日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「茫洋」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:犬、猫、悩み】


「……またか」
 玄関先で健介はため息を、半ば諦めを含んだ嘆息をついていた。
 今日の天気は生憎の雨。昼食も済ませた昼下がり。目の前には自分と同じ年頃の、互いを
よく見知った幼馴染の少女が立っている。
「し、仕方ないでしょ。この雨の中、段ボールに捨てられてたこの子を見て見ぬ振りなんて
出来る訳ないじゃない」
 加えてそんな彼女、明美の腕の中には小さな命が抱えられていた。
 仔猫である。雨に打たれ続け桁のだろう、すっかり濡れそぼった仔猫が一匹、彼女の腕の
中で小さく震えていた。
「だからって、その度に俺ん家に連れて来る理由にはならないと思うんだがなぁ」
「なるわよ。此処はうちよりもずーっと広いんだから。この子達のことを考えれば広々と暮
らせる方が幸せに決まってるじゃん」
 ずいっ。そうこの幼馴染は言いながら仔猫を突きつけてくる。
 明らかに不安で潤んだ両の瞳が自分を見ていた。この人間達は誰だろう? 私は一体どう
なってしまうんだろう? 語らずともそんな心境が伝わってくるかのような。
「……。とりあえず、タオル持ってくるから先ずは自分とその子を拭いてやれ。こっちはそ
の間にミルクでも温めとくよ」
「うんっ! ふふ。そう言ってくれると思った。よかったねー?」
 ぱぁっと喜色を浮かべて仔猫に話しかける明美を肩越しに、健介は踵を返して家の奥へと
歩いていった。
 まったく、変わり身の早い……。
 とはいえこの類のパターンは何も今に始まった事ではないのだが。
「ばうっ!」
「ナ~?」
「ハッ、ハッ……!」
 すると、彼らがやって来た。
 犬猫、合わせて十匹。彼らは現在の飼い主である健介の姿を認めると、廊下の向こうから
一斉に駆け寄ってきては纏わり付いてくる。
「ほいほい。飯はまだだぞ。大人しくしてろよ? またお仲間が一人増えるぞ」
 解っているのかいないのか、犬猫達はめいめいに甘えるように鳴いたり尻尾を振ったり。
 そんな同居人(もとい犬アンド猫)を連れる格好で、健介は洗面所に入った。そのまま真
っ直ぐ洗面台横の棚から予備のタオルを二枚取り出すと、再び来た道を戻っていく。
「ほらよ」
「サンキュー」
「……明美。お前も一杯飲んでくか?」
「勿論そのつもりだよー。拾った時の状況も話したいしね。上がるよー? あ、私はココア
がいいな。ほかほかのココア、ミルク多めで」
 わしゃわしゃ。仔猫を拭い自分を拭い、明美は言うが早いか靴を脱ぎ捨て玄関からこの家
の中へと入っていく。幼馴染が故の、勝手知りたる他人の家というやつだ。
「へいへい……。ったく」

 健介には家族がいない。彼が幼い頃、両親ともに列車事故の犠牲となってこの世を去って
しまったからだ。
 そして遺されたのは、生前資産家でもあった父の財産と、この屋敷(いえ)。
 当時幼かった健介には何も分からなかった。両親の急逝という事実をきちんと受け止める
には、あまりにも周りが慌し過ぎた。
 そんな折である。彼に成人するまでの後見人を申し出てくれた人がいる。
 伯母だった。具体的には父の実姉に当たる人物である。
 右も左も分からなかった。だから殆ど持ちかけられるがまま、健介は彼女に遺産の管理を
託すしかなかったのだ。
 だがそれが、どうやら間違いだったと気付いたのは……中学卒業間際まで待つ事になる。
 人伝に聞いた話では、そもそも伯母は弟(ちち)と母の結婚には当初から反対していたら
しい。自分達は資産家一族。なのにその跡取りの嫁がごく普通の──彼女曰く何処の馬の骨
とも知らぬ女。伯母は内心、将来弟が継ぐであろう一族の遺産を彼女に盗られると思ってい
たのだ。
 だから好機とみたのだった。喪った、健介と同じくその哀しみはあっても、彼女を真に突
き動かしたのは他ならぬ憎念だったのだ。
 健介は知っている。遺産を切り崩して生活費として送られてくる金額が、年を経るごとに
少しずつ減ってきているのを。
 横領、なのだと思う。だが健介はずっと黙り込み、気付かぬふりをしている。
 相手が伯母といえ、一介の高校生が辣腕女投資家に何ができようか。そもそもあまり興味
がなかった。あのお金は自分のものじゃない。両親のものだった。伯母に──おそらく他に
も彼女の周囲にいる肉親に疎まれているのなら、あげてしまってもいいやと思っていた。
 失望、なのかもしれない。
 ふと手間が空くと、思考に空きができると、思う。
 居られては困る存在。
 自分は……生まれてくるべきではなかったんじゃないか……?

「──ふぃ~……。温まるぅ~」
 まだ外は雨音が打ち続けている。リビングに対座し、健介は自身もホットココアを片手に
この幼馴染の姿を見遣っていた。
 視線を落とす。隣では先程の仔猫がチロチロと程よく温めたミルクを飲んでいる。やはり
お腹が空いていたのだろう。その周りを犬猫(せんぱい)達が固めているが……自分と明美
が目を光らせていることもあって襲い掛かる、なんて真似はせずに落ち着いている。
 もしかしたら各々自身の過去と重ねているのかもしれない。
 この十匹の──時分によってその数は前後しているが──犬猫達は皆、かつて明美や自分
が市内で拾って来た捨て犬・捨て猫だったのだから。
「……それで? 里親の当てはあるんだろうな?」
「え? まだないよ? これから探すんじゃん。今日はとにかく健介ん家(こっち)に預け
に来ただけ」
 予想はしていたが、健介は黙したまま眉間に皺を寄せていた。カップを握る手が気持ち、
震えるようにして力が込められる。
「ここは保健所じゃないんだぞ……」
「分かってるよお。うちじゃ抱えられる子達には限りがあるから、こうして頼み込んで預か
って貰ってるんじゃない」
「頼み込まれた覚えがないのは気のせいか……?」
 嫌味の一つや二つも言ってみせるが、やはりこの幼馴染には通用してくれないらしい。
 明美はあははと笑い「まぁ細かい事は気にしなさんな」と言う。彼女がココアを飲み干し
に掛かった。健介も黙々と一口、また一口と温かさを喉の奥へと流し込む。
「……」
 切欠は、何だったのだろう? 多分、あの時か。
 両親を失い、心から頼れる親戚もなく、ただこの屋敷(いえ)に取り残されていた自分。
 彼女は子供ながらに、そんな幼馴染を心配してくれたのだろう。ある日一緒に行った公園
に捨てられていた子犬を見つけると、言ったのだ。
『ケンちゃんが飼うといいよ』
 おともだち。そう彼女は言って笑った。
 家族を増やしてあげよう、そんな発想だったのだろうと今は振り返る。
 だが一度失ったものはそう簡単には代替されない。特に伯母の心中を知ってしまって以降
の自分は他人に心を許すことが少なくなった。
 ……だからなのだろう。引き取るようになった。彼女や友人、或いは自分自身で。
 この屋敷(いえ)の──無意味なまでの大きさを利用し、行き場を失った犬や猫を進んで
引き受けるようになった。
 代償行為なのだろう。或いはこんな陰気になった幼馴染をみて、妙にお節介な娘に成長し
てしまった彼女に引き摺られる格好で。
 一緒に探してきた。居場所を失ったペット達の里親を探してきた。時にはすぐに引き取り
手が見つかり、家を出て行った子もいるが、何だかんだで今日の今日まで一緒に暮らしてき
た子も現在の十匹の中には混ざっている。
「あ、こら! それはシズクちゃんのミルクだよ。横から飲んじゃダメー!」
 気付けば明美がソファから身を乗り出してわーわーと騒いでいた。見れば飲み切れないと
仔猫が残したミルクを、他の犬猫達が我先にと割り込んで飲み始めていた。
 シズクって……いつの間に名前を。
 嗚呼、雨に降られていたから「雫」か。
 そんなぼやっとした思考を片隅に置きながら、健介はよいしょと立ち上がった。流石にお
行儀が悪いってものだ。ほらみろ、仔猫──シズクも怯えているじゃないか。
「ばうっ!」
 そんな時だった。我先にとミルク皿に群がる犬猫達の中で、唯一それに加わらない茶色の
老和犬が、さも彼らを窘めるように強く一吠えしたのだ。
「中村さん!」
 明美が言う。それがこの古参メンバー(?)の名前だ。当時の彼女のネーミングセンスを
今一度問い直したい。
 軽く叱ってやろうと思ったが、どうやらその必要性はなかったらしい。中村さんが一吠え
を向けたその直後、他の犬猫達がビクンと畏まったように皿から離れて並んだからだ。
 くんくん。中村さんが彼らに頭を上下させながら近付いていき、ふいっと離れて座ってい
るシズクの方をみる。
 大丈夫か? 嬢ちゃん──そんな渋い台詞が聞こえてきそうだ。実際明美も直後、ばふっ
と彼に抱きつき、これでもかという風に「よーしよーし」と撫でくり回している。
「中村さんはすっかり長老の風格だよねぇ。シズク、このおじさんの言う事、ちゃんと聞く
んだよ?」
「……」
 眺める。彼女と彼らの姿は、他ならぬ飼い主とペット──家族の関係そのものだった。
 静かに顔を顰める。健介自身も実は昔、新しい家族を得られる可能性はあった。
 お向かいさんの篠田家──明美のご両親に、よければうちの子にならないかと何度か誘い
を受けたことがあったのだ。
 しかし、健介は丁重にそれを断ってきた。
 遠慮は勿論ある。今でも家族同然の付き合いと親切を施してくれるおじさんとおばさん、
それと明美には内心感謝してもし切れない。
 でも……違うと健介は思っている。
 別にこの屋敷(いえ)を守らないといけないとか、そうのじゃなくて。
 ただ、怖いのだ。
 もし繰り返したらどうしようと。
 また彼らを失うような悲劇が起きたら、何と詫びればいいのかと。
「……健介」
 だから、一瞬気付けなかった。はたと我に返って視線を上げると、中村さんやシズク、他
の犬猫達に囲まれていた明美がじっとこちらを見ていた。
「無理に抑え込む事、ないんだよ?」
 多分、見透かされていた。何せ無駄に付き合いだけは長くて濃いものだから。
 でも、それでも健介は応えなかった。むしろ苦笑いだけでその場を濁してみせ、犬猫達の
相手は一先ず彼女に任せると、彼は空になったテーブル上のカップ二つを持ってゆっくりと
背を向けてしまう。
「……おかわり、淹れてくるよ」


 だからこそ──思いは状況が許せば一線を越えてしまうのかもしれない。

 その日は穏やかな晴れ間が広がっていた。健介も、学校から帰って来てやり始めたのは部
屋の掃除だった。普段は使っていない屋敷(いえ)の空き部屋。そこを暇を見つけては掃除
し、更に処分できそうなものは処分してしまう。
 伯母に見つかれば逆鱗に触れるだろうか? 私の資産(いえ)だと。
 だからかもしれない。こっそりだが、こうして自分には広過ぎるこの家を弄繰り回すこと
が健介にとっては何時からか、密かな意趣返し(ごらく)にすらなっていたのだろう。
「……中村さん?」
 そう、箒やはたきを片手に空き部屋の一つを整理して回っていた時だった。
 気付けば中村さんが入り込んでいた。あれから一週間、すっかりこの家にも慣れたシズク
を含めた他の犬猫達も集まってきている。
 尤も、それ自体はいつもの事だった。自分一人しかいないからか、はたまたこんな飼い主
でも慕ってくれているのか、気付けば彼らが周りを囲んでまったりのんびり、なんて事は今
や日常の一コマと化している。
「ばうっ! ばうっ!」
 だがこの日ばかりは違った。中村さん以下犬猫達が、部屋の中のある一点を見据えて鳴き
続け始めていたのだから。
「どうしたのさ? 皆揃って」
 箒を箪笥の傍に、はたきを途中の棚の上に放り出し、健介は怪訝にこれを見つめて近寄っ
ていった。見れば彼らがしきりに反応しているのは装飾こそされているが古びた扉。その荷
物積み重なった向こうに在る扉に向かって、何故か彼らは妙に興奮していたのだった。
「ああ……こんな所にも扉があったんだったか。でも確か、あれは立て付けが悪いのか長い
こと開かないって話で──」
 んしょ。それでもあまりに中村さん達が鳴くので、健介はそれまでの作業を放置してこの
周りの荷物を除けてみることにした。
 ……もしかしたら、隣の部屋に誰か泥棒でも忍び込んだのかもしれない。
 あり得ない話ではなかった。何せ無駄に広い屋敷だ。間取り的にも裏手の竹林に面する位
置に扉はある。箪笥に戻って箒を握り直し、気休め程度の武装を整える。
「んっ……! あ~、駄目だ。やっぱり開かな──」
 そんな時だったのだ。意を決してドアノブを回そうとして動かず、やはり何も無いのだと
自分に言い聞かせようとしたその直後、中村さん達が一斉にドアに突進、それまで堅く閉ざ
されていた扉が開け放たれたのだ。
「でっ!?」
 思わず前のめりに倒れる。地面に転がる。犬猫達がぐんっと全力疾走していく。
 埃が舞う筈だった。
 ガラクタの一つや二つ、衝撃で転げ落ちてくるものだとばかり、思っていたのに──。
「……。え?」
 広がっていた。
 隣室だとばかり思っていたその向こうは、草原だったのだ。
 だだっ広い緑の絨毯。遠くに見えるのは森に山々か。
 暫し健介は茫然としていた。あまりに突然のことで頭が真っ白になっていた。
 ……それでも、五感は確かにこれは本物だと狂喜する。
 草の薫り、流れまとう風の感触。
 草原だった。屋敷(うち)の比じゃない。あの家よりもずっとずっと広い空間が、何故か
扉の向こうには広がっていたのだった。
「これ……どうなってんだ……?」
 健介はおずおずと、後ろを振り返ってみた。
 そこには祠が建っていた。
 石造りの、随分と年季の入った祠が一つ。その扉は、引き戸ではなく他でもない先の扉に
なっている。
「──」
 ぱちくりと。暫し健介は祠(扉)と辺り一面に広がる草原を何度も見比べていた。
 夢じゃ……ない? 試しに頬をつねってみるが、ちゃんと痛みはある。
 事実、草原の向こうで犬猫達が走り回っていた。屋敷(いえ)の庭よりも遥かに広い場所
に出られてテンションが上がりまくっているようだ。
 ざく、ざく。程よく堅さを保つ芝の上をぼやっと歩きながら、健介は思った。
 こいつは、とんでもないものを見つけてしまったぞ……。

 それからだ。健介は久しぶりにおおらかに時を過ごす事ができた。
 草の上でごろんと大の字になる。自分達を遮るものは一切なく、空は心地良い青と日の光
が降り注ぐ。
 遠く傾斜の下で、犬猫達が遊んでいた。それを遠目に健介はぼうっと身体を自然のそれに
預けたまま、只々寝転がり続ける。
 何たる開放感。単純でいて、同時にとても難しい答えだったのだ。
 屋敷(あれ)が無ければいい。肉親なんていなくてもいい。
 思えば知らぬ間に、あそこに“いなければいけない”と思い過ぎていたのかもしれない。
心なら両親を失い、血の繋がりある者達に疎まれながらも擦り寄られていた時点であそこに
は無かったのに。
 スゥッと心が楽になるのを感じていた。何者にも、此処なら縛られない。
(逃げたかったんだな……)
 瞳が潤む。それをぐしゅっと袖で拭う。
 嗚呼、そうだな。いっそこっちに住んでしまおうか?
 よく分からないが、土地なら有り余るほどにある。自分はあっちに居なくていいんだ。
 家を建てるなんて、一人で出来るものなんかじゃないけど……。
「──んぅ?」
 どれだけ横になっていたのだろう。目を覚ませば辺りはすっかり茜色と共に沈みゆく色彩
の中にあった。
 ぺろり、舐められている。まだぼーっとする眼に意識を集中させると、どうやら自分の顔
を舐めているのはシズクらしい。
「起こしてくれたのか、ありがとう。そうだな。日も暮れてきたし、一旦家に戻──」
 だがそこで健介は気付いてしまったのだ。……頭数が足りない。
 十匹。今まではそれでよかった。
 だが二度三度と数え直しても結果は変わらない。一番の古株が、中村さんが……いない。
「……っ!」
 跳ね起きていた。健介はその事実を理解した次の瞬間、跳ね起きていた。
 遊び回っていてもそれを放っておいても、この子達は戻ってくるとつい何時ものように思
い込んでいたのだろう。
 だがここは普通じゃない。迂闊だった。見た目は穏やかな草原かもしれないが、その実は
とんでもない魔境だったりするかもしれないのに。
「中村さんを探すぞ! お前らは──そうか。ついて来るか」
 言いかけたが、すぐに観念した。こちらが必死の形相になって走り出そうとしていた時、
シズク以下残る十匹達は皆自分の後に続いて駆け始めていたのだから。
 それからは時間との勝負だった。
 何せ地理なんてものはさっぱり分からない。唯一の目印があるとすればあの小高い草の丘
に建つ祠(でいりぐち)くらいなものだ。
 日が暮れていく。辺りが暗くなる。それまでに探し出さないと。
 草原、ざっと見渡せる場所にその姿はない。ええいままよ。ならばもっと向こう、遠くに
見える森の方へ進むしかないのか。
「……! いた、中村さん!」
 そうして、どれだけこの当てのない大地を駆け抜けただろう。老犬中村さんはいた。祠か
らほぼ真っ直ぐ森を抜けた先に、ぽつんと一人で佇んでいたのである。
「ったく、何してんだよ、中村さん!」
 抱き締めていた。当人(当犬?)は相変わらず貫禄というかふてぶてしい表情(かお)で
こちらを振り返っただけだったが、健介はこの長い付き合いになる“家族”を強く強く抱き
締めていた。
「にゃうん……?」
 シズクがか細く鳴いていた。他の犬猫達も、言葉こそ持たないが何かしら思うところはあ
ったのだろう。
「ばう。ばうばう」
 多分短い返事だったのだと思う。健介の腕の中で、中村さんは応えていた。皆がその立っ
ていた先を見つめている。──濃い霧立ち込める、断崖絶壁だった。
「……。果ては、あるんだな」
 ゆっくりと中村さんから離れ、健介も暫くその場から崖下を見下ろしていた。
 あれだけ果てしないと見えた草原も、いざ足を踏み出してみれば何てことはない。無限な
んて絶対なんて、無かったのだ。
「……」
 ふぅ。健介は大きく安堵の息をつき、そして哀しく自嘲(わら)った。
 犬猫達(かぞく)が各々にこちらを見ている。彼は、改めて数奇な縁で出会ったこのヒト
ならぬ生命達に語りかける。
「さあ。帰ろっか」

「──あ、いたいたー。もう、何処いたのよ? 折角お母さんが健介の分の晩ご飯、作った
から持って来たっていうのにさー? あ、鍵ならいつものように合鍵使ったからね?」
「……」
 普段空き部屋になっていた部屋から健介と犬猫達が出て来て、明美は弾かれるようにそう
つらつらと口上を述べた。
 その手には保温できるタッパー。中に入っているのはシチューだろうか。
「? どったの? 何か凄い疲れてる感じだけど」
「ああ。ちょっと、色々整理を、な」
「……??」
 はは……。力なく苦笑いする健介。そんな幼馴染に、彼女は頭に疑問符を浮かべながら、
彼が今し方出てきた部屋の方をちらっと見遣る。
「明美」
「うん?」
「……ありがとな」
 短く。
 次の瞬間、ただそんな一言だけを掛けられて。
                                      (了)
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  1. 2014/11/17(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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