日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「別離惑星」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:月、過去、橋】


 地球は青かった──などと、大昔には云われていたらしい。
 だが彼女達にとって地球とは遠き過去の地であり、遠く眼下に在る褐色の惑星であった。
 その日、彼女は家族を連れてコロニー外周の元・交易ゲート区画までやって来ていた。
 彼女と二人の娘、そして自身が押す、車椅子に座った祖母(ははおや)である。
 区画には、既に同じように慰霊に訪れている人々も少なからずいるようだ。今ではすっか
り放棄され朽ち果てて久しいこの一帯だが、今日という日に限っては特別である。
「絶対にドームの外に出ちゃ駄目よ? そもそも開けられないと思うけど、扉の向こうは真
空だからね」
「分かってるよ~」
 ぱたぱた。十歳になったばかりの下の妹の手を引き、上の方の娘が珍しげに辺りを動き回
っている。この月光衛星(ムーン・コロニー)に生まれ育ってもう四十年弱になるが、自身
はもうあの子達のように純粋な気持ちでこの景色を見れなくなっている。
 透明の頑丈なドームと分厚い壁に覆われた内部。
 長らく人の手が入っていないことが明らかな、剥き出しの金属質の壁材やかつての設備が
今も放置され、数少なく変わらずに在るのは、ドームの遠く向こうに見える地球──真っ黒
な宇宙の闇に漂う、丸く茶色い惑星の姿だけである。
「……相変わらず荒れたままなのね」
「壊された、よ。政府としても、もう地球(テラ)政府と交流を持つ意味がないって、何時
かのニュースでも言っていたじゃない」
 彼女のすぐ傍で、車椅子に座った母がフッと苦笑(わら)っていた。
 別に怒る訳でもなく、悲嘆する訳でもなく。母も母で、七十年以上の歳月が手や顔の皺と
なり、気持ち新たに義憤を起こしてみせる思考回路を半ば無意識に焼き切ってしまったので
あろう。
 破損はドームの外、コロニー最端の箇所で尤も酷い。
 かつては地球と人や物を行き来させていた軌道ケーブルも、今や無惨に破壊されたまま無
数のデブリと化し、崩落したが如く彼女達に「この先」が無いのだと知らしめる。
「さて。ぼちぼち時間だね」
 祖母(はは)が年季物の懐中時計を片手に、そう呟いた。
 すると時間ぴったりに、区画内にアナウンスが流れる。慰霊に訪れた方はドーム窓側に集
合してくださいと。残り三分。その時が、迫る。
『…………』
 彼女達は、集まった人々は地球に向かってじっと黙祷を捧げた。届かぬと分かっていも、
窓際に花も添えられる。
 子供のような若い世代はまだ理解が足りなかったが、彼女や母といった壮年・高齢世代に
はこの日の悲痛さは幼い頃より身体に教え込まれている。

 今から三百年以上も前のこの日。
 人類は、その大多数が地球から放り出されたのだ。


 切欠はある種の渇望から始まったと言っていい。何度も何度も繰り返される戦争に、国や
民族同士の争いに、人々の絶望感はとうに限界に達していた。
 そんなある時、そこに一人の男が脚光を浴びる。
 ユージーン博士。世界的にも高名な、天才科学者であった。
 彼は言う。今までとは違った、根本的な解決を図らなければ、人類は滅んでしまうと。
『──これまで人類は、戦いを繰り返してきました。争いを繰り返してきました。……学ば
ない。どれだけその悲惨さを残し、後世に伝えようと先達が必死なっても、必ずそれらは廃
れるのです。彼らがどれだけ必死に訴えようとも、後世──今を生きる者達には、その言葉
は時にあまりにも無価値だ。あまりにも鬱陶しいものでしかない。変えられぬ過去にしがみ
つき、今の自分達を蝕む元凶だとすら反発することさえある。不戦を訴える、最早それ自体
が闘争と化しているのではありませんか? そして今日もまた何処かで、争いが起こる。人
が死ぬ。だが世界政府は、ただ言葉を並べるだけだ……』
 果たして彼は科学者だったのだろうか? 哲学者だったのだろうか?
 少なくとも悲観主義者(ペシミスト)ではあったのかもしれない。
 自分達の持ちうる技術(ちから)が一向に“平和”に活かされぬ現実──第一線で活躍し
続けていたが故に、その絶望は、きっと庶民の比ではなかった筈だ。
『もう皆さんも気付いているのではないですか? 解っていても、それを言ってしまえば火
の粉を被ると思って、口を噤んでいるのではないですか? だから言いましょう。私が言い
ましょう。……防げない! 理性だけでは、防げない! どれだけ高潔な理念をお題目を並
べてみた所で、誰かの害意を削ぐことなど不可能なのです! 経済が、教義が、しがらみが
人々の国同士の間にあり限り、それは繰り返される。争いは……繰り返される』
 当時、全世界に発信された声明はさぞ人々を唖然とさせただろう。あまりにも明け透けで
厭世的で、何よりもラディカルであったから。
『故に我々は考えました。いっそ、そもそも──皆がもっとばらばらに暮らせばいい。同じ
大地で生きることに、もう無理があるのではないかと? 今日、我々はここに宣言する!
我々が持ちうる全ての科学力を、真の安寧の為に注ぐことに賛成して欲しい!』
 ユートピナ財団。
 以降、彼が設立した大物科学者や投資家らのチームはそう呼ばれることになった。
 その目的は、平和。決して綺麗事ではなく、現実的に可能なそれを実行する為にありとあ
らゆる手段を厭わぬプロジェクトチーム。
 彼らが提示したのは、様々な最新鋭の宇宙開発の技術と……人類の“棲み分け”だったの
である。
 勿論最初は少なからぬ人々の反発があったらしい。
 無茶苦茶過ぎる、極論過ぎる。人間を信じない科学者など……。
 だが事態は、財団と世界政府が全面的な協定を結んだことによって大きく動き出した。
 政府側も、彼らの提案を受け入れる理由があったのだ(逆を言えば、それらを見越して彼
は件の声明を発したのだと思われるが)。
 その背景に、経済の飽和と資源の枯渇が挙げられる。
 当時、地球は爆発的に増え続けた人口を賄い切れなくなりつつあった。
 食糧は足りず、資源も掘り尽くし、人々の間にある格差は広がる一方だった。それは即ち
社会への不満であり、世界政府自身をじわじわと突き崩す不穏の影の他ならない。
 限界──ある種の選択的集中と、放棄であったのである。宇宙開拓が可能となれば資源も
食料も、職も新規に確保できる筈だし、何よりも増え過ぎた人類が物理的に分散することで
多くの紛争を「ゼロ」にすることが可能だったからだ。
 故に、時の世界政府は推し進めた。巨額の費用を投じ、人々に他惑星への移住を“強制”
したのである。
 閉塞感もあったのだろう。最初こそ反発した人々も、もう無いよりはまだ有るかもしれな
いという可能性に賭けるようになった。財団前面バックアップの下、月や火星を皮切りに多
数の衛星都市国家(コロニー)が造られるようになった。
 それでも故郷・地球に拘り続けた者は──見捨てられた。ならばこの地で生きるがいい、
生きて死ぬがいい。但しもう以前と同じ生活は送れないと思え……。

 財団は特に各コロニー政府に一つ、遵守するように命じた。
 君達は必ず“自分達の中だけで社会を回さなければならない”。

 ……だが、ユージーン博士の見た夢は、やはり夢だったのだろうと結論から言える。
 変質していったのだ。五十年・百年・二百年──時を経て、博士自身も亡き人となり、財
団も各コロニーも徐々に変容を余儀なくされていったのだから。
 一つに、地球と他星はあまりにも違い過ぎた。
 財団の技術を以ってしても、星の環境を自分達の快適なそれに調整するには多くの困難を
伴ったし、こと先住種族が存在する惑星では、彼らとの軋轢が各所で勃発した。
 二つに、人とは慣れの生き物である。
 移住を果たした多くの人々は、次第に不満を抱くようになった。どれだけ開拓に勤しんで
も実りがあるとは限らない。むしろ犠牲者すら出る。
 こんな事なら地球に残ればよかった……そう、窮屈ながらも物質的に満たされていた日々
を忘れられなかったのだ。
 何より、変わりはしなかった。どれだけコミュニティーを細分化しても、そこにある程度
の集団が権力構造が存在する限り、人々は争った。
 新たな地でも、新たな教義が生まれては消え、その度に少なからぬ血が流れた。
 平和は──叶えられることはなかったのである。

 加えて、各コロニー政府から巻き起こるのは、当初是とした独立独歩の弊害。
 とりわけ二つめ、移住と開拓の恩恵が実感できない人々、その不満がコロニーの政府関係
者達には恐ろしかった。
 いわば大昔、中世末期の領主のようである。立場こそ庶民より上でありながら、彼らの力
なしにそのコミュニティは維持できない。各コロニー政府は、開拓を後押しした地球政府と
ユートピナ財団に例外を求めた。

“他コロニーとの交易を許可して欲しい”
“このままでは投資したコストを回収できない”

 その設立理念からすれば、許されぬことだった。
 だが結局、地球政府はそれを許してしまう。力の衰えた財団を押さえ込み、利益の一部を
上納することを条件に、近い惑星同士を軌道ケーブルで結ばせたのだ。
 ……故に、歴史は繰り返す。ユージーン博士がかつて話していたように、結び付く輪を強
く大きくしていけば、悪しき面ばかりが世を蝕むのだと。
 いわば宇宙の中に浮かぶ国と国である。程なくして各コロニーは些細な切欠を元に対立を
始めるようになった。始めは地域間の軋轢で、外交問題に。そして──戦争に。
 なまじ各コロニーが別個の惑星で、各々に資源を持つが故に、それらは手が付けられない
ものと化してしまった。
 無重力の暗がりの中で戦闘機が飛び、撃ち落し合い、或いは相手の星に降り立っては光線
銃で屠り合う。
 これに激怒したのが、財団だ。
 それみたことか。それまで弱体化を突いて押さえられていた地球政府に、彼らは反撃を加
えて実権を奪い取ると、各コロニーへ誓約を破った罰として次々に攻撃を加え始めたのだ。
 軌道ケーブルである。
 彼ら財団は自前の兵力を動員。各地に結ばれた軌道ケーブルを強襲すると、それらをこと
ごとく破壊してしまったのである。
 ざっと百年ぶりの、物理的でラディカルな遮断。だが今度は、もう博士の遺した彼ら組織
に従順な者達は残されていなかった。
 地球政府──ユートピナ対各コロニー。戦争の始まりである。
 そしてその戦火は延々と宇宙の隅々にまで広がり続け……現在。双方の退廃に至る。


(──歴史から学ばないということを、歴史から学んだ)
 彼女はそっと、黙祷を続けていた目を開ける。隣の娘達や母も、周囲の人々も、区画内に
響いていたサイレンが鳴り止むのを待って、その頭を上げ直していたようだ。

 これは、平和への祈りではない。嘆きを慰める儀式のようなものだ。
 かつて自分達のご先祖様は、夢をみた。遥か遠い宇宙に散り、別れてしまってもそれで争
いが減らせるのなら、人類はまだ生き残ることができるのではないか? と。
 だが、破れた。夢は破れた。自分達は、結局繰り返したのだから。
 ……思うに、先ず前提が“間違って”いたのかもしれない。
 少なくとも忌避して否定さえすれば、安寧を得られる訳ではなかったのだ。
 どれだけ相手の、自分の、世界の醜さを垣間見ても、絶望し切らず「何故」「如何して」
そうなったかを詳らかにして、一つ一つその原因を取り除くべきだったのかもしれない。
 ただ……それでは遅かったのだろう。
 綺麗事(それ)を成すには、当時人類は既にあまりにも壊し過ぎていたし、一方で時が経
てば経つほど、原因を作ってしまう何かを抱く後世が現れる。
 それこそ「学ばず」に。

「おい。またドンパチ始まったみたいだぞ」
 そんな時、彼女の耳にふと一人の男性の声が届いた。
 見れば少し離れた所で、ネットワークを開いて近くの仲間達に話し掛けている。ここから
ではよく見えないが、薄緑のホログラム画像は、おそらくニュース記事の類と思われる。
「今度はゲルニアと岩村UCだと。ゲルニアがミサイルを撃ち込んだらしい」
「またかよ……」
「あそこもあそこで、仲悪いからなあ。関税協議で拗れてたんだっけ? もう交易ルートが
ある事自体珍しくなってきたのに、自分でぶっ潰してどーすんだか」
「……」
 どうやら、また別のコロニー同士で紛争の火が吹いたらしい。
 彼女は眉根を下げて、げんなりとした。哀しくなった。こんな世界だと分かっている筈な
のに、何故またそうやって血を流さなければならないのか。
「お母さん?」
「……。大丈夫、何でもないわ」
 下の娘がくいっと、状況を理解できずに服の裾を引っ張っている。彼女は数拍、言葉に詰
まった後、そう上の娘ともども二人を抱き締めていた。
 きょとんとする下の娘。目を瞬きながら、されどニュースを開いている先の男性らの方を
見ている上の娘。
 ……そんな孫達の様子を、虚ろなような瞳で見つめる祖母。
「何でも、ないの」
 説明できない。できるほど自分も解っちゃいない。
 だけども彼女は半ば半分、世界というものは、実はそんな空っぽで占められているのでは
ないかとすら思った。
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2014/08/17(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)六十九年目と僕の厭世眼 | ホーム | (長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔54〕>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/489-a75be1cd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (146)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (85)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (27)
【企画処】 (329)
週刊三題 (319)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (312)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート