日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「湖畔にて」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:湖、時間、骸骨】


「よ~し、またヒットぉ!」
 とある休日。青年は休みを利用して街から遥か郊外にあるとある湖に来ていた。
 釣り糸を垂らしてこれで何度目か、彼のルアーには次から次へと魚が引っ掛かってくる。
青年は上機嫌だった。大漁だ。辺鄙な場所ではあるが、足を運んでよかった。

 ──切欠は釣り仲間から聞いたとある噂だった。何でもS県の山奥に、知る人ぞ知る穴場
があるのだという。
 山々に囲まれた大きな湖。そこに棲むビックサイズの魚達。
 無類の釣り好きである青年は居ても立ってもいられず、その詳しい場所を彼らに訊いたの
だが、何故か最初彼らはあまり乗り気ではなかった。
 穴場ゆえに教えたくなかった? いや、ならそもそも話題に上げない。
 彼らは言ったのだ。人伝にしか聞いた事はないが、あそこは穴場でこそあれ二度と行きた
くないスポットらしいのだと。
 意味がよく分からなかった。事実話してくれた彼らも、何故其処がそんな評を受けている
のかは知らないらしい。
 それでも、興味津々の心は変わらなかった。
 行ってみたい。釣ってみたい。
 結局青年は、躊躇うこの仲間達を説き伏せ、その穴場だというこの湖の場所を教えて貰っ
たのだが……。

「へへ、大漁大漁。何だよ、何もおかしいとこなんてないじゃねえか」
 持参したバケツに水を張り、そこに一旦放っておいた本日の収穫。
 その中身が窮屈になってきたのを確認し、青年は一匹一匹これを取り出すと、自らの顔の
横にぶら下げて自撮りを始めた。言わずもがな、釣った証拠を残す為である。
 キャッチアンドリリース。そして青年はその作業が一通り終わると、魚達を再び湖へと解
き放った。一匹二匹くらいなら食べてみてもいいが、生憎捌いたりするような技術は持ち合
わせていない。
「……ふぅ」
 一段落ついて、青年は改めて周囲を見渡し、眺めた。
 目の前に広がるのは大きな濃い青色の湖面。
 ぐるりとその周りを囲むのは、緑生い茂るなだらかな山々。
 穏やかだった。都会の喧騒からすっぽりと外れ、そこにあるのは只々自然。
 釣竿を肩に乗せ、すぅ……と大きく息を吸い込んだ。
 濃い。水と緑、そして風。人工の埃っぽさのない自然そのままのニュートラルが肺一杯に
満たされる。ぼうっと気持ちいい。
(ん──?)
 そんな時だった。そうして何となく湖畔を眺めていると、少し遠く、自分以外の人影があ
ることに気付いたのだ。
 湖に流れ込んでくる幾つかの水流。
 その河口の一つ、湖畔の一角に質素な竹の釣竿を垂らしている老人がいる。
 ……珍しい。先客かな? 自分の事を棚に上げておいて、青年はこの老人が座っている方
へと、ぐるり湖畔の縁に沿って歩き近付いて行った。
 見れば彼の傍にはバケツが二つ置いてあり、一方は水こそ張ってあるが空、もう一方は何
やらガラクタばかりが押し込められている。
「──」
 そうして少し離れて見ていると、また何か釣れたようだ。
 老人がくいと竹竿を引っ張る。だが湖面からバシャリと出てきたのは、錆が来始めた空き
缶詰めだった。
「よう、爺さん。そっちはボウズかい?」
 青年はフッと可笑しくなり、そう声を掛けながら改めて近付いていった。
 釣り針に引っ掛かった缶詰を取り除きながら、老人がようやくこちらに気付いて見遣って
くる。だが当の彼は茶化されたことを全くと言っていいほど意に介しておらず、むしろ穏や
かに細めた目のまま微笑(わら)ってすらいる。
「そうでもないさ。あんさんのように、儂は別に魚を狙っとる訳でもないからの」
 青年は片眉を上げて、頭に疑問符を浮かべた。
 変わった爺さんだ。大体、魚を釣らない釣りなんて釣りと云うのか?
 だが実際、この老人は拾い上げたこの缶詰を丁寧に、先程のガラクタな方のバケツに収め
ると再び釣り糸を投げる準備を始めている。
「あんさんこそ珍しいね。この辺はあまり人が近寄らないんだが」
「みてぇだな。釣り仲間から聞いたんだよ。穴場だってな。勿体無ぇよなあ。そりゃあ来る
には一苦労したけど、いい場所だぜ? 此処は」
 悪い人ではないみたいだ。青年はお互い邪魔にならないように間隔を置き、彼の隣に座り
込んだ。自分も早速ルアーをつけ直し、慣れた手付きで水面にこれを沈めていく。
「……」
 老人は微笑(わら)っていた。横目でちらっとしか見ていなかったが、その表情が一瞬だ
け何かを含んだようなものに見えた気がしたが。
 暫く二人は釣り糸を垂らし、じっと湖面を見ていた。最初に青年の方に引きが掛かる。喜
色は一瞬、次には真剣。魚(あいて)の挙動を釣竿越しに感じ取り、くいっくいっと竿を何
度か傾け直しながらリールを巻いていく。
「よっし! また釣れた!」
 これまた大きな魚だった。青年の顔くらいはあろうか。
 嬉々として、彼はこの成果と自撮りをし、またリリースする。スマホに保存したその画像
を見てにやにや。後日、釣り仲間達に自慢するのが楽しみだ。
「……しっかしでっけえな。向こうでもそうだったが、ここの湖、妙に魚がでかくないか?
その辺の釣り場に比べても倍くらいはあるぞ」
「そうじゃろうのう。この湖は“栄養”に恵まれておるからの」
 ちゃぷん。釣り糸を垂らしたまま老人は言った。
 曰く、この湖は周囲よりも土地が下がっているらしい。だからこそ周囲の山々や河川から
水が流れ込んでくる。更には湖底には大きな洞穴が空いており、そこはずっと行くと何と海
にまで繋がっているのだそうだ。
「へぇ……。爺さん随分と詳しいな。地元の人間なのか?」
「地元も何も……ほれ、あそこに家があるじゃろう。あそこに住んどる」
 言って指差された方向を見て、青年はようやく気付いた。
 見れば湖の向こう側、この湖畔縁をずっとぐるりと回った向こう側に一軒の小さな平屋が
建っている。青年は目を瞬いた。まさか人が住んでいるとは思わなかったのだ。
「驚いたな……。そりゃ詳しい筈だ。でも何でこんな辺鄙な所に? 暮らすには色々と不便
じゃねーの?」
「なぁに、慣れさ。住めば都ってね。知っての通りこの辺りは魚がたくさん獲れる。水も綺
麗だし、多少畑はこさえとるが山に入れば山菜なんかもある。偶に街の方へ買出しに出る事
はあるが、気楽なもんさね」
 言って老人はやはり微笑(わら)っていた。もう何年もここで隠居暮らしをしているのだ
という。青年は同じく横で釣り糸を垂らしながらその話を聞いていた。
「いいねえ。羨ましいな、そういう生き方。俺も仕事ばっかりで、こうして釣りができる時
間も限られるからさ……」
 老人がちらとこちらを一瞥する。青年はごちていた。
 半分は相槌的だが、もう半分は本心と言ってもよかった。
 いっそ、自分の好きな事だけをして生きていければいいのに……。
(……もしかして、この爺さんのことなんだろうか?)
 ふと青年は思った。仲間達が人伝に、二度と来たくない場所らしいと言っていたのは、他
ならぬ湖に住むこの老人と出会い、自身の虚しさを改めて自覚してしまったからではなかろ
うかと。
 だがそんな時だった。はたと老人にもヒットが来たようだ。
 しかし得物はあまり大きくは無さそうだ。竹竿の軋みは弱く、何度か彼が慎重に竿を引っ
張るとそれは程なくして二人の間に姿を現す。
「……指輪?」
「結婚指輪、のようじゃな。ほれ、裏に名前が彫ってある」
 それは小さな銀のリングだった。小振りながら宝石も一個添えられている。
 青年は老人が手にして検めているのを覗き込んだ。水に浸かったことで大分痛んでしまっ
たようだが、彼が示すように確かに裏面には○○to△△と、贈った側・贈られた側のイニ
シャルらしき字が刻まれている。
「何でこんなものが……。捨てたのか……?」
「じゃろうの。なぁに、そう珍しい事じゃない。此処には色んなものが流れ着き、沈んでい
るんじゃ。流石に何処の誰の物だったかは分からんし……興味無いがの」
 ちゃりん。言って割とぞんざいにガラクタバケツの中に指輪が放り込まれるのを見て、青
年は少し背筋が寒くなった気がした。
 流れ着く。色んなもの。
 それは上流の何処かで誰かが、こうしたきっと自身に縁ある品を捨てているのだという事
であって──。
 更に時間を掛けて、老人は魚ではない──この湖に流れ着き、沈んでいたものを幾つか引
き揚げていった。
 先程の空き缶などのガラクタ、装飾品だけに留まらない。
 何故そんなものを? 中にはすっかり濡れて汚れて悲惨なことになってしまったスーツや
ボロボロになってしまった紙束──目を凝らして判読するに、ガスや水道代、電気代などの
請求書までもが見つかったのだ。
 流石に、青年は眉根を寄せていた。
 こんなに豊かな自然と、たくさんの魚達が暮らしているのに。釣り人の顔を綻ばせるのに
充分なのに。
 捨てられている。少なくとも一個の人間が生きてきた、その軌跡みたいなものすら、彼ら
はこうも簡単に捨ててしまっている……。
「む? これは大きいのう」
 そうしてガラクタばかりが更に幾つか積み上がった頃だった。何度目となく垂らしていた
老人の釣竿に、はたと今まで一番大きい反応があったのだ。
 皺くちゃの顔を更に顰めて、老人が竿を握る両手に力を込める。それを見て、青年も咄嗟
に後ろに回ってこれを取り、一緒になって引き上げを手伝う事にする。
 いっせーのーせっ! ずるずると、湖面から何かが盛り上がってきた。重たい。ガラクタ
にしても魚にしても、過ぎるほど随分と重たい。
「──ひゃあっ!?」
 だが悲鳴を上げてしまったのだ。岸にそれが打ち上がり、その正体が流れ落ちる水の中か
ら露わになった時、青年はその場で腰を抜かして尻餅をついてしまったのである。
「し、した……! ひっ、人……!」
 人だった。いや死体だった。
 どれだけ時間が経っていたのだろう。腐敗し、水に浸かっていた事ですっかりブクブクに
膨れた肉も所々に付いてはいたが、その全体はもう白骨死体と言っても差し支えないレベル
にまで朽ち果てている。
「おやおや。またかい」
 なのに一方の老人は妙に落ち着き払っていた。彼は目こそスッと細めたが、物言わぬこの
仏に何の気なしに近付くと、他の釣り上げていたものと同じように先ず引っ掛かった釣り針
を抜き取ろうとしている。
「じ、爺さん! 何呑気に針取ってんだよ!? 死体だぞ、死体!」
「見れば分かるわい。そう取り乱しなさんな。言ったろう? 此処には色んなものが流れ着
いては沈んでおるとな」
 あたふたとする青年。119──いや、もう110番か。
 だが老人は、未だ微笑を浮かべたままゆたりと死体から離れ次の一投の準備をしていた。
さも当然。これが初めてではないように、彼はこの事態にもまるで動じた様子はない。
「お前さんがさっき訊いてきた事じゃろう。何故ここの魚がこうも丸々としとるのかとな。
豊富だからじゃよ。……“栄養”が、こうしてぎょうさん流れてくるからのぅ」
                                      (了)

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  1. 2015/01/12(月) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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