──これから毎週、小説を書こうぜ?
毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。
【今週のお題:屋敷、十字架、正義】
ローランド氏は、聖王国の国家魔導師である。
いや……国家魔導師「だった」と言うべきか。彼は既にその地位を退いており、現在はそ
れまでに得た財産の一端を使って、王都郊外にある庭付きの小さな屋敷に暮らしている。
氏は、かつて東部戦線の英雄とまで呼ばれた人物だ。
聖王国の東に広がる原野。そこに点在する、狩猟採集生活を送る幾つかの諸部族。
五十年ほど前から、聖王国はかの地に住み、頑なに旧き生活に拘り続ける彼らを“蛮族”
として平定しようとしてきた。当然そんな攻勢には彼らも少なからず反発し、遊撃とゲリラ
戦法を中心とした抵抗が続けられている。
氏は、そんな両者の戦いが激しさを増す時代の真っ只中で国家魔導師の資格を得た。
国家魔導師とは、国(この場合は聖王国)がその実力を認めた魔導師のことである。氏は
得意とする地の魔導を駆使し、地の利を持ちトリッキーな戦いをする部族兵らを、その隠れ
家ごと吹き飛ばしていった。平時は地味と冷遇されがちな地の魔導も、彼の手に掛かれば聖
王国に勝利をもたらす百戦錬磨の力となったのである。
故に、英雄と呼ばれた。事実これらの戦いによって氏は多くの敵兵を倒した。
……だが、それは必ずしも氏当人の本意ではなかったらしい。
当然と言えば当然か。元々魔導師とは学者であって、求道の人であって、人殺しの為にそ
の魔導を使う者ではない。
それでも彼は戦った。国家魔導師の一人として、戦況目まぐるしいこの東部戦線に駆り出
された。
国家魔導師とは、いわばダーティな交換条件を前提とした制度である。
国は、国家魔導師として認定した者に手厚い──資金などの援助を行う。
一方その見返りとして、国家魔導師は有事にはその力を供与しなければならない。
いわば国家お抱えの魔導師である。故に氏もその例に漏れず、聖王国による“蛮族平定”
に加わるざるを得なかった。
しかし……その邁進は果たして正しかったのだろうか?
少なくとも、現在も聖王国は件の平定──彼らにしてみれば手付かずに近い広大な原野を
得られることもできず、氏が活躍した当時に比べれば随分と下火になったとはいえ、諸部族
に連なる勢力とは尚も長らく小競り合いを繰り返している。
傲慢だった。そう言い放ち、切り捨ててしまうことは容易い。
だがそれで解消するのは一時であり、決して最前線の当事者達のそれではないことは言う
までもない。嘆きだけだ。一度起こされてしまった争いは、憎しみや惰性と伴ってずっとず
っと尾を引き続ける。
『きっと……罰が当たったんだよ』
彼はこの手の話題になると、自らをよくそう評した。その度に、庭に面したテラスでお気
に入りのロッキングチェアに揺られて語る姿を、横顔を見る度に、哀しかった。
外側からの事実だけを言おう。
彼は失ったのだ。
それは氏が英雄として持て囃され、国内外にもその武名が知れ渡り始めていた頃である。
悲劇はその日、起きてしまった。当時彼とその家族が住んでいた家に、部族兵の一団が襲
撃してきたのである。
勿論、国家魔導師の縁者ということで、日頃から国軍の兵が警備に就いてはいた。
だが慢心があったのだろう。先ず王都に“蛮族”が侵入などできやしないと高を括ってい
たのだと考えられる。
その油断が致命的となった。元より宛がわれていた人数は僅かで、四方八方から奇襲を掛
けてきた三十人余の部族兵らはこの警備を突破。あろう事か氏の留守中を狙い、抵抗の術を
持たない夫人とまだ幼い娘を殺害してしまったのである。
彼は哭(な)いた。哭いて哭いて、哭き腫らした。
事件の報を聞き、慌てて飛んで帰って来た我が家で目撃した(みた)のは、警備の兵もろ
とも惨殺された愛する家族の姿だった。
その失意とは、想像を絶するものだったろう。氏はこの事件から程なくして、自ら国家魔
導師としての全てを返上し、軍を去っている。
この痛ましい事件には多くの国民が同情し、或いは義憤を──東の蛮族達への憎しみを深
めた。だがその一方で生粋の王国軍人・愛国者の中には、彼のこの行動を「軟弱」として非
難する向きもあった。両者が、お互いの抱いた感情でいがみ合った。
しかし氏は、そんな様々な言の葉の雨霰が向けられる中でも、事件直後の取調べを除いて
は公的なコメントを避け、沈黙を守り続けた。
これは私観である。きっと当時、彼は哀しみでそれ所ではなかったのだろう。そして何よ
りも、周囲でざわめくセカイに彼は酷く絶望したに違いない。
氏が国家魔導師の資格を求めたのは、ひとえに愛する妻と娘を養う為だった。
自分は研究の人でありたい。だが現実として、生計を立てるには不安定過ぎる。それを可
能にするのは地位であった。たとえ、その為に準軍属となろうとも……。
だが彼はこの事件によって喪ったのだ。そもそも自身が国家魔導師である、その理由が。
故に棄てたのだろう。幸か不幸か、この時既に彼の下には当面生活に困らないほどの財産
が在った。それでも……あの戦い、いや戦争は終わりすら迎えていない。国の外で、内で、
かくも憎しみと諍いを拡散している。
──争いなど珍しいものではないだろう? 今も昔も、ヒトは互いに殺し合ってきた。
確かにそうだ。何も聖王国と東部の部族らだけのことではない。北には大陸随一の版図を
持つ帝国が、その南進政策が故に周辺諸国と緊張状態にあるし、西の共和国は、南に広がる
海洋資源を巡り、現地の都市国家群と小競り合いを繰り返している。
『きっと……罰が当たったんだよ』
争いならば、ごまんとある。
彼はフッと自嘲(わら)って語っていた。チェアに揺られて、記憶の中でそう佇む。
氏が現在の屋敷に引っ越したのは、そんな世間の騒々しさが膨れ上がってから暫くしての
事である。
それでも氏は動き出した。長らく隠遁生活を送った後、新たな活動を始めたのだ。
児童施設──孤児院である。彼はその屋敷の広さ、部屋数を活かし、ささやかながらも身
寄りのない子供達を引き取って社会に送り出す、そんな活動に力を注ぎ始めたのだった。
とはいえ、一朝一夕で上手くいくものではない。自ら子育てという、人生で最も難儀する
ものであろう営みを、それこそ何人分も背負って立とうとしたのだから。
批判はあった。妻子を敵分子に殺された──武力に屈したまま、今度は慈善事業家の真似
事か。尚も東部戦線が治まらぬ中にあって、彼のやろうとしたことに眉を潜め、陰口を叩く
者は決して少なくはなかった。
それでも……きっと贖罪の心算だったのだろう。彼はそんな姿なき中傷にもめげず、全身
全霊、それこそ全財産を費やしてでも引き取った子供達と向き合い続けた。育て続けた。
『何も、そこまでしなくてもいいんじゃないか……?』
『頼む! 戻って来てくれ、ローランド……!』
かつての同僚達も、そんな彼を心配した。時には償いに没頭し過ぎる彼を窘めてみたり、
時には彼を再び戦場に連れ戻そうと試みてみたり。
だがそのどれにも、彼は終ぞ首を縦に振らなかった。
黙々。しかし向き合う子供達には、不恰好でも精一杯の愛情を。
するとそんな頑なで一生懸命な彼を、やがて支える者達が現れ始めた。
善意の保母(スタッフ)が、資金援助を申し出る魔導師仲間が、或いは彼の行いを褒め称
える者達が。次第に、彼の周りに輪が出来始めた。最初は小さな取り組みでしかなかったそ
れが、多くの仲間達と共に歩むものとなる。
同じ魔導師や、かの英雄を持て囃したい者は称えた。これもまた英雄的行為であると。
平和と友愛を信仰する者は称えた。これこそ真なる無償の愛であると。
だが、それは自分からすれば見当違いもいいところだ。彼は何も違う形で“英雄”たろう
とした訳でもない。ましてや、愛と平和をその身で以って訴えるメッセンジャーになりたか
った訳でもない。
繰り返すが、贖罪なのである。彼はただ埋め合わせをしたかったのだと思う。
かつて凶刃に倒れた妻と子──あの先の未来を生きる筈だった生命を、代替する。その動
機は極めて自我的である。故に、ましてや再び有名になった事に調子づき、貴族達の口車に
乗せられて政治家になるなんてことは……その起点からしてそもそもあり得なかった訳だ。
人が他人を評価する時、多くの場合、本来その者の内面までを対象にすべきではないのか
もしれない。
ただ行為を、何を為したかで決する。
相手が抱くその内面に、自身に都合の良い色彩を押し付けることなく……。
『そりゃあ難しいさ。でも嬉しい、楽しい。当たり前だけども、命を奪うよりも、命を育て
ることの方がよっぽど難しい仕事だよ』
尤も、実際にお腹を痛めて産んでくれる母達には負けるがね──?
そう言って彼は微笑(わら)い、そっと頭を撫でてくれたものだ。
色々言われはする。
だが事実として、自分もまた、この人によって育てて貰ったのであって……。
「──いやぁ、おめでとう。エマさん、うちの子(リック)を宜しく頼むよ」
屋敷というよりは我が家に他ならなかった。
僕はこの日、婚約者(かのじょ)を連れて、暫くぶりにローランド氏──院長先生らへの
挨拶に訪れていた。
「はい。任されました♪」
「おいおい……。僕ももう子供じゃないんだから」
「ふふっ。私達にとってはいつまでも私達の子供よ。ね?」
「ああ、そうさ。またいつでも訪ねておいで」
「……嗚呼、また一人、巣立つんだな。はは……。私も、随分──」
「院長先生?」
「あらあら。式も未だなのに、もう泣いちゃってるわ」
院長先生はつぅっと涙を流していた。他の保母・保父(せんせい)達も、めいめいに目を
丸くしたり苦笑したりして付き添っている。
皺まみれになった顔。眼鏡の下からハンカチで涙を拭うその手と、蓄えた白い顎鬚。
かつて英雄と持て囃された魔導師も、今やすっかり涙もろいお爺さんだ。
だがそれでも、その方がずっといいと僕は思っている。僕ら院出身の子供達にとっては、
この院長先生の姿こそが彼そのものなのだから。
「……エマ」
「うん。皆~、準備はいい~?」
だから院長先生のそんな姿を見た時、僕は迷った。
でも、思い止まっちゃいけない。追い打ちみたいになってしまうけれど、僕らは式当日が
来るよりも早くこの気持ちを伝えたかった。当日以外では、今がその時だと思っていた。
『は~い!』
僕の目配せの直後、彼女が合図を送ると、それまで庭先に停めていた僕の車の周りで遊ん
でいた院の子供達が一斉に元気な声を上げた。
院長先生達が、目をぱちくりとさせ頭に疑問符を浮かべている。
よいしょ、よいしょ……。一度何かを隠すようにして子供達は円陣を組みながら移動し、
やがて僕ら二人の、院長先生の前に来ると、ニカッと笑ってそれを差し出す。
『院長先生、先生! いつもありがとう!』
それは幾つもの、両手一杯の花束だった。
目の前に広がるそれ。何よりも太陽のような笑顔で語られたその言葉に、院長先生以下、
院のスタッフの皆さんが唖然とした表情に変わる。
「改めて、僕たち皆からの気持ちです。こんなんじゃ足りないかもしれないけれど」
「びっくりさせてごめんなさい。でも、受け取って……くれますか?」
先ず先生達が、お互いの顔を見合わせていた。
フッと笑み緩んだ顔。感極まり、目頭が熱くなった顔。
そして何よりも──その中央にいた院長先生がぼろぼろと、先程とは比べ物にならない量
の涙を両の目から零している。
「リック……エマさん……。そうか。皆で……」
僕らは微笑み返し、子供達からそれぞれ花束を受け取った。
差し出す。院長先生は感涙で泣き腫らし始めながらも、そんな花々に埋もれ、言葉少なく
やや俯き気味になる。
かつての英雄。何より、僕らの偉大なる養父(とう)さん。
世界にどんなに曲解されても構わない。その強さが、ひたむきさが、惜しみない愛情が、
僕らの誇りなんだ。
祝福を。
貴方の……その半生に、祝福を。
(了)
スポンサーサイト
- 2014/09/28(日) 00:00:00|
- 週刊三題
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0