。言った本人は随分気だるそうなのに、対する石動の方はそう彼のデスクを叩くと
ずずいと彼に詰め寄っていた。
 驚いた顔。だが妙に嬉しそうな表情(かお)。
 彼はこの幸せ者の同僚に、それで? それで? と問い詰める。
「オッケー、してくれた。泣いて喜んでくれた」
「おうおう。めでたいじゃねえか。水臭いなあ。言ってくれりゃあ課長らと一緒に祝いの席
でも設けてやったのに。……でもそれで何でお前がそんなグロッキーなんだよ? そりゃあ
幻種と結婚なんて珍しい方っちゃ珍しいけど、《開闢》直後の頃に比べりゃ随分認知されて
きてるだろ?」
「ああ……」
 幸人は頷いた。石動の言う通りだ。幻種との邂逅──《開闢》からもう一世紀以上。今や
街には見渡せば点々と彼らがいるのが普通の光景となっており、必然人と彼らが互いに恋に
落ちる事も増えてきた。自分だって……そんなケースの一人だ。
「いやさ? オッケーしてくれて、この前水萌と一緒に実家に帰ったんだ。親父とお袋に改
めて報告しなきゃって思って。お袋は喜んでくれたよ。水萌とは以前から顔を合わせてるし
気に入ってくれてるし、あんたにもお嫁さんが出来たのねって言ってくれたんだが……親父
の方がな。『それで? お前はどっちで暮らすんだ?』って言われて、ハッとしたんだよ。
考えてなかった。水萌にとっちゃ、どう足掻いたってここは“異国”なんだって」
「……」
 そもそも、彼女との出会いはこの会社である。
 入社数年目の頃、彼女が新入社員の──しかも幻種の出稼ぎ人として入ってきた時は大層
驚いたものだ。街中で幻種(かれら)を見かけたり、商談先で会う事はあっても、これまで
自分の部署内にはまだ一人もいなかったからだ。
 歳も近い。期せずして、自分は彼女の指導役に任命された。
 初めこそ人間社会(こちら)の勝手も分からず、何よりも“水を浴びると人魚に戻ってし
まう”という性質のせいで何度もトラブった事もあったが、元より彼女ら「蒼の民」は総じ
て頭がいい。ややあって上司に掛け合い、自分と同じ営業ではなく事務方として使った方が
有用な筈だと直談判してみた事を切欠に、彼女は以降メキメキと成長していった。
 互いの距離が縮まったのは……多分そんな頃だ。
 頼りになる先輩。どうにも放っておけない後輩。そんな関係が、思慕と独占欲に繋がった
のかなと今では思っている。
 年齢差の割に今でも敬語で話してくるのはその名残だ。尤もそれは自分だけではなく、他
の皆にも同じように喋るので、多分あれが彼女の地なのだろうと思うが……。
 思い出す。
 付き合い始めて、やがて一緒に住むようにもなって、日常の中の彼女を思い出す。
 水萌は、お風呂が大好きだ。
 人魚なのだから水が恋しいというのもあるのだろう。ほど良く温かくしたお湯に浸かって
はご機嫌に鼻歌を歌っていた。
 水萌は、雨が苦手だ。
 先も言った通り、彼女らは水に濡れ過ぎると下半身(脚)の変化が解けてしまう。最初は
そんな事知る由もなかった。通勤途中で濡れ、路上でビタンビタンと人魚に戻ってしまって
立ち(?)往生している所を、何度助けに向かったことか(後日彼女に全身を覆う、ズボン
タイプの雨合羽を買ってあげたっけ……)。
 水萌は、家族が大好きだ。
 そもそも住み慣れない人間社会に単身越してきたのは、金を稼ぐ為だ。
 曰く幻種領(むこう)でも家電製品などは日々の家事が楽になると大好評らしい。だがそ
れらを手に入れる──そもそも電気やガス、水道などのインフラを敷く事すら、向こうでは
基本一からのスタートだ。そしてそれは、古くから彼らがやってきたような、作物の物々交
換では出来ない。やってくれない。だから人間達のいう金を溜めなくてはいけないのだと。
 今でも覚えている。
 だから、こんな私に色々親切にしてくれる幸人さんの事が大好きになったんですと。そう
屈託無くはにかむ彼女の姿を。
「……正直、迷ってんだ。結婚しても、このまま今まで通りの暮らしを続けるのか、それと
も水萌の、幻種領(むこう)の実家に越すべきなのか。金なら充分に溜まってる、と思う。
でもあいつのことだから、自分を抑えてでもこのままでいいって言うだろうし……」
 ぐしゃぐしゃ。幸人は傍に石動がいながら、しかし彼に真っ直ぐに向けて言うでもなく、
そうぶつぶつとごちると再び頭を抱えていた。
 どちらがいい? どうすればいい?
 彼女の、愛する人の幸せを、どうしたらもっと高められる……??
「はいはい。ごちそうさん」
 だが対する石動は笑っていた。笑ってポンポンと肩を叩いてきた。
「結局ラブラブなのは変わんねーのな。安心した。外野の俺が口出しするのもどうかなとは
思うけどさ……どっちでもいいんじゃねぇの? 親父さんが家を継げとか、そういう事に固
執する人ならまた拗れてくるんだろうけど、どっちにしてもそれはお前が膝突き合わせて正
直に訊いちまえばいいんでねぇの? 遠慮するな。本心で言ってくれ、とかさ?」
「……。石動……」
 だから、幸人は急に恥ずかしくなった。ぼふんと顔が真っ赤になって体温が上がっていく
錯覚すらした。
 視線がまた定まらない。だがそれは先程のような不安ではなく、羞恥心から。
 ははは。だが当の石動は、むしろそんな幸人の挙動すら楽しむように笑い、バシバシと肩
を叩いて励ましてくれる。
「ま、頑張れよ。男なら腹括れ。どっちにしても、式にゃ俺達も出てやっからよ?」
 そんな時だったのだ。
 にわかに場の、幸人が胸奥の靄が解けてきたと感じ始めていたその直後、ふと部屋の外か
らザァァと大粒の雨音が聞こえ出したのである。
「ありゃま。降ってきたな」
「ああ。予報じゃあ今日は晴れだったんだが……」
『……』
 そして二人はゆっくりと互いの顔を見合わせる。街の外が、にわか雨に降られて人々を散
り散りに避難させているのが眼下からも見える。
「おい……拙いんじゃないか?」
「ああ。水萌は、雨合羽なんて持って来てない!」

 案の定、水萌は路上でビタンビタンと人魚の姿に戻ってもがいていた。
 周りで同僚の女子社員らがわたわたと慌てている。周りの通行人も、このさまに気付きな
がらも、鞄や上着を傘代わりにし、多くが見て見ぬふりをして通り過ぎていく。
「ふぇぇ……。た、助けてくださ~い……」
「た、助けたいのは山々だけど」
「私達の力じゃその姿の水萌ちゃんは持ち上げられないよ……」
 もがくたびに、スーツがびしょびしょに濡れていく。その白い肌が透けて見えてしまう。
 女子社員達は先程までいた店から傘を借り、タオルを借り、彼女を周りの目から隠し濡れ
た下半身を拭いてやるのが精一杯だった。
 このままじゃいけない。何とか軒下くらいまでには移動させないと──。
 そう彼女達が思い、周りの人々、特に腕っ節の強い「朱の民」の男性の助けを借りようと
呼び掛けようとした……その時だった。
「水萌!」
 雨の中、傘も差さずに幸人が駆けつけて来たのである。
 女子社員達が、何より水萌達が安堵した。周囲の通行人らも、その殆どが手を貸さない代
わりに再びそっと視線を遣っている。
「ゆ、幸人さ~ん……」
「大丈夫か? ごめんな。今日は雨の予報が無かったからなあ」
「す、すみません。御崎さん」
「お手数をお掛けして……」
「でも。どうして此処が?」
「石動から聞いたんだよ。ちょうどこの店に入っていくのを見たってね」
 イタリアンの小粋なお店。その軒先へと幸人は人魚に戻ってしまった水萌を抱きかかえて
移動した。
 自身もずぶ濡れ。だけども全く気にする様子はなく。
 ただ彼は彼女の脚を、タオルでごしごし、だけどもとても細かく丁寧に拭ってやる。
「あ……戻った」
「流石は先輩。慣れてますね」
「まぁな。水萌、これで大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「ああ」
 やがて彼女の脚は、人間のそれに変化し直った(もどった)。
 はにかむこの恋人の姿に、幸人は刹那、何かを決したように目を細める。
 そして場にいた女子社員らが皆、一先ず安堵の息を零し、ひそひそと互いに囁き合った。
(……しかし、何て言うか)
(こうも見せ付けられると、妬いちゃうわよねぇ……)


 今に始まった事ではなかったが、少なくともあの日のあの一件が彼の心を固めたと言って
よいのだろう。
 その日、幸人と水萌は数日の休みを取り、ある場所へと向かっていた。厳重な検問ブース
を一つ一つ通過していき、建物の外に控える船とその船着場へと急ぐ。
「異常ありませんね。では、どうぞ」
 幾つもの島があった。更に空からは逆さに山々や大地が迫り出し、ともすれば異様な光景
として二人の目に映り込んでくる。
 ──里帰りだった。
 ここは《開闢》時に出現した幻種領の一つ、そして水萌の生まれ故郷がある場所なのだ。
 政府が設けた検問ブースを経由し、それら幻種領へと接続する定期船に乗る。
 船内には自分達以外にも乗客が──獣耳や翼、六本腕に水萌と同じく魚人など、幻種の者
が数多く乗っている。
 入った時ちらりと目を向けられはしたが、言うほど差別的な眼差しを送られる事はなかっ
たと思う。二人は暫し隣同士に座り、最寄の街までの船旅を楽しんだ。
「こっちです、幸人さん」
 流石は幻種領と言ったところか。当たり前と言えば当たり前だが、街の中はその大半が幻
種で占められていた。人間社会(あちら)とはちょうど逆である。自分のような人間は、そ
れこそ点々としか確認できない。
「水萌の故郷って、どの辺なんだ?」
「あそこに見える──向こうの島です。海の中に蒼の民(みんな)の集落があるんですよ」
 とはいえ今日は観光に来ている訳ではない。慣れない場所を水萌に案内して貰いながら、
幸人は街の中を突っ切っていった。
 《開闢》以来の人間の参入か、或いは「金の民」の功績か。街は想像していた以上に人間
のそれとあまり違いはない。
 言うなれば中世ヨーロッパ風といった具合か。人工的な街並みではあるが、現代のそれと
比べれば何処か良い意味で古めかしい感じがする。尤も水萌曰く、人間社会(あちら)との
玄関口でない場所は、基本的にもっと牧歌的な村ばかりなのだそうだが……。
 街を抜け、入って来た方向とは反対の海岸に出た。
 確かにこちらはあまり人の手が入っていない。自然そのままの、綺麗な浜辺だ。
「幸人さん」
「ああ。そろそろ、約束していた時間だと思うんだが……」
 そうして浜辺で待つこと暫し、ふと海面からばしゃりと数人の人影が現れた。
 魚のひれや鱗をもった男女数名。「蒼の民達」だ。見知った顔なのだろう、水萌の表情が
途端にぱぁっと華やぐ。

『──そうか。幻種領(むこう)に渡るか』
 先日、自分は水萌を連れ、再び両親を訪ねた。目的は一つ。父から投げ掛けられたあの問
いに答える為だった。
『ああ。俺、水萌の故郷で一緒に住むよ。今度向こうの親御さんにも挨拶に行く』
『す、すみません。お義父さん、お義母さん。大切な息子さんを、連れて行く事に……』
『構わんよ。長男なのだから絶対この家を継げなどと旧いは言わん。今はもうとっくに新し
い時代なんだ。お前達はお前達の思うように生きればいい』
『それに、会いに行ったり来たりも出来なくはないんだから……。気が向けばこうしてまた
会いに来てくれると嬉しいわ。今度は、孫も一緒にね?』
 父はあくまで真面目に、普段の仏頂面で。
 母はそんな彼の放つ重苦しさを解すように微笑み、そんな冗談も言ってみせて。
 自分の隣で、水萌が顔を真っ赤にしながら俯いていた。
 相変わらずだなと思う。そこがまた愛おしい。そりゃあ結婚が許されれば、すれば、何れ
そういう時は来るとは思うけど……。
『気を付けてな』
『式の準備でまた会うとは思うけど、向こうの皆さんに宜しくね?』

 水萌に向こうで暮そうと話した。そして案の定その返事は「幸人さん? 無理しなくても
いいんですよ?」というものだった。
 違う。無理なんかじゃない。君こそ、ずっと慣れない土地で頑張ってきたんじゃないか。
 俺はその力になりたい。傍にいたい。何時しかそう思って、君に惹かれた。君もこの想い
を受け入れてくれて、愛し合うようになった。
 だから慣れない笑みで俺は言ったんだ。
 皆で一緒に暮そう。君が、一番生き生きして暮らせる場所(ふるさと)で……。
「お~い、ミナモー!」
「迎えに来たぞ~!」
 果たして、顔を見せたのは水萌が生まれ育った集落の仲間達だった。
 互いに手を振る。彼らが滑るように泳ぎ、こちらに向かってくる。
 二人はお互いに笑い、頷き合った。ごそごそと水萌が上着のポケットから貝殻状の丸い石
を取り出し、差し出してくる。
「どうぞ。鱗玉です。話していた通り、ここを開けるとシャボンが出ますので、中に入って
ついて来てくださいね」
「ああ。最初は海の中に村があるって聞いて、軽く絶望したものだけど……」
 合わせられた石同士を開き、大きくたっぷりの酸素を含んだシャボンが膨らんでくる。
 寄せては返す波に少しずつ浸かっていきながら、幸人は水萌と手を取り合うとこの中に入
ると次の瞬間、人魚の姿に戻った彼女と共に海の中へと潜っていった。
 にわかに変わる目の前の光景。青々とした世界の中に、無数の魚達や海草、珊瑚らが豊か
に静かに佇んでいる。
 水萌や迎えの魚人達に手を引かれ、案内され、シャボンに包まれた幸人は深く深く海の中
へと潜っていく。そしてやがてその先に見えてきたのは──硬い土と珊瑚で作られた小さな
集落の姿だった。
「お~い!」
「こっちだよ~」
「おかえり~、ミナモ。婿さんもようこそ~」
 見ればおそらく村人全員がその入口に集まり、手を振ってくれていた。
 フッと頬が緩む幸人。隣で泳ぐ──まさに麗しの人魚姫といった姿の彼女と、取り合った
手を決して離す事なく微笑み合う。ストン……。そして彼らの前に、ゆっくりと降り立つ。
「初めまして。御崎幸人──ユキトです。今日は皆さんに、ご挨拶の為上がりました」
                                      (了)

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  1. 2015/01/18(日) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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