日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「井戸端怪議」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:井戸、陰、時流】


 夜。人っ子一人の気配すらない雑木林がそこに在る。
 闇。辺りには遠く不気味な鴉の鳴き声や草木を擦る音だけが時折こだまし、運悪く立ち入
った人間達を怯えさせるだろう。
 そこに……一つ、小さな古井戸があった。
 雑木林の中、気持ち開けた枯れ茂みの中に、ぽつねんと風化の進む石組みの筒が地下深く
へと貫かれている。
 だから誰も知らないだろう。知ろうとも思わないだろう。
 実は此処は、夜な夜な“彼ら”で溢れ返っているのだという事を──。


「おーい、貞子ぅ。もっと酒持って来て~」
「こっちも軟骨おかわりですよ。早くするのです」
「は、はい~……」
 古井戸の底。
 常人では先ず辿り着けないその奥底を横に抉り入った所に、人間(ひと)知れず営業して
いる居酒屋がある。
 店名をスナックやまむら。貴方もきっと知っているであろう、ある人物がひょんな事から
店主(ママ)として忙しなく動き回る飲み屋である。
 カウンター席では今や常連の、長い黒髪と赤いスーツの女性と、同じく黒いボブヘアの小
柄な女性が隣り合って座り、だいぶ出来上がりながら次の酒を肴を要求している。
「はい、どうぞ。でも口裂先輩、御手洗先輩? そろそろ、ブレーキ掛けた方が……」
「だまらっしゃい! 今日は飲みたい日なの~」
「ていうか店主が客に帰るように諭してどうすんのさ」
 あはは。この店の主──貞子は苦笑(わら)った。
 飲み屋のママ、と言うには如何せん地味なローブ地のオフホワイト。腰に届くほど伸びに
伸びた黒髪。そのはにかむ表情はそんな外見によって大半が隠されており、覗くのはとろん
とした左眼だけである。
 
 ──お気付きだろうか?
 そう、此処はとある属性に類する者のみが訪れる事を許される場所。
 古くは百鬼夜行、俗に妖怪・幽霊の類。現代風に言えば「都市伝説」に登場する者達。
 ここは今や数少ない、そんな彼ら妖(アヤカシ)達の憩いの場なのだ……。

「つーかさぁ、貞子」
 ひっく。すっかり酔った赤い顔で、長髪の女性客──口裂け女は言う。
「あんた、昔と比べて随分丸くなったじゃない? あんだけ怖がられてたのに、今じゃ一部
の物好き達に“嫁”なんて呼ばれてさ?」
「あはは……。そう、みたいですねぇ」
「萌え化、だっけ。いやまぁ、この国の人間は昔っからそうだけどさあ……オカシイわ。頭
ん中色々と」
 貞子──かつて見れば一週間以内に死ぬ呪いのビデオの張本人として語られ、一躍人々に
怖れられた存在。そんな彼女も、今ではこうして古井戸の底で同胞らに飲食を提供する女将
という立ち位置に落ち着いている。
 口裂け女に続き、遠い目で言ったのは御手洗だ。
 通称・トイレの花子さん。オカルトの鉄板と言われた彼女だが、こちらも今や活躍の場を
失い、とうに幼女の姿を捨てて歳相応のそれへと変化を遂げている。
「いいじゃんよー。俺は今のママ、好きだぜ?」
「俺もー」「おいらもー」
「五月蝿い野郎ども! あんたらにはアヤカシの誇りってもんはないのかっ!?」
 だが、それでもアヤカシとて十人十色という奴で。
 そしてそんな彼女らの会話に、頼んでもいないのに外野が混ざってくる。
 店内のテーブル席で各々に飲んでいる、その他大勢のアヤカシ達(大抵はオッサン)だ。
 小鬼から唐傘お化け、ぬりかべ──辛うじて人の姿に近い者もいれば、逆に何処をどう見
ても人外でしかない者達まで。
 それでも皆共通しているのは、酒に料理に舌鼓を打ってすっかり陽気に出来上がっている
さまだろう。
 口裂け女がくわっと、彼らに手厳しくツッコミを入れていた。その隣で、花子は軟骨唐揚
げと焼き豆腐を交互に食べながら、ちびちびとビールを喉に通している。
「まったく……。そりゃあ今日び、妖(あたしら)が大手を振るえる環境は減る一方だけど
さぁ。悔しいじゃない。使い捨てに、されたままなんて」
 だからこそ、次にぷいっと不貞腐れて大きな口にチュウハイを流し込む彼女に、場の一同
は思わず黙り込んだ。カウンターの中の貞子もフッと、その長髪に隠れた瞼を伏せる。
「そうですね……」
 ここにいる誰もがそうだろう。アヤカシとは、その実とても危うい力学の上に存在してい
る者達と言える。
 アヤカシ、古風に怪異とは、かつて人々の日常そのものだった。
 神話、伝承、口伝、民間信仰──かつて人間達は世界を知らなかった。故に未知なるもの
を“素直”に畏れたし、時には神格まで見出して敬った。
 アヤカシとは、世界そのものだった……筈なのである。
 しかし時代が下るにつれ、人間達は学んだ。科学技術という知恵を得た。
 始めこそそれはお粗末なものだったが、一度貪欲になった彼らのパワーは良くも悪くも凄
まじいのである。世界は“脱魔術化”された。かつては神々の、アヤカシの仕業とされてい
た少なからぬ事象が、科学という物差しで定義し直された。これは……非常に大きな、彼女
達にとって由々しき変化である。
 アヤカシとは、本来は存在しない。神は人々の上にいるのではなく、人々の中こそに存在
するのと同じように。
 ある種の共存関係だった筈だ。
 未知の世界がある。古来人々はそれらを自分達アヤカシ──神性・魔性或いは霊性の営み
と捉えてきた。だからこそ、自分達はこの世界に在ることを許された。
 だが、それも随分とアンバランスになってしまった。言うなれば科学という新しい信仰に
よって自分達の拠り代が失われているのだ。
 それは、現在も確実に進行形。
 彼女達は知っている。お互いに知っている。
 以前はここに通っていた客も、一人また一人といなくなってきた。気付けばこの世界から
抹消され(きえ)てしまっていた。
 その度、泣いた。同胞(なかま)の死を嘆いた。
 だからこそという面もある。飲みたかった。それこそ人間達と同じように、宴に身を委ね
ることで、募る悲しみを解きたかった。多分先に逝った彼らに手向けたいのだと思う。
「……クッチー。その話題はNG」
「ぁ。そ、そうね……。ごめんなさい」
 淡々と次のジョッキを空にして、花子が言った。口裂け女がにわかにどんよりとしてしま
った場の雰囲気に遅れて気付き、片手を立てて平謝りする。
 貞子は静かに微笑(わら)い掛け、ぬるま湯のお茶を一杯用意してあげた。口裂け女が、
んくんくとばつの悪さを掃うように一気飲みするのをただ黙して見守る。
(私も、いつか消えちゃうのかしら……?)
 一応常連さんの多くのように、自分はアヤカシの中では新参組だ。口裂先輩も御手洗先輩
もその括りでは似た部類だが、はたして人間の言霊とはどれだけ長持ちするものか。
 そもそも、現在(いま)の時の流れが……早過ぎる。
 例えば、自分は呪いのビデオというツールを介して畏れを為す。
 だが今のご時世、もうビデオテープ自体が遺物と化してしまっていると言っていい。近年
ではDVDや携帯端末などから這い出るなんて上書きをしてくれる語り部さんもいるが……
やはり初出のそれから逸れていく事には変わりない。むしろ妙に近代的なったと、かつての
自分を知る人達からは舐められてはいやしまいか?
 口裂先輩だってそう。本人曰くただ口が大きく裂けているだけで、刃物を持っているだけ
で、むしろ単純な恐ろしさで言えば俗世の罪人の方がよっぽど(より現実的で)恐ろしくな
ってしまったそうだ。
 御手洗先輩も、口裂先輩ほどあからさまにではないが、嘆く。
 綺麗過ぎるのだそうだ。現在(いま)のトイレは真っ白で明るくて、怪異を顕すには何か
と不都合になった、やり難くなったのだと。そもそも整った環境が「普通」になってしまっ
たから、トイレというだけで怖がってくれる子供も今や珍しい。
 彼女達が荒れるのも仕方ないのだ。
 何より二人は、自分以上に、この消滅(ふあん)とも闘い続けてきた筈で……。
「……ま、まぁ」
「しんみりした話はここでは止そうや。な?」
「そうそう。それにほら、最近はまたアヤカシをアヤカシとして見てくれる流れになってる
だろう? 人間達の、てれびじょんの」
「ああ。ええっと確か……妖怪○ォッチ?」
「そうそう、それそれ」
「何だかんだでこの国の人間って好きだからねぇ。俺達のこと」
「大丈夫さ。彼らに“語られる”限り、僕達は絶滅し(きえさり)はしないよ」
 だが、そんな時だったのだ。
 あはは。つい暗くなってしまった雰囲気を変えようとテーブルの常連達がそう俗世の流行
りを持ち出した時、ちょうどタイミングが悪くとある御仁が訪れたのである。
「──ふん。阿呆どもが。あれも所詮、人間達(やつら)の娯楽よ」
 カツン。杖を突き、店の暖簾を潜ったその身体。刹那、店内に伝染する規格外の威圧感。
「お……」
「ぬ、ぬらの御大将!?」
 肥大化した脳味噌と皺くちゃの顔。紫紺の羽織りに年老いても尚衰えぬその眼光。
 ぬらりひょん。
 アヤカシ達の中でも古参も古参、名高きこの国トップクラスの妖怪の一人だ。
「山村。いつもの」
「あ、はっ、はい! き、キープのを……」
 牛鬼に天狗、供の大妖を何人か連れ、ぬらりひょんは口裂け女・花子の座る席を通り過ぎ
たL字カウンターの奥へと座った。ぱたぱた。貞子は久しぶりに来たお得意様につい恐縮し
ていたものの、すぐに棚の中に保管してあった彼用の高級日本酒の瓶を取り出す。
「……アヤカシとは畏れられて何ぼの存在じゃろう。なのに取り上げられたとぬか喜びをす
るでない。第一、新しく伝承された所で今の時代、どれだけ人間達の中で息づく? 新たに
怪異(どうほう)として顕現するまで語れ続ける余力が彼奴らにあるか? ……一度消えて
しもうた者は、もう二度と戻っては来ぬ」
『……』
 ぐうの音も出ない正論だった。先輩二人も、他の客達も──店内にいた全てのアヤカシ達
が皆何一つ言い返せないまま押し黙った。
 ど、どうぞ。貞子が黒光りするその酒瓶から酌をし、彼の杯を満たす。
 くいっと。彼は一口二口それを飲んだ。
 記憶が正しければかなり強い酒だった筈だ。だが彼は微塵も頬を赤らませることはない。
「……だがまぁ、ここで諭したとて無粋なだけよの。現に上手い筈の酒も、味が鈍って感じ
られるわ」
 何人かが、その言葉にぱちくりと目を瞬いていた。
 尤も下手に話しかけては何を言われるか……。彼らは互いに顔を見合わせ、手にしていた
杯や料理もそこそこに、黙しては惑う。
「……お前達」
「は、はい!」「な、何でございましょう?」
「侘びだ。この場は儂が勘定をもつ。好きに飲め」
 だからこそ次の瞬間、背を向けたまま彼がそう宣言した直後、皆は一挙に舞い上がった。
「うおお! マジっすか!?」
「よく分かんねぇけど……ラッキー!」
「よっ! 流石は御大将!」
 調子の良さだけは一級品である。にわかに店内の空気が湿っぽさを吹き飛ばすが如くにな
った。正直、騒々しい。だけども皆は──等しくその身は人外なりとも嬉々として、再びお
互いの杯をぶつけては祝いとする。
 この夜の幸運を。
 この身がまだ消えぬ幸いを。
 そしておそらく、互いに言わぬだけで、先に消えてしまった者達にみせてやる心意気を。
「……宜しいんですか?」
「漢に二言はない。お前らも飲め。突っ立ってるままじゃ退屈だろう」
 へい。主に許され、供のアヤカシ達も周囲の席に着き始めた。それでも庶民的な色が濃い
今宵の場は不慣れなのか、品書きを眺めながら眉間に寄ったその皺は暫く消えそうにない。
「ヒトと……アヤカシ。ふっ。儂も随分と旧くなって(としをくって)しまったの」
 ちびちび。
 そしてこの大妖のお得意様は、二度目三度目と貞子から酌を受けた。肴をつまんだ。
「──」
 人ならざるもの達。
 だがその相好を崩したさまは、その実かつて彼らを生み出した者達の一面(それ)と何ら
変わらないのかもしれない。
                                      (了)

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  1. 2014/11/01(土) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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