日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「除興液」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:紫、アルバム、殺戮】


(おいおい。一体どういう事だよ……?)
 その日、二ノ宮は街の一角に在るとあるビルを物陰から見ていた。決して大きくないが、
とある人物が経営していた会社の社屋である。
 二ノ宮はこう予想していた。
 この会社の社長・五木が急死し、社は葬式を挙げている。社員達は少なからず動揺し、妻
も突然の死に哀しんでいる筈だ──。
(奴を“消せる”んじゃなかったのか?)
 なのに、社屋を覗いてみる限り、そんな様子はまるでなかったのだ。
 社員達は平時と変わらずに出社し、社屋奥にあるらしい工場(こうば)からはギィィンと
金属を研磨する音が聞こえる。
「あ、社長」
「おはようございます」
(ッ──!?)
 だからこそ二ノ宮は狼狽した。
 次の瞬間、作業着姿の女性──五木の妻がそこに顔を出してきたのを認めると、その場に
いた社員達がごくごく自然に、さもそれが当たり前であるかのように挨拶している姿に。
(社長? いや、あの女は主婦の筈だろ? 社長は五木じゃねーか。あいつら、自分達の勤
め先を興した人間を何でああもスルーして──)
 壁先をぎりぎりと握り締め、頭に疑問符が溢れ、そして彼ははたと一つの仮説に至る。
(……も、もしかして)
 手足が震えていた。瞼がぴくぴくと痙攣し始めていた。
 俺は確かに五木を“消した”のに、あいつの身近にいる人間達はうんともすんとも言う気
配がない。彼女がまだ社員達に話していないとしても、彼女が「社長」と呼ばれた理由を説
明できないのだ。
 そういう事なのか? 消すって、そういう……。
 二ノ宮は視線を落とし、自身の懐にそっと手を伸ばした。
 取り出したのは、掌サイズの小さな瓶。全体が薄らと紫色のグラデーションをしている。
たぽん。取り出した勢いで、中の液体が静かに揺らぐ。
(相手を“殺す”んじゃなくて、相手を“いなかったことにする”って意味なのか……?)

 切欠は数日前に遡る。
 その日、二ノ宮は夜勤明けから自宅に戻る途中だった。
 早く帰りたい。帰って寝たい……。そう隈のできた眼で、ぼんやりと路地を歩いていたの
だが、そんな最中ふと一人の老婆に声を掛けられる。
『──お兄さん。お疲れのようだねぇ』
 半分反射的に向けた視線。そこには路地の奥縁に張り付くように組まれた粗末な屋台が佇
んでおり、中から一人の老婆がこちらを見てふぇっふぇっと笑っている。
『……んだよ。見せモンじゃねぇぞ』
 正直言ってイラッとしていた。ただでさえ心身が磨耗した後なのに、気持ちは既に自宅へ
着いてごろんと横になっているのに、足を止められた。こんな胡散臭い婆さんに。
 二ノ宮は大人気ないと思いつつも、気持ち威圧するようにこの老婆を睨み返していた。
 なのに当に彼女はまるで動じていない。襤褸切れのようなローブの下から、ふぇっふぇっ
と変わらず笑っている。
 外はまだ暗い。もう一時間・二時間は経たないと陽は昇り始めないだろう。
 防寒用のコートに両手を突っ込み、肩に鞄を引っ掛けたまま、二ノ宮は軽く舌打ちしなが
らさっさとその場を立ち去ろうとする。
『“消したい”人間は、おらんかね?』
 だから老婆がはたとそんな事を言ってきた瞬間、彼はまた踏み出しかけた足を止めてしま
っていた。
 いない訳、ないじゃないか。
 自分たち派遣社員に高圧的に接する正社員ども、工場のマネージャー。給料があるから留
まっているものの、そうでなければあんな奴らと好きこのんで関わりたくもない。あんな奴
らが大手を振るっているから、いつまで経っても俺達は「下等」だのと言われるんだ。
『……』
 いや。それ以前に。
 あいつらだ。そもそも俺がこんな人生を歩むようになった切欠は……あいつらと出会って
しまった所為ではないのか?
『おるようじゃの』
『このご時世、いない奴の方が珍しいんじゃねぇの? 分かってて言うぜ。婆さんよお』
 にしし。目深に被ったフードの下故にやはり表情(かお)は見えなかったが、まるで彼女
はこちらの内心を見透かすように笑っていた。
 肩越しに振り返り、返答する。
 胡散臭いのは間違いないが、まぁちょっとくらい付き合ってやるか。
『そこで、お兄さんみたいな人にお勧めの品がある。これじゃ』
 そうして見せられたのが──件の薄紫の小瓶だった。
 コトンと屋台のテーブル部分に一つ、それが置かれる。二ノ宮は眉根を寄せ、彼女の下に
歩み戻ってこれを暫し観察した。
 香水、ではなさそうだ。塗るタイプの液体らしい。
 瓶の内側、中の液体に向かって、蓋に小さなハケが一体化して浸かっていた。
 何だこれ? 二ノ宮が上げ直した視線でそう問い、老婆は再び営業を始める。
『こいつは特別な液体でね……。これで上塗りされた人間を“消す”事が出来るのさ。例え
ば写真だね。消したい人間がしっかり写っている、その現物を用意してそいつの顔をこの液
を塗って消してやるのさ』
『ふぅん……?』
 正直、胡散臭さがどう足掻いても勝っていた。
 相手の顔写真を消すだけで、その相手を抹殺できる? 漫画じゃあるまいし……。
『嘘と思うなら使ってみるといいさね。一個あげるよ。元より儲けは二の次だしねぇ』
 だから何となく強く断れなかった。気付けば二ノ宮は、その手の中にこの小瓶を握らされ
ていたのである。
 ま、いっか。タダより安いものはないし。
 そう思って「真っ当に働けよ、婆さん」と改めて背を向けて歩き出し、彼女に向かって軽
く手を振りながら言い、その時は小瓶をポケットの中に押し込んだのだが……。

「──はぁっ、はぁっ……!」
 五木の会社近くから飛ぶように自宅アパートに戻り、二ノ宮は息を荒くしながら薄いカー
ペットだけの板敷きの部屋に転がり込んだ。
 その片隅には、一冊のアルバム。彼の高校時代の卒業アルバムだ。
 開かれたままのとある頁。そこには自分を含む当時の同級生らの集合写真が収められてお
り、その五木の顔だけが濡れそぼって消えてしまっている。
 小瓶が置かれていた。あの老婆から貰った不思議な小瓶だ。
 ホンモノだったのだ。それも、こっちが思っていたのとはだいぶ違う形で。
 五木は当時、二ノ宮の同級生だった。会社社長の父を持つ子供と、むしろ貧乏と言ってし
まって差し支えない一般家庭の子供。気付けば二ノ宮は彼を中心としたグループから陰湿な
苛めを受けるようになっていた。……その頃からだ。学校──決められた場所に規則正しく
通うことが億劫になり、ただでさえ振るわない成績も下降の一途を辿るようになったのは。
 なのに、あいつらはのうのうと学生生活を謳歌し、社会に出て行った。
 リーダー格の五木に至っては、自分で事業を興して堅実に財産を築いている。
 ……許せなかった。そんなかつての憎き相手の近況を聞き及び、二ノ宮は彼らをどれだけ
腹の底で憎んだことか。
 こっちは結局出席や単位ギリギリで卒業、成績も下から数えた方が早く、進学という選択
肢すら認められなかった。
 職を点々とした。能力も高くないし、学歴もない。高圧的な上司・先輩に出会う度に昔の
記憶が蘇り、つい彼らとギスギスした関係にばかりなってしまった。
 長続きする筈もない。自ら辞め、或いは不明瞭な難癖をつけてはクビにされ、今日も今日
とて何時切られてもおかしくない職場にしがみついている……。
「畜生。これじゃあ……復讐にならねぇじゃねえか」
 だから使ってみた。小瓶は二・三日頭から抜け落ち、部屋の棚に置きっ放しになっていた
が、工場でまたどやされ腹が立ったのが切欠で一度使ってやろうかと思い至ったのである。
 ごろん。カーペットの上に寝転がり、誰にともなくそう愚痴を吐き、二ノ宮は暫く仰向け
のまま押し黙っていた。
 やっぱり、あの高慢社員じゃなく五木──昔に立ち返って標的を変えた、目の前の嫌な奴
本人を狙うことを避けたヘタレさが災いしたのか。
 だが一応考えての事である。もし本当にあの社員が“死んだ”としたら、工場(げんば)
にも少なからずダメージが来る筈だ。それで給料やらに響いたら元も子もない。何より以前
から仲の悪い自分に疑いの目が向けられる可能性がある。
 なのに……“死”ではなかった。本当に何かしら現実に変化があっただけでも驚くべき事
なのだが、その内容が“存在の抹消”という意味で彼を「消す」のなら、自分の目的が果た
されないからだ。
 どうやらこの小瓶──に入ったインクで塗り潰された人間は、そもそもこの世にいなかっ
たという事になるらしい。つまり彼を奪われた、そのダメージを受ける他者が存在しないの
である。これでは復讐にはならない。
 加えて彼を抹消した、その事実を認識できているのは、現状どうやら自分だけなのだ。
 ……使った本人は対象外なのか。それともこの小瓶を持っている人間が除外されるのか。
 だがこれじゃあ、俺だけが後ろめたさを背負うって事じゃないか。肝心の周りは、あいつ
の身近な人間は、あいつが“消された”事自体に気付いていない。
 どういうカラクリになっているのかは知らないが、五木の肩書きであった社長は、元から
あいつの妻のそれだという認識に成り代わっているらしい。
(あのババア……)
 確かに“消す”事はできた。
 だがこれでは本懐どころか後悔が残るじゃないか。
 じたばた、ぎりぎりっ。仰向けのまま煩悶し、歯軋りをし、それでもやがて二ノ宮は起き
上がる。
(でも、もう抑えなんか効かねぇぞ。少なくとも五木は消えた。ならいっそ、他のメンバー
達も同じように──)
 だがそんな時だったのである。気持ちを持ち直し、憎しみを抱き直し、再び小瓶の蓋を開
けて他の当時の苛めグループの面々を塗り潰そうとした二ノ宮を、突如として異変が襲った
のだ。
「なっ……?!」
 消え始めていた。
 ハケを握った右手。その手の甲が指先が、何の前触れもなく静かに霧散して無になり始め
たのである。
 二ノ宮に戦慄が走った。思わず左手で右手を押さえる。
 だが自身が消滅する現象は収まることを知らず、次は左手、更には全身と、己全てが塵の
ようになっていくさまを、透けていくさまを彼は止める事ができなかった。
「嘘、だろ? ま、まさか、他にもこい、つを──」
 べちゃ。液が染み込んだハケが彼の手から落ちる。
 そして次の瞬間、二ノ宮の身体は、着ていた服を残して跡形もなく消え去ってしまう。

「──死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね、死んじまえッ!」
 時を前後して、一人の女性が狂った喜声を上げながら写真にハケを塗りたくっていた。
 長く長く表情を隠すほどの長い黒髪、だぼだぼのワンピース。その手に握られた蓋と一体
のハケは間違いなく二ノ宮が手に入れたそれと一緒で、傍に置かれた小瓶もまた同じく薄ら
と紫のグラデーションを持つそれであった。
 一枚の集合写真が広げられていた。相応に古い。集まって写っているのは皆、小学生ほど
の背格好だろうか。
 彼女はその写真に写る男子・女子、全員の顔を一人一人塗り潰していた。ハケを伝って液
が染み込む。その度に、一人また一人と鮮明に写っていた顔が溶けて無くなる。
「あんたらの所為よ……。ブスだからって、ブスだからって……絶対に許さないッ!」
 彼女の名は一之瀬。
 二ノ宮達の小学校時代の同級生で、当時その容姿から男子だけに留まらず女子からも苛め
られていた女性である。
                                      (了)

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  1. 2014/12/21(日) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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