日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「華精」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:花、神様、殺戮】


 故郷の町(あそこ)には、森があった。
 何の変哲もない小さな山だった。当時ちょうど自宅の裏手から行けたため、裏山。まだ幼
かった僕は、同年の子供達と一緒に遊ぶよりも、気付けば事ある毎にあの森に入り浸ってい
たと記憶している。
 神秘的だった。
 そう言ってしまえば陳腐だけど、間違いなくあそこは外界とは一線を画した秘密の場所で
あったと思う。
 咲き誇っていた。
 一度足を踏み入れていると、そこは急に濃度を増した満面の緑。何よりその色を下地にす
るように、季節折々の花々が何者にも邪魔されず、しかし静かにひっそりと咲き誇っては無
数の色彩を形作る。
 そびえていた。
 そんな何処か浮世離れしたような空間の奥、中央に、一本の巨木が佇んでいた。
 桜の樹だった。
 一体樹齢何年になるだろう? いや、数百年或いは千年近いかもしれない。
 ともあれ、僕はいつも、あの森に訪れる時には期待していたものだ。
『あら……? ふふ。また来ちゃったのね』
 その根本にいつも佇んでいる、一人の女性と会うのを。
 彼女は美しかった。淡い紅白の着物に身を包み、ふわふわの長い髪をなびかせる。
 桜のようだった。その色は、鼻を通っていく香りは、まさしく桜色で。桜の香りで。
 切欠は、その記憶は、今となっては曖昧だ。
 多分何となく──今思えば、自分はその実初めから惹き付けられて──この山を踏み入っ
てみて見つけた豊かな森。人間のいない森。僕はきっと、癒されていた。
 今でも似たようなものだけど、あの頃から自分は他人(まわり)と上手くいっていなかっ
たから。五月蝿かった。あの時はまだよく解っていなかったけど、人間がたくさんいる場所
に居心地の悪さを感じていて……。
『本当は、ちゃんとお家に帰してあげなきゃいけないんだけど……』
 お姉さん──桜のお姉さんは会う度、そんな表情(かお)をしていた。呟いていた。
 あれは複雑な感情だったのだろうかと今は思う。記憶はだいぶ、自分の意思とは無関係に
風化していくばかりだけど。
 嬉しそうだった。でも哀しそうだった。
 他人に会えて嬉しい。だけどそれはいけないこと……。さもそんな風に思っていたかのよ
うな、微笑みながらも困った表情(かお)。
 それでも、幼い僕は楽しかった。お姉さんと辺り一面に広がる草花たち。彼女達に見守ら
れて遊ぶ、身を心を休める、その一時がとても穏やかだった。
 静かに淡い輝きを放つの草花(みんな)に癒されたり、お手玉やあや取り、お姉さんと遊
んだりその膝枕で眠ったり。
 憩いの場、以上のものに、気付けばなっていたと思う。
 学校。自宅。クラスメートなり先生達なり、家族だったり。
 この場所に来れば来るほど、皆遠い存在になっていく気がした。ここがむしろ自分の場所
だとさえ強く思うようになった。
 やっぱり、五月蝿い。
 相対すると、いつも彼らからは眩暈がするような雑音が響いてきた。多くの場合、言語に
すらなっていないような、只々耳障りと感じるだけのもの。
 それに比べて、この森は穏やかだ。落ち着く。
 ここに来れば、ぴたりと止んだ。耳にこびり付いてくるあの雑音が綺麗さっぱり抜けて、
只々しんと水を落としたように静かなセカイが広がっていく。
『……エイタロー。貴方にはお礼を言わなくちゃいけないわね』
 膝枕の只中、お姉さんはまどろむあの頃の僕に意識に語りかける。
 フッと苦笑(わら)う。貴方が来るまで、ここには私以外の“ヒト”はいなかったから。
 よく解っていなかったと思う。寂しい……の? こんなに“皆”が周りにはいるのに。
 そうね。彼女は言った。そっと潤んだ唇から吐息が漏れる。ゆっくりゆっくりと、幼かっ
た僕の髪を撫でながら彼女は言う。
『ありがとう。そしてごめんなさい。このままじゃ、きっと貴方は──』

 だが安息の場所は永遠ではなかった。彼女の静かな憂いは、やがて現実になった。
 まるで懺悔のような一言の中、いつものようにまどろみに落ちていった自分。
 そんな幼い身体が両親の制止を振り切り、自宅を飛び出したのはそれから一月ほどが経と
うとしていた頃だったと記憶している。
 開発計画が持ち上がった。
 あの山が、切り崩されるのだという。
 僕は走った。顔を真っ青にして、足をもつれさせながらもに走った。
 大人達(あいつら)は何を考えてるんだ!?
 あの森(あそこ)には、お姉さんがいるんだぞ? 僕達の、大事な場所なんだぞ……?
『ん? おい、君。駄目じゃないか。ここからは関係者以外──』
 後から知ったことだが、どうやら開発計画の話自体を、両親はギリギリまで隠そうとして
いたらしい。
 思えば仕方のない態度だったか。何せ我が子が学校にも地域にも馴染めず、ほぼ毎日のよ
うに裏山へ一人遊びに出掛けてしまうのだから。
 勿論、お姉さんや花咲き乱れる秘密の森のことは知らなかったが、それでも開発計画は彼
らにとっても好都合だったのだろう。これで息子を引き剥がせれば──そんな具合に。
『あっ。ま、待ちなさい!』
『おい機械止めろ! そっちに子供が入り込んだ!』
 ゴゥンゴゥン。酷く五月蝿い重機達が、ヘルメットを被った大人達に操られて山の土を緑
を抉り始めている。
 僕は駆け抜けようとした。最初やんわりと制止してくる彼らには耳も貸さず、ただあの森
を目指した。お姉さん達に、危険が迫っていると報せたかった。
『──っとぉ。おいおい、いけない子だなあ。おじさん達を困らせちゃあ……』
 だけどいざ本気を出した、何人もの大人達に敵う筈もなく。
 僕は程なくして包囲され、捕まった。
 は、離せぇ! 急いでるんだっ!
 じたばたともがく少年(ぼく)の身体を羽交い絞めにして宙に持ち上げ、侵入して来た雑
多なバリケードの向こうに持っていこうとする。
『っ!』
『痛ッ!? こ、こいつ、噛み……!』
 それでも。僕はこの大人の手に思いっ切り噛み付き、その拘束から何とか抜け出た。
 途端露わになる彼らの本性。子供を舐め切った怒りの表情。
 でも僕は逃げた。構っている暇なんてない。
 がむしゃらに走った。真っ直ぐ山に入るんじゃ、また捕まってしまう。半ば咄嗟の判断で
獣道へ雑木林へと入り、迂回しながらでもお姉さん達の所へ。
『こっちよ。エイタロー』
 そうしていると、その彼女の方から姿を見せた。
 雑木林の木陰から密かに呼び寄せるように。僕は驚いたものだ。よくよく考えてみれば、
あの森以外で彼女と会った事なんてなかったのだから。
 探し回る大人達の姿を掻い潜り、僕は彼女の後をついていった。
 勿論、向かったその先は──あの森。だけどその時にはもう、いつもの静けさは随分と邪
魔をされていたと記憶している。
 ゴゥンゴゥン、ガリガリッ。遠くで山肌を削る重機の音がこだましていた。開発の詳しい
部分までは知らないが、やはり此処も彼らに壊されてしまうのだろうか。
『……危ない目に遭ったわね。大丈夫だった?』
 あの大きな桜の下で。彼女は言った。
 ほんの少年。僕はコクと頷く。尚も沸々と怒りだけが胸奥にあった。
 自分はどうでもいい。でもここだけは、お姉さんだけには、手を出させるもんか。
 何を気取ったのだろう。この義憤か、それとも僕の未来だったのか。
 彼女は苦笑(わら)っていた。諦めを多分に含んだ、哀しい顔だった。
『もう、ここはお終いよ。彼らは山を丸々削って、工場を建てるつもりだから』
 金槌で頭を打たれた心地だった。難しい話もあって全部とはいかなかったが、少なくとも
この秘密の場所が壊されてしまうことだけは解った。
『や、嫌だよ。そんな……』
『……』
 そしてようやく搾り出せたのは、そんな言葉。ふいっと風が吹き、尚も咲いたままの桜の
樹と共に彼女の髪がはためく。
『ごめんね』
 それでも、彼女は、桜のお姉さんは反論しない。ただそっとこの小さな子供と同じ目線に
屈んではその頭を撫で、きゅっと抱き締めてくれる。
 温かかった。いい香りがした。だけど……哀しみもいっぱい伝わって来た。
『今まで、ありがとう』
 ぱくぱく。止めて。言いたくても言えない。胸に埋もれていた事もあったけど、きっとそ
れだけじゃないと思う。
『……』
 するとどうだろう。桜のお姉さんは次の瞬間そっと僕を離し、立ち上がった。そっと踵を
返して桜の巨木を見上げると、そっと両の掌を重ねて、はらりと散っているその花弁の幾つ
かを手中に収める。
『ぁ──』
 刹那、変じていた。彼女の掌の中で、花弁らが静かに輝き、気付けば花弁そのままの形を
した綺麗なブローチに為っていたのだった。
 僕は思わず言葉を失う。
 分かっていなかった訳じゃない。だけどやっぱり、本当にお姉さんは──。
『エイタロー』
 そして彼女は再び振り向いた。同時にそっと、このブローチを幼い僕の掌に乗せて来る。
 はらり。涙が頬を伝っていた。解ってしまっていた。
 餞別。もう会えないんだと。ここで、この静かで豊かな森で。
 顔を上げた。お姉さんも、微笑みを繕いながらも哀しそうだった。そっと僕の手に自身の
手を重ねながら言う。
『貴方は、生きて。……人間として』


「──ごめんよ。また君達を守れなかった」
 自身の無力さを痛感する度、栄太郎はあの日の事を思い出す。
 あの秘密の森で出会った桜のお姉さん、自分を癒してくれた色とりどりの草花達。自分は
何も出来なかった。開発の波に呑まれ失われゆくあの場所を、たとえ幼く何の力も無かった
とはいえ、ただ両親に羽交い絞めにされながら遠巻きに見つめるしかなかった。
(気に病むことはない。こうしてちゃんと自分達の声を聞いてくれる人間がいるって分かっ
ただけで、充分さ)
(それに貴方は私達の種子(たね)も受け取ってくれた。ちゃんと子供達も生まれてくる。
思い残すことはないよ)
「……うん。ちゃんと、新しい緑化地区に撒かせてもらうから」
 そんな彼は語りかけている。会話が、成立している。
 目の前には小さな草花や、木々が在った。
 長く人の手が入らなくなって放置された空き地。だがここも、再来月には人間達の為の高
層マンションがそそり立つ灰色の地面に変わる。
 両手には細かい粒──この草花たちの種子を詰めた幾つかの小瓶と、首から下げられた小
さな御守袋。その中身は……あの日彼女から託された桜花型のブローチだ。

 あれから十年近く。現在、栄太郎は故郷を離れたこの街で、環境局なる公的部署の職員を
している。主な仕事は開発に呑まれる自然の調査と保護だ。
 尤も、その肩書きとは名ばかりで、未だ権限も部署自体もあまり大きくないのだが……。
『栄太郎……』
「仕方ないよ。僕に出来ることは、現状、これが限界だ」
 ふわり。あの頃に比べてすっかり薄く半透明になってしまった彼女──桜のお姉さんが彼
の背後中空に浮かんでいる。
 名を呼ぶ。眉が下がっていた。それでも栄太郎は、改めて言い聞かせるように呟く。
 助けたかった。確かに今この部署で働くようになったのは、あの時の哀しみを繰り返した
くなかったからだ。いつも人間の都合で殺(こわ)されていく、草花達(かれら)を救いた
かったからだ。
 だけど……現実はそう甘くなんてなくて。出来る事はただ、コンクリ一辺倒に変わる事を
緩めること、草花達(かれら)やその種子(こども)を新天地に届けることくらいだ。何も
大きく変わりはしない。
 人間は自然を征服する。昔も今も、ずっと。
 だから、少々他人と違うだけの地味な人間一人では……この世界は、変えられない。

「おーい。支倉」
 そんな時だった。背後の向こう側から、聞き馴染んだ面々の声がした。
 栄太郎は振り返る。そこには各々スコップを装備し、様々な種類の植木鉢を載せた貨物車
の前で陣取る課長以下、環境局の仲間達の姿があった。
「先に話しててくれたんだな。どうだ? 彼らに承諾は貰えそうか?」
「……はい。ついさっき、種子(たね)もこうして」
 皆がばらけつつ近付いて来る。栄太郎は両手の指に挟んだ先の小瓶らを見せ、どもりなが
らも答えていた。
 そうか。なら準備はオッケーだな。課長のニカッとした笑いが心を解す。
 ……思えば、色んな事があった。なまじ“聞こえて”しまう所為で、昔は出会う他人出会
う他人とトラブルになってしまったものだ。こちらが避けて通れば、関わらないようにすれ
ば何とかなる場合もなくはなかったが、自然それは自ら爪弾き者になることを意味する。
 故に荒れた時期もあった。
 でもそんな最中に自分を見出し、その能力(ちから)と彼女らの存在を認めてくれた先輩
がいる。目の前の、課長だ。本当に……今も感謝してもし切れない。
「んじゃ尾瀬、熊野。線引きやってくれ。吉川、今回の土建屋連中には」
「はい。通達してあります。ちょうど二ヵ月半。彼らは手を出せない筈ですよ」
 ういッス! 翠色の非常線を周囲に張り巡らせに駆けて行く部下達と併せ、課長は秘書的
ポジションの女性にそう確認を取る。
 栄太郎も、手にしていた小瓶をこの彼女に預けた。ご苦労様。そう労いの言葉が返ってき
て、それらは彼女が肩に引っ掛けている頑丈なケース型の鞄に収められる。
「よーし、早速始めるか。工事(むこうさん)は止めた以上は待ってくれねぇぞ。見積もり
通り、期間中に済ませるぜ」
『はいっ!』
 スコップを肩に担ぎ、皆に号令する課長。栄太郎と、傍らに浮かぶ桜の彼女も一緒だ。
 即ちミッション。この土地に棲む草花や木々達を、事前に自分達でサルベージする。そし
て後日、別に確保した緑化地区に植え直すのだ。
『頑張ろうね? 栄太郎』
「うん。勿論」
 先輩(かちょう)達以下、仲間達がスコップ片手に四方へ散開していく。
 ふわり。後ろからそうそっと優しく抱き締めてくれる彼女に答え、栄太郎もまた貨物車に
積まれたスコップを手に取る。

 ……僅かでもいい。
 君と、君達と、一緒に居たいから。
                                      (了)

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  1. 2014/10/26(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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