日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「塀話」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:犠牲、楽園、人間】


 扉の向こうとは、彼らにとって異物以外の何物でもありません。
 セカイは、ぐるりと分厚い壁に囲まれていました。
 その中に段々と積み上がって形成されている街並み、国の姿。殆どの人々にとって此処が
全てであり、知覚できうる現実でした。
「や、やめろ……やめてくれ……!」
 されど、この日もまた、そのセカイから放り出される者が出ます。
 例えば彼は殺人未遂でした。曰くこの青年の上司が、彼を公私に渡って拘束──こき使い
続けたことで、彼がこの上司を“殺さなければ自由がない”と考えたようです。
 それでも上司は、大怪我を負いながらも一命は取り留めました。鈍器で何度も何度も殴ら
れて血塗れになったにも拘わらず、偶然騒ぎを聞き付けた、巡回中の警備員に助けられたの
でした。
「うるせぇ! この人殺しが!」
「二度と戻って来るんじゃねぇぞ!」
 今この青年は、憲兵らに左右後方から睨まれ、両手を重い手錠で封じられています。
 壁の外へと繋がる大きな扉の前、その広場には多くの住人達が集まっていました。

 彼らは叫びます。こんな凶悪な男が自分達の国に住んでいたなんて。
 彼らは怒ります。お前の所為で、この国の“秩序”が乱されたのだと。

 青年に向かって投げ付けられるのは、石です。一応憲兵らが半円状の進入禁止ラインを作
って人々の立ち入りを制限していますが、その投石行為にはまったくといっていいほど咎め
を向けようとはしません。
 そもそも、今この場はこれこそが目的とも言えたのです。
 罰。それはただ罪人(いらないもの)を放逐するだけではなく、他ならぬ内側に残った者
達からの責め。
 この青年は投石であちこちを怪我しながら、程なくして壁の向こうへ送られるでしょう。
 外界には牢獄があります。放逐された罪人は、そこに集められて隔離されるのです。
 犯した違反(つみ)の重さにもよりますが、彼らが元いた壁の内側に帰ることは先ずない
と言っていいでしょう。
 少なくとも、必要としていない筈です。
 石を投げにやって来た者達にとっては、例えばこの青年は既に“外側”の人間であり、例
えば罪を償って戻って来て欲しいなどとは殆ど考えていない筈です。
 大多数の──青年に近しい者でない“外側”の人間にとり、彼という人間はこの時点で既
に罪人(いらないもの)なのです。

 多くの、善良なるを自負する──或いはそこに疑問を抱くことすらしない、許さない住民
達にとって、壁の中は安住の地でした。いえ、安住の地でなければなりませんでした。
 少なくとも、此処に居さえすれば野蛮な外敵から逃れることができます。多少執政院から
課される労役(しごと)はあり、軽いものではありませんでしたが、それさえこなしていれ
ば基本的に自由です。
 お互いがお互いの働きによって財やサービスを蓄え、人々は衣食住の不自由がない豊かな
生活を送ることができました。
 それでも足りない時は、他の国と、壁の外へ出向いて交易を行う認可商人らの出番です。
 しかしその事実は知っていても、認可商人当人らでもない限り、大多数の人々からは物好
きな労役(しごと)だと思われています。安寧なる場所を離れる理由が無いからです。

 ですが……安寧なる場所とは、用意されているだけでは維持できません。お上、そして何
より彼ら自身が、その維持の為に団結しなければならない。いや──競争し続けなければな
らない。
 先の一件を例にとりましょう。青年が牢獄へと送られたことで、人々は一時、安堵の時を
得ることができました。
 ですが、一時です。一時しのぎでしかありませんでした。
 さてはて、その実誰が言い出したことなのやら。
 少なくともその安堵を揺るがし、突き崩した言葉が人々の間を駆け巡り始めます。
『青年(あいつ)が殺そうとしたのが悪いのは勿論だ。だが、そうまでさせたあいつの上司
とやらにも、罪はあるのではないか?』
 突き詰めて考えれば、です。誰が言い出したかは定かではありませんが、それは皆の情動
に訴えかけるには十二分でした。
『その上司が同じような振る舞いを続ければ、また第二第三のあいつが現れやしないか』
『それはよろしくない。またこの国が乱されるのはよろしくない』
『ならば彼も捕らえてもらおう。追い出してしまおう』
 かくして、かつて青年に半殺しにされた上司が、憲兵らに捕らえられました。
 罪状は労役基準の違反。程なくして彼は執政院により有罪を言い渡され、かつての青年と
同じく牢獄に送られる(ほうちくされる)ことが決まりました。
「痛っ……! や、やめろ! 私は被害者だぞ!? そもそも皆に成果を上げるよう指導し
ていたのは、皆の幸福を高める為で──」
「見苦しいぞ! 謝罪は無しか!」
「そもそも、お前が無茶な運用(シフト)を回したから、あんな事件が起こったんだ!」
「謝罪しろ! 謝罪しろ!」
 石が投げ付けられました。この元上司に“義憤”を抱いて集まった人々は、弁明しようと
する彼に次々と言葉を浴びせかけると、石を投げ付けていました。

 大事なのは彼らが個別に於いて『何をしたか』ではないのです。
 人々を『乱す事案を持ってきた』こと、それ自体を咎めるのです。

『甘ったれたこと言ってんじゃねぇ!』
『不謹慎だ! 謝罪しろ!』
 人々は事あるごとに集まり、石を投げ付けました。
 ある時は若気の至りで彼らに迷惑をかけた、思慮の足りなかった少年に。
 ある時はその価値観を押し付け、年下の被害者の心を傷つけた、歪んだ正義の老人に。
 またある時は、追放しました。
 この現在の統治システムの不寛容さを説き、壁をなくすべきだと、安易に石を投げ付けて
はいけないと主張した弁士をも。
「──ほう。そんなこと言ったのか」
「そりゃおめぇ、あんたが悪いよ。人間何が正しいかじゃなくてさ、何を正しいと思いたい
か、だろ?」
「……」
 追放された者は、その点でのみ分け隔てなく牢獄に放り込まれます。
 そうです。放り込まれるのです。新しい壁の中へ、善良なる人々の住まうそれとはまた別
の、隔離された中へ移されるのです。
「だからですよ。こんなこと、ずっと続く訳がない。……滅びますよ。僕らは」
 故に、それが当たり前だとすら諦めて(おもって)いた罪人達は、互いに顔を見合わせて
眉を顰めます。
「……別にいいんじゃねぇの?」
「えっ」
「だよなあ。だって他ならぬ市民様が選んだ道だろう?」
「そもそも、俺達はもうあそこには戻れねぇんだしな。関係ねぇや」
「そういう事。あんたも難しいことばっかり考えてないでさ? もうちっと肩の力抜けよ。
住めば都ってもんでな、此処だって“塀の中”だ。慣れればどうとでもなるさ」
「まったくだ。気にしてちゃ負けだぜ? 一々突っ掛からず放っておくのも大事な能力だ。
大抵、やるべき人間ってのは他にいるしな」
「……」

 当然の理であった筈なのです。だけど長い目をみて踏み止まる賢さを、生憎私たちは持っ
ていないのかもしれません。
 その重さに差はあれど、罪人は壁の向こうへと送られていきました。
 ある時はセカイを騒がせ、人々に石を投げられながら。ある時はそれもなく、ただひっそ
りと憲兵らに連れて行かれて。
 すると当然、減っていきます。罪人として放逐した数だけ、その国からは人が減っていく
ことになります。
 少しずつでしたが、着実に訪れていました。少しずつ、国内のシステムが錆び付き始めて
いたのです。
 財が足りなくなっていきました。サービスの質が落ちていきました。
 当然の成り行きでしょう。担う人間が、不祥事を起こす度に一人また一人と減らされてい
ったのです。数の上では補充することはできたかもしれません。ですが、それと能力は必ず
しもイコールではありません。……人々がその重大性に気付くには、相応の長いラグを必要
としました。
『これでは立ち行かぬ。需要に対して担い手が足りなくなる』
『なら、平均の労役を増やせば──』
『ある程度はな。だがそれもやり過ぎれば皆の不満を募らせるだけだ。今度は需要──消費
する余力を奪ってしまうぞ? それでは何の為の増強になる?』
『ではやはり人を……? 何処から?』
『……確実にいる場所なら、あるが』
『ならんぞ! あれは放逐した者達だ。秩序をまた乱されるだけだぞ!』
『それに、民が許さんでしょう。放逐(それ)に彼らは同意している。こちらから、手段と
してとはいえ破っては、攻撃の矛先は間違いなく我々に向けられる』
『しかし、産めよ増やせよとしても、効果が出るのはもっと先の話だ』
『今この時を、ですからな』
『負担は……避けられんか……』
 故に執政院(おかみ)は頭を抱えます。現実として、人が足りませんでした。気が付けば
コミュニティの一部であるそれ自体を、彼らは嬉々として切り捨て続けてきたのです。
 故に扉が開けられました。但し牢獄ではなく、他の国への。
 最終的に下された判断は、移民でした。充分に作り出せぬなら、持って来ればいい。
「くそっ、また賃下げかよ」
「……何だか最近、どんどん締め付けがきつくなってる気がするな」
「執政院は何してんだ。大体、外の人間を入れるなんて……」
 しかし、それは果たして良かったのか? 結論からして、おそらく多くの痛みを伴うもの
であった筈です。
 首は繋がったでしょう。ですが流入する門を緩めた時、それは同時に流出する門ともなり
うるのです。混濁し始めていました。かの国と、かの国とより門戸を開いたその相手方の国
らを巻き込んで、彼らの安寧は掻き乱されていきます。唯一無二の拠り所であったその生活
が萎んでいくのが分かります。

 約束された筈の安寧。
 いえ。そんなもの、始めから──。

「……」
 街の中。井戸端で不貞腐れてみせる人々を遠目に、一人の男性が、痩せ衰えた頬と双眸を
抱いて蠢こうとしていました。
(しんどい……もう死にたい……。いくら働いたって、損ばっかりだ……)
 ギロリ。その眼は確かに、猥雑に建ち並ぶこの国の姿を見据えています。
(どうせ此処にいたって地獄だ。だったら、いっそ──)
 そのポケットには、小振りながらも鋭さは絶命には十二分な作業用のナイフ。
 彼はそれをそっと取り出して握り、ゆっくりと人々に向かって歩き出します。
(罪人になろう(そとにでよう))

 全ての結末は、この場で語るにはあまりにも雑多で、極端な光と闇に満ちています。
 ただ少なくとも、この日また一人の罪人が、彼らの“内側”より生まれたのです。
                                      (了)

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  1. 2014/08/24(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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