日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「死に至る談(はなし)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:恩返し、戦争、可能性】


『敵襲、敵襲ーッ!!』
『北だ! 北の海岸に兵力を集めろ!』
 当時その国は戦時下だった。発展途上の国々を己が領地とし、世界のあちこちで群雄割拠
の戦乱が長く続いていた武力の時代だった。
 故に、決して珍しいものではなかったのだろう。歓迎すべきでない事象であることには変
わりないのだが。
 場所は南海に浮かぶ小さな島国。そこに旗を立て、統治していた植民地。
 その日、敵対する国──陣営の軍勢が押し寄せて来た。海上の警戒網を潜り抜け、かの地
を奪い取ろうと上陸してきたのだ。
 のどかな島に不釣合いな、けたたましい警報の鐘が鳴り響く。
 兵達は大慌てで島の本陣から出撃し、砲台や機銃を積んだ車両が走り抜け、そんなさまを
地元住民らは到底隠し切れない不安で見遣っている。
『皆さん、急いで避難を。できるだけ島の内陸へ逃げてください』
 そんな最中、当時島に駐留する部隊の指揮を執っていたのが──凪沢という男だった。
 階級は大佐。本国から派遣されてきた、軍人にしては少々線が細い印象を受ける、齢中年
に差し掛かろうとしていた男性だった。
「先ほど部下を何人か誘導役に遣りました。壕の一つがそこにあります。さぁ、早く」
 既に遠く海岸の方からは砲撃の音が鳴り始めている。
 凪沢は言った。身を寄せ合ってうろたえていた住民達は、互いの顔を見合わせる。
『……本気かい? 兵隊さん』
『帝国の兵隊が攻めて来てるんだろう? 俺達に構ってる暇は……』
『だからこそですよ。私がここに赴任する際命じられたのは、皆さんの生活を少しでも豊か
にすること。あわよくばその富を分け合えるようになることです』
 ですから、貴方達を喪わせる訳にはいかんのですよ──。
 この将校はそう、さも其処に何の疑念も持っていないかのように微笑(わら)った。故に
住民達は悟る。
 冗談ではない。彼は本気で言っている。
 支配する側である筈の人間が、その方針が戦略として不利になってしまう可能性が高いに
も拘わらず、支配される側の者達の生存を重んじている──。
『兵隊さん……』
『……分かった。あんたらの言う通りにしよう』
『よし、そうと決まったら善は急げだ。急いで他の奴らにも伝えてやれ!』
『お、おう!』
『頼んだぞ。俺達の島を守ってくれ。偉そうに言える立場じゃ、ねぇのかもしれないが』
 だから住民達は頷いた。この人の良い、良過ぎる将校に礼を述べ、次々に仲間達に報せる
べく走り出していく。或いは先行して避難を始める。
 凪沢はそんな後ろ姿を暫く眺めていた。同伴していた、部下の兵らが「大佐?」とやがて
訝しむほどにだ。
『……帝国軍は、北面以外にはいないんだな?』
『はい。海上の敵艦隊とは既に南から北に交戦しながら押し上げています。ご指示の通り、
島の南側に奴らを入れないように全力を尽くしている所です』
『そうか。ありがとう。では、中央壕の者達に追加の伝令を頼む。“戦線が市街地北区画に
入った時点で、南岸より住人達を逃がすべし。その際は必ず民間船舶を用いること”』
 部下らは黙したまま、目を丸くした。
 まさか。そういうことなのか?
 いや、あくまで万全を期すという、そういう意図であるのか……。
『どうした? 伝令を急げ』
『……はっ。直ちに』
 部下の内の一人が早速、通信兵に指示を出して背中の装置を使わせている。凪沢はそれを
横目にそっと踵を返して進みながら、ぱたぱたとついてくる場の部下達に言った。
『私達も、急ぎ戦線に合流する。……気を引き締めろ』


 結論から言うと、島は敵軍に奪われた。
 当時の資料を読み解くに、やはり初動の段階でぶつかり合った兵力の差が大きく影響した
らしい。加えて指揮官凪沢以下いくつかの部隊が住民らの避難誘導に当たっていたため、尚
の事兵力が割けられる結果になったこともあるだろう。
 駐留軍の少なからずがこの戦いで失われた。その中には前線に戻って指揮を執った、凪沢
自身も含まれていた。
 それ故か、或いは以前からその流れは決していたのか。
 この時分を境にし、戦況は押されの一手に変わっていく。この国は割拠する世界の諸勢力
との争いに敗れ、件の島だけでなく多くの支配地域を失って──敗戦した。
 とはいえ、そこからの支配する側からされる側への転落、その後の国権復活と独立、復興
の流れはここで詳しく口にすることもないだろう。
 時は流れた。
 群雄割拠、より強き武力が正義であった時代は今や随分と鳴りを潜めたと言われて久しく
なった。尤もそれは結局は表面的で、やはり水面下でもっと変貌した形で、今日も国と国の
争いは駆け引きは続くばかりなのだが。
 ……話を戻そう。この物語における本題に。
 敗戦後間もなくはそうではなかった。だがこの国が国として再び活力を取り戻し、そして
今昔の課題を抱えて混迷するようになって何時からか、気付けば人々の間で語られるように
なっていたのだ。
 
“旧国軍・凪沢美堂大佐、捨て身の避難作戦”

 曰く凪沢は敵と戦うよりも、先ずその地に生きる人々の身の安全を考えた。
 事実島一つを巻き込んだ上陸戦になったにも拘わらず、その頃には既に彼らは南岸──敵
襲のあった方とは正反対からの方角から船で脱出し、無事生還を果たしている。
 始まりは誰が言い出したのか。当時の兵か、生き残った当時の住民か、或いはマスコミが
体のよい“餌”として見つけただけなのか。それは今もはっきりとはしていない。
 だが今日、讃えられている。
 凪沢を始めとした当時の皇国軍将校らの、誇り高き誉れのエピソード。
 故に注目を集めていた。彼には妻と子供達がいた。
 特に妻、凪沢夫人は才色兼備な女流教育者として戦後黎明期から若者(こうしん)の育成
に力を注いでおり、既に彼女自身もその筋では高名な──善き学者、未亡人として知られて
いたのだった。
 故に向けられるようになっていった。
 軍人凪沢への賛美は、今度は妻である彼女へと。

 そうして更に数年の歳月が経った頃である。凪沢夫人が、病に倒れた。
 医師曰く、これまでの無理が祟ったのだろうという。彼女自身ある程度自覚していたこと
であったようだが、歳を重ねるにつれ、その身体はゆっくりとしかし確実に病魔に侵されて
いたのである。
 夫人病床の報道と共に、彼女が最早とある高度な手術を施さなければ助からないという情
報もまた、流れた。
 最初、人々はまた元気になってくれるだろうと思った。何せ今や時の人、高名な研究者で
あるのだから、手術費用などその資産から如何様にも捻り出せるだろうと思っていた。
 だが……それは自分達の勝手な見当違いであることが程なくして明らかになる。
 彼女は囁かれるほどの多くの資産は持っていなかったのである。
 有り体に言ってしまえば、殆どすっからかんだった。彼女は文字通り、その私財のほぼ全
てを未来を担う若者達の為に使い続けていたのだ。
 人々は大いに焦った。このままでは……夫人が亡くなってしまう。
 しかし救世主は現れる。いや、救世主達、と言うべきか。
 報道を聞き、次々に彼女へ寄付を申し出る者達が現れたのだ。

「私が今あるのは、大佐の御心遣いのお陰です。今この富を捧げずして、何の為の富か」
「ニュースを聞きました。居ても立ってもいられませんでした。家族と話し合って……決め
ました」
「始めは島に戻る為に貯めてたんだけどねぇ。でも、ご夫人の危機とあれば惜しまないよ」
「彼女の財力と比べれば微々たるものかもしれませんが……あの時の一人として、是非協力
させていただきたく思います」

 住民達だった。申し出たのは、あの日凪沢らによって島から生還を果たした、当時の島の
住人達だったのだ。
 ある者は事業を興して財を成し、或いは平凡な家庭を持ち、またある者は街の片隅で細々
と暮らす。それぞれのその後の人生。
 だが彼らは、一様に同じ思いでそう語ったのだった。
 ──凪沢大佐に恩返しをしたい。せめてもう亡き人ならば、その愛した人に。
 ただその思いで、彼らは各々の財産を、夫人の手術費に充ててくれと申し出てきたのだ。


 手術は……成功した。かつて夫が救った人々からの寄付によって、病床に臥した凪沢夫人
は一命を取り止め、やがて無事退院することができたのだった。
 今もメディアには当時の映像が残っている。迎えの親族に車椅子を押され、しずしずと頭
を下げて玄関の前を通り抜けていく彼女。焚かれるカメラのフラッシュ。
 その映像は最後、彼女を乗せ終わって走り去っていくワゴン車の姿で終わっている。
 国中の誰もが安堵した。
 英雄(の妻)が、まだこの国にいるのだと信じて疑わなかった。

 だがしかし……そのおよそ三ヵ月後、事態は急変する。
 夫人が亡くなったのだ。彼女を訪ねた隣人が、偶然にも見つけてしまったのである。
 吊っていた。夫人は、和室な居間の梁に輪状の紐を垂らし、そこに首を引っ掛け自ら命を
絶っていたのだった。
 世間は騒然となった。何故? 動揺は波紋のように広がる。
 そんな中、捜査当局からとあるものが公開された。──夫人直筆の、遺書であった。
『先ずはこのような形での終焉を、我が侭をお許しください。私(わたくし)の死は第三者
による他殺ではありません。全ては私自身の弱さと醜さが故であります』
 書き出しはそう始まっていた。
 達筆、美しい万年筆の筆跡。それが今や、酷く哀しいものをこみ上げさせる。
『正直申しまして、苦痛でした。マスメディアでの報道の通り、亡き主人──凪沢は南洋の
とある島にて戦死致しました。ですがそれを、私は賛美しません。ただこの五十年ずっと胸
奥にあったのは、寧ろ彼への憤りでありました』
 彼女は綴る。生前決して口にしなかった想い。それはあまりに相反していた。
 人々の、世間の、憧憬の。彼女はあくまでたおやかな言葉のままで、それを真正面から斬
り捨ててみせていた。
『何故貴方は死んだのか? 何故貴方は斯様な温情を選んだのか? ……分かっています。
それが貴方の優しさであり、かつてお慕い申した心であり、しかし遺された私を終生憤りに
向かわせた引き金でありました』
 彼女は全く思っていなかったらしい。亡き夫を、英雄などと。
 妻として母として、きちんと生きて帰って来て欲しかった。それに──。
『貴方は確かに多くを救いましたでしょう。事実その決断が果たし、生き延びた人達により
五十年後、私は病を打ち払う資力を授かることになりました。……ですが美堂。貴方はあの
時、軍人でした。貴方の下についていた部下達の命を、未来を、可能性を、貴方は無駄に道
連れにはしませんでしたか?』
 それが憤りの理由であった。たとえ結果的に大を救っても、小は失ったのだ。
 それは本当に正しいのか、賛美されるべきことなのかと彼女はその文面の中で問う。
 単に美談で済ませて欲しくはない。あの戦争は間違いなく失わせたのだと。
 だからこそ、彼女は教育者という道を選んだ。
 力だけではなく智を。何よりも未来を担う者達の未来を。
 彼らの豊かさの為に。故に自分は残る人生をその一点に費やそうと決意したのだという。
『皆さんが美堂を讃える度に、代わりに私を持ち上げる度に、彼との在りし日々を思い出し
て辛くて辛くて堪りませんでした。運営する学園法人も、充分に継承が済んでいます。信頼
できる後進も多く育ってくれました。彼と私の終焉が、皆さんの幻想(ゆめ)を醒ます一助
となれば幸いです』
                                      (了)

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  1. 2014/07/27(日) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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