日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「グレイブヤード」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:剣、墓場、正義】


 その日は、空一面に薄く灰色が塗られていた。
 堅い守りを誇る王都の三重の隔壁。その更に外周に一角に彼は住んでいた。詰め込まれた
ような王都内の家屋らとは違い、街の人工色とグラデーションを描くように散見されていく
浅い緑の中に、ぽつんとその洋館は建っている。
 名をヨハンという。今でこそ皺くちゃの老人だが、かつてはその働きで国難を救った腕利
きの騎士である。
 だがそれは──もう半世紀近くも昔の話。
 彼は現在、当時武功によって与えられたこの屋敷で、一人静かな余生を送っている。
「……」
 何時ものように居間からテラスに出る。
 杖を突き、ゆっくりと、屋敷の周りに広がる庭へ出る。
 静かだった。王都郊外という立地もあるが、それはおそらく……“彼ら”の影響だろう。
 突き刺さっていた。テラスから臨む庭の奥へ奥へと、幾つもの剣がその地面に突き立てら
れていたのだ。
 いや、剣だけではない。
 槍や戦斧、或いは弓といった武器。それらは総じて酷く古びており、風雨に晒されてきた
とみえ、されどさも整列するかのようにずらりと突き立ち、並んでいる。
 墓標のようだった。いや……他ならぬ墓標なのだ。
 使い込まれ、戦塵をたっぷりと浴びたそれら。中には割れたりへしゃげたりした兜がその
柄先に引っ掛けられているものも少なくない。
 ヨハンはゆっくりと、それら古武具の列へと歩いていった。
 さくっ、ざりっ。先細った芝生と剥き出しになっている土の部分。彼が歩みを重ねるに合
わせ、それらが一音一音静かに自己主張をする。
 だが彼は黙していた。既にそんな物音は聞き飽きたとも言わんばかりに無関心で、しかし
目の前に広がる武具の列らには並々ならぬ眼差しを注ぎ、やがて彼はその最前列に立つ。

 ──かつて、この国は戦火に呑まれていた。
 元凶は西にある帝国。かねてより彼の国は陸に海、周辺諸国を武力と執拗な工作活動によ
って侵略し、次々と己が領土へと塗り替えてきた。分かってはいた事だ。その食指はやがて
陸路東進上に在るこの国にも及んだ。
 激しい戦いだった。
 事前に各地の国境の砦は警戒を強めていたが、帝国は既に多くの間諜を国内に送り込んで
いたのだ。
 工作活動。この国が如何に卑しい歴史の上に成り立ってきたか、一方帝国が如何に強大で
正統なるものか。
 実際、歴史を紐解けば必ずしも嘘ではない。
 この国は長らく貴族や彼らと結ぶ特権的な商人が支配権を握り、民の暮らしを改善しよう
という政治など二の次三の次。そもそも建国の起源は、余所の土地で政争に破れた領主らが
その奴隷らを連れて集い、国を建てたというもの。……敵は帝国だけではなく、そんな己の
歴史を揺さ振られ、正義に駆られた活動家達をも含んでいた。
 若き日のヨハンは、そんな戦中に騎士見習いを卒業し、叙勲を受けた新参者だった。
 根っからの貴族でもない。ただ運よく、領主に仕える事を許された(徴発された)健康優
良児の一人であった、それだけだった。
 それでも……彼は願った。この訓練した力で、故郷の家族や友人らを救えるのならと。
 不慣れだった。それでも彼は、鎧に身を包みがしりと盾を構え、剣戟飛び交う戦場で戦っ
て戦って戦い続けた。
『なぁに、単に運が良かっただけだ──』
 翁当人は晩年、そう記者に語っている。
 彼が時に英雄とまで呼ばれたのには理由がある。
 その生存率だ。先の戦争において、彼が出撃した戦いだけは、一度も“敗北”を記録して
いない。
 ある時は友軍らの奮戦。ある時は敵の失策。またある時は、駆けつけた援軍により……。
 翁当人の語る通り、実際彼の参加した戦いはこの国の白星と重なっている。それは先述の
通り偶然なのか、それとも彼の剣術が、ひたすら守りと迎撃に特化したスタイルであった事
に起因しているのか。
 少なくとも、彼とその無数の戦友(とも)らによってやがて戦争は終わる事になる。他な
らぬ帝国が、その版図拡大を危険視した各国連合軍による挟撃により突き崩され、力任せの
侵攻策を採れなくなったからだ。
 ……戦いは、終わった。
 だが騎士ヨハンに残されたのは、名誉以上の虚無感だった。
 死んでいった。仲間達が、上官達が、戦地と化した土地の人々が。
 自分だけが生き残った。悟るには遅過ぎた。
 この盾は、鎧は、他人(だれか)を守る為のものじゃない。他ならぬ自分を守るものだ。
 着込んで、愚直なまでに“守り”続けて……その中身の人一人を、生き延びさせたのだ。

「──」
 墓標代わりの古剣の前で、さっさと十字を切る。
 老ヨハンはこの日も祈っていた。この地に沈んだ多くの犠牲者達に向けて祈った。
 ……そう、代わりである。彼は戦後すぐに一線を退いた後、あることにその残りの人生全
てを擲つと決めたのだ。
 弔い。それこそ終わりの見えない供養。
 帝国との戦争の後、当然多くの犠牲者が出た。国は少なからぬ要員を動かし、その全容把
握に務めた。
 だが、それでも分からぬ者がいる。
 戦場で戦った兵ならばまだ知る者がいよう。しかし名も知れぬ地方のいち民草では、彼ら
を知る同胞が同じ戦火で逝ってしまっては、分からぬではないか。
 故に、その膨大な無名に押し潰されそうになった彼は、決意する事になる。
 引き受けよう。無縁となった、引き取り手の現れぬ者達の魂を、自分が弔い続けよう。
 幸い埋葬場所には困らなかった。
 この、王都郊外の屋敷である。彼は戦後何度となく行われた遺骨調査に、その得た地位を
最大限活かして同行し、調べ尽くしても尚見つからないその無縁の者達の亡骸ないし遺品を
持ち帰っては仮の墓を立てたのだ。
 始めは、騎士。兵卒。墓標の代わりに生前握っていたその得物が使われた。
 次第に、民草。元より身元を保証する者がいなかった者達。簡易な木の墓や、生前所持し
ていた物品をその飾りとして用いた。
 ずらり。そうして並びに並んだ人々の墓。気付けば今やその数は広々としていた筈の庭を
埋め尽くし、その半分以上を占める程になった。
「……すまんのう。一人一人、手を合わせる事もできんなって……」
 彼は誰も居ぬそこで呟いていた。
 あまりに老いたのである。かつては毎日、墓標の一つ一つに手を合わせて回るのが日課と
なっていたが、これだけ数が増え、自身の衰えが顕著になってくるとそれも現実的に不可能
になっていった。故に仕方なく、ここ十年ほどはこうして最前列中央──初めてこの場所に
弔った孤児院出の戦友のそれに手を合わせることで代表としている。
(潮時、なのかの……)
 鈍い曇天の下、元騎士・ヨハンは静かに天を仰ぐ。
 かつてはこの屋敷も多くの声が聞こえる場所だった。だがそれを破り捨ててきたのは……
他ならぬ自分である。
 教えを請う若者達がいた。盾の英雄と呼ばれた貴方のような、立派な騎士になりたいと。
 自分は言った。弟子は取らない。戦うことに嬉々とするな。戦わず済むことを尊べと。
 次第に訪れる若者達はいなくなった。軟弱者。英雄という名に失望した彼らの、そんな陰
口も何度か又聞きした記憶がある。
 官職を勧めてくる貴族もいた。折角の爵位だ。共にこの国を盛り立てようぞと。
 だが全て断った。自分に出来るのは剣を振るう──盾を構える事だけで政(まつりごと)
を理解するような学は持ち合わせていない。おそらくは政治の道具にしようと目論んでいた
のだろう。だからこそ丁重に辞退した。……中には大層気分を悪くし、散々「税金泥棒」と
罵り帰って行った御仁もいた。
 使用人も、減らさざるを得なかった。
 最初こそにわかに与えられた地位と設備を回す為に仕方なしと雇っていったのだが、心の
中にあるのはいつもあの戦いで逝った者達への償いだった。遺骨・遺品の引き取りには地位
以外にも先立つものが要ったし、そうなると必然、ポッと出の爵位持ちの懐は寒くなる一方
である。
 故に頭を下げ、解雇していかざるを得なかった。
 年上の執事は深々と頭を下げ返してきた。女中達は苦笑していた。一人、また一人と屋敷
には他人がいなくなった。……何てことはない。ずっと以前の自分に戻っただけだ。
「……」
 それでも、この胸奥に大きく空いた虚無という穴は塞がらない。むしろ歳月と共に大きく
なってきたのではないかとすら思う。
 その度に、彼は自身に言い聞かせた。宥めた。
 いけない。この気持ちは、甘えだ。
 とうに途中で気付いていた筈だ。こんな事をしている自分は、逸脱者だと。それでも罪の
意識に苛まれ──酔い、全てを棄てて此処にいる。
 確かにこの国は平和になった。あの頃よりずっと、恵まれているとは思う。
 それでも何故だろう? にも拘わらず尚、満ち足りないという想いが強いのは。
 怒り、なのだろうか?
 変容していく社会。忘れられていく犠牲者達(ひとびと)。
 そんな時の流れについていけない、己の嫉妬に過ぎないのかもしれないが、彼らはあまり
にも“現在(いま)”に対して、その足元の堆積に対して疑問を持たなさ過ぎる。目を閉じ
て俯き、口を噤み過ぎる──。
「失礼」
 ちょうど、そんな時だったのだ。
 幾度目とも知れぬ己の中の沸々とした黒い滾りに気付き、眉根を寄せてそれを押し殺しに
掛かっている中、ヨハンはふと路地から庭へと入ってくる官憲らしき者達を認めた。
 ハッと振り返って目を凝らす。
 黒を基調とした軍服に、王冠を護るように翼を広げる鷲の紋章。
 憲兵だ。被る帽子と腕章に刺繍された金色のそれを見て、ヨハンは何か良からぬことが起
きると悟り、杖を基点に居住まいを正す。
「サラスヴィー卿ヨハン殿で間違いありませんな?」
「ああ、そうじゃが。何か御用かの? 憲兵隊の皆さん」
「……本部までご同行願います。貴方には今、内患罪の容疑が掛かっている」
 何、じゃと……? ヨハンは思わず目を丸くした。
 要するにそれは国家叛逆と同義だ。目の前の彼らは「誠に残念ですが」と小さく付け加え
ているが、腰にサーベルも下がっているし、下手に抵抗すれば斬り捨ててくることも充分に
あり得るだろう。
「……何故、儂が?」
「報告がありましてね。貴方は長年、多くの武器を集めてきたそうで。まさかこうして庭先
に並べているとは思いもしませんでしたが」
 ヨハンはゆっくりと首を横に振った。
 武器を集めている? 反逆罪──反乱の類でも起こす為に? 違う。これは全てあの戦争
で逝った者達の代わりだ。弔いの印だ。大体、当時の引き取りは全て国軍から許可を貰った
上で行った筈……。
『──』
 だが彼は見てしまったのだ。ひそひそと憲兵達の後ろ、庭の垣根の向こう側で、見知った
この辺りの住人達が悪意ある眼でこちらを覗いているさまを。
(まさ、か)
 元騎士は予測した。内患罪というのは、方便か。
 嗚呼、そういう事か。他人の家の事とはいえ、庭先に無数の武器を突き立て、毎日祈って
いるような老人を、彼らは疎ましい以外の感情ではみていなかったということなのか。それ
を今日、よりにもよって憲兵まで動かして排除しようと。
「……王国に叛逆する意図などない。これは全て、五十年前の戦争で亡くなった者達の形見
じゃ。私的ではあるが、引き取り手のなくなった彼らを、儂はずっと弔ってきた」
 一応、嘘偽りなく弁明してみる。
 だが憲兵達(かれら)はきっと耳を貸さないのだろう。
 彼らが動いた、領民からの訴えを素直に聞いたとは思えない。十中八九、権力の中で何か
しらそうせよという意図が働いた筈だ。
 ……自分の、排除か。
 随分と気の長い意趣返しだなとヨハンは思った。確かに自分は傍から見れば奇異なことを
続けてはいるだろう。だがそれを権力で以って目に見えなくさせようとは……何ともはや。
 盾の騎士ヨハンは、もう要らないという事なのだろうか。
 時代はひたすら前へ前へと流れていく。国もその向きに逆らわず、今とこれからの繁栄を
目指そうとしているのに、なまじ英雄と言われた人間がその意思に逆行していては、人々に
示しがつかないと、大方そんな感じなのだろうか。
「話は、本部で聞きます」
「どうかご自愛を。盾の英雄殿」
「……」
 そしてやはり、憲兵達は言って彼を取り囲んできた。
 ヨハンは逆らわない。成されるがままに両手を取られる。
 そもそも一線を退いて何十年経っているというのだ。老いも極まり、墓標代わりのそれら
は始めから選択肢に無い以上、得物の持ち合わせもない。
 スッ。目を逸らされていた。
 垣根の向こうで、遠巻きに様子を見ていた幾つかの人々の集団が、彼が視線を遣った瞬間
にあからさまにその眼を逸らしていた。
 ──早く行ってくれ。もういい。
 ──そんな不気味な爺さん、さっさと始末してくれよ。
「ご同行願いますか。ヨハン殿」
「……。仕方あるまい、か」
 そうして、老いた一人の元騎士と、現在の憲兵らは歩き出す。
 静かに、ゆっくり。
 きっと彼らの“正しさ”は交わらない。
                                      (了)

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  1. 2014/11/03(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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