日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅳ〔53〕

 災いは、去った。
 だがそれは「悪い夢だったんだよ」と逃避するような思いとはイコールではない。
 大都バベルロート、顕界(ミドガルド)を含め世界有数の大都市。そんな街が“結社”に
よる襲撃と制圧に甘んじた事実はもう変わることはない。
 それでも、続いていく。
 失われたものは決して少なくはなかったが、それでも生き残った人々には容赦なくこれか
らという名の日常が待っている。つい数日前までは石廊の迷宮の中で上がっていた悲鳴も、
今ではトンカンと街のあちこちで家屋の修理に勤しむ人々の音で溢れている。
「──議論もたけなわだな。諸君、そろそろ決を採りたいと思うが、どうだろう?」
 そんな一方、今まさに世界情勢が新しい一歩を踏み出そうとしていた。
 場所は第四隔壁。大都の最外周にして、開発途中が故に“結社”の襲撃を免れた地区。
 王達や統務院議員、随伴の官吏といった者達が、その一角に設けられた仮の議事堂に集結
していた。言わずもがな、一旦中断させられていた統務院総会(サミット)の続きを改めて
行う為である。
 議長役であるハウゼン王が、上座のテーブルに両手を組んだまま言った。
 それまで残った調整作業を消化していた王達が、めいめいに顔を上げて頷く。勿論その中
には、皇国(トナン)代表としてのシノやアルスも一緒だ。
 うむ。皆の首肯にハウゼン王も頷いた。
 厳粛な面持ち。されど何一つ纏まらなかった最初の事を思えば、その雰囲気は随分と安堵
したもののようにすら感じられる。
「では、採決に移る。本件・統務院共同声明──及び『特務軍』創設に関する統務院令案に
賛同する者は、挙手を」
 にわかに王達のざわめくような吐息が漏れる。
 彼らはお互いに近くの相手を、他国の王らの様子を窺っているようだった。
 横目に何度もちらちらと。だがこの場において、もう議案に頑なな反対を示すような者は
いなかった。
(……随分な変わりようだよなあ)
 理由は明らかだ。現実として当の“結社”が、自分達の至近距離まで襲い掛かってきたか
らに他ならない。
 他の王達と同じくすいっと挙手する母の隣で、顕現を解いて気配だけで寄り添うエトナと
共に、アルスは目の前の推移に何とも喜べない皮肉を感じていた。
 あれだけ“関わりたくない”と「団結」せずにいた王が、議員達が、一つになった。
 だけど解っている。これは心根からのそれではない。利害の一致──或いはその身に刻み
込まれた恐怖心が故だ。
 皮肉なものである。あれだけ“結社”と真正面から戦いたくないと及び腰だった彼らが、
いざ当の連中から脅されたことで一つに纏まろうとしている。
 当たり前と言えば当たり前の流れなのかもしれないが、人間というものの浅さに、アルス
はつい失望しそうになる。
(これじゃあまるで逆じゃないか。……いや、奴らはむしろそれを狙った……?)
 まさか。ふと脳裏に過ぎる可能性に、ふるふるとアルスは密かに首を横に振る。
 “結社”は、自分達を倒そうとする勢力の結集を恐れ今回の襲撃に踏み切った──という
のは、いざその瞬間になるまでの推測(はなし)。
 今やその線は薄いだろう。母も、おそらく他の王達も勘付いているのではないだろうか。
 あの時“教主”を名乗った光球は言った。王器──聖浄器を差し出せと。実際その一連の
全世界規模での攻勢で、幾つか中小の国が陥落してしまったとも聞く。
 だがアルスには、妙にしっくりとこなかったのだ。
 ……稚拙過ぎる。他にやりようがなかったのか? トナンの時のように、密かに国の中枢
を侵していった上で掠め取るという事も、奴らの組織力では不可能では無い筈だ。敢えて慎
重さに推測を向ければ、同じ手は何度も通じないと一気に「攻め」に転じたとも考えられな
くもないが……。
 だとしても、返ってくるリスクが大き過ぎると思うのだ。
 実際、襲撃事件が梃子になり、今回ファルケン王らの連名で提出された国際軍──最終的
には『特務軍』という名称になった──が現実のものと為ろうとしている。
 統務院直属軍・正義の盾(イージス)と正義の剣(カリバー)。
 法案はその権限と規模を拡大し、“結社”を始めとした反社会的勢力の討伐を主要任務と
する常設軍を創るというものだ。事実上の対“結社”軍と言っていい。
 更に当面、その主軸・先頭に立つべしとされたのが自分達──これまで“結社”達と何度
も戦い、退けてきた実績を持つ、我らクラン・ブルートバードな訳で……。
(要は人身御供なんだよね。イセルナさん達を前面に出しておけば、名義に名前を連ねても
直接奴らとぶつかるケースは減る……)
 密かに嘆息。法案の原稿を読んだ、各国の折衝が進む時点で分かり切っていたことだが、
アルスは改めてこれが「大人」のやり方なんだなと思った。
 そりゃあこのまま、これで奴らとの戦いから身を退きます──なんて事を兄さん達は言わ
ないだろうけれど。
 でも心配であることは変わらない。むしろ増すんじゃないかとすら思う。
 少なくとも父さんは、コーダス・レノヴィンは、やっと取り戻せたのだし……。
「満場一致。よって本議案は可決された。諸君の協力に感謝する」
 そうしていると、厳としたハウゼン王の声が響いた。ぱちぱちと、王達がそれぞれの席で
お行儀のよい拍手を鳴らしている。
 ハッとアルスは我に返った。皆が皆、貼り付けた微笑を浮かべている。
 いけない。そんな周りの様子を見て、アルスは一人むすっとしそうになる自分を堪える。
(……ごめんね。アルス)
(母さんの所為じゃないよ。僕が、まだまだ青いってだけ)
 そんな息子に、シノはこっそりと労いの言葉を向けてくれた。
 それだけで嬉しくって、申し訳なくて。改めてアルスは、務めて笑おうとする。
(うーん……。言っとくけど、アルスの所為でもないんだからね? むしろ周りのこいつら
の方がよっぽどゲスいんだって)
(……。それを言っちゃおしまいだよ)
 更に気配だけのエトナも、そんな相棒をフォローしたくなったのか声を掛けてくる。
 今度こそ苦笑混じりに。アルスは感じるその存在に、振り向きはせずとも言って、尚も続
く大人達の拍手の嵐の中にただ佇む。
「では、これにて新聖歴九八五年度・統務院総会(サミット)の閉会を宣言する。起立!」
 議長(ハウゼン)の合図にて、拍手を止めて一斉に立ち上がり、上座に掲げた統務院の旗
印に一礼を。

 ようやくの閉幕。催事の終了。
 だがそれは──お世辞にも全ての戦いの終わりだとは、場の誰もが思わなかった筈で。


 Tale-53.勝ち取ったもの、失ったもの

 意識が水底から浮かび上がって来て先ず感じたのは、ちりっと瞼の裏を差す眩しさと心地
良い風だった。
「……」
 ゆっくり。ジークは仰向けな姿のままそっと目だけを開ける。ぼんやりとしていた五感が
それに合わせて取り戻されてゆくようだ。
 視界に映るのは、白を基調とした小奇麗な天井。耳に届くのは、やや遠方からトンカンと
鳴っている大工達の鎚の音。
 嗚呼そうだった。ジークは思い出す。
 大都(バベルロート)から何とか生還し、母や諸々の友軍に助けられた自分達は、あの後
すぐさまこの近郊の病院へと運ばれたのだっけ。
 身体は……まだ本調子じゃない。動くだろうなとは解ったが、剣を振るうような激しい運
動はまだ暫く無理そうだ。
 まぁ、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
 一回目はバトナスを戦う為に、二回目は天辺のドームをぶち破る為に、三回目は崩壊して
いく空間結界の中、自分と仲間達を守るべく緑柳の出力を増強・維持する為に。
 接続(コネクト)──あいつの言葉を借りればドーピングを連発したのだ。身体が悲鳴を
上げない方がおかしい。
 可笑しくなった。だけど気持ちは妙に晴れやかだった。
 それはあの全てが終わった後で力尽きた安堵もあろうが、今こうして心地良い風が部屋の
中に吹き込んでくるのも、あながち無関係ではないのだろう。
「あっ。お、お目覚めですか、皇子」
 そうしてぼうっとしたまま横になっていると、ふと自分を覗き込んでくる者がいた。
 ユイだ。相変わらず皇国(トナン)近衛隊の軍服姿で、大小二本の刀を腰に差している。
 そういえば刀──。だがちらりと目を遣れば心配無用だった。
 病室の角にちょんと立て掛けられた六本の愛刀。六華。その前にはオズがその巨体を少々
窮屈そうにしながら陣取っており、ユイと一緒になって橙色のランプ眼をぱちくりさせなが
らこちらを見遣っている。
「おう。お仕事ご苦労さん」
 何となく気恥ずかしくて、ジークはそう苦笑いを漏らしながら言った。
 恐縮です。からかい気味なつもりだったのだが、根っこが真面目らしくユイはそう短く言
葉を返して佇むだけだった。そんなやり取りを、部屋の外からそーっと覗き見ているトナン
の戦士達が数人、振り向いたオズに見つかってビクついている。
 大丈夫だ。俺の仲間だから。
 そう言われてようやく彼らも緊張を解いたらしい。中に入ってきて、何やらユイと事務連
絡のような会話を交わしている。
「……そういや、サジのおっさんは?」
「父さ──隊長は陛下とアルス様の警護に回っています。総会(サミット)も昨日で終わり
ましたし、暫くはコーダス様の看病に付きっきりでしょう」
「そっか。父さんも皆も、まだ?」
「いえ。コーダス様はあれからまだ眠ったままですが、確か他の皆さんは既に一度お目覚め
になられているかと。怪我の程度によってはもう退院した方も……」
 言って、ユイが去ろうとした部下達に訊こうとしたが、ジークは止めた。
 元気ならそれでいい。どうせ追々お互いに近況を話すことにはなるだろう。ユイ達もそう
ですねと頷き、そこで場は解散となった。彼らを見送り、病室内は再びジークとユイ、オズ
の三人だけになる。
「そういえば皇子。対結社特務軍の話はお聞きになられましたか?」
「ん? ああ。一昨日くらいに団長とリュカ姉から。半分は無茶し過ぎだっていう説教だっ
たけどな」
 あくまで他人事のように哂うジークに、ユイは口元に手を当てて複雑な表情をすることし
かできなかった。ごろりん。彼女と向き合い易いように体を横にし、ジークはその時のこと
を思い出すようにしながら話し始める。
「要は王達の身代わりみたいなモンだろ? 統務院(じぶんら)が公認してやるから、引き
続き“結社”と戦え、と。そりゃ好都合だよなあ。自分達ができるだけ被害を被らずに且つ
連中をぶっ叩く……そういう意味じゃブルートバードは優良物件って奴だ。まぁ元よりこれ
であいつらとの因縁もはいおしまい、なんて気は更々ねぇんだけどよ」
「……そうですね」
 どうやら思っていた以上に深い部分まで話をしていたようだ。ユイは思わずジークから視
線を逸らし、ばつが悪そうに改めて丸椅子の上で居住まいを正す。
 実際その通りなのだ。王達の、統務院の意思にいち将校が文句をつけられる筈もないが、
彼らは尚もこの方達を危険の最前線に据えようとしている……。
「それに納得はしたんだよ。話じゃその特務軍って、ファルケンの野郎が中心になって考え
たそうじゃねぇか。嗚呼、なるほどなあ……ってな。細かいとこはハウゼン爺さんの入れ知
恵もあったらしいとかリュカ姉は言ってたけど、色々利用されるんだろうなってのは前々か
ら予想はしてたし」
「野郎!? 爺さん……?! そ、そのような呼び方は」
「ん? ああ、マズいんだっけ? 悪ぃな。俺、堅苦しいの苦手だし、アルスみたく政治と
かよく分かんねぇから」
「い、いえ! 公的な場でなければ構わないと、思います……」
 もじもじ。ユイの声がどんどん尻すぼみになっていった。
 丸椅子に腰掛けたまま視線をうろうろ。
 そういえば、結界内で再会した時も妙に緊張してたっけ……。
 ぽりぽりと顎の輪郭を掻きながら、ジークは何の気になしにその時の記憶を呼び起こす。
「そ、その……申し訳ありませんでしたっ!」
 なのに謝られた。ぶんっと首を縦に振って頭を下げ、何だか必死になって謝られている。
 ジークは最初ぽかんとし、そして苦笑した。
 真面目なんだなあ。先ず何に対してのごめんなさいなのか知らないが、あんたがそんなに
気負うことなんてないのに。
「よく分からんが、気にすんなよ。特務軍に捻じ込まれたことか? それともトナンの内乱
の時に、一戦交えた時の話か?」
「……両方です。皇子はあれだけ混乱・緊迫していた皇国に平和をもたらしてくださったの
に、私達はまたお二人ご兄弟を、陛下を、ブルートバードの皆さんをまた戦線に送って安穏
としようとしている……」
「お前の所為でもないだろうがよ。連中と戦うのも、受け入れたのも、前々から勝手に自分
達でやってきた事だしな」
 それに──。言いかけてジークは一旦言葉を切った。ちょっと恥ずかしかったからだ。

“皇国(トナン)も大都(バベルロート)も、俺一人で収めたんじゃねえ。俺が無茶しても
皆がついて来てくれたから、出来たことなんだよ”

「というか、いい加減そうカチコチになんなよ。あん時も言っただろ? もう終わったこと
だって。今更俺を斬ったから罰をー! なんて報復、しねぇから安心しろ」
「は、はい……」
 代わりにそう言い、苦笑の中に言いかけた本来の台詞を押し込めて念を押す。
 彼女は一応頷いてはくれていた。だがこの自分への妙な苦手意識──後ろめたさは、そう
すぐには消えてくれないんだろうなあとも何処かでは悟ってもいた。
(……斬り合い、か)
 そう。かつて彼女とは“敵”同士だった。
 先皇アズサに仕える者と、その皇の暴走を止めようとした自分。
 あの時も、そして今回も、何とか自分達は“勝つ”ことができた。だが実際の所どうなの
だろう? あの戦いで今回の戦いで、自分達はどれだけ良い方向に進めているんだろうか。
「……皇子?」
「ん? ああ、悪ぃ。ちょっと考え事してた」
「考え事、ですか」
「ああ。俺達は……何をやって来たんだろうなって。敵って、何なんだろうなって」
「皇子……」
 気安い態度から一変、はたとそう神妙な呟きをしたものだから驚いたのだろう。ユイはこ
ちらの言葉に呑まれるまま、同じく辛そうな表情(かお)をし始めていた。
 あ、やば。ジークは、たとえ一応は臣下相手だとしても、迂闊だったなと後悔した。
 うおっほん! わざとらしく咳払いをして何とか場の空気を変えようとしたが、結局上手
くはいなかった。彼女と、加えてさっきからずっとこのやり取りを見ていたオズの眼差しが
どうにも居た堪れなく感じる。
「……あー、駄目だな。駄目駄目。柄じゃねぇや」
 故にジークはのそりっと身体を起こしていた。手すりに頼りつつ、ベッドから這い出す。
 オズが、ユイが、そんな彼に反射的に声を掛けてくる。
「ドウ致シマシタカ? マスター」
「お、お身体は大丈夫なのですか? 一体どちらへ……?」
「掴まりながらなら歩けるよ。ありがとな。ちょっと、その辺散歩してくるわ。外の空気で
も吸ってくる」
 そう言って、ふらふらと。
 だが勿論一人にはさせて貰えず、結局彼女と、六華を回収して両腕に抱えたオズが、後ろ
からくっ付いてくる格好になったのだが。


 サミットが終わっても政治は続く。むしろ事はこれからなのだ。
 第四隔壁区内に移された、各国代表団の滞在先。そして東の盟主・レスズ都市連合のそれ
も、勿論この中に在った。
「──そうか“海皇”殿の部下達が街を……。これは、一度礼の宴でも開かねばならんな」
 この日、サウルは宛がわれた執務室で導話を取っていた。
 相手先は輝凪の街(フォンテイム)──自らが領主として治める街の、留守番組の官吏。
 導話越しに彼は確認を取っていた。都市連合の各地を含め、今回世界中で“七星”とその
配下の傭兵達が“結社”の襲撃から人々を守ってくれたのだという。
 輝凪の街(フォンテイム)もその一例だった。現地に残っていた官吏・守備隊長らの話を
聞くに、どうやら“海皇”シャルロット傘下の傭兵達が加勢してくれたのだそうだ。
 サウルは内心ほっと胸を撫で下ろしていた。遠く故郷を思う眼をし、そう冗談混じりに半
ば本気で呟く。
「ともあれ、安心したよ。私達も、こちらでの雑務が終わればできるだけ早く帰国しようと
思う。そちらは引き続き事後処理を進めてくれ。特に領民の被害把握と補償用予算の策定を
優先に──ああ。そうだな。頼む」
 そうして幾つか、現地の部下達からの報告と彼らへの指示をし、サウルは導話を切った。
 受話筒を導話器の本体にカシャンと収め、部屋の中がまたしんと静かになる。
 急ごしらえで設けられた室内、デスクの上には書類の山。遠くから耳に届いてくるのは、
急ピッチで復旧作業に当たる、第三隔壁以内の人々の労働の音か。
 サウルは改めでデスクに腰掛けた。立てかけてあったペンを手に取る。
 さて、こちらも残る仕事を片付けてしまわないとな……。
「……?」
 ちょうど、そんな時だったのだ。不意にコンコンと、部屋の扉をノックする音が聞こえて
きたのだ。
 ついっとサウルは顔を上げる。誰だろう?
 今回随伴してきた官吏なら「侯爵」の呼び掛け一つあってもおかしくないのだが、扉の向
こうの主は黙ったままだ。
 警備の者はどうした? まさか侵入者か?
 そう思考が過ぎり、にわかに全身に緊張を走らせサウルだが──その警戒は結論から言う
と杞憂であった。
「……」
 息子(サフレ)だった。キィと扉が開けられ、そこに彼と従者たるマルタが姿をみせたの
である。彼は肩肘を入り口の枠に当ててじっとこちらを見ていた。そんな主に、やや後ろで
立つマルタはおろおろと苦笑しつつも、ぺこりとこちらにお辞儀も寄越してくる。
「驚いた……お前から顔をみせるなんてな。いいのか? 病み上がりでは」
「お陰さまで殆ど治ったさ。むしろその言葉、そっくりそのまま返すよ」
「仕事は待ってくれないんでね。身体が動くのなら捌いていかなければ」
 案の定、というべきか。父子(ふたり)が交わす言葉と雰囲気はぴりぴりとしていた。
 やっぱりぃ……。マルタがサフレの傍で心配げに、されど直接彼を窘める勇気も持てず、
はらはらしながらこのやり取りを見守っている。
 サフレは入り口付近で肩肘を預けたまま、動かなかった。
 サウルも言葉を返すには返すだけで、書類の山に向かっていた。
 しんと暫く、糸を張ったような時間だけが流れる。
「……馬鹿だな。無茶して倒れたら、困る人間を大勢抱えている身だろうに」
 だがそんな沈黙を破ったのは、サフレだった。スッと目を細め、そう遠回しに非難するよ
うな言葉を向ける。
 それでも、耳に届くその声色こそは……先程に比べればずっと剣呑さを潜めているように
聞こえるのは、気のせいだろうか。

『サウルさんは、サフレさんが思っているような悪い人じゃないんです! もう一度ちゃん
と話し合ってください。お願いします!』

 先日の、アルスと出くわした時に懇願された時のことをサフレは思い出す。
 本当なのだろうか。彼が話したことが本当なら、僕は──。
「アルスから聞いたよ。トナン内乱の時、彼があんたと輝凪の街(フォンテイム)で会った
時、何があったのか。母さんのことも、一通り」
「……」
 ピタリ。ペンを走らせていたサウルの手が止まった。
 だがそれでも強情なのか。彼はややあって再びデスクワークを続け始めると、その格好の
ままで応じる。
「どうして、本当の事を話してくれなかった?」
「……アイナの事をちゃんとみてやれなかったのは事実だ。お前に恨まれても仕方ないこと
だと思っている」
 刹那、サフレの眉間に深く皺が寄った。ギリリッとその拳が握り締められるのが分かる。
 おろおろ。マルタが両者を何度も見比べながら、涙目になりそうになっていた。
 もう一度話し合おう。それはやっぱり、無理なことだったのか──。
「……ったく」
 だが次の瞬間、サフレが放ったのは怒声ではなかった。嘆息。それも憤りを込めるという
よりは苦笑にも似ていて、何処かフッと、それまでの剣呑さが抜けたような感じがして。
「一人で抱え込むんじゃないよ。そうやって自分を削ってまで尽くし続けるようなバカは、
あいつだけで充分だ」
 サウルがついっと、少なからず目を丸くしたように顔を上げていた。
 相変わらずの無愛想面。だけどもサフレの声色にはもう本気の棘がみられない。
 もう一度、嘆息。
 あいつのようなバカ──。その言葉が指す人物は、お互い言葉を交わすまでもなく。
「……もっと自分を大切にしろ。僕に、政務の経験もなしに跡を継がせるなんて嫌だぞ」
 先に動いたのはまたもやサフレだった。くるりと踵を返し、ぽかんとしているマルタにも
構わずそのまま背中を向けた状態で言い放ち、場を後にしようとする。
「サフレ……」
 そんな息子の意図に、感情的なままで気付かないほどサウルも愚鈍ではない。
 がたんとデスクに両手をつき、彼は思わず立ち上がっていた。
 お前は、まさか。許して……くれるのか?
 息子は語る。背中で語る。ちらりと、最後に肩越しに視線を遣ってからサフレは言う。
「闘っているのは、僕達だって同じだろう?」
 立ち去って行く。首に巻いたスカーフがふぁさっと、尾を引きながら流れていく。
 和解した(はたせた)らしかった。マルタはそんなにわかなやり取りにじわじわっと目を
丸くして、我が事のように嬉しそうに笑うと、主に代わり「し、失礼します。旦那さま」と
ぺこりとお辞儀をしてからその後を追って行く。
「……」
 無言の安堵。解けたような吐息。
 そしてデスク越しに立ち惚けたまま暫く、サウルは震える身体とその顔面に、くしゃっと
片掌を押し当てる。

 微細な管を通して薬が静かに流れ落ち、電極から延びる配線が傍らの機材へと繋がる。小
気味よくも物寂しい電子音が、淡々と室内に響いていた。
 ジーク達が搬送された郊外の病院。その中でも特に慎重な治療を要する特別病棟の一室に
コーダス・レノヴィンはいた。
 点滴に心拍を測る機材。慌しく可能な限りの処置が施された初日の夜を経ても尚、彼は緩
やかめに上体を起こされたベッドの上で眠り続けている。
「……」
 シノとアルス、エトナが、その傍らでじっと目覚めの時を待っていた。部屋の外にはサジ
とトナンの戦士ら警護役が数人。静かだが、不安で不安で仕方のない時間だった。
 昏睡。表情こそ穏やかだが、コーダスのその身体は酷く色白になって痩せ細っている。
 それはあの黒騎士鎧(ヴェルセーク)として囚われていた間、力の源として磨耗させられ
続けていた為だろう。
 だが、それだけじゃない。
 一通りの処置が終わった後、医師らから告げられたのは、アルス達が思いもしていなかっ
た事実だったのだ。

『言い難いことなのですが……コーダス氏は、魔人(メア)です。これは精密検査の中で判
明した事でして、種々のバイタルデータを標準的なそれと照らし合わせても、まず間違いは
ないものと考えます』

 父が魔人(メア)だった。医師からそうばつ悪く伝えられた時には、アルスも母らと共に
大いにショックを受けたものだ。
 しかし……存外にすぐそれ自体は「どうでもよい」と感じるようになったのも事実だ。
 やっとの思いで彼を助け出し、生きていてくれた。その嬉しさと目覚めの時を待つ待ち遠
しさが、迫害の予感という曖昧さを押し退けているのだろう。それに魔人(メア)であった
からこそ、これほど傷付いていても死なず、治癒が進んでいるという面もある。
 加えて既に魔人の仲間(せんれい)があった。
 梟響の街(アウルベルツ)にはステラがいるし、今回の戦いでクロムが“結社”を裏切っ
てまでこちら側についてくれた。
 解り切っていることなのだ。魔人(メア)だから、イコール“悪”な訳じゃない。
 だから父が目覚めても……自分達はあの頃と変わらずに迎えようと思う。
「よう。どうだ、様子は?」
 そうしていると、ひょいっと顔を出してきた者がいた。セドだ。
 傍には執事服に身を包んだ壮年の男。アルスが人伝の記憶を辿る。確か、セドさんの家で
執事長をしているアラドルンさん……だったか。
 ドアの前で警護に当たっていたサジらと軽く挨拶を交わし、二人はそっと足音を抑えなが
ら病室内に入ってくる。
「まだ眠ったままよ。あれから特に変化があるようには見えない」
「……そっか。それとさっき主治医のとこに顔出して聞いた。……本当なのか? コーダス
が、魔人(メア)だって」
 アルス達は答えなかったが、そのぎゅっと堪える面持ちが全てだった。
 そうなのか。セドが眉根を寄せて押し黙る。その沈黙があまりにも重かったため、アラド
ルンが声を掛けようとしたが、当の本人は「……大丈夫だ」と呟いた直後、いつもの、政治
家としてのいつもの表情(かお)に戻る。
「どういう事なんだかな。黒騎士(ヴェルセーク)にぶち込まれると魔人(メア)になっち
まうのか、それともそうなる以前に魔人(メア)になってたのか……」
「分かんない。でもあの鎧自体に瘴気は感じなかったよ?」
「そうなると……以前? まさか、村を守ろうとして魔獣と戦った時に……??」
 疑問が出たのはまさしくそこだ。セドもアルス達と同じく、魔人(メア)であること自体
をそこまで絶望的と捉えない──今は考えないようにしたのか、そうぶつぶつと推測を呟い
ている。
 それにエトナは否定の意見を述べた。少なくとも狂化霊装(ヴェルセーク)自体が原因だ
とは思えないと。
 場の面々は彼女の意見を素直に採用した。こと瘴気、魔力(マナ)の感知において精霊族
に敵う者はいないのだから。
 だとすれば他の理由──もしかしたら消息を絶つ直前ではないかとアルスは考えた。
 実際、魔人(メア)化するには相応の瘴気に中てられないといけない。条件的にあの当時
が、一番面々には浮かび易い。
「まぁ真相は本人のみぞ知る、だな。その辺りも肝心のコーダスが目覚めてくれねぇと推測
の域を出ねぇ」
 言って肩を竦めたセドに、アルス達は全くだと同意した。
 要らぬ詮索はよそう。あれこれ気を揉んでも何かできる訳じゃない、変わる訳じゃない。
 それよりも今は、目の前の彼が目を覚ましてくれることだけを──。
「……ん?」
 まさにその時だったのだ。気揉みを掃って眠るコーダスへと視線を落し直したその直後、
セドがこの当人が僅かに指先を動かしたことに気付いたのだ。
「お、おい。今」
「えっ?」
「指、指が動いた! 右手! さっきピクって!」
「そん──あっ!」
 珍しく動揺するセド。それにつられて方々からコーダスを取り囲むアルス達。
 続いてシノが、コーダスの左手指先が痙攣するように動いたのを目撃して目を丸くする。
それはアルスやエトナ、アラドルンも確認するものとなった。
 ざわっ……。にわかに病室が騒がしくなる。
 何事か? そんなアルス達に、外にいたサジらがドア越しに様子を窺ってくる。
「──」
「起きたっ?!」
「コーダス、コーダス!」
「おいあんたら、急いでセンセを呼んで来い! コーダスが目を覚ました!」
 目の前で起こり始めていた出来事、そして大慌てで振り向いて叫んだセドの指示に、サジ
らは弾かれるようにして飛び出して行った。
 シノが既に、目から涙を零しながら夫に呼び掛けている。コーダスの目はぼんやりとだが
確かに開き、僅かだった手足の痙攣、感覚の復旧もどんどん進んでいるようにみえる。
「……シノ? セドに、アランさん。そこにいるのは……エトナに、アルスか? どうした
んだい? そんな表情(かお)して──」
 意識が戻り、コーダス・レノヴィン本来の姿と声色が戻り始めていた。
 訥々。だけども穏やかで優しい声。自分があれだけ酷い目に遭ったというのに、開口一番
自分ではなく、自分を囲む皆の方を心配している。
「……そうか。僕は……」
 だが、やがて思い出したらしい。
 何処か遠い目をして記憶を手繰り寄せ、一度ぎゅっと苦しそうに眉間に皺を。それでもそ
の心の痛みに引きずり込まれずに済んだのは、他ならぬ自分の手をはしと取って大粒の涙を
流している妻(シノ)の姿故に他ならなかった。
「何だか、酷く暗い夢をみていた気がする……」
 そうして徐々にはっきりしてきた記憶の下、彼の口から語られるのは、事の真相。
 村(サンフェルノ)に突然魔獣の群れが押し寄せたあの日、彼は村の自警団の仲間達と共
にこれと戦った。だが半ば不意を突かれた上での出撃だったこともあり、多くの同胞がその
毒牙に倒れ、自身も群れの主と思しき魔獣と打ち合った末に崖下に転落してしまったのだと
いう。
 それからだった。強かに身体をぶつけて気を失っていたのか、意識が戻った時にはその魔
獣の大きな亡骸が傍に転がっていたのだという。
 そして更に気付いてしまった。自分の身に起きた変化に。
 身体の中で滾る狂気、身に覚えのない苛烈なまでのヒトへの憎悪。自分は、魔人(メア)
に為ってしまったのだと悟った。
 迷い、途方に暮れた。村に戻るべきか。しかし妻や息子達はどうなる? 気の良い人達ば
かりだから、そう容易く掌を返すようなことはないと信じたいが……。
 そんな迷いと彷徨いの中だった。不意に現れた黒衣のオートマタ達と、彼らを率いる男に
包囲され、まだ完全に言うことを効かない身体では逃れることもできず──。
「たくさん……殺してきたんだね。僕は、あの暗い中で……」
 繋がった。そして大いに涙した。
 曖昧ではあるが、コーダス自身も戦鬼(ヴェルセーク)として操られていた間のことは覚
えているらしい。故に辛かった。シノもセドも、アルスもエトナも。ゆっくりとまるで罪を
一切合財認めてしまうように呟き、まだ力の入らない手に目を落とす彼に、これぞという言
葉すら中々見つけられない。
「ごめんね……。本当に──」
 だが謝り続けようとする彼を、他ならぬシノが遮った。がしっと、その身体に抱きついて
只々泣いていた。
「いいの。もういいの。悪夢は……終わったの」
 遠くからぱたぱたと足音が聞こえてくる。報せを受けて飛んで来た医師達だろう。
 だがそんな聴覚(じょうほう)は些事だった。
 最初こそ彼女に強く抱き締められるがままだったコーダスも、やがてフッと自嘲(わら)
うと、そっとこの妻の身体を抱き返した。次いで傍にいたアルスの肩をも、抱き寄せる。
「──ただいま」
 そしてそう、彼は静かにそれだけを告げたのだった。


『ぐずぐずするな、さっさと歩け!』
 院内の窓から、ダンはじっとその一部始終を眺めていた。
 場所は一般病棟三階の奥。ちょうど正面玄関とは正反対に位置する場所だ。表の清潔感溢
れる佇まいとは少々趣を異にして、こちら側はぽつんと廊下と病室だけが只々配置されてい
るだけである。
 ダンはそんな人気のない廊下の窓から、じっと眼下を眺めていた。
 表のそれとは打って変わって雑然とした裏の搬入口。更にそのまた奥には、打ちっ放しの
渡り廊下でこちらと繋げられた、藍と灰色の掛かったもう一つの病棟が建っている。
 傷が癒えて院内をうろうろしていた間、適当に看護婦を捉まえて訊くに、あそこは特別病
棟と呼ばれている区画らしい。患者の中でも特に症状が重かったり、隔離する必要性のある
者が集められているのだそうだ。
 ということは、多分コーダスさんもあそこだろうな……。最初はそう思って何となくこの
離れの病棟を眺めていたのだが、つい先程から穏やかではないことが起こっている。
『──』
 クロムだった。あの戦いで“結社”を裏切ってまで自分達についてくれた、何やら訳あり
のような鉱人族(ミネル・レイス)出身の魔人(メア)。
 その彼が今、ざっと一個小隊ほどはあろう完全武装の兵士達により、密かに特別病棟から
連れ出されようとしている。
 推測するに、おそらく彼もあそこで治療を受けていたのだろう。魔人(メア)故に殆どの
傷はすっかり治っているようだが、頭には包帯が、左の肩にはギブスがまだ巻かれているま
まである。
 それでも彼は兵士達に容赦なく急かされ、両手に何やら文様(ルーン)の刻まれた手錠を
嵌められ、これも明らかに単なる移動用ではない鉄格子と分厚い装甲の鋼車の中へと乗せら
れようとしている。
(……ちっ。胸糞悪いモンを見ちまった)
 ダンは内心そう嫌悪感を持て余す。やはりそうなのか。どれだけ彼が自分達を、コーダス
さん救出の為に身体を張ってくれたとしても、お上連中にとってあいつは“大罪人”である
という訳か。
 どうしたものか。サッシに肩肘を乗せて目を凝らすも、流石に武具も置いてきたまま単身
で乱入する訳にはいくまい。こっそり。窓硝子を気持ち軽く開けて、向こうのやり取りをも
っとよく聞こえるようにする。
(後でシノさんかミフネ女史辺りに聞くかな? 連中の事だ。まさかこのまま誰にも知らせ
ずに首チョンパってことはなかろうが……)
 そうして彼の今後を推測していた、その時だった。眺めていたその光景の先でまた変化が
あった。ザリッ……。彼と兵士達の動線上に割って入るように、見覚えのある二人の人影が
そこに現れたのである。
「誰だ、貴様!?」
「何故今日この現場を知っている?」
「銃を下ろしてください。危害を加える意思はありません。僕はヴァルドー空軍大尉、エリ
ウッド・L(ローレンス)・ハルトマンです。……まぁ元大尉、ですが。実は昔の伝手から
今日、統務院が捕らえた魔人(メア)が護送されると聞きましてね。ご迷惑とは承知の上で
こうしてその顔を拝みに来たんですよ」
 エリウッドとレジーナだった。当然の如く警戒された兵士達に、彼がそう朗々とあくまで
にこやかに微笑をみせて名乗り出る。
 ──ヴァルドーの、ハルトマン?
 ──まさか、あの“空帝”……?
 ざわざわっと、兵士達がその敵意を削がれながら互いの顔を見合わせる。
 手錠を掛けられた当のクロムも、そんな二人の登場に半ば無意識にぼうっと顔を上げると
これを見遣っている。
(エリウッド……。ああ、あいつらがジーク達の言ってた、鋼都(ロレイラン)で世話にな
ってたっていう技師連中か)
 ほう? ダンもまた意外な人物の登場に目を細めていた。
 元軍人ねぇ。そして何気に初耳な情報も、しっかりと記憶に留めておく。
「……」
 だがそれよりもダンはちらと、程なくしてもう一人の人物に注意を向けていた。
 エリウッドの傍らに立っている技師風の女性。あくまで平和的にとポーズを取る彼とは対
照的にむすっとし、まるで親の仇のようにクロムを睨んでいるレジーナである。
 そんな雰囲気に場の面々も気付いたのだろう。ずいっと彼女がクロムの方へと進み出た瞬
間、兵士達や傍らのエリウッドが、それぞれに銃を持ち上げたり片手で制そうとしたりして
にわかにその空気に緊張が走ったのだ。
「レジーナ」
「……分かってる」
 しかし恋人(あいぼう)の手前、彼女はそれ以上の暴走はしなかった。抑え込んでいた。
 堪えて俯き加減になった、前髪に隠れた表情。だがその口元はぎりっと強く結ばれていて
強い憎しみの念を感じ取ることができる。
 ややあってエリウッドが「大丈夫です」と小さく合図をし、兵士達もそっと銃を下ろす。
 クロムはぼうっとしていた意識を取り戻してしゃんとしていた。いや、せざるを得なかっ
たのだ。そして真っ直ぐに彼を見据えた眼差しで、改めてレジーナは言う。
「あんたで、間違いないのよね? “結社”から抜けた魔人(メア)のクロムってのは」
「ああ。私だ」
「……大体の話は、ジーク君達から聞いたよ。わざわざ組織を裏切ってこっち側につくんだ
ってね」
 確認に肯定が返る。レジーナの声色は少なからず震えていた。
 しかし彼女はあくまで気丈に、さも見えざる無数の人々を背負うようにして、告げる。
「はっきり言って、あたしはまだあんたを許せない。今まで散々殺したり傷付けたりしてき
たんでしょ? フォーザリアだってそう。ジーク君の所為じゃない。あんた達がいたから、
あの時、関係のない人達が……っ!!」
 爆発しそうだった。両拳を軋むほどに握り締めて、レジーナは吐露する。
 傍らのエリウッドが目を細めたまま黙っていた。兵士達がその断片的な言葉が意味するこ
とに動揺していた。頭上のダンが──窓越しに眉を顰めていた。
 おそらくこの為だったのだろう。フォーザリア、ジーク達が一度彼ら“結社”の謀略によ
って死にかけた場所。その地は既に報道が知らしめるように、多くの鉱山関係者を巻き込ん
だ大惨事となった。
 何も出来なかった悔しさと、そんな犠牲者達(かれら)への侘び、代弁と。
 レジーナはぶつけていた。正直に。どれだけ今回の戦いで信用に足る協力をみせても、未
だ自分はお前を“仲間”だとは思えない──。
「……覚悟はしている」
 どれだけ黙した後の、返事だったろうか。
 長く長く押し黙った直後、クロムは神妙に真っ直ぐにレジーナと向き合ったまま答えた。
 兵士達が少なからず目を丸くしている。彼のただならぬ気配を嗅ぎ取ったからだろうか。
 されどクロム当人は彼らには目もくれてはいない。ガチャリ……。ただ今は、重くその力
を封じて余りある手錠を僅かに揺らし、次なる言葉を紡ぐだけだ。
「どんな罰も償いも、受け入れるつもりだ。それで許されるとは思わないが。それでも、私
はもう一度君達を信じたいと思う。人間を……信じたいと思う。だから裏切る以外になかっ
たんだ。絶望や憎しみが生み出したあの集団を、君だって観てきただろう……?」
 叫び俯き加減なったままのレジーナが、ハッと目を見開いていた。
 具体的に何が、までは分からない。だがクロムの言うように、彼女も彼女なりに“結社”
の犯してきた横暴を見聞きして(しって)いるのだろう。
 眉間に深く皺を寄せていた。震える拳をもう片方の手でぎゅっと押さえ込んでいた。
「……お手数をお掛けしました。どうぞ行ってください」
 やがてエリウッドが彼女に寄り添い、そして兵士達に促す。
 兵士達も、同じくずっとこんな空気のまま立ち尽くすのは勘弁だと思っていたのか、すぐ
にまたクロムを鋼車の中へと押し込めていく……。
「──副団長?」
 そんな時だった。はたっと感じた気配と声が耳に届いた瞬間、ダンは思わず弾かれたよう
に慌てて視線を室内に戻していた。
 見れば廊下の向こうから、入院着姿のジークと、彼をそれとなく支えるオズとユイが近付
いて来る。
 半ば反射的に、ダンは気持ち開けていた窓硝子を再び閉めていた。そして今も眼下で続く
クロムの護送を彼らに見られないように、務めて何でもないといった演技で、自身窓を隠す
位置に立ち直す。
「お、おう。どうした? お前らも散歩か?」
「そんな所です。……何やってたんです?」
「ん? いや、特に何も。俺もただ、手持ち無沙汰で病院ん中をうろうろしてただけだよ」
「……。そうッスか」
 嘯いてみせながら作り笑いを浮かべる。
 そしてどうやら、このダンの繕いは何とかジーク達を誤魔化すには事足りたらしかった。

「そういや先生さんから聞いたぞ。お前、あん時随分と無茶な技を使ってたんだって?」
「うっ……。え、ええ、まあ。……すみません」
「ビビるなよ。弁えてるんならいい。その様子だと充分に絞られたみたいだしな。実際、あ
の力のお陰で俺達も助かった訳だしよ」
 院内の主区画へ戻る道すがら、そんなやり取りを挟みつつ。
 ジークとダン、そしてユイにオズの四人は並び立って病棟の玄関付近に戻って来ていた。
場にはずらりと種々の受付・窓口が並び、それらと向かい合うように多くの患者が待合用ス
ペースに設けられた椅子なりソファに腰掛けている。
「お? あれ、イセルナ達じゃねぇか?」
 すると、ダンが見知った人影らを見つけて小さく指を差した。
 見ればこの待合用スペースの更に奥には板張りの間仕切りが設置されており、天井側の隙
間から辛うじてその向こう側の様子が覗ける。
 どうやら導話をかける為のスペースのようだ。そのずらと並ぶ導話器の一つに、イセルナ
ら仲間達の姿がある。
「──ええ。だからそっちに帰るのはもう少し落ち着いてからになりそう」
 ジーク達が早速通路を跨ぎ、彼女達の下に近寄っていった。
 ホームの留守番組にだろうか。受話筒を取るイセルナ以外にも、シフォンやリュカ、リン
ファにイヨといった面子がその場を囲んでいる。
「よう。それ、ハロルド達にか?」
「? ああ、ダン。ジーク達も。ちょうど良かったわ。貴方達も話す?」
 お互いに気安く挨拶を交わし、振り向いたイセルナが言いつつ受話筒を差し出してきた。
 ジークとちらっと顔を見合わせ、最初にダンがそれを受け取る。導話の向こうはハロルド
だった。次いでグノーシュ。どうやら向こうも“結社”達の襲撃をしのげたらしい。
「そっか。悪ぃな、随分と手間掛けさせちまった」
『無用な心配さ。ああいうことも含めて留守を預かった訳だから』
『というか、後半は殆ど“剣聖”の独壇場だったぜ? 流石の貫禄だな。でも何か、戦いが
終わった後もぼーっと街に居座ってるけど』
「ん~、何か用でもあるのかね? わざわざそっちまで足を運んでくれたってことは……」
 言って、ダンはぽりぽりと不精の顎鬚を掻いていた。
 もう全くの他人ではない彼だが、あの人は未だに何を考えているか分からない所がある。
 そうして何となしにダンがジーク──彼の親族にあたる当人を見遣ると、それを合図に今
度はジークが受話筒を受け取る。
「代わりました。俺です。よく分かんないですけど、帰ったら俺から聞いてみます。内乱の
後、気付いたらいなくなってたし、俺個人も色々話したいことがあるし……」
『ああ、そうだね。君達の生還祝いもやるだろうから、一緒に──』
『ジークさん!? ジークさんなんですかっ!?』
 と、急に導話の向こうが騒がしくなった。
 レナの声だ。随分と興奮している。ドタンバタン、どうやら養父(ハロルド)から受話筒
をもぎ取っているらしい。
 そしてジークが目を瞬いていると、耳元で大音量の──半分以上泣きじゃくった彼女の声
が響き渡る。
『ジークさんジークさんジークさん! 無事、なんですよね? 生きてますよねっ!?』
「お……おう。もう団長達から聞いたかもしれんが、病院だ。まだ本調子じゃねぇけど、歩
けるくらいにはなってる。生きてるぞ。大都(バベルロート)に突っ込んだ時のは、もうそ
っちも映像機で視てたと思うんだが……」
『そうです、けどぉ。そういう事じゃ、ないんです……。ぐすっ、よかった。本当に……よ
かった……』
 導話の向こうでレナが泣き崩れたのが分かった。嗚咽する声が聞こえる。
 すまん──。ジークはか細く呟くことしかできなかった。ヴァルドーとの約束、敵を欺く
為であったとはいえ、やはり仲間達には随分と心配を掛けてしまった。
『……この馬鹿たれ』
「ぬ? その声、ステラか? た、確かにお前らには悪いことを」
『帰ったら、陰影の眷属(シャドウサヴァント)百回の刑だかんね』
「ちょっ?! 死ぬ! そんなに魔導ぶっ放されたらマジで死ぬって!」
 加えて直後相手がステラに代わり、そんな妙な威圧感満載の一言を。
 ジークは何故だか背筋にぞわわっと悪寒が走った。それだけ怒らせた──心配させてしま
った故の表現なのだと思いたいが、ここ半年ほどの彼女を思い出すに、丸っきり冗談だと笑
い飛ばせないのが怖い。
『代わった。私』
「マジ勘弁──って、今度はミアか。すまんがあいつら宥めといてくれ。レナはともかく、
ステラは本気(マジ)っぽくて流石に背筋が寒くなったぞ」
『……自業自得。ジークは乙女を舐めてる』
「お前までっ?! つか、お前の口から乙女って──」
『……。それよりも、アルスは大丈夫? そこにはいないみたいだけど』
「ん? ああ。少なくとも俺よりは軽症だった筈だぜ。今は母さんと一緒に、父さんの看病
に行ってる。……だったよな?」
 更に今度はミアに代わり、またもや妙に手厳しいお言葉。
 彼女に訊かれてジークは答えた。ちらりと肩越しに傍らのユイへと振り向き、首肯という
名の確認を取る。
『そう。よかった』
「心配してくれるのはありがたいんだけどな。もっかい団長に代わるぜ?」
「もしもし? ……レナちゃん、大丈夫?」
『ああ。ステラちゃん達と一緒に部屋に戻ったよ。今はそっとしておいた方がいい。さっき
クレアちゃんもシフォンに同じようなことを叫んでいたけれど、皆心配だったのさ』
「そうね。色々と、迷惑掛けちゃったみたい」
『何、そっちに比べればまだ易い方さ。とにかく無事でよかった』
 それからまた暫し、イセルナの導話が続いた。
 既に互いに心配はたんまりと吐き出したこともあり、その殆どは今後の動き方についての
話し合いのようだった。
 もう少し落ち着いたら帰国準備に掛かるわ──。やがてそう言って、長々と続いていた導
話は終わった。カシャンと、受話筒が導話器本体の横フックに収められる。
「……ねぇ、ジーク」
 そしてゆたりと、彼女が振り向いてからだった。イセルナが、はたと面々の中に立ってい
たジークの方を見て、にわかに神妙な面持ちになって言う。
「貴方、クランに戻って来る気はない?」
 それは即ち懇願であった。コーダス救出の旅に出る為、自分達に要らぬ悪影響を及ぼさな
い為、自らクランを抜けたジークに、団長たる彼女はまた戻って来て欲しいと言ったのだ。
「それは──」
「分かってる。あの時も、私達を巻き込まないようにと思って出て行ったんでしょう? だ
けど知っての通り、統務院は私達をこのままフェードアウトさせる気はない。特務軍の創設
とは言っても、実質は私達に“結社”とぶつかるリスクを肩代わりさせようっていう魂胆で
しょうしね」
 淡々と、自虐すら自らの中に溶かし込んで語り出す彼女に、イヨやユイが慌てた。周りの
第三者達に聞き耳を立てられないか、何度も間仕切り越しに辺りを見渡している。
「だけど……ある意味、これは大きなアドバンテージよ。何せ公権力のお墨付きですもの。
今までは自分達の事情でのみ戦っていたのが“正当化”される。物資などの支援もついてく
るとすれば、得るものは少なくない筈だしね」
 ジークは一度口を開こうとし、だけどもすぐには言葉を継げなかった。
 ああそうだ。ふいになりつつあるのだ。どれだけ自分がこれ以上、皆に本来不必要な危険
を負わせまいと願っても、お上はそれを許さない。父を取り戻したからといって、自身はこ
のまま“結社”を見てみぬふりをする気はないのだが……それに彼女達が追随して来ようと
している。それは当たり前だとすら言わんとしてくる。
「でも、もう団長達に因縁は」
「なくなったと? 水臭いじゃない。まさかただの義理だけでこれまで命を懸けてきたと思
ってるの? ……同じ団員(かぞく)じゃない。とことん、付き合うわよ」
 おうよ。ダン以下、場の仲間達が笑っていた。
 ジークは気難しい表情(かお)をしつつも、ざっとそんな皆の眼差しを見遣る。
「実はね、サフレ君とマルタちゃんにはもう話を通してあるの。快諾済みよ。“結社”がい
なくなった訳ではないってね。シノさん達のこともある。勿論、再始動は貴方や皆の回復を
待ってからになるけれど……これからも一緒に、戦ってくれないかしら?」
 あいつら……。ジークはどうにもばつが悪い気がして、ついっと目を逸らしていた。
 外堀は埋まっている訳だ。母さんの名も出されている。
 嫌味って訳じゃないけれど、これじゃあ突っ撥ねられやしないじゃないか……。
「……団長達が、それでもいいってんなら」
 よしっ! 仲間達が、そんなぶっきらぼうなジークの返事に沸いた。
 団員(かぞく)。そうだな団長。あんたの願った理想は、こんな関係(すがた)だっけ。
 ぽりぽり。片眉を上げて気恥ずかしげに頬を掻く。イセルナ以下、仲間達の『おかえり』
の声が、中々どうして──こそばゆい。
「ん……?」
 そんな時だった。皆と微笑(わら)っていたシフォンが、ふとスペースの向こう側、病院
玄関から入ってくる人影に既視を感じたのである。
「どうした?」
「うん。ほらあそこ。あれって、ダグラス長官とエレンツァ副官じゃないかな?」
「あら……本当」
「だな。正義の盾(イージス)の頭目コンビが、何で……?」
 ダグラスとエレンツァ。今回の戦いで共闘もした、正義の盾(イージス)の正副長官。
 ジーク達が見たのは、そんな二人が、ちょうど受付の前に立つ姿だった。


 姿をみせたこの日のダグラスとエレンツァは、軍服ではなく共にスーツ姿だった。
 ジーク達は導話の為の間仕切りスペースから顔を覗かせ、受付窓口の女性スタッフと何や
らやり取りを交わしている二人を観る。
 見舞いだろうか? 大都のインフラ全般が大ダメージを受けた今、彼らの関係者もこうし
た郊外の施設に運ばれている可能性はある。
 程なくしてこの女性スタッフが、書類らしきファイルを持って戻ってきた。
 何かしら照会をしているらしい。程なく彼女に促され、別途示された書面に、ダグラスが
さらさらとペンを走らせている。
「──あら? 貴方達は……」
 そうしていると、何気なく辺りを見渡し始めたエレンツァに気付かれた。サインを記し終
えたダグラスも「おや?」とその視線に倣ってくる。
「……どうも」
 流石に引っ込んでしまうのは失礼だと思った。周りの一般患者達が時折何事かと視線を投
げてくる中、ジーク達は彼らの下へと近付いていった。がたいのよい身体に窮屈そうにして
いるダグラスの、細身のすらりとした曲線美をそっと包むエレンツァの、それぞれのスーツ
姿がよく映えている。
「これはこれはブルートバードの皆さん。先の件では、ありがとうございました」
「……仕事ですから。もしかしてお二人も、誰かのお見舞いに?」
「ええ。まぁ」
「部下の面会謝絶が解かれましてね。見舞いがてら、色々と話を聞きに行こうかと」
「ほう? 随分と温情な長官さんだ」
 心なしか、ダグラスの雰囲気が丸くなっている気がする。……いや、憔悴していると表現
すべきなのかもしれない。微笑こそ湛えていたが、彼のそれは全体的に痛々しかった。
 それでも共に戦ってくれたと頭を下げかける彼に、イセルナはあくまで淡々と応じる。
 訊ね返してその罪悪感を逸らさせしむ。副官は少し警戒したようだが、当のダグラスはそ
う素直に言って──やはり何処か辛そうだった。
 ダンがスッと目を細めて皮肉っていた。彼としてはまだ、皇国(トナン)政府滞在先での
初対面時のやり取りが記憶に残っているらしい。
「……長官」
 その時だ。じっと冷静沈着に思案顔をしていたエレンツァが、そっとこの上司にある提案
をしようとしていた。ひそひそと耳元で何やら話している。対するダグラスは疲れを残す眼
であったが、どうやらその提案に異を唱えることはなかったようだ。
「あー、コホン。ここで顔を合わせたのも何かの縁です。もし宜しければ貴方達も同行して
くれませんか?」
「実はその部下というのは“結社”の魔人(メア)と交戦した者でして。以前より彼らと戦
ってきた貴方がたであれば、私達だけよりもより詳しい情報が分かるのではないかと」
 エレンツァの提案にそっと首肯し、そう切り出してくる。後半は彼女が言葉を引き継ぎ、
これがただの社交辞令ではないことを仄めかす。
 ジークが、面々が互いの顔を見合わせ、どうしたものかと考えた。
 基本的には願ってもない提案だ。今後に活かす為にも、借りの一つにはできるだろう。
「……俺達なら構わないぜ。どうせこの先恩を売られっ放しになるんだしな」
「でもいいのですか? 怪我人の下に大勢押しかけてもご迷惑になるのでは……?」
「そう、ですね。では代表で二・三人、来てくださればよろしいかと。それくらいなら問題
ないでしょう。話はこちらで通しますので」
「ふむ……? じゃあイセルナ、お前行って来いよ。後はジークか。実際にドンパチやって
る回数はダントツだし」
「アノ、マーフィ殿。私モ構ワナイデショウカ? マスターハ未ダ、掴マルモノガナイト歩
行ガ覚束ナイデスノデ……」
 話し合いの結果、ジークとイセルナ、そしてオズがダグラス達に随伴することになった。
 再びエレンツァが受付スタッフに掛け合い、人数の割り増しを申告する。時間はそれほど
掛からなかった。ロングスカートを翻し、彼女が戻って来るのを待ってダグラスが言う。
「では行きましょうか。此処の奥です」

 二人のその重い口が開かれたのは、そうして一般病棟を通り抜け、打ちっ放しの渡り廊下
に五人が出た直後のことだった。
「……これは病室に着く前に話しておくべきことなのですが、皆さんは志士聖堂をご存知で
すか?」
「シシセードー?」
「はい。大都(バベルロート)にある、解放軍決起の跡地ですね。こちらに来た時、運転手
さんにお話を聞きました。今では十二聖ゆかりの小さな博物館になっているとか」
「ええ。そうです」
 人気がぐんと皆無になったことでようやくといった所なのだろう。ダグラスがエレンツァ
をすぐ後ろに従えながらそう話し始めていた。つまり、あまり大勢には聞かれたくない話、
という訳か。
「実は件の部下というのは……今回その志士聖堂の警備を担当していて、戦いに巻き込まれ
た者なのです」
 ジークが眉根を、イセルナが目を細め、彼の横顔を見遣った。
 がっしりとした体格、堀の深い顔立ち。されどその纏う雰囲気は悲痛に類する念を多分に
含んでいる。
「聖堂の警備? 魔人ども(あいつら)、そんな所にちょっかい出してたのか」
「はい。ですので私達も、当所の危険度は若干低めに見積もっておりました。事件当時聖堂
の警備に当たっていたのは、デニス・デュゴーとミッケラン・スタンロイ両大佐を指揮官と
する一個大隊一千名。連隊は割き過ぎではと幹部達から指摘があり、見積もりの件もあって
兵力を絞った形ではありましたが」
「……それで、その彼らはどうなったんですか」
「全滅です」
「えっ」
「全滅、しました。たった三人の侵入者によって瞬く間に半壊、そして一人残らず重傷を。
交戦の中でスタンロイ大佐は殉死。私達の下に伝わったこの概要も、発見当時辛うじて生き
残っていた──今はもう息を引き取ったいち兵卒からの報告が元になっています」
 ジーク達は驚きの余り押し黙った。そして何故自分達が呼ばれたのか、正副長官が自ら訪
問したのかをようやく理解するに至った。
 三人は互いに顔を見合わせる。無言のまま、ブルートもイセルナの肩に顕現してきた。
 四人になり、全身に緊張が走る。
 魔人(メア)達は、一体何の為に……?
「目的自体は、おそらくはっきりしています」
 辛いのだろう。ダグラスは歩みながらも、ぎゅっと一度目を閉じて痛みを堪えながら言葉
を継いだ。
 真っ直ぐに藍と灰色が掛かる建物に延びていく渡り廊下。
 辺りはしんと、不自然なほどに周囲の人気から切り離されているかのようだ。
「志士聖堂にはかねてよりある話が伝わっていました。──『願望剣ディムスカリバー』。
十二聖の長・英雄ハルヴェートが使ったとされる聖浄器です。あそこには、戦後その宝剣が
封印されたと伝えられているのです」
「尤もそれは口伝でしかなかったのですが。実際ここ数百年、実物を発見した者はおらず、
そもそも最深部へと続く封印すら、我々には解く術がなかった……」
 代わる代わるに語る二人。そしてつまりそれは、遠回しに今回、その封印が解かれてしま
ったことを意味する。
「大都解放後、別隊が連絡の途絶えた彼らの捜索を行いました。そしてそこに広がっていた
のは、死屍累々と築かれた大隊の兵らの亡骸と、最深部への封印が解かれもぬけの殻になっ
ていた聖堂の姿でした」
 ジーク達はごくりと息を呑む。自分達が必死になって奴らと戦っている間に、そんなこと
があったなんて。
 ダグラスの横顔、間違いなくその所為で憔悴したさまを見る。
 自分達は“勝利”したんじゃない。もしかしたら──。
「お待ちしておりました。レヴェンガート長官」
 と、藍と灰色のもう一つの建物(特別病棟と言うそうだ)の玄関で出迎えるスタッフらし
き礼装の男性がいた。話はそこで一旦途切れ、彼に案内されて早速治療を受けている件の部
下とやらの病室へと足を運ぶ。
「ではごゆっくり」
 恭しく礼をして、このスタッフは何処かへ去ってしまった。代わりに点々と並ぶ病室の前
には、警棒を下げた自前の警備員らしき者達の姿がみえる。
「私だ。ダグラスだ。……入るぞ」
 その警備員らにエレンツァが取り出した許可証を提示すると、一行は目的の病室内へと入
って行く。
 ガタンと物音がした。こちらに気付いて当の本人が動いた音だ。
 だがそれよりもジーク達は驚愕する。絶句する。
「長官……なのですか?」
 何故ならそのベッドの上の男は、両目を含めた全身を血汚れ滲む包帯でぐるぐる巻きにさ
えており、両手と右脚が明らかに下から半分、無くなっていたのだから。
「……デュゴー」
 驚いたのは、ダグラスも同じだったらしい。彼は驚愕に目を丸くし、エレンツァも眉間に
深く皺を寄せて厳しい表情を浮かべていた。
 ぱくぱく。この部下、デュゴーはもう見ることすらできない上官らに向き合おうとする。
 だがそれは他ならぬダグラス自身が止めた。無理はしなくていい。寝ていなさい。彼は動
揺していたが、努めて思いやってくれるこの上官の言葉に、程なくして再びベッドの上の人
となる。
「話は聞いていたが……ここまでの重症とは。すまない、私の判断ミスで……」
「……いえ。自分こそ任務を全うできず申し訳ありません。あの、お聞きしますが、スタン
ロイは?」
 どちらが上が分からぬほどに頭を下げようとするダグラスに、デュゴーが問う。
 ビクン。彼と、エレンツァの動きが止まった。それで察したのだろう。目こそ見えないが
デュゴーが暫しの沈黙の後「……そうですか。やはり、もう」と呟くだけで、これ以降相棒
に関しての質問はしなかった。
「本当にすまない……。それで、だな。無茶を承知の上で訊きたいんだが、話してくれない
か? 一体事件の最中、お前達の側で何があったのか」
 刺すような辛さを必死に堪え、やがてダグラスは訊ねる。
 本題だった。それまでやや離れて傍観しているしかなかったジーク達も、いよいよといっ
た様子で気持ち身を乗り出す。
「そうですね……。時刻は、分かりかねます。少なくとも王達が囚われた、その情報がこち
らにも伝わった後の事でした。我々は何とか他の友軍と合流し、救出戦に参加できないもの
かと、それまでは本来の任務である聖堂の警備を続けようと動いていました。しかし」
「しかし、何だ?」
「突如、二人の魔人(メア)が現れたのです。白髪で黒コートの剣士と、手槍・手斧を使う
竜族(ドラグネス)の戦士でした。我々は必死に応戦したのですが、奴らの圧倒的な強さの
前に為す術もなく……」
「白髪の……。ジーヴァ、かしら?」
「多分そうッスね。もう一人はヴァハロって奴でしょう。南方で一回やり合った相手です」
 語られるその情報に、ジークとイセルナ、そしてオズにブルートが互いに顔を寄せて確認
を取り合っていた。
 そうか。だからあいつらは俺が突入した(あの)時、遅れてやって来たんだ──。
 今更になって辻褄が合う。あの二人は、始めから志士聖堂を襲うよう命令されていたので
はないか? 握ったジークの拳が、ぎりぎりと後悔と憤りで強く強く軋み始める。
「? 待ってください。今二人と言いましたね? もう一人はどうしたのです? こちらが
受け取った報告には、侵入者は三人とありました。貴方は見てはいないのですか?」
 だがエレンツァが抱き、続けた問いは、そんな一同の困惑を更に深めることになる。
 カァ……。デュゴーがその口から深く息を吐き出していた。心なしか、その身体が悪寒で
も覚えたように震え始めているような気がする。
「そう、です。確かにいました。三人目の……男。芥子(からし)色のフードを被った魔導
使いです。あいつだ。あいつが、俺達を、滅茶苦茶に──ぁ、あぁァァァーッ!!」
 次の瞬間だった。突然、デュゴーが狂ったように叫び出したのだ。
 何だ?! 思わずダグラスやエレンツァ、ジーク達も一緒になって、暴れ始める彼を取り
押さえに掛かる。
「落ち着け! 何があったかは知らないが、そいつはもう此処にはいない。何あったんだ?
落ち着いて、話してくれるか?」
「……。はっ、はい……」
 デュゴーが正気を取り戻すには少し時間が必要だった。あまりの声に近くの警備員らも駆
け付けてきたが、話の機密性が機密性だけに、自分達で何とかなるから大丈夫とやんわり追
い返すしかなかった。
 やがてデュゴーが大人しくなる。包帯越しにもその溢れ出た脂汗がはっきりと分かる。
 よほどのトラウマだったのだろう。エレンツァが棚から取り出したタオルでその汗を拭っ
てやりながら、ダグラスがゆっくりと落ち着かせるように改めて訊ねる。
「自分も、あいつが何者かは分かりません。ただ先の魔人(メア)二名は、あの男をとても
畏怖しているように見えました。実際、奴の強さは尋常じゃなかった。魔導です。数え切れ
ない程の魔導を一度に、あいつは詠唱もなしに操ってみせて……。それで、生き残っていた
自分や部下達は、一人残らず……」
 ダグラスとエレンツァがお互いの顔を見合わせる。そしてジーク達の方へと視線を向けて
きた。勿論、知らない。ジーク達もジーク達で、ふるふると首を横に振るだけだ。何が何だ
か分からない。
「魔導師か……。もしかして志士聖堂がもぬけの殻になっていたのはそいつの入れ知恵か。
デュゴー、お前は倒されて知らなかったかもしれないが、お前達を見つけた時、聖堂の深部
に掛けられていた封印がことごとく解かれていたんだ。封印の存在は、実際に任務に当たっ
たお前達を含め、ごく僅かな者しか知らない。状況的にそれを奴らはあっさりと解いて立ち
去ったことになる」
 デュゴーが静かに肩で息を整えている。そう彼に語るダグラスに、ジークは黙して眉間に
皺を寄せていた。
(……あの時と似てる。斬華と一緒だ。トナンの聖浄器も、奴らは知っててアズサ皇は知ら
なかった……)
 そしてその推測はあながち間違ってはいなかったのだろう。ちらと目を遣れば傍らのイセ
ルナやブルートも同じく気難しい思案顔をしていた。視線を返してきて小さく頷くのを見る
に、二人とも自分と同じことを考えているらしい。
「一体、何者なんだ……」
「──ッ! 長官」
「? どうした?」
「思い出しました。自分が倒れる直前のことではあったのですが、私は奴に訊ねたのです。
お前は一体、何者だと」
 デュゴーがはたと弾かれたように言う。ダグラスは勿論、ジーク達全員が思わず彼の周り
を囲んで身を乗り出していた。
「奴は、確かに答えました。フードの下で笑ってから私に言ったのです。『僕はユヴァン。
ユヴァン・オースティンさ』と……」
『──』
 故に固まる。魂すら震えるほどに、驚愕する。
 あまりにも有名だったからだ。何故なら、この世界に生きる者なら、誰しもが一度は耳に
したことのある名前だったからだ。

 ユヴァン・オースティン。
 それはかの志士十二聖の一人“精霊王ユヴァン”と、全く同じ名前だったのだから。

                       《三界の統治構(ガバナンス)編:了》


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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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