日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)セカイとの距離は─ミクロ・オア・マクロ

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七月になりました。暦的には梅雨もまた折り返しを迎えるのでしょうかね? こちらは相も
変わらずカッと照るか土砂降りになるかという極端な天候が続いています。
(やっぱり雨はしとしとと降るに限る。趣的な意味で)
どうもこんにちは。MF&AR大賞、やはりというべきか一次落ちでした。長月です\(^q^)/

前回の更新以降、引き続きユー録第Ⅴ部のプロット作成を併行しています。
進捗があればその都度ツイッタ(小日記)にてツイートするようにしていますが、どうだろ
うかな? まだ何章目で終わるというがっちりとした予定がついてないので確かなことは言
えませんが、概算で現在全体の1/3ほどでしょうか。
(大まかな部全体のフローチャートは事前に用意してありますので)
今月分の三題と併行しつつ、残りも詰め進めていくつもりです。比較的慎重?に作業に当た
っているので速さよりも自分が頷けることを優先しがちではありますが、気長にお待ちいた
だければと存じますm(_ _)m

私信ではありますが、先日紆余曲折あって持病の診断書が出ました。自身、主治医に詳しく
問い詰めることをせずに重篤さから抜け出そう抜け出そうとしていた経緯もあり、すっかり
明示が後回しになっていました。
(まぁ自分らの診療科自体、濫りに○○病ですと告げない場合が多いそうなのですが。診断
が難しいというのは勿論、患者によってはその一言を“免罪符”に使ってしまい、復帰への
マイナス材料にもなりかねない?とも聞きますし)
……創作にどっぷり浸かるようになったのも、これがお仕事になればいいなぁと思うように
なったのも、そもそも療養生活が始まってからのことです。
「甘ぇんだよ!」と言われれば実際正論で、返す言葉もないのですが、この営みに「許し」
を得たい──という理由は、少なからず本音には違いないのだろうなぁとも思う訳で。
(レーベルによって多少差はあるのだろうけど)元より俗に小説公募は宝くじよりも確率が
低いだなんて云われます。
ああ、落ちたかー。こういった経験が繰り返されると自分も、他の同じく夢見る人々のよう
に凹んだり、或いは心折れて筆も折ってしまうのかもしれない。
だけども自分個人の感慨を素直に吐露すれば、こういう創れる環境に身を置けること自体が
幸福なんだなぁとも思っている(からこそ、続けられるようお墨付きが欲しいのだろうけど)

……やっぱり中途半端なのかなぁ? 覚悟とか戦略とか、云々。


多分迂遠な語りになると思いますが、したためてみたく思います。

先日、ネット上でとある方のエッセイ?記事を読む機会がありました。
偶々リンク先が紹介されているのを見つけて飛んでみただけなので、もう誰の何処の記事だ
ったかすら分からないのですが、その方の綴っていた内容は大よそこのようなものでした。

『ネットで世の中を批判するような真似は、居酒屋で愚痴をこぼすおじさんと同じ』
『自分とは縁遠い世界(政治など)を訳知り顔で批評しても、誰も幸せにならない』
『先ずは自分の生活を幸福にしよう(遠くのネガティブより近くのポジティブ?)』

言っている事が分からない訳ではないんですよ? 実際“建設的”な思考を取っていこうと
思えば、こうしたアプローチが出てくるのは十二分に想定できることです。
ただねぇ……正直この記事には苛っときましたよ。余 計 な お 世 話 だ。
だって僕にはこうも解釈できたんですから。
“そんな大きなことを語るのは止せ。手前の生活に収まっていろ。無意味な言葉だ”

……失礼。少々言葉が粗暴になってしまいました。
というのも、僕自身、以前から個人がセカイに対するアプローチの如何──距離感について
堂々と思う所があったからなのです(何気にここ暫くのユー録にも影響が及んでいまして)
端的に言えば、ミクロな視点とマクロな視点です。
前者は微視的──自分の至近距離、個別的な日々の生計とその周辺に付随する日常の維持に
重きを置くスタンス。後者は巨視的──自分の遠距離、例えばこの国の政治や経済、ひいて
は多国間・国際的な問題に思考力の重きを置くスタンス。件の記事に僕が“反感”を持った
のは、この後者をさも“下々が考えるなんて意味がない”と哂うようにも読めたからです。
(建前としては)政治だって本来は僕ら国民のものです。普段の生計を、ミクロな経済活動
を担いながら政治実務を行うのは難しいから議員という形で委託せし人材達を選んでいると
いうのに、その任せた先を思うことを哂うとはどういうことか? ただでさえ国という単位
でのそれは再び食い潰す潰される外交ゲームの様相を強くしているというのに、自分の生活
さえよければ他はどうでもいいなど、ちょっと無責任というか閉鎖的過ぎはしないかと僕は
思うのですが。

ただ、分からなくはないんですよねぇ。今日びの──というかかねてより歴史的に人の──
政治は腐ってるしグダグダになっているし、何か決めるにも“議論”になりゃしない。案と
案をぶつけて摺り合わせるのではなく、ただ相手勢力を潰すことが目的化してしまっている。
喫緊の例を出せば、集団的自衛権の行使容認もそうでしょう。
とにかく反対!許さない! そう喧々轟々と騒ぐだけで民主主義を正当化する為の前提たる
“議論”をしようとしない。……無理ゲーじゃないですか。Aを実現したいなぁと思うけど、
反Aという勢力がテーブルに着く前からこちらを潰しに掛かっている。その状態で実際問題
話し合おうと思いますかね? 僕だったら嫌ですよ。そりゃあAも真正面からぶつかるのを
避けて跳び越える──手続き的に宜しくない方法でも「決着」を出さざるを得ないと考える
かもしれません。事実そうなったようです。そもそも下手に臆して引っ込めたら、それこそ
反A──BやCの喚き勝ちになってしまいますからね。今後の“議論”する土壌としても、
そういった勝たれ方をされていくと益々破壊されていきかねない。
(まぁ政治自体、所詮は数の暴力ではあるんですけど……)

そんな、悔しいかな現状がある状況で、声を上げる──徒党を組んで訴えようとすることが
虚しいという感慨は、分からなくはない。僕もきっと、左右両巻き問わずそうして議論する
より声の大きさで頭数を集めようとするやり口には辟易し、参加などするものかと思うクチ
であると思います。
ですが……一方で解ってもいるんですよ。それで僕らが黙れば、結局は黙らない、声の五月
蝿い連中の思うように世の中は動いていく。一人勝ちな版図の中で変えられていく。そして
大抵、そういう世の中僕にとっては厭なセカイです。
やれ規制だの強制だの、彼らの理想像を押し付けてそうじゃない人間達をさも汚物扱いする
ようなセカイ。非人間のように見下すセカイ。
それは右左両派どちらが席巻したとしても言えることだと思います。
右派ならば愛国者でなければ、左派ならばアナーキー精神に従順でなければ。
彼らは哂う筈です。実際そういう扱いを僕個人も受けたり見聞きしたことが何度かあります。

お前は非国民だと。
お前は(国という)幻想を持っていると。

……何でそう争うほど凝り固まるのかなぁ?
群れで生きざるを得ない以上、どうしたって集団上層部──政府ようなものは生まれてくる
でしょうし、他者を信用しないで個人の力だけで生きていくことは今日、事実上不可能。
民族・文化・宗教──あらゆる方面で何かしら相容れないから、僕ら人間は国というものを
作って境界線を形成したのだと思うし、そこへずかずかと片方の都合で乗り込んで行ったら
そりゃあ警戒されますよ。互いに領分を弁えないから、争いになる。
国という枠組みを基本信任するのか、しないのか? 左右両派が分かれてしまう根本はそこ
辺りにあるのでしょうけど。

どちらにせよ、それらは「他人事」ではない筈なのです。
確かに政治家やら役人の中には私利私欲に塗れたり、屑みたいな性根を隠し持っていたする
輩もいましょう。どうせ投票しても約束なんて破られるし、結局彼らが耳を傾けるのは声の
大きい(金になったり後々面倒事を持って来そうな)連中ばかりです。
だけどだからといって、僕らが彼らをクソだと吐き捨てることさえもせず、ただ黙々と虚ろ
な目で生計に汲々としたらきっと明るい未来が待っている……訳じゃないでしょうよ。
残念ながら僕も貴方も、僕らや誰かにとって嫌な奴も、同じ大地に生きています。物理的に
精神的に経済的に、往々にして奴らは自分の“好き勝手”を通そうとしてくる。その時そこ
に(彼らにとって)ミクロもマクロも無い。在るのは自分達の都合に良いよう均した、目指
してくる悪しきフラットなセカイ観ではないでしょうか?
そのまま蹂躙されるのが嫌なら、抗うしかないでしょうよ。剛柔織り交ぜてさ。
集団的自衛権もTPPもそうだ。いち創作人として、児ポ法改正による表現規制もそうだ。
確かにそれら(に反対・賛成する)喧伝は全部“五月蝿さ”になるけど、虚しいからと全く
のだんまりを通せば、奴らは自分達のやりたいようにやる。こっちの嘆息なんざ尚の事構い
やしない。僕や貴方の嫌が「現実」になる。
決してミクロとマクロは断絶された関係性なんかじゃない。ミクロを積み重ねればマクロに
なるし、マクロの中をつぶさに検めていけばそこには無数のミクロが、僕ら個々人の日々が
存在している筈だ。……合う奴も合わない奴も、残念ながら、皆同じ大地に生きている。

(また言葉が荒くなってきた……)
そういう意味で、僕が物書きをしているのもまた一種の“声出し”なのかもしれませんね。
物理的な威示行為=デモほどではないけれど、言いたいことが募って、吐き出す。某コラム
ニストさんの曰く、原稿を書く人間が原稿を書く理由は頭がいいからではなく「一言多い」
からなんだそうで……。勿論これは皮肉も込めて言っているんだろうけど、実際そうなんだ
よなぁと僕は思います。ものを書くって営みは、怨憎や義憤(或いはポジティブ教の布教)
を抱えて持て余すような人間でないとできない(というかしない・必要ない)ことですから。

誰得なんだろう。少なくとも僕自身には、しばしば必要となるもの。
できうることなら視野狭窄とならず、このセカイを見つめていきたいなぁと思うのです。

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  1. 2014/07/03(木) 17:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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