日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「リバースデイ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:十字架、人工、燃える】


 吹きつける風が日に日に冷たく、肌を刺すようなそれに変わっていく。
 一基(かずき)はこの日も黙々と仕事に勤しんでいた。とはいえ定職には就いていない。
今日は引越し屋のバイトだ。
「おら新山、もっとしっかり持て! 角っこぶつかるぞ!」
「は、はい……。すみません」
 年季の入った先輩従業員にどやされつつ、今日担当する依頼人の新居へと家財を運ぶ。
 アパートの七階だった。エレベーターはあったが、どう見ても自分達二人と荷物を合わせ
た幅では入り切らないため、こうして一個一個、地道に階段を昇り降りして運んでいくしか
ない。
「よ~し、あとはこいつだ。これぐらいなら一人一個いけるな?」
 大きな家財道具は一通り搬入し終わり、引越し屋のロゴがでかでかと塗られたトラックの
中から段ボール箱に詰められた依頼者の私物を運んでいく。
 ええ……。先輩がひょいひょいと箱を片手に部屋まで昇っていき、また降りてくる。その
往復の間に一基はまだ一個も運び入れられていない。
 チッ。何度かすれ違った時、そう彼が小さく舌打ちをして降りていくのを聞いた。しかし
一基は眉を静かに潜めるだけで、特に睨み返すような事もしない。
(……よく働く(うごく)よなあ。本当なら俺も、あれくらいシャカリキにならないといけ
ない筈なんだけど……)


 こびり付いて離れない記憶がある。
 それは七年前、ちょうど一基の誕生日だった。秋もなりを潜め、木枯らしが吹き始める時
期にも拘わらず、恋人の巴や中学以来の親友・隆次など、付き合いの深い仲間達がわざわざ
自分の誕生日を祝いに集まってくれたのだ。
 楽しい一時だった。一基のアパートに男女八人が揃い、祝いを名目に随分と飲み食いをし
ては遊んだ。誰かが笑うと、自分達もつられてつい可笑しくなってしまう。
 色彩が在った。
 あの頃の自分はまだ、この先の未来がきちんと在るのだと、何の証拠もなく信じて疑って
すらいなかったのだ……。
『──き、一基!』
 悪夢の夜が始まる。
 散々飲み食いして、皆で酔い潰れていた夜更け。まどろみの中にいた一基は、はたと仲間
の一人に叩き起こされたのだった。
『何だよ。もう朝──』
 だが次の瞬間、意識は暴力的なまでに覚醒する。させられる。
 真っ赤だった。明かりも落とした筈の自分の部屋が、轟々と真っ赤な炎に喰われようとし
ていたのだ。
 肌は急激に酷く熱さを自覚したのに、心の中はサァッとむしろ底冷えするようだった。
 一基達はお互いにお互いを叩き起こし、慌てて部屋から出たこの炎を揉み消そうとする。
『くそっ! 駄目だ、カーテン(ぬのきれ)じゃ消えねぇ!』
『消火器は? 一基君、消火器は!?』
 窓際のカーテンを毟り取り、男五人掛かりでバチンバチンと炎を叩き消そうとした。
 だが気付くのが遅かった。火の手はそんな簡単な方法で消えるほど小さくはなく、その間
も部屋の私物や壁財を食い潰しながら拡がっていく。
 一基は巴らに言われ、ようやく気付いてドア付近へ急いだ。確か消火器は、流し場の方に
置いていた筈……。
『あった! えっと、ホースを抜いて……』
『おい、ちんたらしてんな! 貸せ!』
 その時、慌てて持って戻ってきた消火器をぶん取ったのが──隆次だった。元々アメフト
をやっていてがたいも一回り以上大きいこの親友は、突然の出来事に震える一基たちの中で
ほぼ唯一、この燃え上がる炎にも臆することなく立ち向かっていた。
『がぁッ?!』
 だが……それは結果的に蛮勇だったのかもしれない。とにかく、気付くのが遅過ぎたのだ
と思われる。この時点で火の勢いは、もう消火器──初期消火では鎮め切れない程のものと
なってしまっていたのだから。
 轟。にわかに火が爆ぜた。消火器の粉と拮抗したのだろうか、次の瞬間四方に膨らんだ炎
の一部が隆次を包んだのである。
『隆次!』
『志方ぁ!』
 叫ぶ空気さえ奪われて、隆次(しんゆう)がどうっと倒れるさまが目に焼きついた。その
手から落ちた消火器がだらしなく粉を吐き出しながら、完全に火の勢いに押し負けて呑まれ
ていった。
 一基達は叫ぶ。だが火の手はどんどん強まり、部屋を覆っていく。
 飛び込もうとした。業火の前で焼かれ、転がる親友(とも)を一基は何とか引きずり戻そ
うとした。
『止めろ! 死ぬ気か!?』
 だがそれを別の仲間が羽交い絞めにして止めてくる。
 隆次! 一基は構わず叫び、手を伸ばしたが……彼は強く強く歯を噛み締めながら言う。
『もう……もう駄目だ。逃げなきゃ、死ぬぞ! お前ら、早く外に出ろ!』

 仲間は、自分を含めて七人になった。
 大学以来、十年近く暮らしていた我が家は、幾つかの上下左右の隣室を巻き込みすっかり
焼け焦げてしまった。
 一基は悔いた。あの時、三田(みた)の制止を振り切って隆次を引っ張り出せていれば、
無傷とはいかずとも死ぬ事まではなかったんじゃないか?
 いやそもそも、あの日自分の部屋に皆を上げた事自体が間違いだったんじゃないか……?
『全く、こっちは大損害だよ。そこの額、しっかり払ってもらうからね!』
 これだから最近の若い連中は……。隆次の葬式が終わるや否や、一息つく間も悲しみに暮
れる間もなく、一基の前に現れたのはアパートの大家だった。
 突き付けられたのは高額の賠償金。後日彼女によって裁判も起こされたが……正直争おう
なんて気持ちは微塵も起きなかった。法的にも、自分の過失だということになった。
 ……そうだ。俺のせいだ。
 消防と警察の話では、出火原因はおそらく火の不始末だろうという。
 どうだったか。ガスを使った覚えはないが、自分も含め煙草を吸う面子は何人かいる。あ
の夜繰り広げた娯楽の末の泥酔で、火を消し切れていたとは言い切れない。
 新居はより安上がりの小さな部屋になった。勤め始めていた工場も、火の不始末をやらか
すような人間がいては危険だと思ったのか、そう時間も掛からず色々と理由をつけられクビ
になった。
 巴(こいびと)とも別れる事にした。仲間達とも、連絡を取らなくなった。
 隆次君だけの所為じゃないよ──別れ際、彼女はそう慰めてくれたが、それは言葉を替え
れば自分達七人全員の責任だと言っているに等しい。そこまで言わせたまま、仲間を一人死
なせたまま、また同じようにつるむ事なんて出来なかった。
 以来、距離を取り続けた。文字通り手痛い火遊びだったのだ。以来、賠償金支払いの為、
幾つものバイトを掛け持ちする日々が続いている。
 だから本当はもっと仕事に没頭しなければならない。もう繰り返してはいけない。
 せめて、形の上だけでも、あの日の償いを終えるまでは……。


『今夜、皆で一基君のお家にお邪魔します。待ってますね』
 一基のスマホにメールがあったのは、そんなその日の仕事終わりだった。
 荷物を運び終え、先輩が依頼主と部屋の中で話し込んでいる間、廊下のコンクリ柵にもた
れて黄昏ている最中に、そう連絡があったのだ。
 差出人は──巴。だが一基はその文面にふと違和感を覚えた。
(何だよ、いきなり。俺とはもう関わるなって言っただろうに……)
 それに“お邪魔します”とは何だ? 普通、許可を取るなら“お邪魔していいですか?”
ではないのか……?
「何勝手に休んでんだよ。帰(け)ぇるぞ」
「ッ! は、はい……」

 またどやされる一日だった。空になったトラックに乗って事務所に帰り、すっかり日も暮
れた頃、一基は帰宅の途に就いていた。
 とぼとぼ。一人で冷たい夜道を歩く。
 とうに陽が沈んで暗くなったというのに、街はまだ元気だ。ネオンが煌々と点っている。
業種によってはむしろこれからが本番という所も少なくはないのだろう。
 途中、コンビニで簡単な弁当を買い、一基はあたかもそんな夜の猥雑から距離を置くよう
にして裏路地に入った。
 途端すぅっと辺りの音が静かになる。要するに栄えていないのだ。
 あの一件以来、新居は出来るだけ安上がりのボロ屋になった。元々あのアパートもそう高
級ではなかったものの、年季の入った外観を見る度に自分は遠くまで来てしまったのだなと
思う。
「はあ。疲れた……」
 足が重い。何より精神力(こころ)が磨り減っている感じがはっきりとする。
 それでも辞められない。むしろ今のスケジューリングでも足りないくらいなのに。
 やはりバイトの掛け持ちでは無理なのだろうか? アパートを概算一階分焼け焦げさせて
しまった代償を払い続けるには。
「ただい──」
『ハッピーバースデー!』
 何時ものように鍵を開けて誰もいない筈の自室に。
 だがこの日だけは違っていた。刹那部屋の電気が点き、パァンとクラッカーがドアを潜っ
た一基の前で盛大に鳴らされたのである。
「待ってたぜ? 一基」
「おめでとう。新山君」
「……」
 いた。あの日一人少なくなってしまった、仲間達だ。
 どうしてかはすぐには分からなかった。だが今現実として、巴らこの六人は、それぞれに
クラッカーやパーティグッズを携え、勝手に他人の部屋に上がり込んで来ている。
「お前、ら……」
「あ。ま、待って、一基君。いきなりでごめんね? でも、これは皆で話し合ってやろうっ
て決めた事でね……?」
 最初、一基は沸き起こってきた怒りに震え、激情のままに叫ぼうとした。
 一体何のつもりだ。何故俺の部屋に上がり込んでいる? いや、何よりその格好は何だ?
 まるで。お前らのそれはまるで、あの時の──。
「管理人さんやお隣さん達には話を通して許可を貰ってあるの。だから」
「そうじゃねえ! お前ら、忘──」
「忘れる訳ないだろ」
 実際、吼えかけた。元恋人が何やら必死に弁解しようとしているのに気付きながら、それ
でも向ける先を間違った怒りを叩き付けようとしたのだ。
「何も、ふざけてる訳じゃない。……新山。お前、ここ暫く自分の顔見てないだろ」
 それでも、はたとこの怒声を止めるように三田が言う。巴から継ぎ、六人を代表する。
 故に一基はハッと我に返った。今自分は鬼の形相をしている。その自覚が芽生えたからだ
けではない。三田の言わんとする事に気付いたのだ。いや、厳密には気付かされたのだが。
『……』
 数拍間が空いて、互いに顔を見合わせた三田たち。
 するとどうだろう。彼らは皆、それぞれ頷き合って懐や鞄に手を伸ばすと、一基に全く同
じものを──銀行の通帳を差し出してきたのである。
「これ、は……」
「見ての通り、金だ。あの日からずっと俺達もそれぞれ貯金してきたんだ」
「その分忙しくなってすっかり疎遠になっちまったけど、ずっと待ってたんだ。こいつを渡
せる日をよ」
「正直足りるかは分かんないけどね。でも一人で稼ぐよりよっぽど効率的でしょ?」
「一基君だけ……じゃないんだよ? 皆、同じなの」
 ぐわんと世界が揺らいだ気がした。
 だけどそれは、暗がりに落ちる衝撃というよりも……むしろ暗がりを晴らすかのようなそ
れだったと思う。
「お前は自分の所為で志方が死んだと思ってる。でもな、何もお前一人で全部背負い込む事
はねぇんだよ。確かにあの部屋はお前のだったけど、責任はあの日あの場所にいた俺達全員
にある。そもそも俺があいつを見捨てて逃げろって言ったんだ。詰られるべきは、俺さ」
「三田……」
 まだ定まり切らない瞳の焦点を無理くりに絞り、一基はごくりと息を呑んだ。
 三田、巴。負い目は皆が持っていた。抱いてきた。落ち着いて考えれば当たり前の事なの
に、自分は気付こうともしなかった。自分の所為だ自分の所為だとばかり言い続けて、ずっ
と殻(つみ)の中に閉じ篭っていたのかもしれない。
「忘れろ、なんて言わねぇよ。俺もあれから煙草も吸えなくなった。でかい火を見ると身体
が震えちまってさ」
「でもさ、もういいんじゃない? 七年だよ? このままずっとあんたがやつれ続けていっ
たら……あんた自身がもたないよ。そんなの、志方が望んでると思う?」
「僕なら成仏できないね。むしろこんな大金吹っかけてきた、あの大家の婆さんを呪ってる
と思う」
「受け取って、新山君。苦しい事も皆で分け合えばいいんだよ。そういうもの、でしょ?
アパートの人達や警察に謝って回ったのと一緒で。ね?」
「……」
 差し出された六人の手と、六人分の通帳。一基は暫く戸惑っていたが、結局皆の熱意に押
される形でこれを受け取っていた。
 はらり。ざっとだが皆が貯めてきてくれた額を検める。
 確かにまだ完済には足りなかったが……フッと肩から背中、両手足に圧し掛かっていた目
に見えぬ重みが和らいだ。ような気がした。
「あり、がとう……」
「ふふっ。どう致しまして」
「よし。これで一つ目は落着だな。口座には当分振り込んでかないといけないけど」
「一つ目? 他に何かあったっけ……?」
「もう、覚えてないの? 今日は一基君の大事な日じゃない」
 場の空気が変わる。だが三田らのそんな言葉に怪訝をみせた一基に、巴が優しい苦笑いを
零した。言ってくるくると回り、三角帽子とクラッカーを装備したその姿に注目させる。
「今日は一基君の誕生日でしょ? だから、渡すなら今日にしようと思って。あの時からや
らなくなったお祝いを、また皆でやろうって」
 元恋人の──それでも尚、自分を仲間を想ってくれる女性(ひと)の、精一杯の計らいで
あった。三田たちがニコニコと笑い「そうなんだよ。言い出したの、四谷なんだぜ?」と事
の発端を話してくれる。
「そうだったのか。俺なんかの為に……」
「だーかーら。そこで自分を責めない。好きだから、やってるの」
 一基の頬が赤くなっていた。ずいっと迫ってきた巴の笑顔がある。
 ニヤニヤ。そんな二人を、残り四人が気持ち遠巻きに見遣っている。
 これで別れたとか言うんだからなぁ……。彼女には聞こえていないのか、一基はとぎまぎ
して思わず視線を逸らす事しかできない。
「さて。じゃあ改めて言い直そうか」
「そうだね。やっぱりいきなり言っても分からなかったもんね」
「一応予想はしてたんだ……。まぁいいけど」
 テーブルの上に置かれていた買い物袋からガサゴソ。再び仲間達はクラッカーを取り出す
と、一二の三でコールする。
『ハッピーバースデー!』
 鳴り響いた快音。吐き出されて散る、紙テープと切れっ端。
 今度こそ本懐は果たされた。皆が一基の名を呼び、祝福する。
 さぁ、今夜はパーティーだ。但し火は使わない方向で。そもそもあの一件以来、七人の誰
もが煙草を吸う事すら止めてしまった(止めざるをえなかった)のだが……。
「……ありがとう」
 大の大人が騒がしく。あの頃に戻って。
 だけども一基はつぅっとその頬に、知らずの内に涙を伝わせていたのだった。
                                      (了)

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  1. 2015/01/01(木) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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