日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「惨月記」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:空気、狼、歪んだ】


 仮に、二人の名を白川と黒木と呼ぶことにしよう。
 二人は幼馴染だった。白川はやや丸みを帯びのんびりとしていて、黒木は痩せ身の口数の
少ない男の子だった。
 二人は親同士が友人で、それ故幼い頃から一緒に育った。保育園から幼稚園、小学校に中
学校と同じ場所に通い、日々を過ごした。
 そんな二人には、更に共通した特技があった。
 絵である。幼い頃、二人は暇さえあれば絵を描く──お絵描きに耽っていた。
 勿論──特に人好きのする白川は──他の子供達と一緒に遊ぶことも少なくなかったが、
画用紙とクレヨンを手に横並びになって絵を愉しむ二人は、しばしば周囲の大人達を和ませ
ていた。
『慧一君は絵が好きなのねー』
『ふふ。上手上手。本当、堅悟君は慧一君と兄弟みたいよねぇ』

 だが歳月は、ゆっくりとそして着実に二人を変えていった。
 二人は周囲の皆に支えられながらすくすくと育ち、小学校に上がった。
 その穏やかな性格で、白川はすんなりと学校に溶け込んでいった。
 そんな彼の一番の友として、幼馴染として、黒木も一応その輪の中にいた。
 しかし、少しずつ齟齬が生まれていく。
 子供ながらに、徐々に理解し始めたのだった。
 自分は絵が好きだ。だがその上手さは素人に毛が生えた程度でしかない。学年が上がって
いくにつれて増えていく、出会う新たな子供達。様々な才覚を持つ彼らと比べれば、自分の
絵心など容易に埋没する──。
 全くの嫌いになった訳ではなかった。だが白川は、徐々に絵に熱中することから遠退き始
めていた。かつて周りの大人達が褒めてくれた程、自分には相対的な才能はないと思った。
 だが……その一方で黒木は止めなかった。
 寡黙な彼は、絵を描いている時が一番幸せだったのかもしれない。
 上手い子供は他にだっていた。だけど黒木にとって、絵は大好きなものであり、自分を肯
定してくれる良き友である筈だった。
『おーい、黒木。サッカーしようぜー』
『止めとけよ。あんな根暗』
『そうそう。あいつ授業中もずーっとノートに落書きしてるんだろ? 変だよ』
 何より彼をそうさせたのは、幼馴染(しらかわ)よりも彼が、学校に他の子供達に慣れ親
しむことが終ぞできなかったことが大きかった。
 幼さは時に無慮でもある。
 幼馴染の友は、気付けば遠くにいた。他の子供達の輪の中で一緒に笑い、隣にいる機会も
減っているように思われた。
『……』
 だから、黒木は没頭した。
 絵を描く。実際、そのひたむきさが地域の賞を獲得させることもあった。
 褒められた。賞状が送られて皆の前で読み上げられることもあった。
 でも……黒木はやはりクスリともしない。痩せ身の身体でぼうっと虚ろを見上げ、淡々と
子供達の列へと戻っていく。
 ひそひそ。彼らがよからぬ視線を送ることも珍しくなくなっていた。
 気付いた時にはもうどうでもいいと思っていた。
 白川(ともだったもの)は、へらへらと周りと笑いながら何も出来ずにいた。

 更に時の流れは加速する。その身に宿した生涯の時間が積み重なれば積み重なるほど、体
感する一年の重みは軽くなる。……尤もそのことに気付き、実感できるようになるのは誰し
もずっとずっと後の事になるのだが。
 高校に進学して、二人はとうとう物理的にも別々の道を歩んでいた。
 白川は、地元の進学系の公立高校。黒木は、自身の学力の低さを理由に少し遠くの、彼の
それよりも格下と云われる高校に。
 この頃になると、子供には変わりなかったが、二人はより深い洞察を得られるようになっ
ていた。絵を描くのが好きだった幼馴染な自分達。だがただ「好き」であることが、必ずし
もこの世界で通じる「実力」とそのままイコールになることは難しい。
 ある意味、きっとそれからの二人の学生生活は対照的であった。
 白川はごく平凡に、平凡を愛し、勉学にバイトにと青春を謳歌した。絵心は健在だったが
物心ついた頃からその意識はあまり変わらず、下手の横好き──趣味でたまに筆を取る程度
で、文化祭のポスターなど、時折皆の役に立てるちょっと便利なスキル、というくらいの認
識だった。それくらいで特に不満はなかった。
 一方で黒木はストイックだった。勉学は相変わらず振るわず、他人と話すのもすっかり苦
手になってしまった今、自分に残されたのは絵くらいしか──絵だけなんだと思った。
 実際、その上達は当初に比べて目覚しいものがあった。情熱には汎用性は無いとは云った
ものだが、彼はこと絵描きに特化した日々を送るようになっていた。
『おい、皆。これ見てみろよ!』
『ははっ! 黒木の奴、絵描いてるんだなあ』
『もしかしてあれか? オタクって奴か?』
『……返せよ。関係ないだろ』
『あっ』
『んだよ……。相変わらず付き合い悪ぃな』
 しかし、その頃周囲の理解があったかどうかというと怪しいと言わざるを得ない。
 元より勉強においては劣等の烙印を押されたような少年達が集まった場所だ。場合によっ
てはアベレージ的な学校よりも紋切り型「青春」を過ごすのが当たり前で、そこに馴染まな
い価値観には浅慮に否定的であったのかもしれない。
 黒木は、益々孤立していた。
 放課後持ち込んでいたノートPCでの作業を見つけられ、からかわれ、彼は同級生らに本
気の眼光で機材を取り返していた。場が冷めた。彼らは忌々しい眼で、ぞろそろとその場を
立ち去っていく。
(……。馬鹿ばっかりだ)
 かちかち。スーッ。
 帰宅するまで今日も独り、黒木は黙々と描き続ける。

 ──只々、歳月は流れてゆく。
 四年の大学生活を無事終え、白川は社会人として一歩を踏み出していた。
 とはいえ、一流企業に就職できたとか、他人にはない人脈を学生時代に築けたとか、そう
いう類のものではない。言ってしまえば空振り続きの就職活動の末、ようやく地元の中小企
業に雇って貰えたというレベルだ。
(今日も疲れたなぁ……)
 もっとああしていれば、こうしていれば、そう思わない事はない。
 だけども果たして、あの頃に自分は“ベスト”を尽くせていたのだろうか? そこまで必
死になって満足いく未来をぶん取れていたのだろうか? 想像してみるに、疑問である。
 だから白川で「これいいんだ」と自分に言い聞かせるしかなかった。事実コレジャナイと
首を振り、今いる場所を飛び出していけるだけの気概と実績がなかった。保身というか、先
が明らかに分からず不安定な世界へと、これ以上踏み込んでいくような勇気もなかった。
 その日も勤務を終え、白川は自宅に帰って来た。日はすっかり暮れて、もう外は大分暗く
なってしまっている。
「ああ、おかえり」
「ただいま。……何読んでるの?」
 リビンクに顔を出すと、母が何やら半ピラの紙に目を落としていた。スーツの上着を脱い
で近くの椅子に引っ掛けながら、白川はネクタイをするりと抜いて言う。
「これ? さっき回覧板で回って来てね。ほら、例の通り魔事件。また被害者が出たんです
って。その注意喚起よ」
「ああ……」
 白川にも聞き覚えがあった。何でも一月ほど前から、夜な夜な人が襲われる事件が起こっ
ているのだという。
 しかも被害者はその九割方が惨殺されている。さも猛獣にでも切り裂かれたかのように。
 辛うじて一命を取り留めた人間の話が、白川の耳にも噂として届いていた。

“あれは人じゃない……獣だ。人の格好をした、化け物だ──”

「む? 母さん、ビールのストック無くなってるんだけど?」
「あら? そうなの?」
「そうなの、じゃないよ。今日買い物に行くならついでに買って来てって言っておいたじゃ
ないか」
「そうだっけ……? ごめんなさいね。母さんも歳だから」
 はははと笑い、母は特に悪びれた様子もなくテレビのトーク番組を観始めた。どわっと仕
込み臭いスタジオの笑い声が画面の向こうから聞こえてくる。
 白川は暫し彼女にジト目を向けていたが、詮無いと諦めた。
 元より一日の労をねぎらう私的な晩酌だ。その為に必ずしも母を巻き込まなければいけな
いという道理はない。本人も自虐する通り……母の背中も、昔に比べると随分と曲がって小
さくなったように思う。
「……ちょっとコンビニまで行って来るよ」
「んー。あいよー」
 私服に着替え、白川はそそくさと自宅を出た。
 夜風が存外に冷たい。嗚呼、だから一日に二度も外出するのは面倒なんだけど……。
「──ん?」
 そんな道中だったのだ。
 暫く歩き、街灯も少なくなって明かりに乏しい夜道を歩いていたその最中、白川は思いも
かけず目撃してしまったのである。
「アァッ、アァッ、ウォアァァァァッ!!」
 惨殺現場。血塗れになって倒れ伏した人間を、尚も執拗に鋭い両手の爪で殴りつけている
異様な──人狼としか言いようのないその者の姿を。
(何、だよ……)
 顔を引き攣らせ、白川は絶句していた。その場に立ち竦んでいた。
 狼男。夜闇の中の惨殺。例の通り魔。
 もしかして、こいつがその犯人だっていうのか? こんな、こんな如何にもファンタジー
な現実がある訳──。
(……?)
 だが程なくして、白川は気付いてしまったのだ。
 泣いている。あの狼男は、目からぼろぼろと涙を零している。
 相変わらず豪腕と爪を振るう姿は変わらなかったが、何故か白川にはその姿が痛ましい、
この狼男が“分かる”ような気がしたのだ。

“……お前はいいよな。絵以外にもいっぱい取り得があって”

「──ッ!?」
 刹那、記憶がフラッシュバックする。
 まだずっと若かった頃だ。自分には幼馴染がいた。幼い頃はそれこそ兄弟のようにいつも
一緒で、並んで嬉々として落書きをしていたような間柄だった。
 そんな彼が成長したある日、そんなことを言っていたのだ。
 確か中学の頃だったか。放課後の、茜色が濃く差して他に誰もいない教室だった。自分達
は二人で窓際に背を預け、机に肩肘をつき、そんな寡黙で重いがゆっくりとした一時を過ご
していたように思う。
「まさか……」
 いや、そうだ。まるて天啓のように白川は直感する。
 あの動き、ひたむきさ。何かに似ている。似ていると思った。
 それは──あいつの絵を描いている時の姿だ。
 ひたすらに、がむしゃらに。時に鬼気として筆を握り、気付けば自分よりも遙かに上手く
なっていた筈の絵の探求者──。
「……堅悟?」
 ピクリ。そう自分でも半ば無意識に口に漏らすと、この人狼ははたとその動きを止めた。
 信じられない。そうとも言いたげな眼でこちらを見返している。その両腕は痛々しいほど
真っ赤な血に染まり、零れていた涙が音もなく獣としての身体中の体毛に吸収されていく。
「お前、なのか? 俺だよ、慧一だ! 昔よく、お前と一緒に絵を描いてた──」
 自身の胸に手を当て、白川は名乗る。傍から見れば気がおかしくなったんじゃないかと思
われたのかもしれないが、そんな事はもうどうでもよかった。
 動揺に震えている。目の前の人狼が驚きの眼で全身を震わせている。
 涙が出ていた。白目を剥いて、再び発狂し始めていた。

 嗚呼、そうか。
 お前は俺と違ってあの頃のままで、それで……。

 夢破れた末の絶望。決してもう戻らぬ日々。
 故に狂うしかなかった。いっそ獣になれば(ヒトでなくなれば)、解放されると思った。

 大きく空を仰ぎ──咆哮。
 朧の月夜に獣と化した、かつて絵描きだった者の悲痛が響いた。
                                      (了)


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  1. 2014/05/11(日) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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