日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「自得」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:森、観覧車、穏やか】


 踏み締めるほど、腹の底に溜まっている感情が押し出されてくるかのようだった。
 今、彼は一人森の中を歩いている。長らく人の手の入っていない、鬱蒼と茂った森だ。
 彼は黙々と、深く眉間に皺を寄せたまま歩いていた。故にその表情からは、この歩みが気
軽な山菜採りや山歩きの類ではないことを窺わせる。
「……」
 篭も背負っていなかった。登山グッズの類も持ち合わせていなかった。
 至って普通の軽装。肩にぶら下がっているのは小さなリュック一つのみ。この青年は止め
に入る者すら得ず、只々どんどん足場の宜しくない草木を掻き分けて行く。

 ──全ては、不幸が重なったものだった。或いはそれでも他人は彼に「自己責任」の弁を
浴びせかけるのかもしれない。
 事の発端は一本の記事だった。彼が勤めていた会社を、とある大手雑誌社がブラック企業
として批判、その実態が多くの人々の目に留まることになったのだ。
 サービス残業なんて当たり前。
 仕事を一片付ける間に、二・三とまた新しい仕事が増えていく。
 社員らの拘束時間はとうの昔に労基法を超えていた。週──月の内、自宅よりも会社内で
寝泊りする方が明らかに多く、休みを申請することすら憚れるような場の空気。それでいて
社長ら幹部クラスはたまに現場に顔をみせる程度で、普段何をしているのか知れない。給料
は勿論安上がりで、それでいて休もうものならしっかりその分は減給されている。従業員を
使い潰す、世間で云う所の社畜を強いるような環境だ。
 だが……それが何だというんだ。
 彼は憎んだ。何故、よりにもよってお世辞にも大企業とも言えないうちを取り上げた?
 おかげで会社の評判は地の落ちた。折りしも昨年、大手飲食チェーンがそのブラックぶり
故に大規模ストライキを受け、人々から大きな批判を浴びてまだ間もない。信用は商売にお
いてその要と言っていい。モノであれサービスであれ、仲立ちするのは人なのだ。その商人
が取引先からそっぽを向かれれば、ろくに事業などできる筈もない。
 結果的に、会社は倒産に追い込まれた。
 雑誌から風評、マスメディアでの取り上げ、果ては所轄官庁による行政処分が下ったこと
でダメージは確定的になった。
 彼を含め、雇われていた従業員達は一人残らずクビになった。
 疲弊。その一言しかなかった。元より働き詰めで身体をすり減らしていた彼らに、新たに
怒りをぶちまける余力などなかったのだから。
 ……彼は憎んだ。何が“正義”だ。金がなければ死ぬしかないじゃないか。
 勿論、頑張って転職しようとはした。
 だがままならない。時節が半端だったこともあったし、何より履歴書に会社にいた旨を書
けばそれだけで落された(と考えて多分間違いない)。
 今でも覚えている。面接官の、職歴に目を通した時のあの「これは面倒な」という表情。
 馬鹿野郎。今更無駄に上手い作り笑いを浮かべたって、お見通しだっつーの……。
 憎んだ。次第に滞納されていくアパートの部屋に閉じ篭り、彼は狂ったように煩悶した。
 何が正義だ。てめぇらの「敵」を潰せば、それで満足なのかよ?
 俺達はどうなる? あそこで働いていた俺達は。生計は。
 嗚呼、畜生。
 弾き出すだけ弾き出して、全部片付いたように笑ってやがる。巻き込まれた人間の、もっ
とミクロな姿になんぞまるで興味も示さずに。
『いいか、暫く身を潜めているんだぞ?』『何であんな会社に勤めていたのよ……!』
 事件の後、実家から電話があった。
 こんな自分でも何とか就職できたことを、あんなに喜んでくれた両親から。
『もう限界。別れましょう』
 程なくして、付き合っていた彼女からメールがあった。
 一方的、それっきり。せめて苦渋の返信をしようとしたが、既にアドレスも番号も通じな
くなっていた。
 彼女だけじゃない。友人──と思っていた者達とも次々に連絡が取れなくなった。
 見捨てられた。それが彼らなりの保身だってことは流石に分かっている。だが結局俺の価
値はそんなもんなのかと、部屋で夜通し自嘲(わら)っていたものだ。
 嗚呼……畜生。故に彼は決意する。
 いっそ消えてしまおう。こんな……世界から。

(アンテナも立たない、か)
 緩み、しかし歩みを止めないながらも、彼はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、
電波がもう届かなくなっていることを確認する。
 無言で軽く唇を舐め、携帯をリュックの中に押し込み、彼は進む。
 さて、どうやって消えようか? 虚ろな眼になった彼は急激に褪せた世界の中で考えた。
 定番といえば首吊り、飛び降り、過剰服薬、練炭辺りか。だがアパートの部屋でそれをや
ってしまえば間違いなく賠償金云々が実家に飛ぶ。薬はここ何年か販売規制が難しくなって
いるし、練炭も一時流行ったが、実はそう楽に逝けるものじゃないという話はネットで聞き
及んでいる。
 あくまで自分が消えようって話なのだ。他人を、縁者を巻き込みたくない。
 あれだけ裏切られたのにまだ甘っちょろいことを……とは確かに過ぎったが、別に社会へ
の復讐云々の為ではないのだから当然だろう。
 大体、無意味じゃないか。そんなことをしたって、あいつらは人の死を遠ざける。結局は
数値化して“なかった”ことにする。
 犬死に──というか怪しいものだ。今日び人一人死んだ所で、社会が劇的に変わるなんて
幻想に過ぎないと思う。自分はそんなに皆がお熱になるような偉人ではないし、そんな人間
だってもう出てこないだろう。
 伊達にブラック企業出身じゃない。世の中が作る“命の軽さ”なんて……とうの昔に見て
聞いて知って、味わっている。
「……む?」
 だから彼は此処を選んだ。街から遠く離れた山奥。ここならば誰の迷惑になることもなく
逝けるのではないかと考えたのだ。
 しかしその直後、それは足りぬ目論みであったのだと思い知らされる。
 目の当たりにしたのだ。長く足を棒にしながら踏み分け掻き分けて行った山野の先。
 そこに──明らかな人工物の跡が広がっていたからである。
「こりゃあ……」
 彼は目を見開き、ゆっくりとその場に足を踏み入れていった。
 確かにここは人気のない山奥だ。しかし彼が目の当たりにしているのは、間違いなく何時
にか此処に人の手が入っていたと物語る跡。酷く朽ち果てた建造物らが静かに眠る森の一角
だったのである。
 緑が生い茂った周囲。その中に埋もれ、侵食されて久しい鉄の骨組みや石畳、家屋だった
らしきもの。
 どうやら此処はずっと昔に打ち棄てられた場所であるようだ。
「……遊園地、か?」
 草木に埋もれた地面を手で分け起こし、すっかり錆び付いた看板の文字に目を通すに、此
処は何かのテーマパークだったらしい。
 大方、郊外に土地を買って事業を起こしたといった所か。しかし立地が悪かったなのか何
か問題でもあったのか、閉鎖。その後はこうして草木が生えるままにされ、今や金属よりも
木々の方が目立ってしまうほどになった……と。
 彼は暫く、ぽりぽりと後ろ髪を掻いて立ち尽くしていた。
 自然じゃあない。
 吊ろうにも、これじゃあ興が削がれるような、何というか──。
「ッ!?」
 更に、目を奪うものがあった。それは一見、大樹のように見えた。
 ややもすれば咽そうな程の濃い緑。目を凝らしたこの場の奥に、見れば巨大な樹が立って
いるではないか。
 ……いや、違う。よくよく注意して見れば、それは構造物の跡だった。
 頑丈な垂直の軸を中心に、放射状に広がる真っ直ぐな骨組み。その先にはめいめいに、今
やすっかり外装の剥げ落ちたゴンドラらしきものがぶら下がっている。
 観覧車だった。
 しかもそれは今、人を乗せてはいない。
 代わりに覆われているのは無数の草木と、捩れ寄せ集まった幾つもの樹。そしてそんな物
寂しさと荘厳を兼ね備えて、めいめいのゴンドラには鳥やリスなど、森の動物達がちゃっか
りと巣を作って暮らしているさますら観える。
「……」
 彼は言葉を失っていた。
 ぐらぐら。両の瞳を揺らして見上げ、立ち尽くす。自然が作り出したその圧倒的スケール
に呑まれるまま、立ち尽くす。
 チチッ。動物達が細やかに泣き、こちらを見ていた。
 人間? どうして此処に? まるでそんな視線を向けられているような気がした。
「……はっ」
 彼は笑っていた。ゆっくりと視線を下げ、前髪に表情を隠し、自嘲(わら)っていた。
 まったく、運が悪い。
 これじゃあ首を吊るなんて、こんな所でなんて、できやしないじゃないか──。
「駄目だ……。先客が居過ぎる」
 草を踏み、彼はそっと踵を返していた。
 口ではそう言う。だが正直、ぷつんと途切れた気がした。
 消えてしまえばいい。
 そんなこと、本当は誰にだって出来ないんだってことくらい──。
「……あれ」
 だが彼は、故に立ち止まっていた。振り向いて数歩進んだその先で、目を見開き身体を硬
くして動けない。
 元はそのつもりだったのだから当たり前だ。
 だがしかし、最早彼を襲うのは言い知れぬ焦りばかりである。
「ど、何処だ……?」

 帰り道。
 そんなものは、もう視えない。
                                      (了)

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  1. 2014/05/25(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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