日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「君と食事を」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:朝、冷蔵庫、ツンデレ】


 食は“人を良くする”と書く、なんて云われる。
 実際そうなんだろうなと思う。僕の以前の仕事柄、そう刷り込まれてきた部分もあるのか
もしれないけれど。
 食事とはエネルギーだ。僕達が朝起きて、昼間活動し、一日の営みを終えて夜を迎える。
その活力を確保する為になくてはならぬものだ。
 なのに現代の人達はせっつき過ぎだと思う。ゆっくりと食事を摂る時間すら惜しんで働こ
うとするし、働かせるし、もっと他にやるべきことがあるんだと強く信じ込んでいる節さえ
ある。
 そりゃあお金だって大事だ。この世の中、ご飯もお金が無いと手に入らない。
 ……いや、そういう仕組み自体はもっと昔からか。だけどもお金も仕事も、全ては僕らが
毎日「食べて」いける為のものだった筈だ。なのに気付けば、僕らはそれらを逆転させてや
いまいか? 食を削ってまで、労に縛られてはいまいか?
 実際、ご飯を疎かにして省みなかった(何よりこれが根深い)ことで取り返しのつかなく
なった人達を、僕は今まで何人も見てきた。それはかつての同級生だったり、家族・親戚だ
ったり、或いはお客さんだったり。ある人は不必要に太ってしまい、またある人は逆に痩せ
こけ、それ故に病に罹ってしまって、今も尚闘い続けたり──結局この世を去ってしまった
人もいる。
 うん……。分かってる。
 どれだけこう専門家(プロ)が言ってみた所で、一人一人の食とは最終的そのヒト個人の
問題だ。理想を言うなら色んな栄養素をバランス良く、なのだけど、皆好物なり慣れ親しん
だ味がある訳で。
 だから無理に○○を食べないといけないと強いても、大抵嫌な顔をされる。
 自分の身体の為だから。そう(表面的ではあれ)頷いてくれる人ならまだ良くて、中には
真正面から『好きなモン食って死ぬなら、俺はそれでも構わねえ』と啖呵を切ってくる人も
いたっけ。細々と指示されたのが気に食わなかったのだろうけど……ああいう時は僕らって
何なのかなぁと独り悩んだものだ。
(……さて)
 だから、いっそ離れる事にした。
 そりゃあお仕事がすっぽり抜けてしまうこととイコールなんだけど、幸い近所のお店で雇
って貰えることになった。
 厨房に(ばしょ)は変わらない。所謂グレードはぐんと下がったけど、それで良かったん
だと僕は思う。急かされることもなく、深く関わることもなく、ただあの頃よりずっと簡単
なそれを捌けばいい。……こんな事言ったら、おやっさんが渋い顔するんだろうけどね。
(朝だし、軽いものでいいかな。サラダは昨夜下ごしらえしてあるから、それも合わせて)
 まだ街が本格的に始動するよりも少し早く、僕は起きて部屋のキッチンに立っていた。
 冷蔵庫を開け、ざっと頭の中でメニューを組み立てる。卵とベーコンを二枚づつ、取り出
して皿の上に仮置きし、早速フライパンに軽く油を敷いて火を点ける。
 最初はベーコン。ぱちぱちっと音を鳴らしながら熱を取り込んでいく。
 次に片手で卵を割り、投下。更にじゅわっと音が増えて、透明なそれは黄身を包囲するよ
うに白く変わっていこうとする。
 時計を見た。七時十五分ジャスト。そのタイミングを頭に留め、振り返ってテーブルの上
に出しておいたトーストを二枚。卵が弱半熟になる頃合にタイマーの摘まみを合わせ、オー
ブントースターに入れてこちらも電子の熱を。次いで冷蔵庫に戻り、作り置きのサラダを。
最初の開閉で一緒に取り出しておいてもよかったのだけど、自然解凍と新鮮さを考えるとこ
のタイミングがベストかなと思う。……完全に僕個人の拘りだ。
 あとは時計と、フライパンの上の具材達と向き合いながら数分を過ごすだけ。
 うん。上手くできた。
 ちょうど焼き上がったトーストをパン皿に乗せ、その上にこのとろりとしたベーコンエッ
グを加えてやれば、主食の完成。サラダも、いい具合に解凍されてシャキシャキ感が出てい
るし、手早く小鉢に盛り付けて添えてやる。
「……おはよう」
「おはよう。朝ご飯、もうちょっとで出来るよ。顔洗っておいで」
「うい……」
 そうしたら、ちょうど実莉(みのり)が起きてきた。
 まだ眠そうだけどちゃんと仕事に行くワイシャツとズボン姿。どれだけ気持ちがくたくた
になっても、染み付いた習慣というのか、決まった時間に起きるように身体はさもプログラ
ミングされているらしい。
 ふらふらと洗面所に向かう彼女を見送って、僕はフッと苦笑(わら)った。
 お湯を注ぎ、二人分のコーヒーを淹れる。

 朝起きたら、今日も優斗は台所に立っていた。
 トレーナーとジャージに、使い込まれたエプロン。振り返って微笑みかけてくるその姿が
笑みが、今の私には痛い。
 忘れたんだろうか? いや、そんな事はないだろう。
 昨夜あれだけ五月蝿く言ってしまったんだ。分かってる。でもこいつは、いつもいつも変
わらずに私を──。
「おはよう。朝ご飯、もうちょっとで出来るよ。顔洗っておいで」
 さて、自分は何て返事をしたんだっけか。
 まるでその言葉は魔法の呪文みたいに、私はふらふら~っと洗面所に向かっていた。お前
は私の母ちゃんか!? なんてツッコミを入れる余力は、昨夜や今朝の私には無い。
 ……愚痴った。昨夜仕事から帰って来て、私は延々優斗に会社での不満をぶちまけてしま
ったのだ。
 分かってる。そんな事いくら言ったって、今半分主夫みたいな彼に何が出来るでもなし。
 分かってる。甘えてるんだ。基本的にこいつは何時もにこにこ笑ってるから、外では出来
ない、一方的にまくし立てることができるんだ。
 馬鹿馬鹿しい。何て醜い。洗面台の鏡に映る私の顔は、そんな頭の中を反映してか今朝は
特に酷くなっているような気がする。蛇口を捻って冷たい水が肌に沁みる、眠気を半ば強引
に持ち去ってくれる。でも、昨夜布団の中で抱き続けたこの重々しさは、そう簡単に私から
離れてくれはしなくって。
 大体、このままでいいのかな?
 私はごく普通の──いや正直な話、ブラックな所がない訳ではない──OLで、優斗は近
所の定食屋で厨房のバイトをしている。そんな自分達が、もう三年近く同じアパートに住み
続けている。同棲、している。
 お金に困っている訳じゃない。仕事はキツイけれど、幸い給料だけはしっかり貰ってる。
まぁこっそり天引きとか、裏でいち係長の私じゃ知りえないことをやらかしていないとは言
い切れないのが時々薄ら寒いけど……生活は何とかなってる。
 家に帰れば、好きな人が美味しい料理を作って待ってくれている。
 家に帰れば、心も体も疲れた私を、それとなく癒してくれる彼が待っている。
 ……ダメダメじゃんか、私。彼に頼り切っている。
 そりゃあ相手は元プロだし、普段の忙しさでそれどころじゃない(というか今までだって
散々すぼらだった)家事で勝てる気なんてまるでしないけど。
(昨夜のこと、謝らなきゃなぁ……)
 ごしごし。タオルで濡れた顔を拭い、鏡の前で大きく息を一つ。
 踵を返して歩き出す。謝らないといけないこと。気になっていること。
 化粧もしなくっちゃ。今朝もあまり悠長にはしていられない。けれど。
(そういえば訊いたことないな。あいつがホテルを辞めた理由……)

『──いただきます』
 テーブルに向かい合い、優斗と実莉はそう声を重ねながら手を合わせた。
 目の前にはとろりとしたベーコンエッグを乗せたトーストと、野菜のサラダ、静かに湯気
を立たせるコーヒー。シンプルながら、この彼氏が作ってくれる料理には、いつも妙な美し
さすらあるように実莉には思えた。
 次には、口に運んでいた。しゃくっと砕けるパンの食感に、とろけた卵の味、更に程よく
中和するようにベーコンの柔らかさが口全体に広がる。サラダも、いい按配に冷えているの
も相まって、この濃い味を一旦リセットするのにちょうどいい副菜を演じている。
 暫し二人は、黙々と目の前の朝食を摂り続けた。
 実莉は内心一々感動すらしつつ、ちょっぴり掻き込み気味に。
 優斗はそんな彼女に静かに笑みを零しつつ、のんびりと咀嚼。
 ずずっ。二人はほぼ同時にコーヒーに手を伸ばした。湯気こそ立てど、その温度は熱過ぎ
ない程度にほんのりと調整してある。これも優斗の心配りなのだろう。実莉はこれもくいっ
と喉に通し、ようやく大きく安堵のような息をつきながら落ち着きを得る事ができていた。
「どうかな? 美味しい?」
「……美味しくない訳ないじゃない。ていうか、何でこのメニューでこうも別次元な味が出
せる訳? ……いや、やっぱいい。自分で訊いてて憂鬱になる」
 もきゅもきゅ。相変わらず穏やかな彼の言葉と姿に、実莉はころころと感情を変えた。
 むしろ簡単に見えるからこそ、だ。彼の事だから多分教えてくれと言えば教えてくれるの
だろうが、そう簡単に自分が理解(ものに)できるとも思えない。ぶっちゃけた話、女子力
という奴は自分よりもずっと上であって。
「……うぅ」
「み、実莉? ごめん。何か余計なことでも……」
 なのに優斗は苦笑(わら)っている。驕る訳でもなく、ただ自分が彼女を不快にさせてし
まったのではないかと、心配げな表情(かお)になる。
「違うよ。相変わらず料理じゃ勝てないなあって。それと……昨夜の」
 後半の方はつい尻すぼみになってしまった。だが優斗はそれでも彼女の言わんとする所を
理解したようで、されどそれを直截に口にする訳でもない。
「ごめん。また私……」
 謝っていた。まだ残るコーヒーカップを手にしたまま、実莉はぺこんと頭を下げていた。
「気にしなくていいんだよ。仕事がしんどいのは分かってる。それでも踏み止まって、僕ら
の暮らしを支えてくれている。謝らなきゃ──感謝しなきゃいけないのは僕の方だよ」
 言って、優斗は残りのパンをサラダを口に運び、咀嚼し、飲み込んだ。皿がすっかり空っ
ぽになる。実莉の方もコーヒーを飲み干し、同じく空っぽになる。
「……ねえ、一つ訊いていい?」
「なぁに?」
「その、さ。優斗は何で前の仕事を辞めたの? ホテルで料理人(シェフ)やってたんだよ
ね? でも辞めたって。何でなのかなぁって。私、その頃の──付き合い出す前のことは全
然知らないから」
 そしてふとそんな彼女の問い掛けに、優斗はようやく感情を漏らしたような気がした。
 不機嫌の類ではない。ただ軽く目を見開いて瞬いている。
 うーん……。少し彼は考えていた。カチカチ、壁掛けの時計が時を刻む。
「一言で言っちゃうと、僕には合わなかったから、かなあ」
「合わなかった……?」
「うん。何て言うのかな、此処は僕が求めていた場所じゃないって思うようになったからな
んだと思う。確かにホテル勤務(あそこ)はお給料も良かったし、腕を磨くにはいい環境だ
ったかもしれないけど、僕はあまり好きにはなれなかったんだよね」
「……贅沢な悩みねえ。それだけの腕があれば、引き手数多だと思ってたんだけど」
「はは、ありがと。確かにそうかもね。贅沢というか我が侭というか。だけどね……実莉、
“美食は愚者の夢である”って言葉、知ってる?」
「うん? 聞いたことあるような、ないような。でも、少なくとも褒め言葉じゃないよね」
「うん。これは僕個人の感想ってことで聞いてね? 僕は昔、ホテルの厨房で働いていたけ
れど、あそこの星自体が高かったこともあってやってくるお客さんは皆、所謂お金持ちな人
ばかりだったんだよ。つまり舌が肥えているっていうこと。毎回“贅沢”な料理を出さない
と満足して貰えないんだ」
「……まぁ、そうなるでしょうね」
 ぱちくり。目を瞬きそれとなく続きを促す実莉に、優斗は苦笑していた。
 哀しげな面持ちだった。彼女も、その憂いを帯びた瞳に、ゆっくりと惹き込まれるような
心地がする。
「違うんだよ」
「え?」
「違うんだ。僕が料理人になったのは、お金持ちに豪勢な料理を振る舞って大金を落として
貰う為じゃない。食で、皆に幸せになって欲しかったからなんだ。……母さんとか、中学の
先生とか、僕の料理を褒めてくれて、喜んでくれた。それだけでよかった。それを仕事にし
ようと思った」
「……」
「食は“人を良くする”って書くでしょ? でもああいう人達はどうなのかな? ただ高級
食材をガンガン使わせて、カロリーたっぷりの料理を毎日食べて、本当に幸せなのかな?
実際僕も知っている。好き放題食べて、結局糖尿とかになっちゃった人とか」
 気付けば、優斗の表情は珍しく厳しいものになっていた。テーブルの上で両手を組み、じ
っと実莉──ではなく、机上の何かを見つめている。
「だからここじゃないって思った。僕が料理を作りたいのは、こういう人達にじゃないって
思った。喜んでくれて、今日の明日の為の糧にしてくれて、何より自分を労わるようになっ
てくれるなら……世間のいうグレードなんて関係ない」
「……。そう、なんだ。ちょ、ちょっと意外だな。優斗がそこまで料理にば──真面目だっ
ただなんて」
 馬鹿正直だなんて言えなかった。
 嗚呼、なんだ。そういう事か。実莉はようやく納得しながらも、一方でそんな生き方とは
真逆とも言える自分自身を哂った。
 食を疎かにしてまで仕事仕事な毎日を送っていたのは、他ならぬ自分ではないか。
 今でこそ、ひょんなことで優斗と出会い、恋に落ち、こうして一緒に暮らすようになった
からこそ、健康的な食生活を送れているとはいえ……。
「意外、かなあ? 僕ってそんなにぼーっとしてるように見える?」
「えっ? あ、気を悪くしたならごめん。そういう意味じゃないよ。ただ……ちょっと羨ま
しいかなぁって。それで」
「? よく分かんないけど、実莉が卑屈になる事はないよ。さっきも言ったけど、むしろ僕
の方こそ実莉に感謝しなきゃいけないんだから」
「……??」
 はは。優斗がはにかんで苦笑(わら)う。実莉がきょとんとそんな彼を見る。
 ポリポリ。指先で頬を掻きつつ、彼はこう惜しげもなく口を開く。
「だって、好きな人が美味しい顔してくれてるだけで、嬉しいし」
 惜しげもなく。ただ素直な本心を。
 刹那、実莉の顔がぼふんと真っ赤になった。あ、あんた……。わなわなとその指そうとす
る指先が震える。
「だっ、だから何で、あんたはさらっとそういう台詞を言えるのよ~っ!!」
「あだっ!? ええっ? ちょ、ちょっと待──」
 彼女の叫びと彼の悲鳴。
 朝の一時は、かくして平和に過ぎていく。
                                      (了)

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  1. 2014/09/21(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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