日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「魔リッジ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:闇、プロポーズ、魔法】

※今回、盛り過ぎました。11900字弱あります。
なので読了の際には予めそのつもりでm(_ _;)m


「そ、そのですね……。わ、私と結婚してください!」
 いきなりそんな事を言われた。徹郎は、あまりの展開の早さに目を丸くして、その場に棒
立ちになるしかなかった。
 この娘は誰だろう? そもそも此処は何処だ? 自分はさっきまで、バイト終わりで部屋
でゴロゴロしていた筈なのに。
 記憶を辿る。
 そうだ。確か寝転がっていた時、不意に辺りが暗くなり、自分を包むようによく分からな
い模様でびっしりな円が現れたかと思うと無数の光が襲ってきたのだ。
 そして目を覚ませば、一人の女の子が自分と相対している。
 スローライフ。そんな言葉がぴったりな素朴な家具と、そういう雰囲気とはちょっと合わ
ないような、古書だの茸だの薬草だのが机の上に所狭しと積まれた室内。
 意識が戻って来て先ず目に入った彼女。
 肩ほどの艶やかな黒髪に青い瞳、同じく身体をすっぽりと包んでいる黒いローブ。全体的
に小柄で、自分は見下ろすような格好だが……その、うん。ゆったりめのその服からでも、
胸元がたゆんと、大きく布を押し上げているのが分かる。

『こ、こんにちは! えっと。私、エーリカっていいます。よろしくお願いします! そ、
それで、貴方のお名前は……?』
『──え? あ、ああ。これはどうもご丁寧に。俺は伊波徹郎っていいます』
『イバ、テツロウ……? ええと、テツロウさん、ですね。はい。覚えました』

 なのでつい煩悩の横から発せられた第一声に、思わず仕事(そと)向けの態度。
 徹郎がぺこりと頭を下げて名乗ると、同じくエーリカと名乗るこの女性も頭を下げた。
 嗚呼、何かいい匂いがするなあ……若葉みたいな。
 徹郎の脳裏には、今度は嗅覚から煩悩が攻めて来るが、その間も彼女は「……ふむふむ。
いいかも」と何やら呟き、加えて勝手に頬を染めて……いるような。
 だから目を丸くして棒立ちになる他なかった。
 それでここは何処ですか? 貴女は何者ですか? そう徹郎が訊ねようとした直後、先の
突然の告白(プロポーズ)である。
「……ぇ?」
 頭が真っ白になっていた。
 ええと、貴女とは初対面ですよね? 何でいきなり? 異性とのそういうのなんて、生ま
れてこの方、とんと縁など無かった筈で……。
「い、いやいやいや! いきなり何なの?! え? 結婚って。初対面……だよね? って
いうかここ何処? 俺、さっきまで部屋に居た筈なんだけど」
「ああ……そうですね。そこもご説明した方がいいですか」
 こほん。頬がまだ余韻で染まったまま、エーリカはわざとらしく小さな咳払いをしてみせ
ていた。徹郎は両手をわきわき、混乱して彼女を見返している。えっとですね……。言い難
そうに頬をポリポリと掻きながら、エーリカは言う。
「召喚させていただいたんです。ほら、足元。魔法陣があるでしょう?」
「しょう……かん? あ。ホントだ。あの時のと似た感じのが──って、え? あれ夢じゃ
なかったの? ていうか魔法って何さ。何? 君、その格好もそうだけど厨二病……?」
「チュウニ……? 何ですか、それ? 召喚です。ついさっき、魔術の一つを使って異界の
男性を──貴方を呼び出したんです。その反応からして、どうやらそちらの世界では術法は
存在していないようですけど」
「……」
 まさか。徹郎はぽかんと口を開けて、そう語る彼女の言葉に脳味噌を揺さ振られていた。
 にわかには信じられない。
 反応からして、彼女はいわゆる厨二病を拗らせている様子も自覚もなく、自分は正真正銘
この子に“召喚”されたと?
 頭の中がぐるぐる回る。だがしかし、確かに見渡してみれば、この家の中は自分達が普段
目にするようなそれではない。
 素朴、とさっきは言ったが、これはまさにいわゆるファンタジーの世界ではないか? 今
彼女自身の魔術だの何だのと言ったし。庶民の家。にしては、少し怪しい代物がゴロゴロ転
がり過ぎではあるが。
(まさか……本当に……?)
 そんなこと、漫画やラノベの中だけの空想だと思っていたのに……。
「……。ちょっと待て」
「? はい」
「一応確認しておきたいんだが。その、俺を召喚して、君は何をしようとしてるんだ?」
「え? そ、その。さっきも言いましたが、けっ、結婚を……」
「いや、その理屈はおかしい。それって相手を見つける為に召喚って事だよな? いくら何
でも無茶苦茶過ぎねぇか? 今回は俺──人間が出て来たからよかったものの、化け物とか
呼んじまったらどーするつもりだったんだよ」
「あ。それは大丈夫です。ちゃんと召喚対象は人間の男性と絞りましたし、危ない目に遭い
そうになったら魔術で撃退しますし」
 色々疑問(ツッコミどころ)はあるが、先ずはそこを。
 それにしても結構アバウトなんだな……。あと撃退って。見た目に似合わず実は滅茶苦茶
強いのか? この子?
「そ、そう……。でもさ? 結婚って、焦り過ぎじゃね? 見た感じ若いし。それに、それ
だけ可」
「焦りもしますよっ!」
 なのに彼女は言った。くわっと叫んだ。思わず身じろぐ。
 ずん。こちらに彼女は進んでくる。近くなるので、背丈の差から、尚更こちらが見下ろす
格好になる。
「私、もう二十四なんですよ?! 行き遅れです! 誰も貰ってくれないんです! だ……
だから、異界の男性でもいいから、お婿さんを……っ!」
「お、おう……。その。すまん……」
 まさかの二つ年上だった。見てくれがちんまいから勝手に年下扱いしていたが。
 しかしその歳で行き遅れ呼ばわりか……。少々記憶を引っ張り出す。
 彼女の話通りここが異世界とやらなら、もしかしなくてもいわゆる適齢期が自分達よりも
ずっと若いのかもしれない。大昔は十代半ばで成人し、相手も見合いで、なんて形もごく普
通にあったという。此処は……そういう感じの世界なのだろうか?
「世界を救うとか、そういうのじゃないんだな」
「え?」
「……何でもない。独り言だ。しかしいきなり結婚って言われてもなあ。俺まだ学生だし、
そんな仕事が出来る方でもないし」
「だ、大丈夫です! 私が養いますから!」
「それもそれで辛いんだが……」
「……うぅっ。だ、駄目、ですか……?」
 うるうる。なのでそう上目遣いに、本気で泣きそうな表情(かお)をされると、揺らぐ。
 徹郎はどうしたもんかと迷った。
 ぶっちゃけ、この子は可愛いと思う。胸も……うん。凄そう。いい匂いがする。
 だが、これでも人並みに常識は持ち合わせているつもりだ。さっきは魔術だの召喚だのと
言われて信じかけていたが、実はドッキリでした~! なんてことも可能性としてはある。
そうなれば、この場に流されて手を出してしまったら……詰む。人生とか、色々。
 大体親御さんとかはどうしてるんだろう? うちの両親だって、友人知人だって、このま
ま見知らぬ場所で自分が居座ったらおかしいと思うだろうに。
「駄目っていうか、ステップがさ……? ちなみに召喚したって言うくらいだから、元いた
所に帰したりはできないのか? 何にしても、一旦家に戻らないと。その、色々片付けやら
何やらがあるしさ?」
「……す、すみません」
「え? まさか……そもそも戻る方法が無いってパターン?」
「あ、いいえ。その、さっきの召喚で、手持ちの材料が切れてしまいまして……」
「あ~……」
 そうほうっと、はにかんで彼女が言う。
 徹郎は納得したような、静かに嘆くような面持ちで片手で顔を覆い、天を仰いだ。木目の
天井が視界に割り込んでくる。

 少なくとも、すぐに帰れそうにはなかった。


「──おはようございま~す。朝ですよ~?」
 故に、送還の儀式に使う魔術の材料が揃うまで、徹郎はこのエーリカの家に居候する他な
かった。
 人間慣れとは恐ろしいもので、何日か寝泊りするとこの世界の朝の日差しも気持ちよく感
じるようになる。この日も耳に小鳥の囀りを聞きながら、徹郎はばさ~っと布団を取っ払う
エーリカに起こされていた。
「……ああ。おはよう、エーリカ」
「お、おはようございます。えっと、朝ご飯出来てますから、お早めにどうぞ」
「お、おう」
 なのにぎこちない。布団という仕切りを取ってやると、二人は相変わらずお互いに照れた
様子で受け答えをしていた。
 尤も、無理もなかろう。
 成り行き(もとい彼女の一方的な召喚)とはいえ、事実男女が同じ屋根の下で暮らしてい
るのだ。内心、互いに憎からずならば……言わずもがなである。
「……」
 一旦家の外に出て、すぐ横の井戸で顔を洗う。
 辺りは豊かな緑に包まれていた。春先という季節は元いた世界と一致しているようだが、
こののどかさは元住んでいた街とは天地の差である。
 エーリカからその都度聞き出した話によると、自分達が居るこの辺りは田舎の小さな村だ
そうだ。では都会はもっと凄いのかと訊ねると、彼女は困った表情(かお)をする。曰く私
はよく知らない。そこまで遠くに出た事はないのだと。
 だから徹郎はあまり深くは訊けないでいた。……何やら、彼女は婚期云々以外にも抱えて
いる影のようなものがある気がする。
(あんなにいい子なのにな……)
 タオル、というか布で水気を拭いながら、徹郎は家の中に戻る。
 食卓には既に二人分の朝食が用意されていた。ローブの上に簡素なエプロンを纏い、エー
リカがはにかんだ笑みを浮かべて振り向いてくれる。
「いただきま~す」
「はい。召し上がれ♪」
 どうやら彼女は、一人暮らしが長く家事の類は一通りこなせるらしい。何より料理上手と
いうのが徹郎としては嬉しかった。
 向こうに居た頃は面倒臭さが先に立ち、コンビニ弁当やカップ麺で済ませていた分、舌が
喜ぶ。惜しむらくは彼女の料理全般が野菜中心のヘルシーな──これまた素朴系なそれで占
められている点だが、健康の事を考えればむしろこれくらいの方がいいのかもしれない。或
いはこの世界ではこれくらいが普通なのかもしれない。
「……どうですか? お口に合うでしょうか?」
「ああ。今日も美味いよ。やっぱいいもんだなあ、ちゃんとした飯ってのは」
「そ、そうですか。よかった……」
 心底嬉しそうにはにかむ。ちみちみと、サラダにパンにと料理を口に運んでいく彼女を半
ば惚けたように一瞥・二瞥と繰り返しつつ、徹郎は自身の胸の鼓動が高鳴っていることを再
認識していた。
(おお、落ち着け、俺! 顔に出しちゃ拙い。顔に出しちゃ拙い。顔に出しちゃ拙い……)
 もぎゅもぎゅ。火照る頬を感じながら、徹郎はヘルシーな朝食を口に放り込んでいく。
 何かもう、これって同棲とか新婚さんみたいだよなー、なんて事を考えてしまい、気が付
けばすっかりしっかり胃袋を握られてしまっている自分がいる。だが、その実この子になら
悪くないなとすら思ってしまう自分もいる。
(……だから、やっぱり分かんねぇよ)
 まるで感染(うつ)ったように心に影が差す。言うまでもなく、エーリカのそれだ。
 ここ数日の付き合いではあるが、分かる。この子は決して悪い子なんかじゃない。
「なあ、エーリカ。ちょっと突っ込んだ質問をしていいか?」
「? ……はい。何でしょう」
「他でもねえ。お前が行き遅れって言ってることについてだ。やっぱ俺には分かんねぇよ。
そりゃあこの世界じゃもっと若い内に結婚するのが普通だっていっても、例外なんてごまん
とあるだろ? 俺のいた国でも歳取ってから結婚・再婚なんて聞くし、今じゃ別に結婚しな
くてもいいやっていう奴も珍しくない。嫌なら答えなくていい。ただ……何かこう、もっと
別の理由がある気がしてな」
「……」
 エーリカはそっと睫を伏せた。
 苦笑──というより自嘲めいた微笑だろうか。食事の手を止め「そう、ですね」と小さな
小さな言葉をその唇から吐く。
「私が魔術師だというのは、以前お話しましたよね」
「ああ。その魔術、魔法ってのやらで俺を呼んだんだろ?」
「マホウ……。テツロウさんの世界ではそう呼ばれるのですか。だとすれば尚更一度お話し
ておかなければなりませんね。テツロウさん。この世界には、大きく分けて二つの術法体系
があります。“魔術”と“神術”です」
「神術……?」
「はい。魔術とは周辺に在る様々な霊魂に語りかけ、その力を借り受けるもの。一方の神術
は創造神オルディンとその従神二十四柱に祈りを捧げ、その加護を授かるものです。歴史的
には魔術の方がずっと古いのですが、今日両者のパワーバランスは圧倒的に神術側に傾いて
いるのが現状なんです。オルディナ教と言って、世界の大半の人達がこの創造神オルディン
らを信仰しているんです。神術師が多く輩出されるようになったのも、この教団の影響が大
きいんからなんですよね」
「魔術にはそういうのってないのか?」
「……ない訳ではないですが。でも、魔術の対象はオルディナ教と違ってそれこそ無尽蔵に
存在します。故にその内、どの存在を中核として伝えるかはそれこそ星の数ほど宗派があっ
たんです」
「……あった? ある、じゃなくて?」
「はい。神術の勃興によって、その大多数が駆逐されてしまいましたので。今でも細々と信
仰を続けている所もあるらしいとは聞きますが、基本的に神術師──オルディナ教徒からす
れば皆異教徒扱いですし」
「……。そっか」
 徹郎は思わず手で顔を覆った。
 やっぱり、訊くんじゃなかったか。
 まさかそんなに重い歴史が、この世界にはあったなんて……。
「でも、それでもエーリカは神術じゃなくて魔術師なんだよな? って事は、やっぱりそう
いう少数派の信仰だの何だのだからなのか?」
「はい。そうだと言ってしまえばあながち間違いでは、ないんですが……」
「? うん?」
「その、ですね? ぶっちゃけてしまうとイメージが悪いんですよ。魔術って。だって神術
は文字通り『神の加護』なんですけど、魔術は色んな霊魂との対話であって、地味なんです
よねぇ……。それこそ大昔は異界の異形を使い魔にしたり、精霊達の力を借りて局所的では
ありますが天候を操ってみせたり、或いは古代語の真名で他者を縛ったり……。イメージが
悪いんですよ。魔術師ってだけで『呪われる』とか『早死にしそう』とか言われて、彼氏ど
ころか友達も中々できなくって、だけど私達の一族は昔から魔術の使い手として食べてきた
から一人だけ辞める訳にもいかなくて……。そうしたらもう婚期がっ!!」
 最初は、そう思っていた。
 だが続いてエーリカが語っていくにつれ、その口振りはどんどん個人的なものに収斂され
ていくような気がした。
 ダンッ! 涙目になった彼女。やっぱり訊くんじゃなかった。……傷口に塩的な意味で。
 気付けば徹郎は、食卓越しから彼女にぐいぐいと詰め寄られていた。
 ぶつぶつ呟いていた過去の失敗やら怨嗟やら。
 本人は至って悲しく、深刻そうではあったが、何だか急にスケールが小さくなってきたよ
うな気がする。
「お、落ち着けって! 悪かった、悪かったよ。不用意に訊いちまって悪かった!」
「ぐずっ。いいえ……そんなことは。いずれ早い内に話しておくべき事だったと思います。
だってそうでしょう? この前、村長さんにテツロウさんを紹介にしに行った時だって」
「……あ~」
 そう言えば。心当たりはある。
 そうか。あの時村の人達の風当たりが良くないように感じたのは、彼女が忌み嫌われる魔
術師であり、尚且つ自分が大方彼女の召喚した“使い魔”とでも思われていたからなのかも
しれない。

 そして事実、彼らから向けられる感情がネガティブであることは、この日程なくして嫌と
いうほど知らしめられる事になる。
「──見つけましたわよ。エーリカ」
 それは昼間、ここ数日の如く、送還の儀式の材料調達のため村に来た行商人に商品を見せ
て貰っていた時のことだった。
「……ユリアさん。皆さん」
 そこには白いブラウスと紺色のロングスカートを履いた、いかにも負けん気の強そうな金
髪の女性が立っていた。
 背丈はそこそこあるが、年格好からして多分自分と同じくらいだろう。
 エーリカはユリアと呼んだその女性の周りには、さも親衛隊といった感じの村の青年や老
人らが何人か控え、彼女と同じくこちらを睨み付けている。
「村長から聞きましたわ。何やら使い魔を召喚したそうですわね? 今度は一体、何を企ん
でいるつもり?」
「使い魔じゃありません。テツロウさんです。別に何も企んでは……い、いません」
 びしり。初っ端から高圧的な態度。だがエーリカも多分慣れっこなのか、そんなユリアか
らの詰問にしずしずと答えていた。
 後半、言葉に詰まったのはこの際反応しないであげたい。
 まさか婚期に焦って男を呼びました、なんて正直に話すのは、流石に男の自分でも恥ずか
しいだろうなって事くらい分かる。
「テツロウ? ああ、もしかして横に突っ立ってる彼? ふぅん? 何だ、使い魔じゃない
のね。まさか結婚相手を魔術でなんて……ことはないわよね?」
「マサカー。ソンナコト、ナイデスヨ?」
『……』
 おい。片言になってるぞ。嗚呼、ユリアって人もすっげー見てる。バレたなこりゃ……。
「ゆっ──」
「ゆ?」
「許しませんわ! よりにもよって貴女に先に越えられるなど!」
 は……? 思わず次に飛び出した言葉に、徹郎は口を開ける。
 ユリアと名乗る彼女は人さし指を突き立てたまま、ぷるぷると震えていた。
 顔が真っ赤になっている。先に越えられる……? まさかとは思うが。
「そ、そんな事言われましても……。私だって切羽詰ってるんですっ! 大体、ユリアさん
は二つ年下じゃないですか。越えるとかそもそも」
「黙りなさい! 神術師であるこの私が魔術師に後れを取るなど、あってはならぬことなの
です!」
 だから、張り合う理由の中にそのフレーズが含まれたのを聞いて、徹郎はざわっと胸糞が
悪くなるのを感じた。
 これが、朝エーリカが言っていた魔術の不遇か。
 眉間に皺を寄せ、徹郎はユリアを、そして傍らで困ったように唇を結んでいるエーリカと
を見比べる。
 背丈やスタイルの良さは確かに彼女の勝ちだろう。
 だがな。神術師。てめぇには絶対にエーリカに勝てないものがあるんだ。
 ……その胸だよ! 貧と巨。これは、男に趣味の違いはあっても、少なくとも俺に対する
戦闘力においては圧倒的な差を生むっ!
「……何だかその眼、不快ですわ」
「あっ、はい。スミマセン……」
 そう熱く語るのはあくまで脳内で、しかし現実にはこの神術師から豚を見るような眼で見
下ろされ。
 徹郎はあっさりと引き下がった。
 ええい煩悩。今はそれよりもエーリカだ。彼女が現在進行形で受けているであろう、魔術
への──自身の家系のルーツへの侮辱だ。
「エーリカ」
「……大丈夫です。もう慣れてますから」
 なのに、彼女は苦笑(わら)うだけだった。自嘲(わら)っていた。
 途端、徹郎の中に込み上げてくるものがある。
 何故? あんなに話してくれたじゃないか。魔術と神術、お互いの歴史と力関係。天秤が
傾き過ぎたが故の言われなきネガティブイメージ。
 それを、また? 侮辱されるがまま黙っているつもりなのか。
「ふん。分かればいいのよ。オルディン様にまつろわぬ人間が自分に都合の良い伴侶を娶ろ
うだなんて。……分を弁えなさいな」
「ッ──、てめぇ!」
「テツロウさん!」
 長い金髪を搔き上げながら、黙りこくるエーリカを前に勝ち誇るユリア。
 その態度に、言葉に、徹郎は抑え切れなくなった。こいつらは……嫌な奴だ。
 だがそんな彼を止めたのは、他でもないエーリカ本人だった。拳を握り締めて飛び出そう
とする徹郎を一生懸命後ろから抱き止め、彼の暴発を食い止めようとしている。
「……駄目です。ここで喧嘩になっても、私達に利はありません」
「ッ。でも……」
 振り上げかけた拳を、徹郎はゆらりと下ろした。その姿を見て「使い魔が暴れるぞ!」と
口々に騒ぎ始めていた親衛隊の面々が、恐る恐ると臨戦体勢を解く。
「今日の所は帰りましょう。迷惑をお掛けしました。商品は先程のメモの通りです。入荷次
第家まで届けてください」
 あくまでエーリカは冷静に穏便に振る舞い続けた。
 徹郎は、そんな彼女に袖を取られたまま、場に居合わせたこの行商人に侘びを入れるその
後ろ姿を見ている。
 ずるずると、そして彼女はややあって取引を済ませると、徹郎を連れ足早に広場を去って
いくのだった。


「──ふんふん……。この辺りはまだ新芽かなぁ。もう少し育ったものの方がいいかも」
 それからまた数日が経っていた。広場で会った商人から買った材料も届き、二人は村近く
の森に分け入っていた。
 言わずもがな、材料の調達だ。魔術に使う薬草や茸の類、或いは鉱物などの一部はこの森
で手に入れる事ができるとのだいう。
 村人らに忌み嫌われているからだけではない。
 彼女がずっと村外れに居を構えているのは、こういう利便性もあってのことだと徹郎は頭
の中で言い聞かせる。
「結構、たくさん採るんだな。他人事みたいな言い方するけど」
「そうですねぇ。薬にするには結構量がいるんですよ。抽出しても、一束当たりから採れる
魔術物質はそう多くはないので──」
 苦笑いしながらそう答えるエーリカ。話の半分以上は専門過ぎてよく分からなかったが、
少なくとも無理をしているなと徹郎は感じていた。
 大体、こんなに深く分け入るなんて自分が来て以来初めてじゃないか。
 やっぱり、この前の一件が相当……。
「ごめんなさい。テツロウさん」
「えっ?」
「この前の事、思い出していたんですよね。……私が悪いんです。自分の我が侭でテツロウ
さんを召喚なんてしちゃったばっかりに」
「そっ、そんな事は」
「ない……ですか? だって、そもそもテツロウさんが元いた世界に帰す為に、こうやって
材料を揃え直しているんですよ?」
「……」
 徹郎は押し黙った。確かにそうなのだ。今日も昨日も一昨日も、この世界から召喚された
翌日からも。そもそも大人しく此処にいるのは、ひとえに彼女が可能だからだ。準備さえ整
えば、再び彼女の手によって元の世界に帰れるからだ。
 帰りたい。そう言ったのは自分じゃないか。
 困る。いきなり言われても。そう、荒唐無稽な召喚シーン(できごと)を受け止め切れな
かったではないか。
 だが、どうだ?
 絆(ほだ)されたと言ってしまえば、多分そうなのだろう。実際問題、元の世界では既に
自分がいなくなって騒ぎになっているかもしれない。
 しかし自分は冷徹だろうか? 切り捨てられるだろうか?
 特に面白みもなく、未だ居場所も見出せぬ現実(あちら)を?
 特に繋がりはなかった。だが長らく蔑視や罵声に耐え忍び続けてきたであろう彼女を?
 迷っていた。いや……もう答えは出ていたのかもしれない。
 どちらにしても、誰かに迷惑を掛け、傷つける事だ。それでも、その実世界の壁とやらが
あるだけで、自分は抱けた気がする。一緒にいたいと思う。
「俺、は──」
 ちょうど、そんな時だったのだ。徹郎が喉まで出掛かった言葉を想いを、意を決して口に
出そうとしたその瞬間、茂みの向こうで大きな物音が響く。
「う……ひゃあぁぁぁ?!」
 一人の村人だった。自分達と同じく籠を背負っている所からみて、山菜なり何なりを採り
に来たのか。
 だが、様子は明らかにおかしい。
 見れば背後、そんな涙目になって転がり駆けていく村人を、一頭の大きな猪が目を血走ら
せて追い掛けている。
「あれは……」
「怒って、ますね。多分縄張りを不必要に荒らしたんでしょう。籠の中もいっぱいですし」
 徹郎が少々呆気に取られて目を遣っている中、エーリカも立ち上がり遠巻きにこの村人と
巨猪の追いかけっこを見遣っていた。
 妙に落ち着き払っている。何というか……凛々しい、神秘的だ。
「た、助けてくれぇぇ~!」
「……ああ言ってるが」
「勿論です。このままだと、本当に突き殺されてしまいます」
 故に、そうして二人して駆け出そうとした時だった。再びがさごそ、今度は別の茂みの向
こうから何人かの人影が躍り出てくる。
「こっちですわ! 私の後ろに!」
 ユリアとその取り巻き数人だった。今日は神術師としてなのか、袖や裾に金の文様刺繍を
施した法衣を纏っている。
 逃げ惑っていた村人が、まるで吸い寄せられるように彼女達の方に転がり込んでいった。
距離的には徹郎とエーリカの方が近かったにも拘わらず、だ。
「……我らが主(しゅ)の信徒にて祈り捧げたもう。光よ、加護の盾となせ!」
 次の瞬間だった。片方の手を胸に当て、もう片方の掌を正面突っ込んでくる巨猪に。
 するとどうだろう。ぶわっとその髪が全身が白く淡い光を纏うと、彼女達の正面に硝子の
ような壁が出現したのである。
 ガシンッ! 巨猪は文字通り猪突猛進、その防護壁に真正面からぶつかる。
 ザリザリ……ッ。進まぬ身体に何度も両脚が地面を削る。この助けられた村人や取り巻き
達も、これで一安心と思った。のだが。
「──ッ!?」
 刹那、光の防御壁がひび割れ、そして砕けた。
 術を張っていたユリア当人を含め、面々がそのまま後ろに吹き飛ばされる。巨猪がその只
中を突っ走り、再び方向転換しようとしていた。頭を抱え、土で汚れた身体を起こす。眉間
に皺を寄せたユリアは、動揺する皆々の中、信じられないといった表情を零している。
「加護が、破られた……?」
「当たり前です。この森は精霊達の声が強いですからね。神術師の祈りは、外ほど天上に届
きはしないんですよ」
 だがそこへ、エーリカと彼女に半ばくっついてきた徹郎が割り込んできた。
 ふわり。彼女の黒髪が揺れ、気落ちするユリアを励ますように見る。
 巨猪が地面を蹴っていた。それでもエーリカは落ち着き払い、隣で「こ、来いやー!」と
ファイティングポーズを取る徹郎を見もせずにスッと右掌を向ける。
「──」
 まさに一瞬だった。ぶつぶつ。彼女が何かを呟き、そっと掌を倒すように下げたのだけは
分かった。
 するとどうだろう。それまで血走っていた巨猪が、嘘のように大人しくなった。むしろ瞳
が黒く円らにすらなっている。
 いざとなったら拳の一発でも打ち込もうかとしていた徹郎が、背後のユリア達が、唖然と
してそれを見ていた。
 巨猪から、完全に殺気が消えていた。そのままエーリカはまた何かぶつぶつと呟き、その
まま彼を森の奥へと帰してしまう。
「……な、何をしたんだ?」
「魔術ですよ。あの子の真名を呼んで、落ち着いて貰ったんです」
 顔を覗きこんで訊ねた徹郎に、エーリカは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
 魔術。そう言えば以前、真名で縛るとか何かとか話していたような……。
「ユリアさん。その方の手当てを。届き難いとはいえ、医療は神術(そちら)の方がずっと
優れていたと記憶しています」
「……言われずとも分かっていますわ」
 面白くない。見た目明らかにそう不機嫌な表情をして、ユリアは助けられた村人の擦り傷
切り傷を治療し始めた。先程と同じように祝詞を紡ぐ。すると彼女の掌に光が集まり、彼が
逃げる時に負ったそれらがすぅっと消え入るように治っていく。
「あ、ありがとうございます。ユリア様」
「ええ。でも……」
「……」
「いいえ、何でもないわ。立てるかしら? 行きましょう。長いしてまた襲われては堪りま
せんでしょう?」
 エーリカが、そして先日の件で彼女達にいい印象を持っていない徹郎が、すっくと立ち上
がったユリア達を見送る。
 そのまま、彼女達はこちらに礼の一つも寄越さなかった。
 神術師としてのプライドか……。徹郎は益々渋い表情(かお)をしたが、そっと窺ってみ
た当のエーリカは一見普段と変わらない。むしろ、返すその表情は微笑ですらある。
「……さあ、私達も残りを集めちゃいましょう」


 結論から言って、徹郎は元の世界に戻らなかった。
 彼は決めたのだった。この世界に残ると。彼女と……共に暮らすと。
「──うう。何か落ち着かないなあ……」
 真っ白なウェディングドレス。普段は黒ローブや野暮ったい服装ばかりなため、折角の女
性憧れの衣装なのに、エーリカにとっては少々違和感がある。
「エーリカ~、着替え済んだか?」
「あ、はい。済んではいます……けど」
 そうか。言って外から彼の声が聞こえてきて、次の瞬間ドアが開けられた。
 徹郎(はなむこ)。着られた感がありながらも、一応同じく白の礼装に身を包んだ彼がこ
の彼女の晴れ姿を見て、暫しぼ~っと立ち惚ける。
「……似合ってる。やばいな、これ」
「~~ッ」
 徹郎は、改めてプロポーズした。というよりは告白をした。
 好きになったと。傍に居させてくれと。君の背負ってきた苦しみを、自分も一緒に半分こ
していきたいと。
 半分頭の中、半分その場の勢いで改めて吐き出した想いに、エーリカはぼろぼろと涙を零
し、わんわんと泣いて抱きてきたのを今でも覚えている。
 勿論それがどういう事か、分かっていない徹郎ではない。だからこそ「挨拶」をしにまた
元いた世界に戻ることも、エーリカの勧めもあったが、止めた。
 どだい戻っても大騒ぎだった筈だ。既に色々失っていた筈だ。
 そこへ馬鹿正直に「異世界に召喚されていました」なんて話したら……きっと総スカンを
食らうだろう。
 ……元より、自分がいなくても回っていく世界だった。家の外でも中でも独りだった。
 でもそんな世界に比べれば、此処にはある。
 居たい場所と、守りたい人と、闘っていくだけの理由が。この決意を他人は我が侭だの、
自分勝手だのと言うのだろうけれど……。
「……その、ありがとうございます。本当に、結婚してくださるなんて」
「その件についてはもう散々言ったろ? 俺の判断だ。そもそもエーリカだってその心算で
こっちに呼んだんだしさ? あと、もう敬語は要らねぇぞ? ふ……夫婦、だからな」
「……。はい」
 もじもじ。やはり花嫁(エーリカ)ははにかんでいた。
 惚気と言われようが構わない。……やっぱ可愛いや。
「じゃあ行こうか。牧師さん、もう準備オッケーだとよ」
 言って、手を差し出した。そこに、白い長手袋に包まれた彼女の手がそっと添えられる。
「……はい。テツロウさん」
 二人してゆっくりと歩いていく。魔術だの神術だの関係ない。まぁ、何とかなるさ。

 外への扉を開ける。
 そこには眩く、二人を包み込む光が溢れていた。
                                      (了)

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  1. 2014/10/01(水) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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