日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「彼はフェニックス」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:馬鹿、ツンデレ、無敵】

※今回、盛り過ぎました。18000字弱あります。
なので読了の際には予めそのつもりでm(_ _;)m



「ぎゃはっ!?」
 その日、街角にある銀行のガラス扉をぶち破り、如何にもといった覆面の不審者が吹き飛
ばされた勢いそのまま道端に転がった。
 当然ながら、現場に居合わせた通行人らは驚き、思わず身を後退りさせる。
 散ったガラス片に塗れ、頬を腫らしてぐったりしている覆面の──もといつい今し方銀行
強盗を目論んだ男。
 だが運が悪かった。
 何故ならこの日、この場には彼が居合わせていたからだ。
「観念しろい。悪党め」
 続いて、ぶち抜かれたガラス扉だったものを潜って出て来たのは、一人の少年だった。
 ごく普通の、引き締まったやや長身の背丈と快活な表情。されどその私服姿の右拳にはべ
ったりと、この男を全力で殴り飛ばしたと思われる血の痕やぐにゃりとあらぬ方向に曲がっ
てしまった五指の関節がみえる。
 しかし、当の少年はけろっとしていた。銀行前の歩道に転がるこの男にそう台詞を投げ掛
けると、すいっと彼の間近に屈み、本人が一撃で気絶してしまったことを確認する。
 ──そんな最中だった。少年の身に異変が起き始めた。
 炎。茜色の炎が突然ひとりでに彼の負傷した右拳を包んだかと思うと、次の瞬間、血の痕
も折れた五指の関節も綺麗さっぱり元通りに治っていたのである。
 路上に居合わせた周りの人々は驚愕する。言葉を失う。
 ざわざわ。今し方起きた事件に、少しずつ野次馬が出来始める。
「なんだ。ヒノショーか」
 ……だが高まったざわめきはそこまでで、刹那人々の間に過ぎったのは、様子を見ていた
通行人の一人が呟いたそんな一言に象徴されていた。
「ああ。またか」
「相変わらず威勢がいいねえ」
「おーい、日野坊。今日も正義の味方かい?」
 まるで、それが彼らにとっての“当たり前”であるかのように。
 最初こそ何事かと各々に見開いた視線を向けていた通行人達であったが、その騒ぎの正体
が小悪党と──何より彼を成敗した少年・日野将であると分かった途端、彼らは生温かくも
気安い様子で、この捕り物を眺めながら一人また一人と立ち去って行く。
「おうよ。びっくりさせて悪ぃな。すぐに片付けるからよ」
 ひらひら。その対する当人、将も同じく気安い調子で軽く手を振って皆に応えている。
 程なくして警備員達も追いついて来た。一緒になってこの強盗(未遂)男を確保する。
「……うむ。これで一件落着」
 清々しく笑う。
 軽く汗を拭ったその手には、身体には──もう先程の茜色の炎は見当たらない。
「な~にが一件落着だ。バカタレ」
「あだっ」
 と、そんな時だった。翔の背後からそうツッコミを交えた拳骨が一発。
 しかし本気のそれではないようだ。翔は思わず両手で拳骨を落とされた頭頂部を庇ってい
たが、次の瞬間にはお互い、何と言い合うかすらもう解り切っている。
「こんちは。陣内さん」
「おう。……またお前か。いやまぁ、犯罪被害が未然に防がれるのはいい事なんだが」
 翔の後ろからやって来たのは、スーツ姿の男性だった。更に後ろには数名の警察官も同行
して来ている。
 所轄の刑事・陣内だった。翔とはかれこれ長い付き合いになる。
 時折正義感を発揮して悪漢を退治する翔を、陣内が公権力の一員としてフォローする。
 そしてこの手の二人のやり取りもまた、市内の人々にとってはある種の風物詩となって久
しかった。
「それにしたって、もっとやりようがあるだろうがよ。お前がぶっ壊した扉の修理代の方が
高くつくんじゃねぇか? 全く勘弁してくれよ……また始末書か……。大体、俺はいつから
お前のお守り役になったんだ……」
 ぶつぶつ。陣内は何処か遠い目をしながら怨嗟のような小声を呟いていた。
 視線の先には警官達に連行される犯人の男と、辺り一面に散らかったガラス扉の破片。
 くしゃっと掌で顔を覆い、彼は大きくため息をついた。まあまあ。それを他ならぬ翔が、
年上相手でありながら気安く慰めようとしている。
「いいじゃないッスか。下手したら人が怪我したり死んだかもしれないんだし。それを思え
ば何とでもなる損害ですよ」
「損害って自覚があるならもっと自重しろ! お前は毎回毎回、周りの被害を考えずに全力
過ぎるんだよ!」
 くわっ。半ば涙目で陣内が吼えた。あはは。だが肝心の翔は全くと言っていいほど懲りた
様子はない。
 また一つ陣内は大きくため息をついた。
 いや、最早諦観か。毎度こいつが力を貸してくれると何かしら物損なり何なりが出てしま
うが、署や県警の上層部がそれらに目を瞑っているのも、ひとえに彼の持つ“能力”が故な
のである。
「全く……。お前がエスパーじゃなけりゃ、とうに……」

「またやらかしたの!?」
 翌日、学園でのことだ。登校から朝のHRが始まるまでの空き時間、紀子はこの幼馴染が
関わったという昨日の事件について聞き及び、もうこれで何度目となるかすら数え切れぬお
説教モードになっていた。
 制服姿の翔がへらへらと笑っている。周りのクラスメート達も、彼とその不思議な力の事
はよく聞き及んでいるので、最早一々注目すらしない。
「人聞きが悪いな。記帳にしに行ってたら偶々出くわしたんだって。実際、行員のお姉さん
さん怯えちまってたしな。俺がやらなきゃもっと拗れてた」
「そうかも、しれないけど……。扉ごとぶちのめすことなかったでしょうが。あんた、その
内あちこちから損害賠償で訴えられるんじゃない?」
「その為の陣内さんだろ? いくら俺でも全部一つで請け負い切れねぇもん」
「自覚がある分性質悪いわ! ……陣内さん、その内胃に穴が空くわね」
 にわかに、僅かにだが翔の顔色が曇った。
 おそらく後者になった彼を想像したのだろう。こいつの図太さを考えて前者で易々と自重
するような性格ではない。
 悪い奴じゃ……ないんだけど。
 半ば無意識に口をへの字にして、紀子は黙して仏頂面になる。
「でも、やっぱ使いたいんだよ。折角神様がくれた能力(ちから)だしな。世の為人の為に
役立てないでどうするよ?」
「……」

 神様がくれた──そんなのは嘘っぱちだ。彼は知らない。
 あれはそんな“奇蹟”なんかじゃない。あの日あいつがあたしに差し出してきた、得体の
知れない“技術”の類だ。
『翔! しっかりして、翔!』
 あの日……十年くらい前のことになるっけ。近所で結構大きな火事があった。
 後々聞いた話じゃ、原因はよくある煙草の不始末。それが燃え広がりに広がって、遂には
町内の一区画を呑み込むほどの惨事にまで発展してしまった。
 それは翔の(当時の)実家も例外ではなくて。
 発生が夜中だったこともあって、おじさん達は逃げ遅れた。特に幼かった翔は──まだ小
さなその身体に大量の煙を吸ってしまい、火に中てられてしまい、酷く昏睡していた。
 炎の音に負けず劣らずの、大人達のざわめきだった。
 家族や知人の安否を確認しようと叫ぶ人、必死になって消火と救出に立ち向かっていく消
防士さん、或いはそのどちらでもなくただ騒ぎに便乗して集まり、遠巻きに見ているだけの
野次馬連中。
 あたしは家の周りを走って捜した。煤だらけになりながらも息子の名を呼ぶおじさんと手
分けして翔を捜した。
 すると、倒れていたのだ。裏口、ちょうど消火活動の現場とは正反対の方向の道端に、翔
は一人気を失ってそこに倒れていたのだ。
『翔! 翔ってば!』
 あたしも必死だった。慌てて駆け寄って、ゆさゆさと揺らす。
 だけど起きやしない。ぴくりとも反応しないで煤だらけの身体の熱が鋭さを伝染(うつ)
してくるかのようだ。
 死。多分、あの時あたしは初めてその意味を実物を目撃する寸前だったのかもしれない。
 記憶が所々曖昧だ。未だにはっきりとはしていない。
 だけども確かな事は、こいつに、あの頃から一緒だった幼馴染の男の子に、死んで欲しく
ないんだという気持ちで……。
『──どうやら、お困りのようですね』
 そんな時だ。あいつが現れたのは。
 いつの間に? あいつはぬっと、まるで夜そのものの中から現れたように思えた。
 全身真っ黒な黒スーツに唾広の帽子、そして人相を隠してしまう黒いサングラス。
 あたしは驚いてただぽかんとあいつを見上げていた。
 多分、泣きじゃくっていたと思う。
 傍には翔。きっとこのままじゃ二度と目を覚まさない、大事なトモダチ……。
『そのお友達を、お助けできるかもしれません』
『ほんと!?』
『ええ。私は“薬売り”をしておりまして……。その商品の一つを飲ませれば、もう命を落
とすことはないかと存じます』
 言いながら、この男──薬売りは片手にしていたアタッシュケースの中から一粒の薬を取
り出してみせた。燃えるような茜色をした、指先サイズの丸剤だった。
『名付けて、不死鳥型(タイプ・フェニックス)。如何なる怪我や病気も、その炎と共に瞬
く間に治してくれるでしょう』
 そう、人差し指と親指に挟んでみせてくる。使いますか? そういう意図なのだろう。
『……お願い、おじさん!』
 まだ子供だったからとはいえ、怪しまなかった訳じゃない。
 だけどあたしは、それよりもずっと、目の前のあいつを失うのが怖かった。
『その薬、ちょうだい! 翔を助けて!』

「──おーい、日野。飯買いに行こうぜ」
「おう。無難に焼きそばパンでいいかなあ」
「いいのか? 今日は幻のクリーミープリンの日だぜ?」
「えっ、そうだったか? これはやべえ。急がねぇと……!」
 遥か遠い記憶。気が付けば、午前中の授業はあっという間に過ぎてしまったようだ。
 真っ白のノートに目を落とす。日直が黒板の版書を消し始めている。
 もう間に合いそうにない。……まぁいいや。また後日、誰かにノートを借りよう。
(……あたしは、間違ってたのかな……?)
 気だるさと少なからずの開放感。
 周囲はいつものように次々と休息モードに入っていくのに、紀子だけは中々そんな気分に
はなれなかった。

 だからだろう。放課後、友人達との寄り道の誘いに、紀子は断る気力もなく流されるまま
一緒することになった。
 多分独りじゃまた悔やんでしまう。あいつが一騒ぎ起こす度に自問し続ける、今日のよう
なもやもやに。
 勿論そんな内心は口に出さず、知らせる事もできず、紀子は友人達と繁華街まで足を伸ば
した。軽く周囲の店を回って主にウィンドウショッピングをし、後は近くのマ○クに入って
長々と皆でお喋りに興じる。定番と言えば定番の、女子の行動パターンだ。
「そうそう。皆は知ってる?」
 はたと意識が張り詰めたのは、不意に友人の一人がとある話題を振ってきたからだ。
 テーブルを囲んでハンバーガーやシェイクを片手に。紀子達が誰からともなく、心なしか
身を寄せ合ってその話の続きを促す。
「何かさ。涼蘭で女子が立て続けに死んでるんだって」
「え? 涼蘭って……あのお嬢様学校? 何年か前に共学になった」
「五年くらい前だね。でも死んだって……穏やかじゃないね」
 涼蘭学院──旧・女学院。この街の隣にある有名な私立学校だ。小中高エスカレーター式
の学校で、制服も可愛いともっぱら評判の学校である。
 他のメンバーが眉を潜めるのに、紀子も同調した。
 噂話は、雑談の華なんて揶揄されるけど、随分ときな臭い。
「うん。それなんだけどねー? 私も噂で聞いた程度でしかないんだけど──」
 だがちょうど、そんな時だったのだ。
 話題がエグくなってつい半ば無意識に逸らした視線の先、店の外に、ふと一人の少女の姿
が映ったからである。
 綺麗な長い黒髪だった。前は所謂目隠れで、表情も分かり難い。
 ちんまくてお人形さんみたい……。
 だけど紀子が目を惹かれたのは、もっと別の所だったのだ。
 何というか、妙な殺気を纏っている。気がした。ゆっくりゆっくりと、彼女は少し前を歩
く私服の女子学生らしき一団に手を伸ばし──。
『おい。何ぶっそうな手ぇしてんだ』
『──ッ!?』
 翔だった。同じく学校帰りだったのだろう。次の瞬間、はたと彼女が伸ばした手を翔はむ
んずと取ってその全身を遮ったのだ。
(あ、あんの馬鹿……!)
 紀子は、半ば弾かれたように駆け出していた。友人達も「え? 何?」と事態についてい
けずにぽかんとしている。
 店先に飛び出した。やはりあの破廉恥野郎は、見知らぬ女の子の手を取っている。
 だが、駆けつけて一発ぶん殴ってやろうと思い……紀子はそこでようやくこの場に纏わる
違和感を覚えた。
 酷く怯えていたのだ。黒髪の少女ではなくて──振り返った前方の少女達が。
 まるで鬼の子でも見たような、青褪めた顔。そのまま彼女達は悲鳴を上げながら前方の人
ごみの中へと逃げ出して行く。
 一方で黒髪の少女も、その印象とは大違いの、酷く憎しみに満ちた視線を翔に向けている
のが見えた。
 セクハラに? いや違う。あれは殺気だ。さっきの肌に感じた直感は……これなのか。
「あ、おい!」
 そうしていると、黒髪の少女は翔の手を振り解いて逃げ出していた。今度は前方ではなく
踵を返して後方の人ごみの中へ。ざわっと周囲の人達が異変に気付き視線を向け始めていた
が、紀子ももう構ってはいられない。
「翔!」
「ん? ああ、紀子か。どうしたよ?」
「それはこっちの台詞よ! 何いきなり見知らぬ女の子の手掴んでるのよ。それにさっきの
あの子──ひぁっ!?」
 だが言い掛けて、紀子は思わず腰を抜かした。翔の手、先程少女の手を掴んだ右の手首か
ら先が、まるで腐ったかのようにぼろぼろと炭のようになって崩れ始めていたからである。
「うん? あれ? 取れてる」
「取れてる……じゃないわよ! まっ昼間から何ホラーやってんのよ?!」
「ぎゃーぎゃー騒ぐなよ。痛みとかねぇぜ? そもそもほれ。すぐ治るし」
 なのに肝心の翔は妙に落ち着いている。自己申告のように痛みを感じぬ崩壊であったから
気付くのが遅れたのか。そして例の如く、その手は次の瞬間には茜色の炎に包まれて綺麗さ
っぱり元通りになっていく。
 最初こそ周囲の人々は驚愕──悲鳴を上げかけていたが、被害を受けたのが翔であること
を知ると「ああ、ヒノショーか」とこちらもまた例の如く興味を失っていち通行人へと戻っ
ていってしまう。
「……何であたしの方が馬鹿みたいな空気になるのよ」
「そう言われてもなあ。お? あれ、お前の友達じゃね?」
 袖口は幾分炭化してしまったが、肝心の右手は完全復活。
 改めて冷静になって落ち込む紀子に、復活した手の感触を確かめながら翔は、彼女の後ろ
から追いついてくる彼女の友人達を指差していた。


『黒いローブの……骸骨?』
『ああ。あの子の伸ばしてた手に纏わり付いてたんだ。よく分かんねぇけど危ないって思っ
て、思わずああやって止めたんだけど──』
 黒髪の少女に関しての事案(仮)について、後日翔はそんな証言をした。紀子は最初半信
半疑でその話を聞いていたのだが、自分があの時感じた殺気……のようなものを思えば妙に
その語られたイメージが似合うような気がしてくる。
『それって……やっぱり“死神”なのかな』
『ビジュアルはそうだと思うぜ? っていうか、お前も見えてなかったのか。道理で周りの
連中が無関心過ぎると思ったんだよ』
『……』
 まさか。脳裏にある可能性が過ぎる。
 自分達に見えなくて、翔だけには見えていたもの。
 あの薬ではないか。話からして同じ代物ではないようだが、あの少女もあの日自分の前に
現れた“薬売り”から得体の知れない力を受け取ったのではないか?
 だが、言えない。
 彼に薬のことも話してしまえば、自分は何と失望されるだろうか……。
「──それで、一体何の用なんです? わざわざ呼び出すなんて」
 そんな奇妙な出会いから数日後、紀子と翔はとあるファミレスに来ていた。
 席は店内の一番奥まった場所、周りからの視線を極力回避できる位置取り。向かい合って
座るのは、今や妙に縁の出来てしまった翔の尻拭い役──もとい所轄刑事の陣内さん。
 紀子は三者互いに軽く飲み物で喉を潤した後、早速本題に踏み込んだ。
 正直、嫌な予感しかしない。
 そもそも何故翔だけではなく、自分まで一緒くたにされているのか。
「いきなりだな。まぁ手っ取り早くていいけど。その顔からして予想はついているとは思う
けど、君達に協力を頼みたいことがある。……涼蘭学院は、知ってるな?」
「涼蘭……ああ。お嬢様学校の」
「元、ね。この前も友達との雑談の中で出ました。……何でも、女子生徒が連続して亡くな
っているっていう噂ですね」
 ほう? 翔の、そして紀子からの更なる切り込みに、陣内はそこはかとなく大人の表情を
垣間見せた。
 君たち学生の間でも広まっているのか……やはりこいつは早い内に片付けないとな……。
そんな呟きをテーブルの上で組んだ両手に隠した口の中で呟いている。
「これは極秘だ。くれぐれもみだりに口外しないで欲しい。亡くなったのは確かだ。だが厳
密には違う。──殺されたんだ。それも普通ならあり得ないレベルの方法で、ね」
 紀子が目を丸くして黙り込んでいた。翔も、ちゅーっとメロンソーダをストローで啜りな
がらも真っ直ぐに陣内を見据えて聞いている。
「バラバラ殺人だ。確認された中で被害者は四人。その全員がまるで身体が自壊したような
遺体で発見されている」
 四人も。それに、自壊したような?
 紀子は黙って、今はもう直っている翔の右手を見遣る。
「正直、警察(うち)も困惑してる。普通人体はあんな死に方はしない。検死官もお手上げ
状態だよ。でも俺は、少なくともその“普通”じゃない方法ができうる奴を知っている」
「……エスパー」
「お、俺じゃないッスよ?」
「分かってる。大体お前の力(それ)は真逆だろ。どっちかっつーと」
 ここでようやく苦笑いながらも笑みをみせて、陣内は懐に手を伸ばした。
 取り出されたのは一枚の写真。そこに写っている人物を見て……紀子と翔は思わず我が目
を疑うことになる。
「黒崎芽衣。中等部三年まで涼蘭学院に在籍していた少女だ。今は転校していて、何の縁か
お前らの一つ後輩だよ。で、水面下だが、殺された少女達の繋がりが分かったんだ。四人は
全員……涼蘭時代この子を苛めていた。その加害グループのメンバーだったんだよ」
 あの少女だったのだ。先日翔が伸ばした手を止めて一度もがれ、紀子がその纏う殺気を感
じたあの長い黒髪の少女だったのだ。
 陣内は継いで告げた情報の方が大きいと思っていたのだろう。無理もない。
 だからこそ、こちらの話よりも写真に釘付けになっている二人を見、片眉を上げて頭に疑
問符を浮かび上がらせている。
「……もしかしてだが、知り合いか?」
「え、ええ」
「ちょっと前、花園町のマ○クで──」
 なので二人は互いに顔を見合わせると、陣内に先日の出来事を話して聞かせた。
 今度は陣内が驚く番だった。だが不思議な能力(ちから)は既に翔という先例を厭という
ほど経験しているからか、思いの外その復旧は早い。
「なるほどな……そうなると、状況的にこの子が犯人でほぼ確定か。参ったな。いや、絞り
込めたって意味では進展なんだが」
「? どういうことです?」
「よく考えてもみろ。犯人はこの子です。相手をボロボロに壊して殺しました──お上が納
得すると思うか? おそらく彼女は翔と同じでエスパーの類なんだろ? この国の法律は超
能力を殺人方法としても、そもそも実在するとも認めてはいない」
「あ~……」
 つまりそういう事だ。実際彼女が犯人でも、殺害したと“立証できない”のである。
 翔がようやく納得したように頷いていた。人間、慣れとは怖いものである。
「じゃあ、どうにもできないんですか?」
「法律的にはな。だが人を殺めたことは事実だ。俺としては、何とかして彼女を止めたい。
捜査本部(おれたち)の調べ通りなら、このまま放っておけば被害者は増え続けるだろう。
それこそ彼女が、自分を苛めたグループの全員を抹殺するまでな」
 紀子が問う。だが答える陣内はまだ、諦めという感情に侵され切ってはいなかった。
 くいとアイスティーを飲み干す。写真を再び懐にしまう。普段みせる気だるげな表情はな
りを潜め、彼は真剣な面持ちになって言う。
「俺の独断ではあるが……二人とも協力してくれ。相手が相手だ。いざとなったら翔、お前
に直接ぶつかって貰うことになるやもしれんが」
「むしろ俺はそういうやり方しか分かんないんスけどね」
「事情は分かりました。でも、どうやって? というか何であたしまで……」
 ふっ。少しだけ陣内の口角が吊り上がった。
「作戦なら考えてある。お前達があいつを知ってるってことで、多少前後しちまったがな」

 決行は話し合いの翌日、学園の正門前から始まった。
「……本当に上手く行きますよね?」
『大丈夫だ。打ち合わせ通りにやってくれ。いざとなったら翔がいる。できれば荒っぽい手
は使いたくないがな』
 紀子は先程から、時折ちらちらと下校する学園生らの視線を浴びていた。
 だがその誰も、彼女が紀子であるとは気付いていないだろう。今の彼女は涼蘭の制服に身
を包み、髪もウィッグを被って別人に成りすましている。
 耳には小型のインカム。傍目から見ればウォークマンで音楽を聴いているように見えるだ
ろう。実際は無線機に繋がっており、少し離れた車内で待機する陣内と翔の声が聞こえてい
るのだが、俯き加減でじっと上着のポケットに手を突っ込んでいることもあって、周りの生
徒達は近寄り難さを感じている筈だ。
「不安だなぁ……」
 作戦の概要はこうだ。
 先ず、黒崎芽衣が狙っていると思われる彼女を苛めていたグループの(勿論まだ殺害され
ていない)一人に紀子が変装、学園前で彼女の下校を待つ。
 次にそれとなくこちらの姿をみせて尾けさせれば第一段階は成功だ。後はすぐに襲われな
いように人ごみの多い所、距離を詰められ難い大通りを中心に歩き、ある程度尾け続けて来
たら予め手筈しておいた雑居ビルに入る。そこから屋上へ行き、追い詰めたと錯覚させた上
で正体をばらし、同時に陣内と翔達が後ろから挟む──という戦法だ。
 とはいえ、本人が口にしたように力ずくで捕らえることが今回の目的ではない。
 彼女と話をする為だ。物的証拠が望めない以上、その罪の立証には状況証拠の積み上げと
自白──犯人しか知りえない情報を本人から語らせるしかない。
「あっ、来ました。作戦開始します」
『ん……』『ファイトだぜ、紀子』
 そうしていると、ターゲットである黒崎芽衣が向こうから姿を現した。本当に学園の制服
を着ている。
 やはりあのお嬢様学校からこんな平凡な公立に移ったのは、エスカレーター式で逃げ場の
ない涼蘭から、苛めグループから逃げ出す為だったのだろうか……? だからといって犯し
た罪は消えないが、紀子はどうにも釈然としない後ろめたさを覚える。
 ちらちら。正門の傍でそれとなく身をよじらせる──あたかも自分を待ち伏せていたよう
な演技に、彼女も遠巻きに気付いたようだ。何人もの学園生の中で、スッと殺気を研ぎ澄ま
せてくるような感覚に襲われる。
「移動します」
『ああ。気を付けて。こっちもゆっくり彼女を尾ける』
 インカムのぼそっとそれだけを告げて、紀子は歩き出した。さも待ち伏せするも痺れを切
らして帰り始めるように。
 一歩一歩道を歩く。芽衣がそれとなく人ごみに隠れながら紀子の後を尾けてくる。
 紀子はインカム越しの陣内に、先ず第一段階が成功したらしいと聞かされた。引き続き街
の中心部へと足を伸ばし、食いついた針を深く差し込ませるプロセスに移る。
 どうやら彼女の執念、憎悪は相当なものらしいと紀子は思った。そして内心、戦慄と共に
恐ろしくて仕方なかった。
 変装に気付かれる、或いは諦められる。そういう心配はあまりせずともよさそうだった。
 尾いてくる。相手が憎き相手の一人だと誤解した(みさだめた)時点で、黒崎芽衣は何処
までも相手を仕留めるその瞬間を狙うつもりらしい。
『盛大に釣れたなあ』
『ちょっと順調過ぎる気もするけどな……だが失敗はできない。そろそろ確保といこう。例
のビルへ向かってくれ、俺達もすぐに後ろを押さえる』
 故に陣内も、彼女にこれ以上の罪を重ねて欲しくない一心で、何処かで功を焦っていたの
かもれしない。インカム越しに彼は紀子に指示を出した。遠巻きに彼女が頷き、予定の雑居
ビルへと続く路地に入っていく。
「む──?」
 その直後だったのだ。突然、インカム越しの音声が乱れ出す。
 いや、不調というレベルではない。明らかな雑音(ノイズ)──何かしらの妨害が働いた
瞬間であった。
 陣内の顔からサァッと血の気が退いていく。同じくインカムを付けていた翔も珍しく眉間
に深い皺を刻み、この物陰に消えてしまった彼女ら二人を見つけ直そうとしている。
「こいつは……拙いぞ……」

(やばいよ、やばいよ! え? 何でこのタイミングで?)
 紀子は焦っていた。今も尾けて来ている彼女に気取られないよう、それでも必死に背を向
けながら目まぐるしく揺らぐ瞳と冷や汗を流していた。
 だがもう戻れない。引き返すには自分から袋小路に入り過ぎた。
 進むしなかった。目の前には件の雑居ビルの入り口。事前に陣内が手を回して開けておい
た外階段を登れば屋上(ゴール)に着く。
 しかし、元より不安のある作戦だったが、果たしてそれで助かるのか? むしろ自分で自
分を追い込んでいるのではないか? 気付けば彼女を追い込むのではなく、自分の方が追い
込まれている。確かに、一連の動きは相手に襲わせる絶好のロケーションを提供する──引
き寄せる為の「演出」ではあったのだが。
(その意味で成功っちゃ成功だけど、効き過ぎぃ! な、何かさっきからどす黒い殺気みた
いなのを感じるし……)
 ウィッグの陰越しにちらりと、ほんの少しだけ視線を。
 そして紀子は、一瞬だが視界に捉えたその光景に──直感通りに何やら持ち上げた右腕に
どす黒いオーラを漂わせる黒崎芽衣の姿に、得体も知れぬが間違いなくそこにある威圧感、
恐怖を覚える。
(ぬぅぅ……っ。ここ、こうなったらあたしが何とか場を持たすしかないか……)
 震え出そうとする腕を、ぎゅっと抱き寄せて抑えつけた。
 だ、大丈夫よ。多分。異変には陣内さんも翔も気付いてる筈だし、今猛ダッシュでこっち
に向かって来ている、筈……。
 カンカン。鉄骨が剥き出しの螺旋階段を登り、屋上へと向かう。
 気分はさながら断頭台に上る囚人だ。正直言えばさっさと正体を明かして逃げ出したい。
 だけど出来なかった。
 それは何だかんだで真面目な紀子自身の性格であったし、何より仮にそうした所で殺気迫
るあの彼女が見逃してくれると想像できなかったからだ。
「──」
 カツン。最後の段差を登って、屋上へ。
 まるで窒息寸前のような心地だった。にわかに広めのコンクリ床に出た瞬間、紀子はわた
わたと弾かれるように奥の方へと逃げて行き、程なくして黒崎芽衣もその場に到着する。
「……やっと追い詰めましたよ。幣原」
 ぽつり。黒髪の少女こと黒崎芽衣は言った。びくり。その少女に扮した紀子は、ガチガチ
に緊張したままゆっくりとそんな彼女に振り返る。
「……? いえ、違いますね。よく見ると彼女じゃない。……貴方は、誰ですか」
 なのに当の彼女は、次の瞬間、じっと凝らすようにこちらに目を細めると言った。問うて
きたのだった。
 速攻でバレた!? 紀子は焦った。心なしか、不審を募らせ始めた彼女の殺気が先程より
も増している気がする。
 じりじり。紀子は思わず数歩後退った。
 どうする? あくまで変装に徹するか? いや、自分は幣原という子(オリジナル)につ
いてはまるで知らないのだ。時間は稼げるかもしれないが、相手が相手である分、下手に刺
激し続ける真似は文字通り命に関わる。
「そ、そうよ。あたしは……あんたの捜してる相手じゃない」
 ぎゅっとウィッグを掴み、紀子は素顔を晒した。
 首筋辺りで切られ、あちこちで毛先が跳ねたやや茶髪気味のショートヘア。
 黒崎芽衣は驚いたようだった。たとえ偽者と見破っても、すぐに白状するとは思わなかっ
たのだろう。
 だがそんな表情は束の間だ。次の瞬間には、彼女はスッと目を細め直し、さも記憶の糸を
手繰り寄せたかのようにして得心した表情(かお)をしている。
「誰かと思えば……先日の。ヒノショーのお友達さんですか。ちょっとびっくりです。より
にもよって貴女がこんなことをするとは」
「翔を知ってるの? あ。でもあいつ、有名人だからなあ……主に馬鹿な方面で」
「らしいですね。私はこちらに越してきて間もないので知りませんでした。でも先日、私は
見たんです。この私の手に触れて、何事もなかったかのように彼の手が元通りになっていく
さまを」
 黒崎芽衣の口調は、聞く限りではとても丁寧なものに感じられた。
 おそらくは涼蘭にいた頃の賜物なのだろう。或いは地がそうなのか。
 だがその表情を併せて観察する限りは、とても穏やかだなと言っていられはしなかった。
 さすさす。愛おしく労わるように、或いは静かに昂ぶる感情を鎮めるように。彼女は握り
締めた拳に目を落とし、酷く虚ろな瞳をしている。
「なら話は早いわね。他でもないわ。あの後翔からも訊いて、聞かされもした。……あんた
の仕業なんでしょ? ここ最近、涼蘭の子が次々に殺されてるっていう事件」
 紀子がそう口にした瞬間、その虚ろな眼が明らかにこちらを射抜くように向けられた。
 本当にそうなのか。こんな、華奢な子が……。
 ぎゅっと唇を噛みながら、紀子はまだポケットに突っ込んだままだったもう片方の手を出
していた。
 ──事前に中に忍ばせておいた、ボイスレコーダーの録音スイッチをオンにして。
「何でそんなことを? やっぱり……復讐? 涼蘭の子に、苛められたから?」
「……。半分は正解ですけど、半分は間違いです。これは私が生き残る為に必要な戦いなん
ですよ」
 始まった。そうとは知らず、芽衣は言う。
 ビル風でその長い黒髪がなびかされていた。普段なら、憎悪に支配されていない状態の彼
女なら結構な画になったろうに、今は只々薄ら寒いおどろおどろしさばかりが強調されてい
るように思う。
「全く、貴女も誰から聞いたのかしら……。苛めは確かにありました。もうご存知かもしれ
ませんけど、向こうの中等部の頃に。どうやら私が、彼女達のリーダーが思いを寄せていた
男子から告白されたのを逆恨みしてのことだったみたいです」
 フッと笑う。いや、哂う。
 紀子は一抹の違和感を覚えた。だった? 何で過去形? だが程なくして彼女は悟ること
になる。それは本当に過去にあったことだからではなく、そう捉えないと“まとも”ではい
られないかったからなのだと。
「告白された時に……困ってしまってついごめんなさいと言ってしまったことが更に彼女達
の不興を買ったみたいですね。気付けば彼女達が中心となって、私は色んな嫌がらせを受け
ました。最初こそ無視して、黙っていればよかったものでしたが、段々行為はエスカレート
して、それこそ下手すれば命に関わるようなものまで……」
「……」
「流石に、これは拙いと思いました。だから高等部に進むのを辞めて“先輩”達と同じ、隣
街の学校に進学し直したんです。最初こそ穏やかでした。結局彼女達から尻尾を巻いて逃げ
出すような真似になってしまいましたけど、殺されるよりマシですから」
 でも。そう芽衣は言った。
 一見穏やかな様子に、改めて思い出したことでか、今まで以上に憎悪の炎が宿る。
「あいつらはまた私の前に現れた! 転校先まで調べ上げて、学校終わりに待ち伏せてくる
ようになったんです! 貴女に分かりますか!?『何逃げちゃってんの? 許されたとでも
思ってんの? あんたが消えてなくなるまで、ずっと付きまとってやるから』って見下ろさ
れた時の私の気持ちが! 嗚呼、駄目だ。逃げる事すらできないんだ……そう思いました。
また性根の腐った屑達による“狩り”が始まりました。涼蘭にいた頃よりももっと酷くて、
本当に殺す為にやっているとしか思えない事ばかり……ッ!!」
 紀子は絶句するしなかった。彼女を狂わせたのが、より強烈な悪意であると知った。
 べらべら喋ってくれて好都合──などといった思考は、とうに紀子の脳裏からは消え去っ
ていた。機械だけが淡々と二人のやり取りを録音する。怒涛のように吐き出される芽衣の言
葉に押し流されそうになる。
 一瞬、一瞬だけ紀子は思った。
 苦しかったんだ。死にそうなほど苦しくて苦しくて、彼女はここぞとばかりに今気持ちを
吐き出しているんじゃないか?
「……でもね、出会ったんです。そんな時、私を助けてくる“薬売り”のおじさまが救いの
力をくれたんです」
 だが、そんな一抹の同情もやはり吹き飛んでいた。
 薬売り。その言葉、人物。
 陣内の言っていた、自分も直感のレベルで感じている得体の知れなさ。
 まさか。そんな──。
「死神型(タイプ・デス)というそうです。あの薬で私は身を守る力を得ました。この手に
触れたものは、どんなものであろうと朽ち果てる。もう誰も、私を地獄の日々に突き落とし
たりなんてできない!」
 刹那の光景だった。
 ざっと、芽衣がこちらに向けてかざした右手。その腕には……先日翔が証言した通りの、
黒いローブと着た骸骨、大鎌を抱いた異形──文字通りの“死神”が纏わりついていたのだ
から。
 見上げる。あまりの光景に、足元から崩れ落ちる。
 純粋な恐怖だった。それでもここで折れ切っちゃいけないと、申し訳程度の生来の負けん
気の強さだけが何とか自分を支えてくれている。
 何であたしにも見えるの?
 翔の話じゃ、あの時も巻きついていたけど見えなかったのに……。
 だが気付いてしまう。おそらく、簡単なことだ。
 ──あの死神は、本来ターゲットにされた人物だけが視ることができる。
 実際こうして本能的な恐怖に捉えられている自分がいる。何とも趣味の悪い薬なことか。
 そう、薬だ。彼があの時視えていたのは、彼もまた同じようにあの“薬売り”が提供した
薬を飲んだ服用者だから……。
「正直言うと焦りました。突然無関係な人に邪魔をされて、尚且つ発動中の手に触れられて
しまったんですから。……予想外の死人が出るなと思いました。でも実際はどうでしたか?
治ってしまったでしょう? まるで何もなかったように、綺麗さっぱり」
 ふふふ。狂気を多分に含んだ笑いで芽衣は笑う。
 それは驚きと、おそらく“仲間”がいるのだと知ったから。
「あの後、気になって調べてみたんです。驚きました。以前からこの街で、日野先輩は正義
の味方──不死身の男として活動なさっていたんですね。だけどどうやら本人は自分の能力
についてちゃんとした自覚がない。周りと同様、本当に超能力だと思っている。幼い頃に火
災に巻き込まれて死にかけ、だけど生還した際に覚醒した奇蹟──。その昔話についても、
友人の知人の友人の……人伝に探し当てました」
 嗚呼、そこまで。紀子は戦慄した。目の前の異形に対する恐怖ではなく、自分達の秘密を
知っていて、尚且つ次の瞬間に口にしようとしている言葉がその表情から予想できたから。
「……そうなると可能性は一つです。月島先輩。貴女は、その時に彼に薬を飲ませたんじゃ
ありませんか?」
「ちっ、ちが──」
 違う。紀子は叫びたかった。
 違う。その言葉がまるで自分を断罪するように聞こえて、恐ろしかった。
「違いませんよ。同じじゃないですか。なのに何故邪魔をするんです? 私も先輩も、薬を
使ったんです。自分達の為に、服用したとさせたの違いはあっても、あのおじさまの薬に手
を伸ばしたんです」
「違う!」
 半ば半狂乱。紀子は頭を抱えるようにしながら叫んでいた。
 違う。あたしの所為じゃない。あんな身体になるとは思いもしなかったんだ。
 違う。エゴなんかじゃない。ただあたしは、あいつを助けたかった。
「……まぁいいです。その辺りの認識の不一致はさして大きな問題ではないですし」
 ですが……。芽衣はそっと手を上げる。彼女に纏わりついた“死神”が、大きくその鎌首
をもたげる。
「貴女は知り過ぎました。このままただで返す訳にはいきません」
 死んでください。
 そう“死神”を纏った右手と共に、彼女は地面を蹴って──。
「やぁぁめぇぇろぉぉぉーッ!!」
 ちょうど、その瞬間だった。足元から昇って来る聞き覚えのある声。
 一瞬のことだった。芽衣の“死神”が紀子を捉えようとしたその寸前、ビルを文字通り飛
び上がって来た翔がその一撃を受け止めたのである。
「……ッ!?」
「んだよ。そんな物騒な相棒連れやがって……。悪ぃな、こいつのお迎えはまだ早ぇよ!」
 弾き返していた。ぐわんと拳を振るい、翔が“死神”ごと芽衣を弾き飛ばす。
 だがその翔も完全に無事ではない。
 炭のように崩れ落ちていった。“死神”の直撃を受け止めた右腕が、ごっそりと紀子の目
の前でなくなっていったのだ。
「翔!」
「おう。大丈夫か? ったく、大泣きじゃねぇか……。やられてねぇな? お前は俺と違っ
て再生とかしねぇんだぞ?」
 ぱくぱく。名を叫んだ後、紀子は次の言葉をすぐに見つけられないでいた。
 先ず自分を庇って壊された、彼の右腕について詫びるべきなのか。
 それとも──さも“不死鳥”そのものの如き炎の翼を携えたその姿を問うべきなのか。
「翔……その格好……」
「ん? ああ。よく分からんができた。急がなきゃ急がなきゃって焦ってたら、ボンッて羽
が出て来てよお……。まぁそのお陰でこうして間に合ったから結果オーライオーライ」
 ははは。翔は笑っていた。いつもの、頭に「馬鹿」をつけるべき快活さだ。
 だがこの時に限っては──紀子はぼろぼろと涙を零すしかなかった。この馬鹿。ようやく
口を衝いて出た言葉は、そんないつもの罵倒(おせっきょう)だった。
「うぅ……。そうでしたね、先輩には貴方がついているんでした」
「? もしかして俺達の作戦、バレてたのか?」
「そういう意味じゃないと思うけど……」
「そっか。ならいい。……ちょっとそこで大人しくてな」
 右腕はやはり茜色の炎と共に再生されていた。
 みるみる内に元通り。流石に服の袖はごっそり炭化して持っていかれたままだが、翔はそ
んな身なりにも構わず紀子を待機させると、壁に叩きつけられて息を荒げていた芽衣の下へ
と歩き出す。
「ま、まだまだ……!」
「止めとけよ。分かってねぇのか? あの時も今も、お前の超能力は俺には通用しねぇよ。
相性が悪いんだ。お前は何でも壊しちまうけど、俺は何でも治しちまう。キリねぇぞ?」
 彼女は最初こそ強がっていたが、半ばきょとんと言い含める翔の言葉に交戦の意を削がれ
てしまったようだ。
 憎悪に満ちていた表情(かお)が変わっていく。
 それは涙だった。悔しさ──感情の爆発した、違ったベクトルの先と言っていい。
「どうして、ですか。先輩だって、そんな身体に」
「どうしたもこうしたも、殺すことはねぇだろうがよ。悪いが苛めの話、聞かせて貰ってる
ぜ。悔しいのは分からんでもないがさ、話せばもっと──」
「知ったような口を利かないで! 貴方に、何が分かるんですか。あいつらは……話が通じ
るような相手じゃない……」
「……」
 より突っ込んだ話を聞いた訳ではなく無理もないのだろう。だがそんな翔に、芽衣は先程
以上に感情を爆発させ叫んでいた。
 泣きじゃくる彼女。紀子もその場にへたり込んだまま、じっと黙して彼女を見下ろす翔の
後ろ姿を見守っている。
「……。てい」
「あだっ!」
「翔!?」
 ビンタした。なのに何を思ったか、翔はすいっと芽衣の傍に屈んだかと思うと、遠慮の欠
片もなくその頬を軽く張った。
 紀子が「何やってんの!?」と半ば怒りそうになってツッコミを入れる。ビンタされた当
の芽衣も、いきなり自分がされたことに呆然となっている。
「痛ぇだろ?」
「ぇ?」
「痛ぇだろって言ってんだ。手を上げると痛いだろうが。お前、そんな事も分かってないで
こんな物騒なモンを振り回してたのか?」
 何を……と芽衣は翔を見返したが、当の彼は至極真面目に語っている。
 妙に有無を言わせぬ、だけどもの凄く同じ目線で語ってくる、そんな感覚があった。彼女
の傍らで命令もなくただぼうっと漂っている“死神”をちらと見上げ、翔は一度軽く息を吐
いてから言う。
「大体さ、人の命はお前一人でどうこう決めていいもんじゃねぇだろ。勿論俺もだ。生きて
るのは俺達自身だけど、その命は皆のものなんだぜ?」
 にっ。翔は笑う。なのに芽衣も紀子もそれを哂い返すことすらできない。
 一方はある種の「気付き」であった。
 もう一方は、自身と彼が歩んできた記憶が告げる、とある言葉が故だった。
「……俺さ。ガキの頃に火事で死に掛けたんだ。でもどっこい、今もこうして生きてる。皆
が必死こいて助けてくれたからだ。まぁその時にこの妙ちくりんな能力(ちから)もついて
来たけどさ……。だから、決めたんだ」
 掌の中でほうっと小さな炎を作って目を落とす。
 茜色の温かみだった。暫しそれを見つめて握り締めて消してから、翔は続けて言う。
「この力は、皆の笑顔の為に使うって。一生かかっても足りねぇかもしれねえけど、あの時
助けて貰ったお礼を、俺はこいつと一緒に返すんだって」
 芽衣の瞳が揺れていた。紀子も、そんな彼の背中がいつにも増して大きく見えていた。
 そういうことだったのか。ああもやたらと正義の味方をしたがるのは彼なりの、不器用も
甚だしいが彼なりの、最大限の恩返しだったのだ。
 確かに元より悪い奴だとは思っていなかった。
 だけど、そうなんだ。
 あいつは、あたし達が思っているより……ずっと……。
「だから、お前もそんな能力の使い方すんなよ。苛めた奴らのことをずっと恨むより、これ
から先出会ってお前を助けてくれる奴を探そうぜ? 何なら俺が友達になってやる。それに
お前……普通に可愛いもんなあ」
「~~ッ?!」
 乱れていた目隠れの黒い前髪に、さらりと指を掛けて持ち上げる。
 耳まで真っ赤に染まった──彼の言う通りの、可愛らしい少女の容姿がそこにある。
「……。はい」
 返された涙声。
 芽衣の両の瞳に、溢れんばかりの涙が零れ落ちた。


 後日、黒崎芽衣は自首した。厳密には出頭なのかもしれないが。
 今は陣内ら所轄刑事らからの取調べを経て、検察に送られている。彼女が未成年である事
と事件の性質が性質だけにやはり立証が難しいと彼は話していたが、当の彼女自身が罪を認
めていることもあり、審理自体はさほど争うことはないだろう。

『前略・日野先輩お元気ですか?
 既に陣内警部補から聞いているかもしれませんが、私は警察に出頭することにしました。
 取調べでは包み隠さず、全てを話したつもりです。尤も陣内警部補以外はあまり信じてく
 れなかったみたいですけど……。
 あの時は本当にありがとうございました。勿論私のした過ちは謝って済まされることでは
 ないですが、できる限りの償いをしていきたいと思います。
 弁護士さんは情状酌量を目論んでいるみたいですが、もし実現すればもっと早く、聞かさ
 れていた刑期よりも早く戻れるのでしょうか。
 邪まな考えですが、そう考えると楽しみです。頑張りたいと思います。
 その時は……改めてお友達になって欲しいです。

                         貴方の黒崎芽衣より・愛を込めて』

「ふぅ~ん……?」
「な、何だよ。その目は」
「別にぃ~? ただニヤニヤ嬉しそうだなーって」
「してねぇよ! まぁ、嬉しいっちゃ嬉しいわな。あんな事があったのに、黒崎はちゃんと
償うって決めてくれたんだ。陣内さんも報われたろう」
「……そうね」
 あれからどれだけの季節が経ったろうか。
 今、翔と紀子は放課後の教室である手紙を読んでいる。翔宛てに届いた、芽衣からの近況
報告だ。それに感慨深げに目を通す──もとい頬が緩んでいる彼に、後ろから覗き見る紀子
のジト目が注がれる。
 流石の朴念仁も、少しは色気を覚えたようだ。ちょっぴり照れてこちらの発言を否定し、
それとなく陣内さんの方へと話題を変えようとしている。
(陣内さんも、あたしもね)
 彼女からの手紙の通り、罪が消えることはない。普通に考えても四人の若い少女の命を奪
ったとなれば、成人では極刑になってもおかしくはない筈だ。
 なのにその十字架を背負う覚悟を、この幼馴染は与えてみせた。加えて何気に、おそらく
本人は気づいていないであろう所で自分の抱いてきた罪悪感も呵々と笑い飛ばしてみせた。
 能力(ちから)をくれてありがとう。助けてくれた皆に、ありがとう。
 完全に、とは言えないけれど、あの時自分もどれだけ泣き出しそうになったことか。
(……なのにこいつはっ)
 これで何度目か。紀子はムッとなって、背後から翔の頬をぐにーっと引っ張った。
 じたばた。芽衣からの手紙を片手に、翔は思わず眼だけをこの幼馴染に向ける。
「ひでで。ひゃ、ひゃにふんだよ!?」
「うるさい! この女の敵め!」
 ぎゅーっと。だけど紀子も本気ではない。
 一見頭に疑問符を浮かべている翔も、多分解っている。
 暫くそうしてじゃれ合っていた。そんな時間が酷く愛おしいものなんだと、紀子は思う。
 笑い合った。触れ合った。思えばあの日あの時、得体の知れない力を借りてでも彼を逝か
せなかったからこそ、今がある。もしかしたら、芽衣(あのこ)だって救えず、狂気の犯行
が続いていたかもしれない。
 勿論、そんなものは所詮後付で、結果論で。
 だけどそれでいいんだと思う。過去の事実は変えられない。ならば現在(いま)を生きる
自分達がその事実と如何向き合い、取り出し、得て未来に繋ぐか? 悔やんで過去の記憶に
閉じ篭るんじゃなく、否定して吼えるんじゃなく、足元とその先を進む為の道しるべとすべ
きなんだ。
「……ねぇ。翔って黒い髪の子が好きなの?」
「あ? そりゃあ綺麗な髪はいいもんだとは思うけど……人はそれで決まるもんじゃねぇだ
ろうがよ。全国の毛根の弱い皆さんに謝れ」
「何その要求……。いや、まあ……うん。訊いたあたしが馬鹿だった」
「??」
 茜色。それは夕陽の色で、こいつの炎の色で、いやらしさの少ない優しさの色だ。
 ご町内の正義の味方。人呼んで不死鳥の男。
 だからこれからは──幼馴染として、もう少し応援してやってもいいかなって思う。
                                      (了)

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  1. 2014/06/30(月) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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