日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔54〕

 控え室の中は、人の数に対してやはり手狭な感が否めない。
 ジークはその日、試合開始を前に大部屋の片隅にあるベンチに独り座り、じっと目を瞑っ
て黙していた。
 耳に届くのは雑多な騒がしさ、荒々しさ、有り体に言えば好戦的な雰囲気。
 この場所が元よりそういう性質なのだから仕方ないとはいえ、あまり気持ちのいいもので
はない。一所に前半の参加者が収まっているので何処かに仲間達もいる筈なのだが、彼らも
各々に精神統一でもしているのか、耳と肌だけでは様子は視えない。
「……」
 自身の風体も幾分変わったと思う。少なくとも、この控え室で今か今かと開戦を待ち侘び
ている出場者(もさ)達の中に交じっても、気圧されないくらいにはなった筈だ。
 以前よりもずっと引き締まった身体、伸びた身長。右頬から鼻骨に延びる傷跡。
 羽織るコートもより動きやすく、丈が短めの、革の肩当を巻いたものに替えてあるし、髪
もただの無造作な伸びっ放しから思い切ってやや短くすいてある。
 とはいえ、結んだ後ろ髪は少なくなっても残したままだ。
 これは……あの日からずっと、生きたくても生きられなかった村の皆と共に在る、その自
戒の印でもあるから。
「ふっ、はっ……」
「せいっ!」「らぁッ!」
 少し遠巻きに、他の選手達が思い思いにウォーミングアップしているさまが聞こえる。
 剣など、得物の素振りをして繰り返し動作を確かめている者。
 互いに武器と防具を打ち合い、臨戦意識を高めている者。
 或いはそれすら今は無駄な消耗だと考え、自分のようにじっとその時を待っている者。
 共通しているのは、意思があることだ。ここにいる者の十中八九全員が、何かしら目的を
持って、わざわざこの闘技場に身を委ねようとしている。
(戦いは、見世物じゃないんだけどな……)
 これで何度目か。胸奥で静かに鳴る違和感にそっと手を当てつつ、密かに押し込める。
 リオは言った。成果を見せてみろと。
 こんな場で、衆人の前でわざわざ戦ってみせなければならないのは正直不本意だが、確か
に此処のレベルで勝てないようなら、到底奴らとやり合う資格もないのだろう。
(資格、か)
 そう自分で思っておいて、自嘲(わら)う。
 こういう所は結局変えられなかったなあ。もう理屈で済むような問題でもないのに……。
「第一から第四ブロック所属の出場者の皆さん、もうすぐ試合開始です。係員の指示に従っ
て各リングゲートへ移動してください」
 そんな折だった。肩に引っ掛けた長銃を揺らし、係員の一団がそう自分達に呼び掛けてく
るのが聞こえた。
 スッと閉じていた目を開く。見れば四ブロック分、配分された選手達がぞろぞろと係員ら
の下に集まっていき、点呼を受け始めている。
(俺も行くか……)
 さてと。一度静かに息を吐き出し、ベンチから立ち上がった。
 腰には六華、長年の相棒達。腰に懐に、ガチャリと揺れたそれを軽く手で押さえてやりな
がら、自分も他の選手達に交じるべく歩き出す。

 ……ああ、そうだ。今の内に話しておこう。
 自分達がこうしてこの場にいる、そもそもの理由。

 それは今から二年ほど前──大都(バベルロート)での事件が、一先ずとはいえ落ち着き
を取り戻した頃のことだ。


▼第Ⅴ部『育まれし日々(グロウ・ヒストリア)』編 開始

 Tale-54.団員達(かぞく)の帰還と廻る歯車(前編)

 三度目の帰還は、それまでとは違い、まるで十数年ぶりでもあるかのような錯覚をジーク
達に与えた。
 大都から何度か乗り継ぎを挟んだ飛行艇が、空港(ポート)に着陸する。皇国(トナン)
からの帰国時の記憶に馴染んだ風景が、サァッと目の前に広がっている。
 各々に荷物を手に肩に、引っ提げて機体の外へ。タラップへ。
 そこで一行待ち構えていたのは──やはりというべきか、マスコミの大群だった。
 ストロボの光が、眩しくて無遠慮だ。次々と「長旅お疲れさまでした。皇子」だの「今回
の一連の事件について、ご自身思う所はありませんか?」だのと矢継ぎ早にコメントを求め
られたが、ジークやリンファ、イセルナらがアルスやシノ、コーダス──訳あって同伴中の
皇国(トナン)側一同を庇うようにして寡黙に進む。
 ちなみにレジーナ・エリウッドとは、既に大都(むこう)で別れている。今頃は二人とも
鋼都(ロレイラン)に戻り、社員達とも再会している筈だ。
「皆様。お帰りなさいませ」
「どうぞ、こちらへ」
 空港(ポート)の建物前には既に、迎えと思しき官吏達が待ってくれていた。
 アウルベ伯か、或いはアトス政府か。折り目正しい所作で一礼し、促してくれる彼らに頷
き返して、一行は事前の打ち合わせ通り複数の鋼車に分乗する。
 用意された鋼車は、皆そっくり同じ型の、いわゆる黒塗りの車体で統一されていた。
 警備周りの関係から、自分達が乗る瞬間はマスコミに撮らせない。
 がっつりと武装した警備兵らが文字通り彼らの前に肉壁を作り、盾を並べ、誰がどの車両
に乗ったかを確認させない。
 大きく分けて、一行は四班に分かれていた。
 一つはジークとアルス、リンファやイセルナを中心とした皇子グループ。
 一つはシノとコーダス、彼女ら夫妻を守るサジ以下皇国(トナン)関係者のグループ。
 一つはダンやシフォン、大都(げんち)に出向いていた団員達のグループ。
 そしてもう一つは、ジークとアルスを模したオートマタを乗せた、ダミーのグループだ。
 ……こういう移動は何も今に始まった事ではないのだが、正直ジークもアルスも、あまり
いい気分にはなれなかった。
 もしかしたら誰かに殺されるかもしれない。魔導の人形とはいえ、そんな身代わりを用意
させてしまう境遇を含めた、どうにも己の身の丈に合わないような周囲の厳戒さ。或いは彼
らの期待に応えられているのか怪しいという、一種の自己不信だろうか。
「ジーク皇子、アルス皇子~!」
「“結社”をぶっ飛ばしてくれてありがとうよ!」
「う~ん……顔が見えない。イケメンだって聞いたのになぁ」
「万歳ー! ブルートバード、万歳ー!」
 それでも、現実は進んでいく。自分達も“歩んでいかなければならない”。
 それは、鋼車の列が梟響の街(アウルベルツ)に入って程なくすると顕著になった。
 熱烈な歓迎。沿道には既に多くの人々がジーク達の帰還を待っていた。
 自分達を呼ぶいくつもの声と、謝辞、或いは時折交じる黄色い歓声。
 とはいえ窓を開ける訳でもなく、ジークは肘掛けの上で頬杖をついてむすっとしていた。
アルスも皇国内乱後のそれを思い出しているのか、何とも言えぬ苦笑いを隠せない。
「どうせとは思ってたけど、やっぱり凄いねえ。こっちもちょっかい掛けられてたって聞い
てるのにさ?」
「だからこそ、だろう? 彼らには我々が、英雄か何かに見えているのかもしれないな」
「英雄、ねぇ……」
 車内でそう語るのはエトナとブルート、持ち霊の二人。
 ジークはちらりとこの場にいる面子を見渡した。エトナは穏やかな苦笑でこちらを見返す
アルスの頭上に浮いているし、イセルナはイセルナでじっと目を細めて何かに思いを巡らせ
ているようにも見える。
 外は気楽なものだ。内側(こちら)はリンさん以下、護衛担当の皆が現在進行形で神経を
尖らせているというのに。
「……皆、浮かれてるんだ。俺達は奴らに“勝った”らしいからな」

 世界の要人達が集まる統務院総会(サミット)を狙った“結社”の強襲。そもそも今回の
事件はそこから始まった。
 囚われた王達、何より仲間達。
 奴らは皆を人質とし、世界中の国々にその王器──聖浄器を明け渡すよう迫った。
 内側から団長達が、外側からは自分達が、これを打ち破り、救い出さんと奔走した。結果
正義の盾・剣(イージス・カリバー)や冒険者達、現場に居合わせた人々の協力もあって何
とか最悪の結果だけは免れることができた。
 それでも……失われなかったものが無い訳ではない。後々で聞いた話ではあるが、実際に
“結社”の要求を呑んだり、或いは攻め落とされてしまった国も幾つか出たという。
 何より、大都(バベルロート)の街がボロボロになってしまった。
 人の傷は勿論の事、これから先その復興には少なからぬ時間や労力が掛かることだろう。
 ……なのに、なのにだ。統務院(おかみ)はのたまった。
 対結社特務軍──今回のサミットで決議された、セカイの秩序に仇なす不穏分子らにより
強力に対処する為に創設される常備軍。
 そして事実上、その中核に自分達クラン・ブルートバードが据えられた格好な訳で……。
『要するに身代わりか』
『そう、ね。身も蓋もない言い方をすると』
『だが誰かがやらねばならぬ役割なのだと思うぞ。ここまで対立が拗れている以上は、な』
『そりゃあ、そうだけど……』
 だから最初、見舞いに来てくれたリュカ姉や団長、ブルートにその話を聞かされた時、正
直言ってすぐには割り切れなかった。
 好意的に取れば、世界屈指の公権力が自分達の闘いに太鼓判を押してくれる。
 だがその実、統務院が少しでも“結社”と直接血を流し合うことを回避する為に採った人
柱な策。
『貴方は、不満?』
 だから団長がそう、そっと目を細めて訊ねてきた時、自分はもう諦めないといけないのか
もしれないなと思った。
 自分が“結社”と喧嘩を始めたこと。それが今回で終わる筈もないこと。
 何よりそこへ次々に皆を巻き込み……引き返せない深みに誘っているのだということ。
『……不満っていうか、何ていうか。声明が公表された(でた)ってことは、もう団長達は
承諾済みなんだろ? 喧嘩自体を後悔してる訳じゃねえさ。だけど、俺たち兄弟の所為で、
どんどん皆が巻き込まれていくのが……怖い』
 最後には唇を結んで、尻すぼみになった自分の声。正直に喋るのが怖かった。
 いや──まだ違う。正直じゃない。一方で思っていたからだ。
 仮に運命って奴が在るのなら、自分に振りかかるそれに。そして翻弄される中で、解って
いるのかいないのか、その時々の面子やら感情やらで事態を混ぜっ返すお上やら市民やら。
 憎しみが、在る。
 自分の中にぐらぐらと煮えるそんな感情を見つけた時……自分で自分が恐ろしくなった。
 俺は守りたかったんじゃないのか? 誓ったんじゃないのか? もう二度と、自分の所為
で大切な人を失わせたくないと願った筈なのに。
 区別しているのか? 大切な人達を蝕む無遠慮な外野(たにん)に、牙を剥きたいなどと
いう衝動を抱えているのか──?
『ジーク……』
『分かってるわ。でもこれはもう貴方だけの闘いじゃないのよ? 私たち皆のこと。決して
貴方だけが抱え込むなんて必要は、ないの』
 リュカ姉の、団長の、同情と慰みと寄り添いと。
 自分は言葉なくゆっくりと頷いていた。知らぬ間に左手で右腕を押さえ込んでいた。
 分かってはいる。分かってはいるつもり、だけど……。
『……構わないじゃない。どれだけ彼らが面子や上辺を繕ってきても。確かに“偽物”では
あるけど、チャンスでもあるわ。私達の力で、彼らの笑顔を“本物”にできるかもしれない
のだものね?』
 少し茶目っ気を含んで、だけどきっと彼女は本気で。団長は微笑(わら)う。

 あの時、自分は酷く苦笑(わら)っていた。大人だなと思った。
 ぐつぐつ。脳裏に蘇る。他でもないクロムの事だ。あんなになっても“結社”を裏切り、
味方をしてくれたあいつを、統務院(おかみ)は“罪人”として捕まえて行ってしまった。
『仕方ないと思うぞ? お前は……甘いな』
 そんな事を漏らしたら、サフレに言われたっけ。確かにあいつが“結社”の魔人(メア)
として今まで犯してきた罪は、あれくらいで消えるとは思わない。
 だけどあいつは、副団長が話していた通りなら……俺のお陰で考え直してくれたらしい。
 だから失ってしまうには惜しかった。せめてもう一度、ちゃんとサシで話をしたいと思っ
ていた。
 周りの人間は、自分が大都を救ったという。だがそんなのは大嘘だ。
 皆がいたからだ。仲間達が、力を貸してくれた者達が──特に父さんの救出に関しては他
でもないクロムの協力がなければ成し得なかった。
 俺は、無力だ。周りの連中がいうほど強くはない。やってる事といえばがむしゃらに剣を
振り回しているくらいなもんだ。
 なのに、持て囃してくる。俺達の“勝利”だなんてのたまって喜んでいる。
 ……自分達は立っていると思うんだ。
 数え切れない程たくさんの犠牲があって、この今に。

「──兄さん? 兄さんってば」
「……ッ!」
 ぼうっと、イメージの中。
 そんな深みから引っ張り出すように、アルスの声が聞こえてきた。
 ジークはハッと我に返る。弟がエトナが、いつの間にか訝しげにこちらを見つめていた。
(やべ。バレちまったかな……)
 半ば無意識に片手で顔を覆い、四指の先でぽりぽりと額を掻く。
 鋼車の列は滞りなく街中を進んでいるようだった。ならば程なくホームにも着くだろう。
「大丈夫? 難しい顔してたけど」
「……ああ、心配要らねぇよ。大したことじゃねえから」
 だが何となく察してるんだろうなあ。こいつ、なまじ頭いいから……。
 ジークは苦笑(えみ)を繕って応えつつも、対座するこの弟がそのまま納得するとは思え
なかった。
 事実アルスは眉を下げている。何というか、こっちもこっちで疲れているなと思う。
 イヨは相変わらず緊張した面持ちだし、リンファやイセルナもめいめい何か予想する所が
あるのか、それとなくこちらに目を遣りつつも口を挟む様子はない。
「そ、そうだ。もっかい確認しときたいんだけど、この後って俺達はどうするんだっけ?」
 だからジークは逸らすようにそう自ら話題を振った。「あ、はいっ」とイヨだけが生真面
目にわたわたと自身の手帳を取り出してから教えてくれる。
「一先ずジーク様とアルス様、ブルートバードの皆さんにはお休みいただこうと思います。
向こうではただでさえ強行軍でしたから、休める時に休んでおかないとです。強いて言えば
皇国(ほんごく)側──陛下とコーダス様、キサラギ隊長達のお見送りでしょうか」
「ああ。村(サンフェルノ)の墓参り……だっけ」
「はい。こちらに着いて早々では慌しいですので、数日宿でお休みになられてからの出発と
なりますが」
「……そっか」
 ジークらが頷く。そうなのだ。シノ達がわざわざ梟響の街(アウルベルツ)まで同行して
来た理由はここにある。ようやく帰って来たコーダスと共に村を訪れ──かつて亡くした同
胞と故郷の皆々に挨拶を、謝罪をしたいという意向があったからだ。
 ちなみにジークやアルスも一緒に行こうかと申し出たのだが……やんわりと断られた。
『大丈夫よ。二人の無事なら映像器で皆さんも知ってる筈だから』
『無理はしなくていい。あんな大変な目に遭ったんだ。僕らで済ませてくるよ。気にしなく
ていいから、今はゆっくりとお休み』
 加えて「必要以上に村に波風を立たせるのもね……?」とまで言われると、もう通す強情
すら持てなかった。
 まぁ久しぶりの夫婦水入らずだ、好きにさせてあげよう。
 それに傍らにはサジやユイがいる。一緒に戦ってその力量の向上は確認済みだし、いざと
なれば飛んで行ける距離だ──結局そうお互いに言い聞かせて、ジーク達は二人の言葉に甘
えることになったのだ。
「……」
 今の自分達には休息が必要。内心ぐうの音も出ない。特務軍の話も、そう遠くない時期に
正式な編成などを統務院(むこう)と詰める機会がやってくる筈だ。
「中々、そっとはしておいてはくれねぇもんなあ」
 クロムのその後については、ホームに着いてから彼女に調べて貰うよう頼めばいいか。
 何より、まだ──。
 そしてそう再び押し黙ったジークの耳に、引き続き外の歓声が響いている。

「ジークさん……っ!」
 鋼車の列がホームに着き、尚も湧いている見物人達から自分の姿が見えなくなったかと思
うと、不意にとすんと胸倉に少女の身体が収まってきた。
「……レナ?」
 少々、おずおずとした声色でジークは口にする。何故ならそれはあまりにも柔かく、且つ
か細く震える感触だったからだ。
 抱き締められていた。ホームの、宿舎のロビーに入った所でジークはレナに抱きつかれて
顔を埋められていた。
 ぎゅっと彼女の両手が自分の上着を握っている。ふるふると震え、一方でふんわりと長い
綺麗な金髪からいい匂いがして──慌てて煩悩を退治しに掛かる。
「よかった……。無事で、本当に……」
「……」
 泣いていたのだと思う。こんなにも心配して、壊れそうなほどに。
 すまん。ジークは短く言って、そっとそんな彼女の頭を撫でてやった。くすん……涙の鼻
声はすぐには直らないが、握る手に込められた力は心なしか緩んだ気がする。
「この、馬鹿たれ。レディを泣かせるなんて何事よ……」
 加えてぽすっと、横からステラがこちらの腕に拳を打ち付けてくる。
 だがその力は弱い。吐き出す感情と共に動くだけだ。見れば彼女も両目に涙を蓄え、今に
も泣き出してしまいそうだった。
「悪かったよ。ごめんな。確実に皆を助けに行くには、奴らの状況を逆手にとった方が何か
と都合がよかったんだ」
「……百回」
「え?」
「陰影の眷属(シャドウサヴァント)、百回」
「それ本気(マジ)だったの!?」
 傍から見れば、確かに女の子二人に囲まれた構図だったのもしれない。
 ハッと気付けば、同じく宿舎に入ってやれやれと一息をついた仲間達に生温かい視線を送
られていた。
 にやにやと面白がるエトナやら団員達(みんな)、或いは母さん。
 いや、違っ……。母さん、そういうのじゃないから! 父さんもそんなにこやかな微笑み
を返さなくていいって! つーか何二人してレナとステラに深々と頭下げてんの……?!
「よう、お疲れさん。よく生きて帰って来れたな。毎度そのしぶとさには脱帽するぜ」
「そりゃあこっちの台詞だっつーの。……ホームと街を守ってくれて、ありがとよ」
 そんな中で、仲間達もまたそれぞれに留守番組の仲間達と再会を果たす。
 ダンは盟友グノーシュと。
「お帰りなさい、おじさん! 大丈夫だった? 怪我はない?」
「ああ、大丈夫。ダメージの殆どは向こうで治して来たから心配要らないよ。……それより
ごめんね? 連れて行かなければ危険はないと思っていたのに、結局こっちでも敵襲は来て
しまった……」
 シフォンは大切な従妹、尊敬する伯父の愛娘であるクレアと。
「ただいま。……いいものね、やはり本拠(ホーム)というものは」
「そりゃあ戦場に比べれば天地の差さ。皆が無事で何よりだよ。いやお互いに、か」
 イセルナはハロルド、留守番を任せていた責任者と。
 お互いに拳を打ち合って、慣れ親しんだような憎まれ口を。或いは無事な従妹に安堵し、
同時に配慮が足りなかったとの侘びを。
「──」
 わいわい、がやがや。
 団長イセルナは、そんなジーク達の様子を横目にふっと優しい眼差しを湛えていた。
 ハロルドやグノーシュが指示を出し、団員達が早速、遠征中に持っていった諸々の荷物の
整理・運搬作業に入っていく。
「? ミアさん?」
「……何でもない。それよりアルスは、大丈夫だった? 怪我してない? 疲れてない?」
「お陰さまで。確かに長旅で、多少疲れはありますけど」
「……。そう」
 そしてミアもまた、苦笑いではにかむアルスを前に出迎えの言葉を掛け──つつも、如何
せんぎこちなさが否めないでいる。
(流石に、レナ達みたいにはできそうにない……。ボクには、無理……)
 ほうっと頬を赤く。
 なでりことジークに頭を撫でられているレナとステラの姿を遠目に、ミアは内心悶々とす
るばかりだ。
「……なるほど。ジークが腰を落ち着けたのも、分かる気がするなあ」
 そうして、また一人ごちて微笑(わら)う者が一人。
 コーダスだった。同じく微笑ましく皆を眺め、自身の車椅子の取っ手を握ってくれている
妻(シノ)と顔を見合わせ、まだ少なからぬ痩せ細りを残す両手を組む。
「あ。えっと……」
「貴方が、シノさんの」
「うん。そうだね、こうして直接自己紹介をするのは初めてだったね。改めて初めまして。
僕はコーダス・レノヴィン。ジークとアルスの父親だよ。──元・黒騎士(ヴェルセーク)
と名乗った方が、分かり易いのかもしれないけど」
 何人かの団員達を切欠に、こんななりからですまないがと、コーダスは皆に口上した。
 戦鬼(ヴェルセーク)──主に留守番組だった面子が思わず緊張した様子になる。
 大都での戦い、彼の救出とそれまでの経緯は、既にイセルナ達から導話で聞き及んでいる
所ではある。だが実際、ほんの一瞬だが血色の赤眼をきたした彼を目の当たりにすると、思
わず気を張ってしまわざるを得ない。
(おじさま……。雰囲気は逆だけど、確かに顔立ちはジークさんによく似てる……)
(アルスの、お父さん……。人族(ヒューネス)だし、優しい雰囲気もそっくり……)
(……私やクロムって人と同じ、か。私もいつか、ああやって笑っていられるのかな?)
 レナがミアが、そしてステラが、各々にそんなコーダスの姿を見遣って内心に思慕や不安
を抱いていた。一方で、そのコーダス当人は、クレアに視線を移し「そうか。君がハルトと
サラの娘さんかぁ」と昔を偲ぶようにその頭を撫でてやっている。
 ──旅荷を運び直したり、或いはロビーの椅子に座って人心地ついたり。
 暫し、ゆったりと安堵した時間が流れていた。
 相変わらず耳さえ澄ませば、まだ外でマスコミや見物人が張っているようだが、もう此処
まで来れば大丈夫。イヨが車中で話していたように、せめて今日一日くらいは好きなように
ゆっくりとさせて貰おう。
「そういや……リオがまだ街(ここ)に居るって聞いたんだけど」
「ん? ああ、それなんだが」
「結局何でか分からないんだよなぁ。もう“結社”は追っ払ったし、てっきりその助太刀の
為に来てくれたもんだとばかり思ってたんだけど……」
 ふと思い出したように、ジークが留守組だった団員達に訊ねる。すると彼らも、やや鈍い
反応を返しながらも、そう首を捻ってみせる。
「ま、何考えてるかよく分かんねぇ人だからなあ。親戚の俺が言うのも何だけど」
 言って苦笑(わら)う。見ればアルスも「どうしてかな……?」と同じく苦笑気味にこち
らを見返しているようだった。
「……荷物を置いたら、ちょっくら会いに行ってみるかねえ」
 ぽりぽりと軽く髪を掻く。
 今はあいつ、何処で何してる──?
 そんな事を二・三、団員達に訊いてみてから、そうジークはぐぐっと伸びをしてごちた。


(……なぁ。あれって、ジーク皇子じゃないか?)
(ん? あっ、ホントだ。機人(キジン)と……団員達も一緒だな)
(ねえねえ。サイン貰っちゃおっか?)
(止めとけよ。ガード固そうだし。それにそもそも──)
 旅荷を解いて部屋に戻って人心地つき、休まったと思った頃には時刻は昼を指そうとして
いる頃だった。
 ホームの酒場でジークは手早く昼食を摂ると、その足で街中に出た。別にいいと言いたか
ったが、その後ろから団員達が数人、ついて来ている。他にリュカとオズも一緒だ。
(……聞こえてるっつーの)
 コートのポケットに両手を突っ込み、腰の六華を揺らして、ジークは何とも言えぬ複雑な
面持ちをしながら歩いている。
 街に戻って来た時分は大層な歓迎であったが、人間とは慣れの生き物である。ホームに戻
ってあれこれと雑事を済ませている間に、どうやら街の人々の熱気も随分とクールダウンさ
れたようだ。最早良くも悪くも注目されることが避けられない身の上であるにも拘わらず、
比較的問題なく動けるのは、元々自分がこの街の住人であったことも大きいのだろう。通り
を往きながら、ジークはぼんやりと思う。
「此処ガ、マスターノ普段過ゴシテオラレル街デスカ……」
「そうよ。こっちではオズ君みたいな機人(キジン)は珍しいかもしれないけど、大丈夫。
すぐに馴染むと思うわ」
 横に並ぶオズとリュカの横目にしつつ、ジークはそれとなく久しぶりの街並みを眺める。
 二度三度。先日も“結社”の襲撃に遭いこそすれど、今回はハロルドら留守番組の面々や
バラク達──他のクランの冒険者勢、アウルベ伯の兵達、何よりリオが加勢してくれたお陰
で街中への被害は最小限に防がれているとみえる。
 それでも、心なしか街の空気が疲れているように感じるのは……気のせいだろうか?
 先程ひそひそと話していた彼氏クンの言動もある。全体としては“結社”に打ち勝った祝
賀ムードが支配しているが、個々人のレベルにその実感を落とし込めばやはり少なからず、
自分がこの街に関わったから災難続きなのだと、憎まれているケースはあるのだろう。
「なあ、本当にリオはこっちにいるのか? この辺、結構賑わってる区画だぞ」
「多分な。どうやら街に来てから、気に入った店が出来たみたいでさ」
「剣聖って呼ばれても、女傑族(アマゾネス)──トナン人なんだよ。ああいうテイストは
懐かしいんだろうな」
「……?」
 行く先が徐々に混雑してきた。他でもないこの街の繁華街だからだ。
 ジークはそう、何だか妙に嬉しそうな団員達に、頭に疑問符を浮かべて視線を返す。
 リオの性格からして、あんまり人気の多い所は好まない気がするんだが……。
 そう思ったのは彼を知るリュカも同じようで、ちらりと小首を傾げつつもジークの隣で歩
いている。
「着いたぜ。ここだ」
 そして案内された場所、とある飲食店に着いて──ジーク達三人は静かに目を丸くした。
 そこは言うなれば和風喫茶、甘味処といった所か。内装は涼しげな木造と畳敷き、簾など
で統一されており、店内にはあの地方独特のほろ甘い菓子の匂いが控え目なアピールをして
その雰囲気の演出に一役買っている。
『……』
 肝心の剣聖(リオ)は、そんな店内の一角に居た。
 幾つか設えられている座敷風のテーブル席。その一つを一人で占有し、彼を知る少なから
ぬ街の人々──周りの客達が緊張してガン見しているのを微塵も気にせずに、ゆっくり黙々
と、竹編みの皿に盛られた和菓子をちみちみと口に運んでいる。
「なっ?」
「な? じゃねーよ。一応知り合いなんだから注意ぐらいしとけよ……。明らかに皆ビビり
まくってるじゃねーか……」
 やれやれとため息。ガシガシと入り口に突っ立ったまま髪を掻く。
 若い売り子さんの「い、いらっしゃいませ~……」の弱々しい声に予め客ではないからと
断りを入れて、ジーク達は改めて店の奥へと入って行った。
 床も木板だった。足音が少し違って聞こえる。
 やがてジーク達が自分のすぐ傍に立つのを認めると、リオは楊枝に刺した羊羹を片手にし
たまま、ちらりとこちらを見遣ってくる。
「……来たか」
「ああ。まさかこんな所でのんびり菓子摘まんでるとは思わなかったけど」
「この店はいい味をしている。皇都で修行をした職人を何人か抱えているそうだ」
 訊いてねぇよ、んなこと。
 ジークは思わずツッコミそうになったが、当のリオは至極大真面目に語っているものだか
ら、聞き流すのが賢明である。リュカやオズと互いに顔を見合わせ、ジークは改めて彼に言
うのだった。
「先ずは、ありがとな。街を守ってくれて。まさか此処まで来てくれるとは思わなかった」
「礼は要らん。俺も目的があって来たまでだ。それに皇国(トナン)なら……ロッテの傘下
がカバーしてくれたろう?」
「ロッテ? ああ“海皇”か。何だ、結構親しいのか」
「……昔馴染だよ」
 ぱくり。リオはそれだけを言って羊羹を口に含んだが、ちらと視線を向けみてたリュカは
何かを察したようで、唇に指を当て小さな含み笑いを持たせている。
「コーダスを取り戻したらしいな」
「ああ。今母さん達と一緒にホームで休んでる。流石にいち国主をうちみたいな場所に泊め
る訳にもいかねぇし、今日中には取ってる宿に移る予定だがな。俺は先に顔を出して来たん
だが、その時にゃアルス達が見送ってくれるだろうさ」
「……そうか。長い、旅だったな」
 じっくりと咀嚼して楊枝を皿へ。掻い摘んで伝えてくるジークに、リオはただそれだけを
言った。
 充分だった。それだけでも、自分達にとっては充分過ぎる労いだ。
「話は皇国(ほんごく)の伝手から多少は聞いている。これで少しはシノの心労も和らいで
くれるといいのだが」
「……。そうだな」
 まったくだ。ジーク達は頷き、改めて彼の、この物静かな達人の篤さを知る。
「で、リオ。訊くが、そもそも何でこの街に? そりゃあ心強いしありがたかったが、さっ
きも目的があって来たっつってたろ。……俺達か? 俺達に何か用があって、今の今まで帰
らないでいてくれたのか?」
 そして核心(ほんだい)に入る。ジークが問うと、周りの客達も言葉なく、固唾を呑んで
見守っていた。
 だがリオはすぐには口を開かない。彼は一度茶の入った湯飲みに口をつけて喉を潤すと、
皆がじっと見遣る中、一人おもむろに黒衣を翻しながら席を立った。
「……此処では人目が多過ぎる。場所を変えるぞ」

 それはちょうど、父・コーダスが昏睡状態から目を覚ました頃だった。
 特別病棟の一角がにわかに慌しくなる。シノやセド、サジ達が駆けつけてきた医師や看護
婦らと忙しなく話すのを遠巻きにしながら、アルスはこっそりと病室を抜け出していた。
『いいの? 折角コーダスが目を覚ましたっていうのに』
『うん……。今はいっぱい話させてあげよう? 父さんがいなくなって苦しんでいたのは、
他でもない母さんだよ。セドさん達当時の仲間だよ。息子(ぼくら)はそれからでもいい。
多分この後、兄さん達も呼んで来ることになるんだろうし……』
『だろうねー。アルスがそう言うんなら、まぁいいんだけどさ?』
 ふよふよ。潔癖過ぎるような白ずくめの廊下に出て、静かに息をつきながら壁にもたれ掛
かった相棒に、エトナは小首を傾げていた。
 アルスは苦笑(わら)う。だがその言葉は、半分本当で半分は嘘だった。
 ……居た堪れなかったのである。目を覚ました父と、迷宮内で激闘を演じたあの狂気の黒
騎士が、同じ人物だということにアルスは内心激しい違和感と動揺を覚えていたのだった。
 解っていたつもりだ。父は結社(やつら)に洗脳されていたのだという事くらい。
 だが目覚めたあの場で、自分は確かに動揺した。胸の奥がぐしゃぐしゃっと皺まみれにな
るような、おそらく自責に類するであろう念を覚えた。
 ベッドの上で支え起こされた父の姿。痩せ細った身体と、あまりに穏やかな微笑。
 ……違い過ぎた。戦鬼(ヴェルセーク)として囚われていたそれまでとは、あまりにも。
 記憶と経験が、未だ目の前のさまについて来れないでいるのだろう。そうだと考えなけれ
ば、自分は内心父を怖れたことになる。もう大丈夫なのに、傷つけてしまいかねない態度を
漏らしていたかもしれない。
 だから母と共に抱き寄せられた後、幾つかの言葉を交わし、医師達が駆けつけて来た後、
こうして廊下に出た。一旦逃げた。このチグハグを、少しでも落ち着ける為に。
『大丈夫かなぁ? 病み上がりなのにあんな大挙して来ちゃって……』
 そんな隠した内心を知ってか知らずか、エトナは軽く地面から浮いたまま、ゆっくりと振
り子のように頭を揺らして病室の方を覗いている。
 そ、そうだね……。アルスは苦笑する。今度は安堵含みのそれだ。
 落ち着こう。とにかくこんな不謹慎なもやもやなんて、すぐにでも──。
『何だ? 妙に騒がしいな』
 ちょうど、そんな時だった。アルスが胸に手を当てて深呼吸を始めるや否や、廊下の向こ
う側からそう聞き慣れた兄の声が響いたのである。
『兄さん……。それにイセルナさん達も』
 アルスが、そしてエトナが耳を立ててその声をした方を見遣る。兄は向かいの、別に折れ
た側の通路から顔を出してきたようだ。
 見ればその姿は入院着。傍らにはイセルナと彼が手すり代わりにするオズが続いており、
加えて後ろにはスーツ姿だが見覚えのある顔──ダグラスとエレンツァの姿もある。
『ん? 何だ、アルスにエトナか。どうしたんだ、こんな所で』
『それはこっちの台詞だよ。ジーク達こそなんで特別病棟(こっち)にいる訳? あんた、
全身くたくたになって寝てたんじゃないの?』
『それに何で、えっと……レヴェンガート長官と、ピューネ副長官も?』
『はは。ダグラスで構わないですよ』
『アルス皇子ですね? 驚かせてすみません。実は院内を散歩していたジーク皇子と偶然出
会いまして。少し、お願いを聞いていただいていたのです』
『お願い……?』
 お互いに「何故?」を。だが疑問の投げっ放しでは埒が明かないので、先ずジーク側を代
表してエレンツァが口を開いた。
 構いませんでしょうか? そう眼差しを遣られたので、ダグラスがワンテンポ遅れて頷い
てみせる。
 衝撃的な出来事、機密性の高くなりそうな話だったとはいえ、相手はレノヴィン関係者、
それも実弟だ。彼もいずれ知ることになるだろう。それにまだ卵だとはいえ、優秀な魔導師
だとも聞く。
 ならばもしかしたら彼なりに、何か別視点の意見を出してくれるかもしれない……。
 大方、そんな思案だったのだろう。
『──ユヴァン・オースティン……』
『ああ。デュゴーっていう奴がそう言ってたんだ。俺達もいきなりそんな名前出されたもん
だから面食らったんだけど、あんな重症でつくような嘘じゃないしな』
『うん……』
 そして案の定、ざっと一通りの話を聞いたアルスとエトナは、それぞれに酷く驚いている
ようだった。
 少なからず眉間に皺を寄せ、アルスはじっと口元に握った手を当てて考え込んでいる。
 エトナも似た感じで彼の頭上で気難しく両腕を組んでいた。ジーク達もダグラスもエレン
ツァも、一度互いに顔を見合わせてから、誰からともなくそう彼からの反応を待つ。
『……ざっと考えてみたけど、可能性としては三つほどあるよね』
『お? 三つもか? 流石はアルス』
『そ、そんなに期待の眼差しを向けないでよ……普通だよ? 一つ目は、デュゴーさんの聞
き間違いや勘違いである可能性。だけど、さっきも兄さんが言ってたように、状況からして
ただの彼の思い込みで済ませるには楽観的過ぎる。二つ目はそのフードの男が、ユヴァンの
名を語る第三者である可能性だね。現実的には、これが一番あり得ると思う』
『だろうなあ。で? 三つ目は?』
『……他でもない、ユヴァン本人である可能性だよ。流石にこれは、僕の想像が過ぎるかな
とは思うけど』
 はにかみながら、そして神妙な面持ちに変わって。
 アルスは促してくる兄に、そう自身も半信半疑なように三つ目の可能性を述べた。
 当然、ジーク達は目を丸くする。後ろのダグラスとエレンツァも、その見解だけは頭にな
かったようで、思わず互いに顔を見合わせている。
『本人ってお前……。俺だって知ってるぞ? 十二聖は千年前の人間だろうが。千年も経て
ば竜族(ドラグネス)すらヨボヨボの爺さんだぞ? 計算が合わねぇじゃねーか』
『真っ当に寿命を迎えたら、ね。だけど兄さん達も知ってるでしょ? そういう種族の寿命
に関係なく生きていられる方法がある。……魔人(メア)と、神格種(ヘヴンズ)だ』
 これにはエトナを含め、ジーク達もぐうの音も出ずにはいられなかった。
 一方で、当のアルスは淡々と語っている。さも自分が導き出した仮説の恐ろしさに、じっ
と耐え忍ぶかのように。
『魔人(メア)は知っての通り余程のダメージがない限り不死身だし、神格種(ヘヴンズ)
に至っては自身の“信仰”がある限り無尽蔵に復活できる。歴史上ユヴァンは、皇帝オディ
ウスとの最終決戦の際に刺し違えて死んだとされているけど、仮にそうじゃなくて何かしら
の方法で生き延びてそういう身に変じていれば、今も生きている──デュゴーさんに本人だ
と名乗ったことにも辻褄だけは合う。ただ、仮にそうだとしてもメリットが無いんだ。特に
神格種(ヘヴンズ)であれば、信仰は文字通り生命線。わざわざ自ら表に出て、これまでの
歴史的な信用を貶めるような真似をする意味があるとは思えないんだけど……』
 故に、唖然としていた。
 ジーク達は、ぶつぶつと思考を捏ねて逸らしがちになるアルスの横顔に、やがて次いで掛
ける言葉を失って立ち尽くす。
 ダグラスはデュゴーの時以上に面食らい、目を瞬いていた。
 一方でエレンツァは静かに目を細め、いつの間にかちゃっかりとアルスの話を懐より取り
出した手帳に書き留めている。
『……ともかく』
 ぱんぱん。だがやがてその沈黙を解いたのはイセルナだった。
 それまでじっと彼を注視していた眼から一点。表情を解き、軽く手を打つ。
 弾かれたようにジーク達は我に返っていた。アルスもアルスで、つい真面目に考え込んで
答えてしまった自分に、にわかに尊敬の眼差しを向けられていることに気恥ずかしくなって
頬を染めている。
『現状、正体も立ち位置もはっきりしない以上、今すぐそのフードの男をどうにかしようと
焦らなくてもいいと思うわ。大体、皆戦いの後だもの。今は傷を癒して、次に備えることに
集中しましょう?』
『賛成デス。戦役ハ──モウ終ワッタノデスカラ』
『……そうだな。それにどのみち、先ずはおっさん達の管轄になるんだろうし』
 イセルナの、そして彼女に賛同して頷くオズを横目にジークは改めて深く息をついた。
 ついっと持ち上げた顎と眼差しをダグラスに。おそらく機密の類。彼も「おそらくは」と
短く答えていたが、事実フードの男当人の行方が分からない以上、その対処は必要性それ自
体も含めて後手後手にならざるを得ない。
『そういやアルス。お前ら何でこんなとこでぼーっとしてたんだ?』
『あ。うん、それなんだけどね……』
『さっきコーダスが目を覚ましたんだよ。今、医者や看護婦が大わらわになってるとこ』
『何ぃ?!』
 そして不意に質問の側がアルスへと渡り、エトナが言った。ジーク達は勿論、ダグラスや
エレンツァもその言葉には大層驚き、次の瞬間にはジークがアルスの肩を押してその後方へ
進もうとする。
『それもっと早く言えよ! っていうか此処にいたのか。俺達も顔出すぞ? いいな?』
『う、うん。大丈夫だと思うけど……あまり騒がしくは……』
 むんず、ずいずい。
 そうして謎多き話題はすっかり吹き飛んでしまい、ジークはアルス達を引っ張って、その
まま病室の中へと駆け込んでいく。

「──それじゃあ、そろそろ行くわね?」
 ホームの宿舎玄関にて、シノとコーダス、サジ以下皇国(トナン)側一行が支度を整えて
集合していた。
 その対面には見送るアルス達。昼食と暫しの休息を挟み、これから彼女達は街の一角に確
保した宿へと移る手筈になっている。当面数日はこの梟響の街(アウルベルツ)を滞在拠点
とし、その間にサンフェルノへの帰省も済ませてくるのだという。
「うん。気を付けてね」
「お力になれず申し訳ありません。流石に国賓クラスの皆さんの滞在は、うちの宿舎では手
狭でして……」
「ふふ。いいんですよ、お気にならず」
 クラン代表としてダンと共に並ぶイセルナに、シノはそう優しい笑みで応えた。
 その傍らには、車椅子のコーダス。二人を守るようにしてぐるりとサジら近衛隊の面々。
 相変わらず強くしなやかな人だ。イセルナは思う。またアルスも、先にリオを捜しに出掛
けてしまった兄らがまだ戻らないことから、母らに彼を引き合わせる──直接諸々の礼をし
たいと言っていた彼女の意向が叶えられそうにないなと思う。今日は無理でも、また後日村
から戻って来た時にでも引き合わせればいいだろうか。
「ジークにも、皆さんにもよろしくね? あの子ったら相変わらずつれないんだから……」
 そっと、反応する暇も与えぬ母のハグ。アルスは腰を落としたシノに抱き締められ、一瞬
頭の中が真っ白になった。
「……うん、大丈夫。あと兄さんは照れ屋さんだから……。ちゃんと母さん達のことも心配
してると思うよ?」
 そうね。ふふっと微笑(わら)い、シノはアルスから離れた。
 優しい温もりが残る。車椅子越しに、母と父が互いに見つめ合って仲睦まじくしている。
 程なくして、シノ達一行はホームを出発して行った。再び何台かの鋼車が、向かいの道に
ずらり用意されているのも見えた。
(……ユヴァン、か)
 分からない。正直今、自分の容量はいっぱいいっぱいだ。
 父を拐(かどわか)した組織の闇。古の英雄の名を語る、彼らに縁あるらしき者の存在。
 あの時は随分と滅茶苦茶な仮説を立ててみたが、世に云われることが常に“正しい”とは
限らない。……歴史的にも、個人的な経験でも。

 分からない。
 でも、少なくとも、自分が守りたいと思う人達はいる。


 甘味処での会計を済ませ、ジーク達は街の外側外側へと歩いて行った。
 リオが足を止めたのは、そんな街外れに広がる一辺の空き地。以前イセルナ達が新団員の
選考会で会場とした辺りだ。
 その時に少し刈った雑草も、今ではあちこちで疎らに頭をもたげつつあった。
 基本土の地面に、朽ちて久しい石畳だった部分が点在する。更に辺りを見渡せば、やはり
点々と、幾つかの廃屋が物寂しく佇んでいる。
「……リオ」
「ああ。此処なら、聞き耳を立てる他人(もの)もいないだろう」
 ジーク達が、そうリオの背中に語りかける。彼は時折の風に吹かれながら、そうぽつりと
口を開き始めた。
「最初は、ジーク。俺はお前を皇国(トナン)に連れて帰る目的でこの街に来たんだ」
 尚も背を向けたまま。ジークはそんな彼の言葉に、無言のまま片眉を上げている。
「お前達の旅の目的──コーダスは救い出せた。大都の一件で“結社”にも一矢報いたこと
だし、引き際としては充分ではないかと思っていた」
「何勝手なことを……。俺は」
「ああ。承知の上だ。だが俺達としては、シノの傍に居て欲しいと思った。皇国復興はこれ
からも続くだろう。魔人(メア)と化していた夫という、一般人にはマイナス材料になりう
る懸案も抱えることになる。できうる限りの支えがあった方がいい。アルスが、留学という
体である以上、昨日今日に帰らせる訳にもいかない分な」
「……」
 言っていることは分かる。母さんと父さんが心配なのは自分だって一緒だ。
 だが、今更一線から退けるものなのか?
 ただでさえ梟響の街(ここ)も、自分たち兄弟が故に三度の襲撃を受けた訳で……。
「最終的にはジークの意思だとは思いますが……難しいと思いますよ? リオさんもご存知
かと思いますが、先のサミットで、私達は」
「ああ、知っている。特務軍の件だろう?」
 リュカが継ぐようにして、ジークの内心を代弁する。するとリオはちらと肩越しにこちら
を一瞥し、ジーク達一同が静かに拳を握るのを観ていた。
「シノの傍に居て欲しいと“思った”と言ったのは、そういう事だ。予想はしていたが、統
務院はそう簡単にお前達に退場して欲しくないらしい」
 ジーク達は頷く。それはブルートバードが事実上、特務軍の中核に宛がわれることになっ
た旨を指すのだろう。大都(むこう)でも、イセルナらと話した事ではあるが、清濁併せ呑
んで受け入れるつもりだ。私怨から使命──正義感へ。公権力の身代わり(おすみつき)も
ある。そもそも、あの一件で結社(やつら)が大人しくなるとは到底思えない。
「……はっきり言わせてもらう。次に奴らとの大きな戦いが起これば、お前達は死ぬ。そう
ではなくとも、少なからず犠牲は避けられないだろう」
『──ッ』
 だから次の瞬間、彼が言い放った断定(ことば)に、ジークは皆は強く唇を結んだ。
 遠回しな「結社には勝てない」という旨。それはジーク達自身が他の誰よりも解っている
ことでもある。
 今回までは勝てた。追い払えた。だがそれは多くの人々の協力と、犠牲によって初めて成
し得たことなのだ。
 反論など出来る筈もない。実感として今も在る。奴らとの戦いは、いつもギリギリの死線
であった。それらは結局、必死の中でもぎとった“勝ち”に過ぎないのだから。
「……統務院は、見誤ろうとしているように俺には思える。彼らは、俺達は“結社”の本質
についてあまりにも知らなさ過ぎる。なのに事態に押されたまま“敵”だと断じて、それを
滅ぼしさえすれば、本当に全てが終わるのだろうか」
 肩越しの顔を正面に戻し、再びリオは背を向けたまま語っていた。呟いていた。
 風が吹いている。彼の黒いヤクランが、その度にばさばさとはためいている。
 曰く、リオはジーク達が皇国(トナン)を出奔し、南方から西方へと旅を続けている間、
自身もその足で世界のあちこちを見て回っていたのだという。
 曰く、声高に叫ばれる“正義”の戦い。片やそんな政争・紛争とは縁遠い、日々の生計に
四苦八苦する──或いは困窮すらする、ミクロな人々の姿。
 彼は改めて、世の虚しさというものを身に刻んだのだという。
「統務院や万魔連合(グリモワール)も面子があろう。俺も一時は王族だった。分からない
訳ではない。それでも、戦って戦って戦い抜いて、その先に何があるのだろう? 残ってい
るというのだろう? どれだけのものが……救われるのか」
「……。そう、だな」
 リオは酷く静かに、さも嘆くように言う。ジークは頷いた。仲間達も、それぞれ複雑な表
情をしてその場に佇んでいる。
 おそらく彼は、アズサ皇のことを思い出しているのだろう。
 実の姉。権力の正当性に執心した末に“結社”に呑み込まれた先の皇。世に“剣聖”など
と呼ばれても、彼は残ったただ一人の姉(きょうだい)すら救えなかった……。
 詮無さ。自分と同じだ。
 大都郊外の病院で目を覚ました時に、身体の芯を蝕んだあの思いと似通っている。
 皆が云う“敵”とは何なのだろう?
 自分達は、果たしてその実、何をやってきたというのか──。
「……余計なことを喋り過ぎたな。だからもう、お前を皇国(くに)へ連れ戻そうとは思わ
ない。歯車はとうに、誰にも掌握できないほど複雑になり過ぎてしまった……」
 だがそんな空気は、他ならぬリオが解きほぐしに掛かっていた。
 再びそっと、肩越しにこちらを見遣ってくる彼。その表情には影と、繋ぎ止めた意思の強
さが感じられる。
「“結社”の魔人(メア)と渡り合うには、それこそ七星クラスの実力が必要だろう。それ
は実際に、大都(あのば)で戦ってきたお前達なら、もう厭というほどに解っていることだ
とは思うが」
 ジークがリュカが、少し遅れてオズが首肯する。同じく当時遠征組に加わっていた側の団
員達も、思い出したように何処か青褪めて、コクコクと頷き返すしかない。
「……俺は知っている。今のお前達に何が足りないのか」
「ッ!? 本当か!?」
「な、何なんだ? 教えてくれ!」
 だが次にリオが放った言葉に詰め寄ったジーク達に、彼はすぐには答えてくれなかった。
 暫くじっと、自分を取り囲むように近付いて来た一同を見、再び彼は視線を正面、空き地
の向こう側へと遣ってしまう。
「……まだ少し、時期が早い。また後日話そう。とにかく今は疲れた身体を休めることだ。
猶予ならある。他の仲間達にも、話を伝えておいた方がいいだろう?」
「そりゃあ、まあ」
「そうだけども……」
「俺は当面、この街に滞在するつもりだ。そう焦らなくてもいい」
『……』
 ジーク達は互いに顔を見合わせていた。そういうことなら、確かにまた機会はあろうが。
「──?」
 ちょうど、そんな時だったのだ。
 さてどうしたものかと、場の一同が黙してしまう中、ふとリュカの携行端末が着信音を鳴
らしたのである。

 時を前後して、ホームの宿舎。
 旅荷を解き終わり、昼食を挟んで人心地をつき、クランの面々はそれぞれ思い思いの時間
を過ごしていた。
「──じゃあ、当分は」
「ええ。統務院から連絡があるまでは依頼遂行(つうじょうえいぎょう)でいきましょう」
 イセルナやダン、クランの幹部メンバーは会議室に集まり、これからのクラン運営につい
て話し合いを持っていた。
 レノヴィン兄弟の身分が公になってからというもの、自分達の仕事は専ら彼らの守護に費
やされてきた。それはコーダス救出の旅が終わり、ジーク達がクランに復帰したことでより
顕著になるだろう。さりとて、それだけで現在の団員全員の衣食住を賄えるのかとなれば、
必ずしもそうはいかないのだ。
「特務軍か……。予算が降りてくるとして、果たして私達にどれだけの配分と裁量が認めら
れるか、だね」
「金の話は分からんがな。その辺は任せる。ただまぁ、増強した分の戦力も含め、今の手狭
な状況が改善されりゃあ御の字だろ」
「改善といっても……。ダン、実際にどうする気だい? 運動場にでも増築する? それと
も新しく土地を取得して?」
「どちらにせよ、大掛かりになるね」
「それに、アルス君の事もあるわ。学院生活はまだ四年半も残ってる。少なくとも彼が卒業
するまでは、私達も大きくは動けないわよ?」
 うぅむ……。ダン以下、幹部と同席した団員らが頭を抱えた。団長イセルナは、そんな皆
の様子を、何処か距離を置いたかのように見つめている。
(それでも……いずれ私達は、きっとこの街には居られなくなる)

「──あ、はい。ではそういう形でお願いします」
 イヨら侍従衆の詰める部屋では、既に慌しく雑務が始まっていた。受話筒を肩と耳に挟み
ながら書類を捌く彼女を筆頭に、侍従達の忙しない作業音と声が混じり合う。
 喫緊の課題は、公務のスケジュール調整だ。
 大都(バベルロート)の一件を経て、レノヴィン兄弟は一躍、より一層有名人となった。
世界の危機を救ったヒーローと目されている。
 仕える者として鼻が高い……などと言っている場合ではない。それだけ自分達に飛び込ん
で来る仕事は少なからず増える訳だから。
 アルス皇子は、まだいい。公務の経験があるからまだ安定感があるし、そもそも陛下より
留学──学院での生活を優先させてくれとの命がある。かち合うケースがあれば、基本的に
学院側に舵を切ればいい。
 問題はジーク皇子だ。兄弟が、二人が揃った。公務を分担できる──そう単純に考えるの
は甘いのだと、イヨ達はこの仕事をこなす中で経験的に学び取っていた。
 必然的に増える件数、巻き込む地域の増加、何より警護計画の再策定……。やるべき事は
待ってはくれない。そもそもジーク皇子は、弟君のように公務経験がある訳でもなければ、
留学生という身分がある訳でもない。……色々と、お教えしなければ。
(あと、頼まれてる“あれ”もあるしなあ)
 ジーク皇子、そしてダン。事件の後、二人から内々に頼まれていることがあった。
 “結社”の魔人(メア)にして協力者に転じた人物・クロムについてである。
 事件の後、彼は一体何処に収監されたのか? その追跡調査を頼まれていたのだった。
 責任を感じているのだろう。皇子は加えて、できるだけ近い内にフォーザリアへ手を合わ
せに行きたいとも伝えてきている。償いといった所か。それも、実現してあげたい。
「……んぅ?」
 そうして忙しなく仕事をこなす中。
 イヨの端末に、また一つ新たに外部からの通信が届いてくる。

「──あ、アタック?」
「そう。ジークもアルスも、ちょうど帰って来た今がチャンスじゃない」
 一方でレナとミアの自室には、ステラと、そしてクレアが押し掛けて来たことでにわかに
ガールズトークが繰り広げられようとしていた。
 ちょこんと、頭に疑問符を浮かべてベッドの上に座るレナ。カーペットの上の座布団に胡
坐を掻いて、黙したままコキコキと指の骨を鳴らしているミア。そんな二人に、ずずいっと
ステラの熱弁が飛ぶ。
「二人とも分かってる? 特務軍の話が本格的に進み始めたら、また私達の日常は日常じゃ
なくなるんだよ? ジークもアルスも、落ち着いてどうこうって所じゃなくなる筈。だから
今、この時期を狙ってそれぞれ二人にアプローチしなきゃ。……好きなんでしょ?」
「……ッ!?」「す、ステラちゃ──」
「ははは。大丈夫大丈夫。二人ともレベルは高いんだから。好きな相手には、押して押して
押しまくる! ママも、そうやってパパをゲットしたんだから♪」
 ミアとレナは、顔を真っ赤にして互いを見合わせた。
 自分達それぞれの恋心、想い人がバレている? いや、それ自体はこちら側も何となく分
かっていたことではあるが……。だが、そんな急に。
「そ、そんな」
「そんな事言われたって、なんて言わせないよ? 言ったじゃん。ジークもアルスも、こっ
ちが動かなきゃどんどん遠い所の人になっちゃうんだってば」
「……。う、うん」
 ぐうの音も出ない。レナは珍しく強気で、そして何より大真面目に語る親友(ステラ)に
つい押し黙ってしまった。
 そんな泣きそうな表情とは逆に、ミアもまたミアで、何やら眉間に深い皺を寄せてじっと
考え込んでいるのが見て取れる。
 遠い所の人。皇子さま。
 そもそも最初はそんな事も知らず、好きになった。そして今もその気持ちは変わらない。
 だけど、あの人達を取り巻くそれと同じように、自分の想いが明らかになってしまえば、
彼を一層余計に苦しめてしまいはしないだろうか……?
「……そう泣きそうな顔しなさんなって」
 だからか、今度はステラは笑ってみせた。床を這って近付いたその手が、ぽんっと優しく
レナの肩に触れている。
「何も無策で当たれなんて言ってないよ。少しくらいなら、プランは考えてあるからさ?」

「──ふっ!」
 宿舎の運動場では、サフレが団員達と組み手を行っていた。
 堅い木の訓練用の杖。彼はそれをいつもの槍(えもの)のように操り、四方八方から襲い
掛かってくる団員達を次々に捌いていく。長旅で鈍った身体を、少しでも取り戻したいと思
って誘った、彼らなりの一齣(にちじょう)だった。
「……っつう」
「あいたた……。しかし腕を上げたなぁ、サフレ」
「はは。こんな事なら俺も大都(バベルロート)に行けばよかったかなあ? やっぱり実戦
経験ってのは大きいよ」
「ばっか。不謹慎だぞ? まぁ、経験の差は確かにそうなんだろうけどさ……」
 息を荒げ、されど気持ちよく笑う団員達。彼らはサフレの成長を心から祝していた。
 少しおどけるように言う仲間に、別の団員がそう釘を刺す。全体として心地のよい疲労感
だった。サフレもサフレで、少し片眉を上げただけで、本気で彼らに怒るようではない。
「お疲れさまです~。お茶、持ってきましたよ~」
 そして渡り廊下の向こうから、盆に人数分のコップを載せたマルタがやって来た。
 汗を拭い、礼を言いながら受け取る一同。サフレも「どうぞ。マスター」と微笑みかける
彼女に、心なしか生真面目な雰囲気を解いているかのようだ。
(……熱心だな。悪いことではないが)
 そんな彼らを、リンファは窓から眺めている。彼女はこの時、宿舎ロビーに設えられた導
話を使わんとするアルスに付き添っていた。
 相棒(エトナ)を頭上に漂わせたまま、手帳を片手に番号を押しているアルス。リンファ
は改めて彼に視線を向け直すと、ぼんやりと思う。
 自分たち侍従衆は携行端末を持っているのに、当の皇子達にはそれがない。誰かと連絡を
取るにしても、わざわざ設備のある所まで足を運ばなければならない。
 世間一般、庶民レベルではそれは当たり前の事ではある。
 だが、ご学友らと共に学院生活を満喫していただくには、ご自身用の端末を用意して差し
上げた方がいいのではないか……?
(……今度、イヨに相談してみるかな)
 そうリンファが思案をする中で、どうやら導話が繋がったようだった。リンファも気付い
て近づいて行く。横顔ながら、アルスの表情が優しく解け始めている。
『ふぁ~い……こちらフィスター。営業・勧誘はお断りでーす……』
「あ。もしもし、フィデロ君? 僕だよ。アルスだけど」
『ん? おお、アルスか! 待ってたぞ!』
 導話の向こうで、アルスは受話筒を取った親友の声を久しぶりに聞いた。
 名乗った次の瞬間、ガタンッとフィデロが身を乗り出す音が聞こえる。疑いもない喜色だ
った。受話筒を少しずらし「おい、ルイス。アルスからだ」と呼んでいるやり取りもしっか
り入っている。もそもそ。二人が導話の前に集まる物音だった。
 最初の、暑さにだらけた応答は何処へやら。
 彼は呵々と笑い、次の拍子には大人しいアルスに代わって矢継ぎ早に喋り始める。
『とりあえず、お帰り。大変だったな。ニュースは観てる。つーか観てない奴の方が少ない
んじゃないかね? まさかサミットがあんな事になるとは思わなかったからよ』
「そうだね。色んな人に迷惑を掛けちゃった……。二人にも、随分待たせちゃったし」
『気にすんな。無事に帰って来てくれたのが何よりの土産だよ。大体、そっちの公務が済む
まで下宿(こっち)で待ってるって言ったのは俺達だ。気に病むこたぁねぇよ』
 アルスは言葉なく苦笑した。そうなのだ。
 今日導話したのは他でもない。無事帰って来たことの報告と──以前より約束していた話
を動かすため。その為に夏休みになっても街の下宿先に居てくれている、この学友二人には
早い段階で連絡を入れておく必要があった。
「……ありがと。それで、清峰の町(エバンス)の件なんだけど」
『ああ。今夜にでも親父に話を通しとくよ。荷支度も始めるから、そっちも予定が組めたら
また連絡してくれ。……で、いいよな? ルイス』
『問題ない。むしろ僕達がアルス君に合わせた方がいいくらいだよ』
 導話越しに、首肯するルイスの声も聞こえてくる。一度代わり、彼もまたアルス達の帰還
を祝ってくれた。ほっこりとする。帰って来たんだなと、そしてあの事件は決して夢や幻で
はなかったんだなと、改めて意識してしまう。
 それから暫く、向こうと入れ替わり立ち代わりながら取り留めもない話をした。
 アルスはこの後、ブレアや学院側にも連絡を入れるつもりだと言った。帰還の挨拶と、再
三に渡って迷惑を掛けてしまった謝辞のつもりだった。それでも二人は笑う。お前(君)が
背負い込むことはないんだぞと。アルスは苦笑(わら)った。言葉こそ穏やかでも、この時
己の内側では、見通せないような深い黒が渦巻いているような心地がした。
「じゃあ、そろそろこれで」
『ああ。またな!』
 そして、やがて導話を切る。ニカッと快活に笑うような、フィデロの笑顔が鮮明に脳裏に
再生されていた。
 受話筒を下ろす。カチャンと器械が受け止める。思わず大きな深い息をつく。
 サァッと、外の運動場からサフレ達の、街の息遣いが次々に耳に届いてきて──。

(ッ……?!)

 次の瞬間だった。ぐわり。突如としてアルスの視界が歪み始めたのだ。
 強く眉を顰めて手で顔を覆う。だが歪み出すセカイは止まらない。身体の自由が利かなく
なっていた。アルスはそのまま、抗う術をも持てずにその場に崩れ落ちる。
「アルス!?」
「アルス様!?」
 相棒(エトナ)がリンファが、慌てて駆け寄ってくるのが分かった。背中から抱きかかえ
られ、何度も名前を呼ばれるのが分かった。
 だが、応えられない。気付けば全身が酷く重い。
 まるで糸の切れた人形のよう。身体中の感覚が遠い。さも他人のように感じられる。
「アルス様! アルス様! お気をしっかり!」
「どどっ、どうしたのよ?! アルス~!」
 従者と相棒の、慌てふためき覗き込む顔が見える。
『──』
 だが応えられない。
 そしてその映像(すがた)を最後に、アルスの意識はどんどん深く深くへと沈んでいった
のだった。

スポンサーサイト
  1. 2014/08/15(金) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「別離惑星」 | ホーム | (雑記)その箱庭と如何とす>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/488-1a6548f8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (142)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (83)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (25)
【企画処】 (319)
週刊三題 (309)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (305)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (23)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (15)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート