日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「あくまで君は」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:悪魔、残念、最初】


「──さん。起きてください、弥一さん」
 妙に柔らかな声がすぐ近くで聞こえてくる。弥一はその呼びかけに引き揚げられるように
して、ゆっくりと沈んでいた意識を取り戻した。
「あっ。おはようございます」
「……おう」
 自宅アパートのベッドの上。その枕元に一人の若い女性がこちらを覗き込んでいた。
 ふんわり末広がりになったセミロングの黒髪と、まん丸円らな金の瞳。上下は、色白な肌
とは対照的になるような黒の袖なしタンクトップとスリットの入ったミニスカートだ。
 もう何度目になるか……。
 弥一はぼうっと寝転がったまま、半分まだ寝惚けている眼で彼女の姿を観る。
 ……若い女性。その表現は間違っていない。だがそれは厳密ではない。
 角があった。羽があった。尻尾があった。
 目の前の彼女、というかつい一月ほど前までは知り合いでも何でもなかった彼女。その頭
に背中に尻に、そんな大よそ“人間”ではあり得ないようなパーツが付いている。
 むくり。弥一はぽりぽりと寝癖な後ろ髪を掻きながら起き上がった。ヘッドボードに置い
ていたスマホをタップして表示された時刻を確認する。
 七時ちょうど。会社には充分間に合う時間だ。
「ていうかお前、目覚まし通りに起こしてどうするんだよ。俺を“堕落”させねぇといけな
いんじゃないのか?」
「……ぁ」

 彼女の名はノノ。本人曰く「悪魔」なのだそうだ。
 出会いは本当に唐突だった。脈絡も何もなかった。ただこちらは折角の休日を目一杯有意
義に使おうとしていたのに、いきなり突風を共に部屋になだれ込んできたのだから。
『痛たた……。う~ん、おかしいなぁ。予定ではもっと風に吹かれて颯爽と──』
『だぁぁぁっー!? 借りてきたDVDが! レコーダーが! っていうかお前誰だ!?』
 部屋中を滅茶苦茶にして、彼女は窓際に尻餅をつき「へ?」とこっちに視線を向けた。
 彼女が人間ではないと気付いたのはその後の事だ。自分でも即物的というか、その瞬間は
駄目にされた機材と映画のDVD(かりもの)の損害額に頭が沸騰していた。
『あ、ごっ、ごめんなさい! 予定ではもっとクールに登場する予定だったんですが……。
ええっと自己紹介が遅れました。私、悪魔のノノと申します。此度は貴方を“堕落”させに
来ました』
『……。は?』
 なのに妙にマイペースというか、脳味噌が足りていないのか、彼女──自称悪魔のノノは
そう床に正座し直してぺこりと頭を下げてくる。
 悪魔? 俺を、堕落? 何のこっちゃ。
 そもそもイメージが全然違う。
 悪魔っていうと、もっと極悪非道な化け物とか、そういう──。
『いやいやいや! 悪魔だぁ? 人ん家壊しといて言い訳がそれか。舐めやがって……女だ
からって俺はそう甘くはねえぞ! 大体こんなコスプ……れ?』
 言ってむんずと憤りに任せて角を掴んでみる。
 だが……取れなかった。てっきりそういう衣装なのかと思い込んでいたが、これは明らか
に身体の一部として現実にある──本物だった。試しに背中のコウモリのような羽も、槍の
穂先のような尻尾もぐいと引っ張ってみる。……やはり取れない。
『ふぁっ!? 尻尾はらめれすぅ! あ、でもそっち方面で堕落してくれるのなら、がっ、
頑張りますけど……』
『……』
 本能的に手を離していた。彼女は頬を赤くして悶えていた。どうやら性感帯らしい。
 というか、何で仮にも悪魔(自称)に罪悪感を抱かなきゃいかんのだ……。
『──という訳でですね。私たち悪魔は破壊(デストロイ)や混沌(カオス)のエナジーを
作り出して管理するのが仕事な訳です』
 そして気付けば、滅茶苦茶になった部屋の中で自分はこの妙ちくりんな女からご丁寧にも
解説を受けることになっていた。
 曰く、彼女たち悪魔は世の中の者達に働きかけ、破壊や混沌を実行させる──堕落させる
ことで負のエナジーを生成、食糧としているらしい。
 何とも傍迷惑な話だと思いきや、逆に再生や秩序──更生させることで正のエナジーを作
る「天使」達もまた存在し、全体としてのバランスを保っているのだとか。むしろどちらか
がいなくなれば足りなくなれば、世界そのものが崩壊しかねず、その実両者はお互いに均衡
を図りながら日々エナジーの生産管理に勤しんでいるのだという。
『……何だろうな。この妙な親近感』
『あ、分かってくれましたか? なら話は早いです。黒澤弥一さん、今回貴方は私達悪魔側
の生産候補として選ばれたのです。なので“堕落”してください』
『いや、急にそんな事言われても……。大体話を聞くに、要は俺が悪いことをすればいいん
だろう? できるかよ。下手すりゃ会社クビになるし、そもそも他人に唆されてじゃあやり
ましょうってモンじゃねぇだろーが』
『そう言われましても……私達はそれが仕事なので。おかしいですねぇ。事前審査では貴方
には充分その素質がある筈なんですが。ありませんか? 不満。世の中に対する恨みとか、
ぶっ壊してやりたい! みたいな衝動なんですけど』
『……』

 全くない訳じゃない。だけどそれを“素直”に誰かに世の中にぶつけて憚らないほど、自
分は馬鹿じゃない青くはない。言い換えればそれだけ良くも悪くも歳を取った、という事な
のかもしれないけど。
「うろちょろすんなっての。……鬱陶しい」
 寝間着もとい部屋着のまま、弥一は手早く顔を洗って歯を磨き、簡単に髪を梳かすと流し
に立って朝食を作り始めていた。といっても、目玉焼きとベーコンを焼くだけだ。ある程度
火が通ってきて玉子を固め始めたら、食パンを一枚トースターに放り込んでインスタントの
コーヒーを淹れ始める。
 そんな朝の黙々とした動線を、ふわふわとノノは軽く宙に浮かびながら眺めている。
 実際霊体(?)である本人には触れられないし、現状自分以外には見えないようなので害
はないのだが、やはりこう朝っぱらから周りをうろつかれていると鬱陶しい。弥一は背中で
そう小言を吐きながらも朝の雑事をこなしつつ、できるだけ彼女がいないものであるかのよ
うに振る舞おうと努める。
 ……不満。世の中に対する恨み。
 確かに、ない訳じゃない。悪魔だの何だのにそもそもプライバシーなんて概念は通じない
のかもしれないが、自分にはそういう下地こそはある。
 今自分はサラリーマンをやっている。決して給料が高い訳でも、一流企業でもない。でも
仕事量だけは無駄に多く、いつも疲れて帰ってくる。どうせ帰って寝るだけなんだと思うと
確かに不貞寝していたいと思うことはない訳じゃない。
 ……自分は、ずっと比べられてきた。
 自分には五つ下の弟がいる。こいつは平凡な自分とは違って優秀で、確か今は大学病院で
研修医をやっていた筈だ。
 親父は小さいながらも開業医だった。その頭脳があいつに遺伝したのだろう。長男の自分
にではなく、次男のあいつに。
 だから小さい頃からよく叱られたものだ。
“栄二はこんなにも頑張っているのに、お前はなんだ?” 兄弟の、差──。
(……仕方ねぇだろ。俺はあいつみたいに出来た人間じゃねぇんだよ)
 ベーコンエッグを焼き上がったトーストに乗せ、一気に齧り付く。味なんて割とどうでも
いい。とにかくさっさと咀嚼してコーヒーで流し込み、腹を膨らませればいい。
 内心苛々しながら、支度を済ませた弥一は部屋を出て、駅に向かった。
 街に溢れる黒だかり。行き交う無数の動線。その中に自身も紛れ、一体と化し、今日も今
日とて電車に揺られて会社に向かう。
「せ、狭い……です」
「……」
 だったらついて来るなよ。
 弥一は努めて無視していた。満員電車の中、その存在に気付かれずとも通勤客らに揉みく
ちゃにされるノノ。当人は自分を“堕落”させようとしているらしいが、あれから一ヶ月、
やれ面倒事があれば見てみぬふりをしろとか仕事なんて休んじゃえばいいんですとか、話し
ていたエナジーが云々というスケールにしてはどう考えても小さい誘惑を囁いてくるくらい
しかしてこない。
 分からないが、他にもやりようはあるだろうに。
 それこそファンタジーであるような魔法だの何だの、その力で無理やり、悪の心とやらを
引き出して悪事を働かせる……なんてことくらい、悪魔ならできるんじゃないのか。
「や、弥一さぁん。た、助けてくださ~い……」
「……」
 だからこの一ヶ月で弥一は何となく理解していた。
 嗚呼、こいつは悪魔は悪魔でもへっぽこなんだなと。
「おはようございます」
「おう。おはよう」「おはようさん。早速だがこいつら頼むわ」
 電車に揺られ、駅から歩いて十分ほど。弥一は勤め先に到着していた。所属課のオフィス
に入り、早速始業開始前から動き始めている先輩達に交じって取引記録の整理に掛かる。
「この前より取引額が減ってますね。数字、弄っちゃいませんか? 大丈夫ですよー、バレ
やしませんって」
 営業ではないので、自分は基本的にデスクワークだ。でもだからといってこのポンコツが
何もしてこない訳ではない。
 カタカタとキーボードを叩いて取引データを入力していく。そんな弥一の後ろから、ノノ
が事あるごとにそんな囁きを割り込ませてきては、作業の邪魔をする。
 苛々。眉間に皺が寄るが、絶対に怒って叫ぶ訳にはいかない。
 バレるわ阿呆。だがそう仮につっこんだ所で、周りには自分がいきなり叫び出したとしか
見えない訳で……。
(……面倒臭ぇ)
 こいつ自身の能力という話だけなのかもしれないが、実際の悪魔の囁きとはこんなにも微
妙なものなのか。弥一はぎゅっと結んだ口の中で、そう嘆息を吐き出しながら思う。
 不満は勿論ある。今まであったことも、今これから先に続く不遇も。
 だけど、じゃあそれを理由にして、何かに誰かに危害を加えることで一体何が“解決”す
るというのだろうか? ありはしないのだ。そもそも過去にあった苦しみや怒りは、今目の
前に起こる不祥事と大抵の場合“イコール”ですらない。
 なのに世の中の連中は、馬鹿みたいに簡単に怒ってみせる。俺が私がその「不正義」を糾
弾してやると「正義」を掲げてくる。
 ……馬鹿馬鹿しい。
 自分からすれば、そういう手合いの方がずっと“悪”だ。
 理屈はどうにだってつけられるだろう。法律で決まっているからとか、倫理とか。だが結
局彼らが「憤る」のは、個人個人手前勝手な感情じゃないか。ただ吐き出すぶつける矛先が
欲しかったからじゃないのか? そういう意味では「世の中が憎かった」などといって犯罪
に走る連中と、彼らは何ら変わらないとすら思う。法律(ルール)が定める違反をしたか否
かという表面上の差だけだ。
 カタカタ。キーボードを叩く音と、画面を流れていく数値の羅列。
 自分ももっと若い頃は、やんちゃをしていた時があった。出来のいい弟と比べ続けられ、
否定されてきた怒りを、人に物にぶつけて発散するしか能のなかった時代だ。
 だけど……果たしてそれで何が変わった?
 変わりはしない。事件になった、という意味では変化ではあったのだろうが、自分を取り
巻く環境が「改善」された試しは終ぞなかった。

『また面倒を起こしおって……。私の顔にどれだけ泥を塗れば気が済むんだ!』
『栄二は来年中学受験なのよ? もし面接で落されたらどう責任を取るつもり!?』
『……父さん、母さん。兄ちゃんは──』
『いいのよ。貴方は何も心配しなくていいんだからね?』
『……これから署の知り合いに掛け合ってくる。次は……本当に無いぞ?』

 ……恨みだけじゃ、何も変わらない。害を与えても人は守りに入るだけだ。或いは守る為
により強く弾き出すだけだ。
 彼らの「利」を削らなくては動かない。その為にはもっと狡猾でなければならない。恨み
の力を暴力ではなく、謀略に変えなければならない。
 でも、自分にはそれが出来なかった。
 元々それだけの頭がなかったというのもあるし、仮に相手を動かしたとしても、その末に
得るものは果たして注ぎ込んだ怨憎(エネルギー)に比べて勝っていただろうか?
 詮無いんだ。
 変革だの正義だの、勝手にやっていろ。俺を巻き込むな。
 ただ暮らしていければいい。
 落ちこぼれと言われても、きついそれでも、一応仕事があってとりあえず餓死するような
心配がないだけでも自分は運が良かったと思うべきなんだ。
 思うしか、ないんだ……。


 それは午後を回ってからの事だった。
 昼休み。弥一はいつものように(周りには見えないノノを連れて)近くの丼物屋で簡単に
食事休憩を済ませ戻ってくると、会社の入り口に見え覚えのある人影を見つけたのだった。
「どうかしたんです?」
「ん? ああ。あそこにいるの、坂田じゃねぇかなと思ってさ。同僚だった奴だよ。三ヶ月
くらい前に、身体壊して辞めたんだけど」
 遠巻きに見つめながら、ひそひそと弥一はノノに説明した。
 会社玄関の自動ドアの近くに立ち、じっと佇んでいる男の横顔。間違いない、坂田だ。
 しかし何故あいつが此処にいるのだろう? 退職金の手続きとか、そういった用事でも残
っていたのだろうか。病気をした身体で出歩いて大丈夫なのだろうか。
 そもそも、何でこんな汗ばむような日にコートなんて着て──。
「ッ!?」
 ちょうどそんな時だったのである。玄関前に立っていた坂田の袖口から、ザラリと分厚い
刃渡りのナイフが迫り出したのを見たのは。
 坂田──! 弥一が叫び、咄嗟に駆け出すよりも彼は速かった。坂田はじっと目を凝らし
ていた社内エントランス、そこに社長とその取り巻きが通り掛かったのを見つけると、猛然
と駆け出して彼らに襲い掛かったのである。
「ぎゃっ!?」
「な、何だお前は!」
 途端に、場が惨劇の場になった。
 居合わせた女性社員の悲鳴、ざわめく者達の声。だが坂田はそんな彼らの声など始めから
聞く耳など持つ気などなかったかのように、ただひたすら雄たけびを上げながら社長ら一団
を滅多刺しにし続けていたのである。
「何やってんだ、坂田!!」
 弥一が、それに遅れて宙を飛びながら追いかけてくるノノが、そこへ駆けつけた。
 遅かったか……。取り巻きの何人かは既に奇襲を受けて血塗れになって倒れており、社長
も顔を切りつけられ、胸に一本刺され、重症だ。
 内心舌打ちをしながら、弥一は背後から坂田を羽交い絞めにした。それでも彼は血走った
眼が治まらず、吼えるように両手に握った大型ナイフを振り回している。
「は、離せッ! 黒澤、何で止める!? お前はこいつらの味方なのかッ!?」
「何もクソもあるか! 坂田お前、自分が何やったか分かってんのかよ!」
 押さえ込まんとする力と暴れのたうつ力。
 こいつ、病気じゃなかったのか? まさか……。
 だが弥一の思考は、そんな目の前の危機的状況にあってすぐに掻き消されていた。
 ノノが何か叫んでいる。だが耳を傾けている余裕などない。とにかくナイフだ。この馬鹿
野郎から凶器を取り上げなければ──。
「うる、せぇッ!」
「が……ッ!?」
 しかしその一瞬の逡巡を、坂田は突いた。背後の弥一を睨んで肘鉄を一発、思わずグラつ
いた彼を振り返りざまに深々と一突きしたのである。
「弥一さん!」
 ノノの、当人以外には聞こえていないであろう悲痛な叫び。弥一は目を点とし、どうっと
その場に倒れていた。
 耳にだけ、尚も続く格闘の声がする。足音とぼやける視界の青からして……警備員か。
 遅いんだよ……馬鹿野郎。弥一は内心でそう悪態をついた。震える手で刺さったナイフに
手を伸ばそうとする。だが止めた。確かに血の赤はワイシャツにどんどん広がっているよう
だが、下手に栓を抜いてしまってはそのまま出血死するかもしれない。
「掴まえたぞ!」
「おい、警察を……いや救急車を! 早く!」
 現場は騒然となっていた筈だ。実際通り掛かった社員や坂田を取り押さえた警備員、訪れ
ていた余所の業者などが混乱の中で無数の足音をカーペットな地面に立てていたのだ。
 なのに、弥一にはそれらがとても遠い出来事のように、音色に思える。
 目がよく見えない。痛みだけがガンガンと五月蝿い。
 嗚呼、死ぬってこういうことなのかな?
 ただそんな思考だけが、妙にクリアにこちらを見ているような気がする。
「弥一さん、しっかりしてください! というか、何善行みたいなことしてるんですか!」
「……酷ぇ言いようだな。一応こんな時でもやっぱ悪魔なんだなあ」
 ノノの声が降って来ていた。多分励ましているのだろうとは思う。だがそんな何気に鬼畜
な言い方に、つい弥一はふふっと笑ってしまう。
「だって……仕方ないじゃないですか。こんな形で任務対象(ターゲット)を、貴方を失う
ことになるなんて……」
 なのに、何故だ。
 ぽつ。頬に水滴が落ちてきた。
 意識がぼうっとしてやはり目はよく見えなくなっている。だけど程なくしてそれが、他な
らぬ自分を覗き込んでいるノノの涙であることは解った。
「また任務失敗です。やっぱり、私は駄目なんだ……」
 弥一は目を凝らそうとしていた。最初こそ、惨劇が惨劇なだけに余計なものが見えないの
は好都合かもしれないと思っていたが、それはもしかして──彼女という存在を鑑みて大き
な思い違いであったのかもしれない。
「やっぱりって、何だよ」
「……。お気づきかなと思うんですけど、私、落ちこぼれなんです。悪魔なのに、全然成果
が挙げられなくて。逆に正のエナジーを作らせちゃったりして」
「……」
 全身が強張るのが分かった。力んだ所為で刺さった箇所が余計に痛む。
 でも弥一は声すら出さなかった。落ちこぼれ。その言葉が妙に、いや彼女と出会ったから
こそ、尚の事琴線に触れていく。
「前に仰っていましたよね? 何でもっと悪魔っぽい力とか使わないんだって。……下手糞
なんです。確かに魔眼(チャーム)なんかがありますが、私の場合、力が足りないのか効力
が全然長続きしなくって……。大きな悪事なんかじゃ、実行中に我に返られちゃうんです。
それがバレるのが怖くて、ずっと使わずに誤魔化してきたんです……」
 嗚呼、そういう事か。やはり元々話術しかない、という訳ではないのか。
 弥一はふっと口元に弧を描いていた。その間もノノは訥々とぼやき、心の涙を落していた
のだが、多分大抵の話はもう聞かなくてもいいと思う。
 だって……自分と“同じ”だから。
「そんなに怖がること、ないんじゃねぇの? 落ちこぼれってのは……俺も同じだし」
「えっ?」
 だから弥一は打ち明けた。
 自身の憎しみの原点。優秀な弟と比べ続けられた落ちこぼれの兄としての記憶。
 そしてそんな悔しさをぶつけることの詮無さも、また語った。
 所詮は溜飲を下げるだけで(よくて)道連れにしかならないのだ。
 何が解決する? 誰が幸せになる? 自分達の願いとは……そんなことだったのか?
「無理すんなって。俺らには俺らの分相応ってのがあるんだよ、きっと。そもそも何でお前
はそう悪魔であろうとしてんだ? 自分でへっぽこだって認めてる癖によ」
「へっぽこじゃ! ……あり、ますけど。……だって嫌じゃないですか。負のエナジーを集
められない半人前のままなんて。私だって、悪魔、なんです」
 ぐずっ。気付けば彼女は涙と鼻声が混じっていた。
 弥一は思う。やっぱり似ている。こいつは、多分……。
「皆が皆エリートじゃ、そもそもエリートの意味がねぇだろうがよ」
「それは……そうですけど」
「さっき弟の話したろ?」
「? はい」
「俺が今グレっ放しにならずに一応真っ当になれたのは、その弟のおかげなんだよ。あいつ
お人好しでさ。親父とお袋に事ある毎に叱られてる俺を見て、随分と罪悪感を持ってたらし
いんだよ。だけど自分まで優等生を止めたら、俺共々見捨てられるんじゃねぇかって、そう
思ってたんだとよ。笑っちまうだろ?」
「……」
「まぁ、なんだ。悪魔ってのがどういう構造になってるかは知らねぇけど、別に俺達の道は
一つじゃないと思うぜ。お前にも、在るんじゃねぇか? 自分に合ってるものっつーかさ。
だから悪ぃが、その任務とやらは他の人間を当たってくれや。悪人なんざ、この世には掃い
て捨てるほどいる。……お前が一人前になる為の踏み台くらい、いるだろ」
「弥一さん……」
 そこまで話して、弥一はまたスゥッと意識が一段薄れていく気がした。
 ノノがまだぶつぶつ、何かを言っている。ぽつん、また涙の感触がする。
 そういや物理的には触れられないんじゃなかったけ? 分泌物は別なのか?
 まぁいいや。どうせ暫くはまともに動けないだろう。目覚めないだろう。
 嗚呼、眠たい。
 とにかく今は……凄く、眠たい……。


「──あ、おはようございます。朝ご飯できましたよ」
 結局あれから、弥一は一命を取り留めた。
 気付いたのは翌日の昼で、病院のベッドの上だった。目覚めるとそれまでずっと傍にいた
のか、ノノがぼろぼろ泣き腫らしながら飛びついてきた。尤も霊体なのでその身体は例の如
くこちらをすり抜けていったのだが。
 人伝に聞いた話では、坂田は社長らの殺人と殺人未遂で現行犯逮捕されたらしい。
 動機は──怨恨だった。そもそも病気になって辞めたのは、何となく弥一もそうではない
かと思っていたのだが、激務の末に心身を壊してまったからだったという。
 仕事も身体(しほん)も失って、堕ちた先の復讐。
 もしかしたら彼ではなく、自分がその立場になっていた可能性もない訳ではなかった。
 だが弥一は彼を弁護する気にはなれなかった。社長は一命を取り留めたが、結果的に彼は
三人もの命を奪ったのだ。正真正銘の犯罪である。……きちんと、償って欲しいと思う。
「おう。ありがとよ」
 あともう一つ、言及すべきことがある。ノノの事だ。
 最初の出会いから三ヶ月、彼女は今も弥一の部屋に住み着いている。
 だがその身は今や霊体ではない。受肉──聞いた説明から要約すると、人間界で暮らす為
の肉体を得て、他人からも視えるようになった。角やら何やらは流石にその力を使って隠し
ているらしかったが。

『はい。もういいんです。……私、見つけましたから』

 加えて悪魔業も辞めたのだという。だからもう自分を悪の道へと唆すこともない。
 そもそも悪魔って職種だったのかよと、弥一は内心ツッコミを入れたくて仕方なかったの
だが、手続きやらを済ませて帰って来た本人の──何故か頬を赤くした満面の笑顔を見せら
れたものだから、結局その辺の事はスルーして現在に至る。
「……いただきます」
「いただきます♪」
 以前よりも随分と豪勢になった朝食を二人で囲み、舌鼓を打つ。
 そうなると食う面子が一人増え、質が上がったことで当然出費も増える訳だが……まぁそ
れはいいやと弥一は思っている。ノノは悪魔として人を唆すよりも、きっとこうやって料理
を作ったり掃除をしたりする方が似合っていると思うのだ。
 あと悪魔時代の経験を活かし、彼女は時々街に出て占い師をやっていたりもする。
 あの頃は半端でしかなかった魔眼だが、心を見通す用途においては十二分だ。加えて唆す
よりも相談に乗る方が彼女自身性に合っていたらしく、この稼業をやってくれるお陰で弥一
の懐具合にも大分余裕が生まれつつあったりもして……。
「? 何にやにやしてるんですか?」
「……っ。なんでもねぇよ」
 もきゅもきゅ。新鮮なサラダを口に運びつつ、ノノが言う。今度は弥一が顔を赤くする番
だった。慌てて視線を逸らす番だった。
 ああもう! そうだよ。これって、どう考えても──。
「そうですか。あ、でも急いだ方がいいですよ? そろそろお時間じゃないですか?」
「ん? わーっ!? それを早く言え! くっそ、ギリギリじゃねーか!」
 そんな思考を遮断するように、またノノからの一言。時計を見れば八時過ぎ。通勤時間を
考えるともうあまりゆっくりとはしていられない頃合だ。
 急いで残りの朝食を押し込み、咀嚼し、弥一はばさりとスーツの上着を羽織っていた。
「す、すみません。ついのんびりと……。はい、お弁当です」
「サンキュ。てかまぁ、気にすんな」
 流しで何度か口をゆすいで歯磨き代わりに。
 苦笑いのノノが差し出してきた弁当包みをそう苦笑(わら)い返しながら鞄の中に押し込
み、弥一は今日も忙しなく家を出た。
 季節はそろそろ初夏になろうとしている。時の移ろいは着実で、確実だ。
 日差しは無駄に明るい。ドアを開けた瞬間、弥一は思わずその眩さに手で庇を作りながら
天を仰ぐ。ぎゅっと、鞄を握った手に力を込める。
「……それじゃ、行って来る!」
「は~い。いってらっしゃいです~」

 あくまでも、自分達は平凡で。
 だけど、自分達はそれでいいと思う。
 確かにそれは、時に“傷の舐め合い”として哂われるのかもしれない。
 けれど、そうやって見下して強がるばかりよりは、きちんとそれぞれなりの居場所を見つ
けられて笑っていられるのなら、きっとその方が……人は“幸せを感じる”ことができるん
じゃないかなって。

 そう思うから。
                                      (了)

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  1. 2014/05/04(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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