日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔56〕

 帰還祝いと快気祈願の宴から数日が経っていた。
 季節はすっかり夏。朝とはいえ、その注ぐ日差しは既に眩しいくらいだ。
「──じゃあ、行って来ます」
 クランのホーム裏口(運動場方面)に面する路地に停められた場所を前にして、アルスが
そう零れるような笑顔を向けて言った。その両側にはイヨやリンファを始めとした侍従衆、
加えて旅荷を背負ったルイスとフィデロも控えている。
「おう。思う存分遊んで来い。ルイス、フィデロ。アルスの事よろしくな?」
「ええ、そりゃあもう。任せといてくださいよ」
「むしろ礼を言わなければならないのは僕達の方です。都合とはいえ、今回自分達も乗員に
含めていただいて……」
「いいな? 自分の身体が第一だぞ? ただでさえお前は自分を引っ込めて無理し過ぎる。
向こうにいる間くらいは我が侭になれよ」
「あはは。そう、ですね」
「程度にもよるがな。まぁアルス様に限って滅多な事は起こさないと思うが」
「はは。ダンさん、まるで父親(おやじ)みたいだ」
「ま、実際家族みたいなモンだしな。だろ? ミアちゃん?」
「……何でボクに」
 そんな弟達を見送るのは、ジーク以下他の団員達である。
 兄・ジークが返す笑みに続き、何だかんだで面倒見の良いダンが念を押すように言った。
そこに他の団員達からの茶々が入り、ミアが視線を逸らして微かに頬を染めている。
 今日はアルスの静養──清峰の町(エバンス)への出発日だった。勿論予定自体、アルス
当人の回復度合いを視た上で調整されている。
 だが少なくとも、この心優しき皇子は、今回の旅行をとても楽しみにしているらしい。
 この街で出来た初めての、出自が明らかとなっても変わらずにいてくれた大切な友らから
の招待という事もある。既に車椅子から卒業こそせど、その弱った頬肉には心なしか喜色の
色艶が付いているような気がする。
「シノさん達が帰って来た時にも言ったけれど、そっちの事はなるべく漏らさないようにす
るから安心して。何か困った事があれば駆けつけるわ。まぁリンもいるから、余程の事でも
ない限り大丈夫だとは思うけど」
 わいわいと見送り、笑う皆にぴしゃんとイセルナが言った。
 とはいえその彼女も、その実穏やかに微笑(わら)っている。団員(かぞく)の幸福は、
彼女にとって他の団員(だれ)よりも我が事であるのだから。
「ああ、任せておいてくれ」
「陛下達からも改めて拝命いただきましたからね……。頑張りますっ」
 リンファとイヨが応える。
 先日シノやコーダス、トナン側の皆も、サンフェルノから帰って来るとすぐ見舞いに来て
くれた。あの時は外野への要らぬ波紋を警戒して説得したが、彼女らとて一人の親、心配で
ない訳がなかったのだ。部屋まで案内すると『アルス、大丈夫か?』『ごめんね? 無理を
させちゃって……』等と暫く夫婦二人して、我が子を抱きの撫でのとし続けていたのが記憶
に新しい。
 今頃は彼女達も皇国(くに)に戻っているだろう。生憎皆が皆、のんびりとはしていられ
ないのが現実なのだ。
「……ふふっ」
 それでも、イセルナは苦笑(わら)っていた。
 リンファの見た目の悠然さはいつも通りとして、イヨはやはり緊張──少々気を引き締め
過ぎているようだ。
 それはひとえに彼女の(いい意味での)真面目さからなのだろうが、当の静養中に彼女が
ダウンしようものならきっと結局はプラスマイナスである。イセルナも、そして同じ事を思
ったのかジークも、次の瞬間には「まぁまぁ」とこの気弱な侍従長を慰めに掛かっていた。
「侍従長、そろそろ」
「あ、はい。そうですね。行きましょうか」
 そしてかくして、暫しの戯れは終わる。
 御者を務める侍従が声を掛けてきて、イヨは携行端末に映る時刻を確認した。ジーク達も
アルス達も改めて向き合い直る。出掛ける者と見送る者。二者に分かれた一同は互いに手を
振り合い、徐々に歩き出す馬車によってあっという間に引き離されていく。
「……行っちゃいましたねえ」
「ああ。一時はどうなる事かと思ったが、嬉しそうで何よりだよ」
 しんと、いや鳴き始めの蝉の音が再び大きく耳に届く気がした。
 サフレにマルタ、他の面々。アルス達を見送った一同はやがて散開するように踵を返し、
思い思いに酒場へと宿舎へと戻っていく。
「……本当に、これでよかったのね?」
「ええ」
 スッ──。すると同じく、踵を返していくジークにイセルナが問うた。
 そしてこのやり取りに、サフレやマルタ、リュカなどの仲間数人が気付き、ちらりとこち
らを見遣ってくるのが分かる。
「これは俺達のけじめです。今のあいつに、余計な心配はさせられないッスよ」
 だが当のジークは、彼女に背を向けたままだった。
 ただそう、立ち止まり答えるのみだった。


 Tale-56.第二皇子(アルス)の夏休み

 鋼車ではなく馬車にしたのは、ひとえに悪目立ちを回避する為だ。
 そしてその判断は、一行が目的地に近付くにつれて間違っていなかったと分かった。
 清峰の町(エバンス)。梟響の街(アウルベルツ)より更に南西に下った先に位置する、
ルイスとフィデロの故郷だ。
 一言で形容するならば、のどかな田舎町。
 町の周囲には幾つかのなだらかな山がそびえ、その山中から湧き出た水が町を斜めに横切
るようにして合流し、清流を作っている。
 計三台に分乗した一行の馬車は、そんな時たましかすれ違わない住民や乗合馬車と出会い
ながら、ガラガラと車輪を回し続けた。やがて点々としていた家屋が、集落と呼べるほどの
集まりになって見えてくる。
「アルス様、フィスター君、ヴェルホーク君、着きましたよ。それとリン」
「ああ。では皆、予定通り各地点のチェックに入ってくれ」
 一行は一旦、集落近くの空き地に馬車を停め、小休止を取った。それと同時にイヨに促さ
れたリンファが武官達に指示し、彼らを町内へと散らせる。事前に調べてある警備ポイント
を実際に確認・待機させるためだ。
「んん……っ」
 そうして彼らが町内に消えて行ったのを見計らって、アルス達も馬車から出る。
 ぐぐっと。アルスは伸びをした。深呼吸をした。
 とても心地良い。肺の中いっぱいに、澄んだ空気が染み込んでくる気がする。
「……空気が美味しいね」
「だねー。此処は精霊達(みんな)も楽しそうにしてるし、環境は申し分ないかな?」
「おうよ。過ごし易さなら保証するぜ?」
「まぁ、逆に言えば街ほどモノがある訳じゃないんだけどね……。でもフィデロの言う通り
かな。静養目的なら、確かに此処は十二分な環境だとは思う」
 アルスの肩先頭上を、相棒(エトナ)が同じく深呼吸し、そうすんすんと鼻を鳴らしなが
ら浮かんでいた。
 穏やか。そんな二人にフィデロとルイスが笑い掛け、微笑み掛け、隣に在る。
「よーし……。それじゃ、ぼちぼち行きますか。親父達にはもう連絡してあるんで」
「はい。宜しくお願いします」

 フィデロに案内されたのは、町の一角にある彼の実家だった。
 軒先に下げられた『フィスター武具店』の看板。扉が半分開けっ放してあるためか、外に
いても時折カンカンッと鎚を叩く音が聞こえてくる。
「親父、俺だ。帰ったぜ」
 先ずはフィデロが、アルス達を扉の前に待たせて一人入る。
 中には彼に似た雰囲気を持つ、如何にも職人といった風貌とガタイの良さを持った男性が
金属を鍛えていた。
 カルロ・フィスター。この店の主で、フィデロの父である。
「おう、帰(け)ぇったか。学院はどうだった? ま、それは後で幾らでも聞けるか」
 鎚を打つ手を止める。鉢巻と、短く刈り揃えた頭。
 息子の帰省に、彼はそうニカッと笑いながら振り返る。
「それより例の話だったな。家に友達を泊めるんだろう? もう一緒に来てるんだよな? 
構わねぇ。入って貰いな」
「ああ。おーい、アルス。皆さん、いいって」
「はーい」
「お、お邪魔しま~す……」
「──」
 なので、アルスとエトナ以下、面々がひょこっと扉の陰から顔を出して挨拶した。
 なのに、そう促してくれた当のカルロの顔が、ピシリッと石化したように固まる。
「? 親父?」
「……か。かかっ、母さーん?!」
 そして滅茶苦茶慌てていた。息子(フィデロ)が怪訝な顔をして呼びかけるのもそこそこ
に、彼は手にしていた鎚をぽろりと石張りの床に落とすと、そのまま叫びながら転がるよう
にして店の奥へと消えて行ってしまったのだ。
「あ、あれ……?」「うん??」
「どうしたのでしょう? 随分と慌てておられましたが……」
「……フィデロ。確認するが、今回の療養の件、おじさんとおばさんにはちゃんと話したん
だよな?」
「ああ。話したぞ? 今度の休みはアルスっていうダチも連れて来るから、暫くうちでゆっ
くり羽を伸ばして貰ってくれって──」
「馬っ鹿野郎! まさか皇子本人だなんて思うか!? てっきり偶々、同じ名前の子が学院
にいたのかと思ってたよ!」
 アルス達は店先に取り残されぽかんとしていた。
 イヨとリンファ、更に後方には荷物を分担して持って来た侍従衆。そしてカルロの反応に
疑問を覚えルイスが問うと、さも当然とフィデロが答えて──終わりしな、だだだっと駆け
戻って来たカルロの鉄拳が飛んだ。
「痛っでぇ……。何すんだよ?! そっちの思い込みじゃん。俺はちゃんとアルスが~って
言ったろー?」
「やかましい! お前、何でそういう肝心な事を言わないんだよ!? 皇子様だぞ? そう
だと分かってりゃ、もっときちんと出迎えるモンだって……」
「畏まり過ぎだっての。アルスに限ってはそういう特別扱いはいいんだよ。知ってると思う
けど、アルスもお兄さんも、初めは身分も何も知らなかった訳だしさ。それに療養だっつっ
たろ? 騒がしくされたらむしろ迷惑じゃねーか」
「むぅ……」
 どたばた。ギャースカ。
 暫く父子は、さも取っ組み合いのようなコミュニケーションを取っていたようだが、解け
た誤解とフィデロのある種冷静な──おそらく友達想いから発すると思われる反論に対する
カルロも口を噤まざるを得ない。
「──本当っ、申し訳ない! フィデロ、お前も」
「え~……? まぁ、早々面倒起こして悪かった。何か、親父たち勘違いしてたみたいで」
「う、ううん。僕らなら大丈夫」
「そうですね……。私達も、フィスターさんに連絡を頼みっきりではなく、一度直接お話を
通しておくべきでした。お手数をお掛けしました」
 そうして、一先ずどたばたが収まって店の奥。
 アルス達(及びルイス)は卓袱台を挟み、フィスター家の面々と改めて相対していた。
 フィデロに先の父・カルロ、そしてエプロン姿の、しかし夫よりも何処かその笑みの中に
威圧感を秘めているような母・ルーディの三人である。
 開口一番、カルロはぐいっと横の息子の頭も一緒に自身も頭を垂れ、正座していた。
 どうやらフィデロからの話で、アルスが皇子本人だとは本気で思っていなかったらしい。
アルスも、そしてイヨも、内心無理もないかと苦笑しつつ謝り返していた。
 人によりけりだとは思うが、王族とは有爵位者の頂点・皇爵の一族な訳で……。
 確かに一般市民、いち田舎の丈夫には本来縁のない相手なのかもしれない。
「本当……騒がしい夫と息子ですみませんね。あ、お茶、冷めない内にどうぞ」
「あ、はい」
 それでもルーディの方は、比較的落ち着いていた。もしかしたら夫とは違いまさかとは思
っていたのかもしれない。
 やんわりと促されて、アルス達は何の気なしに湯飲みを手に取った。
 ほんのりと温かい。一悶着あった後の喉には優しい味だ。
「ん。美味し……」
「美味シイ? ボクノ火加減、美味シイ?」
 するとどうだろう。気付けばポウッと、カルロ達の頭上に一体の精霊がいた。
 存在としては下級から中級に掛かるほどだろうか。その姿はいわゆる羽のついた小人で、
身体を覆うオーラはほんのり赤色を帯びている。
「この子は……?」
「ああ、そういえば紹介がまだでしたな。こいつはポフロンといいます。家で代々、鍛冶の
手伝いをしてくれてる精霊でさあ。えっと、魔導師風に言うと持ち霊……って奴だっけ?」
 そうだな。視線を向けてきた父にフィデロが答えた。
 へえ……。アルス達が少々珍しげにこの小さな精霊を見ている。
 火の精霊か。顕現する精霊族(スピリット)は少なからずヒトと交流を持つ者がいるが、
先祖代々の付き合いというのはいち魔導師として興味惹かれるケースではある。
「では、今はカルロさんの持ち霊ということに?」
「いや……厳密には違うでしょうな。自分は魔導師ではないんで。昔っからの付き合いで姿
こそ見えてますが、自分は見ての通り、しがない鍛冶職人ですからね」
「だからさ。俺、学院に入ったんだ。そりゃあ今のままでもポフロンが力を貸してくれれば
剣は鍛えられる。でも、俺が魔導師になれば、今以上にスゲーのを打てると思うんだ。将来
は親父の跡を継ぐつもりだからさ。……魔導具職人になるって、前にも話したと思うけど」
 うん。アルスは頷き、そして屈託なくそう“夢”を語るフィデロが微笑ましくなった。
 なるほど、そういう事情があったのか。
 確かに魔導を、精霊のこともよく知れば、その力だって百二十パーセント引き出してやれ
るだろう。肝心のポフロン当人にその意思が無ければだが──観る限り、彼ら一家との絆は
しっかりしているように思える。
『……』
 カルロが若干視線を逸らし、ぽりぽりと頬を掻いていた。
 一方友たるルイスは、そんなフィデロと、アルス達皆のやり取りを何処か遠巻きに見るよ
うな佇まいで見守っている。
「まぁ、あれだ。話自体はフィデロから聞いてますし、一度受けたんだ。男に二言はねえ。
皇子の療養中の宿、是非うちで担わせて貰いまさあ」
「そうですか……。ありがとうございます。お世話になります」
「あ、でもその敬語はいいからね? 知ってるとは思うけど、私達この身分だって知ったの
最近のことだし。フィデロやルイスと同様、気楽に接してくれていいから」
「む……? そうで──そうかい?」
 手順が逆になってしまった感は否めなかったが、これでようやく滞在中の拠点は確保でき
たように思う。アルス達はぺこりと頭を下げ、エトナはそうカルロ達の要らぬ緊張を解すよ
うに言った。
 そうだな……。親父もお袋も、そんなビビらなくていいから。いい奴らだからさ?
 フィデロもそうニッと笑って頷き、言われてもそうすぐには慣れない両親に念を押す。
「さて……話もついた所で、私達も動き出そう。文官達は旅荷の搬入。武官達は先に町内に
出た者達と連絡、合流して報告を持ち帰ること」
『了解』
 すっくと腰の太刀を揺らして立ち上がり、やがてリンファが侍従達に指示を出した。
 イヨやアルスらはまだのんびりと茶を啜っていた。
 慌てて自分達もと動き出そうとするが、彼女は微笑んでやんわりとこれを制す。
 羽を休めるのでしょう? あくまで我ら侍従衆は、貴方の快適の為に動いている──。
「警備周り(そっち)は任せちゃっていい?」
「ああ。元より私の仕事だ。イヨ、お前達は夜までアルス様のサポートを」
 にわかにぱたぱたと出て行った人員の後、フィスター家の客間はまたしんと静かに、ゆっ
たりと穏やかになった。
 ──さぁ、自由時間だ。
 茶も飲み終えたアルスは、誰からともなくフィデロやルイスと顔を見合わせ、始まるこの
夏休みに笑みを零す。
「そういえば……ルイス君のお家って、何処なの?」
「ん? すぐそこだぞ。さっきの四つ角を奥に入ったとこだ」
「へえ……。ねえルイス君、お邪魔させてもらってもいい?」
「構わないけど……。別に何もないよ?」

「──以上が、今回の大都消失事件におけるレノヴィン兄弟と、クラン・ブルートバードの
動きになります」
 時を前後して、リカルドは梟響の街(アウルベルツ)内の教会にいた。例の如く、組織の
上官であるエイテル教皇及び枢機卿らに定期報告をする為だ。
『ふむ。報道で見聞きはしておったが……』
『中々どうして、波乱万丈な兄弟よのう』
 魔導の光球か映す向こう側、クリシェンヌ教団本部では、先に送付した報告書に目を通す
枢機卿らの渋い表情(かお)が映されていた。
 頁を捲り、眉間に皺。
 クラン内部に入り、且つ実際に“結社”の軍勢と戦ったリカルドだからこそ書ける、生々
しい人々の混乱と恐怖、そして絶望から救い出された人々の嬉々がそこには在った。
『神官騎士リカルド。ご苦労様でした。貴方も“結社”からの襲撃の中、よくぞ生き残って
くれました』
「……。有り難きお言葉」
 一見すれば聖母のようなエイテルの笑み。
 だが対するリカルドは、あくまで生真面目そうに、そうくすりともせず軽く頭を垂れるだ
けだった。
 世辞などどうでもいい。本音は諜報役が失われずに済んだ、といった所か。
 教皇の玉座に在り、枢機卿らと二・三何か話している彼女。リカルドは暫し彼女らが次の
言葉を発するのを待った。
 ──大都消失事件。バベルロートで起きたあの一連の騒動は、巷でそう呼ばれている。
 結社(やつら)の目的は、やはり聖浄器だった。教団の読み通り、彼らはサミットに集っ
た王達を文字通り一網打尽にし、その身を人質に各国に迫ったのだった。
 それでも此処梟響の街(アウルベルツ)や打金の街(エイルヴァロ)、東方のトナン皇国
や輝凪の街(フォンテイム)といった、本来その目的には掠っていない筈の地域も今回の襲
撃には含まれている。大方、レノヴィンの関係者に対する報復──あわよくばそのまま壊滅
をと目論んだのだろう。
(……あの信徒級の女、生け捕りにしておけばよかったな……)
 確かに、守り抜くことはできた。だがそれだけである。
 自分達は奪いに来た奴らから、一体何を奪い返せた(えられた)のだろう?
『しかし驚きました。まさか七星連合(レギオン)の方から統務院に助け舟を出すなんて』
 枢機卿らとのやり取りを切り上げ、エイテルが言う。声色からしてそれは本音か。
 確かに一度は王達──統務院側の面子から警備に深く関わるのを拒まれたという裏事情が
実はあるだけに、あの加勢の報には驚き、そして実際心強かったものだ。
「あの状況では止むを得なかったと思います。或いは恩を売る為か。どちらにせよ、統務院
が自力に拘る態度をみせた時点で、彼らもああなる状況を想定していたのかもしれません。
聞く所によれば事件当時、七星“黒姫”が結界内にいたようです。ロゼッタ大統領に雇われ
ていた関係とはいえ、彼女ならば七星連合(レギオン)側の思惑をあそこに持ち込めた筈で
しょうから」
 うむ。エイテルの周りを固める枢機卿達が頷いていた。
 事実そうだったのだろう。外側にいた自分では、当時の詳細を調べるには難儀するが、今
回の撃退は多くの幸運と奮戦、何より各々が事前に“結社(てき)”の襲来を切迫して想定
していたことによるものだとリカルドは思っている。
「……」
 少し、饒舌になった自分の唇を噛んだ。
 素顔は見せない。彼女達には、少なくとも。
『七星といえば、そちらには“剣聖”が現れたようですね。報告書にもありますが、現在も
滞在しているとか』
「はい。最初は助太刀だけと思っていたのですが……どうやら逆のようです。彼はジーク皇
子らを待っているようでした。事実帰還の当日、彼は皇子達と会談の場をもっています」
『それも書いてあるな……。それで? 具体的には何の話を?』
「詳しくは自分にも。というより、どうやらまだ肝心の中身を話していないようなのです。
その時皇子達に同行した団員によると、まだ少し早い。今は休めと。ただ彼自身、皇子達が
特務軍に編入されることをよくは思っていないようですね」
『剣聖とは呼ばれても大叔父ですものね。心配なのは当然でしょう。彼の動向はまた次回、
報告に盛り込んでくれればそれで構いません。それよりも──』
 やり取りは続いた。
 一度はフッと微笑(わら)ってみせたエイテルだったが、すぐにその表情は厳かなものへ
と戻り、今回の肝心・本題へと話題は移っていく。
『教団としても、既に先の一件で被った被害の全容把握に努めています。そちらは幸い無事
で済んだようですが、実際に“結社”の脅しに屈した──自国の王器について白状してしま
った国も確認されています。結界の外側でも、主力軍不在のまま彼らの軍勢に落とされた国
もあれば、そうでない国もあります』
「……」
 流石は仕事が速い。そしてどれだけ公権力が口を噤んでも、こういう情報は何処かしこか
ら漏れてしまうのだなとリカルドは思った。
 無傷ではないのだ。大都(バベルロート)も然り、梟響の街(アウルベルツ)も然り。
 調べによれば事件当時、結界内で二名、殺害された王がいる。
 一人は“結社”の魔人(メア)が化けていたリファス王、その本物。何処で入れ替わった
のかは知らないが、後日宿泊先の床下で遺体となって発見された。
 もう一人はサンタフェル王。人質として囚われ、自国の王器が聖浄器でないと白状してし
まったがために「用済み」として見せしめも兼ねて殺されてしまったらしい。
『今後“結社”は今回の“選別”に基づき、更に聖浄器を奪い尽くそうとするのでしょう。
未だその肝心の理由は判然としませんが……。ただそれよりも今は、一つ気になっている事
があるのです』
「? と、言いますと?」
『英雄ハルヴェートです。知っての通り、大都は彼がかつて治めたゆかりの地。史料を紐解
いていく限り、彼の用いた聖浄器──“願望剣ディムスカリバー”はあの何処かに封じられ
た可能性が高い。奴らの目的が聖浄器ならば、狙わない筈がありません』
「なのに統務院は、そのような発表は一切していない、と……」
 映像の向こうでエイテルが頷いていた。ふむ、とリカルドも顎に手を当てて考え込む。
 言われてみればそうだ。すっかり失念していたが、有名どころ──十二聖のそれが世界に
はまだ在る(と思われる)。
 統務院の事だ。まさか失態を隠す為に口を噤んでいるのか。それとも、単純に奴らが見落
としたとでもいうのか……?
「……それに関連するかは定かではありませんが、自分も幾つか気になる事が。一つは黒騎
士こと戦鬼(ヴェルセーク)が、レノヴィン兄弟らによって破壊され、その核として囚われ
ていたコーダス・レノヴィン氏が救出された件です。どうやら彼はこれよりも以前に事故で
魔人(メア)化したようで、本人の話では“結社”に囚われた事と直接的な関係はないとの
ことでした。ですが、今回同じく捕らわれたという魔人(メア)──使徒級と併せ、統務院
がどう処分するのか、気になりますね。一人は一国の女皇の夫、一人は世界に仇為してきた
テロリスト。トナン政府はまだ彼の魔人(メア)化を公表していませんが、我々は教団所属
の神官として、どう立ち振る舞えばいいのかと」
『……同じヒトであれど、罪という点で区別する矛盾と人々から湧く憎悪、ですね。ええ。
その件は私も案じています。いち信仰者として、今回の一件が魔人(メア)への迫害に拍車
を掛けなければいいのですが……』
『お、おい。リカルド』
『それで? 教皇様のご懸念とそれがどう繋がるというのだ?』
「……繋がりますよ。報告書にも追加したものと存じますが、どうやらそのコーダス氏が搬
送された病棟で、ジーク皇子とイセルナ・カートン、彼が西方で従えた機人(キジン)兵の
三名が正義の盾(イージス)のレヴェンガート長官及びピューネ副長官と秘密裏に会談した
ようなのです。彼らは統務院の警護責任者。相手も相手ですし、何も世間話をしに病院まで
来た訳ではないでしょう」
 ざわっ……。枢機卿達が慌てて報告書の頁を捲っている様がつぶさに観察できた。
 エイテルも、自身に差し出されたその頁に暫しじっと目を通し直している。
『……なるほど。確かにこれは何かあったとみるべきですね。それで、肝心の会談内容につ
いて分かったことは?」
「それが生憎。自分達も何度か彼らに探りを入れてみたのですが、明確な情報は掴めません
でした。ただ、他の殆どの団員達は会談の存在すら知らないようです。おそらくはレヴェン
ガート長官達の側から、強く釘を刺されているのではと」
『むぅ……。そうなるか』
『というか何だ、もったいぶって。結局肝心な所は分からずじまいではないか』
 ぶつくさ。枢機卿達の視線が面倒臭い。
 リカルドは静かに眉間に皺を寄せていた。そんなに簡単に漏れているなら、とうに相応の
ニュースになっているだろうよ……。
「少なくとも今回の大都消失事件に関し、統務院が握っている小さからぬ何が、彼らと交換
された可能性があります。願望剣(ディムスカリバー)についても、もしかすれば」
『そうですね……引き続き探ってみてください』
 はい。リカルドは改めてそう静かにエイテルに低頭した。
 気になっている事。実はまだ三つ目がある。
 兄・ハロルドのことだ。彼はジーク達が“剣聖”と会った翌日、密かに一対一で彼と出会
っている。場所は奥の個室で、結局何を話したのかは掴めなかったが……帰って来たその兄
の様子が険しくなっていた事から、何かしら意見の相違があったとみて間違いはない。
『分かっているとは思いますが、私達はまだ何も“終えて”はいないのです。むしろこれか
らでしょう。聖浄器を狙う“結社”の攻勢は、これから更に激しさを増すと思われます。引
き続きレノヴィン兄弟と、クラン・ブルートバードを監視しなさい。特務軍にも加われば、
彼らは間違いなく“結社”との最前線に立つ筈です。その中から逸早く彼らの目的と、我々
が採るべき救済の一手を導き出すのです』
「……仰せのままに」
 弟・アルス皇子は、学友らと暫しの夏休み。
 兄・ジーク皇子は、クランへの復帰を契機に公務へも出始めるのだそうだ。

 偽りなのである。
 今この平穏は、来たる大きな嵐の目──束の間の安息でしかないのだという事を。

 フィデロの話していた通り、ルイスの生家はすぐ近所にあった。
 歩いて五小刻(スィクロ)も経っていないだろう。フィスター武具店から来た道を戻り、
最初の四つ角を路地裏の方へ。緩やかな上り坂になっているそこを進んでいくと、幾つかの
民家が並ぶ中にヴェルホーク家はあった。
「ちょっと待って。今、鍵開けるから」
 玄関先に立ち、ルイスが懐から細いチェーンに繋がれた合鍵を取り出す。
 ガチャリ。金属棒が回り外れる音がし、見張りの侍従数人を外に待たせたまま、アルス達
は家の中に入っていった。
「へぇ……ここがルイス君のお家かぁ」
「ザ・民家だね。今風?」
「ああ。普通だろ? 一応、茶請けでも出すかい? さっきフィデロん家で飲んだばかりだ
けど」
 中は小奇麗な、それでいて少々生活感というものに乏しい印象があった。
 それでもアルスは興味深く室内をぐるりと見渡している。なにぶん自身の実家が古民家に
属する家なので、こういう現代風の建築はむしろ珍しかったりする。
 エトナがふよふよと浮きながら言うと、ルイスは訊きながらキッチンの戸棚の方へと歩い
ていった。
 あ、お構いなく……。半ば礼儀的に言う友に、彼はふっと僅かに口角を上げつつも、慣れ
た感じでインスタントの茶を淹れ、硬めのクッキーらしき菓子を小皿に出す。
「ルイス。合鍵使ったって事は、今日もおじさんとおばさん、仕事か?」
「ああ。帰ってくるのは例の如く深夜になるだろうね」
「んだよ……。折角息子が帰ってくるってのに」
「今に始まった事じゃないだろう? 帰省とアルス君のことならちゃんと話してある。都合
がつかなかった。それだけさ」
 何となく流れでキッチンのテーブルに着き、ルイスが言いながら茶と先のクッキーを三人
分、用意してくれる。
 それでもフィデロは「む~……」と、微妙に膨れっ面で思案顔だった。
 いただきます。ぽりぽりとクッキーを口に運ぶアルスを余所に、彼はややあってまた椅子
から立ち上がると、言う。
「よし。ならルイス、今夜はお前も泊まってけ。今回はアルスもいるんだ、初日くらい良い
だろ?」
「えっ? いや、もう僕達も子供じゃないんだから──」
「いいっていいって。気にすんな。じゃあ俺、親父達に言ってくるわ」
「お、おい……」
 だがルイスの遠慮も虚しく、次の瞬間にはフィデロは一人家を飛び出していた。
 取り残されたアルスとルイス、エトナ。そして一度ちらりと、自分達の前を駆け抜けてい
ったフィデロを目の当たりにして、家の中(こちら)を覗いてくる侍従らの姿。
「……行っちゃったね」
「ああ。まったく。人の話はちゃんと聞けと言ってるのに」
 本気なのか半分半分なのか、ルイスはやれやれとため息をついていた。
 なのに、アルスにはそんな様子がおかしい。
 くすっ。だから何だか微笑ましくなって、羨ましくなって、つい彼に訊いてしまう。
「そう言えばさ。ルイス君って、フィデロ君とはどういう感じで知り合ったの? 腐れ縁だ
ってのは、前にも何度か聞いているけど」
「……。そう面白いものじゃないよ。見ての通り、僕もフィデロも家が近くてね。小さい頃
は近所の子供達がいつも一緒くたになって遊んでいたんだ。僕もその一人だった。でも当時
から僕は、一人で本を読んでいる方が好きな子供で……言ってしまえば孤立していたんだ。
だけどあいつはそんな事お構いなしに僕を引っ張り出しに来た。『何やってんだよ? 遊ぼ
うぜ!』ってね。……それからかな。妙につるむようになったのは」
 静かに茶を啜り、クッキーを咀嚼し。
 ルイスは淡々と話していた。
 だけども気のせいだろうか? その横顔は少し日が当たっているような気がする。
 対座していたアルスとエトナは、お互いに顔を見合わせ微笑(わら)った。思ったことは
多分一緒だろう。
「ふふ。フィデロ君らしいね」
「ていうか、昔から変わってないのねー。あいつ」
「……そうだね。昔っから、色んな意味で空気の読めない奴だったよ」
 なのに当のルイスの表情は浮かない。何故か物憂げな様子で、首から提げた鍵を手の中で
弄びながら、若干俯き加減で物静かになっている。
 それ自体はある意味いつも通りだ。
 だがアルス達が気付かない訳はなかった。故に待った。
 ……聞きたい。普段こうも語らない、彼自身について。
「不思議なものだな。気が付けば、僕は一国の皇子と友達になっている。でもそれは、あい
つにくっ付いてきたからだ。フィデロに、あいつの勢いに付き合って流されて来たからだ。
今でも時々思うよ。正直言って、僕に君の友である資格はあるんだろうかってね。あいつの
家でも聞いたろ? あいつは、既に目標がある。おじさんの跡を継いで、魔導具職人になる
つもりだ。君も、人々を救う魔導師になるという大きな目標がある。君も彼も、そこへ真っ
直ぐに進んでいける強さがある。……眩しく思うよ。僕は、君達のように明確な目標がある
訳じゃないから。今はよくても、未来の自分に、僕は自信がない」
『……』
 思わずきゅっと唇を結んでアルスが、これはちょっと野暮過ぎたかな? とエトナがばつ
の悪そうな表情を浮かべた。
 ただでさえしんとしている家の中が、冷たいくらいに感じた。
 アルスは考える。沈着冷静だから大丈夫なのではない。むしろそうだからこそ、彼だって
思い煩うこともあるのだ。人並みに、或いは以上に。
「……僕だって、自信満々じゃないよ」
 フッと自嘲するように、アルスは応えていた。ルイスがおもむろに顔を上げ、その表情を
見遣っている。
「知っての通り、この前僕らは大都(バベルロート)で散々な目に遭った。加えて今回こう
して倒れちゃいもした。……もしかしたらって思うよ。もしかしたら、自分がガムシャラに
頑張ってきたことが、本当は間違っている──最善じゃなかったのかもしれないって。実際
分からないよ。でも世間や統務院の云うように僕らが“正しい”とは、僕には思えない」
 ルイスはハッと目を見開き、瞳を揺らしていたようだった。
 口が動く。それだけで謝ろうとしているなと分かった。
 だからアルスはそっと片手を出して制する。誰も正しくないのかもしれない。だけど、誰
も間違っているんだというのは、ちょっと違う。

『──お前が一番やるべきことは、お前がよく生きることだ』

 はたと恩師(ブレア)の言葉が脳裏に過ぎる。つまり、そういう事なのか。
「……だとしてもね? だからといって、僕は全部がなかったことにしたくはないんだ」
 ルイスが、相棒までがこちらを見ている中、アルスは努めて微笑(わら)った。
 君は胸を開いた。だから僕も胸を開く。
 だって友達だもん。本当なら、僕の方から伝えるべきだったのかもしれない。
「ルイス君もフィデロ君も、リンファさんイヨさん、ブルートバードの皆も。僕は皆と出会
えて、友達になれた。支えてくれる。だから僕は僕を否定しても、安易に他の誰かを否定し
ちゃいけないと思うんだ。もしそこに躊躇いがなくなってしまえば……きっと僕は、間違い
なく、誰かにとっての“悪”になる」
「──」
 言葉が出ない。ルイスは唖然として、この対座する友を瞳に映していた。
 嗚呼、僕は馬鹿だ。分かり切っていた事じゃないか。苦悩なら、彼の方がよっぽど深い。
成り行きのまま、その点は同じとはいえ、彼はいち庶民から皇子にまで祀り上げられてきた
のだ。悩みの深さを相対化することほど意義の乏しいことは無いのかもしれないが、少なく
とも彼に向けられてきたものは、自分なんかよりもずっと重く多様であった筈で──。
「……すまない。要らぬ会話だった」
 それと、ありがとう。
 とても小さく、だけど確かに彼はそう言葉の最後に付け加えていた。
 明確に言葉にはしない。だけどアルスはにこっと、ただ微笑(わら)って応える。
「戻ったぞ~……って、ん? 何だ? 何か話してたのか?」
「……ううん。何でもないよ」
「ああ。雑談だ」
 そして戻って来たフィデロ。意地悪でも何でもなく、ただそう返すアルス。最初こそ頭に
疑問符を浮かべていた彼だったが、幸か不幸かそれ以上の追及をしてくる事はなかった。
(そうだよ。何でも、ないんだ)
 アルスは思った。
 やっぱり、この二人と友達になれて良かったと。


 それはアルス達が出発した後の昼下がりのこと。
 午前中に軽く便利屋畑の依頼をこなし、一度クランに戻って昼食を摂った後、シフォンと
クレア、そして何人かの団員達は再び支部(ギルド)に顔を出していた。
 ギルド内は、朝方に比べれば半分ほどに人の入りは減っている。
 それでも依頼を探す者、託そうとしている者、或いは達成の報告に来た者や特にそうでも
なく談笑している者など。
 掲示板上か導信網(マギネット)上かを問わず、ここには相変わらず業界人らの醸し出す
“荒くれ者”な空気が満ちている。
「あ、剣聖さんだ」
「えっ?」
 そうして中に入りながらぐるりと人々を見渡していると、ふと隣にいたクレアが言った。
 シフォンは小さく驚き、この従妹が指差す方を見て──やはり立ちぼうける。
『……』
 剣聖(リオ)がいた。
 いつもの深く黒いヤクランを羽織り、腰に太刀を一本。当代最強の剣客と呼ばれて久しい
その当人が、今この街のギルドにてじっと掲示板に張られた依頼書類らを見つめている。
「な、何でこんな所に」
「そりゃあ……依頼探しに来たんじゃねぇの? 七星っつっても冒険者(どうぎょうしゃ)
な訳だから」
 団員達も戸惑っていた。そしてリオが立っている、その周囲からサーッと退くように他の
居合わせた冒険者達も、心持ち間合いを取ったまま困惑の表情を浮かべている。
「リオさん」
 なので、彼らから「おい。どうすんだよ」と一斉に視線を向けられたこともあって、仕方
なくシフォンは皆を代表して彼に話し掛けてみることにした。
 ゆたり。黒ヤクランの袖を揺らし、当のリオは何食わぬ顔でこちらに振り返る。
「ああ、ユーティリアの。どうした」
「どうしたって……。依頼をお探しですか? 七星が、直々に」
「路銀が少なくなってきたんでな。だがやはり昼は目ぼしい依頼(もの)は少ないようだ。
朝の内に割のいいものが売れていくのは、何処の支部(ギルド)でも同じらしい」
 はあ。シフォンは苦笑する他なかった。
 分かり切っている事だが、別に彼はこの街の同業者を如何こうするつもりなど無い訳で。
 されどその世界に知れた名声から、どうしても皆が萎縮してしまう。
「お困りでしたら、うちのホームに居(お)られればいいですのに」
「……そうはいかんさ。お前も幹部の一人なら解っている筈だ。色々と大変な時期だろう?
余所者の俺に構う余裕は持ち合わせていない筈だがな」
 故にそう言われて、シフォン達はぐうの音も出ない。
 おそらくは遠回しな遠慮なのだろう。或いは彼なりのけじめ、もしくは群れるのが苦手と
云われる彼自身の性分故か。
「お前達も見繕いに来たんだろう? さっさと探せ。俺に越されても知らんぞ」
「は、はい……」
 なので剣聖と横並びになって掲示板から依頼を探す。そんな奇妙な構図になった。
 特に何か別な意図がある訳ではない──それが分かって他の冒険者達も少しずつ何時もの
様子に戻っていくが、それでも如何せん硬さは抜けない。
「そう言えば、アルスが静養(なつやすみ)だそうだな。身体は平気なのか?」
「はい。お陰さまで回復はしています。でも、元々友人達と約束してたこともあり、折角の
機会だからと」
「そうか」
「ジークも、クランに戻って来た事で今後公務に加わることになるでしょう。今朝もこっち
に残った侍従達にあれこれ指南されて、四苦八苦していましたよ」
「だろうな」
「……」
 間が、持たなかった。
 シフォンは残る依頼書類に一つ一つ目を通しながら、そうここ数日の様子を交えて会話し
ようとしたのだが、対するリオの方は最初の訊ねを覗き最低限の言の葉。次に繋がらない。
 確かに雑談をしに来た訳ではないが……ないが、やっぱり慣れない。
「中々良いのがありませんね」
「そうだな。賊の一つでも出てくれれば手っ取り早いんだが」
「さらっと恐ろしい事言いますね……」
 ──ちょうど、そんな時だったのだ。
 それまで多少のざわめきはあったものの、リオの存在が故に大人しかったギルドに、突然
転がり込んでくる者が現れた。
 一人は土埃で汚れた、何処ぞの村人風な男性。
 そしてそんな彼に付き添うように、軍服姿の守備隊員が数名、同伴している。
「? 何だぁ?」
「困るぜ隊員さんよ。ここは冒険者(おれたち)の縄張りだ」
「ああ、分かっている。だがそれ所ではなくてね」
「たっ……助けてください! う、うちの村に“結社”が出たんです!」
 故に、この闖入者に睨みを利かせ始めた場の冒険者達の表情がにわかに険しくなった。
 まさか。先日の、あの忌々しい防衛戦が記憶に蘇る。ギルド内のざわめきは本格的な不安
へと変わり、受付にいた職員らも巻き込んで皆がこの村人の男を囲み、詰め寄る。
「“結社”って……マジかよ?」
「襲われたってのか。まだダメージも消えきってねぇこの時期に……」
「は、はい。一週間ほど前、村に奴らを名乗る一団が。魔人(メア)はいませんでしたが、
どのみち自分達では太刀打ちできません。それからというもの、村は奴らにやりたい放題さ
れていて……」
 ぐすっ。男は汚れた顔を拭いながら泣いていた。
 守備隊員らが補足する。どうやら彼は、必死の思いで村から抜け出し、この窮状を最寄の
詰め所が在るここ梟響の街(アウルベルツ)にまで伝えに来たらしい。
「お願いします! 村を助けてください! 金は、多くはありませんが、必ず……!」
 男が懇願する。だが場の面々が総じて快諾しなかったのは、何も金額の問題ではない。
 言わずもがな、相手が“結社”だからだ。話をなぞる限り本物な否かから確認する必要が
ありそうだったが、万が一の場合、そのリスクは何百・何千倍にも跳ね上がる。
「──おいおい。ビビってんじゃねーよ」
 そんな時だった。ふと地を這うような哄笑が皆の耳に届いた。
 みれば談話スペースの奥、テーブル席の一角を囲んで、見覚えのある面子がこちらを不敵
に見つめている。
 バラクだった。
 キリエ・ロスタム・ヒューイら幹部達。そこには彼らを含めた、クラン・サンドゴディマ
の面々が勢揃いしていたのである。
「“毒蛇”の……!」
「び、ビビッてなんか。でも、万が一って場合もあるだろ。慎重になった方がいい」
「じゃあそいつを見捨てるのか? 面白そうじゃねぇか。あの時と格は落ちるだろうが、奴
らにリベンジできる絶好のチャンスだとは思わねぇか?」
 立ち上がり、こちらに歩いてくるバラク達。冒険者らは、その言葉に口篭った。
 巧いな。それまで様子を見ていたシフォンは思う。これまでの付き合いからして、彼は今
皆を挑発──誘導しているだ。二度三度“結社”に蹂躙された恐怖を辛酸に変えさせ、感情
の側から彼らを団結させようと企んでいる。
「守備隊。お前らが連れて来たって事は、そっちじゃ手一杯って訳か?」
「……ああ、そうだ。撃退したとはいえ、まだ結社(やつら)への警戒を解くには時期が早
過ぎる。悪いが街の兵力を大きく割くのは難しい。今隊長達が、執政館へ事情を話しに向か
ってくれてはいるがな……。頼めないか?」
 渋々。だけども守備隊(せいきぐん)と冒険者(あらくれ)が手を組める事自体、かつて
のこの街ではあり得なかっただろう。
 隊員らは改めて請うた。そして執政館──アウルベ伯が出て来たのを聞き、バラクはにま
りと口角を吊り上げて笑う。
「いいぜ。その依頼、受けてやる。但し追加手当は貰うぞ? 守備隊ないし執政館から仲介
の依頼って事でいいよな?」
 守備隊員らは互いに顔を見合わせて確認していたようだが、程なくして頷いた。
 決まりだ。バラクがぱちんと指を鳴らす。部下達が動く。
 それを、シフォン達やリオは遠巻きに眺めている。
「……ならば、俺も行こう。本当にその者達が“結社”なら、並の兵力では太刀打ちできん
からな」
「け、剣聖?」
「マジですか!? よ、よし。それら俺達も! あんたがいれば百人力だぁ!」
 故に、この遠征にリオが志願した時には、場の冒険者達が一気に沸き立った。
 七星が一人・剣聖。その実力は折り紙つき。何よりもあの時、その圧倒的な強さは自分達
の目の前で披露済みでもある。
「お~……。何だか盛り上がってきたねえ」
「さてはリオさん、待ってたな。やれやれ。これは僕らも加わるっきゃないね」
 かくして急遽、結社(自称)への遠征軍が組織される運びとなった。シフォンらブルート
バードも、成り行きとこれまでの関わりから、これに加わる事を決める。
 け、剣聖!? ま、まさか、貴方があの……?
 ついでに言うと、件の村人はあまりの驚きと嬉しさにぼろぼろと泣き出していた。
 嗚呼、神様! 有難うございます……っ! 文字通り手を組んで跪き、天を仰ぐが如く。
 そんな彼に、リオはそっと目線を合わせるように屈むと、問う。
「さて御仁。もっと詳しい話を聞かせてくれ」

 フィスター家に戻ってお昼ご飯をご馳走になり、たっぷりと昼寝をした昼下がり。
 フィデロとルイスの案内で、アルス達は町の河川敷に来ていた。
 清峰の町(エバンス)の由来となった湧き水の集う清流。夏の暑さも手伝って手足をそこ
に浸し、或いは風上から流れてくる風に身を任せ、一行はのんびりとした時間を過ごす。
「はぁ~……。気持ちいい……」
「だねぇ。ゴゾーロップに染み渡りますなあ……」
「そうかい? 気に入って貰えたのなら良かった」
「ま、清峰の町(エバンス)と言ったらこの川だからな。お前らを案内するってなった時、
いの一番に此処に連れて来ようと思ってたんだ。この辺りは下手な観光客も知らない穴場だ
から、警備の面でも安心していいと思うぜ?」
 アルスとエトナは横に並んで生足を水面に。フィデロは大きめの岩場から釣り糸を垂らし
て釣り人と洒落込み、ルイスはそんな彼らを横目に木陰で静かに本を読んでいる。
 フィデロの言う通り、確かに今いるこの辺りは周囲を木々が囲み、天然の遮蔽壁となって
いる。同時に梢から茂る緑葉が屋根代わりとなり、日差しも大分和らいで感じられる。
 尤も、河川敷沿いであることに変わりはないため、流石に対岸からは覗けてしまう格好で
はあるが……そこはリンファ以下武官の侍従達がこっそり目を光らせてくれているので大丈
夫だと思いたい。
「それに、もう暫くしたら夏祭りもある。この川で毎年流し雛をやってるんだ」
「へえ。そうなんだ」
「まぁ現在(いま)は、流す様子だけ見せて、こっそり下流で回収してるんだけどね」
「あ~……。時代の流れってやつ? ゴミになっちゃうもんねぇ」
「ああ。でも無粋だよなあ。そう詳しい訳でもねぇけど、ああいうのって、人形と一緒に穢
れやら何やらを何処かに遣っちまうから意味があるんじゃなかったか?」
「うん、元々はね。でも仕方ないんじゃない? これだけ世界のあちこちが繋がっているん
だし、迷惑だと言われれば対応するしかないよ」
 ちゃぷちゃぷ。川のせせらぎに身を委ねながら、アルスは苦笑した。
 そっか、夏祭りか……。その頃には僕も、完全回復していたらいいなあ。
「……」
 アルスは思う。精霊達(どうぞく)と遊ぶ相棒や雑談する友らの声が不意に遠くなり、彼
はこれまでの戦いの日々を想う。
 初めは──ただ夢を追って梟響の街(アウルベルツ)に来た。兄の背中を追った。
 それがひょんな事からサフレさんという刺客が現れ、仲間になり、その背後にいた敵の存
在を知った。
 結社“楽園(エデン)の眼”。そして血脈の故郷、トナン皇国の先皇アズサおばさん。
 意を決した帰省で知った。襲い掛かる“結社”の魔人(メア)達に圧倒された。それでも
皆は自分達に味方してくれて、遂に一国をひっくり返す戦いにまで発展する。
 気付けば、皇子になっていた。
 自分が第二皇子で、兄さんが第一皇子。母さんはまさかの女皇様になった。戴冠式は凄く
綺麗だったけど、胸に抱く想いは不安と心配ばかりだったと記憶している。
 それでも闘いは止まらない。死んだものとばかり思っていた父を“結社”の手から取り戻
すべく、兄らが出奔した。
 東方から南方(エギルフィア)、そして西方(ヴァルドー)。
 そこで彼らは何度も苦難に遭い、一度は死んだ(たおれた)……とさえ聞かされた。
 その後起こった大事件は、もう改めて話す必要もないだろう。
 大都消失事件。巷ではそういう呼び方で定着したあの一連の事件は、生還した兄らの突入
によって、皆の必死の奮闘で逆転をみる。
 取り戻せた筈だった。家族も、仲間も、巻き込んでしまった多くの名も知らぬ人達を。
 ……なのに、終わらない。
 統務院総会(サミット)で自分達はまた期待される事になった。対結社特務軍──その事
実上の中核に、兄やブルートバードの皆が組み込まれてしまった。

 癒される。この川の流れ、風の心地良さ、土の匂い。
 改めて思う。自分は一部なのだ。皇子となり、降りかかる事件のスケールはどんどん大き
くなるばかりだけれど、何処まで往ったって自分はこの世界の一部なんだという事を。
 自分だけじゃない。人の営み、その全てが。これほど膨大と思える諍いの渦さえも。
(僕は……無力だ)
 空間結界に閉じ込められたあの時も痛感した。自分の力は、実戦ではまだまだ通じない。
 ではとにかく力をつければいいのか? 確かに“間違って”はいないけれど、一方でそこ
まで“正しい”とも思えない自分がいる。

『──お前が一番やるべきことは、お前がよく生きることだ』

 ブレア先生は言った。
 あの時、自分は半ば意固地になって押し黙ってしまったが、そういう事なのか。
 このすぐ傍らの、目の前の愛しい人達を先ず守り、共に生きていればいいと……そう思う
べきだったのか。
(そもそも、僕は……)
 原点に、立ち返る。
 自力(ひとり)と他力(みんな)。
 あの日、僕が願った筈の風景は──。

「……?」
 そんな時だった。遠く暗い場所に沈んでいた意識が、はたとこちらに迫る何かに気付いて
自分を引き摺り上げてきた。
 ハッと我に返り、アルスは辺りを見渡す。
 しかし一見して変わった様子はない。相変わらず相棒や友らが涼む、穏やかな清流と日差
し受ける緑が広がっているだけだ。
「? どうした、アルス?」
「う、ううん……。何でもない」
 釣り糸を垂れていたフィデロが、ちょんと頭に疑問符を浮かべてこちらを見た。それと同
時に浮きが糸を引いたが、残念。餌だけを喰われて魚には逃げられてしまった。

 深く密かに嘆息をつく。
 休まなきゃ……。
 そう思わなければならない自分が、もどかしい。


「まだ灯りは点いてるみたいだな……」
 諸々の準備と物理的な距離、そして敵への警戒心もあって、村への突入は日が落ちるのを
待つ事となった。
 村人の案内で急ぎ馬車を出し、向かった先は梟響の街(アウルベルツ)より街道沿いに東
へと進んだ郊外の小村。
 シフォン達やリオ、バラクら冒険者のチームに加勢の面子を加え、一行は夜闇の林に隠れ
ながらじっと現場の様子を窺っていた。
「……確認するぞ? 敵の数は三十人弱。村の入口には交替で見張りがいて、村人達も殆ど
が幾つかの家に閉じ込められた実質軟禁状態。単純な兵力差なら勝てるが、先ずはこの状況
を打開しないことには彼らが犠牲になってしまう可能性が高い」
「キモは、このおっさんが使って来た抜け道ッスね。上手いこと奴らを誘き寄せて、その間
に人質達を救出する」
「案内頼むぜ、おっさん。図らずもあんたの来た道が俺達の活路になってくれた」
「は、はひっ! が、頑張ります……!」
 突入の準備は整っていた。バラク以下面々は、既に各々の得物を手にその時が来るのを待
っている。彼らに声を掛けられ、文字通りキーマンとなる村人男性は酷く緊張していた。
『……』
 おぼろげながら内情は分かった。だが、まだ腑に落ちない点はある。
 先ず本当に奴らは“結社”なのか?
 そして何故、地勢的にもメリットの無いこの村を選んだのか……?

『──“結社”が? それって本当なの?』
 それは出発の前。シフォンは支部(ギルド)内の導話器からホームに連絡し、事の経緯を
イセルナ達に話していた。
 剣聖(リオ)と共に皆に加わる。その事自体には(心強い味方であることもあって)特に
釘を刺すようなことは言われなかったが、やはり彼女も“結社”を名乗る件の者達に対して
は慎重、もとい懐疑的なようだった。
『少なくとも奴らはそう自称してる。ともかく確かめに行ってみない事には始まらないよ。
今、頼みに来た守備隊員たちが執政館に連絡してる。そっちにもじきに正式な要請が来ると
思う』
『分かったわ。こっちは私が指揮を執るから、貴方達はリオさんと先に行って。偵察の結果
次第では本当に大事になるわ。伯爵だけじゃなく、国軍も動く事態になるかもしれない』
『うん』
『“結社”だって!? おいシフォン、どういう事だよ? 今何処だ? 俺もすぐに──』
『だ~……ッ! お前は大人しくしてろ! 公務の準備中だろうが! 大体、まだ本物かも
はっきりしてねぇんだろ? 一先ず俺達は待機だ。いいな?』
『ううっ。で、ですけどぉ……』
 途中、導話の向こうで聞きつけて来たジークとそれをむんずと止めるダン達の声がした気
がしたが、シフォンは苦笑したままスルーする。
 賢明な判断だ。今この場ですら半信半疑、そして不明が故の緊張が走っているのに、そこ
へ無闇に人数を加えるのは正直言って得策ではないと思う。
『念の為、何人か応援を送るわ。あ、グノーシュさん? ……ええ。お願いできますか? 
えっ? リカルドさんも? うーん……。ねぇハロルド、構わない?』

「あ。戻って来たね」
 そんな最中だった。ふと暗闇の中へ目を凝らすと、こちらに向かって飛んでくる幾つかの
淡い光球──精霊達の姿があった。他にも歩調を合わせるように、電流を纏う狼型の精霊達
もいる。加勢組の一人、グノーシュの持ち霊・ジヴォルフ達だ。
「お疲れさん。どうだった? 村の様子は」
 早速シフォンとグノーシュ、精霊伝令を使った二人が、彼らから偵察の成果を聞き出し始
める。
 リオやバラク以下、一同が暫し固唾を呑んで見守った。
 そんな中、同じく加勢組として合流したリカルドと部下の史の騎士団小隊は、夜闇に溶け
るようにその黒い法衣のまま息を殺し、拳銃や突剣などを月明かりに晒している。
「……彼らは何と?」
「ええ。どうやら、イセルナ達や国軍は呼ばずに済みそうです」
「ただまぁ、とんでもない奴らだな。ここはみっちり、俺達がシメてやらねぇと」

「──おい、酒が足りねぇぞ! あるだけ持って来い!」
 その、村を占拠する自称“結社”達は、この日も村の集会場を本陣に構えて夜通しの宴と
洒落込んでいた。言わずもがな、他人様の食料でだ。
 場にいるのは数人程度。他は村内を見張り中だ。
 それでもリーダー格の男を中心に、彼らは散々飲み食いしてきたらしく、集会場の床板に
は空の酒瓶や汚れた皿などが無造作に放り出されている。
「しっかし、思った以上に上手くいったよなあ」
「ああ。“結社”の名前を出しただけであんなにビビってくれるなんて」
「リーダーのアイデアさまさまだぜ。かーっ、酒が美味ぇ!」
 結論から言うと、彼らは偽者だったのである。
 世間を幾度となく騒がせてきた“楽園(エデン)の眼”。あたかもその関係者だと振る舞
うことで、余計な暴力(ろうりょく)を割かずとも金品や食料を奪う事に成功したのだ。
「はは。だがまぁ……あんまり油断するなよ? それも時間の問題だ。この村の変化に気付
いた余所の連中が傭兵なり軍隊なりを呼んでくるかもしれねえ。村の連中は閉じ込めて、皆
で交替して見張ってるから大丈夫だとしても……あんまし長居はできねぇよ」
 それでも、リーダー格の男だけはまだ慎重だった。
 発案者でもある自身、この作戦が言うほど長続きしない事くらいは分かっている。
 そもそも目的は食うに困った自分と仲間達を、如何に当面食わせてやれるかだったのだ。
 街道沿いの規模ある町ではなく、敢えてそこから外れた小さな村を狙ったのも作戦を確実
にモノにする為。多少腕っ節はあっても、場数の違う冒険者や軍隊(プロ)が攻めて来られ
ればひとたまりもない。
「……ぼちぼち潮時だな。飯もたらふく食えたし、金もがっつり手に入れたし、明日の朝に
はずらかる準備をするぞ」
 ういー。仲間達がほろ酔いながらも言った。
 だが遅かったのである。
 この時既に、もう彼らはすぐそこまで来ていたのだから。

「──何だ? お前?」
「悪いがこんな時間に余所者を入れる訳にはいかねぇんだよ。帰れ、おっさん」
 同時刻、村の正面入口。
 ちょうどその見張りをしていた彼ら三人は、はたと訪れた黒羽織りの男に隠し切れない訝
しさを覚えていた。
 最初はあくまで村人を装って。邪険に。
 だがこの男──リオはすんとも動かない。代わりにまだ所々松明が焚かれている村の奥を
覗き見ると、言う。
「……この村の賊で間違いないな?」
 故に、彼らは弾かれたように臨戦態勢に入った。
 俺達を知っている。ならば……。腰の短剣や拳銃、それらを一斉に抜き放とうとし、
「──」
 しかし次の瞬間、いつの間にか抜刀して間を通り抜けていったリオに、あっという間に斬
り捨てられて地面に倒れる。
「な、何だ?」
「てっ、敵襲だー!」
 わらわら。村の中へ足を踏み入れていくと、あちらこちらから武器を構えた残りの賊達が
駆け付けて来る。
「……七星連合(レギオン)だ。依頼に基づき、この村に侵入した賊達を排除する」
 淡々。
 されどリオは黒刀を手に下げたまま、表情一つ変えず、懐から取り出したレギオンカード
を提示し、そう彼らに告げる。
「り、リーダー! 大変だ! 七星連合(レギオン)の傭兵が攻めて来た!」
「何!? ちっ、ずらかるのが遅かったか……。それで? 数は?」
「ひ、一人だ。女傑族(アマゾネス)の剣士が、一人」
「一人ぃ? 何をやってる? こっちは三十人以上いるだろ。さっさと押し潰しちまえば」
「無理だよぉ! あいつ……滅茶苦茶強いんだ! あんなの、勝てる訳ねえ!」
 集会場の本陣にも、すぐさま仲間達から報告が飛んだ。
 だが時既に遅し。泣きつくこの仲間の言葉に血相を変え、周りの皆と飛び出すと、そこに
はリオがたった一人、涼しい顔で一人残らず倒れている賊達の中に立っていたのである。
「……。お前が頭目か?」
 ぞくり。よく分からないが、全身に悪寒が走った。
 分からない。だがこいつはやばい。ただそこに立っているだけなのに、ぶらりと闇に溶け
るような黒刀を手に下げているだけなのに、途轍もない威圧感がある。
「ぬっ……。そ、そうだ。だがてめぇ、どういうつもりだ?」
 しかしここで押し負けてはいけないと思ったのだろう。リーダー格はあくまで強気な素振
りを崩さなかった。
「こっちは村人全員を人質に取ってるんだ。武器を捨てろ。さもなきゃ──」
「人質って、彼らの事?」
 だがその時だった。ふと後ろから声がして、振り向いてみると、何と自分達が捕らえてい
た筈の村人達がそっくり全員、別の冒険者達に連れられていたのである。
 リーダー格達は目を真ん丸にして、あんぐりと口を開けていた。
 シフォンとグノーシュ、クレアに団員達。彼らによって村人達は解放され、気付けば見張
りをしていた筈の仲間達もことごとく伸されて地面に転がされている。
 件の村人男性が、この皆に合流していた。
 泣きながら無事を喜ぶこの面々。やはり賊達は彼がこっそり抜け出していた事までは気付
いていなかったらしい。
「ったく……“結社”と聞いてどんな奴かと思えば、ただの雑魚じゃねえか。大見得切って
損したぜ」
「まったくでさあ。拍子抜けっスね」
「何を呑気な……。もし本物だったら、こうはいかなかったのよ?」
「隊長。一通り全員の排除、完了しました」
「ご苦労さん。あとは、こいつらを残すのみだな」
 加えて村の奥左右から、バラク達とリカルド隊がそれぞれ残りのボコボコにされた賊達を
場に放り投げ、合流してくる。
 あんぐり。リーダー格と取り巻き数人は唖然と見渡すしかなかった。
 何て事はない。とうに自分達は、詰んでいたのだ。
「くっ……そぉぉぉ!!」
 そして半ば自棄糞に、腰の剣を抜き放って、残る仲間達と突撃を。
 だがしかし、そんな試みもすぐさま無駄に終わった。
 振りかぶった剣はバラクの酸毒爪甲(ポイズンガトレット)が半ばから溶かしへし折って
宙を舞い、同時にキリエの鋭い蹴り・ヒューイの叩き付ける矛の柄・ロスタムの的確な得物
だけを撃ち落す射撃で仲間達もまた一瞬で無力化、吹き飛ばされる。
「がはっ!?」
 リーダー格も、得物を折られて出来た隙を突かれ、バラクの尻尾による打撃に弾き飛ばさ
れていた。地面を転がり、軒下に積んであった薪に勢いよく突っ込む。全身が痛い。それで
も彼は、必死に身体を震わせながら起き上がろうとする。
「──ッ!?」
 ガチャリ。しかし気付いた時には、リカルドの銃口が脳天に突きつけられていた。他の仲
間達も、同じく神官騎士らに銃口や突剣の切っ先を突きつけられ、抵抗の術を失う。
 詰みだった。
 彼もまた、泣きそうな表情(かお)をしながら、ゆっくりと両手を上げて降参のポーズを
取らざるを得ない。
「……終わったな」
 ばさり。衣を翻し、一度大きく振るって太刀を収め、リオは呟いた。
 シフォン達も安堵する。皆で囲む中には、今回の騒ぎの主犯らが縮こまっている。
「それでは皆さん、彼らを拘束してください。併行して、村の皆さんの怪我を確認します。
必要があれば執政館に取り次ぎますので、適宜向こうの指示に従って搬送してください」
『了解!』
 秘書然として、キリエが一同にそう告げる。安堵もそこそこに、皆は後始末に動き出す。
(……外れか。そう簡単に結社(やつら)の手掛かりは掴めない……か)
 リカルドもリボルバーをしまい、そう密かに“任務”が進まなかった事を残念がる。
 村人達が感涙しながら、リオ達に何度も何度も頭を下げていた。
 いえいえ。とにかく無事でよかった──。
 あくまで謙虚に、シフォンやクレア達も微笑みを返しつつ、彼らに答える。
(これで一件落着、かな……?)
 にわかに起こった“結社”絡みの事件。
 かくしてその名を語った偽者達は、その後速やかに当局に引き渡される事となった。

「ふい~……。食った食った……」
 ルイスも加え、夜にはまたフィスター家でささやかながらも楽しい宴が行われた。
 最中ルーディは「あまり贅沢な物を用意できなくてごめんなさいね」と苦笑していたが、
アルスはとんでもないと微笑み返した。それが本心だった。
 むしろ心地良かった。
 貴族らしく贅を尽くした料理ともてなしよりも、むしろああいうアットホームな雰囲気の
食卓の方が、アルスにはずっと親しみも好感も持てる。何より彼女達の心遣いがしっかりと
感じられるそれに、敢えて文句をつけるほど自分は横柄ではない。
 故郷(サンフェルノ)で過ごした、家族や村の皆との素朴な田舎暮らしの日々。
 梟響の街(アウルベルツ)で過ごした、兄やクランの仲間達との和気藹々とした日々。
 此処は、似ている。そんな場所に。今までそうだったように、感じてきたように、自分が
安らぎと思える空間にこの一家は属していると思う。
「食べ過ぎだ。主賓(ゲスト)を差し置いてバカバカと……」
「はは。いいんだよ、気にしないで。僕も楽しかったし。ルイス君も一緒だし」
「……だったらいいんだけど」
「そうそう。気にしない気にしない」
「お前は黙ってろ」
「あはは……」
 そんな夕食時も終わり、アルス達四人は二階のフィデロの部屋にいた。
 広めの和室。今は客人が来ているからか、襖も開けっ放して二部屋が一つにして使われて
いる。いつも通りのやり取りに戻った友人らに苦笑しつつ、アルスは敷いてある布団の上に
腰を下ろした。
 今日から暫く、自分達はここで寝泊りする。
 尤もリンファやイヨなどを除き、他の侍従達の多くは流石に入り切れないため、最寄に宿
を取ってあるのだが。
「? ねぇフィデロ君。これは何?」
「ん? ああそれか。図面だよ。うちの研究室(ラボ)の、夏休み間の課題。休み中に一つ
魔導具の図面を引いてみろ、だってさ。一回生にはぶっちゃけ無茶だと思うんだがな」
「へぇ……」
 部屋の中を見渡していると、机の上に大きな図面紙が広げられていた。
 フィデロが答えるに魔導具の設計図だという。近付いて来て指先で撫で、どうやら中々形
に出来ないでいる事を苦笑いしている。
「そういうアルスの方はねぇのか? 課題。次の定期試験って休み明けだろ?」
「先輩達の話じゃ、青珠節(=九月)の試験は休み中の課題から出したり、課題自体で済ま
せる所が殆どだそうだからね。僕の所も、ほら。こんなに分厚い問題集」
「うわぁ……」
「……大変だな。お前のとこも」
 そしてフィデロから、言って鞄の中からエマ手製の問題集を取り出してみせたルイスに訊
ねられ、アルスはう~んと口元を撫でた。
 休み中の課題。次の定期試験。研究室(ラボ)でのやり取りの記憶が蘇る。

『あ? 休み中の宿題?』
『そういやそうだったな。お前が来るまで生徒が居なかったから、用意だの何だのってこと
すっかり忘れてたわ』
『まぁお前が希望すりゃあ、問題集でも何でも作れんでもないが……ぶっちゃけお前が優秀
なのはこれまで散々証明してるだろ? 繰り返したって時間の無駄なんだよなあ』
『なら休み明け、また煌(オーエン)と一戦ヤるか? これまでのデータで色々と改善点が
見えてきたからなあ。フフフ、今までのようにいくとは思うなよ?』

「……ホント自由だな。レイハウンド先生」
「まぁ、それだけアルス君の実力を評価してるって事さ。僕らも恥じぬよう、頑張らないと
ね。フィデロ?」
「ういうい。分かってますよ~」
 友らは改めて苦笑し、そして微笑ましくやり取りを交わしていた。
 アルスも微笑(わら)う。確かに一口に研究室(ラボ)と言っても、その内実は担当教官
によって十人十色な面がある。
「……だがまぁ、先ずは羽伸ばしだ。うちまで帰って来た目的はアルスに元気になって貰う
事だからな。明日から覚悟しとけよ? これでもかってくらい楽しませてやる」
「いや、療養させろよ」
「あははは」
 ドヤ顔と間髪入れずにねじ込まれるツッコミ。アルスはまた微笑(わら)った。
 良い友に出会えた。甘え過ぎるかもしれないけれど、厚意で貰えた夏休み。
 せめて今を目一杯楽しもう……。
 友に囲まれ、改めてそう、アルスは夜長に想う。

「──じゃあ、行って来る」
 時を同じくして、旅支度を整えたジークは夜の空港(ポート)にいた。
 同伴するのは他に十数人。リュカとサフレ、マルタにオズ。クラン側代表としてマーフィ
父娘と、加えてジークの側に残っていた侍従達。
 イセルナ達が見送りに来てくれていた。夜のターミナルも相応に騒がしい。だが既に日が
落ちた所為もあり、心なしか肌に伝わる空気は、外気の寒さとターミナル内の生温い空調が
入り混じった何とも息詰まりしそうなものに感じられる。
「気を付けてね。向こうも万全を期してはくれている筈だけど」
「ええ。分かってます。でも、俺がやるべき事は……変わりませんから」
「……」
 イセルナの心配。ジークの抱いた決心。それらを見比べながら、仲間達が押し黙って戸惑
っている。これから向かう場所。そこはある意味、彼が最も訪れては拙い場所だった。
 フォーザリア慰霊式。
 先の鉱山爆発事件で犠牲になった人々を、統務院が中心となって公式に弔い、悼む催しが
近日執り行われることになったのだ。
 当然、事件当時そこに居た、奇しくも生還したジーク達も招待された。もう一度きちんと
手を合わせたいと願っていたジークにとっては断るべくもない誘いだった。
 だが、平穏無事に終わるだろうか? それがイセルナ以下仲間達の正直な本音だった。
 今回が彼にとっての初めての公務という事もある。
 しかしそれ以上に、今の彼に、事件の一端を担った現実は……酷ではないのか。
『お客様にご案内申し上げます。二十二大刻(ディクロ)・十三小刻(スィクロ)発オルタ
ヴェネク行の便をご利用のお客様。間もなく離陸致します。まだ搭乗なされていない場合は
速やかにお席にお急ぎください──』
 しかし引き留める時間はなかった。程なく館内アナウンスと端末な運行掲示板に、次の各
便を報せる音声・表示が現れる。
「じゃあ、そろそろ行くか。ジーク」
「はい」
 まぁ大丈夫だろ……。ポンとジークの肩を叩き、ダンがそう眼でイセルナ達に語り掛けて
来た。渋々、だが仕方なく彼女達は頷く。レナやステラも心配そうだ。想い人に友、彼らが
また平穏無事に帰って来ることを切に願う。
 ゆっくりと踵を返し、ジーク達は歩き始めた。ターミナルの各所にある搭乗口から人の波
に揉まれていって、やがてその姿は見えなくなる。仲間達はその後も暫く、彼らを見送り、
その場に佇み続けていた。

(……もう一度、あの場所へ)
 眉根を寄せ、その身に走る緊張。着席し、混雑する機内。そして──飛翔。
 この夜、ジーク達を乗せた飛行艇は、予定通り粛々と夜闇の空へと飛び立ったのだった。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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