日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「魂飼ヒノ詩」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:花、犬、おかしい】


 その日、夢を見た。
 そう……夢だ。目の前の光景に思わず頬が緩んだけど、すぐにこれが“現実”の自分じゃ
世界じゃないと分かったから。
 だからこそ僕は、束の間のまどろみと成り行きのまま、これに意識を委ねることにした。

 見覚えのある場所だった。
 無骨な造りの建物、その軒下。壁はコンクリを下地にトタンや合板が法則も何もなく重
ねられ、見る者をああこれは倉庫か何かなんだなと悟らせる。
 そこにその子達はいた。軒下に敷かれた、排水溝を伝わすコンクリ床と、剥き出しの土。
ざっと数えて七匹か。一見似たり寄ったりな雑種の犬達が古びた鎖に繋がれている。
 気付いた時にはその正面にぽつんと立っていた。それまで軒下や、不思議と眩しく感じら
れないい陽の下でめいめいに過ごしていたワンコ達が、すんすんと鼻を鳴らして次々に此方
を見てくる。
 また頬が緩んだ。これは夢だ。だけど目の前のこの子達は──懐かしくて。
 彼らに微笑み掛けて、僕は一歩また一歩と次第に足を速めてこの軒下へと入っていた。
 錆び付いた故にギシギチと軋む鎖を鳴らしながらも、ワンコが尻尾を振って寄って来る。
すぐに囲まれた。僕は構うものかとこの子達を撫で回した。
 懐かしさ。脳裏を過ぎるセピア調で、ノイズのようなもの。
 一見するだけでは似たり寄ったりなこの子達も、よくよく観察してみればそれそれ個性が
あるらしいというのが分かる。
 僕へ一目散にじゃれてくる人懐っこい子もいれば、その少し周りでうずうずと様子を見て
いる子もいる。更にもっと外側──軒下の端には一匹だけ、僕がやって来てもこれといって
興味を示すこともなく、独りぽつんと座っている子もいる。
 なので必然、僕はその子の方へと近付いていた。他の子も後ろをぴょこぴょこと引っ付い
てくる。
 だけどもこの子は淡々だ。やって来る足音にピンと耳を向け、横目でこちらを一瞥はした
ものの、やはり向けている視線はぼんやりと眩しくない曖昧な明るさの空。
 だから──僕は気付いた。
 この子の周りだけ、糞尿が始末されていない。どれだけ放置されているのだろう、その中
には既に土の肥やしとなって久しく、雑草を生やすのに貢献したと思われる跡もあちこちに
見受けられる。
『まったく』
 ふと、そうこの子が、見た目にそぐわず妙に渋い声で誰にともなくごちた気がした。
『こんな処で来られてもな。……お互い、歳を取り過ぎただろうに』
 ちらり。再び此方へ遣られるこの子の──彼の両眼。
 僕は瞬間、その場から動けなかった。後ろでとすんと残りの子達が脚にぶつかり、きょと
んと見上げのとしているのが気配で知れる。
 
“うん。ごめん……”

 言おうとした。なのに。
 なのに結局、僕の喉からはその言葉が出なくて。
 ぐいっと、視界が世界が狭くなって暗くなって──。

「……」
 気付いたら自分の部屋のベッドだった。
 妙な夢だったな……。そう思って僕はまだ少々気だるい身体を引き摺り、寝床から這い出
して、今や服の束と化したハンガーラックに手を伸ばす。
 特におしゃれを考えることはない。まぁ着れればいいやというのが大抵の気分だ。
 これがもっと外に出て他人に合うような生活であれば違うのかもしれないが、生憎自分が
置いている身はそんなハイカラじゃない。
「あら、おはよう。日曜なのに早いのね」
「おはよう。……ちょうど目が覚めたから」
 キッチンで新聞を読んでいた母と挨拶を交わしつつ、トイレと洗顔を済ませて一先ずの目
覚ましを。そのまま踵を返してリビングに赴き、僕は部屋の隅に置いてあるドッグフードの
袋を片手に勝手口に向かう。
「~~♪」
 ワンコが尻尾を振っていた。くすんだ白色をした雑種だ。
 僕は袋を閉じていた輪ゴムを解きつつ、喜んで飛びついてくるこの子をいつものように宥
めながら、ステンレスの碗に朝食分のそれを注いでやる。
「ほれ。よく噛んで食えよ」
 申し訳程度の“待て”の後、言うのにがっつくこいつ。
 僕は暫く、そんな様子を屈んだままの格好で眺めていた。昨日も一昨日もそのずっとずっ
と前も、そしてきっとこの先も同じであろうことに、ここまで喜んでいられる精神が正直羨
ましく思える時がある。だからこそつい苦笑が漏れるし、愛おしい。
(……呑気でいいよなあ。ホント)
 このワンコは、二代目だ。先代はずっと前に死んでいる。老衰だった。
 こいつのように、食い物さえあれば誰彼構わず懐いてしまう現金な性格はしておらず、む
しろ真逆──孤高を地でいく雄だったと思う。それは幾分、僕らが飼う初めての犬だったと
いうこともあったのかもしれないが、今でも悔やむことはたくさんある。
 幸せだったろうか? 四六時中気を張り詰めて、家族も中々近寄れなかったから。
 拙い接し方をしていたろうか? 気難しい性格は自分達の所為か、元々の性格なのか。
 本当に自分達でよかったのだろうか? 近所の雌が産んだ仔犬の一匹。当時存命だった祖
父がその子(後の先代)を引き取ってきたのがそもそもの始まりだったのだが、どうせなら
もっと飼育に慣れた、愛情深い飼い主の下で暮らしていれば……と思う。
 母や妹は怖がってあまり近付かなくなった。祖父は人にも動物にも古風な性格で、言う事
を聞かぬなら平気で殴る蹴るをするような男だった。
 自分達への不信は、そこからか。
 だけど祖父だけに全て「悪」を負わせることに、僕は今もずっと躊躇いを持っている。
 自分だって、似たようなことをしてはこなかったか──? そんな中で先代の世話は僕と
父が主に担うようになったけれど、はたして愛情で接していられただろうか? 時には頑固
とも言えるその態度に、つい力ずくの手綱を振るってはいなかったか?
 ……失ってから解るというのは、まさしくそんな事で。
 十二年前、その先代が死んだと報せが来た。老衰だった。僕はちょうど学生となって街で
下宿生活を送っていた頃だった。
 講義のスケジュールをすっぽかす訳にもいかず、その週末に急いで実家に帰った。遺体は
既になく、報せのあった翌日には火葬場で灰になったという。
 泣いた。僕は泣いた。
 父に渡された、老衰際の写真。工場(こうば)と軒下を隔てる敷居に身を寄せ、濁った瞳
と痩せ細った身体でレンズの方を見上げる姿がそこにはあった。
 どうして──? もっと早く言ってくれなかったんだ? 漏らした言葉は、きっと父達に
は無茶な注文だったろう。人はともかく、ペットの死で忌引きは……常識じゃない。
 まだまだ──! お前にしてやれることがあったんじゃないのか? だけどもう応えてく
れる先代(あいて)はもういない。二度と目覚めなくなった身体は焼かれて灰になり、併設
された霊園の一角に納められたという。
 そこにすら、行けなかった。急ごしらえで帰省したツケが回って来ていたからだ。
 そして僕はまた街に戻り、学生時代を過ごし──現在(いま)に至る。

「……?」
 昼過ぎ。自室でぼんやりと積み本を消化していた僕の耳に、ふと甲高い機械音が聞こえて
きた。
 のそりとベットから身を起こす。窓を開けて聞こえてきた眼下を覗いてみれば──嗚呼、
やっぱり。工場(こうば)の方からだった。
 家は、小さな町工場をやっている。
 ちょうど住宅部分の裏手。三叉路を直進すると家の前面から進入口に入り、直前で左折す
れば工場の部分へ直接入れるという位置関係だ。
 ギュィィィン、工場の方から機械音が聞こえていた。
 ワンコ──現在の二代目がその方向をうろうろしながら見ている。
 父だろう。日曜だというのに、今日も細々とまた何か作業をしているらしい。ワンコの方
もそれはとうに経験で学んでいるから、いつ出て来て遊んでくれるか、それを期待して尻尾
を緩々と振っている。
 僕は汚れてもいいように古着に替え、階段を降りた。案の定、勝手口から左手に建つ工場
の出入口は半開きだ。僕はひょいっと中を覗き、その一角で作業している父に呼び掛けた。
「親父。僕も手伝おうっか?」
「……いい。お前は休んでろ」
 やっぱりか。無愛想な父の、寡黙な返事が返って来た。とはいえそれはいつもの事なので
僕はそそくさと踵を返してその場を後に、代わりにワンコの所へ行って遊び相手になってや
りながら、暫く尚も続く機械音の中に身を沈める。
 ──かくいう自分も、この工場の従業員だ。
 と言っても実質手伝い程度でしかない。父と年配の工員さんが二人、合わせて四人で回し
ている程度の小さな工場だ。昔、それこそ祖父が経営していた頃は全盛期で、今よりももっ
と従業員も収入もあったというが……正直自分にはそんな記憶はない。知っているであろう
父も、後を継げというプレッシャーを与えたくないのか、あまり「昔はよかった」的な言い
草はしないようにしている気がする。
(下手くそなんだよな……。気遣いが)
 面と向かっては言えないが、ちょっと誇らしくて、苦しくて。
 大学を卒業したはいいものの、街での就職に失敗し続けていた自分に「帰って来るか?」
の一言を掛けてくれたのが、他ならぬ父だった。
 正直言えば、躊躇いが無かった訳ではない。
 こんな将来の見立てもないボロ工場、継いで何になるものやら。それを父も解ってくれて
いるのか、今もそうであるように他のバイトの併用を認めてくれている(さっき手伝い程度
と言ったのはこれ故だ)。
 何になるものやら。
 実際、それを否める材料は何一つない。
 歳月を経てボロボロになった外観、設備投資の遅れた旧モデルの機材、何よりも全盛期を
とうに過ぎた注文量。
 妹は自分よりもずっと早く見切りをつけた。短大に進学した後は、半端な自分とは違って
そのまま街で仕事も見つけ、暮らし続けている。ミーハーな所があるから、こんな何もない
田舎で一生過ごすなんて耐えられなかったのかもしれないが。
「……」
 わしゃ。ワンコを撫でてやりながら、僕は父の鳴らす機械音が響く工場を見上げた。
 古びた工場、萎むばかりの収入、身体に刻まれていく歳月。
 父はどんな思いで、今日も旋盤に向かっているのだろう?
 娘も、そして自分(むすこ)もいつか離れていってしまうこの土地に、生業に、満足して
いるのだろうか? 幸せなんだろうか……?

 そんな事を、まさか直接聞ける筈もない。
 僕はその後また部屋に戻って休日を過ごし、日が沈み始めた頃を見計らってワンコの散歩
に出掛けていた。
 はっはっ、毛と肉の塊が嬉しそうに疾走する。
 もう十歳は超えてるんだから、あんまり無茶することもないのに……。僕はリードを離さ
ないようにしつつ、だけども基本はこいつの歩きたいようにさせてしまっている。
「今の内にトイレは済ませておけよ~」
 道行く途中の草むらで、或いは道路の片隅で。
 小便はともかく、大便は持って帰って下水に流す。何枚も重ねたティッシュで包んで買い
物などで渡されるポリ袋に。
 ただ汚いからじゃなく、他の犬猫などがこうした放置された便を嗅ぎ、病原菌を吸い込ん
でしまうことがあるからだ。エチケットだってちゃんと理由がある。飼い主の責任……と偉
そうな面をするほどの知識ではないけれど。
「……ひぃ、ふぅ。ちょっと、タンマ。休憩……」
 流石に小走りやダッシュを繰り返されると、身体にクる。僕はぐいとリードを引っ張って
呼び止め、ワンコと一緒に暫く草むらの傍で休むことにした。
 すんすん。
 こっちは日頃の運動不足でしんどいのに、何故こいつはこうも矍鑠なのやら……。
「……。なぁ、お前は、幸せか?」
 言ってから思わず周りを確認してしまった。誰も他に人影がないことにホッとし、そのま
まに視線をワンコに戻して、舌を出してはっはっと呼吸している相棒(こいつ)を見遣る。
 幸せだったかい? ふと思い出して問うてしまうのは、そんなこと。
 先代はどうだったろう? 慣れない自分達の愛情は、功を奏していたろうか? せめて最
期の時を看取ってやれていれば──。もう後戻りできない後悔だけが今は残る。
 父はどうなのだろう? 家業に養うべき家族に縛られ、文字通りあの工場の中で人生の大
半を過ごした日々を、悔やんではないのだろうか?
「……幸せか?」
 一匹だけじゃあない。二人なんだ。いや、もっとなのか。
 自分がいたから、引き受けたから、ああいった人生になった。縛り付けられた。
 父は、親とはそういうものだと言ってしまえばそうなのかもしれないが、では先代ワンコ
はどうなる? ただその時の気まぐれで人生の線路(レール)をこちらが決め、その後も終
生僕ら人間の都合で飼い続けた。鎖と首輪で繋がれた、限定された人生──。
 辛くなった。はたと、辛く辛くなった。
 自分は、何て惨いことしてきたのだろうか。先代だけじゃ飽き足らず、今のこいつすらも
繋ぎ止めて、飼って、慰み者にしてるんじゃないのか……?
「ぬわっ!?」
 なのに、舐めてきた。顔が近いのをいい事に、こいつはぺろりと僕の頬を舐めてきた。
 驚いて草むらに転がる。それをこいつはきょとんとして見下ろしている。
 暫く黙った。そしてふいっと、馬鹿馬鹿しくなった。
 嗚呼、そうだよ。お前はそうやって妙に愉しそうだもんな。
 こっちが悩む(きめる)ことじゃないのか。先ずはこっちから信じてやらなきゃ──。

「ただいま」
「おかえり。お風呂沸いてるわよ。お父さんがまたごそごそして油塗れになってたからね、
あんたも続いて入っちゃいなさい」
 ぐるりと散歩コースを回って家に帰って来る。日は沈んで少しずつ辺りは暗くなり始めて
いた。母が車庫傍の花壇に水をやっている。その一角で鮮やかな青をつける朝顔をみた。
 ……そういえば此処は、昔死んだインコを埋めた所だっけ。
 ワンコを連れながら思い出す。まだ存命だった祖母が、飼っていたつがいのインコの亡骸
をここに埋めたのだった。それが今、その身体と同じ青色をつけている。……不思議な縁と
でもいうのだろうか。
「? どうしかした?」
「……。何でもない」
 もう母は覚えていないらしかった。僕をちらりと不思議そうに見て、ちょろちょろと如雨
露を掲げている。
 僕は小さく首を振った。ワンコを車庫軒下の小屋の前に繋ぎ直し、ポケットに忍ばせてい
た数粒のドッグフードを掌越しに与える。

 湯上り。シャツと短パン一丁の父が縁側で涼んでいた。
 相棒(ワンコ)の散歩を終えて、僕はそこへと歩いていく。
「親父。今日は一緒に呑もうか」
「……ああ。構わんが」
 静かに片眉を上げて、やっぱり物珍しそうに。
 いいんだよ。僕個人のことだから。
 かつて朽ちていった、いつか朽ちていく誰かの為にも、目の前から失われていくもの達の
為にも。
 せめて自分は──微笑(わら)っていよう。
                                      (了)

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  1. 2014/05/19(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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