日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「持家未来図」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:役立たず、時間、壊れた】


 その男は妻と、とある地方の町に住んでいた。
 これといって大きな産業がある訳でもない──厳密には時代の趨勢に呑み込まれた──何
の変哲もない田舎町である。それでも強いて付け加えるならば、彼は地元の中学校で教師を
しており、町の一角に小さいながらも一戸建ての我が家を持っていたという点であろうか。
 男の教師生活は決して平坦なものではない。
 だが彼は、この年代の男性像とは一線を画し、可能な限り家族を愛そうと務めた。そんな
思い故か子宝にも恵まれ、最終的に夫妻は三人の子供を授かることになる。

 一人目は女の子だった。幼い頃から負けん気の強い、活発な女の子だった。
 二人目も女の子だった。ただ姉とは違い、性格は控え目。弟の面倒もみる良い子だった。
 三人目は男の子だった。待望の嫡男。されど末子故かその性分が個性的で、その後の一家
の結末を大きく左右する存在となる。

 それでも男は人々の模範者(きょうし)として、何より一人の父親として、仕事に家族に
と手を抜くことはなかった。
 幼き日々。長姉がその負けん気から他の子と喧嘩になり、相手の子供に危害を加えてしま
えばその親御の所へ飛んでいき、共に深々と頭を下げた。
 幼き日々。末弟が唯我独尊で周りの子供と協調する気配が乏しいと学校側から相談を受け
れば、今度は自身もいち教師として我が子と向き合い、叱った。
 幼き日々。それでもこの二人は別々の方向で個性が強い子であったと言える。
 もっと他人を慈しめ──。
 頭を下げさせても、彼女の負けん気と妙に溢れる自信が衰えることはなかった。
 もっと他人と関われ──。
 心配して諭しても、その興味は専ら他人(そと)ではなく己が内にあるようだった。
『でもあの子達に比べて、美弥はいい子ねー。お母さんも安心だわ』
『……』
 故に妻は、より愛でるようになっていた。
 別の部屋で、母に大人しく撫でられるがままの次姉。
 だが彼女は笑いもしていなかった。事ある毎にトラブルを起こし、心配の種となり、父と
対座させられる姉や弟を遠巻きに見ていた。
 表情をあまり表に出さないタイプであったことも一因だろう。
 しかし彼女がそんな時、じっと何かを考え抱え込んでいたことに、母が終ぞ気付くことは
なかった。

 三姉弟は、それでも日々すくすくと成長していった。
 長姉は相変わらずの負けず嫌いで、自信家だった。事実その態度に見合うだけの努力も怠
らず、結果を出してみせた。
 学生の頃は数度、執行役員──会長に就任したこともあった。
 自他に厳しく人によっては彼女を煙たがる者もいたことは事実だが、何よりも実績を残し
ていく彼女を強く非難し、排斥できるほどの人材がこの頃にはいなかったのである。
 次姉もやはり大人しく、成長する中で自分より他人を先ず心配してしまうような、そんな
優しさを持つ少女になっていた。
 だがそれは、とても危険な性質でもある。一方、特に男子からは天使のようだと好かれ、
実際に何度か告白も受けたが、反面同性からの受けは悪かった。いい子ぶりっ子──誰から
となくそんな陰口が広がって彼女を苦しめたが、他ならぬ姉がその権力を使って大切な妹を
守り抜いた。……だからこそ、益々彼女は大人しく物静かな少女になった。
 末弟は更に個性的だった。
 この頃彼の興味関心は人ではなく物に移り、特に電車や飛行機といった乗り物に深く傾倒
していくことになる。言わば世に云う所のヲタクであろうか。
 父は少なからず憂いていた。もっと人付き合いを良くしなさいと。
 母は半ば諦めていた。もう貴方は貴方の道を往きなさいと。
 故に──いや、元よりその心算だったのか、彼は寡黙で独りを好む少年になった。
 好きな事に関する知識量は下手な大人を既に凌駕し、されどそれ以外の事柄については時
に支障が出るほどのラディカル。
 気付けば、彼は一家の問題児として扱われていた。

『俺、パイロットになりたい』
 だが時の流れは少しずつ、しかし確実に彼らとその周りのセカイを変貌させていく。
 姉弟らが一通り学校を出る頃になったある日、末弟はそう珍しく両親に相談を持ちかけて
きたのだ。
 彼と妻は互いに顔を見合わせた。戸惑った。
 この頃、既に長姉は大学を出て街にある商社に勤めており、次姉も父の背中を追って教員
の道を歩き始めていた。そんな中でこの子にも──何かと問題行動ばかり起こしてきたこの
子にも、やりたい事ができたというのか。
『そうか。お前にもちゃんと夢があるんだな。なら』
『駄目に決まってるでしょ! 短大に加えて専門学校? 分かって言ってるの? そもそも
飛行機を運転するなんて狭き門じゃない。ただ“好きなだけ”の貴方に、そんな厳しい世界
をやっていけるもんですか』
 男は、あれからすっかり老いを感じずにはいられなくっていた男は、殆ど初めて示した息
子の意思に沿うてやろうと思った。だがそれは傍らの妻が許さなかった。彼女の眼にはこの
我が子の頼みは“我が侭”にみえていたのである。
 好きな事「だけ」に散々のめり込み、さも周りの迷惑を省みようとしなかったこれまでの
人生の態度。妻は母はそれが今でも許せぬ、反抗的な態度と考えていたのであった。
『おい。そんなに強く言うことじゃないだろう……』
『いいえ。貴方は子供達に甘過ぎます。それでも教育者ですか?』
 だからこそ、夫は妻とにわかに口論になった。反論してきた、その最後のワンフレーズが
内心ムッとなったのも理由にある。
 前々から思っていた。妻(かのじょ)は“安定”というものに拘り過ぎるきらいがある。
 娘達には優秀なキャリアウーマン、自分達に従順な良い子と誇る。だが意に沿わぬ息子に
は厳しい。確かにお世辞にも社会の枠に収まるような個性ではないと思うが。
 ……何より、疑ってしまう。
 妻は、私を愛しているのではないのではないか。ただ教師、公務員という、安定した地位
と経済力に惚れたのではないか……?
『分かった』
 だから、彼はその後の人生でしばしば後悔することになる。
『父さんと母さんには迷惑掛けない。自分の力で、パイロットになる』

 息子はその後、半ば逃げるように家を出て行った。
 娘達は、それぞれの仕事に日々の大半を費やすようになった。
 時は流れる。男の髪は歳月と共に薄くなり、白くなり、身体も衰えた。やがて教師生活も
定年を迎え、彼は一線を退くことになる。
 残ったのは在りし日々の思い出と充足感──にフッと影差す虚しさだった。
 これまで、自分は多くの子供達を育ててきた。社会に羽ばたく未来の担い手として、自分
なりに精一杯のことを教え、共に悩み、送り出してきたつもりだ。
 だがどうだろう? 肝心の自分の子供達は、ちゃんと羽ばたいてくれただろうか?
 妻と仲違いした息子は、あれから一度も実家(こっち)に帰って来ていない。
 幸いにも自分にはたまに電話をくれるのが救いか。どうやら目指していたパイロットの夢
は叶わなかったらしい。だがその頃に養った精密機器の知識と経験が、今はシステムエンジ
ニアの仕事に活かされているのだという。
 ただ、それは妻にとっては「それみたことか」だったらしい。
 自分も一度伝えただけで、その反応を目の当たりにしたことで諦めた。息子自身もそれは
ある種の後ろめたさとして傷跡になっているらしく『もう合わせる顔がないから』と電話越
しに、静かに自嘲(わら)っていたのが今も脳裏に焼き付いて離れない。
 上の娘は、商社時代に知り合った男性と社内恋愛の末、結婚。寿退社した。
 下の娘は、同僚と共に参加したコンパで出会った男性と数年の交際を経て結婚。今も現役
の教師として働いている。
 分からないものだと思う。結果論からすれば、逆のことが起きたのかなと思う。
 あれだけ妻が褒め称えた長女は割とあっさりと寿退社し、専業主婦に落ち着いた。それは
夫(自分にとっては義理の息子)も同じくキャリア組だからというのもあろうが、妻は実は
その意味で肩透かしを喰らったらしい。
 一方で次女は、結婚から妊娠、子育て、仕事を両立させている。
 今でも大人しい優しい女性であることには変わりないのだが、妻も自分もこの子がここま
で“器用”に活きていることには正直驚いたものだ。……それだけ、実は自分達が長女と彼
女を何かにつけて、可愛がるふりをしてその実比較していたという証明にもなるのだが。
 いや……それでいい。とにかく、子供達が幸せでいてくれれば。ささやかでも、できる限
り悔いの少ない人生を送ってくれさえすれば。
 自分にそれが無い訳じゃない。もっと、上手く導いてやれたのではないか? そんな思い
は、教え子にも含め胃に穴が空くほど繰り返してきた。
 だけど……いいんだ。完全を求めても不完全で、そのあがきが最善だったのと信じて逝く
ことしか人には出来ないのだろう。
 どうか。
 どうか、あの子達に──。

 男は死んだ。胃がんだった。
 ただでさえ物寂しかった彼らの一軒家が、はたとその色彩を褪せさせるかのようだった。
 妻が喪主となり、彼の葬儀はしめやかに執り行われた。娘達二人、そしてかつての教え子
達も訃報を聞きつけ参列したが、結局当の息子は現れなかった。
『親不孝者だな……』
 誰か、親類だったかがそう呟いたが、妻も長女も反論しなかった。ただ次女だけが、その
当人にそれとなく、あの頃の仲違いが今も尾を引いているのだと弁明に心を砕いた。
 ……尤も彼女のそんなフォローは、肝心の母や姉には気に食わないものとして映っただけ
だったようだが。

 それからだ。一家が少しずつ壊れ始めたのは。
 誇るべき地位も財産も、それを築いた夫を妻は失った。
 独りだった。かつて褒め称え、或いは従順であると愛でた筈の娘達はとうに嫁いで街に居
を構えて久しく、家には彼女しかいなかった。
 要するにこの「家」を継ぐ者がいないのである。
 嫡男という意味では息子だろう。だがその彼は他ならぬ彼女が、事実上見捨ててしまった
ようなものだ。亡き夫こそたまに連絡を受けてはいたようだが、今や父の訃報を悔やむ留守
番電話と、後日郵送されてきた香典以外、彼の消息は掴めない。
 妻(かのじょ)は焦った。徐々に蝕まれていった。
 何故? どうして私の言うことを聞かないの?
 面子が許さなかった。息子に頭を下げるのは彼女にとって論外。早々に改めて見切りをつ
けると長女に家の後事を託そうと模索したが、戸惑いの後に断られた。
『ごめん母さん。こっちも子供達の進学があったり主人の単身赴任があったりで、そう簡単
に此処を引き払えないのよ』
 では下の娘は? 妻は次女に連絡を取った。
 だが結果的にこちらも実らなかったと言っていい。姉ほどはっきりとものを言わない、戸
惑っていたとはいえ、その返事は否だったからだ。
『難しいかな……。そっちに移るとなると今の学校(しょくば)を一旦辞めなきゃいけなく
なるし。できればちゃんと今いる子達を見送ってからにしたいの』
『すみません。お義母さん』
『……ねぇ。秀ちゃん(末弟のことだ)には、頼んでないの?』

 母が死んだ。第一発見者のご近所さんの話では、朝野菜のお裾分けに出向いてみたら居間
で倒れていたらしい。
 脳梗塞だった。だが発見された時には随分時間が経っていたらしく、すぐさま病院に運ば
れたものの、彼女は帰らぬ人となってしまった。
「──あんたの所為だからね。そっちの方が近かったのに」
「お姉ちゃん……そんな事言わないで……。今は、そんな話をしてる場合じゃない」
 久々に訪れた実家は、見るも無惨に変貌していた。
 伸びっ放しの雑草にあちこちが痛んだ壁。瓦も見上げれば剥がれかけている箇所が散見さ
れ、薄汚れた窓は人気の無さを暗に物語っている。父の死後、本格的に維持管理を行えなく
なったことも大きい。
 故に娘二人は、母の死、そして葬儀が終わって喪の明けた今ですら家に寄り付かない弟に
代わってこの一軒家の処理を担う他なかった。
 苛々、変わり果てた生家を忌々しい眼で見上げながら長姉がそう募る一方な不満をぶつけ
てくる。次姉はそれを哀しげに受け流していたが、その本心は同じく長年鬱積したこの姉へ
の不満でいっぱいであったろう。
「連絡は、取ったよ。戻る気はないって。自分は遺産も何も要らないから、そっちで全部処
分してしまってくれって」
「勝手な……。昔っからそう。あいつはいつも目の前の責任から逃げたがる」
 次姉は黙るしかなかった。下手に反論した所で、彼女や義兄が辛く当たってくるだけだ。
自分はともかく、主人や子供達にそんな醜い身内の争いなど触れさせたくはない。
 ……いや、何時かこうなるとは予感していたのだと思う。
 姉はさも私は弟とは違うと語るが、自分はそう変わらないのではないかと思うのだ。
 ただその“自分勝手”が社会の枠に上手く嵌っていたか、嵌らなかったか。それだけの話
なのだと思う。勿論、そんなことを馬鹿正直に伝えた日には、それこそ烈火の如くその負け
ん気を刺激してしまうのは目に見えているのだけど。
「……まぁ、確かにここでグチグチ言っていても仕方ないわね。あんたも義弟(おとうと)
さんを呼んで来なさい。何日掛かるか分からないけど、家の中、片付けるわよ」
 そうなのだ。もう修復なんてできようもなかった。ただ自分達に出来るのは、こうして目
の前の現実を文字通り片付けてゆくことだけ……。

 数日、数度の手間隙を掛け、かつての我が家から多くの品々が運び出された。
 年季の入った家財道具は勿論、彼女たち子供三人が幼少の頃に買って貰った玩具まで。
 使えそうなものは各家庭に持ち帰るとして、それ以外はリサイクル業者に売り払うことに
なるだろう。どれだけの値段が入ってくるか。あまり期待し過ぎない方がいいのだろうが。
 後はその臨時収入や貯金を合わせ、傷んだ家のリフォーム代を捻出する。
 管理する人間がいない(手を挙げられない)以上、売り渡すしかなかった。既に不動産屋
との相談は始まっている。この家屋の現在の価値からリフォーム代を差し引いた額が、売却
益の総額になる。そこから不動産屋の取り分、税金が引かれて──やはり多くは残らないの
だろう。彼女達の子供──孫の世代が成人する頃には、此処はもう自分達のものではない。
もっと別の、違った家族の家になっている筈だ。

 そしてきっと……徐々に転げ落ちていく(へんぼうする)家系の未来が、繰り返される。
                                      (了)

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  1. 2014/07/02(水) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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