日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)今、崇高なるを訝しめ

φ_(¦3 」∠)_

こんにちは、雑記としては八日ぶりですね。正月もすっかり終わり、世間様はいつもの忙し
ない日々に戻っているようです。何より今年も相変わらず、飽きもせずに毎日のように何処
かしらで事件は起き(主に外野の)人々がやかましく騒ぎ立て──この心持ちを萎えさせる。

先日、連載(ユー録)の五十九章をUPしました。今年一発目の更新ですね。そして気付けば
更新日から日を経ないとこうしてお知らせもしたためる事が出来なくなっている……(´A`)
執筆後にズンと反動が来てぐったり疲れるのは今に始まった事ではないですが、やはり歳は
取りたくないですね。反動のスパンが中々どうして長く、深くなってきている気がします。
あまりの疲労っぷりに、あまりに何も出来ない状態に「もしかして自分、命削って小説書い
てるんじゃあ……?」なんて事をはたっと真面目に心配したりすることも。
(まぁ、こうして雑記をしたためている事からお察しの通り、三日ほどアホみたいに寝てた
ら楽になりましたけどね^q^)
今月も気付けば半ばに差し掛かろうとしています。欲を掻くなら小説だけでなく、ツクール
やら絵、あと(書くばかりで)長らく放置してしまっている積み本も手を付けていきたい所
なのですが……。

時間が足りませんね。猛烈に。一人部屋で缶詰にならないと集中できない性質なので尚の事。
その癖、一回寝るとごっそり時間を食い潰してしまう(¦3[_]

難儀な性分をしてるよなぁと思いますよ。
もっともっと他人と交わらなきゃいけないのに、創作的な自分は静謐を求めている。


ですが既にメディア等で報じられているように、やはり現実の世界は、物騒さからとは縁を
切れないようでして……。

先日七日、フランスの雑誌社が掲載した風刺画を巡り、銃を持ったイスラム過激派が同社の
事務所を襲撃、合計12人の犠牲者が出るという事件が起きました。更にこの一件で同国では
大規模なデモ活動が発生、卑劣なテロに人々が反発するも、この事件に同調する他の過激派
が事件を起こすなど、事態はややもすると(イスラム対欧米という紋切り型でもって)泥沼
化する様相すらみせています。
……まぁね、僕は別にどっちが「正しい」だの暴力を止めようだの今更此処でお題目を唱え
るつもりはないんですよ。ただあの一連の報道を観ていて、いち創作人として、あまりに僕
の周囲の、観測圏内の人達が表現というものに対して大雑把というか、日和見過ぎる。その
憂いとぼやきを込めて、今回は綴ってみたいのです。

一応言っておきますが勿論、テロリズム──殺傷によって自分達の主張を通す、敵対する思
想を封じ込める行為とは卑劣なものです。決して礼賛されてはならない行為である事に変わ
りはありません(それこそ自爆テロ=命を賭して主義主張を押し付けることが有効で合法?
な表現手段になってしまう訳ですから)
でもね……じゃあ被害者(今回の風刺画を出した雑誌社)は“一方的に善なる”被害者かっ
ていうと、そうではないと思うのですよ。日本の報道ではあまりそこまで細やかな情報は聞
きませんが、どうやらフランス本国でも件の雑誌社はゴシップの輩(日本でいうフ○イデー
みたいな感じ)という認識で通っているらしく……。
勿論テロ──暴力に打って出た側が悪いんですよ? 理性ある市民社会という今日の前提で
はね。でも方々の情報に目を通すに、これは「どっちも悪いな」というのが印象として強く
感じるように僕はなったのです。

それこそイスラム過激派対欧米、テロとの戦いなんてものは、歴史を遡れば何百年と続いて
きた宗教・民族・文化(及び政治)といったものの対立から来ている訳で。
でも、ぶっちゃけた話、殺し合っている当事者全員が全員そんな「歴史」を本当背負ってい
るとは僕には思えない。結局の所、それは方便に使われているのが関の山だと思うのです。
その昔、○○は俺達に酷いことをした。一族の恨み!△△の教えを守れ!的な。
だけど僕らは現在を生きている。或いはちょいと昔から生きてきている。
本当の闘争心、争いが燃え続ける原動力というものは、もっとミクロで別個な事象に起因し
ている筈だと思うんですよね。○○が俺のカーチャンを殺した、婆ちゃんを殺した、愛する
家族を殺された──そういうお互いの喪失なり、持たざることへの“責任転嫁先”としての
歴史や国(社会)の現状が、このヒトという者達の争いに火をくべ続けている……。
だから『表現の自由ガー』と件の雑誌社側や、外野のメディアらが声高に叫び、テロリスト
達を糾弾している姿に僕は違和感を禁じ得ないのです。

──待てよてめぇら。先に火をぶん投げたのはどっちさね?

当たり前の事ですが、イスラム教=テロリストじゃないんですよ(○○人差別全般に言える
ロジックですけど)もっとミクロに目を凝らせば、大多数はまとも──かは異文化に住む僕
らには断定し難いかもしれませんが──で、平穏を望んでいる。ただ日々の生活を憂いなく
営みたいと願っている。だから同じ教徒であってもテロ行為を彼らは支持しないし、教義と
しても“自爆=聖戦で死ぬ=天国に行ける”みたいなことは無いと断言する向こうのお偉い
さんも少なくない訳で……(そも生の安寧を得るツールたる宗教が死ねとは何事よ)
卵が先か鶏が先か? それこそ歴史を辿って、現代人いち個人には負い切れぬ知らぬ存ぜぬ
言い掛かりを背負わせて。
多分(歴史的には力にものを言わせた)欧米が先なんだろうけど、そこをネチネチ詰り続け
ても果ては見えない。何処かで断ち切らねばならない。
我慢して我慢して、何処ぞやの同胞が自爆した!報復が飛んで来た!巻き添えを喰った!と
なっても、復讐(テロ)の連鎖に加わらず我慢して。
なのにそういった多くの人々を『靴下に空いた穴(全体主義を好とするような表現であまり
使いたくはないのだけど)』が台無しにする。やられた側も、やった側も。

イスラム過激派によるテロ行為は勿論、僕はこの雑誌社も「悪い」と思う。相手が嫌だと分
かっている──よりにもよってその精神を傷つける行為だと知っていながら、同教や預言者
を“風刺”の題材に使って憚らない。しかも聞く所によるとこの雑誌社、以前にも似た事を
して教団側から反発されていたそうじゃないですか。……あかんよ、それは。それでも公に
ドンと出すってのはいかんよ。表現の自由? 阿呆抜かせ。風刺だがジョークだか知らない
が、斜に構えて哂ってみせる「だけ」で嬉々としてるような手合いは、表現者としては三流
以下だ。ことその我を通した事で実際に何人も人が死んでる。それでも自分達だけが被害者
面をするなど……傲慢の二文字をその上っ面に貼り付けてやりたい。

『(宗教絡みの)風刺画なんて止めて普通の雑誌に路線変更すればいいのに。命を取られる
よりはマシでしょ』by ニュースを見ていた母

だけどそれ──風刺画がくだらぬか如何かと、そんな「くだらない」表現でもあっても自由
に書け、叩き潰されない権利云々とは分けて考えなければなりません。絶対。
(この母の、表現に関わらない一般人の認識に正直僕は割と失望したりしています)
まぁ“普通”に暮らしている分にはぐう正ですよ? 特に「自分」が表現をせず、必要性も
ない人間であれば、リスク回避の為にそういう集団にいない・近付かないという選択は至極
尤もなものではあります。
でも……やっぱりいち創作人としては、それ「だけ」であっては困る。
要するにそれって(直接的な行為の悪は過激派側なのに)“表現は制限されるべき”って事
でしょう? テロリスト達の思う壺、ではないですけど、実際昨今こういう考え方は存外に
広まって来ているんですから。
つまり彼らは表現に「優劣」があると考えている。そして「優れた」表現だけで世界が満ち
れば世界は「健全」である筈だと信じがちだ。
でもねぇ……そんなの意味無いんですよ。先ず以って前提認識が間違っている(嘆息)
表現ってものは(技巧的、発表する際の心構えとしての錬度差はあっても)元来、グレード
を付けてどうこうする為のものじゃないんです。
だって「言いたいから」それだけです。どんなに澱んだ感情であっても、それは相応な様式
を通過すれば表現なのです。むしろ世の理性、綺麗事、お題目に零れた人々の想いを拾い上
げてきたのが……表現なり創作ではなかったのか。
だからこそ、裏を返せばあれだけ怒るんです。
僕ら非イスラムな人間には分からない。でも間違いなく彼らにとっては感情の拠り所であり、
精神の楽園であった。それを下級と決め付け、あまつさえ「表現」を盾に哂う。否定する。
同じ事をされたら──“嫌なことを絶対嫌と言うな”“好きなものを絶対好きだと言うな”
と強制されたら、誰だって嫌でしょう? 反発するでしょう? 何故それが解らない……?

だから『表現とは原義として暴力的』だと思うのです。
何か自分の感情を吐き出す。Aが好きだ、Bが嫌いだと言う。
でもそれは、同時にAが嫌いな誰かを、Bを愛する誰かを大きく揺さ振り──傷付ける事に
なるんだ。その表現者の宿命を理解していないまま「表現の自由」を名乗る奴は、弁えない
奴は……いっそ同じ表現者達に伸(の)されてしまえばいい。
それでもこの土俵に踏み止まった者が、居なければ魂から死んでしまうと自覚して後に退け
なくなった者が、きっと「楽しむ」事の出来るセカイなんだ……。

「表現の自由」という言葉が、さも免罪符として振るわれる現実を僕は憂うべきだと思う。
どだい暴力的なんだ、我が侭をオブラートに共存させる手段であった来たんだ。
誰かを傷付けるかもしれない。だから沈黙する──(そういう個々の選択まで否定はしない
が)そういう“守り”ではなく、先人がその都度勝ち取ってきたように誇って欲しい。さり
とてその積み重ねに決して慢心することなく、表現者という僕らが持つ「本来危うい」立場
を重々に理解した上で存分にこの世界を掻き回して欲しい。

宗教だって、自由だって権利だって。
どうにも現代の僕らは、それを「絶対正義」みたいに祭り上げ過ぎじゃなかろうか? 他に
在ることを、自分の知らないセカイが在る事を、あまりに蔑ろにし過ぎではなかろうか? 
せめて弁えて欲しい。侵し合わないで欲しい。
いっそ解り合えぬなら……ぐっと堪えて、お互い線の内側を遵守していればいいのに。
(尤もその線引きすら元を正せば適当に決められてしまい不満だってのはあるんだろうけど)

(こう言ってしまうとあれだけど)結局どれも、人間が創ったものなんだから。
今一度、その金(メッキ)の盾を疑ってみてはどうだろう?

それくらいの謙虚さ、慎重さは、あってもいいと思うのだけど。

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  1. 2015/01/13(火) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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