日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「未練たち」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:死神、歌い手、業務用】


 カツカツ。自分の靴音だけが通路に響く。
 その日、サカキはとあるスタジオに来ていた。本来は関係者以外立ち入り禁止な、楽屋の
並ぶ通用口だ。
 しかし彼はそんな“人間”の事情など構いはしない。ただ仕事をこなすのみである。
 深い黒色のスーツに身を包んだ男だった。一見するとその容姿はまだ若く、背格好は二十
代半ばといった所だろうか。ばさついた、だけどもやがて流線を描いて纏まるようにしてそ
の黒髪は揺れている。
「……」
 カツン。やがてサカキはとある楽屋の前で振り向き、立ち止まった。
 山根万梨子様。
 そう、壁にピン留めされた紙には名前が書いてある。
『──ねぇマリちゃん。やっぱり中止にした方が……』
『それは駄目! やっとここまで来たのよ? 病気の事を報告して、それでも皆さんは来て
くれたのに……』
 すると扉の向こうで、何やらやり取りが聞こえた。
 言い争っている……ような、その何歩か前の声色のように聞こえた。耳を澄ますに少女と
女性が一人ずつ。片方が片方の提案に否を返している。
 少女の半ば昂ぶった言葉に、相手の女性は押し黙ってしまったようだった。
 サカキはじっと扉の前に立っている。がたん。立ち上がったのだろうか、パイプ椅子が動
く音がしてから女性が心配そうに嘆きながら言った。
『分かったわ。予定通りに開演しましょう。だけど危ないと感じたらすぐに言って。念の為
に頓服、持って来るわ』
 扉が開いた。サカキは黙したまま、その開いた陰にそっと身を引いてこれをやり過ごす。
 薄茶のスーツを着た女性が一人、神妙な面持ちで部屋を出て行くのを見送った。再び辺り
がしんとなる。忙しなく物音がするのは遠く別のエリアからだ。
 ゆらり。閉まっていく扉に合わせてサカキは再び踏み出す。
 念の為、他に誰も居ないことを確認して、彼はこの控え室へ足を踏み入れる。
「だ、誰!?」
 少女だった。中にいたのは、化粧台の前でしょんぼりと鏡越しの自分を見つめていた、可
憐な容姿の少女だった。
 小柄な身体に、方々にフリルのついた薄桃ワンピース。十中八九ステージ衣装だろう。
 サカキはそれでもじっと見返すだけだった。驚き──をすぐに過ぎて怯えている。
 カツン。両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、彼はざっと酷く感情の無い眼で彼女
を上から下まで見渡すと、言う。
「ヤマネ・マリコだな」
「そう……だけど。何? 貴方誰なの? ま、マネージャーさん!」
「やめておけ。まぁ、そう焦らずとも分かることになるが」
 ゆっくりと扉が閉まる。きゅっとネクタイを軽く締め直す。
 サカキは淡々と言った。そんなあまりにも堂々──不敵な態度に、万梨子も二の句が継げ
ない。
「何者か、と訊かれれば……死神だ。今日お前は死ぬ。だから迎えに来た」
「──ッ!?」
 彼女が目に見えて驚愕し、しかしそれ以上に恐怖しているのが分かった。
 だが“そんなこと”は分かり切っている。サカキは一度室内を見渡し、静かに目を細める
と再び彼女を見た。ジンジラレナイ。なので一応、先を制しておくことにする。
「そもそも俺達は常人には視えないんだ。思念体だからな。それを何の疑いもなく知覚、認
めた時点でお前もこっち側に近付いてるんだよ。……器からの剥離が始まってる」
「そんな……っ」
 ふるふる。万梨子は激しく首を横に振った。
 信じられない。常識的にはそうだろう。
 だがサカキの言う通りだった。今し方自分は彼が入って来たことに気付き、語る“死”に
ついても嫌というほど心当たりがある。
 青褪め、がたがたと震えた。
 するとそこへ、血相を変えたマネージャーが、薬の袋を片手に戻ってくる。
「どうしたのマリちゃん!? 具合が悪くなったの!? 嗚呼、やっぱり──」
「だ、大丈夫。ちょっと立ち眩みしただけだから……。お薬、貰えます?」
 ええ。彼女から薬を受け取り、万梨子は掌のそれらを見つめながら細かに乱れた呼吸を整
えていた。コップに水を貰い、湧き起こる不安と共に飲み干す。
「……本当に大丈夫なのね? 本番まで安静にしてて」
 そしてコクと頷く万梨子に心配そうな、後ろ髪を引かれながらも、このマネージャーは忙
しいのかまた楽屋を後にしていく。
「な? 気付かれなかったろう?」
「あっ」
「さっきの女には俺は見えていない。これで納得しただろう?」
 しん。再び一人になった筈の万梨子に、サカキが声を掛ける。
 彼女はハッとなって彼の方を見ていた。相変わらずの感情の乏しい表情(かお)でこちら
を見、片隅の壁に背中を預けている。
「……そんな。でも……。ほ、本当に私、今日死んじゃうの?」
「ああ。さっきも言っただろう。剥離が始まっている。半日ともたないだろうな」
 万梨子は、この不躾な闖入者の言葉なのに、さも絶望したような顔でぎゅっと自身の胸元
を掻き抱いた。
 ──死ぬ。意識はしていた事だ。
 自分は昔から身体が弱かった。それは今も薬が手放せず、変わらなかった事実で、だけど
も歌うことが大好きで、幸運にも歌手デビューもできて──今日、病気療養を理由に活動休
止前最後のコンサートを行う筈で……。
「私を、殺しに来たんですか」
「……またその質問(たぐい)か。違う。迎えに来たと言ったんだ。俺たち死神の仕事は、
あくまで死した者の魂を回収すること。こちらが如何こうする訳じゃない。むしろこちらが
手を加えて死期を変えてしまうなんて方が、職務上問題とされるくらいだよ」
 静かに嘆息。だがそんな淡々とした返答が、むしろ彼女にとってはより絶望になった。
 曰く、理不尽に殺される訳ではないのだ。
 それでは、寿命? よりにもよって今日この日、このステージを前にして限界を迎える事
が自分のさだめだなんて……。
「嫌、です」
 ぽつり。万梨子は言った。サカキは静かに片眉を吊り上げる。
 わがままな奴だ。もうお前という身体はお前の魂を繋ぎ止められなくなっている。意識の
側でどう言おうがその事実は変わらないというのに。
「何とかなりませんか……? お願いです、せめて今日のコンサートくらいが終わるまでは
待ってください!」
 ぼろぼろ。涙が零れていた。万梨子はそう叫びながらサカキにすがり付こうとし──され
ど相手が思念体であるが故にその手はすり抜けて床に倒れる。鈍い音、次いで咳き込む彼女
の苦しむ姿。それを、サカキはじっと微動だにせず見下ろしている。
「……無い訳じゃあないが」
「ほ、本当ですか!?」
 息が上がっている。だけども彼女は半ば鬼気迫ったようにこちらを見上げてきた。流石に
触れられないと学習したばかりなのか、また飛び付いてくるようなことはなかったが。
「擬似魂魄という。こいつを使えば自分そっくりの、仮初の身体を得られる。本来は俺たち
死神が、下界で受肉する必要性がある時に使う物だが……」
 サカキはごそごそと懐を漁り、そこから小さな薬瓶を取り出してみせた。
 そこに詰まっていたのは、灰色の丸剤。それを一粒指先で挟んでやりながら、彼は言う。
「じゃ、じゃあ!」
「理論上、これにお前が乗り換えている間は持病に苦しむことは無い筈だ。病気は身体──
お前の器がきたしている不具合な訳だからな」
 やれやれ。内心サカキは自身を哂う。こんなことをする必要はないのに、言ってしまう。
 目の前の少女は、完全に擬似魂魄を凝視していた。これで、舞台に立てる……。
「約束しろ。そのコンサートやらが終われば、元の身体に戻れ。死期さえ変えなければ一応
ルール違反ではないからな」
 それに……そんなに未練の塊じゃ、いざ死んでも変異しかねない(めんどうなだけだ)。
 半分は自分に言い聞かせるようにして、半分は彼女に厳命するように。
 こくこく。万梨子は頷いていた。
 万全の体勢で舞台に立てる。最後のショーを行える。
 少なからずの躊躇い──ジト目を寄越しながらも、この自称死神は丸剤を渡してくれた。
これに関しては生死関係なく触れられるようだ。彼曰く、これを口にすると魂(要するに自
分の核となる部分)が人型に、擬似魂魄に包まれて身体から放出されるらしい。
「ありがとうございます! それで……あ、あの」
「うん?」
「その間、元々の私の身体はどうなるんでしょう?」
「理解が良いのか悪いのか……。勿論、抜け殻だ。まぁ心配するな。コンサートの間くらい
俺が他人から見えないように隠しておいてやる」
 サカキは努めて事務的に、何の温かみもなく答えた。
 確かに。傍目からすれば同じ人間が二人いることになる訳だから。

 その後、万梨子の休止前コンサートは大盛況の内に幕を閉じた。
 勿論誰一人、彼女が仮初の身体で舞台に立っていたと気付いた者はいない。集まった多く
のファンは、病を抱えながらも懸命に数々の楽曲を歌い上げた彼女に最大限の賛辞を送って
その一時を満喫した。マネージャー以下スタッフらも、彼女のそんなパワフルさに正直驚い
たほどだ。
「──済んだようだな」
 皆に揉みくちゃにされながらも、喜んで貰えた。万梨子はこれまでにないほどの破顔でこ
れに応えながら関係者用通路を往ったが、いざ自分の楽屋の前まで来ると「ありがとう。少
し休ませてください」と言って人払いをし、中に入っていった。
「……はい。お陰様で。皆あんなに楽しんでくれて、凄く嬉しかったです」
 返答。そして沈黙。
 控え室の中、擬似魂魄の少女と死神の青年がぽつり、じっと対峙していた。
 彼女のはにかんだ表情(かお)が、フッと暗くなって逸らされる。
 やはりか。サカキは無表情なままで確信した。予感は的中した。
 俺は、間違っていた──。
「では戻って」
「あのっ!」
 言いかけるのを、万梨子は遮る。遮るように口を開く。
 だが彼女は激しく後悔した。自分を睨む彼の眼が異様に殺気立っていたからだ。
 カツン。無言のまま、彼が一歩踏み出す。
 じりっ。引き攣らせて、彼女は一歩後退りする。
「約束だった筈だ。その擬似魂魄(からだ)は繋ぎだと。お前の未練を消化してリスクを抱
え込まないよう、貸し出したものだと」
 近くパイプ机や椅子にぶつかりってふらつきながらも、万梨子は逃げようとした。
 嫌だ。死にたくない。もっと生きたい。
 もっと皆の為に、歌いたい……!
「──」
 だがその願いは叶わなかった。未練が未練を呼んだ。
 斬られていた。刹那、スーツの上に夜闇のような真っ黒な肩当付きのコートを装備した姿
になったサカキによって、彼女は擬似魂魄から引き剥がされてしまったのだ。
 白目を剥いて気を失い、宙に浮かんだ彼女の思念体(たましい)。
 手には大鎌、死神の象徴。サカキはぎらりとその刃に険しい自身の姿を映し、暫しその場
で渋面になる。
「……だから止めておけといったんだ。さっさと回収してしまえばいいものを」
 すると不意に、彼の横からまた新しいスーツの男──死神が現れた。
 サカキよりはずっと年上、中年くらいだろうか。髪は短く刈り揃えられて後ろに撫でつけ
られており、その地の眼光は先ほどのサカキよりもずっと深く鋭い。
「すみません」
 数拍黙して、サカキは言った。その横を、この先輩死神が通り過ぎる。
「悪霊化を懸念して、というのは分からんでもないがな。だがまだお前は無駄な情を持ち過
ぎている。人間なんてものは……いくらでも欲を持つ。生への執着もまた、な」
「……」
 壁にすぅっと長方形に指をなぞって、先輩死神は何も無かった筈のそこを扉に変えた。
 そして取り出されたのは、万梨子の身体。本来の彼女の器で、病弱なその性質が故にもう
長くはもたない、最期を迎えるべきだったそれだ。
 どうっ。持ち上げ、適当に床に転がす。周りの人間達には、休憩中に発作が起きたとでも
映ることだろう。
 二人は宙で気絶したままの万梨子を見上げた。僅かに何処か悔しげに唇を結び、サカキは
黒コートのポケットから、やはりこれも漆黒色な手錠を取り出すと、そのままこれを彼女の
両手に掛ける。
「回収完了しました。連行します」
 酷く冷淡な声だった。サカキと先輩、二人の死神はそのまま、手錠に繋がれた万梨子の魂
を引っ張って壁の向こうを抜けようとする。

“人間なんてものは……いくらでも欲を持つ”

 ちらり。去り際、サカキは少しだけ肩越しに万梨子だった身体(もの)を見た。
(情、か……)
 確かにそうかもしれない。だけども自分は、まだそこまで割り切れない。
 苦々しい。やり切れない嘆息が漏れる。

 ──俺達だって、元々は生き物(にんげん)なのにな。
                                      (了)

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  1. 2014/06/08(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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