日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「カタワレ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:犬、嫌、家】


 それは、まだ自分がこの街に暮らすようになって間もない頃の事だ。
 大学を卒業し、四苦八苦の末にもぎ取った内定。決して有名どころとか、優れた会社とい
う訳ではなかったけれど、少なくとも敗残して故郷に……という事態は免れた。
 新居は、とあるアパートだった。
 取り立てて珍しい何かがある訳でもない、ごく平凡な五階建てアパート。強いて言うなら
ば建てられて十年も経っていない、比較的新しい物件という点だろう。
 自分が入ったのは一階の一番手前の部屋だった。先客達には防犯的に避けられていたから
なのか、他の部屋より安上がりだったのが決め手だった。
 そもそも自分は、此処より新しく生活を始める身なのだから、今はまだ奪われて困るよう
な財はない──そんな頭が何処かにあったというのもあるのだろうが。
(……またか)
 夜半、ベランダに立って洗濯物を取り込む。辺りはすっかり日が落ちていたが、アパート
や周りの家々の明かりのお陰でそれほど視力に困る事はない。
 昼の日差し、冷たい夜風に晒されひんやりとした洗濯物を軽く両手の引き伸ばしながら、
自分はこの日もまた彼の姿を認めた。
「──」
 犬がいる。アパートの、ちょうどこの部屋と道向かいにある戸建ての軒先に、ちょこんと
ベージュ色の犬が一匹こちらを見つめて座っている。
 最初に気付いたのは……何時だったか。
 少なくとも、自分が暮らし始めた頃にはああなっていたらしい。あの犬(彼?)は決まっ
て閉じられた門の向こう側から、こちらがベランダに出て来るのを待っていたかのように見
つめてくる。
 もしかしたら、引越しの時にも既に見つめられていたのかもしれない。
 その時はまだ新生活に備えてのあれこれで気忙しく、今のようにある種落ち着いて視線を
返すような余力はなかったのだけれど……。
(何で僕ばっかり……)
 だから内心げんなりする気持ちはあった。現状、彼が自分に何をしてくる訳でもないとは
いえ、気になる。もしかしたら部屋の中にいる時も監視され(みられ)ているのではないか
と勘ぐってしまい、気付けば中々どうして気を張ってしまっている自分がいる。
 入社して二月。
 最初は慣れなきゃ、馴染まなきゃと微笑みを繕っていた職場も、ようやく良い面と悪い面
が見えてきた頃だというのに。それらと闘えなければ、きっと落ちていくのに。
 だからこそ……こんな些細な“異質”が、どうにも気に障る。
(……さっさと片付けよう)
 僕に何が付いているっていうんだ? 僕が何をした? 僕を如何する心算なんだ?
 手にしたシャツで心持ちパツンと音を立ててから、この日もまた彼に背を向ける。

 そんな経緯があったからこそ、却って自身の意識には強く記憶されていたのだと思う。
 また別の日、自分はもうすっかり当たり前になった深夜の帰宅の途に就き、しんとした我
が家のすぐ前まで帰って来ていた。
「──」
 それは即ち、あの犬がいる家の真前を通るという事でもあって……。
「お前も飽きないな」
 カツカツ、暗いアスファストの地面に自身の靴音が響くのを聞きながら、半ば嘆息をつく
ように足を止めた。気付けば彼の前に立っていた。
 戸建ての家。お向かいさんの門と軒先。もう随分と夜も更けているというのに、この犬は
飽きもせずじっと道の向こうを──自分の住むアパートの方を見ている。
「……」
 暫く見下ろして、視線をついっとアパートの方に。
 被害妄想だったのだろうか? 自分がいなくとも彼は見つめていた。明かりの点いた他の
住人達の部屋が散在して見える。
「──」
 それでも静かに、彼は舌を出して呼吸をしながらアパートを見つめていた。
 ちょこんと座ったまま、ずっと。再び彼に視線を戻して、自分は小さく息を吐いた。
 何となく目を凝らしてみる。一体この子の何が、こうもじっと彼を軒先に立たせ続けるの
だろう? 留守番……という訳でもなさそうだ。彼の家もまた明かりが灯っている。誰かし
ら家人はいる筈だ。
 単にここがお気に入りのポジションなだけなのか。よほど気になる何かが在るのか。
 ……しかしこいつ、案外円らな瞳をしているな。
 すんすんと鼻を鳴らし、相変わらずアパートを見つめている。見上げている。
 だが思いの外、その場に立ちぼうけになってしまっているこちらをも、彼はその視界に映
しているかのようで。
 彼の、すぐ後ろの勝手口の灯りだけが頼りだったからなのかもしれない。
 何でこいつの瞳は、こんなに優しくて……哀しそうなんだろう……?
「フランク、また此処にいたのね!」
 しかしそんな時だった。ふとガタンと無遠慮にその勝手口の扉が開けられ、一人の女性が
こちらに出て来た。
 着崩したエプロンを引っ掛けた、痩せぎすの中年女性。大方この家の奥さんなのだろう。
 だが自分は、第一印象として彼女に好感が持てなかった。見るからにピリピリと苛立って
いたからである。
 更にその全身から放つ不機嫌なオーラは彼──どうやらフランクという名前らしい──を
荒っぽく抱きはがすだけに留まらず、何故かこちらにまで睨むような眼差しという形で向け
られるものだから、とばっちりもいい所だった。
「すみませんねえ。噛み付かれたりしませんでしたか?」
「いえ……」
 上っ面の愛想だと素人でも分かる。そもそも門を閉めてあるのだから彼が通れようもない
のは明らかだ。何よりこの子に、自分に対する害意は全くというほど感じなかった。
 フランク……うん、オスで合ってたんだな……。
 女性に持ち上げられた格好故にはっきりと確認できたオスのあれをちらっと眺めて、自分
はそうは随分と呑気な思考を広げていた。
「さ、中に戻るわよ。まったく、目を離すとすぐこうなんだから……」
 やっぱりお義母さんの言う事は無視してでも、繋ぎっ放しにしておくべきかしら──?
 そしてそんなことをぶつぶつと呟きながら、彼女は「失礼します」とやはり上っ面だけの
笑みを改めてこちらに向けると、そのまま家の中へと引き上げていったのだった。

 あの犬──フランクを件の軒先から見なくなったのは、十中八九その夜を境にしてからだ
ったと思う。
 大方、あの女性が何かしらトラブルになってしまうのを厭って彼を家から出さないように
したのだろう。遠ざけたのだろう。その判断自体は今日びそう珍しいことでもない。
 だが……当の自分はそれに気付いた頃から、フッと胸に隙間が空くような心地を覚えるよ
うになっていた。洗濯などでベランダに出る時、仕事に行き帰りに通り掛かる度、半ば無意
識に彼の姿を目で捜していることに気付いたからだ。
 物寂しいと思った。自分でも馬鹿らしいとは思ったけれど。
 でも、内心で一笑に付してみても、一度自覚してしまった違和感──寂寥感がそう簡単に
消えることはない。最初こそ何故見られているのかと不快だったのに、それが自分に対して
じゃないかもしれないと思い直し、いざ彼が見られなくなくなると、むしろ既に当たり前の
日常であったのだと気付く。
 月並みだけど、癒しだった……のかもしれない。言葉はそう多くは要らない。ただ誰か、
会社員として日々仕事に揉まれていく自分にそっと寄り添ってくれる誰かが欲しかったのか
もしれない。
「あ……」
 だから内心、妙に期待なんかをした。
 久しぶりの休日、近くのコンビニへ昼食を買いに行った帰り道で、リードに繋がれて老婆
に連れられるフランクと出会ったのだ。
「おや?」
 そして向こうも、程なくしてこちらに気付いて顔を上げる。しずしずと会釈してくる。
 地味だが和服の似合う小さなお婆さんだった。加えてあの中年女性よりもずっと懐いてい
るらしく、心なしか傍らのフランクも穏やかであるようにみえる。
「誰かと思えば、お向かいさんだね。よくこの子が見つめてる部屋の」
「え──」
 トクン。胸の鼓動が不意に早まった気がした。
 自分を? それは、ただの思い上がりではなかったのか?
 しかし彼女は何故かふふっと微笑(わら)い、まだお互いに間合いが空いたままの状態で
促してくる。
「……もしよければ、少し話さないかい?」

 老婆は南部さんといった。やはり向かいの家の住人のようだった。そして先日の中年女性
は彼女の義理の娘であるらしい。
「ごめんなさいね。映子さんってば、神経質な所があるから」
「はあ」
 特に断る理由もなかった──むしろ興味を惹かれたので、自分達はすぐ近くのシャッター
が降りたままの軒下に腰を下ろしていた。南部さんが言って苦笑する。その間も、折につけ
てはフランクを撫で、当人も気持ち良さそうに目を細めてされるがままになっている。
 最初、彼女はすぐに本題に入ろうとはしなかった。
 言葉を選んでいるのかもしれない。ただフランクを優しく撫でてやりながら、梅雨の近付
く晩春の薄雲を眺めている。
「……」
 自分も、黙っていた。
 体はご近所のお婆ちゃんの話し相手。やましいことは、無い筈だ。
「お兄さんは、この街の人じゃあないね?」
「あ、はい。今年から就職でここに……」
「やっぱりそうかい。じゃあ、あのアパートの前の事は知らないんだね」
 前? 自分は思わず眉を顰めていた。
 とはいえこの街もそこそこ都会だ。彼女はあのアパートが建つ前のことを話そうとしてい
るのだろう。
「……七年くらい前だよ、元々あそこは何軒かうちと同じように戸建ての家があってねぇ。
火事だったのさ。あそこが殆ど丸々燃えちゃってねぇ……中々に酷いもんだった」
「……」
「死人も出たし、病院送りになったけど生き残った人もいた。だけど……もう元通りには戻
れなかったんだよ。みーんな、散り散りになってしもうた。この子も、その被害者さね」
 言って、南部さんは改めてフランクを撫でていた。優しい動きだ。今こうして彼女から語
られている内容が分かっているのかいないのか、彼はぺたんと日陰のコンクリに腹をつけて
リラックスしているようにみえる。
「この子は、あの火事で元々飼ってくれていた子を失っちまったんだよ。ちょうとお兄さん
の住んでる部屋の辺りさ。それに……幸田さんの息子も、生きていたらお兄さんと同じ位の
背格好になっていただろうからね。この子なりに面影を感じていたのかもしれないね」
 彼女曰く、そんなフランクを不憫に思い、自分が引き取ったのだという。そして焼け跡は
暫くして解体され、再び綺麗に整地し直されたのだという。
 故に今自分が住んでいるアパートはその後に建てられたものであり、彼女自身、あの事故
がまるで無かったことのように風化していくのが正直怖いのだとも打ち明けてくれた。
「……そうでしたか」
 なるほど。これで謎は繋がった。
 フランクは思い出に耽っていたのだろう。かつて自分を愛してくれた家族のことを、在り
し日々を。多分、もうそこに戻る事は出来ないと解っていながら……。
「ごめんなさいね。こんなこと話しても、困らせるだけなんだけど」
「いえ……。理由が分かりましたから。それだけでも、僕には充分です」
 南部さんにゆっくりと撫でられたフランクを見る。
 少なくとも彼は、彼女には心を許しているのと思う。彼女の話の通りならば自身の経緯を
よくよく理解してくれているからだ。逆にお嫁さんの方──映子さんとやらには、あの態度
からしていい印象は持っていないんじゃなかろうか。そう、さも自身を投影して思う。
(お前も、僕と同じなんだな……)
 静かに自嘲(わら)う。だけど頬は緩んで、そっと彼へと撫でる手を伸ばす。
 フランクは一度ぴくんと耳を動かしたが、逃げようとはしなかった。撫でられるままに尚
もコンクリの日陰に座っている。
 自分達は、似た者同士だ。
 片や家族を失い、理解者はいれど、もはや“余所”に暮らすしかない日々。
 片や実家を出て、自分の城はあれど、社会人という孤立無援な荒波の中。
 孤独を生きている。尤もどちらも、完璧に独りだとは言えないのだろうけど……。
「……また、この子に会いに行ってやってもいいですか?」
「ああ。勿論ええよ。遊びに来んさい。映子さんにも、言うておくかんね」
 南部さんは少し驚いたようだが、すぐににっこりと破顔していた。
 故郷の祖父母を思い出す優しい笑顔だった。だからフランクも彼女には懐いたのだろう。
「ええ。きっと」
 なでりこ。すんすんと、やがてフランクの方も鼻を鳴らしてこちらを見上げてくる。
 円らな両の瞳。そのさまは以前よりも哀しみを拭えているように思える。
 じわじわと、愛おしくなった。所詮は安い同情、なのかもしれないが。
 だがそもそも、あのアパートでは犬猫の類は飼えなかった筈だ。だからこその「また会い
に行きます」なのだと思いたい。そう理屈をこしらえることにする。

 口元にふっと、小さな弧。
 もう少し、この街で頑張ってみようと思った。
                                      (了)

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  1. 2014/08/10(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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