日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)つながる強さ、質と量

\エターナル!/

こんにちは。どうも一週間ぶりです、長月です。気付けば今月もぼちぼちお終いですね。
月別履歴を見ていただければ分かるとか思いますが……前回の雑記の後、更新らしい更新が
出来ないでいました。即ち形にできた(するよと言える程の)創作が出来なかったという事
を示している訳でして。はい(´・ω・`)

要するにエタってました。グダっていました。
何創ろう?→いい加減にツクールを→詰めが甘くてn回目の頓挫、といったことを二度三度
と繰り返している内に、気力が萎えてしまうわ時間ばかりが過ぎて行くわで……orz
(ここ最近、ゲーム創作(を兼ねる)コミュニティとその知り合いが増えたことで、良くも
悪くも刺激されてしまっているのでしょうねぇ)
一応、今月五週目の三題は書きました。その意味で、更新コンテンツ自体が途切れている訳
ではないのですが……。
それでもやはり、正直心配ではあります。マンネリ化って奴です。三題と雑記、時々ユー録
の繰り返し。それだけでは……如何なものか? 元より誰得な当庵ではありますが、自他共
に宜しくない意味での“繰り返し”は、停滞に繋がるものだと思うのですよ(´・ω・`)

さりとて、愉しむよりも義務感(?)で続けるのでは、やはり無茶なんでしょうね。
実際、こうやって自分で自分の首を絞めないといけないのなら一旦止めてしまえと言われる
ことさえあったりなかったり。だけども創作が己が拠り所となって久しい現在、そもそも捨
て去るという選択肢自体が、最早自分にとってあり得なくなっている。面倒臭い奴だな
そもそも、一体自分は何処に往こうとしているか? 往きたいのか……??

力み過ぎなんだろうなあ。この営みを、もっと「遊び」に回帰させねばならないのか。
結局は個々人の好みの問題で、ゼロサムじゃないんだってことはもう何度も繰り返し文章に
起こして言い聞かせていることだけども。
それでもやっぱり自分は、どーにも重苦しいものらを敢えて選んで、物語に込めて、そして
背負い込む「べき」なのだと、脅迫し続けている……ような気がする(´=ω=`)


今までにもこの云いは使い回してきたと記憶していますが、ホントたった一週間でセカイは
がらりと変わってしまうものなんですね。

……いや、クソッタレという意味ではこの現実はそう前とは変わっていないのかもしれない
けれど。だけども、次から次へと、飽きもせずにセカイは大小様々なニュースを僕らにぶん
投げてくれやがります。
そもそも──今回も性懲りも無く、自分の硬い重いに部類されるであろう作風に不安を覚え
てしまっているのは他でもない、これら一連のニュース達が故です。天・地・人揃いも揃っ
て理不尽を、息苦しい閉塞感を与えてくる何処かしこからのリアル達を、今週もまた知って
しまったからです。
天災では、もう詳しく述べる事すら不要なくらい皆さんも既にご存知でしょうが、先日より
列島に居座る前線、それに伴う全国的な豪雨の日々が続いています。特に広島や北海道礼文、
或いは地元関西では福知山一帯等々。その被害は連日紙面のトップを飾るほどの──しかし
連なり続けるその悪天候故に救助や復旧が中々進まないという甚大さ・深刻さを未だ抱えた
ままでいます。
それでも、既にこれら各地には、公的な要員以外にもボランティアの人々が駆けつけ支援に
当たっておられるようですね。
かといって僕は何も出来ない、いち傍観者に過ぎません。ですがこんな悪夢の群れが一刻も
早く、被災した人々の下から去っていくのを願わずにはいられません。
かく言う僕の地元も、連日の雨天で夏祭りの多くが中止に追い込まれてしまいました。
今年の真夏は……どうにもおかしい(涼しいなってレベルじゃない)

……ただまぁ、それに負けず劣らず、昨今の「人災」もオカシイんですよね。実際。
(ようやっと本題。今回はそういう方面を絡めてのお話)
天災は、こういう言い方をすると不謹慎なのかもしれませんが、ある種仕方のない部分が判
ってはいる。例えば広島の一件では、山を削ってそこにジャンジャカ家を建てたから、いざ
豪雨で土砂崩れが起きるとあれだけの被害になっているのでは思われる訳で。人間が天気を
100%コントロールするなんて多分できないんでしょうけど、少なくともそこに「因果関係」
を見出すことならば、出来る。
だけど、対人に於ける災害──オカシイ人からの被害を被る時って、大体は筋道立った論理
構築なんて期待できないじゃないですか。お上から下々まで。「いやその理屈はおかしい」
をごり押して、時にネットというツールを用いてその理不尽(被害を被る側からみての)が
罷り通ってしまう。権力・公的な立場にいる人間から、金づるを搾り取ることばかり考えて
いるような企業組織、果ては何処の馬の骨とも知れない人間(というか捨て垢)からの誹謗
中傷、手前勝手で一方的な主張・通告──インターネッツを利用している皆さんも、程度の
差はあれ何かしら身の覚えのあることではないかと思います。
……だから、今僕は立ち止まってみているのですよね。
以前より組み立てている僕なりのこのセカイへの世界観、皆が“棲み分け”て小さく纏まっ
ていた方が僕らはもっと諍いなどの煩わしさから解放されるんじゃないか──? その思考
に対する修正を、やってみようかなと。

所詮理想論だ(現実として回る訳がない)というのは、まぁ当然ある反論だとして、今回僕
が「修正」を要するなと思ったのは、まさにオカシイ人(ここ)なのです。
──放逐すればいい。
まぁそれも一つの手段、というか現実に進行形の風潮であるのですが、敢えて僕はそこには
疑問を呈したいのです。
何というか、根本的な解決ではないですよね? 少なくとも。キ○ガイなり忌避すべきもの
は「余所」に閉じ込めて「蓋」をしておけばいいんだっていうその発想は。
これは、宜しくない。各小集団の今後としても、この仮想システム全体としても。

間違いなく、棲み分けで描くこのセカイの弱点は、他ならぬその棲み分けたセグメント自体
の閉鎖性の──独り善がりと為る可能性です。
尤も、僕はセグメントが在るから人は独り善がりになるのではなく、人だから独り善がりに
なると思っているので、これはむしろ僕なりの取捨選択なんですけどね。
どうせ諍いになって被害を撒き散らすのなら、元から母集団が分かたれていればいい。
何より世の中には(良くも悪くも)色んな──ややもして自分とは相容れない人間が多過ぎる。
だからこそ、皆が棲み分け、その領分を互いに侵さず遵守すればいいなぁと。無理して諍いに
なるだけの相手と付き合わなくてもいい(=厭気)そんなセカイが欲しかった……。
でも、決してそれは徹底的に他者に「無関心」でいろ、という訳ではないのです。
ただもっと自由に、成る丈しがらみに囚われずに、皆が色んなセグメントを「出入り」出来る
ようなセカイであればいいなぁと、そういう願いも込めての云いである心算であって。

棲み分けること。そして領分を弁えること。何よりそれは『善きルール』を守ること。
現実、今日びの世の人々に倫理を説いても古臭いのでしょう。鼻で笑われるのでしょう。
しかし“ならぬものはならぬもの”が無いと、独り善がりを止める術は(少なくとも個々の
内側からは)なくなりはしないでしょうか? そうなれば外側──法、罪と罰として誰かが
指弾する他なくなる。……果たしてそれでいいのでしょうか? 僕は不安です。ただでさえ
現実の「旧き善き」を重んじる権力的勢力がそれらを「俺達の気に入るセカイ」と混同して
いる現状が否めない以上、個人的な感覚としては“強過ぎ”る。だから倫理やら道徳だって
結局は価値観の押し付けじゃないかと言われるのでしょうが、やはり僕は必要になってくる
筈だと思うのです。某有名な海賊漫画の一説を借りれば、
『仁義を欠いちゃあ、この世は渡っちゃいけねぇんだ』と思うのです。

俗にオカシイ人──もっと言えば自分勝手をごり押しする人や、香ばしい(所謂負のオーラ
を全身に湛えているような)人は、確かに傍迷惑な存在です。
だけどそれは多分、多くの人々が思い描く価値観、論理とはあさってなセカイで生きてきた
人達だからなのだと思います。或いは多くの人々のそれと相容れられず、痛めつけられて、
結果「歪んだ」心にならざるを得なかった人達なのではないかと思うのです。
故にマジョリティな人々は断罪します。或いは火の粉を被りたくなくて関わらないように気
を付けます(俗にいうスルースキル。最早それがネット上の常識とすら化していますね)。
だけど果たして“彼らだけが悪い”のかなぁ?と、しばしば僕は強く疑問に思うんですよね。
そりゃあ難癖をつけてくる方が悪いですよ? 行為論としては。どんな理由があっても実際
に犯罪行為を犯したのなら、きちんと法の裁きは受けるべきですし(僕自身、その実片足を
突っ込んだ程度だったとはいえ、元法学系の学生ですからね)
でも僕は知っている。学んできた心算です。
それでは──“解決”はしても“融和”することは難しい。むしろ法的な手続きへと持ち込
んだことで、お互いがもう修復不可能な状態になることすら珍しくない。後々諍いの種火と
もなりうる。当然の権利行使だとはいっても……果たして。といった感慨。
でもまぁ……被害者になってしまう人々も、そこは承知の上ではあるんでしょうけどもね。
そも理不尽な仕打ち、言い掛かりで被害を被った相手との「つながる」可能性なんて……端
っから期待してないんでしょうが(むしろ断ち切りたいから選んだとも)

……その意味で、僕は「人災」とは“お互い”にとってデメリットばかりを生むと考えます。
世間一般の人間と自負する人と、そんな人を掻き乱す(と第三者が認定する)オカシイ人。
オカシイ人の価値観・セカイに翻弄され、ひいては実害を被るのは勿論のこと、今日び現実
ではそういったオカシイ人はややもすると晒される。最初一対一だった関係性が、気付けば
多数(1+湧いて出た批判派)対多数(1+湧いて出た擁護派)の石の投げ合いに変わる。
こうなると、どうでしょう? 互いに対して残るのは不信ばかりです。
特にオカシイ(とされた)人は、もしかしたら「またか」と思うかもしれません。
(まぁ自覚が無いからあちこちで散見されるのかもしれませんが)
噛み合わない相手に、現実に、この世界に怒り哀しみ、絶望して──“憎しみ”を抱くこと
になるかもしれません。それがたとえ(合理的に常識的に考えて)いやお前が悪いだろと言
われても。ここで大事なのは、あくまで彼らが、そんな時内面で如何思ったのか?なのだと
思うのです。
(そもそも所謂常識的な価値観に依り立っていない、自分のセカイに生きている人間だから
こそ、他人にオカシイ人認定される訳で……)
理由が道理にかなっているかいないか?
そんなことはその実、人一人の精神に於いては二の次(後付け)で、そうして蓄積されてい
った憎しみは、受け止められる・吐きだせる場所が得られなければやがて彼ら自身を文字通
りの意味で蝕んでいく。世界自体に牙を向ける、自らの消滅を願って自棄を起こす──それ
をネット界隈では往々にして「厨二病乙」と哂って切り捨てているけれど、事実その萌芽は
かねてより間違いなく現出している筈で……。

──人は、分かり合えないんだな。
ぼやっと、本稿を長々と、要領を得ず申し訳ない。
ただ此度僕は思ったのでした。自然なり人間なり、世を見渡すとそこには暗い重い、円満に
結び付くことなど生温いと吐き捨てるような現実が次々と飛び込んでくる。遠く異国の紛争
から、PC画面越しに繰り広げられる民草らの石の投げ合いまで幅広く。
ただ棲み分けることすら出来ない──いや、棲み分けてすら足りないのだと思い始めている
のです。どれだけシステマティックにセカイを捉え直そうとも、思考の中で積み木遊びを捏
ね繰り回しても、現実にこの世界に、他者という人々(特定の集団)に憎しみを抱き拗らせ
た誰かがいれば……そんな築き上げたセカイなんて、簡単に壊れてしまう。
『あんたが注意する(諭す)義務は無いじゃないか』そう嘯いて大抵の人はスルーします。
そうでなければ、或いは義憤のままに管轄外の正義感を振りかざすのかもしれません。
でも、義務じゃない(それ)も違う。義憤を振るうこと(これ)も、違う。
だけど……やっぱり誰かが向き合わなければいけないんだなって、何処かで対話を試みなけ
ればならないんだなって思うのですよ。厄介事を背負い込むんだぜ?なんて、百も承知で。
オカシイ人達と。それこそ、いわゆる論理<ジョウシキ>を超えた先で。

──人は、貴方にとってその全てが“敵”じゃない。
頭では解っている筈なんだけど、解りたくない。全方向に解ってはいけない、ような。
多分、僕も含め、憎しみを拗らせた経験のある人には伝わるのかな?
人間っての、僕らが思っているほど賢くはないし、だけども、思っているほど愚かでもない。
だから全部を憎み切ってしまったら、争い(おわり)なんだと思う。人としていち物書きと
して、多分この先もそんなアンバランスなセカイの上に立ち続けなければならない。多分、
憎しみに拠った物語ばかりを書いていちゃ「いけない」と思ってしまうのも、そんな処から
来ている感触なのかな?
……それに、こんな僕にだってできた。いる。憎々しい人間と、そうでない人間。後者が。
相変わらず口下手でそう頻繁に話す訳でもないけれど、たまに雑談をする。一緒にゲームを
する。以前は全く顔も知らないのにリアルで集まったりもした。確かにそれまでの時の流れ
で出会い、疎遠になっていった人達もいる(の方が多い)のだけど、少なくとも彼らの全員
が全員“敵”だったとは思わない。そもそもそうじゃなかったから、つながり続けた。
ポジティブ教徒への改宗? いや……ネガティブ教徒なのは、多分変わってはいない。
だから、それらを維持できなかったのは、ひとえにそんな僕の臆病の所為なのだろうなと思う。

つながっているものが増えると、強くなると、怖くなる。
そんな時つい、距離を取り直さなければと、戒めてしまう。
僕自身の願いの本質は「諍いのない」こと──ひいては「円満」なのに、実際そういう空気
に違和感を抱いてしまう。結局は、居た堪れなくなってしまう。

二律背反というか。何というか。

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  1. 2014/08/25(月) 23:00:00|
  2. 【雑記帳】
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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