日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「怨焼」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:黒、人間、燃える】


 何の変哲もない、穏やかな昼下がりの繁華街が突如として騒然となった。
 燃えたのだ。行き交う人々の中で、一人の中年男性から何の予告もなくごうっと真っ赤な
炎が上がったのである。
 通りに人々の悲鳴が響き渡った。男性を見て、慌てて逃げ出す人々が混線とする。
 男性はもがき苦しんでいた。その瞬間自分の身に何が起こったのかすら、当人も理解して
はいなかっただろう。
 文字通りの火だるま。彼はややもすれば獣のような悲鳴を上げ、アスファルトの地面に転
がり込み、そんな状況でも咄嗟に脱いだ上着などで火を消そうと助けに入ってくれた数人と
共に抗い苦しむ。
 ……だが、結論を言えば助からなかった。
 すぐに周囲の目撃者によって救急車が呼ばれたのだが、その燃えた範囲は全身に広がって
おり、程なくして男性は息を引き取ったのだという。
 暫くの間、現場は騒然としたままだった。
 尚も場に居残った熱量と悲鳴の残響。
 アスファルトに遺された、決して小さくはない焦げ跡。
 暫くの間、現場には非常線が敷かれた。警察が残る熱気に汗を流しつつ、それでもこの不
可解な事件が残した手掛かりを必死になって探そうとしている。
 人々は、それを遠巻きに見ていた。不安で顔を顰める者もいれば、死がそこで在ったこと
自体に不快感を示し、ひそひそと陰口を叩き合う者もいる。或いは事件後に現場を通り掛か
っただけで何も知らず、二次的に周囲の人々から聞き及んで驚く者もまた、増えていく。
「……」
 パーカーのフードを被った青年が、そんな人ごみの中に立っていた。未だ騒然の気配を残
す現場を遠巻きに眺めていた。
(……。すげぇ)
 引き攣った、しかし確かに口元に弧。
(こいつは、すげぇモンを貰っちまった……)
 上着のポケットに突っ込んだその手の中には、一個の金属質なライターが収まっている。

『──畜生。あの暴君が』
 時は三時間ほど前に遡る。この青年・浅野はバイトのシフトが無いこの日、何をする訳で
もなく昼の繁華街に繰り出していた。
 久しぶりの休暇である。というのも、彼が勤める飲食チェーン店はとかく忙しかったから
だ。それでもやっと空いたシフト。だが家でゴロゴロするだけでは勿体無いと、浅野はとり
あえず街に出てみた訳なのだが……。
『ざっけんな。一ヶ月働き通しで更に休みを減らすってどーいう神経してんだよ。俺はモノ
じゃねぇんだぞ』
 先刻、吉良店長から電話があった。曰く明日空いているシフトに来てくれないかという旨
であった。その場では、上下関係から従うしかなかったが、浅野の本心は不満と憤怒以外の
何物でもなかった。
 そもそも、あの店は従業員の数に比べて仕事量が多過ぎる。
 いち厨房スタッフなので経営のことはからっきしだが、素人目にも数と質が噛み合ってい
ないことくらいは解るのだ。それをあの店長は、下手に出る格好を取りつつ、自分達を散々
こき使うことで賄おうとしている。キャパが回らないなら先ず人を雇えというのに。

“無茶言わんでくれよ。前にも話したろう? 上からもこれ以上人件費を膨らませるなって
きつく言われていてね……”

 知るか。どんだけブラックなんだよ、うちは。
 自分だってこのままじゃいけない事くらいは分かっているだろうに。なのに本部からの意
向には逆らえず、その皺寄せをこちら側に強いてくる。そりゃあこっちはバイトで、向こう
は一応正社員。しがらみが多くなるのは分からんでもないが……。
(……辞めちまおうか。でも次見つかる保証がねぇしなあ)
 ガシガシと頭を抱えて悩む。これもあの店で働くようになってから何度目になることか。
 へらへらと苦笑(わら)う吉良の顔が蘇る。多少年齢層がバラけているが、同じく決して
楽ではないこの環境に身を置かざるをえない同僚達のそれも。
 いつもこうだ。つい考えてしまう。
 自分が一人抜ければ、残る面子の負担は更に重くなる。きっと恨まれるだろう。
 だが耐えれば報われるものではないのだ。そもそも出口がない。ただ長々と使い潰される
だけだ。それこそ、店長が心変わりするなり別の人間になるなり、経営の方針が百八十度変
わらない限りは。
『ああ……! ったく……』
 苛々する。煙草でも吸って落ち着こう。そう思って浅野は胸ポケットからケースを取り出
して一本加え、ライターを点けようとした。
『ん? ちっ……ガス切れかよ』
 なのに点かない。見れば容器の中の液体は殆ど空っぽだ。浅野は煙草を加えたまま、小さ
く舌打ちをしてこれをポケットに戻そうとする。
『お困りかね? お兄さん』
 そんな時だった。ふと背後から声がしたかと思うと、そこには一人の老婆が傍の軒下でこ
じんまりとした露店を広げていたのだった。
 雑多。そう形容していいほどよく分からない商品がいくつかの篭に詰め込まれた茣蓙の上
の小さな商い。
 すると老婆は、こちらが振り向いたのをニヤァと見上げると、次の瞬間すいっとそこから
一つの商品を取り出して差し出してくる。
『ライターならあるよ。ちょっと特殊だけどねぇ』
『お。気が利くな、婆さん。あんがとよ』
 それはライターだった。と言ってもさっき使っていた百円ライターとは違う。
 所謂オイルライターと呼ばれる物だ。ずんぐりとした四角い金属の蓋が開けられ、老婆の
手によって火まで点けられている。
 少し迷ったが、浅野はその厚意にあずかることにした。
 ちょうど火が欲しかったのだ。ようやく煙草がくゆり始めて、慣れ親しんだニコチンの味
が身体に染みてくる。厭な思考がいい具合に鈍ってくれる。
『……ふぅ。しかし悪ぃな、商品だろそれ。いくらだ? あんまり高くなきゃこのまま買っ
てやるけど』
『ああ、いいよ。あたしのお節介だからねぇ。今回はお代はいいさ。それに』
『それに?』
『さっきも言ったけど、これは特殊な代物だからねぇ』
 浅野は片眉を上げて老婆をみた。
 お代は要らぬとは。儲けものだ。てっきりタイミングを見計らって売りつける心算だった
のではないかと勘ぐってしまったのだが、考え過ぎだったようだ。
 きゅぽん。火を消し蓋が閉じられる。老婆の手に収まったそのオイルライターは……確か
にちょっと変わっていた。
 金属質の四角い容器、だけなら特におかしい訳じゃない。
 ただ、その表面のデザインがちょっと不気味といえば不気味だった。
 目がついていた。真ん中に、デフォルメされた単眼──瞳のデザインが彫られており、更
にその周囲には何語かも分からない文字、らしきものがぐるりと刻まれている。
『確かにちょいと変わったデザインだが……。それだけだろ?』
 数度目を瞬き、老婆からライターを受け取る。掌の中で改めて確認してみるが、容器の文
様以外は特に変わった所のないオイルライターのように思える。
『ふふ。それだけじゃないから、特殊なのさ』
 なのに彼女は微笑(わら)っていた。軒下の、やや暗がりな中に佇むようにして続ける。
『すぐに分かるよ。狙いをつけるように見つめて、点けてみな。黒い人間であればあるほど
よく燃えるよ』

(──まさか、こういう事になるなんて)
 最初は知れぬ故の恐怖が勝っていた。だが今は、実際にその力を目の当たりにし、それが
自分の手元にあるのだと理解し、徐々に内心高揚しているのを自覚していた。
 あの後、暫くして偶然に道の向こう側を歩く店長の姿を見つけた。
 近くに店の車があり、制服も着ていたから、取引先か何かに顔を出しに行こうとしていた
のかもしれない。だが浅野にはどうでもいいことだった。
 狙いをつけるように見つめて、点けてみな──。
 先刻の老婆の言葉を思い出して、あのライターを取り出す。
 ……するとどうだろう。急に視えたのだ。
 黒い。あの店長の身体が真っ黒に染まっているのが視えた。
 いや、彼だけじゃない。道行く人々のほぼ全員が多かれ少なかれ黒く染まっていた。最初
こそ突然の変化に動揺したが、よくよく観察してみると、彼らの“黒さ”はどうやら見た目
の柄の悪さなどの比例して濃くなっているらしい。
(悪い奴ほど、黒いってことか……?)
 そんな仮説を立ててみる。なるほど、中らずといえども遠からずか。
 では店長は? 時折視界を通っていく出来そうなスーツの男やら女やらは。
 おそらく、所謂不良以外の「悪」にも反応しているのではないか? 店長は腰の低い真似
をしておいて他人を散々こき使うし、営業マンなんてのはある意味どれだけ口先で相手を騙
すかみたいな仕事──なんて風評も聞く。
 嗚呼、そういうことね。
 だから一人で視えて、一人で納得し、次の瞬間何の咎めもなく店長の方を見つめたまま。
『ギャッ!?』
 点火した。道の向こうで、発火した。

 火だるまになる店長を遠巻きに、飛び出して助けることもできず、浅野は慌てて先刻の露
店があった場所へと駆け戻っていた。勿論、これはどういうことか? 当人に問い詰める為
である。
 しかし……いなかったのだ。戻った時にはもう、老婆どころか茣蓙上の露店すらも綺麗さ
っぱりなくなっていたのだ。
 恐ろしくなった。だが、同時に清々しい気分を抱く自分にも気付いた。
 俺は、あの野郎をぶっ倒したんだ……。
 その感慨は、後日スマホ越しにみたとあるニュースで確信となる。
 
『男性、突然の発火により死亡』

 名前こそ出ていなかったが、現場の地番と日付から、あの時のことだと考えて間違いなさ
そうだった。死亡、その記述に身体が震えたが──同時に不思議と達成感があった。
 そうか。このライターはそういう道具なのか。
 殺すことができる。その人間が“黒い”本性を持っていれば持っているほど、あたかも油
に火を点けるように、彼らは燃える。自分達を虐げる奴らを、社会の害悪を、このライター
があればいとも簡単に塵に還すことができる……。

 そうと決まれば。浅野の中で何かが切れ、沸と滾るものが現れ、強くなった。
 次の日から、浅野は人ごみの中に紛れつつ街に出た。物色するように街の、出来ることな
ら人目のつかない路地奥を選び、標的を遠くから殺した(もやした)。
 最初は、不良達だった。
 店にも時折やって来ては、他の客に迷惑を掛けながら騒ぐ社会の屑。てめぇらみたいな輩
がいるから、自分達の街なのにビクビクしながら歩かなければならないんだよ。
 次は、本部の人間(マネージャー)だった。
 そもそも自分達がこんなきつい環境で働かされるのは、店長だけでなくその上の人間達が
下っ端を安い金でこき使おうとするからだ。……天罰である。以前から店に顔を出す、自分
も顔を知っているエリアマネージャーを、遠くから消した(もやした)。
 更に、ターゲットはもっと社会の広い範囲に。
 ライターを手に入れてから程なくして、ちょうど汚職事件が起こった。しかもうちの選挙
区から出た市議による、公金の無駄遣いである。奴は事件が発覚しても事実関係を否定し続
けていた。議会が辞職勧告を突きつけ、ようやく『世間を騒がせた』と言ってその職を辞し
たのだ。……そうじゃないだろ。謝るべきは無駄遣いと、それを告訴・取調べをされるまで
認めなかった強情さだろ。だから誅した(もやした)。わざわざ市議会のある地区まで足を
運び、当人が──相変わらず不遜な見てくれの当人がやって来た所で、点けた。
 痛快だった。
 何ていい力だろう。何せ燃やせる相手は黒い──悪い奴ばかりだ。バレなきゃいい。大体
狙って来たのは全員憎まれっ子どもだ。世に憚る連中だ。……これでもまだ、駆逐し足りな
いくらいだっていうのに。

(さて、と……)
 故に、その日も浅野は街の一角に立ってターゲットが来るのを待っていた。
 今日はこの駅前で、某野党党首の街頭演説があるのだという。他にも話を聞いてかいない
のか、少なからず人々が黒い人だかりを成している。
 時間的に、もう少しだ。あの口先だけの偽善者野郎がやって来る。
 利権政治からの脱皮、国民皆にとって生きよい社会。大いに結構、理想高々である。
 だが自分は忘れない。てめぇらが散々議会でごね続けた所為で、どれだけの法律がお釈迦
になった? 観ていたぞ。労働の新法が話し合われていた時「これでは不十分です!」と喚
き続けた結果、法案自体が潰されたことを。
 確かに不十分だったかもしれない。だが何もないよりはマシだろう。
 それを、てめぇらは自分達の勝手ゼロに引き摺り落としやがったんだ……。
「はい皆さん、下がってくださーい! 車両が来ますので、私達よりも内側に!」
 そうしていると、時は満ちた。向こうから明らかに演説用の立ち台が乗っかったワゴン車
などの一団がこちらに向かってくるのが見え、途端駅前に待機していた警官らが慌しく交通
整理を始める。
 浅野は不自然にならぬよう、煙草を取り出し、口に咥えながらその力の元である件のオイ
ルライターを目の前でそっと構える。
(人ごみ(にくへき)は……オッケー。点けたら、すぐ離れる。いつも通り──)
 だが、ちょうどそんな時だったのだ。
 迫る党首(ターゲット)。指をかけたフリント・ホイール。
 なのに、燃えたのは彼女ではなく──浅野自身だったのである。
「ガァッ……?!」
 周囲から、女性などの悲鳴が上がるのが聞こえた気がした。
 しかし浅野にはもうそんな周りの声など意識に入らない。ただ全身を激烈に駆け巡るのは
熱量で、息苦しさで、生身が焼ける感覚で……。
「け、消せ! 消せぇ!」
「おい離れろ! 巻き込まれるぞ!」
「何──」「救急車を! 誰か、救急車!」
 浅野は勿論、周囲の人々も大慌てになった。悲鳴を上げる者、勇んで自身の上着などで火
を消しに掛かる者、救助の電話をし始める者。更に突然の事態に指示を仰ぐ、演説側の警備
員らもその騒然の中に雑じる。
(な……何が……??)
 声も出ない。ただ浅野は炎に揉まれながら地面に倒れ、ばつんばつんと自分を助けようと
する、勇気ある者達の上着殴打を受けるがままになっている。
「──」
 そんな騒ぎを、一人の少年が遠巻きに見ていた。
 震える身体、脂汗のにじむ横顔。聞き及んでいた、覚悟はしていたことなのに、いざ実行
するとこんなに恐ろしいものだなんて。
「……ざまぁ、みろ」
 ぽつり。誰も耳を傾けぬ怒号と悲鳴の中で彼は、吉良少年は呟く。
 燃え盛るが故ではなく、彼にはこの浅野の姿が“どす黒く”視えている。
「父さんの……仇だ」
 ぎゅっ。
 密かに震えるその手には、彼のものと同じオイルライターが握られていた。
                                      (了)

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  1. 2014/07/13(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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